反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
翌朝。
客船の窓から見える海は、昨夜よりも明るかった。
水平線の上には薄い雲が広がり、その隙間から差し込む光が水面を白く照らしている。
帰港までは、まだ時間があった。
船内の共有スペースでは、平田が端末へ視線を落としていた。
向かいには堀北が座り、その隣でルルーシュが集められた報告へ目を通している。
船上特別試験は終了した。
結果も、クラスごとのポイント増減もすでに確定している。
それでも、残しておくべき情報はあった。
どの時点で途中解答が検討されたのか。
何を理由に判断が変わったのか。
どこから得た情報が、どのように広がったのか。
「名前は、できるだけ消した方がいいわ」
堀北が端末の画面を指した。
「誰が優待者だったかは結果から分かる。でも、それ以外の個人的な事情まで残す必要はないでしょう」
「僕もそう思う」
平田が頷く。
「クラス内で確認するための記録だからね。誰かを責める材料にはしたくない」
記録には、各グループから集めた報告が整理されていた。
事実。
推測。
情報源が明確なもの。
最後まで確定しなかったもの。
ルルーシュは、曖昧な記述だけを指摘していく。
失敗の責任を薄める必要はない。
だが、推測を事実のように残せば、次にその記録を使う者が判断を誤る。
「蛇グループの記録なんだけど」
平田の指が止まった。
「ここは、枢木君にも確認した方がいいよね」
画面に文章が表示される。
> 途中解答を検討した生徒は、枢木スザクの説得によって解答を断念した。
その下には、判断が変わるまでの経緯が続いている。
途中解答によって得られる可能性があった利益。
誤答した場合の損失。
全員正解が成立する可能性。
話し合いを続けることで残される選択肢。
報告内容に誤りはない。
スザクが話したあと、その生徒は入力していた名前を消した。
最終的に蛇グループでは、一方的な途中解答は行われなかった。
「誰が話したかも、判断が変わった理由の一つではあるわ」
堀北が言う。
「だからこそ、本人の許可なしに残すべきではないでしょうね」
ルルーシュは画面を見る。
スザクなら拒まない。
個人的な事情を伏せる。
他人を責める目的には使わない。
クラスが今後判断するための材料にする。
その条件なら、自分の名前が残ることに反対する理由はない。
答えは分かっていた。
――お前なら反対した。
――だったら、反対するかどうかを僕に選ばせるべきだった。
昨夜の声が脳裏をよぎる。
「本人に確認する」
ルルーシュは端末を受け取った。
「お願いするよ」
平田はそれ以上尋ねなかった。
堀北も別の項目へ視線を戻す。
ルルーシュは席を立った。
◇
スザクは、船内の休憩スペースにいた。
大きな窓の前に立ち、流れていく海を見ている。
周囲には数人の生徒がいたが、会話を交わしている者はいない。
試験を終えた疲れからか、ソファへ深く座り込んでいる生徒もいた。
ルルーシュが近づく。
足音に気づき、スザクが振り返った。
「何の話?」
声は平静だった。
ルルーシュは、平田が試験中の情報を記録へまとめていることを説明した。
閲覧するのはDクラスの生徒だけ。
他クラスや教師へ共有する予定はない。
個人的な事情や、優待者以外の名前は可能な限り削除する。
「他のクラスから見せてほしいと言われても?」
「断る」
「この記録どおりに動けと、誰かに言うためのものじゃない?」
「判断材料の一つとして残すだけだ」
スザクは僅かに目を伏せた。
ルルーシュは端末を差し出す。
「お前の名前がある。確認しろ」
スザクはすぐには受け取らなかった。
一度、ルルーシュを見る。
ルルーシュは言葉を足さない。
数秒後、スザクが端末を受け取った。
画面を開く。
指がゆっくりと文章を追っていく。
最初の一文で止まった。
> 枢木スザクの説得によって解答を断念した。
スザクは編集画面を開いた。
文章の一部を消す。
新しい文字を入力する。
> 途中解答によって生じる利益と損失を確認し、本人が途中解答を行わないと決めた。
ルルーシュは画面を横から見ていた。
スザクの指が次の文章へ移る。
途中解答を検討した生徒が、プライベートポイントを必要としていたという記述を削除する。
事情の詳細は書かれていない。
それでも、本人が知られたくない可能性はある。
続いて、スザクの非優待者情報を信用したことが、判断へ影響したという一文も消した。
残されたのは、
どのような利益があったのか。
何を失う可能性があったのか。
いつまで選び直せたのか。
本人が最後に何を選んだのか。
それだけだった。
ルルーシュは何も言わない。
端末の操作音が、小さく響く。
近くのソファから生徒が立ち上がり、休憩スペースを出ていった。
窓の外では、白い波が船体の後方へ流れている。
スザクは文章を最初から読み直した。
一度、画面を上へ戻す。
削除した箇所を確かめる。
ルルーシュは待った。
誰の信用が判断へ影響したのかは、記録されていない。
スザクの指が止まった。
端末から顔を上げる。
「この形なら、残していい」
ルルーシュは端末を受け取った。
修正された文章へ目を通す。
情報量は減っている。
だが、途中解答が検討され、利益と損失を確認したうえで、本人が行わないと判断したことは残されている。
再び似た状況が起きた時、何を伝えるべきかは読み取れる。
ルルーシュは保存を選んだ。
平田への送信画面を開く。
送信先。
添付された記録。
修正された文章。
すべてを確認する。
画面から視線を上げる。
スザクは、まだその場に立っていた。
視線が合う。
スザクが小さく頷く。
ルルーシュは送信ボタンを押した。
短い振動が、手の中へ伝わる。
しばらくして、平田から返信が届いた。
> 確認した。ありがとう。
スザクは窓から離れた。
「戻るよ」
「ああ」
スザクが先に歩き出す。
ルルーシュは平田から届いた返信を閉じ、それから同じ通路へ足を向ける。
二人の間には、数歩分の距離が残っていた。
ルルーシュは、その距離を保ったまま後を追う。
端末の画面には、短い表示だけが残っていた。
> 送信済み 08:43