反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
提出期限まで、残り三日。
朝の職員室には、まだ生徒の姿がほとんどなかった。
堀北は入口で一度足を止め、室内を見渡した。
茶柱は自席で書類を確認している。
「茶柱先生。少し確認したいことがあります」
声をかけると、茶柱は書類から目を上げた。
「ペーパーシャッフルの提出についてか」
「ええ」
「朝から熱心なことだな」
皮肉には答えず、堀北は資料を開いた。
「Dクラスの正式な提出代表を、私一人に指定できますか」
「代表者の登録欄は資料にある。期限までに提出すればいい」
「登録後、別の生徒が先に問題を持ち込んだ場合は?」
茶柱の目が僅かに細くなる。
「何を想定している」
「正式な代表ではない生徒が、Dクラスの問題だと主張して封筒を持ってくる可能性です」
「普通なら追い返せば済む」
「追い返さないでください」
茶柱は黙った。
職員室の奥で、別の教師が椅子を引く音がする。
堀北は声を落とした。
「受け取ったように見せてほしいんです。ただし、正式な提出物としては扱わないでください」
「教師に、生徒を騙せと言っているのか」
「嘘をついてほしいとは言っていません」
堀北は登録欄を指した。
「正式代表が私一人なら、それ以外の生徒が持ち込んだものは、最初から正式提出にはなりません。先生が封筒を受け取って保管しても、採用する必要はないはずです」
「持ち込んだ本人へ、その場で無効だと説明しないでほしい、と」
「はい」
「理由は」
「体育祭では、提出した参加表と同じ内容がCクラスへ渡りました」
茶柱の表情から、僅かな軽さが消える。
「内部に情報を流した者がいると考えているのか」
「断定はできません。ただ、同じ相手が今回も動く可能性はあります」
「なら、そいつを提出から遠ざければいい」
「遠ざけるだけでは、何をしようとしたか分かりません」
堀北は一度言葉を切った。
「持ち込んだ時点で止めれば、次は別の方法を使われます。こちらが気づいていることも伝わる。正式問題を守れるなら、行動そのものを確認したいんです」
「随分と慎重になったものだな」
「同じ失敗を二度するつもりはありません」
茶柱は資料を手に取った。
「私は、規則にない提出物を正式問題として扱わない。それだけだ」
「十分です」
「受け取った封筒には、持参者と時刻を記録する。後で問題になった時、私まで共犯扱いされては困るからな」
「お願いします」
「それと、正式版を提出する時は、お前自身が持ってこい」
「そのつもりです」
堀北は正式代表の欄へ、自分の名前を書いた。
茶柱が確認し、書類へ印を押す。
これで、Dクラスの正式な提出者は堀北一人になった。
他の誰かが先に封筒を持ち込んでも、それは正式問題にはならない。
体育祭では、漏れた後で追うことしかできなかった。
今回は、漏れる前から出口を一つに絞る。
「堀北」
職員室を出ようとした時、茶柱が呼び止めた。
「相手が誰であれ、勝手に処分まで決めるな」
「分かっています」
「本当に分かっている顔には見えないがな」
「今決めているのは、提出物の扱いだけです」
堀北はそう答え、職員室を出た。
◇
教室では、問題作成が最終段階へ入っていた。
平田が科目ごとの担当者から修正版を集める。
堀北が内容を確認する。
ルルーシュは採用版と不採用版を分け、変更された箇所と時刻を記録する。
その一連の作業へ、櫛田も自然に加わっていた。
「英語の六問目、選択肢の順番を変えた方がいいかも」
櫛田が用紙を差し出す。
「どうして?」
平田が尋ねた。
「前の問題と同じ答えが続いてるから。偶然でも、受ける側が偏りに気づくかもしれないよ」
「確かにそうだね」
平田は作成担当へ戻す問題の一覧へ加えた。
指摘は正しい。
他の生徒へ教える時も、櫛田は手を抜いていない。
池の苦手分野を覚え、質問されれば答え、問題文の不備にも気づく。
その働きだけを見れば、Dクラスの勝利へ貢献している。
ルルーシュは、それを否定しなかった。
「ランペルージ君」
「何だ」
「昨日までの不採用問題って、まだ残ってる?」
「ああ」
「確認してもいい?」
「目的は」
「似た問題を作ってないか見たいの。修正した後に、前に却下されたものと同じ形になってたら困るでしょ?」
「科目を指定しろ」
「国語と英語。それから、できれば数学も」
ルルーシュは端末上の閲覧範囲を変更した。
「複製と外部送信はできない。確認だけだ」
「分かってるよ」
櫛田は礼を言い、表示された不採用版を開いた。
視線は問題文を追っている。
時折、採用候補の用紙と見比べ、重複する表現へ印を付ける。
不自然な動きはない。
だが、必要だと申告した三科目以外へも、画面を切り替えようとした形跡が残った。
閲覧権限がなければ、開くことはできない。
ルルーシュは何も言わず、時刻だけを記録した。
「見つかったか」
「国語に一つだけ。平田君へ伝えてくるね」
櫛田は端末を返した。
表示されていたのは、申告どおり国語の不採用版だった。
「ありがとう」
「ああ」
櫛田は平田の席へ向かう。
途中で池に呼び止められ、問題集を覗き込む。
誰に対しても同じ声で答え、同じように笑う。
ルルーシュは端末へ、閲覧を試みた科目を追記した。
疑いはある。
確定ではない。
だからこそ、行動を止めるより先に残す。
◇
その日の夜。
櫛田は寮の自室で、複数の問題案を一つにまとめていた。
教室で閲覧できた不採用版。
自分が作成へ関わった問題。
修正前に手元へ残していた用紙。
全てが最新ではない。
しかし、授業範囲から外れておらず、学校の審査を通せる形には整えられる。
正式版と完全に同じである必要はなかった。
先に学校へ持ち込み、Dクラスの提出物として受け取らせればいい。
その後で堀北が別の問題を出しても、提出済みだと主張できる。
少なくとも、櫛田はそう考えていた。
問題番号を揃える。
科目ごとの枚数を確認する。
解答欄の形式を統一する。
表紙には、Dクラス提出問題と記した。
正式代表者の名前は書かない。
学校側が確認を求めれば、自分はクラスの作成担当として持ってきたと説明する。
提出期限より前なら、堀北の準備が整っていないことも理由にできる。
端末が振動した。
龍園からの返信だった。
『本当に使われる問題なんだろうな』
櫛田は作業中の用紙を見た。
正式版ではない。
だが、それを伝える理由はない。
『私が先に提出する。学校が受け取れば、こっちが正式になる』
『随分と都合のいい話だ』
『堀北さんが出す前なら問題ないよ』
『失敗したら?』
『失敗しない』
短い間を置いて、次の文章が届いた。
『なら、こっちの問題と答えを渡す。お前が持ってくる問題の答えも寄越せ』
櫛田は作成した解答一覧を開いた。
まだ二科目分が埋まっていない。
『明日までに全部送る』
『期限は守れよ。使えねえなら切る』
文章はそこで途切れた。
櫛田は表情を変えず、残りの解答を作り始めた。
龍園が自分を信頼していないことは分かっている。
必要なのは信頼ではない。
互いに利用価値がある間だけ、取引が成立すればいい。
堀北と綾小路がいなくなれば、自分の秘密を知る者はいなくなる。
そのためなら、Dクラスが多少のポイントを失っても構わない。
いなくなった後で、また取り戻せばいい。
櫛田は問題へ向き直った。
◇
翌朝。
櫛田は普段より早く寮を出た。
鞄の中には、封筒が二つ入っている。
一つは学校へ持ち込む問題。
もう一つは、龍園へ渡す写しと解答だった。
校舎へ入る前に、指定された場所へ向かう。
特別棟の裏手。
授業開始まで時間があり、人通りは少ない。
先に待っていたのは、龍園一人ではなかった。
少し離れた位置に、伊吹が壁へ背を預けている。
「遅えな」
「指定された時間どおりだよ」
櫛田は笑顔で答えた。
「これがDクラスの問題と解答」
封筒を差し出す。
龍園は受け取ったが、すぐには開かなかった。
「先に聞く。この問題を出すのは誰だ」
「私」
「堀北じゃなく?」
「私が先に持っていく。先生が受け取れば終わりでしょ」
「教師が代表者も確認せず受け取ると思ってんのか」
「問題作成には私も関わってる。クラスの提出物だって言えば、追い返す理由はないよ」
龍園は櫛田の顔を見た。
「ずいぶん必死だな」
「龍園君には関係ないよ」
「関係あるさ。使えない餌を渡されちゃ困る」
櫛田の笑顔が僅かに硬くなる。
「約束した問題は?」
龍園は別の封筒を取り出した。
「CクラスがDクラスへ出す問題と、その解答だ」
櫛田が手を伸ばす。
龍園はすぐには離さなかった。
「一つ確認しておく。これを持ってることが学校に知られたら、俺はお前を守らねえ」
「私も龍園君を守らないよ」
「それでいい」
龍園が手を離す。
櫛田は封筒を鞄へ入れた。
「試験が終わるまで連絡しないで」
「命令か?」
「必要な条件」
「勘違いすんな。条件を決めるのは俺だ」
龍園はDクラスの封筒を片手で持ち上げた。
「こいつが本物なら、しばらく利用してやる」
「本物だよ」
「そうだといいな」
櫛田はそれ以上話さず、その場を離れた。
背後で伊吹が封筒を覗き込む気配がする。
「信用するの?」
「するわけねえだろ」
龍園の声が聞こえた。
櫛田は振り返らなかった。
信用される必要はない。
学校が受け取れば、それで目的は達成できる。
◇
櫛田が校舎へ入った時、昇降口の時計は八時を少し回っていた。
職員室へ向かうには早い。
茶柱が来ていることは、前日に確認していた。
廊下の角を曲がり、鞄から封筒を取り出す。
その姿を、ルルーシュは二階へ続く階段から見ていた。
櫛田が早く登校したこと。
教室へ向かわず、職員室側の廊下へ進んだこと。
鞄から、科目別の問題が入る大きさの封筒を出したこと。
いずれも、それだけでは不正の証明にならない。
提出に関わる役割を頼まれた可能性もある。
しかし、正式な提出者は堀北一人だ。
櫛田に封筒を持ち込む理由はない。
ルルーシュは追いかけなかった。
階段の位置から、職員室の入口だけを確認する。
櫛田が扉を開け、中へ入る。
時刻を記録する。
八時七分。
数分後、櫛田は封筒を持たずに出てきた。
表情に焦りはない。
職員室で拒否された者の顔ではなかった。
櫛田は廊下の反対側へ進み、教室へ向かう。
ルルーシュはその背中を見送った。
止めれば、封筒の中身は確認できるかもしれない。
だが、堀北は対策済みだと答えた。
正式提出者も堀北一人に絞られている。
今ここで櫛田へ問いただせば、堀北の策が機能する前に行動を変えさせる可能性がある。
ルルーシュは端末へ記録を追加した。
持込者。
持込時刻。
封筒の大きさ。
退出時に封筒を所持していないこと。
通信相手は分からない。
龍園へ何を渡したかも見ていない。
確認できたのは、櫛田が正式期限より前に何かを提出したことだけだった。
◇
職員室では、茶柱が受け取った封筒を自席の端へ置いていた。
表には、Dクラス提出問題と書かれている。
その下に、茶柱は小さく付箋を貼った。
非登録者持参。
八時七分。
櫛田桔梗。
封は開けない。
正式代表から提出されたものではない以上、内容を審査へ回す理由もない。
昼休み。
堀北が職員室を訪れた。
「来たぞ」
茶柱は机の端の封筒へ視線を向ける。
堀北は近づかず、表面だけを確認した。
「誰が持ってきましたか」
「お前が想定していた生徒だ」
「受理したと伝えましたか」
「預かる、とだけ言った。向こうが勝手に納得して帰った」
「十分です」
「中身を確認するか」
「いいえ」
堀北は即答した。
「正式版と違うことは分かっています。開封すれば、後で私たちが内容を利用したと言われる可能性がある」
「そこまで考えているなら結構だ」
「正式版は、予定どおり明日提出します」
「期限内なら好きにしろ」
堀北は封筒を見た。
櫛田が動いた。
予想していたことではある。
それでも、胸の奥へ重いものが残る。
クラスで問題を作り、池へ勉強を教え、誰かが困れば手を貸していた。
その同じ手で、別の問題を学校へ持ち込んだ。
だからといって、今ここで問い詰めることはしない。
先に提出したものは正式問題にならない。
Dクラス全体への被害は防げている。
残るのは、試験当日の得点勝負だった。
「茶柱先生」
「何だ」
「この封筒は、試験が終わるまでそのまま保管してください」
「証拠としてか」
「行動を確認するためです」
「言い方を変えても同じに聞こえるがな」
「退学させるために使うとは言っていません」
茶柱は堀北を見た。
「なら、何に使う」
「まだ決めていません」
「残すのか、切るのか」
「その二つだけで決めるつもりはありません」
茶柱は僅かに眉を上げた。
「随分と面倒な答えを覚えたものだ」
「面倒だから、考えずに済ませるつもりはありません」
堀北は職員室を出た。
◇
教室へ戻った堀北に、動揺はなかった。
席へ着き、問題作成の進み具合を確認する。
平田から数学と理科の最終候補を受け取り、修正点を一つずつ見る。
櫛田が近くを通っても、呼び止めなかった。
「堀北」
ルルーシュが小声で呼ぶ。
「何?」
「今朝、櫛田が職員室へ封筒を持ち込んだ」
「そう」
堀北は手元の問題から視線を上げない。
「驚かないのか」
「考えていた可能性の一つよ」
「対策は機能したと見ていいんだな」
「ええ」
それだけだった。
具体的に何をしたのかは話さない。
ルルーシュも聞かなかった。
堀北の返答に迷いはない。
正式版の作業も止めていない。
櫛田が提出した問題が採用されたなら、同じ作業を続ける意味はない。
つまり、先に持ち込まれた封筒は正式問題になっていない。
「分かった」
ルルーシュは自分の席へ戻る。
櫛田を止めなかった判断は、少なくともクラス全体の被害という点では間違っていない。
だが、残された問題がある。
櫛田は、なぜ無効になる可能性を考えずに動いたのか。
正式版ではない問題を、誰へ渡すつもりだったのか。
先行提出だけが目的なら、解答まで揃える必要はない。
通信そのものは確認できていない。
推測を証拠として扱うことはできない。
ルルーシュは櫛田が閲覧した不採用版と、現在の正式候補を比較した。
国語、英語、数学。
今朝持ち込まれた封筒の中身は見ていない。
しかし、櫛田が必要以上に確認した科目と、不採用版へ触れようとした科目は記録に残っている。
次に同じ問題が外部で利用されれば、経路はさらに狭まる。
◇
放課後。
堀北は完成した正式問題を平田と確認していた。
表紙。
科目順。
問題番号。
解答一覧。
採用した版。
最後まで確認し、封筒へ入れる。
「これで全部だね」
平田が言った。
「ええ。後は私が提出する」
「一緒に行こうか?」
「必要ないわ。正式代表は私一人にしている」
「分かった。でも、提出したら連絡して」
「そうする」
平田はそれ以上尋ねなかった。
櫛田が別の封筒を持ち込んだことも知らない。
知らないまま、クラス全体の問題作成を最後まで支えた。
平田に知らせれば、問題作成をまとめながら櫛田の動きまで疑わせることになる。今、その負担まで背負わせる理由はなかった。
堀北は封筒を鞄へ入れた。
教室を出る前に、綾小路へ視線を向ける。
綾小路は席に残り、問題集を開いていた。
「綾小路君」
「何だ」
「先に出された問題は、正式なものにはならないわ」
周囲へ聞こえない声だった。
「そうか」
「あなたが気にしていたことへの答えよ」
「具体的な方法は聞かない」
「助かるわ」
堀北は教室を出た。
綾小路は問題集へ視線を戻す。
櫛田の自信。
堀北の対策。
DクラスからCクラスへ渡された可能性のある偽の問題。
それだけなら、Dクラスの攻撃側は守られた。
だが、櫛田がCクラスの問題と解答を受け取っているなら、防衛側と個人的な勝負は残る。
堀北だけでは止められない部分だった。
綾小路は端末を取り出す。
登録されていない番号を選ぶ。
送る文章は短かった。
『櫛田から受け取ったDクラスの問題は使われない』
返事は数分後に届いた。
『誰だ』
『体育祭で音声を送った者と考えていい』
画面はしばらく動かなかった。
やがて、新しい文章が表示される。
『やっぱりいたか』
綾小路は席を立った。
文章だけで済ませることもできる。
だが、相手の反応を読むには、声を聞いた方がいい。
『通話に切り替える。少し待て』
◇
綾小路は人のいない空き教室へ移動した。
窓と扉を確認し、先ほどの番号へ発信する。
数回の呼び出し音の後、龍園が応じた。
「文章だけじゃ足りねえのか」
「反応を確認したかった」
「体育祭の音声を送ったのも、お前か」
「ああ」
「名前は」
「必要ない」
受話口の向こうで、龍園が低く笑った。
「声を聞けば一つは分かる。ランペルージじゃねえな」
「そう思うなら、それでいい」
「あいつは表で動きすぎる。隠す気があるなら、配置を変えた時点で目立ちすぎだ」
龍園は楽しんでいる。
体育祭で要求を止めた相手が、ルルーシュとは別に存在する。
その確信を得たこと自体が、龍園にとっては利益だった。
「櫛田から問題を受け取ったな」
「さあな」
「受け取った問題は、Dクラスの正式な提出物にならない」
「証拠は?」
「堀北は別の正式版を提出する。櫛田が先に持ち込んだ問題は、正式な提出物として採用されていない」
「そこまで知ってて、止めなかったのか」
「止める必要がなかった」
「櫛田に使えねえ問題を持たせたまま動かした方が都合がいいってことか」
「少なくとも、Dクラスの正式問題はお前たちへ漏れていない」
龍園の返事が僅かに遅れた。
櫛田から受け取った問題と解答には、すでに目を通しているはずだ。
それが正式版でなければ、Cクラスの防衛には使えない。
櫛田の利用価値は半分失われた。
「それを教えて、何が欲しい」
「CクラスがDクラスへ出す問題を変更しろ」
「断ったら?」
「櫛田は、お前から受け取った問題と解答を持ったまま本試験を受ける」
「だからどうした」
「その事実を学校へ伝える」
「証拠があるのか」
「現時点ではない」
「脅しにもなってねえな」
「調査を始めさせるには十分だ」
綾小路は淡々と続ける。
「櫛田が不自然な高得点を取れば、事前に持っていた解答との一致を調べられる。お前たちが問題を変更しなければ、通信や受け渡しの経路も調査対象になる」
「学校がそこまで動くと思ってんのか」
「退学条件を含む試験で、問題と解答の漏洩が申告されれば無視はできない」
受話口から、小さく息を吐く音が聞こえた。
「変更すれば、俺に何の得がある」
「櫛田を守る必要がなくなる」
「最初から守る気はねえ」
「なら、断る理由もない」
「俺が欲しいのはDクラスへの勝利だ」
「櫛田から受け取った問題は使われない。すでに攻撃側の情報は失っている」
「防衛側で櫛田を使えば、Dクラスの一人を高得点にできる。俺には損だな」
「それでも変更しないなら、櫛田を勝たせたい理由があることになる」
龍園が笑った。
「俺が堀北を退学させたがってると思うか?」
「以前なら、その価値はあったかもしれない」
「今は違うと?」
「体育祭で、要求を止めた相手を探している」
今度は、龍園が黙った。
「お前は、自分がそいつだと名乗った」
「名前も顔も教えていない」
「同じことだ」
「俺を探すなら、櫛田を利用し続けるより、問題を変更した方が情報を得られる」
「どういう意味だ」
「櫛田は、渡された答えが使えないと知らない。試験でどう動くかを見れば、誰と何を取引したかが表に出る」
「俺に観察役をやれって?」
「選ぶのはお前だ」
綾小路は二つの選択肢だけを置いた。
問題を変更する。
変更せず、漏洩調査の危険を抱える。
櫛田を守る利益はない。
Dクラスの正式問題も手に入っていない。
なら、使えなくなった駒を切り、その反応から顔の見えない相手を探る方が、龍園には価値がある。
「いいだろう」
龍園は答えた。
「問題は変える」
「そうか」
「だが、勘違いするなよ」
声に愉快そうな響きが混じる。
「お前の言うとおりに動くわけじゃねえ。櫛田より、お前の方が面白そうだから選んだだけだ」
「理由はどちらでもいい」
「次は名前くらい教えろ」
「探せばいい」
「後悔するぞ」
「その時に考える」
「一つだけ答えろ」
龍園の声が低くなる。
「ランペルージは、お前のことを知ってんのか」
「何についてだ」
「今の取引だ」
「知らない」
「同じクラスで、別々に俺を相手してるってわけか」
龍園は楽しそうに笑った。
「Dクラスも、少しは面白くなってきたじゃねえか」
通話が切れた。
綾小路は端末を下ろす。
自分の名前も顔も、龍園にはまだ知られていない。
ただし、見えない介入者がルルーシュとは別に存在することは、これで完全に伝わった。
一方、龍園は櫛田との連絡画面を開いていた。
新しい文章は送らない。
代わりに、Cクラスの問題作成担当へ連絡する。
『提出問題を差し替える。予備案を全部持ってこい』
◇
Cクラスの作業は、その日の夕方からやり直された。
最初から全てを作るわけではない。
採用しなかった予備問題。
難易度調整のために外した問題。
選択肢だけを変更できる問題。
同じ範囲から作成した別案。
それらを使い、櫛田へ渡したものとは異なる問題へ組み替える。
「締切直前に何考えてんのよ」
伊吹が不満を隠さず言った。
「もう答えまで渡したんでしょ」
「だから変える」
「意味分かんない」
「分からなくていい。使えねえ相手に餌をやる必要がなくなっただけだ」
龍園は机へ新しい問題案を置いた。
「答えの番号まで同じになる問題は外せ。文章が似てるやつも変えろ」
「全部?」
「全部だ」
担当者たちは顔を見合わせたが、龍園へ反論はしなかった。
Cクラスの教室には、遅い時間まで明かりが残った。
資料室へ向かう者。
印刷した予備案を運ぶ者。
修正された問題を確認する者。
締切直前に、一度終わったはずの作業が再び動き出す。
その変化を、ルルーシュは別の場所から見ていた。
放課後の資料室へ、Cクラスの生徒が何度も出入りしている。
「予備案」と記された問題の束が運ばれ、龍園本人まで中身の確認に顔を出していた。
Cクラス側で何かが変わった。
時期は、櫛田が職員室へ封筒を持ち込んだ後。
関連を疑うことはできる。
だが、間をつなぐ情報がない。
櫛田と龍園の通信は見ていない。
綾小路が龍園と会ったことも知らない。
ルルーシュは、確認できた事実だけを記録した。
Cクラスの作業再開時刻。
資料室への出入り。
予備案の搬出。
龍園の参加。
理由の欄は空白のまま残す。
推測で埋めれば、後の判断を誤る。
◇
翌日。
堀北は正式な封筒を職員室へ持ち込んだ。
茶柱が代表者名を確認し、受領時刻を記入する。
「これがDクラスの正式問題だな」
「はい」
「昨日の封筒はどうする」
「そのまま保管してください」
「中身が正式版と違うことは確認しなくていいのか」
「試験後なら構いません。今は開けない方がいい」
「慎重なのか、面倒なのか分からんな」
「両方だと思います」
茶柱は正式版を保管箱へ入れた。
提出は完了した。
DクラスがCクラスへ出す問題は、堀北と平田が完成させたものだけになる。
教室へ戻る途中、堀北は端末を確認した。
綾小路から、短い連絡が届いている。
『Cクラス側も対策した』
それ以上の説明はない。
誰と何を話したのか。
どの方法で対策させたのか。
堀北には分からなかった。
ただ、綾小路が自分の退学を賭けた後、何もせず待っていたわけではないことだけは理解した。
『分かった』
返信はそれだけにした。
互いに全てを共有してはいない。
それでも、同じ被害を止めるために別々の場所で動いた。
◇
櫛田の端末には、龍園から新しい連絡は来ていなかった。
試験が終わるまで連絡しないよう求めたのは自分だ。
だから、不自然には思わない。
鞄の奥には、Cクラスが作成した問題と解答が保管されている。
何度確認しても、内容は変わらない。
国語。
数学。
英語。
理科。
社会。
残りの科目も含め、答えは全て揃っている。
後は、試験までに頭へ入れればいい。
正しい答えを先に知っている以上、堀北より高い得点を取れる。
綾小路も一緒に消せる。
Dクラスが提出した問題も、龍園へ渡した。
攻撃側でもCクラスは有利になる。
全て予定どおり進んでいる。
櫛田は机の上へ解答一覧を広げた。
その答えが使われる試験は、もうどこにも存在しない。
櫛田の手元には、存在しない試験の答えが残った。