反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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十二の檻

 端末に表示された集合場所は、三階の小会議室だった。

 

 集合通知が届く前に確認していた、小会議室の一つ。

 

 扉の前には、すでに十人ほどの生徒が集まっている。

 

 Aクラス。

 

 Bクラス。

 

 Cクラス。

 

 そしてDクラス。

 

 顔を知っている生徒もいれば、名前すら知らない者もいる。

 

 スザクの姿はなかった。

 

 通知された場所が異なる以上、当然だった。

 

「ランペルージ君も、ここなんだね」

 

 声をかけてきたのは平田だった。

 

「ああ」

 

「枢木君は?」

 

「別の部屋だ」

 

「堀北さんも違うみたいだ。Dクラスも、かなり細かく分けられてるね」

 

 平田は周囲を見渡した。

 

 同じDクラスの生徒は、二人のほかにもいる。

 

 ただし、普段行動を共にする顔ぶれではなかった。

 

 ルルーシュは扉の上に記された番号を確認した。

 

 その横に、小さな記号が表示されている。

 

 動物を簡略化した図柄。

 

 船内案内にはなかったものだ。

 

「干支かな」

 

 平田も気づいたらしい。

 

「そのようだな」

 

 近くにいたAクラスの男子生徒が、二人の会話を聞いて端末を見直した。

 

 画面にも同じ図柄が表示されている。

 

「クラスを混ぜて、干支で分けたってことか?」

 

「まだ決まったわけじゃないよ」

 

 平田が穏やかに答える。

 

「でも、その可能性は高そうだね」

 

 男子生徒は平田には答えず、ルルーシュを見た。

 

「お前たち、何か聞いてるのか?」

 

「何も」

 

「なら、ずいぶん落ち着いてるな」

 

「慌てれば説明が早く始まるのか?」

 

「……いや」

 

「なら、待てばいい」

 

 男子生徒は不快そうに眉を動かしたが、それ以上は言わなかった。

 

 平田が小さく苦笑する。

 

「もう少し言い方があるんじゃないかな」

 

「事実だ」

 

「そうだけど」

 

 扉が開いた。

 

 中から教師が姿を見せる。

 

「指定された生徒は入室しろ。席は自由だが、他の部屋へ移ることは認めない」

 

 生徒たちが順番に入っていく。

 

 室内には、長机が四角形を作るように並べられていた。

 

 正面には大型モニター。

 

 各机には、試験概要と書かれた紙が伏せて置かれている。

 

 座席数は十四。

 

 昨夜見た通りだった。

 

 クラス全体を集めるには狭い。

 

 だが、互いの表情を観察させるには十分な広さがある。

 

 ルルーシュは、入口とモニターの両方が見える席へ腰を下ろした。

 

 平田は対面の席を選ぶ。

 

 他の生徒たちも座ったが、クラスごとに固まれるほど同じクラスの人数はいない。

 

 全員が、ほぼ等しい距離で向かい合う配置。

 

 最後の生徒が座ると、教師が扉を閉じた。

 

「これより、新たな特別試験について説明する」

 

 低い声が室内へ落ちる。

 

 何人かの生徒が息を呑んだ。

 

「やっぱり試験かよ……」

 

 小さな声が聞こえた。

 

 教師は反応しない。

 

「一年生全員は、十二のグループに分けられた。各グループの名称には、干支が用いられている」

 

 モニターへ十二の名称が表示される。

 

 鼠。

 

 牛。

 

 虎。

 

 兎。

 

 龍。

 

 蛇。

 

 馬。

 

 羊。

 

 猿。

 

 鳥。

 

 犬。

 

 猪。

 

「各グループは、AからDまでの全クラスの生徒によって構成されている。試験期間中、お前たちは指定された時間に、この部屋で話し合いを行う」

 

 モニターの表示が切り替わる。

 

 中央に一つの言葉が現れた。

 

 優待者。

 

「各グループには、一名だけ優待者が存在する」

 

 室内の空気が変わった。

 

 誰かが周囲を見る。

 

 視線が一周し、元の位置へ戻る。

 

 まだ誰にも個別通知は届いていない。

 

 それでも、全員が目の前にいる誰かを疑い始めていた。

 

「優待者は、学校側が定めた規則に基づいて選定される。選ばれた生徒には、この説明後、個別に通知を送る」

 

 Aクラスの男子が手を挙げた。

 

「規則っていうのは?」

 

「現段階で説明する予定はない」

 

「無作為ではない、ということですか?」

 

「質問への回答は以上だ」

 

 男子生徒は口を閉じる。

 

 規則は存在する。

 

 だが、その内容は伏せられる。

 

 優待者本人だけが、自分が選ばれた事実を知る。

 

 他の生徒には、それを確かめる手段がない。

 

 ルルーシュは伏せられた紙へ視線を落とした。

 

「試験の目的は、所属するグループの優待者を特定することだ」

 

 教師の指示で、全員が紙を裏返す。

 

 そこには、四種類の結果が記されていた。

 

「結果一。最終日の解答時間内に、優待者及び優待者と同じクラスの生徒を除く全員が、正しい優待者名を学校へ送信した場合」

 

 モニターに数字が表示される。

 

「グループ全員へ、五十万プライベートポイントを支給する。優待者には、その倍となる百万プライベートポイントを支給する」

 

 室内がざわめいた。

 

「一人五十万……?」

 

「全員が正解すれば、だろ」

 

「優待者が名乗れば終わりじゃないか?」

 

 誰かの言葉に、数人が頷いた。

 

 優待者が自ら正体を明かす。

 

 全員が同じ名前を送る。

 

 それだけなら、争う必要はない。

 

「結果二」

 

 教師が続ける。

 

「優待者及び優待者と同じクラスの生徒を除く全員が正解するという条件を満たせなかった場合、優待者一名へ五十万プライベートポイントを支給する。他の生徒に報酬はない」

 

 協力すれば、全員が利益を得る。

 

 隠し通せば、優待者だけが利益を得る。

 

 そこまでは単純だった。

 

 だが、それだけなら四クラスを混ぜる必要はない。

 

 教師が紙の下段へ視線を移すよう促した。

 

「残る二つの結果は、試験終了前の解答によって発生する」

 

 ざわめきが止まった。

 

「結果三。優待者ではない生徒が、試験終了前に優待者名を学校へ送り、正解した場合」

 

 モニターに、プライベートポイントとクラスポイントの増減が表示される。

 

「正解者本人へ五十万プライベートポイントを支給する。正解者の所属クラスには、五十クラスポイントを加算する」

 

 表示の横に、赤い数字が加わる。

 

「同時に、優待者の所属クラスから五十クラスポイントを減算する。その時点で、該当グループの試験は終了となる」

 

 誰も声を上げなかった。

 

 全員で協力すれば、一人五十万。

 

 だが、誰より早く優待者を特定すれば、自分は同額を得たうえで、所属クラスを百ポイント分優位にできる。

 

 自クラスが五十を得て、相手クラスが五十を失う。

 

 一人の判断で、二つのクラスの差が動く。

 

「結果四。試験終了前に送信された優待者名が誤っていた場合」

 

 教師は淡々と続ける。

 

「誤答者の所属クラスから五十クラスポイントを減算する。優待者には五十万プライベートポイントを支給し、その所属クラスへ五十クラスポイントを加算する。この場合も、送信された時点で該当グループの試験は終了となる」

 

 当てれば奪える。

 

 外せば与える。

 

 一度送信すれば、取り消すことはできない。

 

「なお、優待者本人には解答権がない。また、優待者と同じクラスの生徒が試験終了前に送信した場合、正誤にかかわらず無効とする。自分が所属していないグループへの解答も、すべて無効だ」

 

 ルルーシュは結果一覧を見た。

 

 学校が生徒へ与えた利益は一つではない。

 

 個人。

 

 クラス。

 

 グループ全体。

 

 三つは、必ずしも同じ方向を向かない。

 

 誰を信じるのか。

 

 なぜ信じるのか。

 

 そして、いつ裏切るのか。

 

 学校は、それを一人ずつ選ばせようとしている。

 

「質問はあるか」

 

 Bクラスの女子生徒が手を挙げた。

 

「優待者が自分から名乗ったとしても、途中で他の生徒が答えを送れば、結果三になるんですか?」

 

「なる」

 

「全員で結果一を目指すと決めても?」

 

「学校は、グループ内の約束を保証しない」

 

 女子生徒の表情が曇る。

 

 今度はCクラスの男子が口を開いた。

 

「途中解答は、会合の時間以外でもできるんですよね?」

 

「試験期間中であれば受け付ける」

 

「誰が解答したかは、他のメンバーにも分かるんですか?」

 

「試験中には公表しない。結果の詳細は、最終日に通知する」

 

 Cクラスの男子は、それ以上質問しなかった。

 

 知りたかったのは規則だけではない。

 

 裏切った直後に、自分の名前が露見するかどうか。

 

 平田が紙を見ながら尋ねる。

 

「全員で話し合うための会合は、何回ありますか?」

 

 教師が予定を告げる。

 

 定められた回数。

 

 指定された時間。

 

 それ以外の接触は禁止されていない。

 

 端末の使用にも制限はない。

 

 グループ外の生徒へ相談することもできる。

 

 ただし、解答できるのは自分の所属グループだけ。

 

 情報を集めることは自由。

 

 渡すことも自由。

 

 嘘をつくことさえ禁じられていない。

 

 教師は最後に室内を見渡した。

 

「説明終了後、端末へ個別通知を送る。それまでは席を立つな」

 

 話し合いはまだ始まっていない。

 

 それでも、生徒たちの間にはすでに距離が生まれていた。

 

 先ほどまで平田の問いに頷いていたBクラスの女子生徒は、今は誰とも目を合わせていない。

 

 Aクラスの男子は、机に置かれた全員の端末を順番に見ている。

 

 Cクラスの生徒は、質問した人物ではなく、その質問へ反応した生徒を観察していた。

 

 ルルーシュも室内の視線を追う。

 

 誰が優待者か。

 

 今それを考えても、根拠はない。

 

 見るべきなのは、通知を受けた後だった。

 

    ◇

 

 個別通知が届いた。

 

 ルルーシュは画面を開く。

 

あなたは、所属グループの優待者ではありません。

 

 隣に座る生徒の反応は見なかった。

 

 見る必要がないからではない。

 

 自分の画面を確認する瞬間を、誰かに観察されている可能性がある。

 

 最初に見るべきなのは、自分が何を見せたかだった。

 

 ルルーシュは表情を変えず、端末を伏せた。

 

 視界の端で、平田も画面を閉じる。

 

 その内容までは分からない。

 

 室内の何人かはすぐに立ち上がろうとしたが、教師に制止された。

 

「全員への通知が完了するまで待て」

 

 数秒後、教師の端末が鳴った。

 

「通知は完了した。解散してよい。最初の会合時刻を忘れるな」

 

 扉が開く。

 

 生徒たちは互いに距離を保ったまま廊下へ出た。

 

 平田が小さく息を吐く。

 

「説明を聞く前より、話しかけにくくなったね」

 

「それが目的だ」

 

「学校の?」

 

「ああ」

 

 同じ部屋にいたAクラスの男子が、少し離れた場所で誰かへ連絡を入れている。

 

 Cクラスの生徒は、廊下へ出るとすぐ二手に分かれた。

 

 Bクラスの女子生徒だけが、近くにいた別クラスの生徒へ声をかけようとしている。

 

「Dクラスのみんなを集めた方がいいかな」

 

 平田が尋ねる。

 

「もう動いているだろう」

 

 その言葉とほぼ同時に、平田の端末が震えた。

 

 堀北からの連絡だった。

 

 集合場所と時刻。

 

 参加は任意。

 

 まず所属グループと連絡先だけを確認する。

 

 平田は画面を見て笑う。

 

「本当だ」

 

 ルルーシュは先に歩き出した。

 

    ◇

 

 説明を終えたDクラスの生徒たちは、船内の一室へ集まっていた。

 

 全員ではない。

 

 参加を強制したわけでもない。

 

 それでも、通知の確認を終えた生徒の多くが、自分の判断で集まっている。

 

 中央の机には、平田の端末が置かれていた。

 

「まず、所属グループと連絡先だけ確認しよう」

 

 平田が言う。

 

「話し合いの内容は、最初の会合が始まってからでいいと思う。それまでは、推測で決めつけないようにしたい」

 

「優待者が誰かも聞かないのか?」

 

 須藤が腕を組む。

 

「今ここで全員に申告させるのは危険よ」

 

 堀北が答えた。

 

 医務室から戻ったばかりだが、声に弱さはない。

 

「自分が優待者だと名乗った生徒が、本当のことを言っている保証はない。逆に、名乗らなかったからといって嘘をついているとも限らない」

 

「でも、Dクラスの優待者が分からなきゃ守れねえだろ」

 

「全員へ共有することと、守ることは同じではないわ」

 

 須藤は納得していない顔をしたが、反論はしなかった。

 

 平田が全員を見渡す。

 

「情報をまとめること自体は必要だと思う。でも、集め方を決めておかないと、間違った情報まで広がってしまう」

 

「なら、最初に区別しましょう」

 

 堀北は机上の端末を引き寄せた。

 

「確定している事実と、個人の推測を分ける」

 

 画面に項目が作られていく。

 

「優待者の名前は、不用意に全体へ共有しない。本人から相談があった場合も、共有範囲はその都度判断する」

 

 次の項目。

 

「会合で実際に出た発言と、その人物に対する評価を混同しない」

 

「どういうこと?」

 

 池が首を傾げた。

 

「たとえば、誰かが『全員で協力しよう』と言った。それは発言として記録できる。でも、その人が信用できるかどうかは別の話よ」

 

「ああ……言っただけかもしれないってことか」

 

「そういうこと」

 

 堀北は続けた。

 

「他クラスから得た情報には、誰から聞いたのかを必ず残す。最終的にどう動くかは、それぞれのグループにいる生徒が決める」

 

「こっちで全部決めないの?」

 

 山内が不安そうに尋ねた。

 

「同じグループにいる人間にしか分からないことがあるでしょう。クラス全体の都合だけで命令すれば、目の前の状況を無視することになる」

 

 山内は少し考え、頷いた。

 

 平田はグループ構成の入力を続けている。

 

 誰がどの部屋へ呼ばれたか。

 

 同じグループにいた他クラスの生徒。

 

 連絡可能な相手。

 

 提出される情報の形は、堀北の言葉に合わせて整えられていく。

 

 ルルーシュは少し離れた位置から、その流れを見ていた。

 

 平田が人をつなぐ。

 

 堀北が情報の扱い方を決める。

 

 他の生徒が、自分の知っている範囲を入力する。

 

 誰も、ルルーシュの指示を待ってはいない。

 

「ランペルージ君」

 

 平田が顔を上げた。

 

「何か、付け足しておいた方がいいことはあるかな」

 

 ルルーシュは画面を見る。

 

 発言者。

 

 内容。

 

 事実か推測か。

 

 得られた時刻。

 

 共有範囲。

 

 不足しているものは一つだった。

 

「誰が言ったかだけじゃない」

 

 全員の視線が集まる。

 

「誰が、その言葉を広めたかも記録しておけ」

 

 池が眉を寄せる。

 

「同じじゃないのか?」

 

「違う」

 

 ルルーシュは平田の端末へ視線を戻した。

 

「最初に言った人間が、情報を広めたいとは限らない。途中で別の人間が意味を変えて流すこともある」

 

 平田が理解したように頷く。

 

「発信元と、伝えた人を分けるんだね」

 

「ああ」

 

「分かった。項目を追加するよ」

 

 それ以上、ルルーシュは口を挟まなかった。

 

 堀北が決めた原則を変える必要はない。

 

 平田が作った流れを奪う必要もない。

 

 観察する場所を一つ増やせば、それで十分だった。

 

「それで」

 

 堀北がルルーシュを見る。

 

「あなたは優待者なの?」

 

 一瞬、室内の空気が止まった。

 

 何人かが端末から顔を上げる。

 

 ルルーシュは堀北の目を見た。

 

「違う」

 

 短く答えた。

 

「証明は?」

 

「ない」

 

「そう」

 

 堀北は追及しなかった。

 

 それを見て、須藤が口を開く。

 

「じゃあ、俺も言っとく。俺も違うぞ」

 

「僕も」

 

 池が続く。

 

「俺も優待者じゃない」

 

 山内まで手を挙げた。

 

「待って」

 

 平田が三人を制する。

 

「申告を禁止するつもりはないけど、今の段階では本当かどうか確認できない。誰が名乗ったかだけ記録しておこう」

 

 須藤が不満そうに鼻を鳴らした。

 

「俺は嘘ついてねえぞ」

 

「分かってる。でも、須藤君を信じるかどうかを、他の人へ強制することはできないから」

 

「……面倒くせえ試験だな」

 

 その言葉には、誰も反論しなかった。

 

 全員で同じ答えを送れば利益を得る。

 

 それだけなら簡単なはずだった。

 

 だが、一人でも相手を疑えば成立しない。

 

 信じることに利益がある。

 

 裏切ることにも利益がある。

 

 扉に鍵はかかっていない。

 

 それでも、生徒たちはすでに互いの視線から逃れられなくなっていた。

 

 ルルーシュの端末が短く震えた。

 

 会議を遮らないよう、机の下で画面を確認する。

 

 スザクからのメッセージだった。

 

僕は優待者ではなかった。

 

 続けて、もう一文が届く。

 

そっちは?

 

 ルルーシュは短く返信した。

 

同じだ。

 

 送信して、端末を伏せる。

 

 説明はそれだけで足りた。

 

 少なくとも、今は。

 

    ◇

 

 兎グループの最初の顔合わせは、まだ始まっていなかった。

 

 綾小路は指定された部屋の壁際に立ち、集まった生徒たちを眺めていた。

 

 Aクラスの生徒は、同じクラス同士で距離を詰めている。

 

 Bクラスは、クラスに関係なく周囲へ声をかけていた。

 

 Cクラスは表面上静かだったが、互いに目配せをしている。

 

 Dクラスにも、それぞれ違いがあった。

 

 幸村は配布された試験概要を読み直している。

 

 外村は会話へ入る機会を探しながら、入りきれずにいた。

 

 軽井沢は、女子生徒たちの中央にいる。

 

「ほんと、意味分かんないよね。この試験」

 

 軽井沢が言う。

 

「優待者が名乗れば全員ポイントもらえるんでしょ? だったら、さっさと名乗ればいいじゃん」

 

 明るく、強い口調だった。

 

 近くの女子生徒が同意する。

 

「でも、名乗った後に誰かが裏切るかもしれないよ」

 

「そんなの、先に約束すればいいでしょ」

 

「約束って……」

 

「破った人がいたら、その後ずっと信用されなくなるんだよ? 普通、やらないって」

 

 軽井沢は笑っている。

 

 発言だけを聞けば、自信がある。

 

 自分の周囲には人がいて、自分の言葉に女子たちが頷く。

 

 クラス内での立場も安定している。

 

 だが、彼女は会話が止まりそうになるたび、自分から次の言葉を足していた。

 

 誰かが別の女子へ話しかけると、僅かに視線が動く。

 

 中心にいるというより、中心から外れることを避けている。

 

 現時点で断定できることではない。

 

 ただ、自信だけで作られた立場には見えなかった。

 

「綾小路君はどう思う?」

 

 軽井沢が突然こちらを見る。

 

 周囲の視線も集まった。

 

「何がだ?」

 

「だから、優待者が名乗ればいいって話」

 

「名乗るだけでは足りない」

 

「どうして?」

 

「結果一にするなら、最後まで誰も途中解答しない必要がある」

 

「だから約束すればいいじゃん」

 

「全員が約束を守ると、全員が信じられるならな」

 

 軽井沢の笑顔が僅かに固まった。

 

「それ、誰も信用できないって言ってる?」

 

「そうは言ってない」

 

「じゃあ何なの?」

 

「約束と、その約束が守られる根拠は別だ」

 

「……感じ悪い」

 

 軽井沢は興味を失ったように顔を背け、近くの女子との会話へ戻った。

 

 だが、その輪から離れはしない。

 

 綾小路は端末を確認した。

 

 Dクラスの連絡用グループには、すでに平田から入力用の書式が送られている。

 

 所属グループ。

 

 参加者。

 

 確認できた発言。

 

 発言者。

 

 伝達者。

 

 事実と推測の区別。

 

 情報を得た時刻。

 

 報告の形が揃っていた。

 

 短時間で作ったにしては、項目が多い。

 

 平田が全体をまとめ、堀北が情報の扱い方を決めたのだろう。

 

 発信元と伝達者を分ける項目だけは、二人とは少し視点が違う。

 

 誰かが追加した可能性がある。

 

 ただし、誰が設計したかを今決める必要はない。

 

 重要なのは、Dクラスの情報が同じ形で集まり始めていることだ。

 

 それが有効に働くか。

 

 それとも、同じ形式であること自体が外部から読まれるか。

 

 判断するには、まだ報告が少ない。

 

 端末が震えた。

 

 室内にいる全員へ、ほぼ同時に通知が届く。

 

 学校からの個別連絡。

 

 優待者に選ばれたか否か。

 

 綾小路は画面を開いた。

 

あなたは、兎グループの優待者ではありません。

 

 予想していた範囲の通知だった。

 

 周囲では、それぞれが無言で端末を見ている。

 

 すぐに画面を伏せる者。

 

 何度も文章を読み直す者。

 

 隣の生徒の反応を確かめる者。

 

 綾小路は、自分の端末から顔を上げた。

 

 軽井沢は笑っていなかった。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 指先が、画面の端で止まっている。

 

 やがて彼女は端末を胸元へ引き寄せ、いつもの調子で女子生徒たちを見た。

 

「で、どうする?」

 

 声は先ほどと変わらない。

 

「誰が優待者か、順番に言ってみる?」

 

 綾小路は答えず、その表情を見た。

 

 通知の内容は分からない。

 

 分かったのは、彼女にとって今届いたものが、単なる試験結果ではなかったということだけだった。

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