反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
バカンスは、島へ到着した時点で終わった。
各クラスに与えられた三百ポイント。
物資の購入。
占有地。
そして、他クラスに知られてはならないリーダー。
説明を終えた教師たちが去ると、Dクラスにはまとまった方針すら残らなかった。
◇
翌朝。
潮風がテントを優しく揺らした。
ルルーシュは静かに目を開ける。
腕時計は午前六時を指していた。
まだ拠点は静かだ。
テントの外へ出ると、朝日が木々の隙間から差し込み、波の音だけが耳に届く。
昨日設営したテントは整然と並んでいた。
しかし、使い終えたロープはそのまま放置され、飲料水の箱も仮置きのままになっている。
生活は始まったばかりだ。
ルルーシュは拠点をゆっくり歩きながら、物資と周囲の様子を確かめていく。
食料。
飲料水。
生活用品。
残りポイント。
そして、人。
「おはよう。」
振り返ると、平田が穏やかな笑みを浮かべていた。
「もう起きてたんだ。」
「ああ。」
「見回り?」
「そんなところだ。」
平田は頷く。
「僕は朝食の準備を手伝ってくるよ。」
「頼む。」
平田が女子グループの方へ歩いていくと、それを見た数人が自然と立ち上がった。
誰かが呼び集めたわけではない。
それでも、人は集まる。
――同じ中心でも、その在り方は様々だ。
「おはよう!」
明るい声とともにスザクが姿を見せた。
肩には束ねた木材を担いでいる。
「昨日のうちに集めておいたんだ。焚き火の補強に使えそうだったから。」
「一人で運んだのか。」
「近くだったからね。」
気負いなく笑う。
「枢木!」
池が手を振る。
「杭打つの手伝ってくれ!」
「分かった!」
スザクが駆け寄ると、須藤も立ち上がった。
「俺もやる。」
三人は声を掛け合いながら作業を始める。
さっきまで動かなかった空気が、少しだけ動き始めた。
「ランペルージ君。」
堀北が端末を手に歩いてくる。
「食料購入の時間を決めたいのだけれど。」
「任せる。」
「……それだけ?」
「現時点では。」
堀北は小さく眉を寄せた。
「もう少し意見を聞きたかったのだけれど。」
「必要になれば言う。」
短く返す。
まだ全員の動きは見えていない。
今決めるより、もう少し見てからでも遅くはない。
「……分かったわ。」
堀北は小さく息をつくと、平田の方へ歩いていった。
朝日が少しずつ高く昇る。
島での本格的な一日が、静かに始まった。
朝食を終えると、Dクラスの生徒たちはそれぞれ動き始めた。
川へ水を汲みに向かう者。
周辺の地形を確かめに行く者。
木陰で一息つく者。
そして、何をすればいいのか分からず辺りを見回す者。
照り返しは朝から強く、潮風が吹いても汗はすぐに滲んだ。
慣れない環境の中で、誰もが手探りで一日を始めている。
「みんな、一度集まってくれるかい?」
平田が穏やかに声を掛ける。
その一言で、散っていた生徒たちが次々と集まってきた。
「午前中は周辺の確認と生活に必要な物の整理をしよう。危険そうな場所があれば無理はせず、すぐ戻ってきてほしい。」
「了解。」
「分かった。」
短い返事が返る。
平田は誰かを急かすことも、強く命じることもしない。
それでも、皆は彼の言葉を受け止め、思い思いの持ち場へ散っていく。
ルルーシュはその様子を静かに見つめた。
「食料の購入は三十分後に行くわ。」
今度は堀北が端末を確認しながら口を開く。
「昨日決めた内容を基本に購入するけれど、追加で必要な物があれば今のうちに言って。」
「飲み物、もう少し増やせないか?」
池が手を挙げる。
「却下よ。」
「即答かよ……。」
「ポイントは有限よ。必要以上の消費はできないわ。」
池は肩を落とし、不満そうな表情を浮かべた。
言い返しはしない。
だが、納得したわけでもない。
そのやり取りを横目に、ルルーシュは口を開いた。
「購入品の内訳は、昨日決めたものから変更なしだな。」
「ええ。その予定よ。」
「分かった。」
それだけ確認すると、再び口を閉ざす。
今必要なのは、物資よりも人を見ることだ。
誰が自ら動き、誰が指示を待つのか。
それは数字だけでは分からない。
「ランペルージ君。」
堀北が少し不満そうに視線を向ける。
「何か他に意見は?」
「今はない。」
「そう。」
短いやり取りだけで会話は終わった。
堀北は予定の確認へ戻り、平田は探索班の人数を調整している。
それぞれが、自分の役目を果たそうとしていた。
少し離れた場所では、スザクが須藤たちとテント周辺を整備している。
「こっちを押さえて!」
「任せろ!」
「山内、そのロープ!」
「はいはい!」
笑い声が響き、拠点に活気が広がる。
昨日までのぎこちなさは、少しずつ薄れ始めていた。
ルルーシュは小さく息を吐く。
まだ形にはなっていない。
だが、動き始めた歯車を無理に組み替える必要もない。
今は、その流れを見届けるだけで十分だった。
午前の探索を終えた生徒たちが、次々と拠点へ戻ってきた。
「川の上流は問題なかった。」
「浜辺の向こうは崖だ。回り込めそうになかった。」
「食べられそうな木の実も少し見つけたぞ。」
思い思いの報告が飛び交う。
堀北は一人ひとりの話に耳を傾け、端末とメモへ手際よく書き込んでいく。
「崖はどの方角?」
「北東。」
「距離は?」
「十分……いや、十五分くらいだったかな。」
「次は目印になりそうな場所も覚えてきて。」
「分かった。」
探索班は頷き、それぞれ荷物を置きに散っていく。
ルルーシュはその様子を眺めながら、腕時計へ視線を落とした。
予定より五分遅れている。
探索自体に問題はない。
だが、報告をまとめる時間は想定より長くなっていた。
「ランペルージ。」
須藤が近付いてくる。
「テントの補強、終わったぞ。」
「ああ、ご苦労。」
「次は何をすればいい?」
ルルーシュは少しだけ周囲へ目を向けた。
須藤の後ろでは、スザクが打ち込んだ杭を一本ずつ確かめている。
池と山内も、それに倣ってロープを張り直していた。
「今は休んでおけ。」
「午後も動くことになる。」
「了解。」
須藤は素直に頷き、三人の元へ戻っていく。
ルルーシュはその背中を見送った。
少し前までの須藤なら、指示を待つことも、自分から仕事を探すこともなかった。
今は違う。
誰かが動けば、自分も動く。
その変化は決して大きくない。
だが、確かに昨日までとは違っていた。
「ランペルージ君。」
今度は堀北だった。
「探索結果は一通り整理できたわ。」
「見せてくれ。」
端末を受け取り、簡単に目を通す。
探索範囲。
危険箇所。
水場。
どれも必要な情報は揃っている。
「問題ない。」
端末を返すと、堀北は小さく息をついた。
「午後の予定も整理しておくわ。」
堀北は端末へ視線を戻した。
一つ確認するたびに、次の仕事が増えていく。
それでも堀北は手を止めない。
ルルーシュは何も言わなかった。
今はまだ、自分で抱えられると思っている。
ならば、その限界も自分で知るべきだ。
視線を上げる。
拠点では、平田が昼食の準備を進め、スザクが薪を運び、須藤たちは調理に使う石を集めていた。
それぞれが声を掛け合い、少しずつ拠点は形になっていく。
その流れを見届けながら、ルルーシュは静かに歩き出した。
まだ盤上は動き始めたばかりだ。
昼食を終える頃には、太陽は頭上高く昇っていた。
照り返しを受けた砂浜は白く輝き、木陰へ入るとようやく潮風が肌を撫でる。
生徒たちは思い思いに身体を休めながら、午後の作業へ取り掛かっていた。
「みんな、ありがとう。」
平田が笑顔で声を掛ける。
「今日は無理をしすぎないようにしよう。体調が悪くなったら、すぐに言ってくれ。」
「了解。」
「おう。」
短い返事が返る。
平田の声に合わせるように、それぞれが持ち場へ戻っていく。
一方で、堀北は端末から目を離さない。
探索記録。
物資の残数。
ポイントの消費。
今夜の見張り。
確認する項目は、まだ残っていた。
「ランペルージ君。」
堀北が顔を上げる。
「探索結果は整理できたわ。午後は物資の管理を終わらせて、そのあと見張りを決める予定よ。」
「そうか。」
「夕食の準備もあるし、消費ポイントも記録しないと。」
言葉を区切るたびに、視線は再び端末へ落ちる。
ルルーシュは黙ってその様子を見ていた。
「少し休んだらどうだ。」
堀北の指が止まる。
「……大丈夫よ。」
答えは短かった。
しかし、その声には朝よりわずかな疲れが混じっている。
「まだ初日だもの。」
そう言って再び端末へ目を向ける。
ルルーシュはそれ以上何も言わなかった。
今ここで言葉を重ねても、彼女は聞き入れない。
「ルルーシュ!」
少し離れた場所からスザクが手を振る。
「見張りに使えそうな場所を見つけたよ。」
「案内してくれ。」
二人は拠点を離れ、小高い岩場まで歩いていく。
木々の切れ間から浜辺が見渡せた。
拠点のテントも、その向こうに広がる海も一望できる。
「ここなら夜でも周囲を確認しやすいと思う。」
「悪くない。」
短く頷く。
視界は広く、拠点からも遠すぎない。
見張り場所としては十分だった。
「じゃあ、あとで堀北さんにも伝えておくよ。」
「頼む。」
スザクは笑顔で駆け戻っていく。
その背中を見送りながら、ルルーシュはもう一度拠点へ視線を向けた。
平田は探索班と話し合い、須藤たちは夕食用の薪を運んでいる。
笑い声も聞こえる。
初日としては、順調と言っていい。
だからこそ、拠点の中央で一人だけ端末を見つめ続ける堀北の姿が目に留まった。
夕日がゆっくりと西へ傾いていく。
その長い影は、誰よりも先に堀北の足元へ伸びていた。
ルルーシュは静かに目を細める。
――綻びは、まだ小さい。
だが、それは確かに、この拠点に生まれ始めていた。