反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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最初の損失

 兎グループの二度目の会合が始まっても、優待者を名乗る生徒はいなかった。

 

 前回より会話は増えている。

 

 だが、情報は増えていなかった。

 

「だから、全員が本当のことを言えば済む話でしょ?」

 

 軽井沢が机に肘をついた。

 

 明るい口調だったが、声には苛立ちが混じっている。

 

「優待者じゃない人から順番に言えばいいじゃん。最後に残った人が優待者ってことで」

 

「全員が嘘をついたら意味がない」

 

 幸村が試験概要から顔を上げた。

 

「そもそも、優待者と同じクラスの生徒には途中解答権がない。そのクラスの人間が優待者を庇って嘘をつく可能性もある」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「発言と反応から絞るしかない」

 

「そんなので分かるわけ?」

 

「何も話さないよりはましだ」

 

「それ、あんたが人のこと見抜けるって前提じゃん」

 

「そうは言っていない」

 

「言ってるようなものでしょ」

 

 二人の声が少しずつ強くなる。

 

 外村が止めるべきか迷い、口を開きかけて閉じた。

 

 綾小路は会話に加わらず、軽井沢を見ていた。

 

 幸村の主張に特別な問題はない。

 

 軽井沢も、本当に優待者を早く見つけたいだけなら、ここまで反発する必要はなかった。

 

 彼女が嫌がっているのは、方法ではない。

 

 自分以外の誰かが、会話の中心を握ることだ。

 

「ねえ、みんなはどう思う?」

 

 軽井沢は幸村から視線を外し、周囲の女子へ問いかけた。

 

 答えやすい相手を選んでいる。

 

「私は……全員で協力できるなら、その方がいいと思うけど」

 

 一人が控えめに答えた。

 

「だよね」

 

 軽井沢はすぐに笑顔を向ける。

 

「最初から人を疑うのって感じ悪いし。そういうことしてたら、優待者だって名乗りにくいじゃん」

 

 別の女子生徒が、先ほど答えた生徒へ何かを囁いた。

 

 二人が小さく笑う。

 

 軽井沢の視線が動いた。

 

 笑われた理由を確かめるより先に、自分が対象ではないかを見ている。

 

「何?」

 

 軽井沢が尋ねた。

 

「別に。関係ない話」

 

「会合中なんだから、関係ない話しないでよ」

 

「軽井沢さんだって、さっきから自分の意見ばかりじゃない」

 

 室内が静かになった。

 

 言った女子生徒自身も、少し驚いたようだった。

 

 軽井沢の笑顔が消える。

 

「何それ」

 

「私は、みんなで考えた方がいいって――」

 

「私が考えてないって言いたいの?」

 

「そうじゃなくて」

 

「じゃあ何?」

 

 声は大きくない。

 

 それでも、女子たちの視線が集まった。

 

 軽井沢は相手の言葉を待っていない。

 

 返答する余地を残さず、質問を重ねている。

 

 先ほどまで彼女に同意していた女子生徒が、軽井沢の近くへ椅子を寄せた。

 

「もういいじゃん。言い方が悪かっただけでしょ」

 

「私は普通に話してただけなんだけど」

 

「分かってるって」

 

 軽井沢は、隣へ来た女子を見る。

 

 張っていた表情が僅かに緩んだ。

 

 対立に勝ったからではない。

 

 自分の側へ来た者がいたからだ。

 

 孤立することへの警戒。

 

 そう呼ぶには強すぎる反応だった。

 

 意見を否定された時よりも、自分の周囲から人が離れそうになった時の方が、彼女の変化は大きい。

 

 中心にいたいのではない。

 

 中心から外れることを恐れている。

 

 綾小路は端末へ視線を落とした。

 

 Dクラスの連絡用グループには、各所から報告が届いている。

 

 参加者。

 

 確認された発言。

 

 情報の発信元。

 

 伝達した人物。

 

 事実と推測。

 

 得られた時刻。

 

 報告形式の多くは、平田と堀北の役割から説明できる。

 

 だが、発信元と伝達者を分ける項目だけは、別の視点だった。

 

 ルルーシュが加えた可能性が高い。

 

 断定する必要はない。

 

 重要なのは、Dクラスの情報が一つの場所へ集まり始めていることだった。

 

 綾小路は入力欄を開いた。

 

 兎グループ。

 

 会合継続。

 

 優待者の申告なし。

 

 途中解答を明言した生徒なし。

 

 クラス間の協力方針は未成立。

 

 そこまで入力して、指を止めた。

 

 軽井沢が女子間の対立を利用し、自分の立場を保とうとしていること。

 

 孤立に対して、通常より強い反応を示していること。

 

 それは試験全体に共有すべき情報ではない。

 

 少なくとも、今は。

 

 彼女が優待者である証拠にもならない。

 

 集団から外れることを恐れる理由も分からない。

 

 未確定の個人的な問題を、クラス全体の観察対象へ置く必要はなかった。

 

 綾小路は入力した文章を送信した。

 

 軽井沢に関する部分は、一文字も加えない。

 

「綾小路君」

 

 呼ばれて顔を上げる。

 

 軽井沢がこちらを見ていた。

 

「さっきから黙ってるけど、何か分かった?」

 

「何も」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、誰が怪しいと思う?」

 

「現時点では判断できない」

 

「使えない」

 

 軽井沢は吐き捨てるように言い、別の女子へ顔を向けた。

 

 周囲に人がいることを確かめるように。

 

 綾小路はその横顔を見た。

 

 彼女が何を隠しているのか。

 

 今、それを全員で知る必要はない。

 

 ルルーシュにも。

 

    ◇

 

 平田から送られてきた報告は、会合を重ねるごとに増えていた。

 

 ルルーシュは船内のラウンジの端に座り、端末へ表示された内容を時刻順に並べていた。

 

 平田は同じテーブルの向かい側で、届いた報告を確認している。

 

 同じグループの会合を終えてから、二人はここへ移動していた。

 

「これで、今届いている分は全部だと思う」

 

 平田が言った。

 

「まだ会合が終わっていないグループもあるから、後から増えるかもしれないけど」

 

「ああ」

 

「どう見える?」

 

 ルルーシュはすぐには答えなかった。

 

 内容だけなら、どのグループも似ている。

 

 優待者は名乗らない。

 

 全員正解を提案する者がいる。

 

 途中解答を警戒する者がいる。

 

 自分が非優待者だと申告する者もいる。

 

 だが、同じ言葉でも置かれた状況が違う。

 

 ルルーシュは報告を三つの欄へ分けた。

 

「一つ目」

 

 平田へ画面を向ける。

 

「まだ全員正解へ進める可能性があるグループだ」

 

 特定の生徒が協力を主導している。

 

 途中解答を急ぐ者がいない。

 

 優待者へ即時の申告を迫っていない。

 

 発言の内容より、会合が終わった後も別クラス同士の会話が続いている。

 

「二つ目は?」

 

「裏切りを防ぐだけで精一杯なグループ」

 

 途中解答を考えた者がいる。

 

 優待者候補を巡る対立が始まっている。

 

 他クラスへの情報流出を恐れ、会合外の接触を制限しようとする意見が出ている。

 

 スザクの報告も、この欄に置かれていた。

 

 送信は止まった。

 

 だが、全員正解へ近づいたわけではない。

 

 話し合う時間が残っただけだ。

 

 それを成果として過大評価する必要はない。

 

「三つ目は」

 

 ルルーシュは、残った報告を開いた。

 

「すでに外部から動かされている可能性がある」

 

 平田が表情を引き締める。

 

「外部から?」

 

「会合の中で生まれたとは考えにくい変化がある」

 

 ルルーシュは複数の報告を並べた。

 

 最初の会合では、協力に否定的だったCクラスの生徒。

 

 次の会合では、突然、優待者候補を特定のクラスへ絞っている。

 

 別のグループでは、Cクラスの生徒が同じ時刻から途中解答を促し始めた。

 

 使われている理由は違う。

 

 一方は発言の矛盾。

 

 一方は通知後の表情。

 

 一方は席順と申告の順番。

 

 結論だけが、同じ方向へ動いている。

 

「Cクラス同士で情報を共有しているってこと?」

 

「それ自体はどのクラスもしている」

 

 Dクラスも同じだ。

 

 平田が報告を集約し、堀北が共有範囲を判断している。

 

 問題は、共有の規模と速度だった。

 

「こちらの報告は、各グループで何が起きたかを持ち帰っている」

 

「うん」

 

「Cクラスは、持ち帰った情報を次の行動へ変えている」

 

 誰かが集める。

 

 比較する。

 

 優先順位を決める。

 

 再び各グループへ戻す。

 

 それが一度の会合の間に行われている。

 

 個々の生徒が偶然、同じ判断へ到達したわけではない。

 

「誰がやってると思う?」

 

「まだ分からない」

 

 答えながら、ルルーシュの中には一人の顔が浮かんでいた。

 

 無人島で、自分のクラスを恐怖によって従わせた男。

 

 ただし、可能性と事実は分ける必要がある。

 

 Cクラスの情報が統合されている。

 

 そこまでは読める。

 

 統合している人物までは、まだ確定していない。

 

「堀北さんにも伝える?」

 

「この分類は送っていい」

 

「Cクラスのことも?」

 

「事実だけだ。誰が動かしているかは書くな」

 

 平田が頷いた。

 

 端末へ入力を始める。

 

 ルルーシュは次の報告を開いた。

 

 会合終了。

 

 優待者の申告なし。

 

 Cクラス生徒が会合途中に退室。

 

 数分後に戻る。

 

 戻った後、それまで疑っていなかったDクラス生徒へ質問を集中。

 

 別の報告。

 

 Cクラス生徒が同時刻に端末を確認。

 

 発言方針を変更。

 

 優待者候補をDクラスへ限定。

 

 根拠は、通知直後の反応。

 

 反応だけで断定できる情報ではない。

 

 途中解答を行うには弱い。

 

 それでも、迷いなく同じクラスへ対象を絞っている。

 

「このグループへ連絡した方がいいかな」

 

 平田が画面を覗き込んだ。

 

「Cクラスの生徒が途中解答するかもしれないって」

 

「すでに警戒は伝わっている」

 

「でも、相手がDクラスを狙っているなら――」

 

 平田の端末が震えた。

 

 ほぼ同時に、ルルーシュの画面上部にも通知が表示される。

 

 学校からの連絡ではない。

 

 Dクラスの連絡用グループ。

 

 報告者の名前。

 

 短い文章。

 

試験終了。

 

Cクラスの生徒が途中解答に成功。

 

優待者はDクラス。

 

 平田の指が止まった。

 

「……間に合わなかった」

 

 続けて、学校から試験結果の通知が届く。

 

 該当グループで途中解答が成立したこと。

 

 解答者が優待者名を正しく送信したこと。

 

 今回の結果によるクラスポイントの増減。

 

Aクラス 増減なし

Bクラス 増減なし

Cクラス 五十クラスポイント加算

Dクラス 五十クラスポイント減算

 

 累計クラスポイントは表示されていない。

 

 この一件による増減だけだった。

 

 平田は画面を見たまま、息を吐く。

 

「優待者本人が話したのかな」

 

「その報告はない」

 

「じゃあ、会合の中で見抜いた?」

 

「少なくとも、こちらへ届いた報告の中には、正解を選べるだけの情報がない」

 

 ルルーシュは該当グループから届いた報告を遡った。

 

 優待者であるDクラス生徒は、自分の通知内容を申告していない。

 

 不自然な発言もない。

 

 端末確認後の態度については、複数の人物から異なる評価が届いている。

 

 緊張していた。

 

 平静だった。

 

 視線を逸らした。

 

 他の生徒と変わらなかった。

 

 どれも、優待者を断定するには足りない。

 

「それでも当てた」

 

「ああ」

 

 偶然。

 

 可能性としては残る。

 

 だが、五十クラスポイントを失う危険を負い、根拠なく一人の名前を送る確率は低い。

 

 報告に残っていない情報が、別の場所から渡されたと考える方が自然だった。

 

 ルルーシュは、他のグループの報告時刻を重ねる。

 

 該当グループのCクラス生徒が席を外した時刻。

 

 別グループで、Cクラス生徒が会合を中断して端末を見た時刻。

 

 さらに別のグループで、優待者候補に関する質問が一斉に変わった時刻。

 

 ほぼ同じだった。

 

 情報が一つの場所へ集められた。

 

 各グループで得られた断片が比較された。

 

 その中から、最も確率の高い対象が選ばれた。

 

 そして、解答権を持つ生徒へ返された。

 

 平田が静かに尋ねる。

 

「龍園君?」

 

「まだ断定はできない」

 

 ルルーシュは答えた。

 

「だが、Cクラス全体を動かせる人間は多くない」

 

 平田はしばらく黙っていた。

 

「俺たちのやり方と似てるのかな」

 

「違う」

 

 ルルーシュは即答した。

 

「こちらは、現場の判断を残すために情報を揃えた」

 

 Dクラスの生徒は、得た情報を持ち帰る。

 

 堀北が共有範囲を決める。

 

 平田が必要な相手へ渡す。

 

 最終的にどう動くかは、各グループにいる生徒が決める。

 

「向こうは、判断そのものを一つに集めている」

 

 誰が優待者か。

 

 誰を狙うか。

 

 いつ解答するか。

 

 中央で決め、現場の生徒を実行者として使う。

 

「その方が速い」

 

 平田の声に悔しさが混じる。

 

「ああ」

 

 ルルーシュは否定しなかった。

 

 情報を強制的に提出させる。

 

 個人の判断を切り捨てる。

 

 命令系統を一つにする。

 

 速度だけを求めるなら、その方が優れている。

 

 Dクラスは、誰かの端末を集めてはいない。

 

 優待者へ申告を命じてもいない。

 

 報告しないことも選べる。

 

 現場の生徒が、クラス利益より目の前の関係を優先することも止めていない。

 

 その差が、最初の一手になった。

 

「失ったポイントは戻らない」

 

 平田が言った。

 

「そうだな」

 

「次は防げる?」

 

 ルルーシュは画面へ並ぶ時刻を見た。

 

 Cクラスの生徒が席を外した。

 

 別のグループで連絡が動いた。

 

 発言が変わった。

 

 解答が送信された。

 

 一つの成功によって、相手の存在が初めて形を持った。

 

 だが、経路はまだ見えない。

 

 情報を集めた人物。

 

 優待者を選んだ根拠。

 

 命令を戻した相手。

 

 分からないものが多すぎる。

 

「同じ方法では防げない」

 

 ルルーシュは言った。

 

「同じ方法?」

 

「優待者だけを探していても遅い」

 

 相手はすでに、一つのグループだけを見てはいない。

 

 十二の部屋を、一つの盤面として扱っている。

 

 なら、こちらも見る場所を変える必要がある。

 

 平田の端末へ、新しい報告が届いた。

 

 試験終了を知った別グループの生徒からだった。

 

Cクラスが正解したらしい。

 

こちらでも途中解答を急ぐという意見が出始めた。

 

 一つの損失は、そのグループだけで終わらない。

 

 誰かが先に利益を得たという事実が、残る十一のグループを動かす。

 

 待てば奪われる。

 

 信じれば利用される。

 

 その恐怖が、次の解答を早める。

 

 敵が得たのは、五十ポイントだけではなかった。

 

 ルルーシュは最初の損失報告を閉じた。

 

「もう始まっていたか」

 

 自分が盤面を整理するより先に、敵は一手を終えていた。

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