反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
七日目の朝。
Dクラスの人数は、一人減っていた。
前日の午後、高円寺が体調不良を理由に試験から離脱した。
止める声はほとんどなかった。
本人が決めた以上、何を言っても変わらない。それを、この数日で全員が理解していた。
減点は痛い。
人手も一人分減った。
それでも朝の拠点は止まらない。
「南側、一人減らしていい?」
平田が地図を見ながら尋ねる。
「昨日狭めた範囲なら問題ない」
幸村が答えた。
「じゃあ、その一人を水の方へ回すよ」
「助かる」
池が空の水筒をまとめる。
須藤は支柱を一本持ち上げ、緩んだ縄を締め直していた。
スザクはテントの入口へ目を向ける。
堀北が中から出てきた。
「まだ寝ていた方がいい」
「昨日よりはましよ」
「昨日が酷すぎたんだ」
「そうね」
珍しく反論しなかった。
顔色は戻り切っていない。
それでも堀北は平田の持つ地図へ目を落とした。
「午後の占有地は?」
「それなんだけど――」
「後でいい」
ルルーシュの声が入った。
平田が振り返る。
「今決めなくても困らないだろう」
「まあ、そうだけど」
「なら、必要になる直前でいい」
ルルーシュは物資表から顔を上げない。
堀北だけが、一度拠点の端へ視線を向けた。
伊吹が木にもたれ、こちらを見ている。
すぐに視線を戻した。
「分かったわ」
それで話は終わった。
◇
朝の作業が一段落した頃、伊吹は拠点を離れた。
誰にも声を掛けない。
その背中を、綾小路は拠点の端から一度だけ見ていた。
水場へ向かう道を途中で外れ、木々の間へ入る。
足の痛みはほとんど残っていなかった。
斜面を下り、大きな根が地面から露出した木の前で止まる。
周囲を見る。
人影はない。
根元に積もった枯葉を払い、石の下から小さな防水袋を取り出した。
中に入っていた無線機の電源を入れる。
短い雑音。
『遅ぇぞ』
「好きで遅れたんじゃないわよ」
『で?』
伊吹は木へ背を預けた。
「物資は多くない。少なくとも、余裕があるようには見えない」
『見える範囲じゃ、だろ』
「分かってる」
苛立った声で返す。
「人の動きは平田がまとめてる。普段の仕事はほとんどあいつが回してる」
『堀北は』
「試験に関わる判断はあいつが確認してる。昨日倒れたけど、今日はもう戻ってる」
『ランペルージ』
伊吹は僅かに黙った。
「前には出ない。ずっと物資と数字を見てる」
『それだけか?』
「……たまに口を出す。でも、あいつが直接全員を動かしてるわけじゃない」
昨日の一言を思い出す。
平田。
あれだけで止まっていた拠点が再び動き始めた。
だが、それをどう報告すればいいのかは分からなかった。
『リーダーは』
「堀北が一番自然」
『確証は?』
「まだない」
無線の向こうで、龍園が笑った気配がした。
『なら、取れ』
「簡単に言わないで」
『金田はもうBに入ってる。お前だけ手ぶらじゃ格好つかねえだろ』
「勝手に競わせないで」
『期待してるぜ、伊吹』
「気持ち悪い」
通信を切った。
無線機を袋へ戻し、石の下へ隠す。
伊吹は来た道を戻り始めた。
◇
海岸では、龍園が無線機を下ろした。
少し離れた場所では、Cクラスの生徒が購入した飲み物を片手に騒いでいる。
試験を捨てたクラス。
外から見れば、そう見える。
龍園の前には地図が広げられていた。
Bクラス。
Dクラス。
二つの場所に、小さく印が付いている。
「伊吹、どうだったんすか?」
石崎が覗き込む。
「まだだ」
「まだ?」
「堀北が一番怪しいって話なんすよね?」
「怪しいだけなら何の価値もねえ」
龍園は地図を折る。
「外した時の損まで払って、勘に賭ける趣味はねえんだよ」
「じゃあ……」
「欲しいのは予想じゃねえ。外さない名前だ」
再び無線機から雑音が鳴った。
今度は別の声だった。
龍園は口元を上げる。
「ほら。もう一枚も動いてる」
◇
少し遅れて、綾小路も水筒を手に拠点を出ていた。
伊吹とは別の道から森へ入り、斜面の木陰からその様子を確認する。
声までは聞き取れなかった。
だが、伊吹の手にあった物が何かは見えた。
無線機。
それで十分だった。
昨日までの仮説は、ほぼ確信に変わった。
伊吹は外部と連絡を取りながらDクラスにいる。
相手を考えるのは難しくない。
なら、Bクラスに残っている金田も同じ線上にあると見るべきだった。
龍園は試験を捨てていない。
表から姿を消したまま、別のクラスへ目を入れている。
戻っていく伊吹を、それ以上追うことはしなかった。
ここで捕まえても、得られるものは少ない。
問題は、何を集めているのか。
だが、物資や人員の状況だけが目的とは限らない。
伊吹が最後まで何を確かめようとしているのか。
そちらの方が重要だった。
反対方向へ歩き出す。
◇
Bクラスの拠点近くでは、一之瀬が数人の生徒と話していた。
綾小路は水場へ向かう途中を装い、少しだけ歩調を落とす。
「綾小路君?」
一之瀬が先に気付いた。
「珍しいね。こっちまで来るなんて」
「道を変えてみただけだ」
「そっか」
その後ろを、見覚えのある男子生徒が通る。
金田悟。
まだBクラスの中にいる。
「金田、まだいるんだな」
「うん。今のところはね」
「そうか」
それだけ確認できれば十分だった。
「Dクラスも大変でしょ?」
「それなりにな」
一之瀬と別れ、水場へ向かう。
伊吹だけが独断で動いているわけではない。
龍園は、複数のクラスへ同じ種類の目を置いている。
◇
水場にはAクラスの生徒もいた。
葛城が二人の生徒から報告を受けている。
表から見れば、今日も中心は葛城だった。
綾小路は水筒へ水を入れる。
その時、Aクラスが確保している地点の一つへ続く北側の道から、戸塚が一人で戻ってきた。
袖に葉が付き、靴には湿った土が残っている。
「戸塚、向こうは?」
近くの生徒が声を掛ける。
「問題ない。葛城さんには俺から伝える」
戸塚は短く答え、そのまま葛城の方へ歩いていった。
綾小路は水筒の蓋を閉める。
以前見た、葛城のそばから一時的に消えた姿。
あの時と今の行動が同じ理由によるものかは、まだ分からない。
ただ、戸塚が葛城の後ろに立っているだけの人間ではないことは分かった。
葛城だけを見ていればいい、という話でもなさそうだった。
◇
正午を少し回った頃。
伊吹が戻ると、Dクラスの拠点では昼食の片付けが始まっていた。
誰も彼女の不在を騒いでいない。
平田が一度だけ顔を上げた。
「足、大丈夫だった?」
「もう平気」
「ならよかった」
それ以上は聞かなかった。
物資置き場では、ルルーシュが何枚かの紙をまとめていた。
朝まで置かれていた探索予定の一覧がない。
「平田」
「何?」
「午後の変更は口頭で回せ。終わった情報まで残す必要はない」
「分かった」
山内が横から紙を覗き込む。
「じゃあ俺、聞いた順に回ればいい?」
「ああ。戻ったら平田に伝えろ」
「了解」
山内が走っていく。
伊吹は何も言わず、その背中を見送った。
ルルーシュは紙を折り、帳面へ挟む。
外部の人間がいるなら、残す情報を減らす。
それで十分だった。
◇
少し遅れて綾小路が戻ると、入口近くでルルーシュとすれ違った。
「随分歩いたな」
「そう見えるか?」
「靴が朝より汚れている」
綾小路は自分の足元を見る。
「道に迷った」
「そうか」
ルルーシュはそれ以上聞かない。
代わりに、綾小路の視線が物資置き場へ向いた。
見える袋は少ない。
昨日まであった紙の一部も消えている。
「随分慎重なんだな」
「他クラスの人間がいる」
「伊吹のことか」
「それ以外に誰がいる」
「確かに」
短いやり取りだった。
綾小路はそのまま拠点の奥へ歩いていく。
少し離れた場所では、伊吹が堀北と話していた。
堀北はまだ完全には回復していない。
それでも、試験に関する確認だけは自分で行っている。
伊吹の視線が、堀北の手元へ一瞬落ちた。
綾小路は歩みを止めなかった。
伊吹が最後まで確かめようとしているものは、まだ別にある。
Cクラスは試験を捨てていない。
龍園は、まだ盤上にいる。