反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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見えない保証人

 最初の途中解答が成立した日の夕方、船内の廊下には、それまでとは違う静けさがあった。

 

 会話がなくなったわけではない。

 

 むしろ、生徒たちは以前より頻繁に言葉を交わしている。

 

 ただし、その声は小さい。

 

 端末の画面を相手に見せないよう持ち、誰かが近づけば話題を変える。

 

 Cクラスが優待者を当てた。

 

 Dクラスが五十クラスポイントを失った。

 

 分かっているのはそれだけだ。

 

 誰が、何を根拠に解答したのか。

 

 どこから情報が渡ったのか。

 

 他のグループにも答えが届いているのか。

 

 確定していない部分ほど、早く広がっていた。

 

 ルルーシュは人の流れが少ない通路で立ち止まった。

 

 正面からスザクが歩いてくる。

 

 会合を終えたところらしい。

 

 ルルーシュを見つけると、スザクは足を緩めた。

 

「聞いたよ」

 

「何をだ」

 

「Dクラスの優待者が当てられたこと」

 

「ああ」

 

「龍園?」

 

「可能性は高い。まだ断定はできない」

 

 スザクはそれ以上、名前について尋ねなかった。

 

 二人は壁際へ寄る。

 

 通路を通る生徒はいるが、立ち止まって聞く者はいない。

 

「そっちはどうだ」

 

 ルルーシュが尋ねた。

 

「まだ続いてる」

 

「途中解答を考えていた生徒がいたな」

 

「報告を読んだんだね」

 

「ああ」

 

 スザクは少し考えてから答えた。

 

「信用し合えてはいない」

 

 言葉を選ぶような間があった。

 

「でも、話す時間は作れた」

 

「お前が止めたのか」

 

「止めてないよ」

 

 スザクは首を横へ振った。

 

「何が起きるかを話しただけだ。待つと決めたのは、あの人だから」

 

「結果は同じだ」

 

「同じじゃない」

 

 否定は静かだった。

 

 ルルーシュは反論しなかった。

 

 端末を奪っても、説得して閉じさせても、その時点で解答が送られなかった事実は変わらない。

 

 だが、スザクが区別しているものは、結果ではない。

 

 誰が選んだか。

 

 その一点だった。

 

「自分が優待者ではないことも話したのか」

 

「聞かれたからね」

 

「途中解答をしないとも?」

 

「それも言った」

 

 ルルーシュはスザクを見る。

 

 報告にも、その内容は記録されていた。

 

 発言者はスザク。

 

 伝達者はBクラスの生徒。

 

 複数のグループで、すでに同じ話が出始めている。

 

 枢木スザクは優待者ではない。

 

 枢木スザクは途中解答をしない。

 

 今のところ、どちらも事実だった。

 

「誰かに広めてもいいかって聞かれたから、僕が言ったこととしてならって答えた」

 

「そうか」

 

「まずかった?」

 

「いや」

 

 スザクの発言自体に問題はない。

 

 非優待者だと申告した。

 

 自分は途中解答しないと約束した。

 

 その言葉を他人が信じるかどうかは、別の問題だ。

 

 そして、どこまで広い意味を持たせるかも。

 

「今後も、余計な嘘はつくな」

 

 スザクが眉を寄せた。

 

「余計な、って何?」

 

「言葉通りだ」

 

「必要な嘘ならいいみたいに聞こえるけど」

 

「状況による」

 

「何か考えてる?」

 

 ルルーシュは通路の先へ目を向けた。

 

 会合開始まで、まだ少し時間がある。

 

 Cクラスが最初の成功を得たことで、他のグループでは途中解答への圧力が強くなっている。

 

 待てば、先に奪われる。

 

 その恐怖を止めるには、情報が必要だった。

 

 優待者の情報ではない。

 

 誰かが先に裏切らないという保証。

 

 だが、そんな保証を与えられる者はいない。

 

「今はまだ、何も決まっていない」

 

 ルルーシュは答えた。

 

 嘘ではなかった。

 

 スザクはしばらく見ていたが、追及しなかった。

 

「そろそろ行かないと」

 

「ああ」

 

「ルルーシュ」

 

 すれ違う直前、スザクが呼び止める。

 

「分からない時は、分からないって言っていいんだからね」

 

「何の話だ」

 

「別に」

 

 スザクは小さく笑い、先に歩き出した。

 

 ルルーシュはその背中を見送る。

 

 説明はしなかった。

 

 まだ説明するほどの作戦はない。

 

 少なくとも、その時点では。

 

    ◇

 

 ルルーシュたちのグループでも、最初の損失はすぐに話題となった。

 

「Cクラスは、もう優待者を特定してるってことか?」

 

 Aクラスの男子生徒が、机の上に置いた端末を見た。

 

「一人当てただけだよ」

 

 平田が答える。

 

「他のグループまで分かっているとは限らない」

 

「一人分かるなら、二人目も時間の問題だろ」

 

「同じ方法で選ばれているとも限らないと思います」

 

 Bクラスの女子生徒が言った。

 

「学校は規則があると説明しました。グループごとに無作為に決めているわけではないなら、何か共通点がある可能性はあります」

 

「なら、Cクラスがその共通点を見つけた可能性もある」

 

 Aクラスの男子は周囲を見渡す。

 

「悠長に全員正解なんか待っていられない」

 

 前回まで、途中解答を強く主張する生徒はいなかった。

 

 今は違う。

 

 一つの成功例が生まれた。

 

 誰かが実際に五十クラスポイントを得て、別のクラスから五十ポイントを奪った。

 

 可能性だった利益が、現実の数字へ変わっている。

 

「でも、今答えて間違えたら、逆に相手のクラスへポイントを渡すことになるよ」

 

 平田が言った。

 

「だから正解できるまで絞るんだろ」

 

「絞るためにも、話し合う時間は必要だと思う」

 

「その間に、別の奴が答えたら終わりだ」

 

 平田はすぐには返さなかった。

 

 相手の不安を否定できないからだ。

 

 前回までは、全員正解を目指すという選択肢に現実味があった。

 

 今は、待つこと自体が危険に見える。

 

 ルルーシュは室内の視線を追った。

 

 優待者を探している者。

 

 途中解答しそうな者を探している者。

 

 自分が疑われていないか確認する者。

 

 最初の損失が、全員の見る方向を変えていた。

 

「Dクラスはどうするつもりなんだ?」

 

 Cクラスの男子生徒が尋ねた。

 

 その口調に、これまでの軽さはない。

 

「失点したんだろ。取り返すために、他のグループで途中解答を狙うのか?」

 

「クラス全体の方針は、この部屋では決められないよ」

 

 平田が答えた。

 

「俺たちが決められるのは、このグループでどうするかだから」

 

「綺麗事だな。Dクラスだって、クラスのポイントが欲しいだろ」

 

「必要だよ。でも、だからといって今ここで根拠のない名前を送ることはできない」

 

 Cクラスの男子は平田から視線を外し、ルルーシュを見た。

 

「お前も同じか?」

 

「何がだ」

 

「全員正解を待つつもりなのか」

 

「条件が揃えばな」

 

「条件?」

 

「優待者が自分の情報を共有する理由と、他の全員が途中解答しない理由。その両方が必要だ」

 

「そんなものが揃うと思うのか?」

 

「揃わないと決まったわけでもない」

 

 その時間を、ルルーシュは待つためではなく、情報を得るために使うつもりだった。

 

 Cクラスの男子は机を指で叩いた。

 

「お前らのクラスには、枢木がいるだろ」

 

 室内の空気が僅かに変わった。

 

「それがどうした」

 

「あいつ、自分は優待者じゃないって言ったらしいな」

 

 ルルーシュは答えない。

 

「途中解答もしないって」

 

「誰から聞いた?」

 

「Bクラスの奴だよ。別のグループにも広がってる」

 

 伝達経路は、報告に残っているものと一致する。

 

 最初にスザクから聞いたBクラス生徒。

 

 その友人。

 

 別グループのBクラス生徒。

 

 そこから他クラスへ。

 

 言葉はまだ、ほとんど変わっていない。

 

「枢木は本当に途中解答をしないのか?」

 

「あいつがそう言ったなら、しない」

 

 ルルーシュは迷わず答えた。

 

 これは事実だった。

 

 スザクは自分の言葉を守る。

 

 少なくとも、本人が方針を変えると明言しない限り、誰かを出し抜くために途中解答することはない。

 

 Cクラスの男子は、少し考える。

 

「なら、Dクラス全体も同じ方針なのか?」

 

 平田が顔を上げた。

 

 Bクラスの女子生徒も、ルルーシュを見る。

 

 問いの対象が変わっている。

 

 スザク個人の行動。

 

 Dクラス全体の方針。

 

 二つは同じではない。

 

 試験説明後の打ち合わせで堀北が定めた原則でも、最終判断は各グループにいる生徒へ委ねられている。

 

 Dクラスの中にも、クラス利益を優先する者はいる。

 

 途中解答を選ぶ者が出ないとは言い切れない。

 

 正確に答えるなら、否定すべきだった。

 

 スザクが保証できるのは、スザク自身の行動だけだと。

 

「少なくとも、スザクは自分の言葉を裏切らない」

 

 ルルーシュは答えた。

 

「それは分かってる」

 

 Cクラスの男子は、前へ身を乗り出す。

 

「お前がそう言うなら、他のDクラスの奴も勝手なことはしないんだろ?」

 

 ルルーシュは相手の目を見た。

 

 言っていない。

 

 Dクラス全体が途中解答しないとも。

 

 自分が全員を統制しているとも。

 

 だが、相手はすでに、その意味を補っている。

 

 スザクは嘘をつかない。

 

 そのスザクをルルーシュが保証する。

 

 ルルーシュがいるDクラスなら、他の生徒も同じ方針に従う。

 

 論理はつながっていない。

 

 それでも、最初の損失を恐れている者には、十分な理由に見える。

 

 訂正すればいい。

 

 Dクラス全体の方針ではない。

 

 途中解答を選ぶ可能性のある生徒もいる。

 

 自分には、他のグループにいる生徒の行動を保証できない。

 

 そう告げれば、誤解は消える。

 

 同時に、この部屋にいる生徒は再び端末へ指を置くだろう。

 

 誰かに先を越される前に。

 

 まだ絞れていない優待者候補へ、危険を承知で解答する者が出るかもしれない。

 

 訂正しなければ、時間が得られる。

 

 このグループの反応を読む時間。

 

 優待者候補を絞る時間。

 

 Cクラスの情報経路を探る時間。

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

 沈黙は、肯定ではない。

 

 だが、否定でもない。

 

「なら、今すぐ答える必要はないか」

 

 Aクラスの男子生徒が、端末から手を離した。

 

「Dクラスが先に動かないなら、少なくとも一方から突然終わらされる危険は減る」

 

「僕たちも、途中解答をしないと決めたわけではありません」

 

 Bクラスの女子生徒が慎重に言う。

 

「分かってる。だが、誰も待たない状況よりはましだ」

 

 Cクラスの男子も椅子の背へ身体を預けた。

 

「次の会合までは様子を見る。それでいいだろ」

 

 平田は全員の顔を見た。

 

「話し合いを続けられるなら、俺は賛成だよ」

 

 会合は終わらなかった。

 

 誰も途中解答を送らないまま、次の議題へ移る。

 

 優待者に名乗る意思があるか。

 

 非優待者の申告をどこまで信用するか。

 

 会合外で得た情報を共有するか。

 

 ルルーシュは会話を聞きながら、端末の記録欄へ時刻を入力した。

 

 途中解答の提案。

 

 スザクの発言への質問。

 

 Dクラス全体への意味の拡張。

 

 解答の延期。

 

 誰が最初に何を言ったか。

 

 誰が、どの意味で受け取ったか。

 

 すべて残しておく必要がある。

 

 自分が訂正しなかったことだけは、記録しなかった。

 

    ◇

 

 会合が終わると、平田はすぐには席を立たなかった。

 

 他の生徒たちが廊下へ出ていく。

 

 最後の一人が扉を閉めたあと、平田がルルーシュを見る。

 

「さっきのことだけど」

 

「何だ」

 

「Dクラス全体の方針を聞かれた時、否定しなかったよね」

 

「肯定もしていない」

 

「でも、相手はそう受け取っていたと思う」

 

「ああ」

 

 平田は少し黙った。

 

「枢木君への信用が、Dクラス全体の保証みたいに受け取られていたよね」

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

 平田も言葉を重ねなかった。

 

「ランペルージ君が言ったことは嘘じゃない」

 

 やがて、平田が続けた。

 

「枢木君が自分の言葉を守るのも、たぶん本当だと思う」

 

「なら問題はない」

 

「本当に?」

 

 短い問いだった。

 

 ルルーシュは端末を閉じる。

 

「結果として、途中解答は行われなかった」

 

「うん」

 

「話し合う時間も得られた」

 

「それも分かってる」

 

 平田はそれ以上、言葉を続けなかった。

 

 納得したわけではない。

 

 だが、反対するための別の方法も、今は持っていない。

 

 ルルーシュは席を立った。

 

「報告は事実だけ送れ」

 

「どこまで?」

 

「途中解答が延期されたこと。スザクの発言が複数のグループへ広がっていること。Dクラス全体の方針として受け取る者がいること」

 

「君が訂正しなかったことは?」

 

 ルルーシュは扉へ向かう。

 

「必要ない」

 

 平田は追ってこなかった。

 

 扉を開く。

 

 廊下には、会合を終えた生徒たちの声が重なっていた。

 

 枢木なら裏切らない。

 

 Dクラスも待つらしい。

 

 ルルーシュがそう言った。

 

 実際には、どの言葉も同じ場所では発せられていない。

 

 それでも、すでに一つの意味へまとまり始めていた。

 

 見えない保証人。

 

 誰も、その役割を頼んでいない。

 

 本人さえ知らないまま、スザクの信用だけが先に歩いていた。

 

    ◇

 

 スザクが異変に気づいたのは、次の会合へ向かう途中だった。

 

「枢木君」

 

 別のグループに所属するBクラスの男子生徒が声をかけてきた。

 

 名前は知っている。

 

 話したことはほとんどない。

 

「何?」

 

「Dクラスは全員、君と同じ考えなんだろ?」

 

 スザクは足を止めた。

 

「同じ考え?」

 

「途中解答しないってこと」

 

「僕はしないと言ったよ」

 

「だから、Dクラスも全員正解を目指してるんだろ?」

 

「それは違う」

 

 男子生徒の表情が僅かに変わった。

 

「違うのか?」

 

「僕が決められるのは、僕の行動だけだよ」

 

「でも、ランペルージも君は裏切らないって言ったらしいじゃないか」

 

「それは僕の話だろ?」

 

「同じようなものじゃないの?」

 

「同じじゃない」

 

 スザクは静かに答えた。

 

「他の人がどうするかを、僕が約束することはできない」

 

 男子生徒は少し困ったように笑った。

 

「まあ、細かいことはいいよ。Dクラスが先に答えないなら助かるし」

 

「だから、それは――」

 

「会合に遅れる。またな」

 

 相手は手を上げ、そのまま歩き去った。

 

 否定は届かなかった。

 

 聞こえなかったわけではない。

 

 自分が欲しい意味と違ったため、受け取らなかった。

 

 スザクはその背中を見送る。

 

 自分が優待者ではないこと。

 

 途中解答しないこと。

 

 どちらも、自分で言った。

 

 その言葉が誰かへ伝わることも認めた。

 

 だが、Dクラス全体を保証した覚えはない。

 

 端末を取り出す。

 

 ルルーシュとのメッセージ画面を開く。

 

何かしているのか?

 

 そこまで打って、指を止めた。

 

 今日、廊下で会った時の言葉を思い出す。

 

今後も、余計な嘘はつくな。

 

 嘘はついていない。

 

 少なくとも、ルルーシュが何かをしたという証拠はない。

 

 誰かが勝手に意味を広げただけかもしれない。

 

 スザクは入力した文章を消した。

 

 空白になった画面を閉じる。

 

 会合開始まで、もう時間がない。

 

 歩き出してからも、違和感だけは消えなかった。

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