反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
ペーパーシャッフルの結果が確定し、教室が通常授業の空気へ戻った日の放課後。
終礼が終わっても、すぐに席を立つ者は少なかった。
試験前まで机を埋めていた問題集や確認用紙は、もうない。
代わりに聞こえてくるのは、部活動の予定や、夕食をどこで済ませるかといった話だった。
「なあ、明日どっか寄ってかねえ?」
鞄へ教科書を押し込みながら、池が言った。
「どっかって、どこだよ」
山内がすぐに食いつく。
「ケヤキモール。試験も終わったんだし、なんか食おうぜ」
「それなら賛成。俺、ずっと甘いもの我慢してたんだよな」
「お前、昨日も菓子パン食ってただろ」
「あれは食事。甘いものとは別枠」
「同じだろ」
須藤が呆れた声を挟んだ。
話を聞いていた平田が、机の横で足を止める。
「行くなら、明日の放課後にする? 今日は部活がある人も多いだろうし」
「俺は明日なら空いてる」
池が即答する。
「俺も」
山内が続いた。
「俺はスポーツ用品店に寄るぞ」
須藤が言う。
「いいじゃん。その後ゲーセンな」
「勝手に決めんな」
「食事は最後でいいかな?」
櫛田が会話へ加わり、端末を取り出した。
「先に買い物を済ませた方が、荷物のことも考えやすいと思う。参加できる人だけで、途中から合流してもいいことにしようよ」
「それがいいね」
平田が頷く。
「集合場所だけ決めて、後はその時の人数で考えよう」
「枢木も来るよな?」
池に尋ねられ、スザクは少しだけ驚いた。
誘われること自体が意外だったわけではない。
この教室では、いつの間にか自分の名前が人数へ含められるようになっていた。
「うん。明日は予定もないから」
「よし。一人追加」
池が勝手に数え、櫛田が笑いながら参加者欄へ名前を入れる。
スザクは、その少し離れた場所へ目を向けた。
窓際の席で、ルルーシュが教科書と端末を鞄へ収めている。
こちらの話が聞こえていないはずはない。
それでも、自分から会話へ入る様子はなかった。
試験対策やクラスの方針を話している時なら、呼ばれなくても必要な点を指摘する。
だが、今の話には決めるべき勝敗も、避けるべき損失もない。
だから、自分には関係がないと考えているのかもしれない。
スザクはルルーシュの席へ向かった。
「明日の放課後、空いてる?」
ルルーシュが顔を上げる。
「用件は何だ」
「ケヤキモールへ――」
「用件がないから誘ってんだよ」
説明の途中で、池が大きな声を飛ばした。
教室に残っていた何人かが笑う。
ルルーシュだけは、意味が分からないものを見るように池を見た。
「用件がないなら、なぜ集まる」
「遊ぶために決まってんだろ」
「何をする」
「それを今決めてるんだよ!」
「決まっていないのか」
「だから明日までに決めりゃいいだろ!」
池の声が一段大きくなった。
「ゲームセンターと食事は決まってるぞ」
山内が助け舟を出す。
「俺の買い物もだ」
須藤が付け加えた。
「全部に付き合う必要はないよ」
平田が穏やかに言う。
「都合のいい時間だけでもいいし、途中で帰っても構わないから」
ルルーシュは返事をしなかった。
参加によって得られるものを考えているのだと、スザクには分かった。
試験へ有利になる情報はない。
クラスの問題を解決する予定でもない。
ルルーシュがいなくても、池たちは同じように出かける。
時間を使う理由としては、どれも弱い。
「無理に来なくてもいいよ」
スザクは言った。
ルルーシュの眉が僅かに動く。
「来るかどうかは、君が決めればいい」
説得するための理由は加えなかった。
来れば楽しいとも、皆が望んでいるとも言わない。
答えを急かさず、ただその場に立って待つ。
ルルーシュはスザクから視線を外した。
池と山内は、ゲームセンターで何をするか言い争っている。
須藤はスポーツ用品店へ寄る時間を先に確保しろと主張していた。
平田は全員の予定が完全には合わないことを確認し、櫛田は参加できる時間を一人ずつ聞いている。
ルルーシュの視線が、まとまりのない会話を順に追った。
彼の目には、秩序も効率もない予定に映っているはずだった。
それでも、断る言葉は返ってこない。
沈黙が続いても、スザクは何も付け加えなかった。
やがてルルーシュは、予定をまとめている平田へ顔を向けた。
「集合は何時だ」
教室が一瞬だけ静かになった。
「え、来んの?」
山内が最初に反応する。
「質問に答えろ」
「来るんだな!?」
「集合時刻を聞いている」
「来るってことだろ、それ!」
池が嬉しそうに声を上げた。
「四時でどうかな」
平田が笑いを堪えながら答える。
「終礼の後、正面入口に集合。部活や用事がある人は、後から連絡して合流する形で」
「了解!」
櫛田がグループチャットへ予定を書き込む。
ほどなくして、ルルーシュの端末も振動した。
表示された予定は簡単なものだった。
明日、放課後。
正面入口へ集合。
スポーツ用品店。
ゲームセンター。
食事。
解散時間は未定。
ルルーシュは画面を見たまま、眉を寄せた。
「順序以外、何も決まっていない」
「一応、集合時間は決めたよ」
平田が答える。
「スポーツ用品店での滞在時間がない。ゲームセンターも、何を利用するかで必要時間が変わる。食事場所も未定だ。混雑を考えれば、候補を先に絞るべきだろう」
「全部決めなくてもいいんじゃないかな」
スザクが苦笑する。
「人数が変わるなら、先に決める方が合理的だ」
「行ってから決めりゃいいだろ」
池が言った。
「その場で揉める時間が無駄だ」
「遊びに行く時まで無駄とか言うなよ」
「無駄は無駄だ」
「じゃあ、お前が明日全部決めろ!」
「なぜ私が」
「細かいこと言い始めたのお前だろ!」
再び笑いが起きた。
ルルーシュは不満そうに画面を見続けていたが、送られてきた予定を修正しなかった。
参加を取り消すこともしなかった。
◇
夜。
自室へ戻ったルルーシュは、机の上で端末を開いた。
翌日の課題は終えている。
制服も必要なものだけを残して整えてある。
普段なら、その後に確認するのは一週間分の予定だった。
授業。
提出期限。
クラス内で必要になる作業。
時間、目的、優先順位を設定し、不要な空白をなくしていく。
明日の欄には、昼間に送られてきた予定が追加されていた。
明日 放課後。
ケヤキモール。
それだけだった。
目的欄は空白。
達成条件も設定されていない。
終了時刻さえ決まっていない。
予定としては不完全だった。
詳細を追記する画面を開く。
移動時間。
店舗ごとの滞在時間。
食事場所の候補。
入力しようと思えば、いくらでも埋められる。
昼間の会話が浮かんだ。
全部決めなくてもいい。
行ってから決めればいい。
合理的とは言い難い。
だからといって、修正しなければならない理由もなかった。
ルルーシュは追記画面を閉じた。
削除の項目には触れない。
目的も、達成条件も空白のまま、保存を選ぶ。
画面には、明日という二文字が残った。