反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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 兎グループの会合では、前日までより長い沈黙が許されるようになっていた。

 

 誰かが端末を見ても、すぐには問い詰められない。

 

 優待者候補へ同じ質問を繰り返す者も減っている。

 

 Dクラスは途中解答を急がない。

 

 その噂が、グループの空気を僅かに緩めていた。

 

 完全に信用されたわけではない。

 

 ただ、Dクラスの生徒が端末へ触れただけで、裏切りを疑われる状況ではなくなっている。

 

 綾小路は、その変化を利用した。

 

 会合中、軽井沢は以前と同じ位置に座っていた。

 

 女子生徒の会話が途切れれば、自分から話題を足す。

 

 誰かが別の女子へ関心を向ければ、笑い声を重ねる。

 

 自分が中心から外れそうになる度、視線と声を使って場所を取り戻す。

 

 強く見せることより、外されないことを優先している。

 

 通知を受けた直後から、その傾向は変わっていない。

 

 むしろ、試験終了が近づくほど強くなっていた。

 

 優待者である可能性は高い。

 

 だが、それだけなら他の候補と大差はない。

 

 綾小路が必要としていたのは、通知の内容ではなかった。

 

 軽井沢恵という人間が、何を失うことを最も恐れているのか。

 

 その答えだった。

 

「今日は、ずいぶん静かだね」

 

 一之瀬が全体へ向けて言った。

 

「やっと協力する気になったってことじゃない?」

 

 軽井沢が笑う。

 

「Dクラスが先に答えないなら、焦る必要もないでしょ」

 

 真鍋が軽井沢を見る。

 

「Dクラス全員が、そう言ってるわけじゃないけどね」

 

「でも、そういう話なんでしょ?」

 

「噂ではね」

 

 短いやり取りだった。

 

 軽井沢は笑顔を崩さなかった。

 

 ただ、真鍋から視線を外すまでが僅かに早い。

 

 綾小路は端末を伏せた。

 

 この猶予がなくても、別の方法で二人を動かしていた。

 

 噂は成功条件ではない。

 

 必要な場所と時間を、少し作りやすくしただけだ。

 

    ◇

 

 会合が終わったあと、綾小路は軽井沢へ短い連絡を送った。

 

> グループのことで確認したい。

> 非常階段の前で待っている。

 

 同時に、真鍋にも別の連絡を送る。

 

 軽井沢が一人になる場所と時刻。

 

 それだけで十分だった。

 

 真鍋たちが軽井沢へ抱いている感情は、綾小路が作ったものではない。

 

 止めていたものを、動ける場所へ置いただけだ。

 

 非常階段へ続く扉の向こうは、船内の音が遠かった。

 

 軽井沢が現れてから、一分も経たずに真鍋たちが来た。

 

「何で、あんたたちがいるの」

 

「話したかったから」

 

「私はないんだけど」

 

 軽井沢は戻ろうとする。

 

 真鍋が扉の前へ立った。

 

 最初は言葉だけだった。

 

 以前のクラスメイトへしたこと。

 

 謝ろうとしないこと。

 

 周囲に守られているから強く振る舞えること。

 

 軽井沢は言い返した。

 

 声は強い。

 

 相手を見下す言葉も選べている。

 

 だが、逃げ道を確認する視線だけは止められていない。

 

 真鍋が距離を詰める。

 

 軽井沢の声が一段高くなった。

 

 強さを示すためではない。

 

 誰かに聞かせるための声だった。

 

 綾小路は、物陰から端末の録画を続けた。

 

 すぐに出ることもできた。

 

 真鍋たちを退かせるだけなら難しくない。

 

 それでは、軽井沢が隠しているものには届かない。

 

 腕を掴まれた軽井沢が、反射的に身体を庇う。

 

 制服の隙間から、脇腹に残る古い傷が見えた。

 

 新しいものではない。

 

 一度の喧嘩でつく形でもなかった。

 

 軽井沢の表情が変わる。

 

 怒りが消えた。

 

 代わりに現れたのは、今いる三人へ向けた恐怖ではない。

 

 もっと前から続いている恐怖だった。

 

 廊下の向こうから足音が近づく。

 

 真鍋たちは顔を見合わせ、次を匂わせる言葉だけを残して離れた。

 

 軽井沢は床へ座り込んだまま動かなかった。

 

 綾小路は録画を止め、姿を見せた。

 

 軽井沢が顔を上げる。

 

「……見てたの?」

 

「ああ」

 

「最初から?」

 

「ああ」

 

 軽井沢が立ち上がる。

 

 手が綾小路の頬へ向かった。

 

 避けなかった。

 

 乾いた音が、狭い階段に残る。

 

「最低」

 

「そうかもしれない」

 

「何で助けなかったの」

 

「助けるだけなら、今後も同じことが起きる」

 

「だから見てたっていうの?」

 

「君が何を恐れているのか、確認する必要があった」

 

 軽井沢の顔から血の気が引く。

 

 綾小路は傷を見たとは言わなかった。

 

 言う必要がない。

 

「君は殴られることより、集団から外されることを恐れている」

 

「分かったようなこと言わないで」

 

「中学の時、長い間いじめられていた」

 

「違う」

 

「今の立場を失えば、また同じ場所へ戻ると思っている」

 

「違うって言ってるでしょ!」

 

 否定する声だけが大きくなる。

 

 内容への反論はなかった。

 

 綾小路は端末を見せた。

 

 録画データが保存されている。

 

「これがあれば、真鍋たちを止められる」

 

「脅すの?」

 

「必要なら」

 

「私も?」

 

「君が今の立場を守るために何をしてきたかまで調べれば、材料は増える」

 

 軽井沢は黙った。

 

 逃げ道を探す視線が、綾小路へ戻る。

 

「何が目的?」

 

「君に協力してもらう」

 

「断ったら?」

 

「今日のことは、また起きる」

 

「守ってくれるってこと?」

 

「必要な限りは」

 

「信用できない」

 

「信用する必要はない」

 

 綾小路は答えた。

 

「俺が君を守る方が得だと思える間、裏切らない。それで十分だ」

 

 軽井沢は長く黙った。

 

 救いを求める顔ではない。

 

 条件を確かめる顔へ戻っている。

 

 弱さを見せたままでは、いられない人間だった。

 

「……何をすればいいの」

 

 綾小路は必要なことだけを伝えた。

 

 軽井沢を保護する。

 

 代わりに、表では拾えない女子の情報を渡してもらう。

 

 兎グループで必要な時は、綾小路の指示へ従う。

 

 軽井沢は頷いた。

 

 自分で選んだ形にはなっている。

 

 実際には、選べる道を狭めたのは綾小路だった。

 

 それでも、この関係は一方的な保護ではない。

 

 軽井沢は守られるだけの存在ではなくなる。

 

 今後使える協力者になる。

 

 綾小路はDクラスの報告画面を開いた。

 

 兎グループについて送る内容は、これまでと変えない。

 

 会合継続。

 

 優待者候補、未確定。

 

 途中解答の動き、なし。

 

 軽井沢の過去も、今交わした条件も送らない。

 

 整えられた情報網の中に、一つだけ空白を残す。

 

 それが誰に見つかるかは、まだ分からなかった。

 

    ◇

 

 空白は、ルルーシュにも見えていた。

 

 兎グループから届く報告は、他のグループより薄い。

 

 会合時刻。

 

 表向きの発言。

 

 途中解答の有無。

 

 必要な形式は満たしている。

 

 だが、人物の反応と、発言が変わった理由だけが欠けていた。

 

 綾小路が情報を絞っている可能性はある。

 

 それを確かめる時間はなかった。

 

 ルルーシュは兎グループを画面の端へ移した。

 

 今読むべきものは、龍園の次の一手だ。

 

 虎グループで途中解答を阻まれてから、Cクラスの動きは変わっていた。

 

 連絡回数が減ったわけではない。

 

 目立つ連絡と、目立たない連絡が分かれ始めている。

 

 犬グループでは、Cクラスの生徒が会合前から何度も端末を確認していた。

 

 席を立つ。

 

 戻る。

 

 Bクラスの候補者へ質問する。

 

 質問の内容より、質問した時刻が不自然だった。

 

 すでに候補を絞っている者の動きに見える。

 

 一方、猪グループのCクラス生徒には、目立った変化がない。

 

 席を外した記録もない。

 

 質問の方向も変わっていない。

 

 端末を確認する回数さえ、他の生徒と大差がなかった。

 

 犬。

 

 猪。

 

 どちらも、Cクラスが途中解答できるグループだ。

 

 犬グループの優待者候補にはBクラス生徒が残っている。

 

 猪グループでは、Aクラス生徒が候補に含まれていた。

 

 龍園が正解を持っているなら、どちらも攻撃できる。

 

 問題は、どちらを先に使うかだった。

 

「ランペルージ君」

 

 平田が隣から声をかける。

 

 犬グループの会合開始まで、残りは僅かだった。

 

「猪グループから、新しい報告は来ていない」

 

「動きがないこと自体が報告だ」

 

「囮かもしれない?」

 

「ああ」

 

 ルルーシュは二つの時刻表を並べた。

 

 犬グループのCクラス生徒は、実行準備が整っているように見える。

 

 今、優待者名が届けば、会合内で絞ったように見せる時間も残っている。

 

 犬グループは、全員正解へ届く可能性も残していた。

 

 ここで途中解答が成立すれば、Cクラスはクラスポイントを得る。

 

 Bクラスは失う。

 

 同時に、十四人が利益を得る可能性も消える。

 

 猪グループの方は、全員正解へ進んでいるという報告がない。

 

 Aクラス優待者を正解すれば、龍園にとって相対差は大きく動く。

 

 だが、実行するCクラス生徒の準備が見えない。

 

「犬が本命に見える」

 

 平田が言う。

 

「見せている可能性もある」

 

「両方へ知らせる?」

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

 二つへ同じ警告を送れば、二つのグループでDクラス生徒の行動が変わる。

 

 Cクラス側が、その変化を観測している可能性がある。

 

 防御網の存在だけでなく、何を危険と判断したかまで龍園へ渡すことになる。

 

 曖昧な警告は、優待者候補を守るとは限らない。

 

 焦った生徒が、先に途中解答へ動くこともある。

 

 必要なのは、連絡ではない。

 

 連絡を受け取った後、グループが選べる状態を作ることだった。

 

「両方へ同じ対応を伝える時間はない」

 

 平田が端末を見る。

 

「堀北さんの判断を待つ時間も必要だ。猪グループは、候補者の反応もほとんど届いていない」

 

 選ばなければならない。

 

 犬グループが本命。

 

 犬グループが囮。

 

 猪グループが本命。

 

 二つとも、別の攻撃を隠すための囮。

 

 どれも捨て切れない。

 

 虎を守った時、こちらはCクラス生徒の実行準備と残り時間を基準に、警告を送る場所を選んだ。

 

 その選び方まで見られていたなら、犬グループの露骨な動きは、同じ判断を誘うために作られたものかもしれない。

 

 それでも、囮だと決めつける根拠はない。

 

 犬グループには、実際に途中解答できるCクラス生徒がいる。

 

 優待者候補も絞られている。

 

 全員正解へ届く可能性もある。

 

 囮であっても、放置すれば本命へ変わる。

 

 猪グループへ防御を集中した瞬間、犬へ答えを送ればいい。

 

 両方が攻撃可能である以上、龍園は最後まで選べる。

 

 こちらだけが、先に選ばされている。

 

 ルルーシュは堀北へ二つの報告を送った。

 

 確度。

 

 残り時間。

 

 実行者の準備。

 

 警告によって起きる変化。

 

 最後に、自分の判断を添える。

 

> 犬を優先する。

> 猪は、本命である可能性を残す。

> ただし、現時点で有効な防御を組めるのは犬だけだ。

 

 返信は短かった。

 

> 犬を優先する。

> 猪へ新しい指示は出さない。

> 最終判断は各グループに任せる。

 

 堀北が共有範囲を決めた。

 

 ルルーシュは画面を閉じる。

 

「犬だ」

 

 平田が頷いた。

 

 選んだのは、守りやすい側だった。

 

 正しい側とは限らない。

 

    ◇

 

 犬グループの会合が始まる。

 

 十四人分の椅子が、円に近い形へ並べられていた。

 

 Cクラスの生徒は、開始前から端末を机の上へ置いている。

 

 画面が光る度、すぐに確認する。

 

 隠していない。

 

 隠す必要がないと見せている。

 

「始める前に、一つ提案していいかな」

 

 平田が全員を見る。

 

「残り時間が少ないから、今日は候補を増やす話じゃなくて、今ある候補をどう判断するかに絞りたい」

 

「またDクラスの方針か?」

 

 Aクラスの生徒が聞く。

 

「僕の提案だよ」

 

 平田は答えた。

 

「賛成するかは、みんなに決めてほしい」

 

 ルルーシュは黙って反応を見る。

 

 Bクラスの生徒たちは、互いの顔を確認した。

 

 Cクラスの生徒は端末から手を離さない。

 

「候補者へ端末を見せろと言うつもりはない」

 

 ルルーシュが言った。

 

「途中解答を禁止するつもりもない」

 

「じゃあ、何をするんだ?」

 

「今から変わるものを記録する」

 

 会合前と後で、誰の発言が変わるか。

 

 誰が質問を止めるか。

 

 誰が候補を一人へ寄せようとするか。

 

 誰が端末へ届いたものを見て、判断を変えるか。

 

「お前たちも見ておけ」

 

「それで優待者が分かるの?」

 

「分かるとは言っていない」

 

 ルルーシュは即答した。

 

「少なくとも、誰か一人の判断だけで終わるのを防ぐ材料にはなる」

 

 平田が話を引き取る。

 

「候補にされている人も、疑っている人も、今考えていることを一つずつ話そう。答えを合わせるためじゃなくて、後から理由を変えないために」

 

 一人ずつ発言が始まった。

 

 Aクラスの生徒は、まだ優待者を明かすべきではないと言う。

 

 Bクラスの生徒は、全員正解を目指したいが、途中解答の危険も無視できないと言う。

 

 Dクラスの生徒は、誰かの名前を信じるには根拠が足りないと言う。

 

 Cクラスの生徒の番になる。

 

「俺は、正解が分かれば送る」

 

 隠さなかった。

 

「クラスのためか?」

 

 平田が聞く。

 

「それもある。個人ポイントも欲しい」

 

「分かった」

 

 平田は否定しない。

 

「その時は、何を根拠にしたかも話してほしい」

 

「答えたあとに?」

 

「できれば、前に」

 

 Cクラスの生徒が笑う。

 

「それじゃ途中解答にならないだろ」

 

「そうだね」

 

「止めたいんじゃないのか?」

 

「止められるとは思っていないよ」

 

 平田の声は変わらない。

 

「ただ、君が答える前に、ここで話したことが無駄だったかどうかは知りたい」

 

 Cクラスの生徒は返事をしなかった。

 

 端末が振動する。

 

 全員の視線が集まる。

 

 Cクラスの生徒は画面を開いた。

 

 表情は変わらない。

 

「誰から?」

 

 Aクラスの生徒が聞く。

 

「友達だよ」

 

「内容は?」

 

「見せる義務はない」

 

 その通りだった。

 

 端末確認を強制する権利はない。

 

 ルルーシュは時刻だけを記録した。

 

 予測していた実行時間に入っている。

 

 Cクラスの生徒は、途中解答画面を開かなかった。

 

 代わりに、机の下で短い文章を打つ。

 

 報告か。

 

 確認か。

 

 判断できない。

 

 数十秒後、廊下を歩いていた別のCクラス生徒が、犬グループの部屋の前で足を緩めた。

 

 扉の細い窓から中を見る。

 

 そのまま通り過ぎる。

 

 偶然にしては、歩く速度が変わりすぎていた。

 

 ルルーシュはその時刻も記録した。

 

 犬グループのCクラス生徒は、再び端末を見る。

 

 しかし、解答画面は開かない。

 

 会合が続く。

 

 Bクラスの優待者候補が、自分の通知については話さないまま、他の候補者への疑いを一つ取り下げる。

 

 理由は、前の会合から発言が変わっていないこと。

 

 別の生徒も同意する。

 

 候補は減る。

 

 だが、一人へは決まらない。

 

 Cクラスの生徒は答えを送らない。

 

 予測した時間帯が過ぎる。

 

 犬グループへの途中解答は成立しなかった。

 

「守れたのかな」

 

 平田が小さく聞く。

 

「まだ分からない」

 

 ルルーシュは端末を見る。

 

 犬が囮なら、守ったのではない。

 

 龍園が使わなかっただけだ。

 

 その違いは、別のグループの結果で分かる。

 

 直後、平田の端末が振動した。

 

 表情が固まる。

 

「猪グループだ」

 

 ルルーシュは画面を見る。

 

> 猪グループの試験が終了。

> Cクラス生徒が途中解答。

> Aクラスの優待者を正解。

 

 犬グループのCクラス生徒が、端末を操作した時刻。

 

 廊下のCクラス生徒が部屋の前を通った時刻。

 

 猪グループのCクラス生徒が端末を確認した時刻。

 

 途中解答が成立した時刻。

 

 一本の経路として説明できる。

 

「読まれた」

 

 平田がルルーシュを見る。

 

「犬を選ぶことを?」

 

「ああ」

 

 囮の可能性には気づいていた。

 

 それでも犬を選んだ。

 

 龍園は、犬を本命に見せただけではない。

 

 犬に反応するかどうかで、Dクラス側がどこへ防御を置いたかを確かめた。

 

 こちらの選択を確認してから、猪へ答えを流した可能性が高い。

 

 犬は偽の標的ではない。

 

 放置すれば、そのまま攻撃できる標的だった。

 

 だからこそ、囮として成立する。

 

 守れば猪を失う。

 

 猪を守れば犬へ切り替えられる。

 

 両方へ動けば、防御網の全体を露出する。

 

 龍園は、答えではなく、こちらの選び方を使った。

 

    ◇

 

 船内の別区画で、龍園は猪グループの終了通知を閉じた。

 

「犬は?」

 

「まだ終わってません。名前も送れます」

 

「送るな」

 

「でも、今なら――」

 

「これ以上、一之瀬を殴る意味がねえ」

 

 龍園は端末を机へ放った。

 

「猪でAは揺れる。葛城が沈みゃ、あの女が出てくる。今から一之瀬まで敵に回す必要はねえ」

 

「だから、犬を残すんですか?」

 

「それだけじゃねえ」

 

 龍園は犬グループの表示へ指を滑らせる。

 

「猪の直後に犬まで当てりゃ、偶然じゃ通らねえ。犬の中で絞ったように見せる時間も、もうねえ。今送れば、こっちが学校の選び方を読んだと教えるだけだ」

 

「じゃあ、犬は?」

 

「残す」

 

 龍園は短く笑った。

 

「今はAだけでいい。規則は隠す。向こうが何を守るかも見えた。一つで十分だ」

 

    ◇

 

 犬グループでは、平田が今回の途中解答による変動だけを記録した。

 

 試験内クラスポイント。

 

 Aクラス――マイナス五十。

 

 Bクラス――増減なし。

 

 Cクラス――プラス五十。

 

 Dクラス――増減なし。

 

 他グループを含む試験内増減と、学校が管理する累計クラスポイントは、まだ正式発表されていない。

 

 この時点で確定したのは、AクラスからCクラスへ五十ポイントが移ったことだけだった。

 

 Aクラスの損失だった。

 

 Dクラスのクラスポイントは減っていない。

 

 それでも、ルルーシュは勝ちとは数えなかった。

 

 防げた可能性のある一件を失い、龍園へ五十ポイントを渡した。

 

 その事実は変わらない。

 

「猪を捨てたわけじゃない」

 

 平田が言う。

 

「分かっている」

 

「両方を守れる情報はなかった」

 

「ああ」

 

 言い訳にはしない。

 

 選んだのは自分だ。

 

 失った結果も、その選択に含まれる。

 

 ルルーシュは二つの報告を閉じなかった。

 

 犬グループのCクラス生徒は、龍園から直接命令を受けた実行者ではない可能性がある。

 

 端末へ届いた後も、途中解答画面を開かなかった。

 

 代わりに、犬グループの反応を外へ返している。

 

 廊下を通ったCクラス生徒が、その確認役だった可能性がある。

 

 その生徒が現れた方向には、すでに試験を終えた別グループの会合場所がある。

 

 自由に動ける生徒を、連絡の中継へ使っていると考えれば時刻が合う。

 

 猪グループの実行者が端末を確認したのは、その後だ。

 

 少なくとも、龍園が全員へ直接指示している形には見えない。

 

 答えを持つ者。

 

 状況を確認する者。

 

 実行する者。

 

 役割を分けている。

 

 誰が龍園へ直接報告するのか。

 

 誰が囮の反応を見るのか。

 

 誰が本命へ答えを運ぶのか。

 

 虎グループで、正しい名前が途中解答へ変わらなかったあと、龍園は伝達順を変えた可能性が高い。

 

 正解を先に送るのではない。

 

 攻撃先を確定するための情報を、先に集める。

 

 ルルーシュは時刻を線で結ぶ。

 

 犬から、廊下の確認役へ。

 

 確認役から、次の誰かへ。

 

 その先から、猪へ。

 

 全員の名前は分からない。

 

 端末の内容も見えていない。

 

 それでも、そう考えれば観測した時刻に矛盾はない。

 

「これで、経路は見えた」

 

 平田はすぐには答えなかった。

 

「ポイントは戻らないよ」

 

「ああ」

 

「それでも、必要な情報?」

 

「次に同じ形を使わせないためにはな」

 

 負けは負けのままだ。

 

 その上に、次の材料を置く。

 

 予定通りだったことにはしない。

 

 猪グループの損失を、情報を得るための代価へ変えたとも言わない。

 

 代価にしたのではない。

 

 失った後に、残ったものを拾っただけだ。

 

    ◇

 

 蛇グループの最後の会合は、誰も答えを送らないまま終わった。

 

 優待者は名乗らなかった。

 

 解答対象者の答えも揃っていない。

 

 全員正解には届かない。

 

 それでも、途中解答によって一人だけが利益を得る結果にもならなかった。

 

 以前、端末を閉じた生徒が席を立つ。

 

「結局、何も分からなかったな」

 

「そうだね」

 

「これで良かったと思うか?」

 

「まだ分からない」

 

 スザクは答えた。

 

「結果が出てから考えることもあると思う」

 

「最後まで、それか」

 

 相手は呆れたように笑った。

 

「でも」

 

 扉の前で振り返る。

 

「君がいたから待てた」

 

 スザクはすぐに礼を言わなかった。

 

 待つことを選んだのは、その生徒自身だ。

 

「僕が決めたわけじゃないよ」

 

「分かってる」

 

「途中で答えることもできた」

 

「ああ」

 

「それでも閉じたのは、君だ」

 

 相手は少しだけ考える。

 

「そういう言い方をするから、待てたんだよ」

 

 今度は、否定しなかった。

 

「ありがとう」

 

 生徒が出ていく。

 

 スザクは最後に部屋を出た。

 

 廊下では、試験を終えた生徒たちが少人数で話している。

 

 安堵している者。

 

 不満を隠さない者。

 

 結果を聞こうと端末を見続ける者。

 

「枢木」

 

 別のグループにいた生徒から呼び止められた。

 

「少しいいか?」

 

「何?」

 

「お前の名前、他のグループでも使われてたらしいぞ」

 

 スザクは足を止めた。

 

「どういう意味?」

 

「Dクラスは途中解答しないって話。お前がそう言ってるから、ランペルージも保証してるって」

 

「僕が言ったのは、僕自身が途中解答しないってことだけだ」

 

「でも、みんな同じようなものだと思ってた」

 

「誰から聞いたの?」

 

「犬グループのやつ。ランペルージが言ったんだろ?」

 

「何て?」

 

 相手は記憶を探す。

 

「確か……少なくとも、スザクは自分の言葉を裏切らない、だったかな」

 

 言葉自体は間違っていない。

 

 ルルーシュなら、スザクが自分の言葉を裏切らないことを知っている。

 

 スザクも、そう言われることを否定しない。

 

 問題は、その先だった。

 

「それを聞いて、Dクラス全体も途中解答しないと思ったの?」

 

「全員じゃない。でも、少なくともランペルージが動かしてる連中は同じ方針なんだろうって」

 

「ルルーシュが、そう言った?」

 

「そこまでは言ってないらしい」

 

 言っていない。

 

 訂正もされていない。

 

 『そのままでいい』

 

 あの短い返事が浮かんだ。

 

 誰が途中解答を考えたのか。

 

 なぜ端末を閉じたのか。

 

 何を失うと考えたのか。

 

 ルルーシュは聞かなかった。

 

 結果だけで足りるような返事だった。

 

 違和感は、思い過ごしではなかった。

 

 ただし、まだ分からない。

 

 ルルーシュがどこまで意図していたのか。

 

 誰が言葉を広げたのか。

 

 広がった信用によって、誰が途中解答を止め、誰が別の選択をしたのか。

 

「教えてくれてありがとう」

 

「本人に聞かないのか?」

 

「聞くよ」

 

 スザクは答えた。

 

「でも、その前に確認したい」

 

 端末を開く。

 

 最初に連絡したのは、犬グループにいた生徒だった。

 

> 少し話を聞かせてほしい。

> 僕の名前が、どういう意味で受け取られていたのか知りたい。

 

 次に、別のグループで同じ噂を聞いたという生徒を探す。

 

 自分が言ったこと。

 

 言っていないこと。

 

 ルルーシュが言ったこと。

 

 他の生徒が、そこから信じたこと。

 

 分けて確かめなければならない。

 

 怒るのは、その後でいい。

 

 まず、自分の名前によって誰が何を選んだのかを知る。

 

 スザクは、ルルーシュにはまだ連絡しなかった。

 

 今はまだ、本人から答えを聞く時ではない。

 

 信じた人たちの話を、先に聞く必要があった。

 

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