反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
最初の会合が始まる五分前になっても、部屋の空気は落ち着かなかった。
指定された小会議室には、四クラスの生徒が集められている。
同じ制服。
同じ学年。
それでも、座る位置は自然と分かれていた。
Aクラスの生徒は、配布された試験概要を机の上へ置き、必要以上に周囲と話そうとしない。
Bクラスの生徒たちは、クラスの境界を越えて声をかけている。
Cクラスの生徒は会話へ加わりながらも、自分から意見を決めようとはしなかった。
スザクは、空いていた席へ腰を下ろした。
隣にDクラスの生徒はいない。
部屋の反対側には、同じクラスの男子生徒が一人いる。何度か話したことはあるが、親しいわけではなかった。
スザクと目が合うと、相手は困ったように笑った。
何を話せばいいのか分からないのだろう。
スザクも軽く頷くだけにした。
昨夜までなら、同じ部屋に集められたというだけで会話は始まっていたかもしれない。
今は違う。
この中の一人だけが、他の全員とは異なる通知を受け取っている。
しかも、その事実を明かすかどうかは本人へ委ねられている。
「時間になったので、始めませんか?」
Bクラスの女子生徒が言った。
明るい声だった。
返事を待たずに進めるのではなく、全員の顔を順番に見る。
「せっかく全員で利益を得られる方法があるんです。最初から疑い合うより、結果一を目指したいと思っています」
「それができるならな」
Aクラスの男子生徒が答えた。
「優待者が正直に名乗る保証はない。名乗ったとしても、誰かが途中解答しない保証もない」
「だから、話し合うんじゃないですか?」
「話し合った結果、全員が信用できるようになるとは限らない」
Bクラスの女子は少し黙った。
否定されたことへ腹を立てた様子はない。
「それでも、話さなければ何も始まりません」
「話すことと、情報を渡すことは別だ」
「情報を守っているだけでは、最後まで全員が疑い続けることになりますよ」
「不用意に明かして、途中解答されるよりはましだ」
二人の言葉は噛み合っていなかった。
協力したい者。
損失を避けたい者。
どちらも、試験のルールから考えれば間違ってはいない。
Cクラスの男子生徒が椅子の背へ身体を預けた。
「だったらさ、まず優待者じゃない奴から名乗ればいいんじゃねえの?」
軽い口調だった。
だが、目は笑っていない。
「全員が『違う』って言ったらどうするんですか?」
Bクラスの女子が尋ねる。
「その時は、その中に嘘つきが一人いるってことだろ」
「何も変わらないじゃないですか」
「反応くらいは見られる」
男子生徒はそう言って、部屋を見渡した。
試すための提案だった。
自分が最初に何かを明かすつもりはない。
他人へ話させ、その反応から情報を得ようとしている。
「じゃあ、言い出した君からどうぞ」
Aクラスの男子が返した。
「俺は後でいいよ。言わせた奴が最初に名乗ると、誘導したみたいに見えるだろ?」
「都合のいい理屈だな」
「慎重なんだよ」
会話が止まる。
誰も、最初にはなりたくない。
優待者ではないと明かしても、信じてもらえるとは限らない。
逆に、黙れば優待者だと疑われる可能性がある。
どちらを選んでも、自分の立場が変わる。
その時、Cクラスの男子がスザクを見た。
「枢木、お前は?」
全員の視線が集まった。
「僕?」
「Dクラスって、島じゃずいぶんまとまってたんだろ。だったら、こういう時も協力的なんじゃねえの?」
探るような言葉だった。
島でのDクラスの結果。
現在の試験。
二つを結びつけ、スザクの返答からクラス全体の方針を読もうとしている。
ルルーシュなら、質問の意図を先に整理するだろう。
どこまで答えれば、何を与えることになるのか。
どう答えれば、相手の次の反応を引き出せるのか。
スザクにも、質問の意図は分かっていた。
それでも、答えは変わらない。
「僕は優待者じゃない」
Dクラスの男子生徒が驚いたようにスザクを見る。
Aクラスの生徒は表情を動かさなかった。
Cクラスの男子が口元を緩める。
「ずいぶん簡単に言うんだな」
「聞かれたからね」
「本当だって証拠は?」
「ないよ」
「じゃあ、言った意味ないだろ」
「君が信じるかどうかと、僕が何を答えるかは別だから」
Cクラスの男子は、少しだけ目を細めた。
「それで? 自分が優待者じゃないなら、誰かを当てて途中解答する気はあるのか?」
「今のところはない」
「今のところ?」
「最後まで話し合いたいと思ってる」
「全員正解を目指すってことですか?」
Bクラスの女子が尋ねた。
「できるなら」
「曖昧だな」
Aクラスの男子が言う。
スザクは頷いた。
「まだ、誰が何を考えているのか分からないから」
「それなら、途中解答しないとも言い切れないだろ」
「僕はしないよ」
今度は、はっきり答えた。
「少なくとも、最初から誰かを出し抜くつもりはない。最後まで話し合ってから決めたい」
「それでDクラスが損をしても?」
Cクラスの男子が重ねる。
「自分のクラスだけを守るために、今ここにいる全員の選択を最初から捨てるつもりはない」
数秒、誰も話さなかった。
全面的に賛同されたわけではない。
Aクラスの男子は、まだ警戒を解いていない。
Cクラスの男子は、スザクの返答がどこまで利用できるか考えている。
それでも、最初にあった沈黙とは少し違っていた。
「私は枢木君の考えに賛成です」
Bクラスの女子が言った。
「まずは結果一を目指す。それが無理だと分かってから、別の方法を考えるべきだと思います」
「結果一を目指すと言うだけなら簡単だ」
Aクラスの男子が返す。
「優待者が名乗った瞬間、誰かが答えを送れば終わる」
「なら、すぐには名乗らなくてもいいんじゃないですか?」
スザクが言う。
「どういう意味だ?」
「最初から優待者へ正体を明かすよう求めるんじゃなくて、まず全員が途中解答しないと約束できるかを話す。優待者が名乗るのは、その後でもいい」
「約束に強制力はない」
「分かってる」
「なら意味がない」
「強制できないから、話す意味があるんじゃないかな」
Aクラスの男子が黙った。
納得したわけではない。
だが、すぐに切り捨てる言葉も見つからなかったらしい。
少しずつ、会話が始まった。
結果一を目指すことに異論はあるか。
途中解答を行うつもりがある者はいるか。
優待者へ、いつ正体を明かしてもらうか。
会合外での連絡をどう扱うか。
答えはまとまらない。
それでも、誰も話さなかった時よりは進んでいた。
◇
会合が始まって三十分ほど経った頃だった。
一人の男子生徒が、何度も端末へ視線を落としていることにスザクは気づいた。
同じ行動をしている生徒は他にもいる。
学校からの連絡。
自分のクラスから届く情報。
別グループにいる友人とのやり取り。
端末を見ること自体は不自然ではない。
だが、その男子生徒は画面を開くたび、親指を同じ位置へ置いていた。
途中解答の入力画面。
送信する名前をまだ決めていないのか。
あるいは、すでに候補がいるのか。
スザクが見ていることに気づいたのか、男子生徒は端末を伏せた。
「何?」
「いや」
「疑ってるなら、そう言えばいいだろ」
「疑ってるわけじゃないよ」
「じゃあ見るなよ」
声が強くなった。
周囲の会話が止まる。
「どうしたんですか?」
Bクラスの女子が尋ねた。
「何でもない」
男子生徒は答え、再び端末を握った。
指に力が入っている。
「途中解答するつもりなのか?」
Aクラスの男子が言った。
「違う」
「なら、画面を見せろ」
「何でだよ」
「違うと証明できる」
「ふざけんな。何でお前に端末を見せなきゃいけないんだ」
「今ここで解答されれば、全員が損をする」
「俺が正解すれば、俺のクラスは得する」
男子生徒は言ってから、口を閉じた。
否定するための言葉ではなかった。
室内の空気が変わる。
Aクラスの男子が手を伸ばした。
「端末を置け」
「触るな!」
椅子が床を擦った。
男子生徒が立ち上がる。
端末を胸元へ引き寄せた。
Aクラスの生徒も立とうとする。
スザクは二人の間へ入った。
「待って」
「どけ。送信されたら終わりだ」
「取り上げるのは違う」
「なら、お前が責任を取れるのか?」
責任。
その言葉に、スザクはすぐ答えなかった。
この男子生徒が解答すれば、グループの試験は終わるかもしれない。
正解なら、一つのクラスが得をする。
誤答なら、別のクラスへ利益を与える。
その結果を、スザクが代わりに背負うことはできない。
それでも、端末を奪って決断そのものを封じることも違う。
「責任を取れるとは言えない」
「だったら――」
「でも、取り上げたら、僕たちが彼の選択を決めることになる」
「こいつ一人の選択で、全員の結果が決まるんだぞ」
「分かってる」
スザクは男子生徒へ向き直った。
相手は端末を握ったまま、警戒するように見ている。
「どうして、そこまで急ぐの?」
男子生徒の表情が硬くなった。
「関係ないだろ」
「クラスのため?」
「そうだよ」
答えが早かった。
「本当に、それだけ?」
「……何が言いたいんだ」
「君は、クラスポイントの話をしている時より、プライベートポイントの説明を聞いた時の方が気にしていた」
男子生徒が黙る。
スザクは問い詰めるつもりはなかった。
誰にでも、人へ話せない事情はある。
事情を話さなければ信用しないというのなら、それも別の形の強制になる。
「話せないなら、それでもいい」
「だったら聞くなよ」
「理由を言ってほしいんじゃない」
スザクは、相手の手にある端末を見る。
「君にとって、途中解答することが必要なのかと思っただけだ」
「必要だったら何だよ。やめろって説教するのか?」
「しないよ」
男子生徒が眉を寄せる。
「止めないのか?」
「僕が君の事情を知らないまま、正しいか間違っているかを決めることはできない」
「じゃあ、放っておけよ」
「ただ、解答したあとに戻せないことだけは考えてほしい」
男子生徒の親指が動きを止めた。
「今送れば、君はポイントを得られるかもしれない。クラスも得をするかもしれない」
「分かってる」
「でも、外せば逆の結果になる」
「そんなことも分かってるよ」
「正解しても、このグループで話し合う時間はそこで終わる」
「だから何だ」
「君が今必要としているものを無視するつもりはない」
スザクは周囲を見た。
「でも、ここにいる全員が利益を得る方法も、まだなくなったわけじゃない」
「優待者が名乗ると思うのか?」
「分からない」
「誰も裏切らないと?」
「それも分からない」
男子生徒が苛立ったように息を吐く。
「何も分からないのに、待てって言うのかよ」
「うん」
スザクは答えた。
「少なくとも、次の会合までは」
「その間に、別の奴が先に解答するかもしれない」
「そうかもしれない」
「だったら俺だけ損するだろ」
「だから、個人の利益も無視しない方法を考えたい」
「今は何もないんだろ」
「ない」
「だったら待つ意味なんてない」
「見つからないと決めるには早いと思う」
男子生徒は端末を握ったまま、スザクを見ていた。
説得できたとは思わなかった。
スザク自身にも、全員が利益を得る方法を作れる確信はない。
優待者が最後まで名乗らないかもしれない。
誰かが先に裏切るかもしれない。
この男子生徒が待った結果、本当に必要なポイントを得られなくなるかもしれない。
だから、正しい選択だとは言えなかった。
「最終日まで待てとは言わない」
スザクは続けた。
「次の会合まで話そう。その時にも何も変わっていなかったら、もう一度考えればいい」
「その時、お前は止めないのか?」
「止めるために、端末を取り上げたりはしない」
「言葉では止めるんだろ」
「考えたことは言うよ」
男子生徒が、わずかに顔をしかめた。
「面倒な奴だな」
「よく言われる」
「誰にだよ」
「一人、心当たりがある」
目の前の人間が何を失うのかを、スザクは知らない。
そのまま答えだけを選び、押しつけることはできなかった。
男子生徒は画面を見た。
親指が、送信欄の近くで止まっている。
Aクラスの男子はまだ警戒している。
Cクラスの生徒は、誰がどんな顔をしているかを見ている。
Bクラスの女子は何も言わず、男子生徒の判断を待っていた。
長い沈黙のあと、端末の画面が消えた。
男子生徒が、自分で電源ボタンを押したのだ。
「次の会合までだからな」
「うん」
「別の奴が先に解答したら、俺は知らないぞ」
「それでいい」
「よくないだろ」
「君だけに責任を持たせるつもりはないってことだよ」
男子生徒は返事をしなかった。
椅子へ座り、端末を机の上へ置く。
Aクラスの生徒も、ゆっくりと腰を下ろした。
問題が解決したわけではない。
優待者は名乗っていない。
全員が途中解答を放棄したわけでもない。
互いを信用できるようになったわけではなかった。
ただ、試験はまだ終わっていない。
話せる時間だけが残った。
◇
会合の終了時刻になると、生徒たちは順番に部屋を出た。
廊下へ出ても、全員が一緒に歩くことはない。
Aクラスの生徒は同じクラスの仲間へ連絡を入れながら離れていく。
Cクラスの生徒は、別の部屋から出てきた友人を見つけ、すぐに声をかけた。
Bクラスの女子生徒は、先ほどの男子生徒へ話しかけようとしたが、相手が避けるように歩いたため、追わなかった。
スザクも自分の端末を取り出す。
Dクラスの連絡用グループには、平田が作った報告欄が並んでいた。
参加者。
確認できた発言。
発言者。
伝達者。
事実と推測。
会合の内容を、どこまで書くべきか。
スザクは少し考えた。
途中解答を考えた生徒がいた。
それは確定している。
だが、個人的にポイントを必要としている可能性は、スザクの推測でしかない。
相手が話さなかった事情を、勝手に報告するべきでもない。
スザクは、事実だけを入力した。
途中解答を検討した生徒がいたこと。
送信は行われなかったこと。
次の会合まで話し合いを継続すること。
誰がその生徒だったかは、共有範囲を限定した。
送信する前に、画面をもう一度確認する。
「枢木君」
Bクラスの女子生徒が、廊下の少し先から呼んだ。
「何?」
「さっきは、ありがとうございました」
「僕は何もしてないよ」
「止めてくれたじゃないですか」
「止めたわけじゃない」
女子生徒が不思議そうに見る。
「彼が、自分で待つことを選んだだけだよ」
「でも、枢木君が話さなかったら、解答していたと思います」
「そうかもしれない」
「自分が優待者ではないことまで言って、怖くないんですか?」
「怖い?」
「優待者じゃないなら、途中解答できる側ですよね。逆に、誰かから疑われるかもしれない」
「もう疑われてると思うよ」
女子生徒は少し笑った。
「それでも言ったんですね」
「聞かれたから」
「枢木君は途中解答しないって、友達に話してもいいですか?」
スザクは一瞬考えた。
このグループの外へ情報が流れる。
それがどう使われるかまでは分からない。
ただ、自分が言った内容を隠す理由もなかった。
「僕が言ったこととしてなら」
「分かりました」
女子生徒は端末へ目を落とした。
少し離れた場所で、別のBクラス生徒が待っている。
彼女はそちらへ歩きながら、すぐに何かを伝え始めた。
「枢木君は、自分が優待者じゃないって言ったの」
声が小さくなっていく。
「途中解答もしないらしいよ」
今のところ、どちらも間違ってはいない。
スザクは報告を送信し、端末を閉じた。
その時、背後から声がした。
「枢木」
振り返る。
先ほど途中解答しようとした男子生徒が、壁際に立っていた。
他の生徒たちが離れるまで待っていたらしい。
「どうしたの?」
「さっきのことだけど」
男子生徒はスザクを見ず、手にした端末へ視線を落とした。
「正しかったかは、まだ分からない」
「うん」
「待ったせいで、他の奴に先を越されるかもしれない」
「そうだね」
「お前たちが全員正解を目指しても、優待者が最後まで黙ってるかもしれない」
「その可能性もある」
男子生徒が顔を上げた。
「少しくらい、大丈夫だって言えないのか?」
「僕も分からないよ」
安心させるためだけの言葉なら言えた。
きっと大丈夫だ。
待ったことは間違いではない。
全員で利益を得られる。
だが、どれも約束できない。
「だから、最後まで考えよう」
男子生徒はしばらく黙っていた。
「本当に面倒な奴だな」
「それも、さっき聞いたよ」
「次は、もう少しましな答えを用意しとけ」
「考えておく」
男子生徒はそれだけ言って歩き出した。
完全に納得したわけではない。
信用したとも言わなかった。
それでも、次の会合へ来ないとは言わなかった。
スザクはその背中を見送る。
正しい答えは、まだない。
ただ、決める時間は残っている。
今は、それでよかった。