女管理人の関話を書くのに時間がかかっておりました…
帝江号のハッチが完全に開き、赤茶けた大地が目の前に広がる。乾いた風が、管理人の黒髪と、彼女が身に着けたジャケットの裾を優しく揺らした。 一歩、また一歩と、四人はタロⅡの荒涼とした大地へと足を踏み出す。その感触は、女性の身体になってから初めて経験するものだったが、不思議と違和感はなかった。
「よし……と」
管理人は、背負っていたバックパックを下ろすと、中から銀色に輝く金属製のタワーを取り出した。それは、折り畳み式のアンテナを備えた、エンドフィールド工業特製の電力中継タワーだった。
「まずは、ここから始めないとね」
彼女は、慣れた手つきでタワーを展開し、地面にしっかりと固定する。スイッチを入れると、タワーの先端が青白い光を放ち始め、帝江号との間に見えない電力ラインが形成された。周囲の空気が、微かに帯電していくのが肌で感じられる。
(うんうん、やっぱりこれを置かないとエンドフィールドは始まらないよね)
管理人は、一人満足げに頷いた。ゲームの世界では、この中継タワーを設置していくことが、探索範囲を広げるための重要な要素だった。
この現実の世界でも、それは変わらない。電力は、あらゆる活動の生命線だ。
「管理人、早速ですね。流石、準備がいい」
「それ、いっぱい持ってきたんだよね? そんなに置く場所あるの?」
「フン、ただの棒切れにしか見えないけど…」
三者三様の反応に、管理人は苦笑いを浮かべた。
「見てて。これが、私たちの道を切り拓く鍵になるから」
彼女はそう言うと、再びバックパックを背負い、先頭を歩くチェンの後についていく。そして、数十メートル進むごとに、律儀に中継タワーを設置し、電力網をまるで蜘蛛の巣のように張り巡らせていった。
谷地通路の入口は広く開けていたが、奥へ進むにつれて、両側の崖が徐々に迫り、道幅は狭くなっていく。
巨大な岩がゴロゴロと転がり、アンゲロスの奇襲を受けやすい地形だった。
「よし、次のタワーは……この岩の上に設置しましょう。見通しがいいわ」
管理人は、ちょうど良い高さの岩を見つけ、そこへ向かった。そして、いつものようにタワーを設置し、一つ手前のタワーとの接続を試みる。
タワーから伸びた光のラインが、手前のタワーへと向かっていく。だが――
――あと少しのところで、光はぷつりと途切れてしまった。
「え?」
何度か試してみるが、結果は同じ。ディスプレイを確認すると、接続可能範囲から、わずかに外れていることが分かった。その距離、およそ1メートル。
(嘘でしょ……まさか、ゲーム時代のあの微妙な届かなさが、こんな所で再現されるなんて……!)
管理人は、思わず頭を抱えたくなった。ゲームでも、この
「あとちょっとで届かない」
という状況に、何度歯がゆい思いをしたことか。タワーを設置し直すのは簡単だが、それではなんだか負けた気がする。
「管理人? どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないわ。ちょっと、想定外の事態が発生して……」
管理人は、うーん、と少し考え込んだ。ゲームの世界では、どうしようもなく設置し直すしかなかった。
だが、ここは現実だ。そして、今の彼女には、ゲームの管理人にはなかった力がある。
(そうだ……アーツで、地面ごと少し動かせばいいんじゃない?)
彼女は、名案を思いついたように、ぱっと顔を上げた。そして、タワーが設置されている岩の、1メートルほど手前の地面に意識を集中させる。
「こんな感じかな…?」
管理人が小さく呟くと、彼女の足元の地面が、淡い青白い光を放ち始めた。彼女のアーツが、大地に干渉していく。
ゴゴゴ……と、地鳴りのような低い音が響き、チェンたちが驚いて振り返った。
「な、なに!? 地震!?」
「違うよ、チェン! ちょっと見てて!」
管理人は、両手をゆっくりとタワーのある方向へと押し出した。
それに呼応するように、彼女がアーツで操作している範囲の地面が、まるで布をたぐり寄せるように、ゆっくりとタワーのある方向へと隆起しながら移動していく。土や石が盛り上がり、新たな足場が形成されていく。
そして、ちょうど1メートルほど地面が移動したところで、管理人はアーツを止めた。
「よし……これで届くはず!」
彼女は再びタワーのスイッチを入れた。今度は、タワーから伸びた青白い光が、見事に手前のタワーへと繋がり、確かな電力ラインが形成された。
ディスプレイには
「接続完了」
の文字が輝いている。
その光景を、チェンとペリカは口をあんぐりと開けて見ていた。レーヴァテインですら、驚きを隠せないように目を見開いている。
「す、すごい……! 管理人、地面を動かしたの!?」
「これが、管理人のアーツ……。大地そのものに干渉するとは。報告書にはありませんでした。これは、特筆すべき能力です……!」
ペリカは、興奮した様子で手元の端末に何やら高速でメモを取り始めた。彼女の梟の耳が、未知のデータを得た喜びでぴこぴこと激しく動いている。
「……ふん。終わったか?早く先に進もう」
ぶっきらぼうに言い放つレーヴァテインだったが、その声には先ほどまでの刺々しさはなく、むしろ感心しているような響きがあった。
「えへへ、どういたしまして。さ、これで電力網は確保できたわ。先に進みましょう!」
管理人は、少し得意げに胸を張ると、再び先へと歩き出した。自分のアーツが予想以上に上手くいったことに、彼女は内心で小躍りしていた。
四人は、再び谷の奥へと進んでいく。管理人が確保した電力ラインのおかげで、ペリカの索敵範囲は格段に広がり、より正確な敵の位置情報を得られるようになっていた。
「前方、200メートル。岩陰にアンゲロスを複数確認。数は5。巡回型のようです。今のうちに、迎撃準備を」
「了解。チェンは正面から、私とレヴィは左右から回り込んで挟撃するわ。ペリカは後方支援をお願い」
管理人は、淀みなく指示を出す。その声は、女性らしい柔らかな響きを持ちながらも、指揮官としての確かな威厳に満ちていた。
「任せて! あいつら、私がまとめて斬り伏せてやる!」
レーヴァテイン 「…分かった」
チェンは二本の剣を抜き放ち、レーヴァテインは片手剣の柄に手をかける。管理人も、腰に下げた片手剣を抜き、もう片方の手には拳銃を構えた。そして、彼女は地面に手を触れる。
「ちょっとした、プレゼントをあげましょう」
彼女がアーツを発動させると、アンゲロスたちが潜む岩陰の周囲の地面から、鋭い源石の結晶がいくつも突き出した。
それは、まるで獣を捕らえるための檻のように、アンゲロスたちの退路を塞いでいた。
「さあ、狩りの時間よ!」
その言葉を合図に、四人は一斉に駆け出した。谷地通路に、剣戟と銃声、そしてアーツの閃光が咲き乱れる。少女の姿となった管理人が率いる部隊の、最初の戦いが始まった。
管理人がアーツで創り出した源石の檻は、アンゲロスたちの動きを効果的に封じていた。しかし、それは一時的な足止めに過ぎない。
一体のアンゲロスが、甲高い咆哮を上げると、その鋭い爪で檻となった源石の結晶を破壊し始めた。
「あら、思ったより頑丈…でも、こっちも準備万端よ!」
彼女は不敵に笑うと、バックパックから手のひらサイズの装置をいくつか取り出し、地面に素早く設置していく。
それは、彼女が電力網を利用して起動させる、自動迎撃兵器――セントリーガンだった。
「ペリカ! 電力供給、最大出力でお願い!」
「了解しました! 回路、直結します!」
ペリカがタクトを振るうと、中継タワーから伸びる電力ラインが眩い光を放ち、セントリーガンへと接続される。
ウィィン、という起動音と共に、銃身がアンゲロスたちの方を向いた。
「管理人! なにそれ!?」
「私の可愛い兵隊さん! さあ、思う存分暴れなさい!」
管理人が楽しげに叫ぶと同時に、セントリーガンが一斉に火を噴いた。
ダダダダダッ!と、けたたましい銃声が谷間に木霊し、無数の弾丸がアンゲロスたちに降り注ぐ。
源石の檻を破壊しようとしていたアンゲロスは、瞬く間に蜂の巣となり、悲鳴を上げる間もなく活動を停止した。
しかし、残りのアンゲロスたちは怯まなかった。それらは、より一層の怒りを込めて、弾幕をかいくぐりながらこちらへ突進してくる。
「チッ、数が多い!」
レーヴァテインが舌打ちし、片手剣を構え直す。チェンも二本の剣を逆手に持ち、臨戦態勢に入った。だが、管理人は慌てない。
「まだまだ! お次は、もっと派手なやつよ!」
彼女は、今度は小型のランチャーのようなものを肩に担いだ。これもまた、中継タワーからの電力で稼働する、携行式のミサイルポッドだった。照準を合わせ、彼女はにやりと笑う。
「エンドフィールド名物、ミサイルの雨! 思い知れ!」
ヒュルルルル! という甲高い音と共に、小型ミサイルが複数発射される。ミサイルは、それぞれが個別のアンゲロスを追尾し、一直線に飛んでいく。
次の瞬間、谷間に轟音が響き渡った。爆炎と黒煙が立ち上り、アンゲロスたちの断末魔の叫びが掻き消される。突進してきていたアンゲロスたちは、跡形もなく吹き飛ばされていた。
「「「……」」」
三人は、目の前で繰り広げられた一方的な蹂躙劇に、完全に言葉を失っていた。チェンは、振り下ろす寸前だった剣を中途半端な位置で止め、あんぐりと口を開けている。
ペリカは、端末にメモを取るのも忘れ、ただただ爆煙が上がった場所を見つめている。レーヴァテインですら、その戦闘狂じみた表情から驚愕の色を浮かべていた。
「え、えぇ……? もう、終わり……?」
「ええ、そうよ。どう? 私の戦い方。効率的で、スマートでしょ?」
管理人は、肩に担いだミサイルポッドを軽々と下ろすと、ふふん、と得意げに鼻を鳴らした。
彼女の背後では、役目を終えたセントリーガンが、静かに銃身を冷やしている。その光景は、まるで彼女自身が小さな要塞であるかのようだった。
(男の時みたいに、ナイフで懐に飛び込むのもスリリングでいいけど……女の子になったからには、もっとこう、華やかでド派手な戦い方もアリよね! リーチが短いなら、火力で補えばいいのよ!)
彼女は、自分の新たな戦闘スタイルに、大きな満足感を覚えていた。片手剣やアーツでの近接戦闘もこなせるが、基本はこの兵器群による圧倒的火力での制圧。
それが、この女性の身体で戦う上での、彼女の答えだった。
「か、管理人……その兵器群は、一体どこから……? 帝江号の装備リストには、そのようなものは……」
「これは、私が個人的に開発、改良したものよ。中継タワーからの電力を利用すれば、こんな風に使えるの。便利でしょ?」
さらりと言ってのける管理人に、ペリカはめまいを覚えた。この管理人は、一体どれだけの技術と知識をその頭脳に詰め込んでいるのだろうか。
監察官として、彼女の能力は全て把握しているつもりだった。しかし、それは大きな間違いだったようだ。目の前の少女は、こちらの想定を遥かに超える、まさに規格外の存在だった。
「こ、個人的に…開発…? 管理人、いえ、今は作戦中です。この件については、帰還後、詳細な報告書を提出していただきます」
ペリカは、かろうじて監察官としての威厳を取り繕い、そう告げた。しかし、その声は微かに震えており、梟の耳は興奮と混乱でぴこぴことせわしなく動き続けている。
彼女の知的好奇心は、もはや限界に達していた。
「すごい! すごいよ管理人! これがあれば、どんな敵だって怖くないね! まるで花火みたいだった!」
一方、チェンは純粋な驚きと興奮で目を輝かせている。彼女は、戦いの詳細なプロセスよりも、結果として敵が一掃されたという事実の方に心を奪われていた。
爆発、閃光、轟音。彼女にとって、それはスリリングで最高に胸のすくショーのように見えたのだ。
「…ふん。たしかに、威力だけは認めてやる。だが、あんなものに頼り切っていては、いざという時に足元を掬われるぞ。腕を磨くことを怠るなよ、管理人」
レーヴァテインは、腕を組みながら苦言を呈した。しかし、その蒼い瞳は、管理人が設置したセントリーガンや、肩から下ろしたミサイルポッドを興味深そうに観察している。
彼女もまた、この未知の兵器に強い関心を抱いていることは明らかだった。
「もちろんよ、レヴィ。これはあくまで補助。私の本領は、こっちだからね」
管理人は、ウィンクを一つすると、片手剣をくるりと回して見せた。そして、もう片方の手に持っていたアサルトライフルの安全装置をかけ、背中に収める。
「さ、道が開けたわ。おしゃべりはここまでにして、先に進みましょう。私たちの本当の目的を忘れないで」
彼女の言葉に、三人はハッと我に返った。そうだ、彼らの目的はアンゲロスの殲滅だけではない。
この谷のどこかにいるかもしれない、避難民たちを救助することだ。
「……そうでした。申し訳ありません、管理人。すぐに周囲の索敵を再開します」
「よし、行こう! 避難民の人たちが待ってるかもしれない!」
一行は、再び隊列を組み直し、谷の奥へと慎重に進んでいく。先ほどの戦闘でアンゲロスを一掃したとはいえ、油断は禁物だ。管理人が敷設した電力網のおかげで、ペリカの索敵範囲は広がっている。
しかし、この険しい地形では、死角から奇襲を受ける可能性も十分に考えられた。
管理人は、周囲を警戒しながら、時折バックパックに手を伸ばし、医療品の感触を確かめていた。
(待っていて……。必ず、助けに行くから)
ゲームの知識が、彼女の胸に確かな使命感を灯していた。それは、単なる指揮官としての責任感ではない。
一人の人間として、目の前の命を救いたいという、純粋で切実な願いだった。その強い思いが、彼女の瞳に、より一層強い光を宿らせていた。
次の関話、誰を書いて欲しいですか?
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管理人(女)
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チェン
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ペリカ
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レーヴァテイン