関話を数話挟んで2章へと行く予定ですが、ストックが切れましたので書き溜め期間に入ります。
数日ほどお待ちください。
関話のネタがあればコメント頂ければ採用致します。
アンカーの消滅によって、基地を覆っていた不気味な気配は霧散していた。しかし、まだランドブレイカーの残党や、逃れたアンゲロスが潜んでいる可能性は否定できない。
疲労困憊の身体に鞭打ち、管理人は立ち上がった。この作戦を完全に終わらせるためには、最後の確認が必要だ。
彼は、同じく満身創痍の仲間たちへと視線を向けた。
「…基地内の敵影が完全に消えたか確認をしないとな…皆、まだ行けるか?」
(こういう時が1番油断するからな…確認しておかないと)
その問いかけに、最初に反応したのはチェンだった。
彼女は屈伸を数回すると、元気いっぱいに答える。
「もちろん! あたしはまだまだいけるよ! 管理人が行くなら、どこへだって!」
彼女のその底抜けの明るさは、疲弊した場の空気を和ませる不思議な力を持っていた。
次に、レーヴァテインがふんと鼻を鳴らす。
「勝利なんて、あったり前だ。肩慣らしにもならなかった…
残党がいるなら、それこそ私が灰燼に帰してやる」
強がりを言っているのは明らかだったが、その瞳にはまだ闘志の炎が宿っている。最後に、ペリカがデータパッドを操作しながら、少し不安げな、しかし決意を込めた声で言った。
「…はい。私も、同行します。基地のシステムにアクセスできれば、より正確な索敵が可能です。
それに…管理人、あなたを一人にはしておけません」
最後の言葉には、監察官としてだけでなく、彼女個人の強い意志が感じられた。三週間前の惨劇。10年ぶりに目覚めた管理人が倒れ、基地が陥落したあの悪夢を、彼女は二度と繰り返すつもりはなかった。
今の管理人が、あの時の管理人とは少し違うと頭では理解していても、彼女の心の奥底にあるトラウマが、彼を一人にさせることを拒んでいた。
「…わかった。だが、無理はするな。ペリカは後方からシステムへのアクセスと索敵を。前衛は俺とチェン、レーヴァテインで担当する。
少しでも危険を感じたら、すぐに撤退する。いいな?」
管理人は、全員の顔を見回して力強く言った。
彼の言葉は、もはや記憶喪失の新人管理人ではなく、幾多の戦場を乗り越えてきた指揮官のそれだった。
その頼もしい姿に、三人は無言で、しかし確かな信頼を込めて頷き返した。
一行は、半壊したサーバー室を後にし、再び基地内部の探索を開始した。
ペリカが近くのコンソールから基地のシステムにアクセスを試み、その脆くなったセキュリティを突破して、監視カメラの映像や生命反応センサーの情報を掌握する。
「…基地内のネットワークに接続成功。敵性反応をスキャンします。…これは…」
データパッドに映し出された情報を見て、ペリカが驚きの声を上げた。
「敵性反応、完全に沈黙しています。ランドブレイカーの残党も、アンゲロスも…一体も確認できません。
アンカーの消滅と共に、全てのアンゲロスが活動を停止…ランドブレイカーたちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したようです」
その報告は、完全な勝利を意味していた。アンカーという親玉を失ったことで、軍勢は瓦解したのだ。
「やったー! ってことは、もう戦わなくていいんだね!」
チェンが歓声を上げる。レーヴァテインも、少しつまらなそうにしながらも、安堵の息を漏らした。
管理人は、静かに頷くと、壁に寄りかかって大きく息を吐いた。張り詰めていた緊張が一気に解け、凄まじい疲労が全身を襲う。旧基地の奪還。
それは、三週間前の雪辱を果たし、エンドフィールド工業が再起するための、大きな大きな一歩だった。
作戦成功の報を受け、安堵と喜びに満ちる三人の少女たち。チェンは天真爛漫に喜びを爆発させ、レーヴァテインはぶっきらぼうな態度の中に確かな満足感を滲ませる。
そしてペリカは、データパッドを胸に抱きしめ、静かに、しかし深く、この勝利を噛み締めていた。
その表情には、三週間前の悪夢からようやく解放されたかのような、かすかな安堵が見て取れた。
管理人は、壁に背を預けたまま、そんな三人の姿を眩しそうに眺めていた。
疲労困憊の身体とは裏腹に、心には温かいものが込み上げてくる。ふぅぅ…と、心の底からの安堵の息が漏れた。
(今のこの子達は、ゲームのキャラクターなんかじゃない。
実際にこの世界で生きてる人達なんだ…それを忘れちゃいけない。それは…あの時託されたあの人に…)
そこまで考えた瞬間、管理人の思考に、まるでノイズのような鮮烈なイメージが割り込んできた。
それは、今まで管理人が持っていた「ゲームの知識」とは全く異質な、生々しい感覚を伴う記憶の断片だった。
―――炎に包まれる管制室。鳴り響く警報。
飛び交う怒号と悲鳴。そして、ガラス越しに見た、絶望的な光景。致命的なダメージを受け、崩れ落ちていく自分と、その自分に駆け寄ってくる、泣きそうな顔をしたペリカ。
『……をお願い…します……管理人……』
薄れゆく意識の中で、誰かが何かを言っている。聞き取れない。だが、その声に含まれた悲痛なまでの願いだけが、魂に焼き付いている。
「――なんだ、この記憶は…何を託された…? クソッ! 思い出せない…」
管理人は思わず声を漏らし、激しく頭を振った。ズキリ、と脳の奥が痛む。それは、ただの頭痛ではない。失われた記憶が、何かのきっかけで顔を覗かせようとする際に生じる、拒絶反応のような痛みだった。
「管理人!? どうかしましたか!? 顔色が…」
管理人の異変に、一番に気づいたのはペリカだった。彼女は慌てて駆け寄ると、心配そうに管理人の顔を覗き込む。チェンとレーヴァテインも、ただ事ではない気配を察して、緊張した面持ちで管理人を取り囲んだ。
「管理人、しっかりして! どこか痛むの!?」
「…やはり、無茶が祟ったか。ペリカ、すぐに医療キットを」
三人の心配そうな声が、頭に響く。管理人は痛む頭を押さえながら、なんとか彼女たちを安心させようと、乾いた唇で言葉を紡いだ。
「…いや、大丈夫だ。少し、立ちくらみがしただけだ…。
それより、早くここから出よう。ここは、もう俺たちの基地だ。帰って、ゆっくり休もう」
管理人はそう言って、無理やり笑顔を作ってみせた。しかし、その顔色は明らかに常軌を逸しており、誰の目にも彼が限界であることは明らかだった。
だが、彼の「帰る」という言葉、そして「俺たちの基地」という響きは、疲弊した彼女たちの心に、新たな希望の灯をともすのに十分だった。
三週間ぶりに、彼女たちの「帰るべき場所」が、本当の意味で戻ってきたのだ。
ペリカは、管理人の言葉に強く頷くと、彼の腕をそっと支えた。
先程までの激しい頭痛は、記憶の断片と共に潮が引くように消えていた。しかし、全身を支配する重い疲労感と、あの生々しいビジョンの残滓は、管理人の心に暗い影を落としていた。
彼は、ペリカの支えを借りながらも、自らの足でしっかりと立ち、指揮官としての威厳を保とうと努めた。
ここで倒れるわけにはいかない。彼女たちを、無事に拠点まで連れ帰るまでは。
「やり忘れたことはないな…よし、拠点に帰還しよう。ペリカ、迎えは呼んであるか?」
管理人は、努めて平静を装い、いつものように指示を出す。その声は少し掠れていたが、確かな力強さが宿っていた。その言葉に、ペリカははっと顔を上げた。
作戦の成功に安堵し、管理人の体調に気を取られて、最も重要なことを失念していたのだ。
「も、申し訳ありません、管理人! すぐに手配します! 通信状態は…良好。帝江号へ、帰還準備完了の連絡を…!」
彼女は慌ててデータパッドを取り出し、高速で指を滑らせる。その姿は、先程までの頼れる監察官とは少し違い、失態をカバーしようと必死になる部下のようにも見えて、管理人は思わず苦笑した。
「いや、すまないな。先に伝えればよかったよ」
通信を待つ間、チェンが興味深そうに、半壊したサーバー室のあちこちを見て回っていた。
彼女は瓦礫の山から、焦げ付いたランドブレイカーのヘルメットを拾い上げると、それを不思議そうに眺めている。
「この人たち、どうしてアンゲロスなんかと一緒に行動してたんだろうね? 仲間割れとかしなかったのかな?」
彼女の純粋な疑問に、レーヴァテインが冷たく言い放った。
「欲に目が眩んだだけの愚か者だ。目的が一致している間は共闘し、用が済めば裏切る。連中の常套手段だろう。
…だが、アンゲロスを制御するなど、正気の沙汰ではない。あのアンカーには、それだけの価値があったということか」
レーヴァテインは、アンカーがあった場所――今や巨大なクレーターとなっている虚空を見つめ、忌々しげに呟いた。
その時、ペリカのデータパッドから通信のコール音が響き渡った。
「はい、こちらペリカ! …はい、作戦は成功。アンカーの破壊を確認しました。
…はい、全員無事です。…ええ、管理人のおかげです。…すぐに帰還準備を。迎えの輸送艇をお願いします。座標は…」
ペリカは、帝江号のオペレーターと手際よくやり取りを進めていく。その声を聞きながら、管理人は再び壁に背を預け、目を閉じた。
瞼の裏に、またあの光景が浮かび上がる。炎、悲鳴、そして、絶望的な表情でこちらに手を伸ばす、ペリカの姿。
(俺は…一体、誰なんだ…?)
「管理人」という役割。エンドフィールド工業の最高責任者という立場。それは、この世界に突然放り込まれた管理人が、生き抜くために被った仮面のはずだった。
だが、先程の記憶のフラッシュバックは、その仮面が、もしかしたら本当の自分の顔であった可能性を示唆していた。三週間前に倒れた「管理人」とは、一体誰だったのか。そして、自分は…。
思考の渦に飲み込まれそうになった、その時。
「管理人、お疲れ様! これ、あげる!」
目の前に、にこやかなチェンの顔と、彼女が差し出す小さな包みがあった。
それは、彼女がどこからか見つけてきた、未開封のレーションパックに入っていたチョコレートバーだった。
「…いいのか?」
「うん! 疲れた時は、甘いものが一番だからね! ほら、ペリカもレーヴァテインも!」
チェンは、同じものを他の二人にも配って回る。レーヴァテインは
「私はいい」
と一度は断るが、チェンに
「いいからいいから!」
と強引に押し付けられ、渋々受け取っていた。
そのやり取りが、重苦しくなりかけていた空気を、ふわりと軽くする。
管理人は、手のひらのチョコレートバーを静かに見つめた。ただのチョコレート。
しかし、今の彼にとっては、どんな高価な回復薬よりも、心に沁みる贈り物だった。
彼は小さく笑みを浮かべると、包装を破り、ひとかけらを口に運んだ。甘さが、疲れた脳にじんわりと広がっていく。
旧基地の上空に、エンドフィールド工業のロゴが描かれた中型輸送艇が、静かにホバリングしながら姿を現した。
機体下部のハッチが開き、ワイヤーとコンテナで構成された簡易的な昇降リフトが、ゆっくりと地上に降りてくる。
ペリカの連絡を受けて、帝江号から迎えが来たのだ。
「…さあ、帰ろう。俺たちの『家』へ」
管理人の言葉に、三人は力強く頷いた。一行は、最後の力を振り絞って昇降リフトに乗り込む。ワイヤーが巻き上げられ、眼下で旧基地の姿がどんどん小さくなっていく。
三週間、敵の手に落ちていたこの場所が、今、再びエンドフィールド工業の管理下に戻ったのだ。
その光景は、何物にも代えがたい達成感を彼らにもたらした。
輸送艇の内部は、がらんとした貨物スペースに、数脚の座席が固定されているだけの簡素な作りだった。
しかし、死線を潜り抜けてきた彼らにとって、それは極上の安息所だった。リフトが機内に収容され、ハッチが閉まると、機体は静かに高度を上げ、帝江号への帰路についた。
機内には、エンジンの低い駆動音だけが響いている。
激しい戦闘と、その後の極度の緊張からの解放。それは、鉄の意志を持つ彼女たちでさえ、抗いがたい眠気を誘った。
最初に眠りに落ちたのは、チェンだった。彼女は座席に座るなり、
「ちょっとだけ…」
と呟いたかと思うと、次の瞬間にはもう、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。
その無防備な寝顔は、戦場での勇猛さとは結びつかない、年相応の少女のそれだった。
次に、レーヴァテインが、壁に頭をもたせかけたまま、静かに目を閉じた。彼女は眠るまいと必死に抵抗していたようだが、機体の心地よい揺れには勝てなかったようだ。
腕を組み、眉間に皺を寄せたまま眠る姿は、夢の中でも何かと戦っているかのようだった。
そしてペリカも、管理人の隣で、こくりこくりと舟を漕ぎ始めていた。彼女は最後まで気を張っていたが、データパッドを握りしめたまま、ついにその意識を手放した。彼女の頭が、ことり、と管理人の肩に寄りかかる。
その重みに、管理人は彼女が背負ってきたものの重さを、改めて感じた。
皆、眠っている。管理人は、静かに眠る三人の顔を順に見回し、安堵と、そして名状しがたい愛しさが入り混じった笑みを浮かべた。
彼もまた、ウトウトと微睡みの中に引きずり込まれていく。意識が遠のく。そして、彼は夢を見た。
―――夢の中は、先程のフラッシュバックの続きだった。
ゴウッ、と耳元で炎が燃え盛る音がする。視界は、激しいノイズが走ったモニターのように不鮮明で、何もかもが赤と黒に染まっている。
『……管理人……!』
誰かが、自分の名前を叫んでいる。ペリカの声だ。
しかし、その声はひどく歪んで聞こえる。
『……を…託します…! どうか…あの子たちを…!』
ノイズの向こうで、誰かが血塗れの手で、自分の手を握ってくる。その手は冷たい。だが、その握る力は、魂の全てを振り絞るかのように強かった。
誰だ? 誰なんだ、お前は。何を俺に託そうとしている?
『約束…して…ください…。あなたは…「管理人」として……』
その言葉を最後に、握られていた手の力が、ふっと抜けた。視界が、急速にホワイトアウトしていく。
ノイズは更に激しくなり、何も見えなくなり、何も聞こえなくなる。ただ、「約束」という言葉だけが、頭の中で何度も何度も木霊していた。
「…う…っ!」
管理人は、短い呻き声と共に、はっと目を覚ました。心臓が、警鐘のように激しく鳴り響いている。
全身は冷たい汗でびっしょりと濡れていた。窓の外は、すでに帝江号のドックが間近に迫っている。
ほんの数分、眠っていただけのはずなのに、何時間も悪夢にうなされていたような気分だった。
隣で眠っていたペリカが、管理人の気配に気づいて身じろぎをし、ゆっくりと顔を上げた。
彼女は寝ぼけ眼で管理人を見つめ、はにかむように小さく微笑んだ。
その無垢な笑顔が、管理人の胸をナイフのように抉った。
夢の中で見た…血塗れの彼女の顔が、重なって見えたからだ。
これにて一章終了です。
見ていただいた方、評価くださった方、お気に入り登録して頂いた方に感謝します。
もうちょっとコメディチックに書こうと思ってたのですが…思ってたより不穏になりましたね…
最後にひとつ、作者はレーヴァテインのセリフの「あったりまえだ」が気に入っております。
皆様は好きなセリフはありますか?良ければコメントお待ちしております。
本文の長さアンケートです
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このままでちょうどいい!
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あのぉもうちょっと短くできませんかねぇ…
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たまには長くやってもいいのよ。