反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
Dクラス
高度育成高等学校へ向かうバスの中で、ルルーシュは窓の外を眺めていた。
正確には、窓へ映り込む車内の様子を見ていた。
新生活への期待を隠せない者。
緊張から落ち着きなく周囲を見回す者。
すでに隣の生徒へ話しかけ、人間関係を作ろうとしている者。
同じ制服を着ているというだけで、そこにはいくつもの思惑があった。
ルルーシュの隣では、スザクが車内を見渡している。
「普通の新入生ばかりに見えるね」
「初対面の数分で判断できるほど、人間は単純じゃない」
「君はもう全員を疑ってるみたいだけど」
「観察と疑念を混同するな」
スザクは苦笑し、それ以上は何も言わなかった。
車内の後方に、周囲と積極的に関わろうとしない男子生徒がいる。
暗い茶色の髪。
感情の薄い顔。
窓の外を眺めているように見えるが、視線は時折、車内へ戻っていた。
会話の中心にいる生徒。
一人で座る生徒。
運転席。
乗降口。
その視線は短く、一か所に留まらない。
観察していることを悟らせない見方だった。
ルルーシュが視線を向けると、男子生徒はごく自然に窓の外へ顔を戻した。
偶然とも取れる。
今の段階では、それ以上の判断はできない。
「気になる人でもいた?」
スザクが尋ねる。
「いや」
ルルーシュは視線を外した。
まず見るべきは人間ではない。
彼らを集めた場所の方だ。
やがてバスは、広大な敷地を持つ学校へ到着した。
整備された校舎。
運動施設。
学生寮。
商業施設。
一般的な高校というより、一つの街に近い。
新入生たちは教師の案内に従い、それぞれの教室へ向かった。
ルルーシュとスザクの所属は、一年Dクラスだった。
教室へ足を踏み入れた瞬間、ルルーシュが最初に確認したのは生徒ではなかった。
天井の隅。
教壇の上。
出入口の近く。
複数の監視カメラが設置されている。
教育施設として、カメラの存在自体は不自然ではない。
だが、配置には明確な意図があった。
教室内の死角を極力減らし、生徒の席と教壇の両方を確認できる角度。
廊下にも、一定の間隔でカメラが並んでいた。
「随分と監視の行き届いた自由だな」
ルルーシュが小さく呟く。
「何か言った?」
隣を歩いていたスザクが尋ねた。
「独り言だ」
黒板には座席表が貼られている。
ルルーシュは自分の席を確認し、窓側へ向かった。
スザクの席は、そこから少し離れた位置にある。
「同じクラスだったね」
スザクが声をかけてくる。
「そのようだな」
「偶然だと思う?」
「現時点では判断できない」
二人は能力も経歴も異なる。
それにもかかわらず、同じ特殊な学校へ選ばれ、同じクラスへ配属された。
疑う材料にはなる。
だが、結論を出すには早すぎた。
ルルーシュは席へ座り、改めて教室を観察する。
明るい表情で周囲へ話しかける男子。
気の強そうな女子。
一人で本を読む生徒。
新しい環境に浮かれている者。
教室の後方には、バスで見かけた男子生徒も座っていた。
窓の外を見ている。
しかし、視線がわずかに動いた。
出入口。
教師の机。
天井の監視カメラ。
周囲の生徒。
ルルーシュと目が合う直前、その男子生徒は視線を窓の外へ戻した。
不自然ではない。
だが、自然すぎた。
「また見てる」
スザクが小声で言った。
「何をだ」
「あの男子生徒」
「お前は俺を観察していたのか?」
「近くにいるから目に入っただけだよ」
「なら、余計なことを言うな」
「はいはい」
しばらくすると、教室の扉が開いた。
一人の女性教師が入ってくる。
長い髪。
冷淡な表情。
教壇へ立っただけで、ざわついていた教室が少し静かになった。
女性教師は教室全体を見渡す。
生徒を歓迎する様子はない。
だが、無関心とも違う。
一人一人の反応を確認しているような目だった。
「担任の茶柱佐枝だ」
教師は簡潔に名乗った。
「この学校では、生徒は基本的に自由だ。授業中に寝ようが、私語をしようが、教師は強制的に止めない」
教室のあちこちから、驚きと期待を含んだ声が上がる。
茶柱はそれを止めなかった。
むしろ、反応を観察するように少し間を置く。
「校内には学生寮、商業施設、飲食店、娯楽施設などが用意されている。生活に必要なものは、ほぼすべて敷地内で揃う」
自由。
充実した設備。
外へ出る必要のない環境。
言葉だけなら理想的だった。
「買い物にはプライベートポイントを使用する。一ポイントは一円として扱われる」
茶柱は全員へ配布された端末を示す。
「今月分として、各自に十万ポイントが支給されている」
教室が大きく沸いた。
百円でも千円でもない。
十万円。
高校へ入学したばかりの生徒へ、無条件に与えるにはあまりに大きい。
端末を確認した生徒たちが、歓声を上げる。
何を買うか。
どこへ遊びに行くか。
そんな会話がすぐに始まった。
「すごい学校だね」
スザクが少し離れた席から、小声で話しかけてくる。
「そう思わせたいのだろう」
「何か裏があると思う?」
「条件のない報酬は存在しない」
ルルーシュは端末に表示された数字を見る。
十万ポイント。
説明されたのは、使い方だけだった。
翌月も同額が支給されるのか。
何を基準に金額が決まるのか。
減額される条件はあるのか。
重要な部分は、一切説明されていない。
誰かが質問する様子もなかった。
十万円という数字だけで、大半の生徒は思考を止めている。
茶柱はそれを見ても、注意しない。
笑いもしない。
ただ、教室を見ていた。
ルルーシュは教壇上の監視カメラへ一瞬だけ視線を向ける。
教師が止めない。
カメラは見ている。
それが、この学校の方針なのだろう。
説明が終わると、クラス内で自己紹介をする流れになった。
最初に立ったのは、明るい雰囲気の男子生徒だった。
「平田洋介です。みんなと仲良くして、いいクラスを作りたいと思っています。困ったことがあったら、気軽に声をかけてください。これから一年間、よろしくお願いします」
話し方は穏やかで、周囲へ安心感を与える。
すでに何人かの生徒が、好意的な表情を見せていた。
自然に集団の中心へ立てるタイプ。
少なくとも、本人にはその意思がある。
拍手が起こる。
続いて、華やかな雰囲気を持つ女子生徒が立った。
「櫛田桔梗です。クラスのみんなと友達になりたいです。学校のことはまだ分からないことばかりですけど、みんなで助け合えたらいいなと思っています。男女関係なく、気軽に話しかけてください。よろしくお願いします」
柔らかな笑顔。
明るい声。
教室全体へ向けて、均等に視線を配っている。
愛想がいい。
それだけに、完成度が高すぎるとも感じられた。
誰からも嫌われない表情。
誰へ向けても同じ温度の声。
作られたものだと断定する材料はない。
だが、ルルーシュの記憶には残った。
自己紹介は順番に進んでいく。
大声で自信を示す者。
恥ずかしそうに名前だけを述べる者。
趣味や部活動への期待を語る者。
わずかな時間でも、人間性は表に出る。
やがてスザクの番が来た。
スザクは席を立ち、教室を見渡した。
「枢木スザクです。体を動かすことは得意です。まだ分からないことも多いですけど、みんなと協力して、充実した学校生活にしたいと思っています。困っている人がいたら、できる範囲で力になりたいです。よろしくお願いします」
無難な自己紹介だった。
だが、嘘ではない。
スザクは本気で、可能な限り周囲と協力するつもりなのだろう。
それが時に、過剰な自己犠牲へ繋がることを除けば。
何人かの生徒から拍手が起こる。
運動が得意という部分に反応した者もいた。
スザクが席へ戻ると、次にルルーシュの名前が呼ばれた。
教室中の視線が集まる。
ルルーシュはゆっくりと立ち上がった。
「ルルーシュ・ランペルージだ」
一度、言葉を切る。
何かを期待するような視線が向けられている。
「特別に話すことはない。必要があれば、その時に協力する。以上だ」
短く終え、席へ座る。
教室の空気がわずかに微妙になった。
前の席の生徒が、反応に困ったような顔をしている。
「もう少し愛想よくできないの?」
自己紹介の合間に、スザクが小声で言った。
「必要性を感じない」
「友達を作る気は?」
「お前一人で十分面倒だ」
スザクが少し目を見開く。
「それ、僕を友達だと認めてる?」
ルルーシュは答えなかった。
答える必要もない。
自己紹介はさらに続く。
やがて、教室後方の男子生徒が立った。
バスの中から周囲を観察していた人物。
「綾小路清隆です」
平坦な声だった。
緊張しているようにも、落ち着いているようにも見える。
「特に得意なことはありません。趣味と呼べるものも、今のところは特にないです。こういう場には慣れていませんが、できるだけみんなと仲良くしたいと思っています。よろしくお願いします」
内容だけを見れば、印象に残らない自己紹介だった。
自分を大きく見せない。
得意分野も示さない。
敵意もなければ、積極性もない。
だが、ルルーシュは綾小路の立ち方を見ていた。
重心に無駄がない。
教室中の視線を受けても、呼吸が変わらない。
本人は人前に慣れていないと言った。
しかし、注目されることへの緊張が見えない。
自己紹介を終えると、綾小路は誰かの反応を確認することもなく席へ戻った。
目立つことを避けている。
それは分かる。
問題は、なぜ避けているのかだった。
「どうしたの?」
スザクが尋ねる。
「何でもない」
「また彼を見てたよね」
「お前は授業中も俺を見張るつもりか?」
「声をかけられる距離だから分かるだけだよ」
「なら、前を向け」
ルルーシュは綾小路から視線を外した。
現時点では、少し観察力が高いだけの生徒かもしれない。
根拠のない決めつけは、判断を鈍らせる。
初日の授業は、学校生活に関する説明を中心に進んだ。
教師は生徒の私語をほとんど注意しない。
机へ伏せる者がいても止めない。
端末を触る生徒がいても、視線を向けるだけだった。
自由を尊重しているように見える。
だが、本当にそれだけなら、監視カメラをこれほど配置する必要はない。
止めない代わりに記録する。
行動を本人の自由へ委ね、その結果を評価する。
ルルーシュの中で、学校の輪郭が少しずつ形を持ち始めていた。
放課後になると、生徒たちは一斉に校内の商業施設へ向かった。
十万ポイントを得たことで、高価な服や電化製品を買おうと話す者もいる。
ルルーシュとスザクも、学生寮で必要になる生活用品を確認するため、商業施設へ向かった。
「本当に何でもあるな」
スザクが周囲を見回す。
食料品。
衣類。
書籍。
家電。
娯楽施設。
高校生だけで生活が完結するよう、必要な設備が揃っている。
「外へ出す気がない以上、内部で完結させる必要がある」
「便利だから、という考え方はしないの?」
「便利さと管理は両立する」
商業施設の天井にも監視カメラが設置されている。
店舗の防犯としては当然とも言える。
しかし、この学校では、どこへ行っても視線がある。
レジの利用履歴。
購入した商品。
移動経路。
誰と行動したか。
端末とカメラを組み合わせれば、生徒の消費行動を詳細に把握できる。
スザクが食料品売り場の一角で足を止めた。
「ルルーシュ、これ」
棚には、簡素な食品や日用品が並んでいた。
値札に表示されているのは、ゼロポイント。
「無料コーナーか」
「最低限の生活用品は、ポイントがなくても手に入るみたいだね」
スザクが商品の一つを手に取る。
高級品を購入できる十万ポイント。
一方で、生活に必要な最低限の商品は無料で用意されている。
つまり、生徒がポイントを使い切る可能性は最初から想定されている。
生活不能に陥らないよう救済措置まで作られている。
「随分と親切だな」
ルルーシュが言う。
「悪いことではないと思うけど」
「悪いとは言っていない」
ルルーシュは通常商品と無料商品を見比べる。
ポイントが生活費として与えられたのなら、無料の商品を用意する必要は薄い。
生徒へ消費させること自体に意味がある。
何へ使うのか。
どれだけ使うのか。
将来を考えて残すのか。
無料の商品を選ぶことへ抵抗を持つのか。
すべてが評価材料になり得る。
「ポイントは、単なる通貨ではない」
「じゃあ何?」
「行動を測るための道具だ」
スザクが周囲を見た。
天井には監視カメラ。
レジには端末。
購入記録は、すべて学校側へ残る。
「生徒に自由を与えて、その使い方を観察している?」
「その可能性は高い」
「授業中に注意しなかったのも?」
「同じだろう」
ルルーシュは無料商品の棚を眺める。
「規則で縛れば、生徒は規則へ従う。だが自由にすれば、本人の性質が出る」
遅刻する者。
授業を聞かない者。
金を浪費する者。
周囲へ配慮する者。
先を考えて行動する者。
教師は止めない。
学校は記録する。
「これは自由ではない」
ルルーシュは静かに言った。
「観察を目的とした放任だ」
「まだ初日だよ」
「だから断定はしない」
そう答えながら、ルルーシュは売り場の少し先へ視線を向けた。
無料コーナーの近くに、綾小路清隆がいた。
商品を買い込む様子はない。
無料商品と通常商品の値段を見比べている。
その後、周囲の生徒たちの買い物かごへ、一瞬だけ視線を向けた。
何を買うか迷っているようには見えない。
制度そのものを確認している。
少なくともルルーシュには、そう見えた。
やがて綾小路は、必要最低限と思われる商品を一つだけ選び、その場を離れた。
「彼も気づいているのかな」
スザクが小声で言う。
「何にだ」
「この学校が、生徒を観察していることに」
「分からない」
ルルーシュは即答した。
「だが、十万ポイントに浮かれている人間の動きではない」
「話しかけてみる?」
「必要ない」
「気になるんじゃないの?」
「観察対象へ、意味もなく存在を意識させる必要はない」
スザクは少し呆れたような顔をした。
「その言い方、もう普通の同級生として見てないよね」
「お前が過剰に捉えているだけだ」
二人は最低限の生活用品と食料を購入し、学生寮へ向かった。
寮には、それぞれ個室が用意されていた。
部屋は広く、設備も十分に整っている。
学校生活を送るだけなら、不自由はほとんどない。
夕方。
スザクがルルーシュの部屋を訪れた。
「初日はどうだった?」
「表向きは理想的だ」
ルルーシュは学校案内と端末を机へ置いた。
「自由、高待遇、進路の保証。そして、無条件に見える十万ポイント」
「監視カメラと無料コーナーも?」
「ああ」
学校は生徒へ大きな自由を与えている。
だが、自由の裏側には詳細な観察環境がある。
生活を保障しながら、選択を記録する制度。
「やっぱり、何かあると思う?」
スザクが尋ねる。
「あるだろうな」
「何だと思う?」
「現時点では情報が足りない」
ルルーシュは窓の外を見る。
寮の向こうに、校舎と商業施設の明かりが見える。
外へ出なくても生活できる。
必要なものは何でも手に入る。
自由に見えて、閉じられた世界。
「ただし、まだ動く必要はない」
「まずは見る、だったね」
「ああ」
教師。
生徒。
規則。
ポイント制度。
監視カメラ。
無料商品。
そして、目立たないことを選びながら、周囲を観察していた綾小路清隆。
判断するには、まだ情報が足りない。
「明日から授業だね」
スザクが立ち上がる。
「寝坊しないでよ」
「それはお前に言う台詞だ」
「僕は寝坊しない」
「なら余計な心配をするな」
「朝、迎えに来た方がいい?」
「来るな」
「一応来るよ」
「話を聞け」
スザクは笑いながら部屋を出ていった。
一人になったルルーシュは、端末に表示された残りのポイントを見る。
十万ポイントから、今日使った分だけが減っている。
この数字は、単に物を買うためのものではない。
自由を与えたように見せ、人間がどう使うのかを観察する。
教師が止めないのも、無料商品が用意されているのも、すべて同じ目的へ繋がっている可能性がある。
「高度育成高等学校か」
ルルーシュは天井を見上げた。
この部屋にも、さすがに監視カメラは見当たらない。
少なくとも、目に見える場所には。
入学初日。
表面上は、何事もなく終わった。
だが、ルルーシュにはすでに一つだけ確信があった。
この学校の自由には、必ず代償がある。
そして、その代償を知らないまま、多くの生徒はすでに試され始めていた。