反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
視線が合った直後、龍園は何事もなかったように顔を逸らした。
次の競技を告げる放送が、グラウンドへ響く。
白組側の生徒たちが移動を始め、赤組の待機場所でも平田が出場者を呼び集めた。
「次は二人三脚だよ。出場する人は集合場所へ向かって。紐の確認も忘れないでね」
堀北も立ち上がる。
「待て」
ルルーシュが呼び止めた。
「何?」
「相手はこちらの配置を知っている。学校が認める範囲で負担を減らせ。出場自体を変えられないなら、団体競技では前へ出るな」
「私が後ろへ下がれば、別の生徒へ負担が移るわ」
「お前が途中で動けなくなれば、それ以上の穴が空く」
「まだ負傷していないわ」
即答だった。
間違った言葉ではない。
現時点で目立った怪我はなく、呼吸も乱れていない。
競技を続けられる身体ではある。
だからこそ、自分の疲労を損失として計算に入れていない。
「今の状態だけで判断するな」
「未来の負傷を前提に、現在の得点を捨てろと言うの?」
「可能性を無視するなと言っている」
「無視はしていないわ」
「なら、自分が抜けた場合に失う得点だけでなく、無理を続けた場合に失う得点も計算しろ」
堀北は答えなかった。
計算できないわけではない。
その可能性を、意図的に低く見積もっている。
「堀北さん」
平田が二人の間へ入る。
「出場を変えられないなら、役割だけでも調整しよう。最初から前へ出るんじゃなくて、相手の動きを見てから合わせる形にできる」
「それでは一位を狙いにくくなるわ」
「今は一位より、最後まで出られることの方が大事だと思う」
堀北は得点板へ目を向けた。
須藤とスザクが一位を取っても、Dクラスの順位は上がっていない。
ここで自分まで得点を落とせば、差はさらに広がる。
「役割の変更は受け入れるわ」
やがて堀北は言った。
「ただし、出場自体は減らさない」
全面的な拒絶ではない。
それでも、自分へ負担を集中させる考えは変わっていなかった。
「分かった」
ルルーシュは、それ以上止めなかった。
競技は待ってくれない。
ここで長く説得を続ければ、その時間自体が新たな損失になる。
「痛みや違和感が出た時点で平田へ伝えろ」
「その程度の判断はできるわ」
「できる人間は、今の時点でもう少し慎重になる」
「あなたは一言多いのよ」
堀北はそれだけ返し、集合場所へ向かった。
◇
二人三脚では、速い二人を揃えれば勝てるわけではない。
歩幅。
足を出す順番。
身体を傾ける方向。
相手との接触を避ける位置取り。
わずかなずれが、そのまま転倒へつながる。
堀北と組んだ女子生徒は、緊張で肩を強張らせていた。
「最初から全力で走ろうとしなくていいわ」
堀北が声をかける。
「掛け声に合わせて。右、左の順番だけ崩さないで」
「う、うん」
「相手を見過ぎないこと。私の声だけを聞いて」
二人は足を結び、開始位置へ並んだ。
隣にはCクラスの二人がいる。
事前の記録だけなら、堀北たちの方が速い。
号砲が鳴った。
「右、左。右、左」
堀北の声に合わせ、二人の足が進む。
序盤はDクラスが前へ出た。
だが、隣のCクラスは無理に追い抜こうとはしない。
わずかに進路を寄せる。
接触するほどではない。
それでも、堀北たちが直進を続ければ肩が触れる位置だった。
「少し内側へ」
堀北が指示を変えた。
隣の生徒が慌てて身体を寄せる。
歩幅が一度乱れた。
その隙にCクラスが前へ出る。
堀北はすぐに立て直したが、最初の差を取り戻すことはできなかった。
結果は二位。
「ごめん。私がずれたから……」
「あなたのせいではないわ」
競技を終えた生徒へ、堀北は言った。
「相手がこちらの進路変更を誘っていた。次は同じ方法には引っかからない」
そう言いながら、堀北は足首の近くを軽く擦った。
「痛むの?」
「紐が少し擦れただけよ」
「次の競技まで休んだ方が――」
「問題ないわ」
その言葉を聞きながら、ルルーシュは堀北の歩き方を見ていた。
明確に足を引きずってはいない。
ただし、右足を地面へ着ける時間が、競技前よりわずかに短くなっている。
本人が認めるほどの負傷ではない。
だからこそ厄介だった。
◇
騎馬戦でも、Cクラスの狙いは変わらなかった。
堀北の騎馬だけを、開始直後から複数で囲む。
一組が正面から注意を引き、別の一組が死角へ回る。
帽子を奪うより、騎馬の足並みを崩すことを優先していた。
「右から来るわ!」
堀北が叫ぶ。
騎馬を組む三人が向きを変える。
正面にいたCクラスが、それに合わせて一歩下がった。
代わりに後方から別の騎馬が近づく。
正式参加表には、誰が騎馬戦へ出るかは記載されている。
しかし、どの騎馬が囮となり、どの騎馬が側面へ回るかまでは読み切れない。
Cクラスは競技直前まで指示を変え、その場でDクラスの動きへ対応している。
「深追いするな!」
待機場所から平田が声を上げた。
「中央へ戻って!」
堀北たちは指示に従い、囲みから離れる。
帽子を一つ奪う機会を捨てる代わりに、騎馬の崩壊を防いだ。
一位を狙うのではなく、早い段階で脱落しない。
Cクラスの狙いどおりに消耗しない。
最終的に堀北の騎馬は最後まで残ったが、奪った帽子の数は少なかった。
得点は伸びない。
それでも、誰も転倒せずに終えた。
「損失は抑えられた」
ルルーシュが言う。
「勝てていないわ」
競技を終えた堀北が答えた。
「最初から、すべて勝てる状況ではない」
「それで納得しろと?」
「違う。現状を正しく認識しろと言っている」
堀北の額には汗が滲んでいた。
呼吸も先ほどより速い。
「次の競技まで休め」
「命令?」
「提案だ」
「なら、受け入れるかどうかは私が決めるわ」
「そのために提案している」
堀北は一瞬だけルルーシュを見る。
以前なら、必要だと判断した時点で配置を変え、本人へ結果だけを渡していたかもしれない。
今は決定を奪わない。
その代わり、誤った判断を黙って肯定するつもりもなかった。
「五分だけ休むわ」
「十分だ」
「次の招集に遅れる」
「七分」
「五分よ」
堀北は近くの椅子へ腰を下ろした。
ルルーシュとしては不満が残るが、完全に拒絶されるよりはましだった。
◇
休息を終える頃、障害物競走の招集が始まった。
堀北は立ち上がる。
「まだ出るつもりか」
「私まで抜ければ、さらに点を失うわ」
「それは責任ではない。ただの穴埋めだ」
「結果が同じなら、呼び方に意味はないわ」
堀北は会話を打ち切り、招集場所へ向かった。
ルルーシュは止めなかった。
今から強引に腕を掴んでも、堀北自身の判断を奪うだけになる。
だからといって、その判断を正しいと認めたわけではない。
◇
障害物競走では、走る速さだけで順位は決まらない。
網を潜る。
設置された障害を越える。
狭い場所で他の走者と進路を争う。
疲労した状態では、一つの判断の遅れが転倒につながる。
堀北は開始位置へ立った。
右隣には、Cクラスの木下美保がいる。
木下は堀北を見なかった。
正面だけを向いている。
号砲が鳴る。
堀北は序盤から前へ出た。
少しでも得点を取る。
自分が決めた配置の責任を果たす。
その意識が、普段よりも早い加速を選ばせた。
最初の障害を越える。
網を潜り、次の区間へ入る。
木下はすぐ後ろにいる。
直線では堀北の方がわずかに速い。
だが、障害を越えるたびに距離が縮まった。
疲労によって、堀北の右足の踏み込みが遅れている。
最後の障害を越えた直後だった。
着地した堀北の前へ、木下の身体が入る。
肩が触れた。
次の瞬間、二人の足が絡んだ。
堀北は反射的に身体を捻る。
倒れながら手をつき、頭を守る。
右足へ鋭い痛みが走った。
木下は大きく横へ倒れた。
「きゃあっ!」
悲鳴が上がる。
競技が一時中断された。
教員と係員が駆け寄る。
木下は足首を押さえたまま動かない。
堀北も立ち上がろうとしたが、右足へ力を入れた瞬間、顔が歪んだ。
「無理に立たないで」
教員が制止する。
「どこが痛む?」
「右足です。でも、歩けないほどでは――」
「今は動かさないこと」
周囲へCクラスの生徒たちが集まってくる。
「木下、大丈夫か!」
「今の見たよな?」
「堀北が進路を塞いだんじゃないのか?」
声が重なる。
「違うわ」
堀北は地面へ座ったまま答えた。
「木下さんが私の前へ入ったのよ」
「証拠あんのかよ」
「そちらこそ、私が故意に倒した証拠があるの?」
教員が二つのクラスを離す。
「まだ故意と決まったわけではない。映像と周囲の証言を確認する。それまでは競技の妨げになるような言い争いをしないこと」
設置されたカメラには、二人が接触した瞬間は映っている。
だが、木下が意図的に進路へ入ったのか。
堀北が故意に押したのか。
その内心までは記録されない。
遠くから、龍園がこちらを見ていた。
木下の負傷へ駆け寄ることもない。
堀北を直接責めることもしない。
ただ、教員が映像確認を告げ、事故とも故意とも断定できない状況になったことを確認している。
今すぐ争う必要はない。
曖昧なまま残った事実の方が、後で使いやすい。
◇
綾小路は、係員に支えられて戻る堀北と、搬送されていく木下を見送った。
龍園がこの事故を偶然のまま終わらせるとは思えない。
木下が負傷したという事実。
堀北が接触の当事者であること。
映像だけでは故意か事故かを断定できないこと。
交渉材料としては十分だった。
流出した参加表は、もう回収できない。
今からDクラス全体の配置を組み直す権限も時間もない。
櫛田を告発できる直接証拠もなかった。
現時点で追及しても、Cクラスの配置攻撃は止まらない。
ルルーシュと平田は、情報が読まれていることを前提に損失軽減へ動いている。
ならば、自分が同じ役割を担う必要はない。
止めるべきなのは、その次だ。
龍園が木下の負傷をどう利用するか。
堀北へどのような要求を出すか。
その過程で、どのような証拠を残すか。
綾小路は端末を取り出した。
真鍋へ短い連絡を送る。
龍園が堀北へ接触した場合、その会話を記録できる位置へ入るように。
堀北と須藤が敗北から何を得るのか。
それを見る意図がないわけではない。
だが、それは止められる被害を放置する理由ではなかった。
現在の攻撃は、すでに無効化できない。
だから、次に止められる場所を選ぶ。
◇
「また一位だ!」
別の競技場から歓声が上がった。
須藤がゴールを越え、得点板へ新しい数字が加わる。
個人競技だけを見れば、須藤の成績は際立っていた。
一位。
次も一位。
団体競技でも中心となり、Dクラスへ得点を持ち帰っている。
それでも、得点板に表示されたクラス順位は上がらない。
戻ってきた須藤は、最初に堀北の足へ巻かれた簡易的な固定を見た。
「どうしたんだよ、それ」
「木下さんと接触したの」
櫛田が答える。
「二人とも足を痛めたみたいで……Cクラスは、堀北さんがわざと倒したんじゃないかって」
「は?」
須藤の顔つきが変わった。
「んなわけねえだろ」
「まだ学校が確認してるところだよ」
平田が説明する。
「映像だけでは、どちらが悪いとも決められないみたいなんだ」
「龍園の野郎……」
須藤は白組側へ目を向ける。
その視線の先で、Cクラスの生徒たちが木下の負傷について声を上げている。
堀北が加害者だ。
謝罪すべきだ。
学校へ訴えるべきだ。
断片的な言葉が、赤組側まで届いていた。
「俺がずっと勝ってんのに、なんでこっちはこんなことになってんだよ」
須藤は得点板を見上げた。
「俺、一位取ったんだぞ」
誰かへ尋ねたわけではない。
だが、近くにいた池が肩をすくめた。
「俺らが負けてるからじゃね?」
「分かってるよ、そんなこと」
「なら聞くなよ」
「お前らも、もうちょい何とかできねえのかよ」
池の顔が強張った。
「こっちだってやってるって」
「やって四位なら意味ねえだろ」
「須藤君」
平田が間へ入る。
「池君たちも、最下位を避けるために走り方を変えてる。さっきは四位だったけど、前より差は縮まってるよ」
「差を縮めて何になるんだよ。負けは負けだろ」
「一つずつ順位を上げるしかない。全部を一度に取り返すことはできないよ」
「それで最下位のままじゃねえか」
須藤の声が大きくなる。
周囲の生徒たちが会話へ視線を向けた。
自分が勝っている。
それでもクラスは沈んでいく。
Cクラスは須藤へ勝とうともせず、最初から別の生徒を狙っている。
自分の一位が、相手の計算へ組み込まれている。
勝っているはずなのに、勝たされている。
そのうえ堀北が負傷し、Cクラスから加害者として責められている。
クラスメイトたちの顔からは、勝つという気持ちが消え始めていた。
「落ち着いて」
平田は声を荒らげなかった。
「須藤君が取ってくれた得点は、ちゃんとクラスの助けになってる。だからこそ、残りの競技でも――」
「また俺が取れってか?」
「そういう意味じゃない」
「同じだろ。俺が勝たなきゃどうにもならねえから、最初から全部押しつけてんじゃねえか」
「押しつけてはいないわ」
堀北が言った。
足を固定され、座ったままでも、その声は普段と変わらない。
「あなた自身が、多くの競技へ出ることを了承したでしょう」
「そういうこと言ってんじゃねえよ!」
須藤が振り返る。
「俺が出るって言ったら、じゃあ勝てって顔してただろ。俺が一位取っても当然。負けたら使えねえ。お前にとってはそれだけだ」
「あなたが勝つことを前提に配置したのは事実よ」
「ほらな」
「それだけの能力があるからよ。あなたの力を低く見ているわけではない」
「高く見てりゃ何やってもいいのかよ」
「何を言いたいの?」
「もういい」
須藤は顔を逸らした。
「話にならねえ」
「須藤君、今は次の競技に集中しよう」
平田が肩へ手を置く。
「まだ終わってない。ここで崩れたら、本当に――」
「触んな!」
須藤が腕を振り払う。
平田の手が外れた。
「みんな必死なんだよ」
「必死なら勝てんのかよ!」
「勝てない時でも、やるしかないだろ!」
平田も、珍しく強い声を出した。
責めるためではない。
崩れかけた須藤を止めるためだった。
だが、今の須藤には、その言葉も自分を競技へ戻すための命令に聞こえた。
「綺麗事ばっか言いやがって!」
須藤の拳が動いた。
鈍い音がした。
平田の身体が横へ揺れる。
殴られた頬へ手を当てながら、それでも倒れなかった。
周囲の空気が止まる。
「須藤君!」
櫛田が声を上げた。
「何をしているの」
堀北の声は低かった。
須藤は自分の拳を見る。
一瞬だけ、自分が何をしたのか分からないような顔をした。
だが、すぐに奥歯を噛む。
「もう知らねえ」
「待ちなさい」
「お前らだけでやれよ」
「次の競技が残っているわ」
その言葉が、最後だった。
須藤は堀北を睨んだ。
自分も怪我をしている。
それでもなお、堀北が最初に口にしたのは次の競技だった。
「結局、それしかねえんだな」
「何が?」
「俺が戻らなきゃ点が取れねえから、戻れって言ってるだけだろ」
堀北の口が止まった。
否定すべきだった。
だが、何を根拠に否定すればいいのか分からなかった。
自分は須藤へ、多くの競技で勝つことを求めた。
疲労を軽視し、勝てる能力があるという理由で負担を集中させた。
その判断を、クラスのために必要だと考えていた。
須藤本人へ、何を返したのか。
それを問われると、答えがなかった。
「じゃあな」
須藤は背を向けた。
誰も止められないまま、赤組の待機場所から離れていく。
◇
須藤が去った後も、体育祭は止まらなかった。
次の競技を告げる放送が流れる。
招集対象の生徒が、戸惑いながら平田を見る。
平田は殴られた頬を冷やすこともせず、参加表を確認した。
「須藤君が出る予定だった競技を整理しよう」
「平田君、大丈夫?」
櫛田が心配そうに尋ねる。
「うん。痛いけど、今はこっちが先だから」
「でも――」
「殴られたことは後で本人と話すよ。でも、今は残った競技を止めない方が先だ」
平田は笑おうとした。
うまく笑えてはいなかった。
「学校側に確認して、認められる範囲で変更できる競技と、棄権になる競技を分けよう」
ルルーシュも端末を開く。
「須藤の残りは三つ。開始まで時間がないものは、変更が認められなければ棄権だ」
「団体競技の方は?」
「同じ出場者内で役割を組み替えられる。だが、須藤を前提にした勝利期待は捨てろ」
近くにいた生徒の表情が暗くなる。
「勝てないのかよ」
「現状のままならな」
ルルーシュは誤魔化さなかった。
「ただし、負傷者を増やさず、最下位を避けることはできる。平田、お前は学校へ、変更が認められる範囲と必要な手続きを確認しろ。費用が発生するなら俺が整理する。残りの配置もこちらで組み直す」
「分かった」
「殴られた場所は、後で必ず診てもらえ」
「……うん」
ルルーシュは一度だけ、須藤が去った方向へ視線を向けた。
追うことはできる。
場所を予測し、戻るよう説得する言葉を組み立てることもできる。
だが、ルルーシュが連れ戻しても、須藤が抱えた問題は解決しない。
命令で戻せば、再び得点源として使うだけになる。
今、須藤が怒っている相手は、ルルーシュではなかった。
◇
別競技を終えたスザクが、赤組の待機場所へ戻ってきた。
最初に目へ入ったのは、足を固定された堀北だった。
次に、腫れ始めた平田の頬。
参加表を囲み、欠員対応へ追われる生徒たち。
「何があった?」
スザクが足を止める。
櫛田が事情を説明した。
堀北と木下の接触。
Cクラスからの主張。
須藤と平田の衝突。
須藤が寮へ戻ったこと。
「僕が追う」
スザクはすぐに出口の方へ身体を向けた。
「待て」
ルルーシュが呼び止める。
スザクが振り返った。
「止めるのか?」
「止めてはいない」
「じゃあ、何だ」
「お前が追えば、須藤は戻るかもしれない」
スザクと須藤は、身体能力と競争心を通じて理解し合える部分がある。
スザクが正面から頼めば、須藤は意地で戻る可能性がある。
「だが、それでは同じだ」
「同じ?」
「須藤は、誰かに競技へ戻してほしくて怒ったわけではない」
スザクは平田を見る。
殴られた頬。
堀北を見る。
負傷した足。
それでも須藤へ、次の競技を口にした。
そして、須藤が最後に向けていた怒りの相手を考える。
「……僕じゃ駄目だ」
スザクが呟いた。
ルルーシュは何も言わない。
「僕が戻しても、須藤君はまた、自分が勝つためだけに使われたと思う」
スザクの視線が堀北へ向く。
「須藤君が言葉を受け取るべき相手は、僕じゃない」
堀北はその視線を受け止めた。
「私に行けと言っているの?」
「決めるのは君だ」
スザクは答えた。
「でも、須藤君が何に怒っていたかを一番考えられるのも、君だと思う」
堀北は反論しなかった。
須藤の言葉が残っている。
――結局、それしかねえんだな。
次の競技へ戻れ。
得点を取れ。
クラスのために働け。
自分は最後まで、それ以外の言葉を須藤へ渡せなかった。
能力があるから期待した。
本人も了承した。
合理的な配置だった。
すべて事実だ。
だが、事実であることと、正しいことは同じではない。
「堀北さん」
平田が声をかけた。
「ここは僕たちで何とかするよ」
「あなたは殴られたのよ」
「それと、今の競技は別だから」
「どうしてそこまで――」
「クラスを最後まで戦わせたいからだよ」
平田は腫れた頬のまま笑った。
「須藤君を怒らせたままでいいとは思ってない。でも、今は誰かが残らないといけない。だから僕は残る」
スザクも頷く。
「僕もいる。出場予定の競技はそのまま出るし、必要なら負傷者の運搬も手伝う」
ルルーシュは端末へ視線を落としたまま言った。
「須藤が抜けた後の暫定配置を作る。学校へ確認が必要な箇所は平田と処理する。残った人員で、失点を最小限に抑える」
堀北へ行けとは言わなかった。
行くかどうか。
何を伝えるか。
それを決めるのは堀北自身だった。
堀北は得点板を見上げた。
順位は低い。
ここから自分が抜ければ、さらに得点を失うかもしれない。
それでも、自分が競技へ出続けることで須藤の代わりを果たせるわけではない。
自分が作った穴を、自分の身体で埋めようとしても、その穴は広がるだけだ。
「分かったわ」
堀北は静かに言った。
「ここをお願いする」
平田が頷く。
「任せて」
堀北は自分の意思で立ち上がった。
右足へ体重をかけるたびに痛みが走る。
歩調は遅い。
それでも校庭を離れ、須藤が戻った寮へ続く道を歩き出す。
背後では、次の競技開始を告げる放送が流れていた。