反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
兎グループの会合では、前日までより長い沈黙が許されるようになっていた。
誰かが端末を見ても、すぐには問い詰められない。
優待者候補へ同じ質問を繰り返す者も減っている。
Dクラスは途中解答を急がない。
その噂が、グループの空気を僅かに緩めていた。
完全に信用されたわけではない。
ただ、Dクラスの生徒が端末へ触れただけで、裏切りを疑われる状況ではなくなっている。
綾小路は、その変化を利用した。
会合中、軽井沢は以前と同じ位置に座っていた。
女子生徒の会話が途切れれば、自分から話題を足す。
誰かが別の女子へ関心を向ければ、笑い声を重ねる。
自分が中心から外れそうになる度、視線と声を使って場所を取り戻す。
強く見せることより、外されないことを優先している。
通知を受けた直後から、その傾向は変わっていない。
むしろ、試験終了が近づくほど強くなっていた。
優待者である可能性は高い。
だが、それだけなら他の候補と大差はない。
綾小路が必要としていたのは、通知の内容ではなかった。
軽井沢恵という人間が、何を失うことを最も恐れているのか。
その答えだった。
「今日は、ずいぶん静かだね」
一之瀬が全体へ向けて言った。
「やっと協力する気になったってことじゃない?」
軽井沢が笑う。
「Dクラスが先に答えないなら、焦る必要もないでしょ」
真鍋が軽井沢を見る。
「Dクラス全員が、そう言ってるわけじゃないけどね」
「でも、そういう話なんでしょ?」
「噂ではね」
短いやり取りだった。
軽井沢は笑顔を崩さなかった。
ただ、真鍋から視線を外すまでが僅かに早い。
綾小路は端末を伏せた。
この猶予がなくても、別の方法で二人を動かしていた。
噂は成功条件ではない。
必要な場所と時間を、少し作りやすくしただけだ。
◇
会合が終わったあと、綾小路は軽井沢へ短い連絡を送った。
> グループのことで確認したい。
> 非常階段の前で待っている。
同時に、真鍋にも別の連絡を送る。
軽井沢が一人になる場所と時刻。
それだけで十分だった。
真鍋たちが軽井沢へ抱いている感情は、綾小路が作ったものではない。
止めていたものを、動ける場所へ置いただけだ。
非常階段へ続く扉の向こうは、船内の音が遠かった。
軽井沢が現れてから、一分も経たずに真鍋たちが来た。
「何で、あんたたちがいるの」
「話したかったから」
「私はないんだけど」
軽井沢は戻ろうとする。
真鍋が扉の前へ立った。
最初は言葉だけだった。
以前のクラスメイトへしたこと。
謝ろうとしないこと。
周囲に守られているから強く振る舞えること。
軽井沢は言い返した。
声は強い。
相手を見下す言葉も選べている。
だが、逃げ道を確認する視線だけは止められていない。
真鍋が距離を詰める。
軽井沢の声が一段高くなった。
強さを示すためではない。
誰かに聞かせるための声だった。
綾小路は、物陰から端末の録画を続けた。
すぐに出ることもできた。
真鍋たちを退かせるだけなら難しくない。
それでは、軽井沢が隠しているものには届かない。
腕を掴まれた軽井沢が、反射的に身体を庇う。
制服の隙間から、脇腹に残る古い傷が見えた。
新しいものではない。
一度の喧嘩でつく形でもなかった。
軽井沢の表情が変わる。
怒りが消えた。
代わりに現れたのは、今いる三人へ向けた恐怖ではない。
もっと前から続いている恐怖だった。
廊下の向こうから足音が近づく。
真鍋たちは顔を見合わせ、次を匂わせる言葉だけを残して離れた。
軽井沢は床へ座り込んだまま動かなかった。
綾小路は録画を止め、姿を見せた。
軽井沢が顔を上げる。
「……見てたの?」
「ああ」
「最初から?」
「ああ」
軽井沢が立ち上がる。
手が綾小路の頬へ向かった。
避けなかった。
乾いた音が、狭い階段に残る。
「最低」
「そうかもしれない」
「何で助けなかったの」
「助けるだけなら、今後も同じことが起きる」
「だから見てたっていうの?」
「君が何を恐れているのか、確認する必要があった」
軽井沢の顔から血の気が引く。
綾小路は傷を見たとは言わなかった。
言う必要がない。
「君は殴られることより、集団から外されることを恐れている」
「分かったようなこと言わないで」
「中学の時、長い間いじめられていた」
「違う」
「今の立場を失えば、また同じ場所へ戻ると思っている」
「違うって言ってるでしょ!」
否定する声だけが大きくなる。
内容への反論はなかった。
綾小路は端末を見せた。
録画データが保存されている。
「これがあれば、真鍋たちを止められる」
「脅すの?」
「必要なら」
「私も?」
「君が今の立場を守るために何をしてきたかまで調べれば、材料は増える」
軽井沢は黙った。
逃げ道を探す視線が、綾小路へ戻る。
「何が目的?」
「君に協力してもらう」
「断ったら?」
「今日のことは、また起きる」
「守ってくれるってこと?」
「必要な限りは」
「信用できない」
「信用する必要はない」
綾小路は答えた。
「俺が君を守る方が得だと思える間、裏切らない。それで十分だ」
軽井沢は長く黙った。
救いを求める顔ではない。
条件を確かめる顔へ戻っている。
弱さを見せたままでは、いられない人間だった。
「……何をすればいいの」
綾小路は必要なことだけを伝えた。
軽井沢を保護する。
代わりに、表では拾えない女子の情報を渡してもらう。
兎グループで必要な時は、綾小路の指示へ従う。
軽井沢は頷いた。
自分で選んだ形にはなっている。
実際には、選べる道を狭めたのは綾小路だった。
それでも、この関係は一方的な保護ではない。
軽井沢は守られるだけの存在ではなくなる。
今後使える協力者になる。
綾小路はDクラスの報告画面を開いた。
兎グループについて送る内容は、これまでと変えない。
会合継続。
優待者候補、未確定。
途中解答の動き、なし。
軽井沢の過去も、今交わした条件も送らない。
整えられた情報網の中に、一つだけ空白を残す。
それが誰に見つかるかは、まだ分からなかった。
◇
空白は、ルルーシュにも見えていた。
兎グループから届く報告は、他のグループより薄い。
会合時刻。
表向きの発言。
途中解答の有無。
必要な形式は満たしている。
だが、人物の反応と、発言が変わった理由だけが欠けていた。
綾小路が情報を絞っている可能性はある。
それを確かめる時間はなかった。
ルルーシュは兎グループを画面の端へ移した。
今読むべきものは、龍園の次の一手だ。
虎グループで途中解答を阻まれてから、Cクラスの動きは変わっていた。
連絡回数が減ったわけではない。
目立つ連絡と、目立たない連絡が分かれ始めている。
犬グループでは、Cクラスの生徒が会合前から何度も端末を確認していた。
席を立つ。
戻る。
Bクラスの候補者へ質問する。
質問の内容より、質問した時刻が不自然だった。
すでに候補を絞っている者の動きに見える。
一方、猪グループのCクラス生徒には、目立った変化がない。
席を外した記録もない。
質問の方向も変わっていない。
端末を確認する回数さえ、他の生徒と大差がなかった。
犬。
猪。
どちらも、Cクラスが途中解答できるグループだ。
犬グループの優待者候補にはBクラス生徒が残っている。
猪グループでは、Aクラス生徒が候補に含まれていた。
龍園が正解を持っているなら、どちらも攻撃できる。
問題は、どちらを先に使うかだった。
「ランペルージ君」
平田が隣から声をかける。
犬グループの会合開始まで、残りは僅かだった。
「猪グループから、新しい報告は来ていない」
「動きがないこと自体が報告だ」
「囮かもしれない?」
「ああ」
ルルーシュは二つの時刻表を並べた。
犬グループのCクラス生徒は、実行準備が整っているように見える。
今、優待者名が届けば、会合内で絞ったように見せる時間も残っている。
犬グループは、全員正解へ届く可能性も残していた。
ここで途中解答が成立すれば、Cクラスはクラスポイントを得る。
Bクラスは失う。
同時に、十四人が利益を得る可能性も消える。
猪グループの方は、全員正解へ進んでいるという報告がない。
Aクラス優待者を正解すれば、龍園にとって相対差は大きく動く。
だが、実行するCクラス生徒の準備が見えない。
「犬が本命に見える」
平田が言う。
「見せている可能性もある」
「両方へ知らせる?」
ルルーシュは答えなかった。
二つへ同じ警告を送れば、二つのグループでDクラス生徒の行動が変わる。
Cクラス側が、その変化を観測している可能性がある。
防御網の存在だけでなく、何を危険と判断したかまで龍園へ渡すことになる。
曖昧な警告は、優待者候補を守るとは限らない。
焦った生徒が、先に途中解答へ動くこともある。
必要なのは、連絡ではない。
連絡を受け取った後、グループが選べる状態を作ることだった。
「両方へ同じ対応を伝える時間はない」
平田が端末を見る。
「堀北さんの判断を待つ時間も必要だ。猪グループは、候補者の反応もほとんど届いていない」
選ばなければならない。
犬グループが本命。
犬グループが囮。
猪グループが本命。
二つとも、別の攻撃を隠すための囮。
どれも捨て切れない。
虎を守った時、こちらはCクラス生徒の実行準備と残り時間を基準に、警告を送る場所を選んだ。
その選び方まで見られていたなら、犬グループの露骨な動きは、同じ判断を誘うために作られたものかもしれない。
それでも、囮だと決めつける根拠はない。
犬グループには、実際に途中解答できるCクラス生徒がいる。
優待者候補も絞られている。
全員正解へ届く可能性もある。
囮であっても、放置すれば本命へ変わる。
猪グループへ防御を集中した瞬間、犬へ答えを送ればいい。
両方が攻撃可能である以上、龍園は最後まで選べる。
こちらだけが、先に選ばされている。
ルルーシュは堀北へ二つの報告を送った。
確度。
残り時間。
実行者の準備。
警告によって起きる変化。
最後に、自分の判断を添える。
> 犬を優先する。
> 猪は、本命である可能性を残す。
> ただし、現時点で有効な防御を組めるのは犬だけだ。
返信は短かった。
> 犬を優先する。
> 猪へ新しい指示は出さない。
> 最終判断は各グループに任せる。
堀北が共有範囲を決めた。
ルルーシュは画面を閉じる。
「犬だ」
平田が頷いた。
選んだのは、守りやすい側だった。
正しい側とは限らない。
◇
犬グループの会合が始まる。
十四人分の椅子が、円に近い形へ並べられていた。
Cクラスの生徒は、開始前から端末を机の上へ置いている。
画面が光る度、すぐに確認する。
隠していない。
隠す必要がないと見せている。
「始める前に、一つ提案していいかな」
平田が全員を見る。
「残り時間が少ないから、今日は候補を増やす話じゃなくて、今ある候補をどう判断するかに絞りたい」
「またDクラスの方針か?」
Aクラスの生徒が聞く。
「僕の提案だよ」
平田は答えた。
「賛成するかは、みんなに決めてほしい」
ルルーシュは黙って反応を見る。
Bクラスの生徒たちは、互いの顔を確認した。
Cクラスの生徒は端末から手を離さない。
「候補者へ端末を見せろと言うつもりはない」
ルルーシュが言った。
「途中解答を禁止するつもりもない」
「じゃあ、何をするんだ?」
「今から変わるものを記録する」
会合前と後で、誰の発言が変わるか。
誰が質問を止めるか。
誰が候補を一人へ寄せようとするか。
誰が端末へ届いたものを見て、判断を変えるか。
「お前たちも見ておけ」
「それで優待者が分かるの?」
「分かるとは言っていない」
ルルーシュは即答した。
「少なくとも、誰か一人の判断だけで終わるのを防ぐ材料にはなる」
平田が話を引き取る。
「候補にされている人も、疑っている人も、今考えていることを一つずつ話そう。答えを合わせるためじゃなくて、後から理由を変えないために」
一人ずつ発言が始まった。
Aクラスの生徒は、まだ優待者を明かすべきではないと言う。
Bクラスの生徒は、全員正解を目指したいが、途中解答の危険も無視できないと言う。
Dクラスの生徒は、誰かの名前を信じるには根拠が足りないと言う。
Cクラスの生徒の番になる。
「俺は、正解が分かれば送る」
隠さなかった。
「クラスのためか?」
平田が聞く。
「それもある。個人ポイントも欲しい」
「分かった」
平田は否定しない。
「その時は、何を根拠にしたかも話してほしい」
「答えたあとに?」
「できれば、前に」
Cクラスの生徒が笑う。
「それじゃ途中解答にならないだろ」
「そうだね」
「止めたいんじゃないのか?」
「止められるとは思っていないよ」
平田の声は変わらない。
「ただ、君が答える前に、ここで話したことが無駄だったかどうかは知りたい」
Cクラスの生徒は返事をしなかった。
端末が振動する。
全員の視線が集まる。
Cクラスの生徒は画面を開いた。
表情は変わらない。
「誰から?」
Aクラスの生徒が聞く。
「友達だよ」
「内容は?」
「見せる義務はない」
その通りだった。
端末確認を強制する権利はない。
ルルーシュは時刻だけを記録した。
予測していた実行時間に入っている。
Cクラスの生徒は、途中解答画面を開かなかった。
代わりに、机の下で短い文章を打つ。
報告か。
確認か。
判断できない。
数十秒後、廊下を歩いていた別のCクラス生徒が、犬グループの部屋の前で足を緩めた。
扉の細い窓から中を見る。
そのまま通り過ぎる。
偶然にしては、歩く速度が変わりすぎていた。
ルルーシュはその時刻も記録した。
犬グループのCクラス生徒は、再び端末を見る。
しかし、解答画面は開かない。
会合が続く。
Bクラスの優待者候補が、自分の通知については話さないまま、他の候補者への疑いを一つ取り下げる。
理由は、前の会合から発言が変わっていないこと。
別の生徒も同意する。
候補は減る。
だが、一人へは決まらない。
Cクラスの生徒は答えを送らない。
予測した時間帯が過ぎる。
犬グループへの途中解答は成立しなかった。
「守れたのかな」
平田が小さく聞く。
「まだ分からない」
ルルーシュは端末を見る。
犬が囮なら、守ったのではない。
龍園が使わなかっただけだ。
その違いは、別のグループの結果で分かる。
直後、平田の端末が振動した。
表情が固まる。
「猪グループだ」
ルルーシュは画面を見る。
> 猪グループの試験が終了。
> Cクラス生徒が途中解答。
> Aクラスの優待者を正解。
犬グループのCクラス生徒が、端末を操作した時刻。
廊下のCクラス生徒が部屋の前を通った時刻。
猪グループのCクラス生徒が端末を確認した時刻。
途中解答が成立した時刻。
一本の経路として説明できる。
「読まれた」
平田がルルーシュを見る。
「犬を選ぶことを?」
「ああ」
囮の可能性には気づいていた。
それでも犬を選んだ。
龍園は、犬を本命に見せただけではない。
犬に反応するかどうかで、Dクラス側がどこへ防御を置いたかを確かめた。
こちらの選択を確認してから、猪へ答えを流した可能性が高い。
犬は偽の標的ではない。
放置すれば、そのまま攻撃できる標的だった。
だからこそ、囮として成立する。
守れば猪を失う。
猪を守れば犬へ切り替えられる。
両方へ動けば、防御網の全体を露出する。
龍園は、答えではなく、こちらの選び方を使った。
◇
船内の別区画で、龍園は猪グループの終了通知を閉じた。
「犬は?」
「まだ終わってません。名前も送れます」
「送るな」
「でも、今なら――」
「これ以上、一之瀬を殴る意味がねえ」
龍園は端末を机へ放った。
「猪でAは揺れる。葛城が沈みゃ、あの女が出てくる。今から一之瀬まで敵に回す必要はねえ」
「だから、犬を残すんですか?」
「それだけじゃねえ」
龍園は犬グループの表示へ指を滑らせる。
「猪の直後に犬まで当てりゃ、偶然じゃ通らねえ。犬の中で絞ったように見せる時間も、もうねえ。今送れば、こっちが学校の選び方を読んだと教えるだけだ」
「じゃあ、犬は?」
「残す」
龍園は短く笑った。
「今はAだけでいい。規則は隠す。向こうが何を守るかも見えた。一つで十分だ」
◇
犬グループでは、平田が今回の途中解答による変動だけを記録した。
試験内クラスポイント。
Aクラス――マイナス五十。
Bクラス――増減なし。
Cクラス――プラス五十。
Dクラス――増減なし。
他グループを含む試験内増減と、学校が管理する累計クラスポイントは、まだ正式発表されていない。
この時点で確定したのは、AクラスからCクラスへ五十ポイントが移ったことだけだった。
Aクラスの損失だった。
Dクラスのクラスポイントは減っていない。
それでも、ルルーシュは勝ちとは数えなかった。
防げた可能性のある一件を失い、龍園へ五十ポイントを渡した。
その事実は変わらない。
「猪を捨てたわけじゃない」
平田が言う。
「分かっている」
「両方を守れる情報はなかった」
「ああ」
言い訳にはしない。
選んだのは自分だ。
失った結果も、その選択に含まれる。
ルルーシュは二つの報告を閉じなかった。
犬グループのCクラス生徒は、龍園から直接命令を受けた実行者ではない可能性がある。
端末へ届いた後も、途中解答画面を開かなかった。
代わりに、犬グループの反応を外へ返している。
廊下を通ったCクラス生徒が、その確認役だった可能性がある。
その生徒が現れた方向には、すでに試験を終えた別グループの会合場所がある。
自由に動ける生徒を、連絡の中継へ使っていると考えれば時刻が合う。
猪グループの実行者が端末を確認したのは、その後だ。
少なくとも、龍園が全員へ直接指示している形には見えない。
答えを持つ者。
状況を確認する者。
実行する者。
役割を分けている。
誰が龍園へ直接報告するのか。
誰が囮の反応を見るのか。
誰が本命へ答えを運ぶのか。
虎グループで、正しい名前が途中解答へ変わらなかったあと、龍園は伝達順を変えた可能性が高い。
正解を先に送るのではない。
攻撃先を確定するための情報を、先に集める。
ルルーシュは時刻を線で結ぶ。
犬から、廊下の確認役へ。
確認役から、次の誰かへ。
その先から、猪へ。
全員の名前は分からない。
端末の内容も見えていない。
それでも、そう考えれば観測した時刻に矛盾はない。
「これで、経路は見えた」
平田はすぐには答えなかった。
「ポイントは戻らないよ」
「ああ」
「それでも、必要な情報?」
「次に同じ形を使わせないためにはな」
負けは負けのままだ。
その上に、次の材料を置く。
予定通りだったことにはしない。
猪グループの損失を、情報を得るための代価へ変えたとも言わない。
代価にしたのではない。
失った後に、残ったものを拾っただけだ。
◇
蛇グループの最後の会合は、誰も答えを送らないまま終わった。
優待者は名乗らなかった。
解答対象者の答えも揃っていない。
全員正解には届かない。
それでも、途中解答によって一人だけが利益を得る結果にもならなかった。
以前、端末を閉じた生徒が席を立つ。
「結局、何も分からなかったな」
「そうだね」
「これで良かったと思うか?」
「まだ分からない」
スザクは答えた。
「結果が出てから考えることもあると思う」
「最後まで、それか」
相手は呆れたように笑った。
「でも」
扉の前で振り返る。
「君がいたから待てた」
スザクはすぐに礼を言わなかった。
待つことを選んだのは、その生徒自身だ。
「僕が決めたわけじゃないよ」
「分かってる」
「途中で答えることもできた」
「ああ」
「それでも閉じたのは、君だ」
相手は少しだけ考える。
「そういう言い方をするから、待てたんだよ」
今度は、否定しなかった。
「ありがとう」
生徒が出ていく。
スザクは最後に部屋を出た。
廊下では、試験を終えた生徒たちが少人数で話している。
安堵している者。
不満を隠さない者。
結果を聞こうと端末を見続ける者。
「枢木」
別のグループにいた生徒から呼び止められた。
「少しいいか?」
「何?」
「お前の名前、他のグループでも使われてたらしいぞ」
スザクは足を止めた。
「どういう意味?」
「Dクラスは途中解答しないって話。お前がそう言ってるから、ランペルージも保証してるって」
「僕が言ったのは、僕自身が途中解答しないってことだけだ」
「でも、みんな同じようなものだと思ってた」
「誰から聞いたの?」
「犬グループのやつ。ランペルージが言ったんだろ?」
「何て?」
相手は記憶を探す。
「確か……少なくとも、スザクは自分の言葉を裏切らない、だったかな」
言葉自体は間違っていない。
ルルーシュなら、スザクが自分の言葉を裏切らないことを知っている。
スザクも、そう言われることを否定しない。
問題は、その先だった。
「それを聞いて、Dクラス全体も途中解答しないと思ったの?」
「全員じゃない。でも、少なくともランペルージが動かしてる連中は同じ方針なんだろうって」
「ルルーシュが、そう言った?」
「そこまでは言ってないらしい」
言っていない。
訂正もされていない。
『そのままでいい』
あの短い返事が浮かんだ。
誰が途中解答を考えたのか。
なぜ端末を閉じたのか。
何を失うと考えたのか。
ルルーシュは聞かなかった。
結果だけで足りるような返事だった。
違和感は、思い過ごしではなかった。
ただし、まだ分からない。
ルルーシュがどこまで意図していたのか。
誰が言葉を広げたのか。
広がった信用によって、誰が途中解答を止め、誰が別の選択をしたのか。
「教えてくれてありがとう」
「本人に聞かないのか?」
「聞くよ」
スザクは答えた。
「でも、その前に確認したい」
端末を開く。
最初に連絡したのは、犬グループにいた生徒だった。
> 少し話を聞かせてほしい。
> 僕の名前が、どういう意味で受け取られていたのか知りたい。
次に、別のグループで同じ噂を聞いたという生徒を探す。
自分が言ったこと。
言っていないこと。
ルルーシュが言ったこと。
他の生徒が、そこから信じたこと。
分けて確かめなければならない。
怒るのは、その後でいい。
まず、自分の名前によって誰が何を選んだのかを知る。
スザクは、ルルーシュにはまだ連絡しなかった。
今はまだ、本人から答えを聞く時ではない。
信じた人たちの話を、先に聞く必要があった。