反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
翌日。
学校が用意したバスは、港へ向かっていた。
車内は昨日とは打って変わり、旅行の話題で満ちている。
「なあ、本当に豪華客船なんだよな?」
池が身を乗り出した。
「学校がそこまで金をかけるか?」
須藤が腕を組んだまま笑う。
「無料だから疑いたくなる気持ちは分かるよ」
スザクが苦笑した。
「ほら、枢木もそう言ってるじゃん」
池が得意げに言う。
「期待しすぎるな、と言っただけだ」
「同じようなもんだろ」
「違うな」
ルルーシュが短く返す。
「期待と判断は別だ」
「細けぇな」
「区別できない方が問題だ」
池は肩をすくめ、再び山内と船の話へ戻っていった。
笑い声が車内を満たす。
誰もが二週間の船旅を思い描いていた。
ルルーシュは窓の外へ視線を向ける。
昨日の茶柱の表情が頭をよぎる。
歓声の中で、ただ一人変わらなかった教師。
――まだ情報が足りない。
結論は変わらない。
バスが緩やかに右へ曲がる。
窓いっぱいに海が広がった。
その先に、白い巨船が姿を現す。
「うおっ!」
歓声が上がる。
「でかっ!」
「本当に豪華客船だ!」
何層にも重なる客室。
白い船体は陽光を受けて輝き、上層甲板にはプールらしき設備も見えた。
少なくとも見た目だけなら、学校の説明に偽りはない。
「想像以上だね」
スザクが呟く。
「ああ」
ルルーシュは短く応じた。
視線は船から港へ移る。
教師の近くで待機する者。
友人同士で談笑する者。
同じ一年生でも、クラスごとに空気は違っていた。
「また考え事?」
後ろから堀北が声を掛ける。
「観察だ」
「旅行くらい楽しめば?」
「楽しめるかどうかは、その後で決める」
堀北は小さく息をついた。
「あなたらしいわ」
バスが停車する。
茶柱が立ち上がった。
「到着した。忘れ物をするな」
それだけ告げると、車外へ降りる。
生徒たちも続いた。
潮風が頬を撫でる。
目の前にそびえる豪華客船は、窓越しに見た以上の迫力だった。
池たちは思わず足を止める。
「これ、本当に乗るのか?」
「学校すげぇ……」
須藤も船を見上げ、小さく息を漏らした。
その中で、一人だけ船へ目を向けない生徒がいた。
金髪の男子生徒。
制服の襟元を整え、小さな鏡で前髪を確認している。
「美とは、常に完成されていなければならない。」
誰へ語るでもなく呟くと、鏡を閉じ、そのまま乗船口へ歩き出した。
「……何なんだ、あいつ」
池が呆れたように言う。
「高円寺六助。」
堀北が短く答えた。
「放っておけばいいわ」
ルルーシュは高円寺の背中を見送る。
奇妙な男だ。
その印象だけを胸に留める。
「通路を塞いでるよ」
平田が穏やかに声を掛けた。
「先に進もう」
その一言で、立ち止まっていた生徒たちは自然と歩き始めた。
ルルーシュはその様子を一瞥し、乗船口へ向かう。
ちょうどその時、別の集団がこちらへ歩いてきた。
先頭を歩く赤い髪の男子生徒。
周囲の生徒は楽しげというより、その歩調に合わせているように見える。
「Cクラスの龍園。」
堀北が小さく呟いた。
龍園は歩みを止めない。
堀北を一瞥し、その隣のルルーシュとスザクにも視線を流す。
口元だけがわずかに歪んだ。
それだけで、後ろを歩く生徒たちまで彼の反応を窺うように視線を動かす。
「感じ悪ぃな」
須藤が小さく舌打ちした。
龍園は聞こえていたはずだが、振り返ることはなかった。
そのままCクラスを引き連れ、船内へ消えていく。
ルルーシュはその背中を見送る。
集団の中心。
今、分かるのはそれだけだった。
龍園たちと入れ替わるように、別の集団が乗船口へ集まっていた。
先頭に立つ女子生徒が係員へ軽く頭を下げる。
短く言葉を交わすと、後ろにいた生徒たちは自然と列を整え始めた。
誰かが指示したわけではない。
慌ただしさもない。
ただ、流れるように列ができていく。
「一之瀬さん。」
平田が声を掛ける。
「あ、平田君。」
彼女は笑みを浮かべた。
「すごい船だね。」
「うん。みんな驚いてる。」
「そっちも楽しんできて。」
「ありがとう。」
短い会話を交わすと、一之瀬は自分のクラスへ戻っていく。
その後ろを、Bクラスの生徒たちが自然と続いた。
「Bクラスの代表的な生徒よ。」
堀北が小さく言う。
「そうか。」
ルルーシュは短く返した。
それ以上は尋ねない。
まだ知るべきことは多い。
船内へ足を踏み入れる。
吹き抜けのロビーは三階分ほどの高さがあり、磨き上げられた床には照明の光が映り込んでいた。
「すげぇ……」
池が思わず声を漏らす。
「ホテルみたいじゃん。」
歓声はあちこちから聞こえてくる。
茶柱は生徒たちを見回した。
「施設の利用方法は端末を確認しろ。乗務員の指示には従え。」
説明はそれだけだった。
「以上だ。」
その一言で、生徒たちは思い思いに散っていく。
ルルーシュだけが、その場に残った。
茶柱を見る。
昨日も。
今日も。
教師の表情は変わらない。
「行かないの?」
スザクが振り返る。
「今行く。」
ルルーシュは視線を外した。
荷物を置いた後、二人は甲板へ出る。
船は静かに港を離れ始めていた。
岸壁がゆっくりと遠ざかり、街並みが少しずつ小さくなっていく。
潮風が心地よく吹き抜ける。
池たちは歓声を上げながら景色を眺め、
須藤は身を乗り出して海を見ていた。
少し離れた場所では、高円寺が一人、風を受けながら目を閉じている。
誰とも話さない。
誰も近寄らない。
その姿は、周囲とは別の時間を過ごしているようだった。
さらにその先。
綾小路清隆が手すりにもたれて海を眺めている。
景色を見ているだけにも見える。
勉強会でもそうだった。
必要な時だけ口を開き、それ以外は一歩引いて周囲を見ている。
ルルーシュは一瞬だけ視線を向ける。
その瞬間、綾小路もこちらを見た。
偶然だったのか。
それとも、最初から気付いていたのか。
互いに何も言わない。
やがて、二人は同時に視線を外した。
「気になる?」
スザクが小さく尋ねる。
「少しな。」
「勉強会でも、あまり前へ出なかった。」
「ああ。」
「必要な時だけ動く。」
「それ以上は、まだ分からない。」
船はゆっくりと南へ進む。
笑い声が甲板に広がる。
誰もが、この二週間を夏休みの延長だと思っていた。
その光景を、甲板の入口から茶柱が静かに見つめている。
ルルーシュは、その視線だけを追った。
豪華客船。
用意された舞台。
だが、この学校が理由もなく二週間という時間を与えるとは思えない。
舞台だけは整っている。
まだ情報が足りない。