今回はレーヴァテイン目線のお話です。
関話1 剣と炎
私の名前はレーヴァテイン。エンドフィールド工業に所属する戦闘員だ。好きなものは、任務の後に食べる冷たいアイスクリームと、柔らかいベッド。
嫌いなものは、私の安眠を妨げる全てのもの。それと、無力な自分。
あの日――三週間前の、あの悪夢のような日から、私はずっと自分の部屋に引きこもっていた。窓を固く閉ざし、カーテンを引き、外界の全てをシャットアウトする。
薄暗い部屋の中で、私ができることは、ただベッドに潜り込むことだけだった。柔らかいシーツの感触だけが、かろうじて私の正気を繋ぎとめていた。
『管理人が…!』
『ダメです、もう持ちません! 全員、撤退!』
『レーヴァテイン! 貴様、何をしている! 管理人を守れ!』
目を閉じれば、今でも鮮明に蘇る。炎と、煙と、響き渡る絶叫。そして、私の目の前で、なすすべもなく崩れ落ちていった、あの人の姿。
私がもっと強ければ。私の炎が、もっと全てを焼き尽くすほどの力を持っていたなら。あの時、あの場所で、彼を守れたのだろうか。
後悔と自責の念が、鉛のように心を重くする。もう何も考えたくなかった。何も見たくなかった。
だから私は、ただ眠った。眠っている間だけは、あの日の悪夢から逃れられるから。
そんな無為な日々が、どれくらい続いただろうか。ある時、部屋のドアが乱暴にノックされた。
「レーヴァテイン! いるんでしょ! 開けなさい!」
ペリカの声だ。うるさい。私は毛布を頭まで深く被り、無視を決め込んだ。どうせ、またいつものお説教だ。
「いつまで引きこもっているつもりですか」
とか、
「あなたもエンドフィールドの一員でしょう」
とか。
そんなことは、言われなくてもわかっている。わかっているからこそ、苦しいのだ。
「大変なの! 管理人が…管理人の意識が戻りそうだって!」
その言葉が聞こえた瞬間、私はベッドから飛び起きていた。自分でも驚くほどの速さだった。
頭が、ガンッとベッドフレームにぶつかったけれど、そんな痛みはどうでもよかった。
管理人が、目覚める?
嘘だ。そんなはずはない。あの時、彼は、もう二度と…。いや、でも、万が一。
私はクローゼットから戦闘服を引っ張り出すと、急いで着替えた。髪もボサボサのまま、顔も洗っていない。
だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。私は部屋のドアを蹴破るような勢いで開けると、廊下で待っていたペリカの肩を掴んだ。
「本当か、ペリカ! 管理人は、本当に…!」
「は、はい! 先ほど、医療班から連絡が…!」
ペリカの言葉を聞き終える前に、私は走り出していた。医務室へ。彼がいる場所へ。
廊下を走りながら、心臓が今にも口から飛び出しそうなくらい、激しく高鳴っていた。嬉しいのか、怖いのか、自分でもわからない。
ただ、確かめなければならない。自分の、この目で。
医務室のドアの前に着いた時、私は一度、大きく深呼吸をした。今、どんな顔をして彼に会えばいい? 謝るべきか? それとも、ただ、黙っているべきか? ぐちゃぐちゃになった思考のまま、私はドアをそっと開けた。
部屋の中には、ベッドの上で上半身を起こしている、彼の姿があった。三週間前と何も変わらない、見慣れた姿。その姿を認めた瞬間、安堵からか、膝がガクガクと震えた。
私はそれを悟られないように、壁に寄りかかり、わざとぶっきらぼうな声を出した。
「…なんだ、騒がしいから来てみれば…。存外しぶといな」
心臓は、まだバクバクと音を立てている。平静を装うのに、全神経を集中させた。彼は、そんな私を一瞥すると、隣にいるペリカに視線を移した。
「…彼女は?」
その一言に、私の心臓は、先程とは違う意味で大きく跳ねた。なんだ? その目は。まるで、初めて会う人間を見るような…。
「…私はペリカ。エンドフィールド工業の監察官です。そしてこちらは、戦闘員のレーヴァテイン。…管理人、何も思い出せないのですか?」
ペリカが、悲痛な声で問いかける。記憶が、ない? どういうことだ。三週間前の彼も、事故の影響で記憶の一部が欠損しているとは聞いていた。だが、今のは、まるで…。
ペリカの説明を聞きながら、私の頭の中は真っ白になった。記憶喪失。
彼の記憶から、私たちの存在が、エンドフィールドでの日々が、全て消えてしまったというのか。
ズキリ、と胸が痛んだ。それは、三週間前に感じた、無力感とはまた違う痛みだった。彼を守れなかった罪。
その罪を、彼自身に忘れられてしまった。許される機会すら、与えられなかった。
その事実が、重く、重く、私にのしかかってきた。
その言葉を聞き、私はあって欲しくないと願い、問いかけた。
「…本当に何も覚えてないのか。あんた」
「あぁ…すまないな」
「レーヴァテイン! 管理人をあまり問い詰めるようなことは…」
「…別に。どうでもいいだろ。覚えてないなら、それで。
…どうせ、また最初からだ」
私は、彼の顔を見ていられなくなり、その場から立ち去ろうとする。
「…腹が減ったら、食堂に行け。場所くらい、そこの監察官サマが知ってるだろ」
私は、吐き捨てるようにそう言った。これ以上、この場にいることは耐えられなかった。
彼の顔を見ていると、三週間前の惨劇が、自分の無力さが、何度も何度もフラッシュバックして、気が狂いそうになる。私は背を向け、部屋から出て行こうとした。その時だった。
「レヴィ!」
その声に、私の足は、まるで床に縫い付けられたかのようにぴたりと止まった。
全身の血が、逆流するかのような衝撃。振り返ることもできず、硬直する。
レヴィ。
その呼び方は、昔、一度だけ。私が、まだエンドフィールドに来て間もない頃、冗談めかして私のことをそう呼んだことがあった。
あの時は「気安く呼ぶな!」と怒鳴りつけたけれど、その響きは、なぜかずっと耳の奥に残っていた。
誰にも呼ばせたことのない、私だけの特別な呼び名。それを、なぜ、記憶を失ったはずの彼が。
「…ふん。なんだ…私の呼び方、覚えてるじゃないか」
震える声で、それだけを絞り出すのが精一杯だった。
「…ああ、すまない。だが、なぜか、そう呼んだ方がしっくりくる気がしてな」
彼の声は、困惑しているようでもあり、どこか懐かしんでいるようでもあった。私は、顔が熱くなるのを感じた。心臓が、今度こそ破裂してしまうのではないかというくらい、激しく打ち鳴らされている。
「…フン。分かっているなら、いい」
私は、それだけを言い残し、今度こそ部屋を飛び出した。廊下に出た瞬間、壁に手をついて、大きく息を吸い込む。
はぁ、はぁ、と荒い呼吸が止まらない。バクバクと鳴り続ける心臓を押さえつけながら、私は自分の部屋へと逃げ帰った。
ドアを閉めた途端、その場にへたり込む。
なんだ、なんなんだ、あいつは。記憶がないんじゃなかったのか。それなのに、なぜ、あの呼び名を…。
私の心の中は、嵐のようにかき乱されていた。
その日の午後、私は食堂で再び彼と顔を合わせた。
相変わらず、何を考えているのか分からない、ぼんやりとした顔をしている。
だが、食堂のメンバーを見る彼の視線は、鋭く、そして冷静だった。まるで、一人一人の能力を値踏みしているかのように。
私が一人で食べていると、彼から声をかけられたのだ。
「一緒に食べないか?」
私はその言葉を聞き、身体を震わせた。
(なんで今更私を…?いや、でも…)
レーヴァテインは先程「レヴィ」と呼ばれたことを思い出し、微笑みそうになるのを無理やり抑え込む。
そして、椅子を乱暴に後ろに引き、食事のプレートを持ち上げ、管理人の近くの席に「ドンッ」とプレートを置いた。
「…別に。どこで食おうが、私の勝手だろ」
私はぶっきらぼうに言うが、心臓はバクバクと言い落ち着かない。
(心臓…落ち着かない…どうして?)
「…あんたが、どうしてもって言うから、仕方なくだ。勘違いするな」
そう私が呟き、黙々と食べようとしていると…管理人は信じられないことを言ったのだ。
「なぁ、レヴィ。それ美味しいのか?俺にもちょっと…ダメか?」
その言葉を聞いて、私は言葉を失った。
「俺にもちょっと…ダメか?」
その言葉の意味を理解するのに数秒かかり、私は狼狽えるように声をあげ、デザート達を守るように抱きしめた。
「なっ…!? あ、あんた、自分が何言ってるか分かってるのか…!?」
狼狽える私を見る管理人の顔は今まで見たことの無い、純粋な笑顔であった。
(そんな顔…私の前で見せたことなんてないのに…)
ツンツンとプリンをつついていると、私は意を決してスプーンでプリンを掬い、管理人に突き出した。
「……ほら。…これだけだ。これ以上は絶対にやらんからな…!」
突き出したプリンを食べた管理人は、再び見たことの無い笑顔で私に言った。
「ありがとう、レヴィ。美味しいよ」
その言葉を聞いて、私はいても立っても居られず逃げ出した。
部屋に飛び込み、ベットに飛び込む。
(んぅぅぅ…!!!!)
私が落ち着くのにしばらくの時間が必要だった。
私は、部屋着に着替えた後、再び先程のことを思い出していた。すると…
「レヴィ、俺だ。大事な話がある。少しだけ、いいか?」
(か、管理人…!?なんで…!?)
私は、管理人が動く気配の無いことを察し、ため息を吐いて鍵を開けた。
「…何の用。さっきも言ったはずだけど、取り込み中だって」
そう、管理人に伝えた。すると管理人は信じられないことを言ったのだ。
「レヴィ。あんたの力が必要だ。これから、偵察任務に出る。三週間前に俺たちが奇襲された、あの山岳地帯に」
(まさか…あんたも行くなんて言わないよね…?)
そんな思いも虚しく、管理人は自分も行くと言ったのだ。
その時、私の脳裏に記憶が蘇る…3週間前。あの絶望の炎と崩壊に巻き込まれた管理人を…私は、目の前にいるのに救えなかったのだ。
私はみっともなく身体を震わせ、顔を横に振り激情のままに口を開いた。
「いやだ…嫌だ嫌だ!あんたが行くのなんて絶対、絶対認めない…!あんたが行く位なら…私1人で…」
(あんたが、あんたが行くくらいなら…私一人で…そのまま消えてしまえれば…)
普段なら決して考えないようなことを考えてしまう。視界は歪み、目元からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
だが、彼は続けた。
「だから、こそ行くんだ」
と。
そのまま管理人の胸に抱かれ、優しくあやすように頭を撫でられた。
その温もりに私は身体を震わせ、歪んだ視界に管理人の胸元が映る。
「敵の正体も、目的も分からないままじゃ、何も変わらない。俺は、あの場所で何があったのか、この目で確かめたい。
そして、もし思い出せるなら、失った記憶を取り戻したい。…そのためには、レヴィの剣と炎が必要なんだ」
私は、その言葉を聞いて顔が熱くなり、管理人の顔をまともに見ることが出来なかった。
(あぁ…ダメ…その○○瞳で見られたら…そんなこと…)
代わりに視界を閉ざし、泣きじゃくったガラガラの声で口を開く。
「…そんなこと言われたら、断れないじゃない…」
その瞬間、私の心の中で、何かが決まった。理屈じゃない。ただ、彼が私を必要としている。
その事実だけで十分だった。私は彼の作戦に乗ることを決めた。
旧基地での戦闘は、想像を絶するほど過酷だった。次から次へと湧いてくるアンゲロス。そして、それを裏で操るランドブレイカーの連中。だが、彼は、その地獄のような戦場で、的確な指示を飛ばし続けた。
「俺とレヴィで突入し、リーダーを叩く。ペリカは後方から援護と、敵の増援ルートの遮断を頼む。いいな?」
彼の指揮は、まるで未来を予知しているかのようだった。敵の動き、配置、弱点、その全てを完璧に把握している。
記憶を失う前の彼も優秀な指揮官だったが、今の彼は、まるで別人のようだ。いや、これこそが、彼の本当の姿なのかもしれない。
私は、彼の指示通りに剣を振るい炎を放った。アンゲロスが灰になり、ランドブレイカーが悲鳴を上げる。
身体は疲弊しているはずなのに、力は、どんどん湧き上がってきた。彼の声が、彼の指示が、私の力を最大限に引き出していく。
そして、巨大なアンカーとの最終決戦。
絶望的な力を持つ敵を前に、私たちは一度は追い詰められた。だが、私達は決して折れず、最後は勝利を掴み取ったのだ。
アンカーが自壊シークエンスにより、崩壊していく様を見届けた時、私は確信した。
この男だ。この男に、私の剣と炎を振るわれたいと確信した。
記憶がない? それがどうしたというのだ。過去の彼がどうであったかなど、もはや些細な問題だ。
今、私の目の前にいる彼は、絶望的な状況を覆し、私たちを勝利に導いた。その事実だけで十分だった。
作戦が終わり、帰りの輸送艇の中で眠る彼の横顔を、私はそっと盗み見た。疲労に満ちているはずなのに、その寝顔はどこか穏やかで、安らかだった。
隣では、ペリカが彼の肩に寄りかかって眠っている。少し、気に食わない。だが、まあ、今日くらいは許してやろう。
輸送艇が帝江号に到着し、私たちは英雄として迎えられた。誰もが、旧基地奪還という快挙を成し遂げた彼を「管理人」と認め、称賛した。
だが、私にとって、彼はもう、ただの「管理人」ではなかった。
私の剣。私の炎。その全ては、彼のためにある。彼が望むなら、私はどんな敵であろうと焼き尽くすだろう。彼が道を創れと命じるなら、私はこの身を燃やしてでも、その道を切り開いてみせる。
その夜、私は自室のベッドに潜り込んだ。三週間前とは違う。冷たく、虚しかったこの場所が、今は温かい。柔らかいシーツに顔をうずめながら、私は今日の出来事を反芻する。彼の声、彼の指揮、そして、私を「レヴィ」と呼んだ、あの響き。
「…フン」
口元が、自然と緩んでしまう。私は慌てて枕に顔を押し付けた。熱くなった顔を、誰にも見られたくなかったからだ。しばらくの間、私はベッドの上で悶絶していた。この感情が何なのか、私にはまだ分からない。だが、一つだけ確かなことがある。
明日、目が覚めたら、まずは一番に食堂へ行こう。そして、アイスクリームを食べるのだ。今日ほど、アイスクリームが美味しく感じられる日はないだろうから。そして、もし、そこに彼がいたら。
…まあ、その時は、その時だ。
私の剣と炎は、もう迷わない。彼の進む道を照らし、あらゆる障害を焼き払う。それが、新しい私――レーヴァテインの、ただ一つの存在理由なのだから。
作者、今回の作品ではあまり前書き後書きを書かないようにしてるのですよね。
あ、癖は書きます(アタリマエダヨナァ)
本文の長さアンケートです
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このままでちょうどいい!
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あのぉもうちょっと短くできませんかねぇ…
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たまには長くやってもいいのよ。