反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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動き出すクラス

 少しだけ時間を遡る。

 

 同日の昼。

 

 Dクラスの拠点では、昨日までより少ない言葉で人が動いていた。

 

「須藤君、資材の方を見てもらえる?」

 

「おう」

 

 平田に声を掛けられ、須藤は立ち上がる。

 

 だが、積まれた木材の前まで来ると、一本だけ縄の緩んでいる束へ先に手を伸ばした。

 

「これ、先に縛り直しとくぞ」

 

「お願い」

 

 それだけで会話は終わった。

 

 水場から戻ってきた池は、空になった容器を見つけると、そのまま別の水筒を抱える。

 

「もう一往復しとくわ。夕方に足りなくなると面倒だし」

 

「一人で大丈夫?」

 

 軽井沢が尋ねる。

 

「近いから平気」

 

 池は軽く手を振り、再び森へ入っていった。

 

 少し遅れて山内が戻ってくる。

 

「幸村には伝えた。あと、南側の班は三十分くらい遅れるって」

 

「分かった。ありがとう」

 

 平田は頷き、手元の紙へ一つ印を付けた。

 

 誰も、次に何をすればいいのかと立ち止まってはいない。

 

 堀北も拠点の中央から動かなかった。

 

 時折手帳へ目を落とし、必要なことだけを確認する。

 

 以前なら自分で歩いて確かめていたことの多くを、今は戻ってくる報告で把握していた。

 

 物資置き場では、ルルーシュが帳面へ数字を書き込んでいる。

 

 食料。

 

 飲料水。

 

 消耗品。

 

 残りポイント。

 

 昨日までと同じ作業だった。

 

 違うのは、顔を上げる回数が減ったことだけだ。

 

 須藤は自分で不足を見つける。

 

 池は必要な量を考えて動く。

 

 山内は伝達先だけでなく、戻る途中に拾った情報まで平田へ渡す。

 

 ルルーシュが口を挟む場面は、確実に減っていた。

 

「順調そうだね」

 

 横からスザクが声を掛ける。

 

「ああ」

 

「昨日までより、みんな動きやすそうだ」

 

「そう見えるなら、それでいい」

 

 ルルーシュは帳面を閉じた。

 

「西側を見てくる。昨日の風で倒木が増えてるかもしれない」

 

「一人で行くのか」

 

「近くだけだよ」

 

「戻る時刻だけ平田に伝えておけ」

 

「分かった」

 

 スザクは笑って踵を返した。

 

 その背中を見送り、ルルーシュは再び帳面を開く。

 

    ◇

 

 森の西側。

 

 前日の風で落ちた枝を避けながら、スザクは水場へ続く道から少し外れた場所を歩いていた。

 

 大きな倒木が一つ。

 

 斜面の一部が崩れている。

 

 通れないほどではない。

 

 位置を覚え、戻ろうとした時だった。

 

 木々の奥で、枝の折れる音がした。

 

「誰かいるのか?」

 

 返事はない。

 

 草を掻き分けて進む。

 

 大木の根元に、一人の女子生徒が座っていた。

 

 制服の袖には土が付き、頬には赤い痕が残っている。

 

 片足を庇うように伸ばしていた。

 

「大丈夫か?」

 

 女子生徒が鋭く顔を上げる。

 

「近寄らないで」

 

 スザクは数歩手前で止まった。

 

「怪我をしている」

 

「見れば分かるでしょ」

 

「歩けるか?」

 

「余計なお世話よ」

 

 木へ手を掛け、立ち上がる。

 

 右足へ体重を乗せた瞬間、身体が傾いた。

 

 スザクが咄嗟に腕を支える。

 

「触らないで!」

 

「なら、倒れないでくれ」

 

 腕を振り払われても、スザクは怒らなかった。

 

「どこのクラスだ?」

 

「Cクラス」

 

 短い沈黙。

 

「伊吹澪」

 

「僕は枢木スザク。Dクラスだ」

 

「聞いてない」

 

「そうか」

 

 スザクは伊吹の足を見る。

 

 一人で歩けないほどではない。

 

 だが、この状態で森の中へ戻す気にはなれなかった。

 

「拠点まで来た方がいい」

 

「嫌よ」

 

「ここに残るのか?」

 

「その方がまし」

 

「Cクラスへ戻れない理由があるのか?」

 

 伊吹は黙った。

 

 やがて、吐き捨てるように口を開く。

 

「龍園が試験を捨てたのよ」

 

「捨てた?」

 

「ポイントを食べ物や飲み物に使って遊んでる。止める気もない。私が反対したら揉めた。それだけ」

 

 頬の痕へ指が触れる。

 

 スザクは少しだけ眉を寄せた。

 

 だが、それ以上事情を聞かなかった。

 

「なら、なおさら一人にはできない」

 

「話聞いてた?」

 

「聞いていたよ」

 

 スザクは肩を差し出す。

 

「歩けるところまでは歩けばいい。無理なら支える」

 

「……馬鹿じゃないの」

 

「よく言われる」

 

 伊吹はしばらく睨んでいたが、やがて木から背を離した。

 

「肩だけ」

 

「ああ」

 

 二人はゆっくりとDクラスの拠点へ向かった。

 

    ◇

 

 スザクが見知らぬ女子生徒を連れて戻ると、拠点の空気が僅かに変わった。

 

「Cクラス?」

 

 堀北が露骨に眉を寄せる。

 

「森で怪我をしていた」

 

「だからここへ連れてきたの?」

 

「放っておけなかった」

 

「私は別に頼んでない」

 

 伊吹がスザクの肩から手を離す。

 

 平田が近付いた。

 

「とりあえず座った方がいいよ。足だけでも見せてもらえないかな」

 

「必要ない」

 

「本人がそう言っているなら、無理に触る必要はないわ」

 

 堀北は伊吹を見る。

 

「でも、Cクラスへ戻らないなら話は別よ。ここはDクラスの拠点だから」

 

「分かってる」

 

「事情は?」

 

「龍園と揉めた。それだけ」

 

 堀北の視線が細くなる。

 

 少し離れた木陰で、綾小路は何も言わず二人を見ていた。

 

 ルルーシュは帳面から顔を上げる。

 

「平田。今日の配分は一人分増やせるか?」

 

「うん。問題ないよ」

 

「なら追加してくれ」

 

 伊吹がルルーシュを見る。

 

「それだけ?」

 

「何がだ」

 

「Cクラスの人間が来たのよ」

 

「見れば分かる」

 

「怪しまないわけ?」

 

「君を信用する理由も、今ここで追い出す理由もない」

 

 淡々とした返答だった。

 

 伊吹は不愉快そうに眉を寄せる。

 

 Cクラスと揉めたという説明が嘘だと決めつける材料はない。

 

 同時に、他クラスの拠点へ一人で入り込んできた人間へ、内側をすべて見せる理由もなかった。

 

 その二つは別の話だった。

 

「拠点の中を好き勝手に歩き回らないこと。それだけは守って」

 

 堀北が釘を刺す。

 

「命令される筋合いはない」

 

「なら、怪しまれることもしないことね」

 

「まあまあ」

 

 平田が間へ入った。

 

「今日は休んでもらおう。話は明日でもできるよ」

 

 伊吹は返事をしなかった。

 

    ◇

 

 その日の夕方。

 

 伊吹は拠点の端に場所を与えられた。

 

 食事は一人分増えたが、それ以外の扱いが大きく変わることはない。

 

 平田は探索班の帰還を確認し、堀北は報告へ目を通す。

 

 池は水筒を並べ、須藤は緩んだ支柱を直している。

 

 伊吹はほとんど口を開かなかった。

 

 ただ、人が動くたび、その視線も僅かに動いていた。

 

 ルルーシュはその視線に気付いていたが、声を掛けなかった。

 

 外部の人間が周囲を見ること自体は、不自然ではない。

 

 見るだけなら好きにすればいい。

 

 見られて困るものまで置いておく必要がないだけだ。

 

 夜が深くなり、拠点の声も次第に小さくなっていった。

 

    ◇

 

 翌朝。

 

 五日目。

 

 伊吹がDクラスにいる光景は、一晩で多少は馴染んでいた。

 

 歓迎されたわけではない。

 

 堀北の警戒も消えていない。

 

 それでも、彼女が拠点の端に座っているだけで誰も手を止めることはなくなった。

 

 ルルーシュは朝の物資確認を終えると、積まれていた袋の位置を入れ替えた。

 

 使用中の食料を手前へ。

 

 予備分をその奥へ。

 

 空になった袋は捨てず、道具箱の横へまとめる。

 

 水も、一日分として外へ出す量だけを決めた。

 

「何してるの?」

 

 池が尋ねる。

 

「整理だ」

 

「予備、奥に入れたら取りにくくないか?」

 

「毎回使うものじゃない」

 

「まあ、そうだけど」

 

 池は首を傾げ、それ以上は聞かなかった。

 

 外側から見れば、物資置き場にあるのは使いかけの袋と空袋が多い。

 

 正確な残量は、帳面だけを見ても分からない。

 

 人員や水、試験上の判断も、それぞれ別の人間が把握していた。

 

 誰か一人へ聞けば、すべてが分かる状態ではなかった。

 

 伊吹はその様子を離れた場所から見ていた。

 

 見える食料は多くない。

 

 水にも余裕があるようには見えない。

 

 だが、人の動きには切迫した様子がなかった。

 

「夕方の分、あと二本くらいあった方がいいな」

 

 池が空の容器を持ち上げる。

 

「なら行ってこい」

 

「言われなくても行くって」

 

 その返答に、ルルーシュの手が一瞬止まった。

 

 何も言わず、帳面へ視線を戻す。

 

 伊吹の視線は池から平田へ移り、次に堀北へ向いた。

 

 平田は日常の動きをまとめている。

 

 堀北は細かな作業には口を出さないが、占有地や試験上の判断になると自分で確認する。

 

 ルルーシュはほとんど前へ出ない。

 

 伊吹はしばらくその様子を見ていた。

 

    ◇

 

 夕刻。

 

 水場には複数のクラスの生徒が集まっていた。

 

 綾小路は水筒へ水を満たしながら、少し離れたAクラスへ目を向ける。

 

 葛城を中心に数人が固まっている。

 

 判断をするのも葛城。

 

 周囲が確認を取る相手も葛城。

 

 表向きに見れば、彼がAクラスの中心だった。

 

 少しして、葛城の近くにいた戸塚の姿が見えなくなった。

 

 綾小路は腕時計へ目を落とす。

 

 それから周囲を見る。

 

 特別な意味があると判断するには、材料が足りない。

 

 やがて戸塚は何事もなかったように戻り、葛城の隣へ立った。

 

 綾小路はその事実だけを記憶した。

 

「Cクラスはもうやる気ないらしいぞ」

 

 近くにいた生徒の会話が耳へ入る。

 

「かなりポイント使ってるって」

 

 綾小路は水筒の蓋を閉めた。

 

 Dクラスには伊吹がいる。

 

 Bクラスの近くには金田がいる。

 

 どちらもCクラスから離れ、別のクラスの近くへ入っている。

 

 理由まで同じだとは限らない。

 

 偶然で説明することもできる。

 

 ただ、少し出来すぎている。

 

 結論を出すにはまだ早い。

 

 今は、その事実を覚えておけばいい。

 

    ◇

 

 日が沈み始める頃。

 

 堀北は戻ってきた報告へ印を付けていた。

 

 ふと、額へ手を当てる。

 

「どうした?」

 

 近くを通った綾小路が尋ねた。

 

「何でもないわ」

 

「そうか」

 

「少し暑いだけよ」

 

 堀北は手を下ろし、再び手帳へ視線を戻した。

 

 少し離れた場所では、スザクが伊吹へ水を差し出している。

 

「いらない」

 

「夕方から飲んでないだろ」

 

「見てたの?」

 

「たまたまだよ」

 

「気持ち悪い」

 

「それは悪かった」

 

 伊吹は嫌そうな顔をしながらも、結局水筒を受け取った。

 

    ◇

 

 夜。

 

 食事を終えた拠点は静かだった。

 

 ルルーシュは物資表へ最後の数字を書き込む。

 

 今日、自分から指示した回数は少ない。

 

 それでも、予定していた仕事の大半は終わっている。

 

 偶然ではない。

 

 だが、これだけで十分だと判断するには早かった。

 

 帳面を閉じる。

 

 拠点の端で、伊吹の視線が人の動きを追っていた。

 

 ルルーシュは一度だけ顔を上げる。

 

 少し離れた場所では、綾小路が黙って水筒を弄っていた。

 

 焚き火が小さく爆ぜる。

 

 伊吹の視線だけが、静かに拠点を巡っていた。

 

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