反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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第5章-仮面の下の怪物
赤と白


 九月に入っても、教室へ差し込む日差しには夏の名残があった。

 

 窓際では池が机へ突っ伏し、手で顔を扇いでいる。

 

「夏休み明けの学校って、何でこんなに暑いんだよ」

 

「エアコンついてんだろ」

 

 須藤が椅子の背にもたれたまま言う。

 

「気分の話だよ。船に戻りてえ」

 

「ずっと船にいたら、お前また試験が始まるぞ」

 

「じゃあ、普通の旅行がいい」

 

「お前、この学校に普通を期待してんのか?」

 

 山内の言葉に、池は黙った。

 

「……してない」

 

「だろ?」

 

 船上特別試験を終え、生徒たちは高度育成高等学校へ戻っていた。

 

 島で一週間を過ごし、その直後にはクラスを分断された船上試験へ参加した。

 

 長かった夏休みは、休暇というより、試験と試験の間にわずかな自由時間が挟まれていたに過ぎない。

 

 それでも、教室へ戻れば空気は以前と大きく変わらなかった。

 

 池と山内が騒ぎ、須藤がそれに突っ込みを入れる。

 

 櫛田の周囲には、夏休み中の出来事を話す女子生徒が集まっている。

 

 平田は、新学期初日の連絡事項を確認していた。

 

 堀北は隣の席で、一人端末を見ている。

 

 綾小路は、そのさらに後ろで静かに座っていた。

 

「ルルーシュ」

 

 呼ばれて顔を上げる。

 

 スザクが、机の横に立っていた。

 

「何だ」

 

「平田君に渡すものがあるって言ってただろ?」

 

「ああ」

 

 ルルーシュは机の上に置いていた薄い封筒を差し出した。

 

「これを渡しておけ」

 

 スザクは受け取る前に、封筒へ視線を落とした。

 

「中身は?」

 

「船上試験の記録だ。端末で送ったものと同じ内容を、平田が紙でも保管したいと言っていた」

 

「どうして僕が?」

 

「今から平田のところへ行くんだろう」

 

 平田の机には、数人の生徒が集まっている。

 

 新しく作られた連絡用グループへ入れていない生徒がいたらしく、スザクはその確認を頼まれていた。

 

「それだけ?」

 

「他に何がある」

 

 スザクは少しだけルルーシュを見た。

 

 疑っているようには見えなかった。

 

 封筒の中身を暴こうとしているのでもない。ただ、自分が何を渡し、それが何のために使われるのかを確認しているのだろう。

 

「分かった」

 

 スザクが封筒を受け取った。

 

「渡したら、平田に保管場所を確認しておけ」

 

「それは何のため?」

 

「次の試験で、過去の記録を参照する必要が出た時に探す手間を省く」

 

「うん」

 

「それと、勝手に内容を変えさせるな」

 

「平田君は変えないよ」

 

「分かっている。確認の話だ」

 

 スザクは一瞬黙った後、小さく頷いた。

 

「分かった。聞いておく」

 

 そのまま平田のもとへ向かう。

 

 これまでなら、理由を問われる前に結論だけを渡していた。

 

 今も全てを話せるわけではない。それでも、相手が何へ加わるのかを尋ねることまで拒む必要はなかった。

 

 スザクが平田へ封筒を渡す。

 

 平田は中身を確認せず、自分の鞄へ入れた。

 

 保管場所について何か話している。

 

 やがてスザクが戻ってきた。

 

「平田君の部屋にある、クラス用のファイルケースへ入れるって」

 

「誰でも見られるのか?」

 

「平田君と堀北さんが管理する。必要な人がいたら、どちらかへ聞いてほしいって」

 

「それでいい」

 

「変更する時は、二人で確認するそうだよ」

 

 ルルーシュは頷いた。

 

「十分だ」

 

 スザクは自分の席へ戻ろうとして、足を止めた。

 

「ルルーシュ」

 

「まだ何かあるのか」

 

「いや」

 

 スザクは短く答えた。

 

「ちゃんと説明してくれたと思って」

 

「用件を伝えただけだ」

 

「そうだね」

 

 それ以上は言わず、スザクは離れていった。

 

 二人の距離が、船へ乗る前と同じになったわけではない。

 

 だが、会話が途切れたわけでもなかった。

 

 教室の前方の扉が開く。

 

 茶柱佐枝が入ってきた。

 

 手には、普段より厚い資料を持っている。

 

「席に着け」

 

 教室内の声が少しずつ止まる。

 

 スザクも自分の席へ座った。

 

 平田が集まっていた生徒たちへ声をかけ、それぞれの席へ戻らせる。

 

 茶柱は教卓へ資料を置いた。

 

「二学期最初の学校行事について説明する」

 

「行事?」

 

 池が小さく反応する。

 

「試験じゃないのか?」

 

「この学校では、学校行事と特別試験を分けて考えない方が賢明だ」

 

 池の顔から期待が消えた。

 

「やっぱり試験じゃねえか……」

 

 茶柱はクラス全員の端末へ資料を送信する。

 

 短い通知音が、四十二人分重なった。

 

 画面に表示された表題を見て、須藤が身体を起こす。

 

「体育祭?」

 

 その声には、これまでの試験説明を聞いた時とは異なる明るさがあった。

 

「今月末、全校生徒参加の体育祭を行う」

 

「マジかよ」

 

 須藤が笑う。

 

「やっとまともな試験が来たじゃねえか」

 

「説明を最後まで聞け、須藤」

 

「聞いてるって」

 

「聞く前から勝った気になるな」

 

 茶柱は黒板へ、赤と白の二文字を書く。

 

 赤組。

 

 白組。

 

「今回の体育祭では、全校生徒を二つの組へ分ける。全学年のAクラスとDクラスが赤組。BクラスとCクラスが白組だ」

 

 教室がざわついた。

 

「Aクラスと一緒?」

 

 佐藤が画面を見ながら言う。

 

「だったら結構有利なんじゃない?」

 

「全学年のAクラスがいるんだろ? 赤組の勝ちじゃん」

 

 池も声を上げる。

 

「BとCより、AとDの方が絶対強いって」

 

「そう単純ではないわ」

 

 堀北が端末から顔を上げた。

 

 茶柱も否定せず、続きを話す。

 

「組全体の勝敗は、全学年の総合得点によって決まる。勝利した組に属するクラスは、敗北による減点を免れる。負けた組に属する各クラスは、百クラスポイントを失う」

 

 池の口が閉じた。

 

「百……?」

 

「さらに、各学年ではクラスごとの順位も決められる」

 

 黒板へ新しい数字が並ぶ。

 

 一位、プラス五十。

 

 二位、増減なし。

 

 三位、マイナス五十。

 

 四位、マイナス百。

 

「例えば赤組が勝利しても、一年Dクラスが学年内四位なら、百クラスポイントを失う。Aクラスと同じ組であることは、お前たちの順位を保証しない」

 

「じゃあ赤組が負けて、学年四位だったら?」

 

 山内が恐る恐る尋ねる。

 

「組の敗北によるマイナス百と、学年四位によるマイナス百。合計二百クラスポイントを失う」

 

「地獄じゃねえか!」

 

 茶柱は山内の叫びを無視した。

 

「現在の一年Dクラスは三百七十七クラスポイント。二百を失っても退学にはならない。安心しろ」

 

「安心できる数字じゃないだろ!」

 

 教室の各所から不満が上がる。

 

 須藤だけは、表示された数字を見ても表情を変えなかった。

 

「要は勝てばいいんだろ」

 

「組も、クラスもね」

 

 堀北が答える。

 

「ああ。俺が出りゃ、少なくとも一年の連中には負けねえ」

 

「個人競技だけで全ての順位が決まるわけではないわ」

 

「団体競技でも同じだ。俺が入った方が勝てる」

 

「あなたが全競技へ出られるなら、その通りでしょうね」

 

「出りゃいいだろ」

 

「出場数、競技間隔、疲労、怪我の可能性がある。何も考えずに数を増やせば、後半で動けなくなるわ」

 

「俺を誰だと思ってんだ」

 

「自分の体力を過信する生徒」

 

「何だと?」

 

「二人とも、まだ説明の途中だよ」

 

 平田が間へ入る。

 

 須藤は不満そうに舌打ちしたが、椅子へ座り直した。

 

 茶柱は次の項目を表示する。

 

「個人総合得点も集計される。一年生の下位十名には、次回の筆記試験において十点の減点が課される」

 

 今度は、運動が得意ではない生徒たちの顔色が変わった。

 

「待ってください」

 

 幸村が手を上げる。

 

「十点の減点というのは、総合点からですか。それとも各科目からですか」

 

「詳細は後日伝える。今理解しておくべきなのは、個人順位が低ければ、次の試験でも不利を背負うということだ」

 

「運動が苦手なだけで、筆記まで不利になるのかよ」

 

 池が画面を睨む。

 

「お前たちが普段から口にしているだろう。実力で評価してほしいと」

 

「運動だけが実力じゃないだろ」

 

「だから次には筆記試験がある」

 

「そういう意味じゃねえよ……」

 

 池が項垂れる。

 

 強い生徒だけへ出場を集中させても、他の生徒が個人順位の下位へ沈めば、次の試験へ不利を残す。

 

 得点だけでなく、疲労と怪我を含めて全員を配置する必要があった。

 

「参加競技の希望表は明日配布する。推薦競技については、クラス内で決めろ」

 

 茶柱は資料を閉じた。

 

「ただし、誰か一人の能力だけで勝てると思わないことだ。体育祭で測られるのは、個人の身体能力だけではない」

 

「クラスでどう使うか、ってことですか?」

 

 平田が尋ねる。

 

「自分たちで考えろ」

 

 茶柱はそれ以上答えなかった。

 

 ホームルームが終わると、教室内ではすぐに体育祭の話が始まった。

 

「須藤がいれば何とかなるんじゃない?」

 

「枢木君も運動得意だよね」

 

「無人島で、ずっと荷物運んでたし」

 

「小野寺さんも水泳部だったよね?」

 

 複数の名前が上がる。

 

 その中で、平田は教卓の前へ移動した。

 

「まず、みんなの希望と経験を確認しよう」

 

「今決めんのか?」

 

 須藤が尋ねる。

 

「正式に決めるのは明日以降だよ。ただ、誰が何をできるかは先に知っておきたい」

 

「俺は何でも出るぞ」

 

「須藤君が出たい競技も聞く。でも、他の人の希望もあるから」

 

「勝てる奴が出た方がいいだろ」

 

「勝つことだけを考えて、誰かが次の試験で十点減点を受けるのも問題だよ」

 

「じゃあ、足の遅い奴を出して負けろってのか?」

 

「そうは言ってない」

 

「二人とも」

 

 櫛田が明るい声で間へ入る。

 

「まず書いてもらおうよ。得意な競技と、出たい競技は別かもしれないし」

 

「そうだね」

 

 平田が頷く。

 

 櫛田は黒板の横へ立ち、必要な項目を書き始めた。

 

 名前。

 

 運動部経験。

 

 得意競技。

 

 希望競技。

 

 現在の体調。

 

「体調まで書くの?」

 

 山内が不思議そうに言う。

 

「怪我してる人や、体調が良くない人に無理させられないでしょ?」

 

「俺は全部問題なし」

 

「山内君、この前階段で足をひねったって言ってなかった?」

 

「あれはもう治った」

 

「一応書いておこうね」

 

「はい……」

 

 櫛田に笑顔で言われ、山内は素直に端末を開いた。

 

 平田もクラス用の共有表を作り始める。

 

 堀北はその様子を見ながら、ルルーシュへ視線を向けた。

 

「どう思う?」

 

「何がだ」

 

「体育祭よ」

 

「まだ競技ごとの配点も、出場制限も全ては出ていない」

 

「今ある情報でいいわ」

 

「正攻法が中心になる」

 

 堀北の眉が僅かに動く。

 

「あなたがそう言うのは意外ね」

 

「体育祭で足の速さを偽装しても、順位は上がらない」

 

「相手の妨害は?」

 

「当然ある。だが、試験の中心は身体能力と配置だ。誰をどこへ置くか。どこで勝ち、どこで最下位を避けるか。疲労と怪我をどこまで許容するか」

 

「須藤君を中心にすべきだと思う?」

 

「少なくとも、得点源の一人にはなる」

 

「一人?」

 

 堀北が教室の反対側を見る。

 

 スザクが須藤に肩を組まれ、何か話している。

 

 無人島でスザクが高い身体能力を持つことは分かっていた。

 

 だが、競技としてどの程度なのかは、まだ測られていない。

 

「確認が必要だ」

 

「今日の放課後、簡単に計測しましょう」

 

「全員を?」

 

「希望だけを聞いても、自己評価が正確とは限らないわ」

 

 池の方を見る。

 

 彼は櫛田が作った表へ、得意競技として短距離走と入力していた。

 

「確かに」

 

「聞こえてるぞ、ランペルージ!」

 

    ◇

 

 放課後。

 

 一年Dクラスの生徒たちは、校庭の端へ集まっていた。

 

 正式な体育祭競技はまだ全て発表されていない。

 

 そのため、堀北が提案したのは簡単な確認だけだった。

 

 短距離。

 

 持久力。

 

 跳躍。

 

 投擲。

 

 団体競技で必要になる反応と連携。

 

 正確な順位を決めるのではなく、誰をどの競技へ置けるかを知るためのものだった。

 

「体育祭の前から走らされんのかよ」

 

 池が準備運動をしながらぼやく。

 

「今走らなくても、本番では走ることになるわ」

 

「本番だけでよくない?」

 

「その考えで下位十名に入っても、私は知らないわよ」

 

「やります」

 

 池はすぐに屈伸を始めた。

 

 平田が記録を取る。

 

 櫛田は女子生徒の希望と体調を確認している。

 

 堀北は測定の順番を決めた。

 

 ルルーシュは、平田の端末へ表示される数字を横から見ていた。

 

「お前も走るんだぞ」

 

 須藤が言う。

 

「分かっている」

 

「見るだけで済ませようとしてねえよな?」

 

「俺の記録に期待しているのか?」

 

「してねえから言ってんだよ」

 

「なら問題ない」

 

「あるだろ。全員の記録が必要なんだろ?」

 

 須藤の言う通りだった。

 

 ルルーシュは計測へ参加した。

 

 短距離では、クラスの中ほどより下。

 

 跳躍も、特別優れてはいない。

 

 投擲では、力任せに投げた池より僅かに上だった。

 

「微妙だな」

 

 須藤が率直に言う。

 

「知っている」

 

「悔しくねえのか?」

 

「事実に腹を立てても記録は伸びない」

 

「そういうところ、何かムカつくな」

 

「須藤君、次だよ」

 

 平田に呼ばれ、須藤がスタート位置へ向かう。

 

 短距離の確認では、須藤が圧倒的だった。

 

 合図と同時に飛び出し、他の生徒を大きく離す。

 

 計測を見ていた池が声を上げた。

 

「速すぎだろ!」

 

「当たり前だ」

 

 須藤は止まり切る前に振り返る。

 

「次、枢木。やろうぜ」

 

「僕?」

 

「お前以外、相手にならねえ」

 

「まだ小野寺さんたちも測ってないだろ」

 

「男でだよ」

 

「綾小路君は?」

 

 スザクが視線を向ける。

 

 綾小路は、すでに計測を終えていた。

 

 記録はクラスの中央付近。

 

 速くも遅くもない。

 

「俺は平均くらいだ」

 

 綾小路が答える。

 

「ほらな。お前しかいねえ」

 

 須藤に押され、スザクがスタート位置へ入る。

 

「本気で走れよ」

 

「体育祭はまだ先だよ」

 

「今のうちに決着つけとくんだ」

 

「何の決着?」

 

「どっちが速いかだ」

 

 スザクは困ったように笑った。

 

「分かった。ただし、これで決まったとは思わないでくれ」

 

「負けた時の言い訳か?」

 

「条件が違えば結果も変わるって話だよ」

 

「いいから構えろ」

 

 平田が二人の間を確認する。

 

「いくよ」

 

 須藤が姿勢を低くする。

 

 スザクも前を向いた。

 

 ルルーシュは、スザクの立ち方を見る。

 

 力が抜けている。

 

 足の位置も、腕の角度も自然だった。

 

 だが、最初の一歩へ移る直前になっても、重心を前へ落とし切っていない。加速を抑える時に見せるスザクの癖を、ルルーシュは知っていた。

 

「よーい」

 

 平田が腕を上げる。

 

「始め!」

 

 二人が同時に地面を蹴った。

 

 最初に前へ出たのは須藤だった。

 

 大きな身体からは想像できない加速で、地面を強く蹴る。

 

 スザクは僅かに遅れて続く。

 

 差は広がらない。

 

 半分を過ぎたところで、スザクが須藤の横へ並びかける。

 

 それでも抜かない。

 

 最後まで、僅かな差を保ったまま走り切った。

 

 平田が計測結果を見る。

 

「須藤君が一位。枢木君が、そのすぐ後だ」

 

「惜しい!」

 

 池が叫ぶ。

 

「枢木君、すごい!」

 

 女子生徒の間からも声が上がる。

 

 須藤は息を整えながら、スザクを見る。

 

「お前、最後に緩めただろ」

 

「緩めてないよ」

 

「嘘つけ。途中で追いついてきただろ」

 

「須藤君が速かったんだ」

 

「次は本気でやれ」

 

「体育祭で一緒に走る種目があればね」

 

「絶対出ろよ」

 

「まだ競技も決まってないだろ」

 

 スザクは笑っている。

 

 呼吸はほとんど乱れていない。

 

 須藤もそれに気づいているらしく、納得していない顔をしていた。

 

 クラスの生徒たちは、無人島でスザクが重い荷物を運び続けていたことを知っている。

 

 人を背負って長い距離を歩けることも。

 

 だが、短距離でも須藤に近い記録を出すとは思っていなかった。

 

「これ、結構いけるんじゃない?」

 

 佐藤が言う。

 

「須藤君と枢木君がいれば、男子はかなり勝てそう」

 

「女子も堀北さんと小野寺さんがいるし」

 

「Aクラスと同じ赤組なんだよね?」

 

 先ほどまで不安そうだった声に、期待が混じり始める。

 

 堀北はその空気へ流されなかった。

 

「二人が速いことと、クラスが勝てることは別よ」

 

「でも、得点は取れるだろ」

 

 須藤が答える。

 

「取れるわ。だからこそ、どう使うかを考える必要がある」

 

「俺は全部出られる」

 

「あなたがそう思っているだけでしょう」

 

「まだ言うのかよ」

 

「短距離一本走っただけで、体育祭の最後まで動ける証明にはならない」

 

「なら今から全部測れ」

 

「無駄に疲労させるつもりはないわ」

 

「どっちだよ!」

 

 平田が二人の間に入り、記録表を持ち上げた。

 

「一度、整理しよう」

 

 全員の計測が終わる頃には、日が傾き始めていた。

 

 予想どおりの記録もあれば、意外な結果もあった。

 

 運動部経験がなくても、短距離だけは速い生徒。

 

 走るのは苦手でも、投擲や力を使う競技に向く生徒。

 

 個人では目立たなくても、周囲を見ながら動ける生徒。

 

 逆に、自分では得意だと思っていても、実際の記録が伴わない者もいた。

 

「俺の短距離、調子悪かっただけだからな」

 

 池が言う。

 

「三回測って、全部同じくらいだったわ」

 

 堀北が返す。

 

「三回とも調子悪かった」

 

「本番も同じ可能性を考えておくべきね」

 

「冷たすぎない?」

 

 平田は全員へ声をかけ、記録を共有表へまとめる。

 

「希望競技は明日までに入力してほしい。運動部の経験や、今までやったことがある競技も書いてね」

 

「体調の変化もあれば、すぐに連絡して」

 

 櫛田が続ける。

 

「ちょっとした怪我でも、後から困るかもしれないから」

 

 生徒たちが返事をする。

 

 堀北は記録表を確認した。

 

「須藤君と枢木君が男子の主な得点源。女子は私と小野寺さんが中心になるわね」

 

「最初からそう言ってんだろ」

 

 須藤が胸を張る。

 

「ただし、誰か一人に集中させるのは危険よ」

 

「じゃあどうすんだ?」

 

「正式な競技と出場制限が分かってから決める」

 

「それまで何もしねえのか?」

 

「準備はするわ」

 

 堀北は平田を見る。

 

「平田君には、希望と経験、それから体調の確認を任せたい」

 

「分かった。意見が重なった競技も整理するよ」

 

「櫛田さんには、連絡が届いていない人がいないか確認してもらえる?」

 

「うん。女子の分は私が声をかけるね。男子も、平田君が忙しければ手伝うよ」

 

「助かる」

 

 堀北の視線がルルーシュへ移る。

 

「あなたは?」

 

「俺が競技で得点源になる可能性は低い」

 

「随分と素直ね」

 

「さきほど確認しただろう」

 

「認めたうえで、何をするの?」

 

 ルルーシュは、平田の端末に並ぶ記録を見る。

 

 速い者。

 

 遅い者。

 

 体力のある者。

 

 一つの競技だけに適性を持つ者。

 

 勝てる場所へ強者を置くだけでは足りない。

 

 強者を出し続ければ、後半に疲労が残る。

 

 弱者を捨てれば、個人順位の下位へ沈み、次の筆記試験へ不利を持ち越す。

 

 団体競技では、最も強い者だけでなく、失敗の少ない者を置く必要がある。

 

「配置を考える」

 

「競技が発表されていないのに?」

 

「今決めるのは競技ではない。誰がどの種類の役割を担えるかだ」

 

 ルルーシュは記録表を指した。

 

「勝ちを取りに行く者。最下位を避ける者。団体競技で周囲へ合わせる者。欠員が出た時に代わりへ入れる者。疲労と怪我を含めて考える必要がある」

 

「数字だけで決めるつもり?」

 

 堀北が尋ねる。

 

「数字を無視して決めるつもりか?」

 

「そうは言っていないわ」

 

「なら、最終的な判断はお前がしろ」

 

 堀北が僅かに目を細める。

 

「あなたが決めるのではなく?」

 

「全員が納得しない配置は、本番で崩れる。俺が数字だけを示しても、誰が何を嫌がり、どこまでなら受け入れるかは平田の方が分かる。お前は、その情報を見て決められる」

 

「自分にはできないと?」

 

「できないとは言っていない。俺一人で行う理由がない」

 

 堀北は返事をしなかった。

 

 平田が記録表から顔を上げる。

 

「僕は、みんなの希望と不安をまとめる。ランペルージ君は、記録と競技の相性を見てくれる。堀北さんが、最後に出場案を決める。それでいいかな」

 

「異論はない」

 

 ルルーシュが答える。

 

 堀北も、しばらく考えてから頷いた。

 

「そうしましょう」

 

「俺は?」

 

 須藤が聞く。

 

「あなたは出場する競技で勝つ」

 

 堀北が即答する。

 

「おう」

 

「ただし、勝手に全部へ名前を書かないこと」

 

「まだ決まってねえだろ」

 

「今のうちに言っているのよ」

 

「信用ねえな」

 

「これまでの行動を振り返ってから言いなさい」

 

 須藤が不満そうに顔を背ける。

 

 スザクが苦笑した。

 

「僕は?」

 

「須藤君と同じ得点源。ただし、あなたは欠員が出た場合にも動けるよう、余裕を残した方がいいかもしれないわ」

 

「まだ競技も見てないよ」

 

「だから可能性の話よ」

 

 スザクは記録表を見る。

 

「須藤君へ集中しすぎない方がいいと思う」

 

「何でだよ」

 

「須藤君が疲れるから」

 

「この程度で疲れねえ」

 

「体育祭は短距離だけじゃないだろ?」

 

「お前も出りゃいい」

 

「出るよ。でも、僕と須藤君を同じ競技へ入れ続けたら、他の競技に誰も残らない」

 

「別々に出て全部勝てばいい」

 

「簡単に言うな」

 

 ルルーシュが口を挟む。

 

「お前たち二人へ出場機会を集中させれば、その分だけ相手も配置を変える。強者同士をぶつければ、どちらかの得点効率は落ちる」

 

「だったら俺が勝つ」

 

「問題は、勝てるかどうかだけではない」

 

 須藤が眉を寄せる。

 

「他の生徒が最下位へ沈めば、個人順位で不利になる。お前が一位を取っても、四十二人全体の損失は消えない」

 

「じゃあ、遅い奴を俺が背負って走れってのか?」

 

「団体競技なら、それに近い場面もあるだろう」

 

「マジかよ」

 

「須藤君ならできるよ」

 

 スザクが言う。

 

「何でお前が嬉しそうなんだ」

 

「頼りにされてるってことだろ?」

 

「……まあな」

 

 須藤の機嫌が僅かに戻る。

 

 堀北は小さく息を吐いた。

 

「正式な競技表が届いてから、もう一度集まりましょう。今日は自分の希望と体調を入力して」

 

「部活動や個人的な練習がある人は、そちらを優先していいよ」

 

 平田が付け加える。

 

「必要な連絡はグループへ送るから」

 

 生徒たちは少しずつ解散し始めた。

 

 池と山内は、互いの記録がどちらの方が上だったかで言い争っている。

 

 須藤はスザクへ、もう一度短距離を走ろうと迫っていた。

 

 小野寺の周囲には、女子生徒が集まっている。

 

 平田は、入力されていない項目を一つずつ確認していた。

 

 まだ競技は決まっていない。

 

 誰が何へ出るかも、確定していない。

 

 それでも、誰が何を担うのかは、ようやく形になった。

 

「平田君」

 

 櫛田が呼び止める。

 

「参加予定の表、私にも送ってもらっていい?」

 

「今の仮のもの?」

 

「うん。女子の希望が変わった時に、すぐ直せるようにしたいの。連絡が届いてない人もいるかもしれないし」

 

「分かった。まだ正式なものじゃないけど」

 

「大丈夫。確認に使うだけだから」

 

 平田が共有設定を変更する。

 

 櫛田の端末に、参加予定表が表示された。

 

 四十二人の名前。

 

 運動経験。

 

 得意分野。

 

 現在の希望。

 

現在の体調。

 

 体育祭を運営する以上、複数人が参加予定を共有する必要がある。

 

 平田一人へ連絡を集中させるより、櫛田にも確認を任せた方が効率はよかった。

 

 堀北も異論を挟まない。

 

 ルルーシュにも、止める理由はなかった。

 

 櫛田の端末には、まだ空欄の多い参加予定表が開かれていた。

 

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