反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
体育祭当日の校庭は、普段よりも狭く見えた。
赤と白に分かれたテント。
競技開始を待つ生徒たち。
グラウンドを囲むように立てられた得点板と、進行表を確認する教員。
同じ制服を着ていた生徒たちは、今日だけは腕へ巻いた色で敵と味方に分けられている。
「最終確認をするわよ」
赤組側の待機場所で、堀北がDクラスの生徒を見渡した。
「招集時間に遅れないこと。自分の競技だけではなく、次の競技との間隔も確認して。団体競技の集合場所は個人競技とは違うから、間違えないように」
「分かってるって」
須藤は腕を回しながら答えた。
落ち着きなく動いているようにも見えるが、緊張しているわけではない。
早く競技を始めたいのだろう。
「最初から飛ばし過ぎないでね、須藤君」
平田が声をかける。
「短距離で一位を取っても、その後の競技に影響が出たら意味がないから」
「俺が百メートル程度で疲れるかよ」
「疲労の有無を決めるのは、競技が終わった後だ」
ルルーシュは手元の端末から視線を上げなかった。
「今のお前が決めることではない」
「朝からうるせえな。勝てばいいんだろ、勝てば」
「条件を守ったうえでな」
「分かってるよ」
須藤は不満そうに言いながらも、それ以上は反論しなかった。
騎馬戦では一人だけ突出しない。
練習と競技の間隔を平田に管理させる。
後半へ影響が出るようなら、無理に自分だけで取り返そうとしない。
事前に確認した条件を、少なくとも無視するつもりはないらしい。
少し離れた場所では、スザクが自分の出場予定を確認していた。
「今のところ変更はない?」
「ああ」
ルルーシュが答える。
「お前の最初の役割は、予定どおりだ。勝てる範囲で勝て。限界を見せる必要はない」
「勝てる範囲って、曖昧だな」
「周囲へ怪我をさせず、一位を取れる範囲だ」
「それなら分かる」
スザクは頷いた。
以前なら、ルルーシュは「抑えろ」の一言で済ませていたかもしれない。
スザクも理由を尋ねず、その意図を推測して走っただろう。
今は違う。
何のために抑えるのか。
どこまでは許されるのか。
短いやり取りであっても、その確認を挟んでいる。
開始を告げる放送が流れた。
最初の個人競技へ出場する生徒たちが、招集場所へ向かい始める。
須藤は振り返りもせず、グラウンドへ歩いていった。
◇
号砲と同時に、須藤の身体が前へ弾けた。
走るというより、地面を後ろへ押し飛ばしている。
最初の数歩で他の走者を引き離し、その差は最後まで縮まらなかった。
「よっしゃあ!」
ゴールを越えた須藤が、赤組側へ向けて拳を上げる。
Dクラスの待機場所から歓声が上がった。
池と山内が立ち上がり、平田も笑顔で拍手を送っている。
「やっぱり須藤君はすごいね」
櫛田が嬉しそうに言った。
堀北は得点板を確認しながら、当然だという顔をしている。
「この程度は取ってもらわなければ困るわ」
「もう少し喜んでやればいいだろ」
「予定どおりの結果を出したことは評価しているわ」
「それを喜んでねえって言うんだよ」
戻ってきた須藤が不満を漏らす。
だが、その口元には笑みがあった。
一位を取った。
自分の得点がクラスへ加算された。
今の須藤にとって、それ以上に分かりやすい結果はない。
次の組では、スザクが走った。
開始直後、隣の走者がわずかに体勢を崩した。
スザクはそのまま直進すれば、相手の進路と重なる位置にいた。
けれど、半歩だけ外へずれた。
速度を落としたようには見えない。
それでも接触を避け、残りの距離で再び前へ出る。
差は大きくなかった。
最後に必要な分だけ加速して、一位でゴールする。
「枢木も一位かよ……」
「須藤君とほとんど変わらなくない?」
「無人島で力があるのは知ってたけど、走るのも速かったんだな」
クラスメイトの声が重なる。
スザクは歓声へ小さく手を上げると、転びかけた走者の方を先に振り返った。
相手が問題なく立っていることを確認してから、Dクラスの待機場所へ戻ってくる。
「余計な動きが一つあったな」
ルルーシュが言った。
「接触を避けるためだ」
「責めてはいない。一位を失わなかったのなら、それでいい」
「なら、最初からそう言ってくれ」
スザクは苦笑した。
須藤とスザクが、それぞれ一位を取った。
序盤だけを見れば、Dクラスの出だしは悪くない。
だが、ルルーシュは歓声ではなく、二人と同じ組を走った生徒の名前を確認していた。
須藤の組にいたCクラスの男子。
スザクの組にいたCクラスの男子。
どちらも、Cクラス内では上位の走者ではない。
勝利を狙うために配置された人間ではなかった。
「ランペルージ君?」
平田が声をかける。
「何か気になるの?」
「まだ分からない」
ルルーシュは画面を切り替えた。
「次の組を見てからだ」
◇
競技が進むにつれ、Dクラスの歓声は少しずつ小さくなった。
須藤とスザクは上位へ入る。
堀北も女子の競技で得点を重ねる。
だが、それ以外の生徒が順位を上げられない。
「また四位かよ……」
競技を終えた池が、肩を落として戻ってきた。
「別に遅くなかっただろ、俺」
「池君が遅かったわけじゃないよ」
平田がタオルを渡す。
「相手が少し速かったんだ」
「その少しが問題なのよ」
堀北は結果表へ視線を落とした。
池と同じ組に入ったCクラスの生徒は、圧倒的に速いわけではなかった。
だが、池よりは確実に速い。
次の競技でも同じことが起きた。
Dクラスで運動を苦手としている女子の組に、Cクラスの女子が入る。
学年全体で見れば中程度の記録しか持たない。
それでも、Dクラスの相手を一つ上回るには十分だった。
一位を奪うための配置ではない。
最下位を押しつけるための配置だ。
「偶然にしては、出来過ぎている」
ルルーシュが呟いた。
平田が得点表を覗き込む。
「Cクラスのこと?」
「ああ。須藤とスザクには、勝つつもりのない生徒を当てている」
二人が一位を取ることを、最初から許している。
勝利を諦めたのではない。
そこで主力を消費しないことを選んでいる。
「その代わり、俺たちの下位へ正確に戦力を当てている」
「事前の測定結果を見て決めた可能性は?」
「それだけでは説明できない」
ルルーシュは管理用正式版と、現在までの競技結果を並べた。
Dクラスが誰をどの競技へ出すのか。
誰を主要な得点源として扱っているのか。
弱い生徒を、どこへ分散させたのか。
それを知っているかのように、Cクラスの配置は噛み合っている。
さらに、堀北が出場する競技には、単純な記録以上に身体の接触を恐れない生徒が置かれていた。
まだ明確な反則は起きていない。
だが、勝つためだけの配置ではないことは分かる。
「正式な参加表を見られている」
ルルーシュは結論を口にした。
「測定結果だけではない。提出済みの順番を知っている」
平田の表情が固まる。
「でも、参加表を確認した人は――」
「多い」
堀北が二人の会話へ入った。
「私、平田君、ランペルージ君、櫛田さん。枢木君にも最終版が送られている。競技の相談をした生徒も、一部は見ているわ」
「だから、今は誰かを疑う段階ではない」
ルルーシュは言った。
情報が流れた可能性は高い。
しかし、それを誰が、どの方法で渡したのかは分からない。
管理記録には、正当な理由で参加表へ触れた者しか残っていない。
閲覧したことと、外部へ流したことは同じではない。
「配置を変える?」
平田が尋ねた。
「全面的な変更は間に合わない。学校に認められている範囲も限られている」
ルルーシュは首を振った。
すでに始まった競技の順番は戻せない。
焦って配置を崩せば、CクラスではなくDクラス自身が混乱する。
「配置は読まれている。大きく変えるより、被害を限定しろ」
堀北がルルーシュを見る。
「具体的には?」
「最下位を避ける。勝てない相手へ正面から勝とうとするな。団体競技では、正式参加表だけでは読み切れない役割と立ち位置を使う」
出場者そのものを自由に変更するのではない。
同じ出場者の中で、誰が前へ出るか。
誰が支えるか。
どの順番で動くか。
どこへ退路を作るか。
正式参加表だけでは分からない部分を変える。
「平田。運動が苦手な生徒には、一位ではなく最下位を避ける走り方を伝えろ。前半で競り合って潰れるな。勝てないと判断した相手ではなく、三位を争える相手を見るようにさせろ」
「分かった」
「休憩も予定どおりではなく、消耗の大きい者から優先しろ。表の順番を守るために倒れたら意味がない」
平田はすぐに動いた。
不安そうに得点板を見ていた生徒たちへ声をかけ、一人ずつ次の競技と状態を確認していく。
堀北はその背中を見送った後、もう一度ルルーシュへ尋ねた。
「誰が漏らしたと思う?」
「まだ情報が足りない」
「候補くらいはあるでしょう」
「候補を口にすれば、根拠のない疑いがクラスの動きを変える」
ルルーシュは画面を閉じた。
「必要なのは犯人を作ることではない。今、失う点を減らすことだ」
堀北は納得したわけではなかった。
それでも、競技中にクラス内の疑心暗鬼を広げる方が危険であることは理解した。
「分かったわ。今は配置へ集中する」
「ああ」
ルルーシュは短く答えた。
その会話を、少し離れた場所で綾小路は聞いていた。
◇
ルルーシュの判断に異論はない。
正式参加表は、外部へ流れている。
問題は、誰が、何のために流したのかだった。
櫛田には動機がある。
堀北の存在を、自分の過去を脅かす危険だと考えている。
管理用正式版へ接触できる位置にもいた。
堀北を退学へ近づけるためなら、体育祭でDクラス全体へ損害を与えることも選択肢に入る。
外部の協力者として龍園を選ぶ理由もあった。
堀北を狙う利益が一致している。
Cクラスの生徒を動かす権限も持っている。
正式参加表を実際の配置攻撃へ変えられる人物としては、最も合理的だった。
だが、推測を裏づける直接証拠はない。
櫛田が送信した記録も、龍園と接触した場面も確認していない。
管理用正式版を閲覧できた人間も、櫛田一人ではなかった。
現時点では、櫛田を最有力候補とするところまでだ。
名指しして追及しても、Cクラスの配置は止まらない。
証拠のない疑いだけがクラス内へ残る可能性もある。
ルルーシュも情報流出へ到達したようだが、漏洩者までは絞っていない。
綾小路は、自分の推測を共有しなかった。
ルルーシュも、綾小路へ意見を求めなかった。
二人は同じ異常を見つけながら、異なる経路でその先を追っている。
綾小路が見るべきなのは、この後だった。
龍園が得点を奪うだけで終わるのか。
堀北個人へ何かを仕掛けるのか。
参加表を渡した者が、どこまで協力しているのか。
流出した情報を回収することはできない。
ならば、情報を得た側が次に何をするかを見た方がいい。
グラウンドの反対側で、龍園が笑っていた。
◇
「スザク」
次の競技を終えて戻ってきたスザクを、ルルーシュが呼び止めた。
「少し確認してほしいことがある」
「何を?」
スザクは水を受け取りながら聞いた。
ルルーシュは周囲へ声が届かない位置まで移動する。
「Cクラスの生徒が、競技前に誰から指示を受けているかを見てほしい」
「参加表が漏れていると思っているのか?」
「Cクラスが提出済みの配置を知っている可能性が高い」
ルルーシュは、自分の判断を伏せなかった。
ただし、分かっていないことも続けて説明する。
「誰が渡したかは分からない。確認したいのは反則そのものではない。競技前の動線と、指示を出している人間だ」
「相手を問い詰める必要は?」
「ない」
「何か見つけても?」
「独断で接触するな。今は、Cクラスの配置が誰の意思で動いているかを確かめるだけだ。暴力も威圧も必要ない」
スザクは少し考えた。
「それが分かれば、何に使う?」
「次の配置を読む。堀北や須藤へ意図的な接触が集中するなら、先に被害を減らす」
「犯人を探すためじゃないんだな」
「今はな」
ルルーシュの答えを聞き、スザクは頷いた。
「分かった。見える範囲だけ確認する」
以前なら、すでに動いていた。
短い指示だけで意図を読み、必要なら相手へ直接接触していた。
今回は説明を求めた分だけ、一手遅い。
その代わり、スザクは自分が何へ加担しているかを知っている。
誰かを疑うためではない。
被害を減らすための確認だ。
◇
次の競技が始まる前。
スザクは招集場所へ向かう途中で、Cクラスの生徒たちを見た。
一度目の指示は、競技の待機場所へ入る前。
二度目は、組分けが確定した後。
最後は、開始直前。
別々の生徒が短い言葉を受け、位置を変えている。
指示を運ぶ生徒は複数いた。
だが、視線と報告が戻る先は同じだった。
龍園翔。
龍園自身がすべての生徒へ直接命じているわけではない。
何人かを介し、直前まで配置と役割を調整している。
正式参加表に書かれた出場者は知っていても、団体競技内でDクラスが変えた立ち位置までは知らない。
だから、競技直前に観察し、足りない指示を追加している。
スザクは、見たことだけをルルーシュへ伝えた。
「指示の中心は龍園だと思う。全員に直接話しているわけじゃないけど、報告は最後にあいつへ戻っている」
「参加表を受け取った場面は?」
「見ていない。誰から手に入れたのかも分からない」
「それでいい」
ルルーシュは新しい情報を記録した。
参加表を持っている可能性。
その情報を競技直前の指示へ変換している人物。
競技直前の指示系統の中心に龍園がいることは、ほぼ間違いない。
だが、入手経路はまだ見えない。
直接証拠もない。
「次は?」
スザクが尋ねる。
「自分の競技へ戻れ。これ以上は必要ない」
「分かった」
スザクは余計な追跡をせず、招集場所へ向かった。
ルルーシュは管理用正式版と競技結果を重ねる。
読まれている順番。
読まれていない役割。
その差から、龍園がどこまで情報を持っているかが見え始めていた。
◇
白組側のテントから、龍園はDクラスを眺めていた。
須藤が一位を取る。
スザクが上位へ入る。
予定どおりだった。
二人を止めるために主力を使う必要はない。
一位を二つ与えても、それ以外の十人を一つずつ落とせばいい。
Dクラスは強い生徒の歓声を上げながら、クラス全体では少しずつ沈んでいる。
それに気づいた人間もいた。
ルルーシュが配置表へ視線を落とし、平田へ何かを伝える。
平田が動き、下位の生徒へ指示を出す。
堀北も配置を見直している。
正式参加表どおりの出場者は変わらない。
だが、団体競技内の立ち位置と、招集前の生徒たちの動きが変わり始めた。
「気づいたか」
龍園の口元が歪む。
船上試験でも、ルルーシュはDクラスの情報を表側で整理していた。
今回も同じだ。
隠れているわけではない。
必要な場所へ立ち、周囲へ指示を渡している。
分かりやすい。
だからこそ、その反応を見る価値がある。
ふと、ルルーシュが顔を上げた。
離れた二つのテントの間で、視線が重なる。
ルルーシュは笑わなかった。
龍園も声はかけない。
ただ、自分の手が読まれ始めたことを隠す必要はなかった。
龍園だけが、ゆっくりと笑った。