「レヴィ、俺だ。大事な話がある。少しだけ、いいか?」
管理人が自分の名を告げた瞬間、ドアの向こうの空気が凍りついたのが分かった。
息を呑むような、微かな音が聞こえた気がした。数秒間の、重い沈黙が流れる。やがて、ガチャリ、と内側からロックが外れる音が、小さく響いた。
「開けてくれてありがとう。話があるんだ」
ガチャリ、という金属音の後、重厚なドアが内側からゆっくりと開かれた。隙間から覗いたのは、警戒心と戸惑いが入り混じった、燃えるような赤色の瞳。
レーヴァテインは扉の隙間から廊下に立つ管理人の姿をじっと見つめている。
その表情は硬く、食堂で見せたような感情の昂りは影を潜めていた。
「開けてくれてありがとう。話があるんだ」
管理人の静かな声に、彼女は何も応えない。ただ、その視線は管理人の顔から離れず、まるで彼の真意を探るかのように、鋭く注がれていた。
部屋の中からは、微かに甘く、そしてどこか懐かしい香りが漂ってくる。彼女が愛飲しているというホットチョコレートの香りだろうか。
部屋の明かりを背にしているため、彼女の顔には影が落ちている。だが、その影の中でも、彼女がTシャツとショートパンツというラフな姿で、髪も少し乱れているのが見て取れた。部屋に引きこもり、ずっと一人で過ごしていたのだろう。
管理人が言葉を続ける前に、彼女は低い声で口を開いた。
「…何の用。さっきも言ったはずだけど、取り込み中だって」
その声は、相変わらず不機嫌さを隠そうとしない。しかし、そこには先ほどのような突き放す冷たさはなく、むしろ戸惑いや混乱が色濃く滲んでいた。
「管理人」でありながら、自分のことを「レヴィ」と呼んだ男。その存在が、彼女の中で大きな混乱を巻き起こしているのは明らかだった。
「あんた…本当に『管理人』なのか…? ペリカはそう言ってたけど…」
彼女は疑うように、しかし同時に何かを期待するような目で管理人を見つめる。記憶を失う前の「管理人」と、今の管理人とが、彼女の中で結びつかないのだろう。
「ああ、そうだ。…色々あって、記憶が少し混乱している。だが、俺が『管理人』であることは間違いない」
管理人は正直に、しかし核心はぼかして答える。そして、本題を切り出した。
「レヴィ。あんたの力が必要だ。これから、偵察任務に出る。三週間前に俺たちが奇襲された、あの山岳地帯に」
その言葉を聞いた瞬間、レーヴァテインの瞳が鋭く光った。彼女の脳裏にも、あの日の悪夢が蘇ったのだろう。仲間が傷つき、そして何より、守るべきはずの管理人が目の前で倒れた、あの光景が。
「…偵察? 今更、あの場所に? 何のために」
彼女の声には、怒りと苛立ちが混じり始める。
「あんた、自分が何を言ってるか分かってるのか? また同じことになるだけだ! 私だって…あの時は…!」
彼女はそこまで言って、唇を噛む。あの時、彼女は自分の無力さを痛感したのだ。どれだけ剣を振るおうと、炎を滾らせようとも届かない敵。
守りきれなかったという後悔が、彼女を今も苛んでいる。だからこそ、彼女は部屋に閉じこもっていたのだ。
レーヴァテインはその場で狼狽えるように首を横に振る。
「いやだ…嫌だ嫌だ!あんたが行くのなんて絶対、絶対認めない…!あんたが行く位なら…私1人で…」
狼狽える彼女を見て、管理人はゲーム時代の彼女を思い出す。
不敵に笑い、剣と炎を振るいながら勇敢に戦う彼女、そんな1面しか知らない管理人は、彼女もこの世界で生きるちょっと特殊な経歴を持つ、ただの女の子だと実感した。
大切なものを失いたくない、その一心で己の身を犠牲にしようとしている。
彼女の言葉を聞いた管理人は、泣きじゃくる彼女に近づき抱きしめた。
「だからこそ、行くんだ」
管理人は、彼女の言葉を遮るように、力強く言った。
「敵の正体も、目的も分からないままじゃ、何も変わらない。俺は、あの場所で何があったのか、この目で確かめたい。
そして、もし思い出せるなら、失った記憶を取り戻したい。
…そのためには、レヴィの剣と炎が必要なんだ」
管理人は、胸の中にいる少女の頭を撫でながら、語りかけるように言った。それは命令ではない。懇願だった。
一人の男として、一人の戦士である彼女の力を、心から必要としているのだと。
その真摯な言葉に、レーヴァテインは息を呑んだ。
彼女はしばらくの間、管理人に撫でられ続け、やがて、顔を持ち上げ、真っ赤に腫らした瞳が見える。
そして、彼女はその赤い瞳を閉じ、泣きながら笑顔になる。
「…そんなこと言われたら、断れないじゃない…」
その笑顔は管理人の心を打った。普段の不敵な笑みではない、少女らしく可愛らしくも美しく感じる、そんな笑顔だった。
改めて、管理人は思う。
(俺がなんでこの世界に来たかは分からないが…俺の力や知識で守れるものがあるって言うなら、やってやる…)
そう、深く心に誓ったのである。
再び、彼女は管理人の胸に頭を預け、しばらくの間撫でられていた。
そして、小さな、諦めたようなため息をつくと、顔を持ち上げる。
まだその目は少し赤く腫れていたが、先程とは違う普段の彼女らしさが戻っていた。
「…分かった。行けばいいんだろ、行けば。ただし、言っておくけど、あんたが死にそうな顔したら、私が無理やりにでも引きずって帰るからな。…二度と、あんな思いはごめんだ」
それは、彼女なりの承諾の言葉だった。ぶっきらぼうな物言いの中に、彼女の不器用な優しさと、そして管理人を案じる気持ちが、確かに感じられた。
「無理はしない、それにレヴィがいるんだ。安心できるよ」
その言葉は、まるで静かな水面に投げ込まれた小石のように、レーヴァテインの心に波紋を広げた。
彼女の瞳が、驚きに見開かれる。彼女が他人から、特に「管理人」から、そんな風に全幅の信頼を寄せられる言葉をかけられたことは、これまで一度もなかったからだ。
彼女に向けられるのは、いつもその戦闘能力への期待か、一人で突撃する事を心配されることであったからだ。
「安心できる」
その一言が、彼女がずっと心の奥底で求めていた承認の言葉だったのかもしれない。彼女は一瞬、言葉に詰まり、顔を赤らめて俯いてしまう。
その仕草は、普段の刺々しい態度からは想像もつかないほど、少女らしいものだった。
「なっ…! ば、バカなこと言ってないで、さっさと準備しろ! 足手まといになったら、置いていくから!」
彼女は照れ隠しにそう吐き捨てると、乱暴にドアを全開にし、くるりと背を向けて部屋の奥へと歩いて行ってしまう。
その顔が真っ赤に染まっているのを、管理人は見逃さなかった。
部屋の中は、きちんと整頓されている。簡素なベッドと机、そしていくつかのトレーニング器具。壁には、使い込まれた片手剣が立てかけられていた。彼女の生活の全てが、戦うためにあることを物語っているかのようだ。
管理人が部屋に一歩足を踏み入れると、レーヴァテインはクローゼットから黒を基調とした戦闘服を取り出し、手早く着替え始めた。Tシャツを脱ぎ、彼女の背中があらわになる。女性らしくもしなやかな背中が、彼女のこれまでの研鑽を物語っていた。
管理人が思わず視線を向けていると、それに気づいた彼女が、着替えの途中であることも構わず、振り返って鋭い視線を投げかける。
「…何見てんだ。さっさと自分の準備しろって言ったでしょ」
その声にはいつもの刺々しさが戻っていたが、頬はまだ微かに赤い。彼女は戦闘服へと着終えると、壁に立てかけてあった片手剣…彼女の武器を手に取る。
その無骨な刀身は、彼女の小柄な身体とは不釣り合いに見えるが、彼女はそれを軽々と片手で持ち上げた。
「私はいつでもいける。あんたはどうなんだ? 武器もなしに行くつもりじゃないだろう?」
彼女はそう言うと、部屋の隅に置かれた武器ロッカーを顎でしゃくった。ロッカーの中には、いくつかの銃器や近接武器が並んでいる。
おそらく、管理人が使用することを想定して、ここに予備が置かれているのだろう。
「ああ、準備する」
管理人はそう応え、武器ロッカーへと向かう。
中には、アサルトライフル、ショットガン、そして標準的なコンバットナイフが数本収められていた。ゲームでは、管理人は片手剣を使いこなしていたはずだ。しかし、今の自分にそれができるのか。一抹の不安がよぎる。だが、今は迷っている暇はない。
管理人は、最も扱いがシンプルであろう片手剣を一本とコンバットナイフ数本、そして汎用性の高そうなアサルトライフルを手に取った。
ずしりとした重みが、これから向かう場所の危険性を改めて感じさせる。ライフルのマガジンを抜き差しし、セーフティの感触を確かめる。
(昔、親父に連れられて銃の使い方教えて貰って助かった…まさか使う日が来るとは思わなかったけど…)
準備を終えた管理人を見て、レーヴァテインは満足そうに頷いた。
「…よし。じゃあ、行こう。ペリカたちが待ってる」
彼女はそう言うと、先に立って部屋のドアを開ける。その横顔には、もう先ほどまでの戸惑いや照れはなかった。あるのはただ、これから始まる任務に臨む、一人の戦士としての覚悟だけだった。
二人は無言で廊下を歩き、執務室へと戻る。そこでは、同じく戦闘準備を整えたペリカが、心配そうな顔で二人を待っていた。
執務室に戻ると、戦闘装備に身を包んだペリカが、神妙な面持ちで二人を迎えた。彼女は管理人とレーヴァテインの姿を交互に見やり、特にレーヴァテインが素直に(少なくとも表面的には)任務に同行していることに、わずかな驚きを隠せない様子だった。
「…管理人、レーヴァテイン。準備は整ったようですね」
彼女の声は、業務連絡のそれに戻っていたが、その瞳の奥には管理人への心配の色が濃く浮かんでいる。
「今回の偵察任務に参加するオペレーターは、我々三人です。これ以上の人員を割くのは、基地の防衛上、得策ではないと判断しました。
移動には、高速装甲車両『バギー』を使用します。既に格納庫で準備は完了しています」
彼女は手元のデータパッドを操作し、壁のスクリーンに作戦概要を最終表示させる。目的地である山岳地帯までのルート、予測される敵性存在のデータ(あくまで予測だが)、そして撤退条件。全てが簡潔に、しかし詳細にまとめられていた。
「作戦目標は、第一に『アンゲロス』のエネルギー反応の再探知。第二に、三週間前の戦闘で敵が残した可能性のある痕跡の収集。そして第三に、あなたの記憶回復に繋がる手がかりの捜索です」
彼女はそこで一旦言葉を切り、管理人をまっすぐに見つめた。
「ですが、最優先事項は、あなたの身の安全です。それは、レーヴァテインとも合意が取れていますね?」
彼女が確認するようにレーヴァテインに視線を送ると、レーヴァテインは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、否定はしなかった。それが彼女なりの肯定の意思表示なのだろう。
「では、これより作戦を開始します。格納庫へ移動しましょう」
ペリカの号令と共に、三人は執務室を後にする。基地内の通路を、足早に格納庫へと向かった。
道中、すれ違うスタッフたちが、戦闘装備の管理人と二人のオペレーターの姿を見て、驚きと緊張の入り混じった表情で敬礼を送る。誰もが、これから何かが始まろうとしていることを肌で感じ取っていた。
広大な格納庫には、数機の輸送ヘリや装甲車両が並んでいる。その一角に、武骨なデザインの四輪駆動バギーが停まっていた。
太いタイヤと強化されたサスペンションが、タロIIの過酷な大地を走破するために設計されていることを物語っている。
ペリカが運転席に、管理人が助手席に、そしてレーヴァテインが後部の銃座に乗り込む。
レーヴァテインは手持ち無沙汰といった様子で、銃座に備え付けられた重機関銃を弄んでいる。
「…で、いつまでここにいるつもり? さっさと行くんでしょ?」
苛立ったような声が、車内に響く。彼女は早く戦いたくてうずうずしているのかもしれない。ペリカは管理人の準備が整ったのを確認すると、深く頷き、エンジンを始動させた。重低音のエンジン音が格納庫に響き渡る。
「管理人、準備はよろしいですか。…出撃します」
巨大な格納庫のゲートが、ゆっくりと上昇を始めた。ゲートの向こうには、赤茶けた大地と、どこまでも続く荒涼とした景色が広がっている。この身体にとって三週間ぶりの、外の世界。
失われた記憶と、未知の敵が待つ大地へ、今、再び足を踏み入れる。
普段不敵な笑みを浮かべる女の子が、泣きながら笑顔になるシーンはいずれ万病に効きます(断言)
ギャップ萌え最高ですよね…
本文の長さアンケートです
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このままでちょうどいい!
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あのぉもうちょっと短くできませんかねぇ…
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たまには長くやってもいいのよ。