反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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戻る理由

 校庭から離れるほど、体育祭の音は遠くなっていった。

 

 競技開始を告げる放送。

 

 生徒たちの歓声。

 

 順位が変わるたびに起きるどよめき。

 

 普段なら校舎のどこにいても聞こえるほど大きな音が、寮へ続く道では、薄い壁の向こう側から響いているように感じられた。

 

 堀北は右足を庇いながら歩いていた。

 

 一歩進むたびに痛む。

 

 木下との接触直後よりは落ち着いているが、無理に走れる状態ではない。

 

 それでも、立ち止まるつもりはなかった。

 

 須藤が寮へ戻ったという話が正しければ、向かう場所は分かっている。

 

 問題は、会った後に何を言うかだった。

 

 戻りなさい。

 

 次の競技が残っている。

 

 あなたがいなければ得点を失う。

 

 これまでの自分なら、そう言っただろう。

 

 どれも事実だった。

 

 須藤が抜ければ、Dクラスの得点力は大きく落ちる。

 

 変更が認められなければ棄権になる競技もある。

 

 クラス順位はさらに下がる。

 

 だが、それを伝えたところで、須藤の問いには答えられない。

 

 ――高く見てりゃ何やってもいいのかよ。

 

 能力を評価していた。

 

 だから、多くの競技へ配置した。

 

 本人も出場を了承した。

 

 合理的な判断だった。

 

 その合理性の中に、須藤本人がいなかった。

 

 彼がどれだけ疲れているのか。

 

 一位を取り続けることへ、どれだけ重圧を感じているのか。

 

 自分だけが勝ってもクラスが沈んでいく状況を、どう受け止めているのか。

 

 堀北は考えなかった。

 

 勝てる人間を、勝てる場所へ置いた。

 

 それだけだった。

 

 寮の入口へ到着する。

 

 自動扉を抜け、須藤の部屋がある階へ向かった。

 

 階段を使おうとして、右足へ鋭い痛みが走る。

 

 堀北は短く息を吐き、エレベーターへ進路を変えた。

 

 扉の中には誰もいない。

 

 壁へ背を預ける。

 

 止まっていると、足の痛みがはっきりと分かった。

 

 ルルーシュの言葉を思い出す。

 

 ――自分が抜けた場合に失う得点だけでなく、無理を続けた場合に失う得点も計算しろ。

 

 結果として、彼の予測は正しかった。

 

 自分は負傷した。

 

 競技から離れ、須藤を探している。

 

 最初から負担を抑えていれば、この状況を避けられた可能性はある。

 

 だが、それを認めたところで、時間は戻らない。

 

 必要なのは、誰が正しかったかを決めることではなかった。

 

 扉が開く。

 

 堀北は須藤の部屋の前まで歩き、呼び出しボタンを押した。

 

 返事はない。

 

 もう一度押す。

 

 やはり反応はなかった。

 

「須藤君。いるのでしょう」

 

 扉の向こうへ声をかける。

 

 沈黙が続く。

 

「話があるわ」

 

「帰れよ」

 

 低い声が返ってきた。

 

 部屋にはいる。

 

「顔を見て話したいの」

 

「俺は話したくねえ」

 

「そう」

 

 堀北は扉の横の壁へ背を預けた。

 

「では、あなたは聞かなくてもいい。私が話すだけ話すわ」

 

「うぜえな」

 

 扉は開かない。

 

 それでも、須藤が部屋の奥へ離れた気配はなかった。

 

「最初に言っておくけれど、平田君を殴ったことは間違いよ」

 

「説教しに来たのかよ」

 

「違うわ」

 

「同じだろ」

 

「あなたが怒っていた理由と、平田君を殴ったことは分けて考えるべきよ。怒る理由があったとしても、暴力が正しくなるわけではない」

 

「……分かってるよ」

 

 扉の向こうから、押し殺した声が返る。

 

 須藤自身も、自分の行動が正しかったとは思っていない。

 

 拳を振るった直後の表情を、堀北は覚えている。

 

「平田君には、あなた自身が謝るべきだわ」

 

「分かってるって言ってんだろ」

 

「なら、それ以上は言わない」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

「それを言うためだけに来たのか?」

 

「いいえ」

 

「じゃあ、次の競技に戻れって言いに来たんだろ」

 

「違うわ」

 

 堀北は答えた。

 

 自分でも驚くほど、すぐに言葉が出た。

 

「嘘つけよ」

 

「嘘ではない」

 

「俺が戻らなきゃ、負けるんだろ」

 

「あなたがいなければ、失う得点は増えるでしょうね」

 

「ほらな」

 

「でも、それを理由に戻れとは言わない」

 

 扉の向こうが静かになる。

 

「何なんだよ、それ」

 

「私たちは、あなたがいなくても競技を続けるわ」

 

 堀北は言った。

 

「平田君とランペルージ君が残りの配置を組み直している。枢木君も自分の競技へ出ながら、現場を支えてくれている。変更できないものは棄権になるでしょう。それでも、体育祭は続く」

 

「なら、俺なんかいらねえだろ」

 

「そういう意味ではないわ」

 

「じゃあ何だよ!」

 

 須藤の声が、扉越しに大きくなる。

 

「必要だって言ったり、いなくても続けるって言ったり、どっちなんだよ!」

 

「あなたの力は必要よ」

 

「結局それじゃねえか!」

 

「最後まで聞いて」

 

 堀北は声を強めた。

 

 扉の向こうが再び静かになる。

 

「私は、あなたの能力を評価していた」

 

「知ってるよ」

 

「いいえ。正確には、能力しか見ていなかった」

 

 自分の口から出した言葉が、想像していた以上に重かった。

 

「短距離で勝てる。持久力がある。団体競技でも中心になれる。だから、あなたを多くの競技へ配置した」

 

「……」

 

「あなたが出ると言ったから、それで問題ないと思った。勝てる能力がある人間が、勝つために働くのは当然だと考えていた」

 

「実際、そう思ってただろ」

 

「ええ」

 

 否定しなかった。

 

 ここで取り繕っても意味がない。

 

「あなたがどれだけ疲れているか、考えていなかった。勝つことを当然とされ続けるのが、どれほど負担になるかも。あなたが一位を取ってもクラスの順位が上がらない時、何を感じるかも見ていなかった」

 

「今さら何だよ」

 

「今さらだから、話しに来たの」

 

「負けそうになったからだろ」

 

「それもあるわ」

 

 堀北は認めた。

 

「あなたが抜けて、私は困っている。Dクラスも困っている。それは事実よ」

 

「だったら――」

 

「でも、私がここへ来たのは、得点源を取り戻すためではない」

 

「同じだろ」

 

「違うわ」

 

「何が違うんだよ」

 

 堀北は答えようとして、言葉に詰まった。

 

 理屈なら組み立てられる。

 

 須藤が戻ることで得られる点数。

 

 クラス全体への心理的影響。

 

 今後の試験における協力関係。

 

 どれも説明できる。

 

 だが、それを並べれば、また須藤を数字として扱うことになる。

 

「私は、自分一人で勝てると思っていた」

 

 堀北はゆっくりと話し始めた。

 

「正しい配置を作り、能力のある人間を適切に使えば、結果を出せると思っていた。協力を求める時も、それが合理的だから従うべきだと考えていた」

 

 須藤から返事はない。

 

「でも、今日分かったわ」

 

 自分の足を見る。

 

 簡易的に固定された右足。

 

 競技へ出続けることを責任だと思い込み、結果として戦線から離れた。

 

「私一人では勝てない」

 

 それは、これまでの堀北が最も口にしたくなかった言葉だった。

 

 能力が足りないと認めることではない。

 

 誰かを必要としていると認めることだった。

 

「だから俺を使うんだろ」

 

「違う」

 

 堀北は首を振った。

 

 扉越しでは、その動きは伝わらない。

 

 それでも、言葉を続ける。

 

「あなたの力だけが必要なのではなく、あなたと一緒に勝ちたい」

 

 今度こそ、長い沈黙が落ちた。

 

 廊下には誰もいない。

 

 遠くから、エレベーターの動く音だけが聞こえる。

 

「……何だよ、それ」

 

 須藤の声は、先ほどより小さかった。

 

「言ったとおりよ」

 

「同じじゃねえか。俺がいなきゃ勝てねえんだろ」

 

「ええ。あなたがいなければ難しくなる」

 

「じゃあ――」

 

「でも、戻るかどうかはあなたが決めて」

 

 須藤の言葉を遮る。

 

「私は、戻ることを命令しない。次の競技で勝てとも言わない」

 

「本当に負けてもいいのかよ」

 

「よくはないわ」

 

「何だそれ」

 

「負けたくない。でも、あなたが納得しないまま戻って、一位を取ればいいとも思わない」

 

 堀北は扉の前から身体を離した。

 

「私が伝えたかったのはそれだけよ」

 

「待てよ」

 

 室内から声が飛ぶ。

 

「もう帰んのか?」

 

「体育祭の途中だから」

 

「結局、戻るんじゃねえか」

 

「残っている人たちが戦っているもの」

 

「足、怪我してんだろ」

 

「そうね」

 

「競技には出られねえじゃん」

 

「出場できなくても、できることはあるわ」

 

「また無茶すんのかよ」

 

「あなたに言われたくないわね」

 

「うるせえ」

 

 堀北はわずかに目を伏せた。

 

「須藤君」

 

「何だよ」

 

「平田君を殴ったことは、必ず謝って」

 

「……分かってる」

 

「それから」

 

 言葉を選ぶ。

 

 これは命令ではない。

 

 戻るよう誘導するための言葉でもない。

 

「あなたを、勝つための道具として扱ったことを謝るわ」

 

 扉の向こうで、息を呑む気配がした。

 

「ごめんなさい」

 

 堀北は頭を下げた。

 

 誰も見ていない。

 

 須藤にも見えない。

 

 それでも、形だけで済ませるつもりはなかった。

 

「私が間違っていた」

 

 頭を上げる。

 

「では、戻るわ」

 

 堀北は廊下を歩き始めた。

 

 右足を庇い、ゆっくりとエレベーターへ向かう。

 

 背後で扉が開く音はしなかった。

 

     ◇

 

 体育祭会場では、平田が須藤の離脱によって生じた穴を一つずつ確認していた。

 

「この競技は変更が間に合わないから、棄権になるそうだよ」

 

「団体競技は?」

 

「同じ出場者の中で役割を変えることは認められてる。須藤君が担当する予定だった場所を、三宅君と池君で分けようと思う」

 

「俺?」

 

 池が不安そうな顔をする。

 

「須藤の代わりなんか無理だって」

 

「同じことをする必要はないよ」

 

 平田は答えた。

 

「須藤君が一人で前を押していた形をやめて、全員で最後まで残る形に変える。勝つのは難しくても、すぐに脱落しないようにしよう」

 

「分かったけど……」

 

「失敗しても一人の責任にはしない。僕も一緒に出るから」

 

 平田の頬はまだ赤く腫れている。

 

 それでも、一人ずつへ説明し、役割を渡していた。

 

 少し離れた場所では、ルルーシュが残りの競技を絞り込んでいる。

 

 すでに勝利が難しい競技。

 

 負傷の危険が高い競技。

 

 Cクラスが意図的に接触を仕掛ける可能性がある競技。

 

 それらへ無理に戦力を投入しない。

 

 限られた人員を、得点を確保できる場所へ集中させる。

 

「次の団体競技では、Cクラスの挑発へ反応するな」

 

 ルルーシュが言った。

 

 隣で出場準備をしていたスザクが、紐を締めながら顔を上げる。

 

「勝敗よりも、怪我をしないことを優先するという意味?」

 

「ああ。勝てるなら勝て。ただし、相手を追って隊列を崩すな。狙いが見えた時点で距離を取れ」

 

「須藤君がいない分を、僕に埋めさせるつもりは?」

 

「ない」

 

「僕なら、出場数を増やせるかもしれない」

 

「今から自由に変更できるわけではない。それに、変更が認められたとしても、お前一人へ負担を移せば同じことだ」

 

 スザクはルルーシュを見た。

 

「須藤君を囮にするつもりはない?」

 

「ない」

 

 ルルーシュは即答した。

 

「あいつが戻るかどうかも、堀北に任せた」

 

「戻った場合は?」

 

「本人へ説明し、本人が引き受けた範囲で使う」

 

「使う、か」

 

「他に適切な言葉があるなら提案しろ」

 

「一緒に戦う、じゃ駄目なのか?」

 

 ルルーシュの指が一瞬止まった。

 

「戦力配置の話をしている」

 

「分かってるよ」

 

 スザクは小さく笑った。

 

「でも、堀北が今から伝えようとしているのは、たぶんそっちだ」

 

「……競技へ行け。招集時間になる」

 

「はいはい」

 

 スザクは立ち上がる。

 

 数歩進んだところで、再び振り返った。

 

「ルルーシュ」

 

「何だ」

 

「須藤君が戻らなくても、責めない?」

 

「戻るかどうかを本人へ返した以上、戻らない選択も受け入れる」

 

「そうか」

 

「ただし、平田を殴った件は別だ」

 

「うん。それでいい」

 

 スザクは招集場所へ向かった。

 

 確認には時間がかかる。

 

それでも、何も知らないまま従わせるよりはいい。

 

 ルルーシュは残りの配置へ視線を戻した。

 

     ◇

 

 堀北が会場へ戻った時、次の団体競技はすでに始まっていた。

 

 平田が組み替えたDクラスの隊列は、須藤がいた時よりも明らかに弱い。

 

 前へ押し切る力がない。

 

 相手を一気に崩す突破力もない。

 

 それでも、誰か一人を前へ出さず、全員で隊列を維持していた。

 

 Cクラスが側面から仕掛ける。

 

 池が反応しかけ、平田の声で踏みとどまる。

 

「追わなくていい! 位置を守って!」

 

 勝てない。

 

 だが、すぐには崩れない。

 

 最下位だけを避けるための戦いだった。

 

「堀北さん」

 

 櫛田が駆け寄ってくる。

 

「須藤君は?」

 

「話はしたわ」

 

「戻ってくるの?」

 

「分からない」

 

 櫛田は困ったように眉を下げた。

 

「分からないって……」

 

「戻るかどうかは、須藤君が決めることよ」

 

 堀北はグラウンドへ視線を向ける。

 

 以前の自分なら、そんな曖昧な状態を許さなかった。

 

 戻るよう説得し、必要なら利害を説明し、競技へ間に合わせようとした。

 

 今回は、答えを持ち帰っていない。

 

 それでも、不思議と後悔はなかった。

 

 競技が終わる。

 

 Dクラスは一位ではない。

 

 予想どおり、得点も多くは得られなかった。

 

 だが、全員が最後まで残った。

 

 戻ってきた池が、息を切らしながら地面へ座り込む。

 

「無理だって、こんなの……」

 

「でも、途中で崩れなかったよ」

 

 平田が声をかける。

 

「池君が位置を守ってくれたからだ」

 

「俺、何もしてねえぞ」

 

「前へ出なかったことが役割だったんだ」

 

「それ褒めてんの?」

 

「もちろん」

 

 池は納得していない顔をしながらも、少しだけ胸を張った。

 

 次の招集を告げる放送が流れる。

 

 堀北は無意識に、寮へ続く方向を見た。

 

 人影はない。

 

 戻らないかもしれない。

 

 それも須藤が選ぶことだ。

 

「堀北」

 

 ルルーシュが隣へ立つ。

 

「戻らなかったか」

 

「今のところはね」

 

「何を話した」

 

「あなたに報告する必要がある?」

 

「残りの配置へ影響する」

 

「戻ることを命令しなかったわ」

 

「そうか」

 

 ルルーシュは、それ以上尋ねなかった。

 

「驚かないのね」

 

「お前が今さら得点だけを理由に連れ戻したなら、そちらの方が驚く」

 

「随分と分かったような口を利くのね」

 

「少なくとも、須藤が怒った理由は見ていた」

 

 ルルーシュは端末を閉じる。

 

「戻らない前提で配置を進める」

 

「ええ」

 

「それでいいんだな」

 

 堀北は一度だけ迷い、頷いた。

 

「いいわ」

 

 その時だった。

 

「勝手に終わらせてんじゃねえよ」

 

 背後から声がした。

 

 堀北が振り返る。

 

 須藤が立っていた。

 

 体育祭用の服装のまま。

 

 呼吸は乱れていない。

 

 寮から走ってきたわけではないらしい。

 

 だが、その表情にはまだ迷いが残っていた。

 

「須藤君!」

 

 櫛田が声を上げる。

 

 周囲の生徒たちも、一斉に須藤を見る。

 

「戻ってくれたのか!」

 

 池が立ち上がった。

 

「うるせえ」

 

 須藤は居心地が悪そうに顔を逸らした。

 

 そのまま平田の前へ歩いていく。

 

 平田は、腫れた頬を隠さなかった。

 

「平田」

 

「うん」

 

「……悪かった」

 

 須藤は頭を下げた。

 

「殴ったのは俺が悪い」

 

「怒ってた理由は分かるよ」

 

「理由があっても殴っていいわけじゃねえんだろ」

 

 堀北が先ほど言った言葉だった。

 

「だから、悪かった」

 

 平田は少し黙った後、頷いた。

 

「謝ってくれてありがとう」

 

「許すのかよ」

 

「殴られたことについては、後でもう一度ちゃんと話そう。今は競技の途中だから」

 

「……分かった」

 

「戻ってくるかどうかは、須藤君が決めたの?」

 

「ああ」

 

 須藤は堀北を見る。

 

「勘違いすんなよ」

 

「何を?」

 

「お前に頭下げられたから、仕方なく戻ったわけじゃねえ」

 

「そう」

 

「お前が一緒に勝ちてえとか、急に気持ち悪いこと言い出したからでもねえ」

 

「そういう言い方しかできないの?」

 

「うるせえな!」

 

 須藤は顔を赤くした。

 

 一瞬だけ、いつもの二人のやり取りへ戻る。

 

 だが、須藤はすぐに真剣な顔になった。

 

「俺が勝っても、クラスが負けてたら意味ねえんだろ」

 

「ええ」

 

「だったら、俺だけ一位取って終わりじゃ駄目なんだ」

 

 須藤は得点板を見た。

 

 Dクラスの順位は低い。

 

 今から戻っても、今日の負けを覆せる保証はない。

 

「お前、Aクラス行くって言ってたよな」

 

「ええ」

 

「なら、俺も行く」

 

 堀北が目を見開く。

 

「今日だけじゃねえ。次も、その次もだ」

 

「須藤君」

 

「俺の力だけが必要なんじゃなくて、一緒に勝ちてえんだろ」

 

「……ええ」

 

「じゃあ勝手に置いてくんじゃねえぞ」

 

 須藤はそう言って、ルルーシュへ向き直った。

 

「次、俺が出られる競技は?」

 

「戻ると決めたのか」

 

「見りゃ分かんだろ」

 

「平田へ手を出さない。独断で配置を崩さない。挑発へ乗らない」

 

「いきなり条件かよ」

 

「当然だ」

 

「分かったよ」

 

「自分の疲労を隠さない」

 

「それもかよ」

 

「嫌なら出るな」

 

「分かったって!」

 

 ルルーシュは平田を見る。

 

「学校へ確認を」

 

「もうしてあるよ。須藤君本人が戻り、出場可能な状態なら、未開始の登録競技には参加できる」

 

「なら予定を戻す。ただし、負傷と消耗を考慮して役割は変更する」

 

「俺の分まで勝手に決めんな」

 

「説明する。最終的に引き受けるかはお前が決めろ」

 

 須藤は一瞬、言葉を失った。

 

 以前なら、配置を決めた後で従わせていただろう。

 

 今回は違う。

 

「……それならいい」

 

「平田。説明を頼む」

 

「分かった」

 

 須藤は平田とともに、残りの配置を確認し始めた。

 

 クラスの空気が、一瞬で明るくなったわけではない。

 

 失った得点は戻らない。

 

 堀北と木下の負傷も消えない。

 

 Dクラスが下位にいる事実も変わらない。

 

 それでも、須藤は自分の意思で戻った。

 

 得点源としてではなく、同じ場所を目指す一人として。

 

     ◇

 

 須藤の復帰後も、Dクラスの苦戦は続いた。

 

 Cクラスは挑発をやめない。

 

 接触を狙い、須藤を隊列から引き離そうとする。

 

 以前の須藤なら、正面から追っただろう。

 

「無視しろ!」

 

 平田の声が飛ぶ。

 

 須藤は歯を食いしばる。

 

 目の前を走るCクラスの生徒を睨みながらも、追わない。

 

 決められた位置へ戻り、隣の生徒を支える。

 

「須藤、そっち押さえて!」

 

「分かってる!」

 

 一人で勝つための動きではない。

 

 全員で崩れないための動きだった。

 

 結果は二位。

 

 須藤自身にとって、満足できる順位ではない。

 

 それでも、戻ってきた須藤は誰も責めなかった。

 

「一位じゃなかったわね」

 

 堀北が言う。

 

「怪我人が偉そうに言うな」

 

「事実を言っただけよ」

 

「次は取る」

 

「無理はしないで」

 

「お前が言うな!」

 

 堀北は一瞬黙り、その後、小さく頷いた。

 

「それもそうね」

 

 須藤は調子を狂わされたような顔をした。

 

「そこは言い返せよ」

 

「あなたが正しいもの」

 

「気持ち悪いな、今日のお前」

 

「失礼ね」

 

 完全に何かが解決したわけではない。

 

 須藤の短気も、堀北の不器用さも変わっていない。

 

 それでも、二人の間にあったものは、競技開始前とは少し違っていた。

 

     ◇

 

 午後の競技が一段落した頃。

 

 次の競技までの移動を始めようとした堀北を、Cクラスの生徒が呼び止めた。

 

「龍園が話あるってよ」

 

「私にはないわ」

 

「木下の件だ」

 

 堀北の足が止まる。

 

 逃げれば、不利な印象だけが残る。

 

「場所は?」

 

 指定されたのは、校舎脇の人通りが少ない通路だった。

 

 綾小路から指示を受けていた真鍋は、龍園の伝言を運んだ生徒の動きを距離を空けて追い、先に会話を記録できる位置へ入っていた。

 

 堀北が到着すると、龍園は壁へ寄りかかって待っていた。

 

「随分と遅かったな」

 

「競技の途中よ。あなたの都合を優先する理由はないわ」

 

「足を怪我した割には元気そうじゃねえか」

 

「本題は?」

 

「木下の件だ」

 

 龍園は笑う。

 

「こっちは足を負傷した。しばらく競技どころか、日常生活にも支障が出るかもしれねえ」

 

「私も負傷しているわ」

 

「加害者が怪我したから何だ?」

 

「私が加害者だという証拠はない」

 

「事故だって証拠もねえな」

 

 堀北は龍園を睨む。

 

 学校はすでに接触事故を把握している。

 

 映像と周囲の証言も確認しているはずだ。

 

 ただし、木下が意図的に進路へ入ったのか。

 

 堀北が故意に接触したのか。

 

 映像だけでは、どちらも証明できていない。

 

「何を要求するつもり?」

 

「取引だ」

 

 龍園は端末を取り出す。

 

「木下へ正式に謝罪しろ。それから、慰謝料として百万プライベートポイントだ」

 

「私に非があると認めろと言うの?」

 

「ああ」

 

「断るわ」

 

「まだ条件は終わってねえ」

 

 龍園は指を一本立てた。

 

「応じるなら、木下から故意の妨害として正式に申し立てることはしない」

 

「学校は事故をすでに把握しているわ」

 

「事故があったことはな」

 

 龍園の笑みが深くなる。

 

「だが、木下本人が、お前から故意に妨害されたと正式に主張したら話は変わる」

 

「映像だけでは、私の故意を証明できない」

 

「だから、Cクラス側の証言を揃える」

 

「口裏を合わせるつもり?」

 

「見たことを証言させるだけだ」

 

 龍園は悪びれずに答えた。

 

「断れば、故意の妨害として学校へ処分を求める。追加で調べるか、どう判断するかは学校次第だ」

 

 映像だけで堀北の故意を証明できるわけではない。

 

 同時に、木下が故意に進路へ入ったことも証明できない。

 

 そこへ被害を受けたと主張する木下本人と、Cクラス側の証言が加われば、学校が追加調査へ進む可能性はある。

 

 処分されるとは限らない。

 

 だが、調査と判断の対象になるだけでも、Dクラスには負担となる。

 

「謝罪と百万ポイント。それで木下さんから正式な申立てはしない、ということね」

 

「そういうことだ」

 

「木下さん本人の意思なの?」

 

「俺が話をまとめる」

 

「あなたの要求でしょう」

 

「違いがあるか?」

 

「あるわ」

 

「だが、交渉相手は俺だ」

 

 龍園は壁から身体を離した。

 

「今すぐ答えなくてもいい」

 

「答えは決まっているわ」

 

「なら断ってみろ」

 

 堀北は口を閉じた。

 

 断れば、龍園は木下から正式な申立てを出させ、Cクラス側の証言を揃えて処分を求める。

 

 応じれば、故意の妨害を認めた形になり、百万ポイントを失う。

 

 自力で罠を証明する材料はない。

 

 どちらを選んでも、龍園に利益がある。

 

「期限は、体育祭が終わるまでだ」

 

「短いわね」

 

「十分だろ。お前は合理的なんだからな」

 

 龍園が堀北の横を通り過ぎる。

 

「謝罪文も考えておけよ」

 

「返事は保留するわ」

 

「好きにしろ」

 

 龍園は振り返らない。

 

「期限を過ぎたら、正式に処分を求める」

 

 堀北はその背中を見送った。

 

 足の痛みとは別の重さが残る。

 

 百万ポイント。

 

 謝罪。

 

 故意の妨害を認めること。

 

 どれも、簡単に受け入れられる条件ではない。

 

 だが、拒否するための証拠もなかった。

 

 少し離れた建物の陰で、端末の画面が暗くなる。

 

 真鍋の手元には、龍園と堀北の会話が最初から最後まで記録されていた。

 

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総合評価:632/評価:6.6/連載:32話/更新日時:2026年08月16日(日) 11:35 小説情報

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▼よう実の世界に転生した青年、しかし物語の鍵となる原作主人公がいなかった。▼自分の能力も分からない中、彼は必死に足掻いて行く。


総合評価:3716/評価:7.98/連載:43話/更新日時:2026年08月14日(金) 21:23 小説情報

憑依した山内春樹(作者:太陽サンサン)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

原作崩壊させる高育の話


総合評価:199/評価:5.36/連載:4話/更新日時:2026年05月28日(木) 20:07 小説情報

櫛田の中学に転校した(作者:スクラップドラゴン)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

▼よう実の世界に転生したオリ主が櫛田の中学に転校する話


総合評価:3636/評価:7.34/連載:20話/更新日時:2026年06月14日(日) 15:33 小説情報

初日にバラさんでもええやん……(作者:匿名うゆ)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

脱落したホワイトルーム四期生の沖谷に初日に素性(ホワイトルーム関連)をバラされてしまう話


総合評価:1847/評価:8.6/連載:17話/更新日時:2026年08月27日(木) 07:07 小説情報


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