反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
翌日のホームルームで配布された資料には、体育祭で実施される競技と、それぞれの参加条件が記載されていた。
短距離走、障害物競走、綱引き、騎馬戦、リレー。
個人の能力だけで結果が決まるものもあれば、複数人の動きが噛み合わなければ勝てないものもある。
全員が参加する通常競技とは別に、クラス内で選抜した生徒を出場させる推薦競技も用意されていた。
競技ごとに人数が定められ、一人の生徒へ割り当てられる出場枠にも限りがある。
昨日まで仮の希望だけが書き込まれていた共有表へ、正式な競技名が追加された。
「それじゃあ、希望を確認していこう」
平田が教卓の前に立つ。
黒板には競技名と必要人数が書かれ、その横で堀北が端末を操作していた。
櫛田は、まだ希望を入力していない生徒の席を回っている。
「池君、障害物競走でいいんだよね?」
「おう。普通に走るより、何かあった方が逆転できそうだし」
「その何かに引っかかる可能性は考えないの?」
堀北が画面から顔を上げずに言う。
「始まる前から負ける前提で考えるなよ」
「あなたが得意だと言っていた短距離走の記録は、昨日確認したでしょう」
「あれは調子が悪かった」
「三回とも?」
「体育祭では違う」
「根拠がないわね」
「何で俺にだけ厳しいんだよ!」
「まあまあ」
平田が苦笑しながら二人の間に入る。
「池君は障害物競走を第一希望にしておこう。競技の詳しい内容も確認しながら、必要なら調整すればいいよ」
「最初からそう言ってくれればいいんだよ」
「平田君は甘すぎるわ」
「堀北さんが厳しすぎるんだと思うけど……」
池の呟きに、堀北が顔を上げる。
視線を向けられた池は、すぐに端末へ顔を落とした。
教室の前方では、昨日より具体的な話し合いが進んでいた。
誰がどの競技を希望するのか。
過去に経験したことがあるのか。
得意であっても、前後の競技との間隔が短すぎないか。
同じ生徒へ負担が集中していないか。
平田が希望を聞き、堀北が記録と照らし合わせる。
二人が作った仮の配置を、ルルーシュが自分の端末で確認していた。
「須藤君は短距離走とリレー、騎馬戦を希望しているのね」
「綱引きにも出る」
須藤は即答した。
「全部勝てるからな」
「出場枠の上限を超えるわ」
「なら、勝てる競技を優先すりゃいいだろ」
「その選別をしているところよ」
「俺を休ませて負ける配置だけはやめろよ」
「それは記録と競技順を見て判断するわ」
堀北が端末へ指を滑らせる。
須藤の名前は、すでに複数の競技へ入力されていた。
昨日の計測結果だけを見れば、須藤へ多くの出場機会を与える判断は間違っていない。
短距離ではクラス内一位。
跳躍や投擲でも上位。
体格を生かせる団体競技でも戦力になる。
「須藤君には、得点を狙えるところへできるだけ出てもらった方がいいと思う」
平田が言った。
「ただ、競技の間隔と団体練習の時間は考えないといけない」
「練習ならやる」
「須藤君一人の練習じゃないよ。周りの人とも時間を合わせる必要があるから」
「だったら合わせればいいだろ」
何人かの生徒が顔を見合わせる。
須藤に悪意はない。
自分が勝つ。
そのために必要なら練習する。
本人の中では、単純で分かりやすい話だった。
だが、同じ競技へ出る全員が、須藤と同じ時間と熱量を注げるわけではない。
「須藤」
スザクが呼んだ。
「何だよ」
「出場数を増やすことには、僕も賛成だよ」
「ほら見ろ」
「でも、全部へ出る必要はないと思う」
「お前まで堀北と同じこと言うのか?」
「須藤が一位を狙える競技へ集中した方が、最後まで力を残せるだろ」
「俺は疲れねえ」
「そこは、あとで本人の意見も含めて決めればいい」
平田が話を区切った。
「まずは、須藤君と枢木君をどう使い分けるかを考えよう」
教室の視線がスザクへ集まる。
昨日、須藤に僅差で敗れた生徒。
クラスの大半は、スザクが須藤に次ぐ運動能力を持っていると認識していた。
「枢木も多く出せばいいだろ」
須藤が言う。
「俺と別の競技に出て、両方勝てばいい」
「簡単に言うね」
スザクは苦笑した。
「スザクを須藤と同じ使い方にする必要はない」
ルルーシュが口を挟む。
「同じ使い方?」
堀北が尋ねた。
「須藤は、一位を取りに行く競技へ集中させる」
「だから、俺ならどれでも――」
「全てではない」
ルルーシュが遮る。
「勝率と得点価値が高い場所だ。お前が出なくても順位を維持できる競技へ使えば、得られる点以上に疲労が残る」
「相手が誰でも、俺が出た方が順位は上がるだろ」
「一つの競技だけを見ればな。その後の競技まで含めて考える必要がある」
「可能性の話ばっかりだな」
「配置とはそういうものだ」
須藤は納得していない。
だが、自分を評価されていないとは感じていないらしい。
腕を組み、黒板へ視線を戻した。
「では、枢木君は?」
堀北が尋ねる。
「複数の競技へ出す。ただし、全ての枠を埋めない」
「得点できる生徒を余らせるの?」
「余らせるのではない。対応範囲を残す」
ルルーシュは、スザクの名前が入力された競技を見る。
「枢木は競技への適応が速い。短距離、持久力、力を使う競技の全てで上位へ入れる。団体競技でも、周囲の動きを見て役割を変えられる」
「それなら、なおさら得点源として集中させるべきでしょう」
「提出までに体調不良や怪我が出れば、配置を組み直す必要がある。練習中に団体競技の役割が合わないと分かる場合もある」
ルルーシュは競技表を指した。
「当日の変更がどこまで認められるかは、茶柱へ確認する。それでも、全競技へ疲労した生徒しか残っていなければ、対応の選択肢は減る」
「僕を予備にするのか?」
スザクが尋ねた。
教室の空気が僅かに変わる。
以前なら、スザクはそのまま受け入れていたかもしれない。
ルルーシュも、説明を求められるとは考えず、配置だけを告げていた。
今は違う。
「予備だけではない。出場する競技では得点を取ってもらう」
「それ以外では、配置を変える必要が出た時に備える?」
「そうだ」
「僕である理由は?」
「複数の能力が高く、団体競技でも役割を選ばないからだ」
ルルーシュは答えた。
「特定の競技へ合わせた練習が不足していても、一定以上の結果を期待できる。誰かが欠けた時、最も多くの配置案を残せるのがお前だ」
「僕が最初から出れば取れる点を、捨てることにはならない?」
「捨てる競技は選ばない。お前が出なければ大きく順位が落ちる場所には置く」
「どの枠を残すかは?」
「競技順と、他の生徒の適性を見て決める」
「僕以外の候補は?」
「作る。お前一人へ対応を預けるつもりはない」
スザクは少し考えた。
「変更できる範囲も確認するんだね?」
「ああ」
「分かった。それなら異論はない」
「何で枢木にはそんなに説明すんだよ」
須藤が不満そうに言う。
「お前も理由を聞けば説明する」
「俺は聞いてただろ」
「自分が全部へ出るという主張しかしていない」
「聞く必要がねえからだ。勝てばいい」
「なら説明も必要ないだろう」
「何かムカつくな、お前!」
「落ち着いて、須藤君」
スザクが笑いながら須藤の肩を押さえた。
「僕も須藤君が中心になることには賛成してるよ」
「だったら俺の枠を減らすな」
「減らすんじゃなくて、勝てるところに残すんだろ?」
「同じじゃねえか」
「たぶん違うよ」
「何でお前が分かってねえんだよ」
教室に小さな笑いが起こる。
張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
堀北は二人の名前を複数の競技へ入力する。
須藤は、個人競技と団体競技の中心。
スザクは得点源でありながら、すべての枠を埋めずに調整の余地を残す。
「女子はどうする?」
佐藤が尋ねた。
「堀北さんと小野寺さんへ集中させるの?」
「基本的にはそうなるわ」
堀北は自分の名前を、複数の競技へ入力した。
「私と小野寺さんが、現時点で最も上位を狙いやすい」
「堀北さん、自分もかなり多くない?」
小野寺が画面を覗き込む。
「必要な範囲よ」
「競技が続いてるところもあるけど」
「男子だけ負担を分散させて、女子の得点を落とすわけにはいかないわ」
「堀北」
ルルーシュが呼ぶ。
「何?」
「上限を決めろ」
「学校から定められた上限は超えていないわ」
「規則上の上限ではない。お前自身の上限だ」
「私の体力は、私が一番分かっている」
「須藤も同じことを言っている」
堀北の目が細くなる。
「私と須藤君を同じにしないで」
「自分の自己評価を根拠に、負担を集中させている点は同じだ」
「昨日の記録を見たでしょう」
「短時間の計測と、一日を通した体育祭は違う」
「その理屈なら、誰も信用できないわ」
「信用の話ではない。損失の話だ」
「あなたは、私が怪我をすると考えているの?」
「怪我をしないと断定できるのか」
堀北は答えなかった。
ルルーシュも、それ以上強くは言わない。
堀北は須藤へ負担を集中させる危険を理解している。
他者の希望や体調を確認する必要性にも同意している。
それでも、勝つために必要だと判断すれば、自分自身へ負担を集めることには迷いがなかった。
「女子の配置は、今日中にもう一度確認するわ」
堀北が言った。
「小野寺さんの希望も聞いたうえで、競技間隔を調整する」
「自分の出場数も含めて?」
平田が念を押す。
「含めるわ」
完全に減らすとは言わなかった。
ルルーシュは、その返答を記憶した。
◇
話し合いは、全員が納得する形では進まなかった。
勝ちやすい生徒を優先すれば、自分の希望が通らない生徒が出る。
希望を優先すれば、記録上は不利な配置になる。
団体競技では、一人の意見だけで参加を決められない。
「俺、騎馬戦がいい」
山内が言う。
「何で?」
池が尋ねる。
「何か目立ちそうじゃん」
「下になったら見えないだろ」
「上に乗ればいい」
「落ちるぞ」
「お前よりはバランスいい」
「昨日の計測、俺の方が上だっただろ」
「短距離だけだろ!」
二人の言い争いを、平田が止める。
「騎馬戦は複数人で動くから、個人の希望だけじゃ決められないよ。体格や相性も見よう」
「俺、上がいい」
「それも決まってからね」
「池君は?」
「俺は下でいい。落ちたくないし」
「下の方が踏まれる可能性あるぞ」
「やっぱり出ない」
「希望を変えるなら、表も直すよ」
平田は一人ずつ意見を聞いていた。
断る時も、記録が低いからとは言わない。
他の競技との兼ね合い。
団体の構成。
本人が得点を取りやすい場所。
代わりに選べる競技。
言葉を選ぶことで、配置から外された生徒も、すぐに反発することはなかった。
「平田君、幸村君がまだ入力してないみたい」
櫛田が端末を見ながら言う。
「本人には聞いた?」
「運動は得意じゃないから、どこでもいいって」
「それが一番困るんだよね」
「私からもう一度聞いてみようか?」
「お願いできる?」
「うん」
櫛田は幸村の席へ向かう。
少し話した後、幸村は端末を操作し始めた。
放課後までに、参加表はほぼ完成した。
希望が重なった競技は平田が調整し、記録上の不利が大きい部分は堀北が変更した。
ルルーシュは、競技の順番と参加者の組み合わせを確認する。
「ここは変えろ」
端末の一箇所を指す。
「どうして?」
堀北が尋ねた。
「騎馬戦とリレーの間隔が短い。須藤を両方の中心へ置けば、休む時間が少ない」
「本人は問題ないと言っているわ」
「本人の自己評価をそのまま採用するなら、昨日の計測は必要なかった」
「代わりは?」
「騎馬戦の配置を変える。須藤の代わりに体格のある生徒を下へ入れ、上へ乗る者の判断力を優先する」
「得点力が落ちるわ」
「リレーまで含めれば、その方が損失は少ない」
「絶対に?」
「絶対ではない」
「なら、須藤君を外す理由にはならないわ」
「須藤が疲労しない保証もない」
二人の視線がぶつかる。
「ちょっと待って」
平田が声をかけた。
「須藤君本人にも聞こう」
「答えは分かっている」
ルルーシュが言う。
「それでも、本人へ説明は必要だよ」
「説明しても結論は変わらない」
「変わらなくても、聞かずに決めるのとは違うと思う」
ルルーシュは平田を見る。
平田は、ルルーシュとスザクの間で何があったのかを詳しく知らない。
それでも、本人の希望を確認するという判断は変わらなかった。
「呼んでくるよ」
平田が須藤のもとへ向かう。
その背を見送りながら、堀北が言った。
「反対しないのね」
「何にだ」
「本人へ聞くことに」
「聞くこと自体に損失はない」
「答えは分かっているのでしょう?」
「ああ」
「それでも聞くの?」
ルルーシュは一瞬黙った。
「予測した答えと、本人が出した答えは同じではない」
堀北が僅かに目を見開く。
何かを尋ねようとした時、平田が須藤を連れて戻ってきた。
「何だよ。まだ終わってねえのか?」
「騎馬戦とリレーの間隔について話したい」
平田が説明する。
須藤は最後まで聞いた後、迷わず答えた。
「両方出る」
「両方へ出るなら条件がある」
ルルーシュが別の配置を表示する。
「騎馬戦では、一人で全てを倒そうとするな。周囲と役割を合わせる。練習時間は平田が管理し、リレーへ影響が出ると判断した場合は配置を再検討する」
「俺なら両方勝てる」
「勝てる可能性を残すための条件だ。騎馬戦で無理をして動けなくなれば、リレーの順位まで落ちる」
「怪我なんかしねえよ」
「しないことを条件にはできない」
須藤が眉を寄せる。
「騎馬戦で得る点と、リレーで失う可能性のある点を比べれば、無制限に動かせない。条件を受け入れないなら、どちらか一方へ絞る」
「……周りと合わせりゃいいんだろ」
「本当に?」
平田が確認する。
「ああ。勝手に突っ込まなきゃいいんだろ」
「騎馬戦のメンバーとも、先に動きを決めよう」
「分かったよ」
須藤は不満そうだったが、拒否はしなかった。
「その代わり、リレーは外すなよ」
「その予定はない」
「絶対だぞ」
須藤は念を押して戻っていった。
堀北が配置を確定する。
「結局、両方へ出すのね」
「本人が条件を受け入れた」
「答えは最初から分かっていたでしょう」
「両方へ出たいことはな。条件を受け入れるかまでは、聞かなければ分からない」
堀北は何も言わなかった。
端末へ視線を戻し、須藤の名前の横へ注意事項を書き加える。
それでも、須藤と自分へ多くの出場枠を割り当てる方針は変えない。
勝つためには必要だと考えている。
ルルーシュも、その判断を完全には否定できなかった。
得点を伸ばすには、強者へ負担を集める必要がある。
問題は、その負担が限界を超える瞬間を誰が見極めるかだった。
「これで正式版にするよ」
平田が全体を確認する。
「まだ体調や事情が変わったら、提出前に修正するけど、今の参加表はこれでいいかな」
「異論はないわ」
堀北が答える。
「ランペルージ君は?」
「現時点ではな」
「枢木君にも確認してもらう?」
平田の問いに、ルルーシュはスザクを見る。
スザクは少し離れた場所で、須藤と騎馬戦のメンバーについて話していた。
「枢木が関わる配置については、すでに説明した」
「そうなんだ」
「ただし、最終版が変わったことは伝える」
「僕から送ろうか?」
「俺が送る」
ルルーシュは正式版をスザクへ送信した。
しばらくして、端末に返事が届く。
出場競技と、提出前に配置変更が必要になった場合の候補競技を確認した。
変更可能な条件を学校へ確認した後、もう一度共有してほしい。
短い文章だった。
ルルーシュは了承とだけ返した。
平田が正式参加表へ番号を付ける。
作成日時。
変更日時。
確認した者。
提出予定の版。
「ここまで必要なの?」
櫛田が尋ねた。
「ランペルージ君が、どれが新しい表か分からなくならないようにした方がいいって」
平田が説明する。
「昨日の仮の表も残ってるもんね」
「古い方を見て連絡したら困るから」
「分かった。女子のみんなにも、正式版はこれだって伝えるね」
櫛田は自然に答えた。
ルルーシュは、参加表を確認した者の名前を自分の記録へ残す。
堀北。
平田。
櫛田。
ルルーシュ。
スザク。
直接全体を見せられた数名の生徒。
学校への提出前に、これだけの人間が内容を知っている。
情報を守るだけなら、共有する人数は少ない方がいい。
だが、四十二人分の競技、希望、体調を扱う以上、限界がある。
櫛田と平田を外せば、連絡の遅れと不満の増加が起きる。
理由もなく閲覧を制限すれば、自分たちは信用されていないのかという疑念を生む。
不自然な動きは、まだ何もない。
だから制限はしない。
代わりに、どの版を、誰が、いつ見たかだけを残す。
それ以上のことをする根拠はなかった。
「提出してくるわ」
堀北が正式参加表を開く。
「私も一緒に行こうか?」
櫛田が尋ねた。
「必要ないわ。提出だけなら一人で十分よ」
「そっか。分かった」
櫛田は気を悪くした様子もなく頷いた。
堀北は教室を出る。
ルルーシュは、提出時刻を記録した。
正式参加表が完成した。
これ以降に変更があれば、新しい版として残る。
誰かが古い表を使えば、それも痕跡になる。
ただし、その記録が必要になるとは、まだ証明されていなかった。
◇
櫛田は自分の端末に表示された正式参加表を確認していた。
提出された版と同じ番号。
四十二人分の出場競技と、団体競技の配置が並んでいる。
少し離れた席から、その姿を綾小路は眺めていた。
櫛田は一人ずつ希望を聞き、入力漏れを確認し、平田が拾い切れない意見を集めている。
クラスのために働く、親しみやすい生徒。
他の生徒から見れば、それ以外の姿を想像する理由はない。
綾小路だけは、別の顔を知っていた。
以前、誰もいないと思っていた場所で、櫛田が堀北への悪意を吐き出しているところへ居合わせた。
普段の笑顔からは想像できない言葉と表情。
その秘密を知られた櫛田は、綾小路を黙らせるための脅しまで用意した。
堀北鈴音を嫌っている。
同じ学校にいることを許せず、排除したがっている。
そこまでは、本人の口から聞いている。
櫛田の端末には、堀北がどの競技へ出るのか、須藤やスザクがどこへ置かれるのか、運動能力の低い生徒がどの競技へ参加するのかが記録されていた。
この情報を利用すれば、堀北個人だけでなく、堀北が決めた配置そのものを崩すことができる。
櫛田が実際にそうするとは限らない。
だが、動機はある。
外部の人間へ情報を渡すなら、相手は体育祭でDクラスと争い、配置情報を有効に使える人物になる。
最も可能性が高いのは、Cクラスの龍園だろう。
ただし、それは推測にすぎなかった。
櫛田が情報を外へ流した証拠はない。
見える範囲だけでも、正式参加表は堀北、平田、ルルーシュ、櫛田が扱っている。スザクにも最終版が送られていた。配置の相談を受けた生徒の中にも、表の一部を目にした者はいる。
ルルーシュが誰を閲覧者として記録したのか、綾小路は知らない。
共有者が複数いる以上、櫛田だけを制限しても情報流出を完全には防げない。根拠もなく彼女だけを遠ざければ、綾小路が本性を警戒していることを悟られる可能性もある。
今はまだ、誰かが動いた痕跡も、外部の協力者も確認できていない。
実際に情報が利用された形跡が出た後であれば、目的と相手を絞り込める。必要なら、その段階で介入すればいい。
堀北が内部の裏切りへどう向き合うかを見る意味もある。
だが、それだけを理由にクラスの損失を放置するつもりはなかった。
まだ、何も起きてはいない。
「綾小路君」
声をかけられ、顔を上げる。
櫛田が立っていた。
「提出された配置、これで大丈夫?」
端末には、綾小路が入力した競技が表示されている。
目立ちすぎず、下位へ沈みすぎない範囲。
昨日の記録から見ても、不自然ではない。
「ああ」
「団体競技は、どこでも大丈夫?」
「足を引っ張らないところなら」
「綾小路君なら大丈夫だよ」
「そうだといいな」
櫛田はいつもの調子で頷き、次の生徒のもとへ向かった。
少なくとも今は、クラスの希望を集める役割を正確に果たしている。
それと、堀北への敵意を持っていることは両立する。
人間の行動は、一つの目的だけで決まるものではなかった。
◇
その日の夜。
龍園の端末に、一件のファイルが届いた。
送り主は櫛田桔梗。
ファイル名には、一年Dクラス体育祭参加表の文字がある。
龍園は椅子へ深く腰掛けたまま、送られてきた表を開いた。
四十二人の名前。
出場予定競技。
推薦競技の候補。
団体競技の構成。
提出された版を示す番号と作成日時。
仮の希望表ではない。
学校へ提出された正式な配置だった。
龍園は須藤健の名前を追う。
短距離走。
騎馬戦。
リレー。
予想どおり、Dクラスの主要な得点源として複数の競技へ置かれている。
次に、枢木スザク。
須藤ほど出場数は多くない。
短距離でも須藤に近い記録を出したと聞いているが、全ての枠を埋めてはいなかった。
堀北鈴音は、女子の複数競技へ名前を連ねている。
自分と須藤へ負担を集め、スザクには余白を残す配置。
「随分と分かりやすいじゃねえか」
龍園は櫛田へ通話を発信した。
数回の呼び出し音の後、接続される。
『送ったよ』
「見りゃ分かる」
『これで約束は守ったから』
「何の話だ?」
一瞬の沈黙。
『龍園君』
「冗談だ。そう怒るなよ」
『怒ってないよ』
声は普段と変わらない。
それが本心かどうかは、龍園には関係なかった。
「堀北は随分と出るみてえだな」
『鈴音ちゃんは勝つつもりだから』
「自分が勝てば、クラスも勝てると思ってる顔だ」
『それで、どうするの?』
「何がだ」
『参加する生徒が分かれば、配置を合わせられるんでしょ?』
「お前は、須藤や枢木に勝てる奴をぶつけると思ってんのか?」
『違うの?』
龍園は笑った。
「須藤に勝てる奴を探して、そいつまで消耗させる。枢木がどこまで動けるかも分からねえ。そんな面倒なことをする必要があるか?」
『じゃあ、情報を渡した意味がないじゃない』
「逆だ。全部分かってるから、戦う必要がねえ」
龍園は須藤が出場する競技を確認する。
そのすべてへ主力を当てる必要はない。
勝利期待の低い生徒を出せばいい。
須藤が一位を取っても、Dクラスが得られる順位は一つだけだ。
Cクラスの主力は、別の競技へ回せる。
「須藤が出る場所には、他で点を取れねえ奴を出す」
『最初から負けさせるの?』
「負ける場所を決めるだけだ。そいつらを別へ出しても勝てねえなら、同じことだろ」
『でも、Dクラスは一位を取るよ』
「取らせりゃいい」
龍園は、Dクラスの下位の記録を持つ生徒たちへ目を移す。
須藤やスザクと正面から争わなくても、総合順位は動かせる。
一位を取る生徒へ一位を与える。
その代わり、他の生徒を二位、三位、四位へ沈める。
Dクラスの弱い生徒へ、Cクラスの最強を当てる必要もない。
僅かに速い。
僅かに力がある。
団体競技で少しだけ連携に慣れている。
確実に一つ上の順位を取れる生徒を選べばいい。
「一位を取れる奴には、一位を取らせる。その代わり、他の連中を全部沈める」
『鈴音ちゃんは?』
「こいつは別だ」
龍園は堀北の名前が並ぶ競技を確認する。
『何をするつもり?』
「お前が知る必要はねえよ」
『約束と違うことはしないでね』
「お前との約束は、堀北を学校から消すことだろ?」
『私まで巻き込まないでって言ってるの』
「心配すんな。お前は善良なクラスメイトのままでいりゃいい」
櫛田から返事はない。
通話が切れたわけではなかった。
「怖くなったか?」
『確認してるだけ』
「安心しろ。俺は使える奴を、すぐには捨てねえ」
少し間を置いて、櫛田が答える。
『それならいいよ』
「ああ」
龍園は、改めて参加表を見る。
須藤は予想どおりだ。
堀北も、自分を使い潰すつもりでいる。
その中で、スザクの配置だけが少し異なっていた。
強い生徒なら、通常は可能な限り前へ出す。
だが、スザクの出場枠には余白がある。
「枢木は少し違うな」
『何が?』
「強い奴を全部前へ出すかと思ったが、途中に空白を作ってやがる」
『空白?』
「提出までの調整に使ったか、団体競技の役割変更へ残したか。学校が認める範囲で、何か起きた時に動かす余地を作ってやがる」
『ランペルージ君が考えたみたいだよ』
「あいつか」
船上試験で、Dクラスの複数のグループへ働きかけていた生徒。
表に立ち続けるわけではない。
だが、他人へ役割を与え、情報の流れを整えようとする。
今回も、須藤とスザクを同じ得点源としては扱わなかった。
「なら、少し見てやるか」
『何を?』
「こっちが参加表を知ってると、いつ気づくかだよ」
『気づかれたら困るんだけど』
「お前が渡した証拠があるわけじゃねえ」
『本当に?』
「閲覧した奴は何人もいる。送信記録でも見られねえ限り、誰が漏らしたかまでは分からねえよ」
『……そう』
龍園は参加表を閉じた。
誰に勝つかではない。
どこで負けさせるか。
誰へ力を使わせ、誰を守れなくするか。
強者が二人増えた程度で、クラス全体が強くなるわけではない。
「強い奴に勝つ必要はねえ。弱いところから全部取ればいい」