反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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仮面の継ぎ目

 体育祭が終わった翌朝。

 

 教室へ入った綾小路は、自分へ向けられる視線が昨日までと違うことに気づいた。

 

 露骨に振り返る者はいない。

 

 目が合えば、すぐに逸らされる。

 

 だが、逸らした後でも、近くの生徒同士が小声で何かを話している。

 

 原因を考える必要はなかった。

 

 千二百メートルリレー。

 

 堀北学へ追いついた走りを、学年の多くが見ている。

 

 教室の後方では、池と山内が綾小路の席を見ながら、話しかける順番を譲り合っていた。

 

「お前が行けよ」

 

「何で俺なんだよ。池の方が仲いいだろ」

 

「昨日まではな」

 

 聞こえる程度の声で話している以上、隠す気はないらしい。

 

 綾小路が鞄を机の横へ掛けると、二人はようやく近づいてきた。

 

「綾小路」

 

 池が先に口を開く。

 

「昨日のあれ、どういうことだよ」

 

「どういうことと言われても困る」

 

「困ってんのはこっちだよ。お前、普通に運動苦手な側だと思ってたぞ」

 

「苦手だと言った覚えはない」

 

「得意とも言ってなかっただろ」

 

「聞かれなかったからな」

 

 池が言葉に詰まる。

 

 山内が横から身体を乗り出した。

 

「じゃあ、他にも隠してることあんのか? 実は勉強もできるとか、喧嘩も強いとか」

 

「勉強は成績どおりだ。喧嘩をする予定もない」

 

「昨日の走りも成績どおりじゃなかったじゃん」

 

「本番で調子が良かっただけだ」

 

「それ、堀北にも言ってたけど無理あるからな」

 

 池は呆れながらも、昨日までのように綾小路の机へ手をつかなかった。

 

 立つ位置が半歩遠い。

 

 言葉遣いが急に丁寧になったわけではない。

 

 ただ、自分たちと同じ位置にいると思っていた相手が、別の能力を持っていた。

 

 その事実に、距離の測り方を決められずにいる。

 

「別に、俺たちを騙してたわけじゃないんだよな?」

 

 池が聞いた。

 

「何についてだ」

 

「いや……だから、全部」

 

「質問の範囲が広すぎる」

 

「そういう返しがもう怪しいんだよ」

 

 池はそう言ったが、強く追及することはなかった。

 

 二人が自分たちの席へ戻ろうとした時、入れ替わるように佐藤麻耶が近づいてきた。

 

「綾小路君、おはよう」

 

「ああ。おはよう」

 

 佐藤は一度、池と山内の背中を見た。

 

 それから綾小路へ向き直る。

 

「昨日のリレー、すごかったね」

 

「ありがとう」

 

「堀北先輩に、ほとんど追いついてたよね。今まで、あんなに足が速いって知らなかった」

 

「クラスでも走る機会は少なかったからな」

 

「体育祭では何回もあったと思うけど」

 

「昨日が一番調子が良かった」

 

 佐藤は少し笑った。

 

「その説明で通すんだ」

 

「今のところは」

 

「じゃあ、今度ちゃんと教えて」

 

 佐藤は端末を取り出した。

 

「連絡先、交換しない?」

 

 断る理由はなかった。

 

 綾小路も端末を出し、表示された情報を読み取る。

 

 登録は数秒で終わった。

 

「ありがとう。また連絡するね」

 

「ああ」

 

 佐藤は友人たちの方へ戻っていく。

 

 その様子を見ていた池が、離れた席から信じられないものを見る顔をしていた。

 

「おい、綾小路」

 

「何だ」

 

「今の、どういうことだよ」

 

「連絡先を交換した」

 

「見れば分かる!」

 

 池の声が教室へ響く。

 

 周囲から笑いが起きた。

 

 昨日までなら、自分もその輪の一部として処理されていたはずだった。

 

 今は、同じ笑いの中に僅かな観察が混じっている。

 

 走る速度を一度見せただけで、池と山内は距離を測り直し、佐藤は自分から近づいてきた。

 

 能力を隠すことには、目立たないという利点がある。

 

 見せることにも、接触する人間が増えるという利点がある。

 

 どちらが有効かは、状況によって変わる。

 

 少なくとも、昨日までと同じ位置へ戻ることは難しくなった。

 

     ◇

 

 教室の反対側では、スザクも複数の生徒に囲まれていた。

 

 速かったことだけが話題になっているわけではない。

 

 転倒した生徒を保健室まで運んだこと。

 

 交代選手の確認へ何度も走ったこと。

 

 競技後に、負傷者の荷物を寮まで運んだこと。

 

 体育祭の最中に関わった生徒たちが、順番に礼を伝えている。

 

「昨日、本当に助かったよ」

 

「大したことはしてないよ」

 

「いや、あの時は足に力が入らなかったから。枢木君が来なかったら、先生を呼ぶのも遅れてた」

 

「近くにいたから動いただけだ」

 

「それでも、ありがとう」

 

 スザクは一人ずつ返事をしている。

 

 以前からクラスメイトへ自分から声をかけていたため、突然別人になったようには扱われていない。

 

 驚きよりも、昨日の出来事を理由に話しかけやすくなった者が増えていた。

 

「おい、枢木」

 

 人の間を押し分けて、須藤が前へ出る。

 

「昨日は途中で終わったみてえで気に入らねえ」

 

「途中?」

 

「お前が走った時と、俺が走った時は条件が違っただろ。どっちが速いか分かってねえ」

 

「そうだね」

 

「次は俺と勝負しろ」

 

 須藤は真っ直ぐに言った。

 

 体育祭前なら、周囲へ自分の優位を示すための言葉に聞こえたかもしれない。

 

 今は、負けたくない相手を見つけた声だった。

 

「分かった」

 

 スザクは頷く。

 

「今度は最初から同じ競技で、正面から勝負しよう」

 

「手ぇ抜くなよ」

 

「約束する」

 

「ならいい」

 

 須藤は満足したように鼻を鳴らした。

 

「短距離だけじゃねえぞ。持久走でも、球技でもだ」

 

「全部?」

 

「逃げんのか?」

 

「逃げないけど、授業の進行は邪魔しないようにしよう」

 

「お前、そういうとこ真面目すぎんだよ」

 

 須藤が笑う。

 

 勝敗を決める競技は、まだ何も決まっていない。

 

 それでも、二人の間では次に競う約束だけが成立した。

 

 ルルーシュは自席から、そのやり取りを見ていた。

 

 スザクが注目を集めること自体は予想していた。

 

 だが、綾小路の周囲に生まれた変化とは性質が違う。

 

 スザクは、昨日までに作っていた関係が広がっている。

 

 綾小路は、昨日まで見せていた輪郭そのものを疑われ始めている。

 

 同じように能力を見せても、以前の振る舞いによって受け取られ方は変わる。

 

「見すぎじゃない?」

 

 隣から平田が声をかけた。

 

「観察しているだけだ」

 

「綾小路君のこと?」

 

「スザクも含めてだ」

 

「二人とも、昨日のことで話しかけられる人が増えたね」

 

「ああ」

 

「良いことだと思うよ」

 

「関係が増えることと、良い関係が増えることは同じではない」

 

「最初から悪いものだと決める必要もないけどね」

 

 平田は穏やかに返した。

 

 ルルーシュは否定しなかった。

 

 人間関係が増えれば、情報も増える。

 

 同時に、守る必要のある場所と、利用される可能性も増える。

 

 綾小路がそれをどう扱うのかは、まだ分からない。

 

     ◇

 

 放課後。

 

 堀北は空いた教室の机へ、体育祭の記録を並べていた。

 

 競技ごとの得点。

 

 負傷者と離脱者。

 

 Cクラスと直接接触した回数。

 

 正式参加表と内部管理表の差分。

 

 最後に、クラスポイントの変動。

 

 三百七十七から二百七十七。

 

 失った百ポイントは、どの競技か一つだけを修正すれば防げたものではない。

 

「須藤と私へ得点を集中させすぎた」

 

 堀北が言った。

 

「結果だけなら、合理的な配置だった」

 

 向かい側に座るルルーシュが答える。

 

「二人が最後まで予定どおり動けるならな」

 

「その前提を疑わなかった。それが失敗よ」

 

 堀北は須藤の名前が書かれた欄へ、短い線を引いた。

 

「能力があることと、負担を集中させていいことは別だった」

 

「理解したなら、次は条件へ入れろ」

 

「言われなくてもそうするわ」

 

 堀北は別の紙へ視線を移す。

 

 Cクラスの競技配置を、Dクラスの参加表と重ねたものだった。

 

「問題は、こちらね」

 

「最終版を見ている」

 

「ええ。仮案だけでは、あれほど正確に弱い競技へ人員を当てられない」

 

 正式参加表だけでは読み切れない役割まで、Cクラスは把握していた。

 

 誰が負傷時の補助へ回るか。

 

 どの競技で交代候補を残しているか。

 

 Dクラス内部で管理していた最終版へ触れなければ、判断しにくい情報が使われている。

 

「内部から流れた可能性は高い」

 

「可能性ではなく、ほぼ確実でしょう」

 

「外部から見ただけで再現できないと証明したわけではない」

 

「慎重ね」

 

「漏洩者を決めつけるための証拠がないだけだ」

 

 ルルーシュは閲覧記録と配布記録を分けた一覧を開く。

 

 内部管理の最終版を見られた生徒は一人ではない。

 

 作成に関わった者。

 

 競技別の確認を頼まれた者。

 

 提出前に誤記を点検した者。

 

 誰か一人を制限する根拠には足りなかった。

 

「それと、龍園の要求を消した材料」

 

 堀北が言った。

 

「録音だったらしいな」

 

「龍園本人から聞いたの?」

 

「ああ。音声を送った人物を探している」

 

「あなたではないと納得したのかしら」

 

「可能性が低いと判断しただけだ。完全には外していない」

 

「送った人物に心当たりは?」

 

「候補はいる。証拠はない」

 

 堀北は僅かに眉を寄せた。

 

「またそれね」

 

「証拠のない名前を伝えて何になる」

 

「警戒はできる」

 

「誤った相手を警戒すれば、本当の相手へ情報を渡す」

 

 ルルーシュは一覧を閉じた。

 

「分かっているのは、録音した者と送った者が同じとは限らないこと。音声の送信者は、龍園へ直接の見返りを要求しなかったこと。そして、お前たちへ事情を説明した者もいないことだけだ」

 

「結果として、私は助けられた」

 

「だから味方だとは限らない」

 

「あなた、本当に疑うことだけは得意ね」

 

「疑わずに失った結果が、そこにある」

 

 ルルーシュが参加表を示す。

 

 堀北は反論しなかった。

 

 体育祭では、漏洩者を特定できなかった。

 

 龍園の要求が止まった経緯も、すべては分かっていない。

 

 それでも、得たものが何もないわけではなかった。

 

 須藤は、自分の意思で戻った。

 

 平田は、殴られた後もクラスの運営を止めなかった。

 

 クラスの多くは、最下位という結果を自分と無関係な失敗として片づけていない。

 

 堀北は新しい用紙へ、次に必要な項目を書き始める。

 

 負担の分散。

 

 欠員が出た場合の代替手順。

 

 最終情報へ触れられる人数の制限。

 

「次は、同じ形では漏らさせない」

 

「漏洩者が分からなくても、経路は狭められる」

 

「ええ」

 

 堀北はペンを止めた。

 

「それと、須藤には勉強もさせる」

 

「体育祭の記録と関係があるのか」

 

「Aクラスを目指すと言ったのよ。運動だけで届くと思わせるつもりはないわ」

 

「本人へ説明してからにしろ」

 

「当然でしょう」

 

 以前なら、配置を決めてから従わせていたかもしれない。

 

 今は、須藤へ何を求めるかを先に言葉にしようとしている。

 

 ルルーシュは、その違いを指摘しなかった。

 

 本人が行動へ移せば、それで足りる。

 

     ◇

 

 綾小路は寮へ戻った後、体育祭当日の記録を端末上で整理していた。

 

 Cクラスの配置。

 

 堀北を狙った接触。

 

 龍園の要求。

 

 匿名で送った音声。

 

 要求は撤回された。

 

 真鍋へ追加の指示を出す必要もない。

 

 体育祭について、今すぐ処理すべき問題は一度途切れている。

 

 残っているのは、参加表が流れた経路だった。

 

 櫛田が内部管理の最終版へ触れていたこと。

 

 堀北へ強い敵意を持っていること。

 

 Cクラスが堀北個人を狙う配置を取ったこと。

 

 龍園が、Dクラス内部の情報を使っていたこと。

 

 すべてをつなげれば、櫛田は最有力候補になる。

 

 だが、送信を見たわけではない。

 

 龍園との具体的な取引内容も知らない。

 

 櫛田以外の経路が存在しないと証明したわけでもなかった。

 

 疑いを堀北へ伝えれば、櫛田は自分へ向けられた警戒を察知する。

 

 ルルーシュへ伝えれば、情報経路の制限が早まる可能性はある。

 

 同時に、綾小路がどこまで櫛田を知っているかも見られる。

 

 今は共有する利益が少ない。

 

 体育祭で使われた情報経路に櫛田が関わっているなら、次の試験での動きも確認材料になる。

 

 使われる経路は、遮断するだけが利用方法ではない。

 

 どこへ続いているか分からない道なら、あえて残すことで行き先が見える場合もある。

 

 端末が振動した。

 

 佐藤からの短いメッセージだった。

 

『今日は連絡先ありがとう。昨日の走りのこと、今度ちゃんと聞かせてね』

 

 綾小路は画面を見た。

 

 体育祭によって増えたものは、警戒だけではない。

 

 返信欄へ、無難な文章を入力する。

 

『話せることなら』

 

 送信した後、体育祭の記録へ戻る。

 

 表へ出た能力は、人間関係を変えた。

 

 隠したままの情報は、まだ別の関係をつないでいる。

 

 どちらも、扱い方を誤れば自分の位置を狭める。

 

     ◇

 

 数日後。

 

 全校生徒が体育館へ集められた。

 

 壇上には、生徒会役員が並んでいる。

 

 中央に立つ堀北学は、いつもと変わらない姿勢で生徒たちを見渡していた。

 

 その隣には南雲雅がいる。

 

 生徒会長の新旧交代式。

 

 堀北学が会長職を退き、南雲が新しい生徒会長となる日だった。

 

 会場が静まる。

 

 学は長い言葉を使わなかった。

 

 在任中に協力した生徒と教員へ礼を述べる。

 

 自分が退いた後も、学校の規則と生徒自身の選択が残ることを伝える。

 

 役職を手放す場でも、評価を求める様子はなかった。

 

 言葉が終わる。

 

 大きすぎない拍手が、体育館へ均等に広がった。

 

 堀北鈴音は、一年生の列から壇上を見ていた。

 

 兄が生徒会長として立つ最後の姿だった。

 

 表情は変えない。

 

 それでも、学が中央から一歩退いた瞬間だけ、視線がその動きを追った。

 

 代わって、南雲が前へ出る。

 

 空気の変化は早かった。

 

 南雲は堀北学より柔らかい表情で、会場全体へ視線を向ける。

 

 形式的な挨拶だけで終わらせず、生徒会を一部の優秀者だけのものにはしないと語った。

 

 能力を示した者には、学年を問わず機会を与える。

 

 学校生活を変えたい者は、自分から参加してほしい。

 

 断定的な命令ではない。

 

 聞いている側が、自分も選ばれるかもしれないと思える言葉だった。

 

 前方の二年生から、強い拍手が起こる。

 

 それが周囲へ広がり、学の時よりも大きな音となった。

 

 ルルーシュは壇上ではなく、拍手をする生徒たちを見ていた。

 

 堀北学は、距離を保ったまま規則と責任によって人を動かす。

 

 南雲は、距離を縮め、参加する利益を意識させることで人を集める。

 

 どちらも、権限だけに頼ってはいない。

 

 方法が違う。

 

 南雲の言葉に反応した生徒の多くは、具体的な制度を知らないまま期待を向けている。

 

 期待は、命令よりも多くの人間を自発的に動かすことがある。

 

 同時に、期待を向けた相手へ判断を預けやすくもなる。

 

「気になる?」

 

 隣に立つスザクが、小声で聞いた。

 

「新しい生徒会長が、何を変えるかはな」

 

「話してみる?」

 

「理由がない」

 

「向こうも、まだ僕たちを知らないだろうしね」

 

 南雲の視線が一年生の列を横切る。

 

 ルルーシュの前でも止まらない。

 

 体育祭で目立った生徒は複数いる。

 

 少なくとも、ルルーシュへ特別な関心を示す様子はなかった。

 

 式が終わり、生徒たちは順番に体育館を出る。

 

 堀北鈴音は、一度だけ兄のいる壇上を振り返った。

 

 だが、列を離れて近づくことはなかった。

 

     ◇

 

 教室へ戻ると、茶柱が一冊の資料を教卓へ置いた。

 

「生徒会の交代で浮ついている者もいるようだが、次の試験は待ってくれない」

 

 教室の空気が変わる。

 

 池が嫌そうに机へ伏せた。

 

「もう試験の話かよ……」

 

「二学期の期末試験だ。ただし、通常の筆記試験だけではない」

 

 茶柱は黒板へ文字を書く。

 

 特別試験――ペーパーシャッフル。

 

「今回、お前たちは二人一組で試験を受ける」

 

「二人一組?」

 

 平田が聞き返す。

 

「そうだ。事前に行う小テストの結果を基準に、学校がペアを決定する。本試験は八科目。各科目百点だ」

 

 茶柱は説明を続ける。

 

「評価は個人ではなく、ペアの合計点で行う。一科目でも二人の合計が六十点以下となるか、八科目の総合点がこのクラスへ設定された基準を下回れば、二人とも退学となる」

 

 机へ伏せていた池が顔を上げた。

 

「二人とも!? 片方が点取っても?」

 

「合計点が条件を満たせば問題ない。逆に言えば、一人だけが安全圏にいても意味はない」

 

「基準って何点ですか?」

 

 幸村が尋ねる。

 

「Dクラスに設定された総合点の基準は六百九十二点だ」

 

 ざわめきが広がった。

 

 八科目で六百九十二点。

 

 一人あたりに単純に分ければ、三百四十六点。

 

 だが、一科目ごとの最低条件もある。

 

 得意科目だけで総合点を稼ぎ、苦手科目を捨てることはできない。

 

「さらに、体育祭の個人総合得点下位十名には、期末試験で十点の減点が適用される」

 

 今度は、教室の複数箇所から声が上がった。

 

 体育祭の敗北は、クラスポイントを失っただけでは終わっていない。

 

 次の筆記試験へ、そのまま不利が持ち越される。

 

「待ってください」

 

 堀北が手を挙げる。

 

「ペアを決める小テストでは、その減点は適用されますか?」

 

「適用されない。減点対象は本試験だけだ」

 

「ペアは生徒側で選べないのですね」

 

「ああ。小テストの結果を基に、学校が決める」

 

 堀北はそれ以上聞かなかった。

 

 すでに、誰と誰が組めば危険になるかを考え始めている。

 

「ここまでなら、ただの協力型筆記試験だ」

 

 茶柱は黒板の右側へ、新たな項目を書く。

 

 攻撃。

 

 防衛。

 

「各クラスは、対戦相手が本試験で解く問題を作成する」

 

「俺たちがテストを作るんですか?」

 

 山内が声を上げる。

 

「学校の審査は入る。授業範囲を逸脱した問題や、解答不能な問題は認められない。Dクラスの対戦相手はCクラスだ」

 

 龍園のクラス。

 

 その名前が出ただけで、体育祭の記憶が教室へ戻った。

 

「お前たちが作った問題でCクラスを上回れば、攻撃側の勝利。Cクラスが作った問題を解き、相手より高い得点を取れば防衛側の勝利となる。攻撃と防衛、それぞれの勝敗で五十クラスポイントが動く」

 

「両方勝てば、百ポイント……」

 

 平田が呟く。

 

「両方負ければ、さらに百ポイントを失う」

 

 茶柱が訂正するように続けた。

 

 体育祭で失った百ポイントを取り戻す機会であると同時に、差をさらに広げられる危険でもある。

 

「問題作成の方法、提出期限、提出代表の登録については資料に記載してある。今日中に確認しておけ。小テストの日程は追って伝える」

 

 茶柱は資料を配らせた。

 

 紙が前から後ろへ回っていく。

 

 ルルーシュは受け取った資料を開く。

 

 二人一組の退学判定。

 

 他クラスが作る問題を解く防衛。

 

 自分たちが作る問題を相手へ解かせる攻撃。

 

 そして、その前に行われるペア決定用の小テスト。

 

 強い生徒が弱い生徒を支えるだけでは足りない。

 

 誰と誰を組ませるかで、必要な得点の配分が変わる。

 

 問題の質が高くても、提出前に外へ漏れれば攻撃にならない。

 

 相手の問題を予測できても、ペアの一人が一科目を崩せば退学条件へ届く。

 

「三つだな」

 

 ルルーシュが言った。

 

「何が?」

 

 平田が資料から顔を上げる。

 

「ペアを決める小テスト。相手へ渡す問題。そして、完成した情報を誰が扱うか」

 

「勉強だけじゃない、ってことだね」

 

「ああ。三つを別々に管理する必要がある」

 

 堀北が席を立ち、教室の前へ出た。

 

「少しいいかしら」

 

 茶柱は止めなかった。

 

 クラスメイトたちの視線が堀北へ集まる。

 

「体育祭では、私たちの内部情報がCクラスへ渡っていた可能性が高い」

 

 教室が静かになる。

 

 誰が漏らしたのかという声は、すぐには上がらなかった。

 

 堀北は個人名を出さない。

 

「今回、全員が問題作成へ無制限に関われば、完成版を外へ持ち出す機会も増える。だから、問題を作る作業と、最終版を統合して提出する作業を分けるわ」

 

「俺たちには問題作らせないってことか?」

 

 須藤が聞いた。

 

「違う。科目ごとに作成担当を決める。作った問題は段階ごとに提出してもらう。ただし、全科目をまとめた最終版へ触れられる人数は限定する」

 

「誰が触るんだ?」

 

「私と、必要な確認担当だけ。正式な提出担当も一人に絞る」

 

「堀北さんがやるの?」

 

 平田が尋ねる。

 

「学校の手続きを確認してから決める。でも、複数人が自由に提出できる状態にはしない」

 

 堀北は断定した。

 

「漏洩者を見つけてから対策するのでは遅い。誰が相手でも、完成版を持ち出せない仕組みにする」

 

 須藤は難しい顔で資料を見た。

 

「俺は何すりゃいい」

 

「まず小テストの前に、現在の学力を確認する」

 

「勉強しろってことかよ」

 

「Aクラスを目指すのでしょう?」

 

 体育祭後に自分で言った言葉を返され、須藤が黙る。

 

「運動だけで届くとは、あなたも思っていないはずよ」

 

「……分かったよ」

 

「今、何と?」

 

「やるって言ってんだよ。何回も言わせんな」

 

 須藤は顔を逸らした。

 

 堀北は笑わなかった。

 

「なら、後で現在の点数を確認するわ」

 

「いきなり厳しくねえか?」

 

「一緒に勝つのでしょう」

 

 須藤は反論せず、資料を開き直した。

 

 平田が、そのやり取りを見て小さく息をつく。

 

 ルルーシュは、堀北の方針へ口を挟まなかった。

 

 情報経路を限定する判断は妥当だった。

 

 何より、体育祭の失敗から堀北自身が選んだ対策である。

 

 上書きする理由はない。

 

「平田」

 

「うん」

 

「全員の直近の成績と、体育祭の減点対象を分けて一覧にして」

 

「今日中にまとめるよ」

 

「ランペルージ君」

 

「何だ」

 

「問題の版を管理する方法を考えて。誰が、いつ、どこを変更したか残る形がいい」

 

「提出権限を決めるのはお前だ」

 

「分かっているわ。記録方法だけ借りる」

 

「なら作る」

 

 堀北は次にスザクを見る。

 

「枢木君は、勉強が遅れている人へ教える役を頼める?」

 

「構わない。ただ、答えを覚えさせるだけにはしないよ」

 

「どういう意味?」

 

「時間が足りない時に、どの問題を先に解くかも一緒に考える。試験中は、隣から教えられないから」

 

「ええ。それでお願いするわ」

 

 役割が決まっていく。

 

 体育祭のように、一人の得点へすべてを預ける形ではない。

 

 それぞれが別の場所を担当し、最終情報だけを狭い経路へ集める。

 

 綾小路は自席から、その流れを見ていた。

 

 堀北は、参加表が漏れた原因を特定できていない。

 

 それでも、同じ方法を使わせない仕組みを先に作った。

 

 櫛田と龍園の間に情報経路があるなら、完成版へ近づく方法を変える必要がある。

 

 その変化は、観察する価値がある。

 

 綾小路は何も言わなかった。

 

 自分が櫛田を疑っていることも。

 

 龍園との関係を利用できる可能性を考えていることも。

 

 今は、共有する段階ではない。

 

     ◇

 

「みんな、協力して頑張ろうね」

 

 櫛田が明るい声で言った。

 

 張りつめていた教室の空気が、僅かに緩む。

 

「勉強が苦手な人も、分からないところがあったら遠慮しないで。私もできる限り手伝うから」

 

 池がすぐに手を挙げた。

 

「櫛田ちゃん、俺もう全部分からない!」

 

「資料を開く前から言わないの」

 

 笑いが起きる。

 

 櫛田も笑っていた。

 

 体育祭で参加表が漏れた話をされても、表情は変わっていない。

 

 堀北が最終版と提出権限を限定すると告げても、反対しなかった。

 

 机の上には、配られた試験資料が開かれている。

 

 机の下では、別の画面が開いていた。

 

 表示されている連絡先は、龍園翔。

 

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総合評価:3721/評価:7.98/連載:43話/更新日時:2026年08月14日(金) 21:23 小説情報

ようこそAクラスの教室へ(作者:yadooo)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

最も不良品であるはずの綾小路が、何故だか優秀な生徒達の集まるAクラスに配属されるIFストーリー。▼


総合評価:4397/評価:8.81/連載:44話/更新日時:2026年08月30日(日) 19:35 小説情報


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