反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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勝つための配置

 翌日のホームルームで配布された資料には、体育祭で実施される競技と、それぞれの参加条件が記載されていた。

 

 短距離走、障害物競走、綱引き、騎馬戦、リレー。

 

 個人の能力だけで結果が決まるものもあれば、複数人の動きが噛み合わなければ勝てないものもある。

 

 全員が参加する通常競技とは別に、クラス内で選抜した生徒を出場させる推薦競技も用意されていた。

 

 競技ごとに人数が定められ、一人の生徒へ割り当てられる出場枠にも限りがある。

 

 昨日まで仮の希望だけが書き込まれていた共有表へ、正式な競技名が追加された。

 

「それじゃあ、希望を確認していこう」

 

 平田が教卓の前に立つ。

 

 黒板には競技名と必要人数が書かれ、その横で堀北が端末を操作していた。

 

 櫛田は、まだ希望を入力していない生徒の席を回っている。

 

「池君、障害物競走でいいんだよね?」

 

「おう。普通に走るより、何かあった方が逆転できそうだし」

 

「その何かに引っかかる可能性は考えないの?」

 

 堀北が画面から顔を上げずに言う。

 

「始まる前から負ける前提で考えるなよ」

 

「あなたが得意だと言っていた短距離走の記録は、昨日確認したでしょう」

 

「あれは調子が悪かった」

 

「三回とも?」

 

「体育祭では違う」

 

「根拠がないわね」

 

「何で俺にだけ厳しいんだよ!」

 

「まあまあ」

 

 平田が苦笑しながら二人の間に入る。

 

「池君は障害物競走を第一希望にしておこう。競技の詳しい内容も確認しながら、必要なら調整すればいいよ」

 

「最初からそう言ってくれればいいんだよ」

 

「平田君は甘すぎるわ」

 

「堀北さんが厳しすぎるんだと思うけど……」

 

 池の呟きに、堀北が顔を上げる。

 

 視線を向けられた池は、すぐに端末へ顔を落とした。

 

 教室の前方では、昨日より具体的な話し合いが進んでいた。

 

 誰がどの競技を希望するのか。

 

 過去に経験したことがあるのか。

 

 得意であっても、前後の競技との間隔が短すぎないか。

 

 同じ生徒へ負担が集中していないか。

 

 平田が希望を聞き、堀北が記録と照らし合わせる。

 

 二人が作った仮の配置を、ルルーシュが自分の端末で確認していた。

 

「須藤君は短距離走とリレー、騎馬戦を希望しているのね」

 

「綱引きにも出る」

 

 須藤は即答した。

 

「全部勝てるからな」

 

「出場枠の上限を超えるわ」

 

「なら、勝てる競技を優先すりゃいいだろ」

 

「その選別をしているところよ」

 

「俺を休ませて負ける配置だけはやめろよ」

 

「それは記録と競技順を見て判断するわ」

 

 堀北が端末へ指を滑らせる。

 

 須藤の名前は、すでに複数の競技へ入力されていた。

 

 昨日の計測結果だけを見れば、須藤へ多くの出場機会を与える判断は間違っていない。

 

 短距離ではクラス内一位。

 

 跳躍や投擲でも上位。

 

 体格を生かせる団体競技でも戦力になる。

 

「須藤君には、得点を狙えるところへできるだけ出てもらった方がいいと思う」

 

 平田が言った。

 

「ただ、競技の間隔と団体練習の時間は考えないといけない」

 

「練習ならやる」

 

「須藤君一人の練習じゃないよ。周りの人とも時間を合わせる必要があるから」

 

「だったら合わせればいいだろ」

 

 何人かの生徒が顔を見合わせる。

 

 須藤に悪意はない。

 

 自分が勝つ。

 

 そのために必要なら練習する。

 

 本人の中では、単純で分かりやすい話だった。

 

 だが、同じ競技へ出る全員が、須藤と同じ時間と熱量を注げるわけではない。

 

「須藤」

 

 スザクが呼んだ。

 

「何だよ」

 

「出場数を増やすことには、僕も賛成だよ」

 

「ほら見ろ」

 

「でも、全部へ出る必要はないと思う」

 

「お前まで堀北と同じこと言うのか?」

 

「須藤が一位を狙える競技へ集中した方が、最後まで力を残せるだろ」

 

「俺は疲れねえ」

 

「そこは、あとで本人の意見も含めて決めればいい」

 

 平田が話を区切った。

 

「まずは、須藤君と枢木君をどう使い分けるかを考えよう」

 

 教室の視線がスザクへ集まる。

 

 昨日、須藤に僅差で敗れた生徒。

 

 クラスの大半は、スザクが須藤に次ぐ運動能力を持っていると認識していた。

 

「枢木も多く出せばいいだろ」

 

 須藤が言う。

 

「俺と別の競技に出て、両方勝てばいい」

 

「簡単に言うね」

 

 スザクは苦笑した。

 

「スザクを須藤と同じ使い方にする必要はない」

 

 ルルーシュが口を挟む。

 

「同じ使い方?」

 

 堀北が尋ねた。

 

「須藤は、一位を取りに行く競技へ集中させる」

 

「だから、俺ならどれでも――」

 

「全てではない」

 

 ルルーシュが遮る。

 

「勝率と得点価値が高い場所だ。お前が出なくても順位を維持できる競技へ使えば、得られる点以上に疲労が残る」

 

「相手が誰でも、俺が出た方が順位は上がるだろ」

 

「一つの競技だけを見ればな。その後の競技まで含めて考える必要がある」

 

「可能性の話ばっかりだな」

 

「配置とはそういうものだ」

 

 須藤は納得していない。

 

 だが、自分を評価されていないとは感じていないらしい。

 

 腕を組み、黒板へ視線を戻した。

 

「では、枢木君は?」

 

 堀北が尋ねる。

 

「複数の競技へ出す。ただし、全ての枠を埋めない」

 

「得点できる生徒を余らせるの?」

 

「余らせるのではない。対応範囲を残す」

 

 ルルーシュは、スザクの名前が入力された競技を見る。

 

「枢木は競技への適応が速い。短距離、持久力、力を使う競技の全てで上位へ入れる。団体競技でも、周囲の動きを見て役割を変えられる」

 

「それなら、なおさら得点源として集中させるべきでしょう」

 

「提出までに体調不良や怪我が出れば、配置を組み直す必要がある。練習中に団体競技の役割が合わないと分かる場合もある」

 

 ルルーシュは競技表を指した。

 

「当日の変更がどこまで認められるかは、茶柱へ確認する。それでも、全競技へ疲労した生徒しか残っていなければ、対応の選択肢は減る」

 

「僕を予備にするのか?」

 

 スザクが尋ねた。

 

 教室の空気が僅かに変わる。

 

 以前なら、スザクはそのまま受け入れていたかもしれない。

 

 ルルーシュも、説明を求められるとは考えず、配置だけを告げていた。

 

 今は違う。

 

「予備だけではない。出場する競技では得点を取ってもらう」

 

「それ以外では、配置を変える必要が出た時に備える?」

 

「そうだ」

 

「僕である理由は?」

 

「複数の能力が高く、団体競技でも役割を選ばないからだ」

 

 ルルーシュは答えた。

 

「特定の競技へ合わせた練習が不足していても、一定以上の結果を期待できる。誰かが欠けた時、最も多くの配置案を残せるのがお前だ」

 

「僕が最初から出れば取れる点を、捨てることにはならない?」

 

「捨てる競技は選ばない。お前が出なければ大きく順位が落ちる場所には置く」

 

「どの枠を残すかは?」

 

「競技順と、他の生徒の適性を見て決める」

 

「僕以外の候補は?」

 

「作る。お前一人へ対応を預けるつもりはない」

 

 スザクは少し考えた。

 

「変更できる範囲も確認するんだね?」

 

「ああ」

 

「分かった。それなら異論はない」

 

「何で枢木にはそんなに説明すんだよ」

 

 須藤が不満そうに言う。

 

「お前も理由を聞けば説明する」

 

「俺は聞いてただろ」

 

「自分が全部へ出るという主張しかしていない」

 

「聞く必要がねえからだ。勝てばいい」

 

「なら説明も必要ないだろう」

 

「何かムカつくな、お前!」

 

「落ち着いて、須藤君」

 

 スザクが笑いながら須藤の肩を押さえた。

 

「僕も須藤君が中心になることには賛成してるよ」

 

「だったら俺の枠を減らすな」

 

「減らすんじゃなくて、勝てるところに残すんだろ?」

 

「同じじゃねえか」

 

「たぶん違うよ」

 

「何でお前が分かってねえんだよ」

 

 教室に小さな笑いが起こる。

 

 張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

 

 堀北は二人の名前を複数の競技へ入力する。

 

 須藤は、個人競技と団体競技の中心。

 

 スザクは得点源でありながら、すべての枠を埋めずに調整の余地を残す。

 

「女子はどうする?」

 

 佐藤が尋ねた。

 

「堀北さんと小野寺さんへ集中させるの?」

 

「基本的にはそうなるわ」

 

 堀北は自分の名前を、複数の競技へ入力した。

 

「私と小野寺さんが、現時点で最も上位を狙いやすい」

 

「堀北さん、自分もかなり多くない?」

 

 小野寺が画面を覗き込む。

 

「必要な範囲よ」

 

「競技が続いてるところもあるけど」

 

「男子だけ負担を分散させて、女子の得点を落とすわけにはいかないわ」

 

「堀北」

 

 ルルーシュが呼ぶ。

 

「何?」

 

「上限を決めろ」

 

「学校から定められた上限は超えていないわ」

 

「規則上の上限ではない。お前自身の上限だ」

 

「私の体力は、私が一番分かっている」

 

「須藤も同じことを言っている」

 

 堀北の目が細くなる。

 

「私と須藤君を同じにしないで」

 

「自分の自己評価を根拠に、負担を集中させている点は同じだ」

 

「昨日の記録を見たでしょう」

 

「短時間の計測と、一日を通した体育祭は違う」

 

「その理屈なら、誰も信用できないわ」

 

「信用の話ではない。損失の話だ」

 

「あなたは、私が怪我をすると考えているの?」

 

「怪我をしないと断定できるのか」

 

 堀北は答えなかった。

 

 ルルーシュも、それ以上強くは言わない。

 

 堀北は須藤へ負担を集中させる危険を理解している。

 

 他者の希望や体調を確認する必要性にも同意している。

 

 それでも、勝つために必要だと判断すれば、自分自身へ負担を集めることには迷いがなかった。

 

「女子の配置は、今日中にもう一度確認するわ」

 

 堀北が言った。

 

「小野寺さんの希望も聞いたうえで、競技間隔を調整する」

 

「自分の出場数も含めて?」

 

 平田が念を押す。

 

「含めるわ」

 

 完全に減らすとは言わなかった。

 

 ルルーシュは、その返答を記憶した。

 

    ◇

 

 話し合いは、全員が納得する形では進まなかった。

 

 勝ちやすい生徒を優先すれば、自分の希望が通らない生徒が出る。

 

 希望を優先すれば、記録上は不利な配置になる。

 

 団体競技では、一人の意見だけで参加を決められない。

 

「俺、騎馬戦がいい」

 

 山内が言う。

 

「何で?」

 

 池が尋ねる。

 

「何か目立ちそうじゃん」

 

「下になったら見えないだろ」

 

「上に乗ればいい」

 

「落ちるぞ」

 

「お前よりはバランスいい」

 

「昨日の計測、俺の方が上だっただろ」

 

「短距離だけだろ!」

 

 二人の言い争いを、平田が止める。

 

「騎馬戦は複数人で動くから、個人の希望だけじゃ決められないよ。体格や相性も見よう」

 

「俺、上がいい」

 

「それも決まってからね」

 

「池君は?」

 

「俺は下でいい。落ちたくないし」

 

「下の方が踏まれる可能性あるぞ」

 

「やっぱり出ない」

 

「希望を変えるなら、表も直すよ」

 

 平田は一人ずつ意見を聞いていた。

 

 断る時も、記録が低いからとは言わない。

 

 他の競技との兼ね合い。

 

 団体の構成。

 

 本人が得点を取りやすい場所。

 

 代わりに選べる競技。

 

 言葉を選ぶことで、配置から外された生徒も、すぐに反発することはなかった。

 

「平田君、幸村君がまだ入力してないみたい」

 

 櫛田が端末を見ながら言う。

 

「本人には聞いた?」

 

「運動は得意じゃないから、どこでもいいって」

 

「それが一番困るんだよね」

 

「私からもう一度聞いてみようか?」

 

「お願いできる?」

 

「うん」

 

 櫛田は幸村の席へ向かう。

 

 少し話した後、幸村は端末を操作し始めた。

 

 放課後までに、参加表はほぼ完成した。

 

 希望が重なった競技は平田が調整し、記録上の不利が大きい部分は堀北が変更した。

 

 ルルーシュは、競技の順番と参加者の組み合わせを確認する。

 

「ここは変えろ」

 

 端末の一箇所を指す。

 

「どうして?」

 

 堀北が尋ねた。

 

「騎馬戦とリレーの間隔が短い。須藤を両方の中心へ置けば、休む時間が少ない」

 

「本人は問題ないと言っているわ」

 

「本人の自己評価をそのまま採用するなら、昨日の計測は必要なかった」

 

「代わりは?」

 

「騎馬戦の配置を変える。須藤の代わりに体格のある生徒を下へ入れ、上へ乗る者の判断力を優先する」

 

「得点力が落ちるわ」

 

「リレーまで含めれば、その方が損失は少ない」

 

「絶対に?」

 

「絶対ではない」

 

「なら、須藤君を外す理由にはならないわ」

 

「須藤が疲労しない保証もない」

 

 二人の視線がぶつかる。

 

「ちょっと待って」

 

 平田が声をかけた。

 

「須藤君本人にも聞こう」

 

「答えは分かっている」

 

 ルルーシュが言う。

 

「それでも、本人へ説明は必要だよ」

 

「説明しても結論は変わらない」

 

「変わらなくても、聞かずに決めるのとは違うと思う」

 

 ルルーシュは平田を見る。

 

 平田は、ルルーシュとスザクの間で何があったのかを詳しく知らない。

 

 それでも、本人の希望を確認するという判断は変わらなかった。

 

「呼んでくるよ」

 

 平田が須藤のもとへ向かう。

 

 その背を見送りながら、堀北が言った。

 

「反対しないのね」

 

「何にだ」

 

「本人へ聞くことに」

 

「聞くこと自体に損失はない」

 

「答えは分かっているのでしょう?」

 

「ああ」

 

「それでも聞くの?」

 

 ルルーシュは一瞬黙った。

 

「予測した答えと、本人が出した答えは同じではない」

 

 堀北が僅かに目を見開く。

 

 何かを尋ねようとした時、平田が須藤を連れて戻ってきた。

 

「何だよ。まだ終わってねえのか?」

 

「騎馬戦とリレーの間隔について話したい」

 

 平田が説明する。

 

 須藤は最後まで聞いた後、迷わず答えた。

 

「両方出る」

 

「両方へ出るなら条件がある」

 

 ルルーシュが別の配置を表示する。

 

「騎馬戦では、一人で全てを倒そうとするな。周囲と役割を合わせる。練習時間は平田が管理し、リレーへ影響が出ると判断した場合は配置を再検討する」

 

「俺なら両方勝てる」

 

「勝てる可能性を残すための条件だ。騎馬戦で無理をして動けなくなれば、リレーの順位まで落ちる」

 

「怪我なんかしねえよ」

 

「しないことを条件にはできない」

 

 須藤が眉を寄せる。

 

「騎馬戦で得る点と、リレーで失う可能性のある点を比べれば、無制限に動かせない。条件を受け入れないなら、どちらか一方へ絞る」

 

「……周りと合わせりゃいいんだろ」

 

「本当に?」

 

 平田が確認する。

 

「ああ。勝手に突っ込まなきゃいいんだろ」

 

「騎馬戦のメンバーとも、先に動きを決めよう」

 

「分かったよ」

 

 須藤は不満そうだったが、拒否はしなかった。

 

「その代わり、リレーは外すなよ」

 

「その予定はない」

 

「絶対だぞ」

 

 須藤は念を押して戻っていった。

 

 堀北が配置を確定する。

 

「結局、両方へ出すのね」

 

「本人が条件を受け入れた」

 

「答えは最初から分かっていたでしょう」

 

「両方へ出たいことはな。条件を受け入れるかまでは、聞かなければ分からない」

 

 堀北は何も言わなかった。

 

 端末へ視線を戻し、須藤の名前の横へ注意事項を書き加える。

 

 それでも、須藤と自分へ多くの出場枠を割り当てる方針は変えない。

 

 勝つためには必要だと考えている。

 

 ルルーシュも、その判断を完全には否定できなかった。

 

 得点を伸ばすには、強者へ負担を集める必要がある。

 

 問題は、その負担が限界を超える瞬間を誰が見極めるかだった。

 

「これで正式版にするよ」

 

 平田が全体を確認する。

 

「まだ体調や事情が変わったら、提出前に修正するけど、今の参加表はこれでいいかな」

 

「異論はないわ」

 

 堀北が答える。

 

「ランペルージ君は?」

 

「現時点ではな」

 

「枢木君にも確認してもらう?」

 

 平田の問いに、ルルーシュはスザクを見る。

 

 スザクは少し離れた場所で、須藤と騎馬戦のメンバーについて話していた。

 

「枢木が関わる配置については、すでに説明した」

 

「そうなんだ」

 

「ただし、最終版が変わったことは伝える」

 

「僕から送ろうか?」

 

「俺が送る」

 

 ルルーシュは正式版をスザクへ送信した。

 

 しばらくして、端末に返事が届く。

 

 出場競技と、提出前に配置変更が必要になった場合の候補競技を確認した。

 

 変更可能な条件を学校へ確認した後、もう一度共有してほしい。

 

 短い文章だった。

 

 ルルーシュは了承とだけ返した。

 

 平田が正式参加表へ番号を付ける。

 

 作成日時。

 

 変更日時。

 

 確認した者。

 

 提出予定の版。

 

「ここまで必要なの?」

 

 櫛田が尋ねた。

 

「ランペルージ君が、どれが新しい表か分からなくならないようにした方がいいって」

 

 平田が説明する。

 

「昨日の仮の表も残ってるもんね」

 

「古い方を見て連絡したら困るから」

 

「分かった。女子のみんなにも、正式版はこれだって伝えるね」

 

 櫛田は自然に答えた。

 

 ルルーシュは、参加表を確認した者の名前を自分の記録へ残す。

 

 堀北。

 

 平田。

 

 櫛田。

 

 ルルーシュ。

 

 スザク。

 

 直接全体を見せられた数名の生徒。

 

 学校への提出前に、これだけの人間が内容を知っている。

 

 情報を守るだけなら、共有する人数は少ない方がいい。

 

 だが、四十二人分の競技、希望、体調を扱う以上、限界がある。

 

 櫛田と平田を外せば、連絡の遅れと不満の増加が起きる。

 

 理由もなく閲覧を制限すれば、自分たちは信用されていないのかという疑念を生む。

 

 不自然な動きは、まだ何もない。

 

 だから制限はしない。

 

 代わりに、どの版を、誰が、いつ見たかだけを残す。

 

 それ以上のことをする根拠はなかった。

 

「提出してくるわ」

 

 堀北が正式参加表を開く。

 

「私も一緒に行こうか?」

 

 櫛田が尋ねた。

 

「必要ないわ。提出だけなら一人で十分よ」

 

「そっか。分かった」

 

 櫛田は気を悪くした様子もなく頷いた。

 

 堀北は教室を出る。

 

 ルルーシュは、提出時刻を記録した。

 

 正式参加表が完成した。

 

 これ以降に変更があれば、新しい版として残る。

 

 誰かが古い表を使えば、それも痕跡になる。

 

 ただし、その記録が必要になるとは、まだ証明されていなかった。

 

    ◇

 

 櫛田は自分の端末に表示された正式参加表を確認していた。

 

 提出された版と同じ番号。

 

 四十二人分の出場競技と、団体競技の配置が並んでいる。

 

 少し離れた席から、その姿を綾小路は眺めていた。

 

 櫛田は一人ずつ希望を聞き、入力漏れを確認し、平田が拾い切れない意見を集めている。

 

 クラスのために働く、親しみやすい生徒。

 

 他の生徒から見れば、それ以外の姿を想像する理由はない。

 

 綾小路だけは、別の顔を知っていた。

 

 以前、誰もいないと思っていた場所で、櫛田が堀北への悪意を吐き出しているところへ居合わせた。

 

 普段の笑顔からは想像できない言葉と表情。

 

 その秘密を知られた櫛田は、綾小路を黙らせるための脅しまで用意した。

 

 堀北鈴音を嫌っている。

 

 同じ学校にいることを許せず、排除したがっている。

 

 そこまでは、本人の口から聞いている。

 

 櫛田の端末には、堀北がどの競技へ出るのか、須藤やスザクがどこへ置かれるのか、運動能力の低い生徒がどの競技へ参加するのかが記録されていた。

 

 この情報を利用すれば、堀北個人だけでなく、堀北が決めた配置そのものを崩すことができる。

 

 櫛田が実際にそうするとは限らない。

 

 だが、動機はある。

 

 外部の人間へ情報を渡すなら、相手は体育祭でDクラスと争い、配置情報を有効に使える人物になる。

 

 最も可能性が高いのは、Cクラスの龍園だろう。

 

 ただし、それは推測にすぎなかった。

 

 櫛田が情報を外へ流した証拠はない。

 

 見える範囲だけでも、正式参加表は堀北、平田、ルルーシュ、櫛田が扱っている。スザクにも最終版が送られていた。配置の相談を受けた生徒の中にも、表の一部を目にした者はいる。

 

 ルルーシュが誰を閲覧者として記録したのか、綾小路は知らない。

 

 共有者が複数いる以上、櫛田だけを制限しても情報流出を完全には防げない。根拠もなく彼女だけを遠ざければ、綾小路が本性を警戒していることを悟られる可能性もある。

 

 今はまだ、誰かが動いた痕跡も、外部の協力者も確認できていない。

 

 実際に情報が利用された形跡が出た後であれば、目的と相手を絞り込める。必要なら、その段階で介入すればいい。

 

 堀北が内部の裏切りへどう向き合うかを見る意味もある。

 

 だが、それだけを理由にクラスの損失を放置するつもりはなかった。

 

 まだ、何も起きてはいない。

 

「綾小路君」

 

 声をかけられ、顔を上げる。

 

 櫛田が立っていた。

 

「提出された配置、これで大丈夫?」

 

 端末には、綾小路が入力した競技が表示されている。

 

 目立ちすぎず、下位へ沈みすぎない範囲。

 

 昨日の記録から見ても、不自然ではない。

 

「ああ」

 

「団体競技は、どこでも大丈夫?」

 

「足を引っ張らないところなら」

 

「綾小路君なら大丈夫だよ」

 

「そうだといいな」

 

 櫛田はいつもの調子で頷き、次の生徒のもとへ向かった。

 

 少なくとも今は、クラスの希望を集める役割を正確に果たしている。

 

 それと、堀北への敵意を持っていることは両立する。

 

 人間の行動は、一つの目的だけで決まるものではなかった。

 

    ◇

 

 その日の夜。

 

 龍園の端末に、一件のファイルが届いた。

 

 送り主は櫛田桔梗。

 

 ファイル名には、一年Dクラス体育祭参加表の文字がある。

 

 龍園は椅子へ深く腰掛けたまま、送られてきた表を開いた。

 

 四十二人の名前。

 

 出場予定競技。

 

 推薦競技の候補。

 

 団体競技の構成。

 

 提出された版を示す番号と作成日時。

 

 仮の希望表ではない。

 

 学校へ提出された正式な配置だった。

 

 龍園は須藤健の名前を追う。

 

 短距離走。

 

 騎馬戦。

 

 リレー。

 

 予想どおり、Dクラスの主要な得点源として複数の競技へ置かれている。

 

 次に、枢木スザク。

 

 須藤ほど出場数は多くない。

 

 短距離でも須藤に近い記録を出したと聞いているが、全ての枠を埋めてはいなかった。

 

 堀北鈴音は、女子の複数競技へ名前を連ねている。

 

 自分と須藤へ負担を集め、スザクには余白を残す配置。

 

「随分と分かりやすいじゃねえか」

 

 龍園は櫛田へ通話を発信した。

 

 数回の呼び出し音の後、接続される。

 

『送ったよ』

 

「見りゃ分かる」

 

『これで約束は守ったから』

 

「何の話だ?」

 

 一瞬の沈黙。

 

『龍園君』

 

「冗談だ。そう怒るなよ」

 

『怒ってないよ』

 

 声は普段と変わらない。

 

 それが本心かどうかは、龍園には関係なかった。

 

「堀北は随分と出るみてえだな」

 

『鈴音ちゃんは勝つつもりだから』

 

「自分が勝てば、クラスも勝てると思ってる顔だ」

 

『それで、どうするの?』

 

「何がだ」

 

『参加する生徒が分かれば、配置を合わせられるんでしょ?』

 

「お前は、須藤や枢木に勝てる奴をぶつけると思ってんのか?」

 

『違うの?』

 

 龍園は笑った。

 

「須藤に勝てる奴を探して、そいつまで消耗させる。枢木がどこまで動けるかも分からねえ。そんな面倒なことをする必要があるか?」

 

『じゃあ、情報を渡した意味がないじゃない』

 

「逆だ。全部分かってるから、戦う必要がねえ」

 

 龍園は須藤が出場する競技を確認する。

 

 そのすべてへ主力を当てる必要はない。

 

 勝利期待の低い生徒を出せばいい。

 

 須藤が一位を取っても、Dクラスが得られる順位は一つだけだ。

 

 Cクラスの主力は、別の競技へ回せる。

 

「須藤が出る場所には、他で点を取れねえ奴を出す」

 

『最初から負けさせるの?』

 

「負ける場所を決めるだけだ。そいつらを別へ出しても勝てねえなら、同じことだろ」

 

『でも、Dクラスは一位を取るよ』

 

「取らせりゃいい」

 

 龍園は、Dクラスの下位の記録を持つ生徒たちへ目を移す。

 

 須藤やスザクと正面から争わなくても、総合順位は動かせる。

 

 一位を取る生徒へ一位を与える。

 

 その代わり、他の生徒を二位、三位、四位へ沈める。

 

 Dクラスの弱い生徒へ、Cクラスの最強を当てる必要もない。

 

 僅かに速い。

 

 僅かに力がある。

 

 団体競技で少しだけ連携に慣れている。

 

 確実に一つ上の順位を取れる生徒を選べばいい。

 

「一位を取れる奴には、一位を取らせる。その代わり、他の連中を全部沈める」

 

『鈴音ちゃんは?』

 

「こいつは別だ」

 

 龍園は堀北の名前が並ぶ競技を確認する。

 

『何をするつもり?』

 

「お前が知る必要はねえよ」

 

『約束と違うことはしないでね』

 

「お前との約束は、堀北を学校から消すことだろ?」

 

『私まで巻き込まないでって言ってるの』

 

「心配すんな。お前は善良なクラスメイトのままでいりゃいい」

 

 櫛田から返事はない。

 

 通話が切れたわけではなかった。

 

「怖くなったか?」

 

『確認してるだけ』

 

「安心しろ。俺は使える奴を、すぐには捨てねえ」

 

 少し間を置いて、櫛田が答える。

 

『それならいいよ』

 

「ああ」

 

 龍園は、改めて参加表を見る。

 

 須藤は予想どおりだ。

 

 堀北も、自分を使い潰すつもりでいる。

 

 その中で、スザクの配置だけが少し異なっていた。

 

 強い生徒なら、通常は可能な限り前へ出す。

 

 だが、スザクの出場枠には余白がある。

 

「枢木は少し違うな」

 

『何が?』

 

「強い奴を全部前へ出すかと思ったが、途中に空白を作ってやがる」

 

『空白?』

 

「提出までの調整に使ったか、団体競技の役割変更へ残したか。学校が認める範囲で、何か起きた時に動かす余地を作ってやがる」

 

『ランペルージ君が考えたみたいだよ』

 

「あいつか」

 

 船上試験で、Dクラスの複数のグループへ働きかけていた生徒。

 

 表に立ち続けるわけではない。

 

 だが、他人へ役割を与え、情報の流れを整えようとする。

 

 今回も、須藤とスザクを同じ得点源としては扱わなかった。

 

「なら、少し見てやるか」

 

『何を?』

 

「こっちが参加表を知ってると、いつ気づくかだよ」

 

『気づかれたら困るんだけど』

 

「お前が渡した証拠があるわけじゃねえ」

 

『本当に?』

 

「閲覧した奴は何人もいる。送信記録でも見られねえ限り、誰が漏らしたかまでは分からねえよ」

 

『……そう』

 

 龍園は参加表を閉じた。

 

 誰に勝つかではない。

 

 どこで負けさせるか。

 

 誰へ力を使わせ、誰を守れなくするか。

 

 強者が二人増えた程度で、クラス全体が強くなるわけではない。

 

「強い奴に勝つ必要はねえ。弱いところから全部取ればいい」

 

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