反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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二人一組

 ペーパーシャッフルの説明から二日後。

 

 放課後の教室には、四人だけが残っていた。

 

 黒板には、堀北が書き出した四十二人分の名前が並んでいる。

 

 その横には、直近の筆記試験、小テスト、体育祭で減点対象となった生徒、科目ごとの得意不得意が記された一覧が貼られていた。

 

「ランペルージ君と枢木君を除けば、ある程度は調整できる」

 

 堀北が言った。

 

「学力の高い人と低い人が組むように、目標とする得点帯をずらせばいい。もちろん全員を予定どおりに動かせるとは思っていないけれど、危険な組み合わせを減らすことはできる」

 

「一位と最下位、二位と下から二位。学校がそういう順番で組ませるなら、順位が一つ動くだけで相手も変わるね」

 

 平田は一覧へ目を落とした。

 

 堀北と須藤。

 

 櫛田と池。

 

 平田と山内。

 

 現在分かっている学力差と、本人たちが狙える得点から、いくつかの組み合わせが仮置きされている。

 

 だが、一覧の端にある二つの名前だけは、どの位置にも収まっていなかった。

 

 ルルーシュ・ランペルージ。

 

 枢木スザク。

 

「二人が普通に受けた場合、どの辺りになる?」

 

 平田が尋ねた。

 

「私が一位になる可能性が高い」

 

 ルルーシュは答えた。

 

「スザクも上位に入る」

 

「ずいぶん自信があるのね」

 

「過去の問題と授業範囲は確認した。間違える要素が少ない」

 

「僕まで決めつけないでくれる?」

 

 スザクが隣から言った。

 

「上位へ入らないのか?」

 

「入ると思う。でも、僕の答えは僕に聞いてほしい」

 

「今、聞いた」

 

「順番が逆だよ」

 

 ルルーシュは反論しなかった。

 

 以前なら、必要な能力があることを確認した時点で、本人の返答まで待たなかったかもしれない。

 

 今は、その一手を省かない。

 

「現在の想定順位へ二人が割り込めば、今の組み合わせは崩れる」

 

 堀北が黒板へ二本の線を加えた。

 

「その場合、二位以下が順番に押し下げられる。上位だけの問題ではないわ。下位の位置もずれて、体育祭の減点を持つ生徒同士が組む可能性が出る」

 

「組み合わせを一から作り直すことは?」

 

 スザクが聞いた。

 

「できなくはないよ」

 

 平田が答える。

 

「ただ、全員の得点を正確に合わせるのは難しい。勉強して点を上げることはできても、誰かが予想より一問多く正解しただけで順位は動くから」

 

「四十二人全員を操作しようとすれば、誤差も四十二人分になる」

 

 ルルーシュは黒板の両端を指した。

 

「なら、私たち二人だけで誤差を閉じればいい」

 

 堀北が目を細める。

 

「具体的には?」

 

「私が一位を取る。スザクが最下位を取る」

 

 平田がすぐには返事をしなかった。

 

 スザクも、黒板の自分の名前を見たまま黙っている。

 

「一位と最下位なら、二人がペアになる」

 

 ルルーシュは続けた。

 

「残る四十人の相対順位は変わらない。堀北たちが想定した二十組も維持できる」

 

「枢木君に、わざと点を取らせないということね」

 

「ああ」

 

「それを本人の前で、本人へ聞く前に案として出すのね」

 

「聞くために説明している」

 

 堀北は呆れたように息を吐いた。

 

 平田は黒板とスザクを交互に見る。

 

「危険は?」

 

「まず、得点調整に失敗する可能性」

 

 ルルーシュは指を折った。

 

「スザクより下の点を取る者がいれば、二人は組めない。私が一位を逃しても同じだ。その場合、想定していた順位がずれ、複数のペアが変わる」

 

「他には?」

 

「スザクは、勉強ができない人間だと思われる」

 

 本人ではなく、平田の表情が曇った。

 

「小テストの結果だけを見れば、そうなるね」

 

「教師にも不自然だと思われるかもしれない。クラスメイトへ理由を説明しなければ、今後の学習担当としての信用も落ちる」

 

「本試験で僕たちが失敗すれば、退学するのも僕たち二人だね」

 

 スザクが言った。

 

「ああ」

 

「別の案は?」

 

「二人とも自然な得点を取り、それぞれ別の低得点者と組む」

 

 ルルーシュは即答した。

 

「私とスザクが高得点を取れば、二組を安全圏へ押し上げられる。得点力を広く使うという意味では、その方が効率はいい」

 

「なら、そちらを選ばない理由は?」

 

「残る組み合わせが不安定になるからだ。私たちが入ることで順位全体がずれる。誰を支えることになるかも、小テストが終わるまで確定しない」

 

 スザクはしばらく答えなかった。

 

 自分が低い点を取れば、自分への評価が下がる。

 

 失敗すれば、ルルーシュだけではなく、別の生徒にも危険が移る。

 

 自然な得点を取れば、自分の力で誰か一人を支えることはできる。

 

 だが、その選択によって別の組み合わせが崩れれば、支えた人数より多くの人間を危険へ入れる可能性がある。

 

「確認したい」

 

 スザクが顔を上げた。

 

「この案で失敗した時、危険を引き受けるのは僕たちだけ?」

 

「順位調整そのものが成功すればな」

 

「成功させるために必要な最低点は?」

 

「現状の最下位予測より下。無解答に近い点なら確実だ」

 

「僕が最下位を取ったことで、他の誰かの本試験での減点が増えることは?」

 

「ない。体育祭の減点対象はすでに決まっている。今回の小テストはペア決定に使われるだけだ」

 

「僕たちが一組になることで、残る四十人の順位は維持される?」

 

「ああ」

 

「分かった」

 

 スザクは黒板から視線を外した。

 

「その案でいこう」

 

 平田が僅かに身を乗り出す。

 

「本当にいいの?」

 

「僕が自然に点を取る方が、気持ちは楽だよ。でも、その結果が誰に押しつけられるか分からないなら、自分で選べる方を引き受ける」

 

 スザクはルルーシュを見る。

 

「ただし、クラス全体へ説明しないとしても、堀北さんと平田君には得点の基準を共有して。途中で条件が変わったら、僕にも伝えてほしい」

 

「当然だ」

 

「それから、本試験では手を抜かない」

 

「そのつもりで組ませる」

 

「なら、同意する」

 

 ルルーシュは短く頷いた。

 

 命令ではなかった。

 

 危険を説明し、代わりの方法を示し、本人が選んだ。

 

 時間はかかった。

 

 だが、決定の重さを負う者が、その内容を知らないまま動くことはない。

 

     ◇

 

 小テスト当日。

 

 茶柱は問題用紙を配り終えると、教卓の前で腕を組んだ。

 

「この結果によって、お前たちのペアが決まる。隣の者と相談するな。始めろ」

 

 紙をめくる音が重なる。

 

 問題は授業範囲から均等に出されていた。

 

 基礎を理解していれば解けるものが多い。

 

 ルルーシュは最初の一問を読み、迷わず答えを書き始めた。

 

 計算問題。

 

 英文法。

 

 歴史の年代。

 

 選択問題だけでなく、短い記述もある。

 

 見直しを含めても、制限時間は十分だった。

 

 数席離れた場所では、スザクが問題用紙を開いたまま鉛筆を止めている。

 

 一問目の答えは分かっていた。

 

 二問目も、三問目も同じだった。

 

 それでも、解答欄へは書かない。

 

 自分が知っている答えを、知らないふりをして残す。

 

 相手を騙すためではない。

 

 誰かへ危険を移さないために、自分の順位を下げる。

 

 理由を理解していても、不自然さが消えるわけではなかった。

 

「枢木」

 

 茶柱の声が飛ぶ。

 

 教室の複数人が顔を上げかける。

 

「問題用紙に不備でもあるのか」

 

「いいえ」

 

「なら、手を動かせ」

 

「分かりました」

 

 スザクは一つだけ答えを書く。

 

 完全な白紙では、別の意図を疑われる。

 

 だが、最下位を外れるほど取るわけにはいかない。

 

 必要な位置へ収めるための点だけを残す。

 

 前方では、須藤が頭を抱えていた。

 

 堀北から事前に指定された目標点がある。

 

 体育祭前なら、分からない問題を前にした時点で投げていたかもしれない。

 

 今は、解ける問題を探して紙をめくる。

 

 計算式を途中まで書き、違うと気づいて消す。

 

 隣の堀北を見ることはできない。

 

 それでも、試験後に点数を確認されることだけは分かっていた。

 

 池は選択肢を睨み、山内は早くも鉛筆を転がしている。

 

 平田は一定の速度で解答を進める。

 

 櫛田も、普段の成績から大きく外れない範囲で問題を解いていた。

 

 綾小路は、自分に必要な位置を考えながら答えを選ぶ。

 

 高すぎず、低すぎない。

 

 佐藤と組む可能性を予測していたわけではない。

 

 ただ、堀北と平田がクラス全体の順位を調整していることは見えている。

 

 自分が余計な位置へ入れば、その計算を崩す。

 

 平均付近へ収まるよう、正解数を整える。

 

 視線を上げることなく、教室の鉛筆の音を聞いた。

 

 迷いなく進む音。

 

 途中で止まる音。

 

 消しゴムを何度も使う音。

 

 スザクの席から聞こえる音だけが、極端に少なかった。

 

 意図的な得点調整。

 

 ルルーシュと堀北が関わっている可能性は高い。

 

 理由までは分からない。

 

 だが、ルルーシュとスザクの得点が順位表へ与える影響を考えれば、目的は推測できた。

 

 綾小路は自分の解答を一つ消した。

 

 誰かの計算へ協力するためではない。

 

 自分の位置を、不要に目立たせないためだった。

 

     ◇

 

 結果が発表されたのは翌日の午後だった。

 

 茶柱が教卓へ置いた紙には、二十一組の名前が並んでいる。

 

「一度決まったペアは、原則として変更できない。自分の相手を確認しろ」

 

 前方から、紙が回される。

 

 受け取った者から、教室の空気が少しずつ変わっていった。

 

「嘘だろ……」

 

 池の声が最初に響いた。

 

「俺、櫛田ちゃんとペア!?」

 

「うん。よろしくね、池君」

 

「絶対頑張る! 今からでも頑張る!」

 

「今まで頑張ってなかったみたいに聞こえるよ」

 

「今からもっと頑張る!」

 

 周囲から笑いが起きる。

 

 山内は自分の相手が平田だと知り、机へ突っ伏した。

 

「助かった……俺、生き残った……」

 

「僕だけでどうにかする試験じゃないよ」

 

 平田は苦笑しながら言う。

 

「山内君にも取ってもらう科目はあるから、一緒に確認しよう」

 

「分かった。分かったけど、最初に助かったって言わせてくれ」

 

 須藤は紙を見たまま黙っていた。

 

 自分の隣に、堀北鈴音の名前がある。

 

「何か不満?」

 

 堀北が尋ねる。

 

「別に」

 

「なら、今日から始めるわよ」

 

「今日からかよ」

 

「本試験までの日数は増えないもの」

 

「分かってるって」

 

 返事には不満が混じっている。

 

 それでも、以前のように逃げる言葉はなかった。

 

 綾小路は、自分の名前の隣を確認する。

 

 佐藤麻耶。

 

「綾小路君」

 

 少し離れた席から、佐藤が紙を持って近づいてきた。

 

「私たち、ペアだね」

 

「そうらしいな」

 

「その反応、ちょっと薄くない?」

 

「驚いてはいる」

 

「顔に出ないんだね」

 

「よく言われる」

 

 佐藤は呆れたように笑った。

 

「私、苦手な科目もあるけど、足を引っ張らないようにするから」

 

「俺も同じだ」

 

「綾小路君、本当に成績どおり?」

 

「小テストは成績に近い点だったはずだ」

 

「走る方は成績どおりじゃなかったけどね」

 

 返す言葉を探している間に、佐藤は続けた。

 

「今日、苦手科目だけ確認しよ。連絡するね」

 

「ああ」

 

 佐藤は自分の席へ戻る。

 

 体育祭で生まれた接点が、今度は退学条件を共有する関係へ変わった。

 

 偶然の組み合わせでも、扱い方によって距離は変わる。

 

 教室の後方では、長谷部が三宅の名前を見ていた。

 

「三宅君って、勉強はどの辺?」

 

「普通だと思う」

 

「その普通が一番分かんないんだけど」

 

「長谷部は?」

 

「科目による。あと波瑠加でいいよ。名字で呼ばれると堅いし」

 

 三宅は一度だけ迷い、短く頷いた。

 

「分かった」

 

 幸村は井の頭の点数を確認し、すでに科目別の配分を考え始めている。

 

 全員が紙へ意識を向ける中、須藤が突然立ち上がった。

 

「おい、枢木」

 

 教室の後方へ声が飛ぶ。

 

「何?」

 

「お前、マジで最下位だったのか?」

 

 視線が一斉に集まった。

 

 紙には、最上位と最下位の組として、ルルーシュとスザクの名前が並んでいる。

 

「結果だけなら、そうなるね」

 

「走れて、力もあって、勉強までできたら気に入らねえと思ってたけど……最下位は最下位で引くぞ」

 

「力だけで何でもできるわけじゃないよ」

 

「そこじゃねえ」

 

 池が会話へ加わる。

 

「枢木って、授業中は普通に答えてなかった?」

 

「偶然分かるところだったんじゃね?」

 

 山内が言った。

 

 スザクは否定しなかった。

 

 説明すれば、クラス全体の順位を調整したことまで伝える必要がある。

 

 理由を知らない者から見れば、自分たちの組み合わせを勝手に決めた行為にもなる。

 

 今ここで得る理解より、余計な不信の方が大きい。

 

「本試験で迷惑をかけないようにするよ」

 

 スザクが答える。

 

「相手がランペルージなら大丈夫だろうけどよ」

 

 須藤は納得しきれない顔で座った。

 

 低い点を取ったという結果だけが残る。

 

 それは事前に説明された代価だった。

 

 スザクは、自分で選んだ以上、すぐに取り消そうとはしなかった。

 

 ルルーシュは向けられる視線を気にせず、二十一組の一覧を確認する。

 

 堀北と平田が想定していた主要な組み合わせは維持されている。

 

 順位調整は成功した。

 

「予定どおりね」

 

 堀北が小声で言う。

 

「ああ」

 

「枢木君への誤解も?」

 

「想定内だ」

 

「その言い方、本人の負担を数字で処理しているように聞こえるわ」

 

「本人は理解して選んだ」

 

「なら、あなたも忘れないことね」

 

「何をだ」

 

「理解して選んだことと、負担がなくなることは同じではないでしょう」

 

 ルルーシュは一度、スザクの方を見た。

 

 複数の生徒に囲まれ、勉強が苦手なのかと聞かれている。

 

「分かっている」

 

 返答までに、僅かな間があった。

 

     ◇

 

 ペアが決まった日の放課後から、教室の使い方が変わった。

 

 机は二つずつ近づけられ、黒板には科目別の目標点が書かれている。

 

 堀北と平田は、各ペアの直近の成績を基に、必要な点数を分けていた。

 

 同じ科目で二人とも高得点を取る必要はない。

 

 一方が苦手なら、もう一方が補う。

 

 ただし、一科目でも二人の合計が六十点以下になれば、その時点で退学条件へ触れる。

 

「平均点だけを見るな」

 

 ルルーシュは作成した一覧を机へ置いた。

 

「八科目の合計が六百九十二点を超えても、一科目を落とせば終わる。逆に、全科目で六十点を僅かに超えても、総合点が不足する」

 

「つまり、どっちも見ないと駄目ってこと?」

 

 池が聞いた。

 

「そう言っている」

 

「難しく言わないで最初からそう言ってくれよ」

 

「今の説明で難しいなら、問題文を最後まで読む練習から始めろ」

 

「櫛田ちゃん、こいつ怖い!」

 

「ランペルージ君の言い方は厳しいけど、内容は大事だよ」

 

 櫛田は池の隣で一覧を覗き込む。

 

「池君は国語と社会で点を落としすぎないようにしよう。私が英語と数学を多めに取るから」

 

「櫛田ちゃんに任せる!」

 

「任せきりは駄目」

 

 笑いながらも、櫛田は池の問題集を開かせた。

 

 平田は山内の横で、どの科目なら目標へ届くかを一つずつ確認している。

 

「全部無理って言う前に、前のテストを見よう」

 

「見たらもっと無理って分かるかもしれないぞ」

 

「その時は、取れるところを探すよ」

 

「平田、優しすぎて逆に逃げにくいんだけど」

 

「逃げないなら、それでいいよ」

 

 教室の前方では、堀北が須藤の答案を机へ並べていた。

 

「数学は計算途中まで合っている問題がある。ここは練習すれば取れるわ」

 

「英語は?」

 

「単語が足りない」

 

「一番嫌なやつじゃねえか」

 

「嫌かどうかで点数は変わらない」

 

「分かってるよ」

 

「なら、今日覚える分を決める」

 

 須藤は文句を言いながら、堀北が差し出した単語表を受け取った。

 

 以前のように、机を蹴って席を立つことはない。

 

 教室の中央では、スザクが三人の生徒を前にしていた。

 

 問題を解く順番を、実際の答案を使って説明している。

 

「最初から全部解こうとしなくていい」

 

「でも、飛ばしたら忘れそう」

 

「印を付けておけば戻れる。大事なのは、一問に時間を使いすぎて、解ける問題を残さないことだよ」

 

 スザクは答案の端へ小さな印を書く。

 

「まず、見た瞬間に分かる問題。次に、少し考えれば解ける問題。最後に、時間が残ったら難しい問題へ戻る」

 

「でも枢木君、小テスト最下位だったんだよね?」

 

 一人が遠慮がちに聞いた。

 

 周囲の会話が僅かに小さくなる。

 

 スザクは困ったように笑った。

 

「そうだね」

 

「教えてもらって大丈夫なの?」

 

「説明を聞いて、役に立たないと思ったら別の人へ聞いていいよ」

 

 答えだけで自分の能力を証明しようとはしなかった。

 

 問題を一つ選び、解き方を順に示す。

 

 何を先に見つけるか。

 

 どこで計算を止めるか。

 

 選択肢から間違いを減らす方法。

 

 聞いていた生徒は、途中から小テストの順位を気にしなくなっていた。

 

 ルルーシュは離れた席から、その様子を確認する。

 

 誤解を解くために説明するより、必要な場面で能力を示した方が早い。

 

 スザクはそう判断したらしい。

 

 今回の役割を引き受けた時と同じように、行動で代価を処理している。

 

「ルルーシュ」

 

 スザクが呼ぶ。

 

「このペア、体育祭の減点がある。目標点は一覧より十点高く見た方がいいんだよね?」

 

「ああ。ただし一科目へ十点を加えるのではない。学校の処理は本試験の得点へ適用される。余裕を一科目だけに集中させるな」

 

「分かった。全体で取り戻せるように組み直す」

 

 説明を聞き、スザクは自分で表を書き換える。

 

 許可を求めているわけではない。

 

 目的と条件を確認し、その後の方法は自分で決めている。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 綾小路は図書室の一角にいた。

 

 向かいには幸村が座り、その隣に三宅と長谷部がいる。

 

 少し離れた席では、佐倉が問題集を開いていた。

 

 教室の勉強会とは別に、幸村が声をかけて集めた小さな集まりだった。

 

「教室は人数が多すぎる」

 

 幸村は問題集へ付箋を貼りながら言った。

 

「質問に答えるだけで時間が終わる。ここでは、各自が分からないところだけを持ち寄る」

 

「それ、私たちを教えるためじゃなくて、自分が静かに勉強したいだけじゃない?」

 

 長谷部が尋ねる。

 

「両方だ」

 

「正直なのは嫌いじゃないけど」

 

 三宅は会話に入らず、英語の長文へ線を引いている。

 

 佐倉は分からない問題があっても、すぐには声を上げなかった。

 

 綾小路は、その四人を順に見る。

 

 幸村は効率を求めている。

 

 三宅は必要以上に話さない。

 

 長谷部は沈黙が続くと、自分から軽い言葉を挟む。

 

 佐倉は、人前で質問するまでに時間がかかる。

 

 性格は揃っていない。

 

 だが、教室全体の空気へ合わせ続けるより、少人数の方が動きやすいという点では一致していた。

 

「それで、綾小路は何が苦手なんだ?」

 

 幸村が聞いた。

 

「特別苦手な科目はない」

 

「なら、なぜ来た」

 

「誘われたからだ」

 

「断る理由もなかった、って顔だね」

 

 長谷部が笑う。

 

「顔に出ていたか?」

 

「出てないから、たぶんそうかなって」

 

 体育祭の後から、表情について聞かれることが増えた気がする。

 

「綾小路君」

 

 佐倉が小さな声で呼んだ。

 

「この問題、途中までは分かるんだけど……」

 

 差し出された問題集を見る。

 

 綾小路は答えを直接言わず、どこまで理解しているかを確認した。

 

 佐倉が自分の言葉で式を説明する。

 

 途中の一箇所だけを修正すると、残りは自分で解くことができた。

 

「できた……ありがとう」

 

「俺は間違っていた場所を言っただけだ」

 

「それが分からなかったから」

 

 幸村がこちらを見る。

 

「教えるのは意外と上手いんだな」

 

「問題が簡単だっただけだ」

 

「またそうやって普通の側へ戻ろうとしてる」

 

 長谷部が言った。

 

 三宅が初めて顔を上げる。

 

「体育祭の走りのことか」

 

「そう。速いのに隠してた人が、勉強は普通ですって言っても説得力なくない?」

 

「小テストの結果は普通だった」

 

「点数まで調整してたりして」

 

 長谷部は冗談として言った。

 

 綾小路は否定も肯定もしない。

 

「その沈黙、ちょっと怖いんだけど」

 

「考えすぎだ」

 

「そういうことにしとく」

 

 会話はそこで終わり、再び紙をめくる音が戻る。

 

 大きな約束を交わしたわけではない。

 

 誰かが誰かを信頼すると決めたわけでもない。

 

 同じ机を囲み、分からないところを聞き、必要な時だけ答える。

 

 その程度の関係だった。

 

 だが、関係は最初から名前を持って始まるとは限らない。

 

 同じ場所へ何度か集まれば、それだけで次に声をかける理由になる。

 

     ◇

 

 図書室へ向かう五人を、ルルーシュは廊下から見ていた。

 

 幸村が先を歩き、長谷部が何かを話している。

 

 三宅は少し離れ、佐倉は綾小路の近くにいた。

 

「綾小路君たち、教室の勉強会には戻らないのかな」

 

 隣にいた平田が言った。

 

「必要な点が取れるなら、場所は関係ない」

 

「でも、全体の進み方は確認した方がいいよね」

 

「成績と提出物は共有させればいい」

 

「あの集まりを、こちらへ組み込む必要はない」

 

「意外だね」

 

「何がだ」

 

「ランペルージ君なら、全員を同じ仕組みの中へ置きたがると思ってた」

 

「管理する目的は、同じ行動をさせることではない」

 

 危険なペアがないか。

 

 必要な目標点へ届いているか。

 

 情報が外へ漏れる経路が増えていないか。

 

 確認すべきなのはそれだけだ。

 

 誰が誰と勉強するかまで固定すれば、自分で動く余地を奪う。

 

「やっぱり観察はしてるんだね」

 

「見えているものを無視する理由がない」

 

 平田は苦笑した。

 

「それでも、無理に止めないなら十分だと思うよ」

 

 二人は教室へ戻る。

 

 中では、決まったペア同士が机を並べていた。

 

 須藤は単語表を睨み、池は櫛田へ質問を続け、山内は平田が戻るのを待っている。

 

 スザクは別の生徒へ、問題を飛ばす印の付け方を教えていた。

 

 全員が、誰かと一組になった。

 

 成績の高い者も。

 

 低い者も。

 

 自分の相手を望んだ者も、偶然決められた者も。

 

 櫛田は池の隣で笑いながら、問題集のページを指している。

 

 教室の空気へ自然に溶け込み、誰より多くの生徒へ声をかけていた。

 

 誰かと組むことと、同じ目的を持つことは同じではない。

 

 全員が誰かと組んだ。

 

 それでも、クラスの中には誰とも目的を共有していない者がいる。

 

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