反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
王の捜索
ケヤキモールへ寄った生徒たちの話は、翌朝になっても終わっていなかった。
「だから、あれは絶対に取れる位置だったんだって」
「三千ポイント使って取れてねえ奴が言っても説得力ねえよ」
「途中でアームが弱くなったんだよ!」
「機械のせいにすんな」
池と山内の言い争いを、須藤が呆れた顔で聞いている。
教室の後方では、昨日参加できなかった生徒たちを囲み、ゲームセンターや食事中の出来事が何度目か分からないほど繰り返されていた。
「でも、一番意外だったのはあれだよな」
池が急に話題を変えた。
視線の先には、自分の席で端末を確認しているルルーシュがいた。
「何だ」
名前を呼ばれていないにもかかわらず、ルルーシュは顔を上げた。
「結局、最後までいたじゃん。途中で帰ると思ってた」
「実際に時間の浪費だった」
「なら、なんで残ったんだよ」
「途中で抜ければ人数を確認し直す必要がある。すでに移動へ時間を使った以上、最後まで残る方が余計な調整が少なかっただけだ」
「遊びに行った次の日まで効率の話してるよ」
山内が笑う。
「帰ろうと思えば帰れたでしょ」
櫛田が柔らかく指摘した。
「店を決めるまでに時間がかかりすぎたからだ」
「それ、ランペルージが候補を増やしたからだろ」
「お前らが出した候補では、人数分の席を確保できない可能性があった」
「だから遊びに行く時まで効率とか言うなって!」
教室に笑いが起きた。
ルルーシュは納得していない顔をしていたが、昨日参加したこと自体を否定はしなかった。
その様子を少し離れた場所から見ていたスザクは、声を出さずに笑った。
昨日の予定に、達成すべき目的はなかった。
クラスを勝たせるためでも、誰かの退学を防ぐためでもない。
それでもルルーシュは参加し、途中で帰らず、最後まで同じ時間を過ごした。
今も、無駄だったと言いながら、その時間をなかったことにはしていない。
昨日一日で、ルルーシュがクラス全員へ心を開いたわけではなかった。
ただ、誘われたから参加するという選択を、以前よりも自然に取れるようになった。
それだけでも、スザクには十分だった。
「スザク」
ルルーシュの声で、スザクは顔を上げた。
「何?」
「笑う理由があるなら説明しろ」
「別に。ただ、昨日は楽しかったなと思って」
「私はそうは言っていない」
「楽しくなかった?」
「非効率だったと言っている」
「じゃあ、次はもっと効率よく回ろうか」
「次があることを前提にするな」
「え、また来るの?」
池が食いつく。
「そうは言っていない」
「今のは来る奴の言い方だろ」
「違う」
教室の笑い声が、再び大きくなった。
綾小路は自分の席から、その会話を聞いていた。
ルルーシュが日常的な誘いへ応じるようになったことに、特別な意味をつける必要はない。
人間関係が変化すれば、選択も変わる。
少なくとも今のルルーシュは、入学直後のように、自分と無関係な時間をすべて切り捨ててはいなかった。
綾小路が見ていたのは、その変化だけではない。
教室前方の扉が開き、別のクラスの男子生徒が顔を覗かせた。
誰かを呼ぶ様子もなく、教室内を一度見回す。
目が合う前に離れていった。
登校してから、同じような生徒を三人見ている。
廊下ですれ違う速度を落とす者。
昇降口付近で、Dクラスの生徒が誰と帰るかを見ている者。
自動販売機の前で会話しているふりをしながら、教室の出入りを確認している者。
偶然ではない。
試験後に他クラスの様子を探るだけなら、成績やクラスの雰囲気を見ればいい。
だが彼らが確認しているのは、生徒同士の距離だった。
誰が誰と話すか。
誰の呼びかけに応じるか。
誰が一人で動き、誰が集団へ含まれているか。
龍園が動き始めた。
その判断に、驚きはなかった。
体育祭の後、龍園へ送った録音。
ペーパーシャッフルで要求した問題変更。
どちらも龍園にとっては、自分の支配圏へ外部から手を入れられた行為だった。
龍園が、そのまま放置するとは考えていない。
勝敗だけなら、ペーパーシャッフルはすでに終わっている。
龍園が求めているのは、次の試験へ備えるための情報だけではない。
自分の前へ姿を見せず、二度も計画へ干渉した人物の正体。
いずれ捜索が始まることは予測していた。
問題は、どこから候補を削っていくかだった。
ルルーシュは、最初から候補に入る。
体育祭でDクラスの配置修正へ関わり、龍園の目にも表側の策士として映っている。
堀北も外せない。
試験で表へ立つことが多く、龍園と直接話してきた。
高円寺やスザクは、隠している能力そのものを疑われる可能性がある。
自分も体育祭で走力を見せた。
候補から完全に外れているとは考えない方がいい。
だが、こちらから動く理由はなかった。
龍園が何を根拠に、誰を候補から外すのか。
その過程を見る方が、今後の判断材料になる。
綾小路は教室の前を通り過ぎた生徒を追わなかった。
視線も向けない。
気づいていない生徒と同じように、机の上の教科書を開いた。
◇
昼休み。
石崎はDクラスの廊下から少し離れた曲がり角に立ち、端末へ短い文章を打ち込んでいた。
『朝、ランペルージは池たちと会話。昨日は複数人でモール。最後まで一緒にいた』
送信する直前で、指が止まる。
これだけでは何の意味もないように思えた。
ルルーシュが誰と遊びに行こうが、匿名で録音を送った証拠にはならない。
それでも龍園から命じられたのは、決めつけることではなく、見たものをそのまま報告することだった。
石崎は文章を送信した。
「何やってんだ、お前」
背後から声をかけられ、肩が跳ねた。
振り返ると、須藤が立っていた。
「別に何もしてねえよ」
「さっきから、うちの教室の前うろついてただろ」
「通っただけだ」
「何回もか?」
「お前には関係ねえ」
石崎が睨み返す。
須藤の表情が険しくなった。
体育祭以前なら、そのまま距離を詰めていたかもしれない。
だが今回は、須藤が先に動く前に、隣から声が入った。
「須藤君」
スザクが二人の間へ近づいてくる。
「何だよ」
「もうすぐ昼休みが終わる。戻ろう」
「こいつ、さっきからこっち見てんだぞ」
「見ていただけなら、それだけでは何もできないよ」
「でもよ」
「石崎君も、用事がないなら自分の教室へ戻った方がいい」
スザクの声に威圧はなかった。
だが石崎は、その場で言い返すことを選ばなかった。
声を荒らげないまま間へ入り、こちらが殴る理由も、須藤が殴る理由も消してしまう。
「今戻るところだ」
石崎はそう答え、二人から離れた。
曲がり角を過ぎてから、一度だけ振り返る。
須藤はまだ不満そうにしている。
スザクは須藤を教室へ戻しながら、石崎が立っていた位置を確認していた。
見られていたことには気づいている。
石崎は、その事実も端末へ追記した。
◇
「探り方が雑すぎる」
放課後のCクラス。
伊吹は石崎の報告を見て、露骨に顔をしかめた。
「うるせえな。聞けることなんて限られてんだろ」
「だからって同じ教室の前を何度も往復したら、馬鹿でも気づく」
「じゃあ、お前がやれよ」
「やってる」
伊吹は自分の端末を机へ置いた。
記録されているのは、Dクラスの生徒が放課後に向かった場所だった。
堀北は一人で図書館へ。
平田は複数の生徒と教室に残り、その後は部活動。
櫛田は途中まで女子生徒と一緒に移動。
スザクは須藤と別れた後、寮へ。
ルルーシュは教室を出るまでに時間がかかったが、特定の誰かと秘密裏に会った様子はない。
断片的な情報しかない。
だが龍園は、それを一つずつ確認していた。
龍園のほかには、石崎、伊吹、アルベルトの三人だけが残っている。
机の上には、Dクラスの名簿と、これまでの試験で目立った生徒の名前が並べられている。
堀北鈴音。
平田洋介。
櫛田桔梗。
高円寺六助。
枢木スザク。
ルルーシュ・ランペルージ。
綾小路清隆。
そのほかにも複数の名前があった。
「こんなの調べて、本当に見つかるのかよ」
石崎が尋ねる。
「お前が考える必要はねえ」
龍園は名簿から目を上げなかった。
「言われた通り、見たものを持ってこい」
「でも、ランペルージじゃねえのか? 体育祭でも、あいつが配置を変えてただろ」
「見えてる範囲ではな」
龍園は机へ指を置いた。
体育祭でDクラスの配置を修正したのはルルーシュだった。
必要なら表へ立ち、人を動かす。
その後に届いた録音は、姿を見せず、証拠だけを置いて要求を取り下げさせた。
ペーパーシャッフルで接触してきた相手も、名前を出さず、こちらが動くしかない材料だけを提示した。
「録音を送った奴と、今回の奴は同じなの?」
伊吹が聞く。
「可能性は高い」
「ランペルージは?」
「最初に反応を確かめる価値はある。だが、決めつけるには早い」
龍園はルルーシュの名前を消さなかった。
見える策士と、姿を見せない介入者。
同じ人間かもしれない。
協力関係にあるのかもしれない。
互いを知らない可能性も残る。
「直接試してから判断する」
「堀北は?」
「自分の正しさを前へ出す。匿名で俺と取引するタイプじゃねえ」
「平田は?」
「一人でこんな真似をするなら、もっと前からDクラスはまとまってる」
「櫛田は?」
石崎が聞いた。
龍園は口元を歪めた。
「自分で自分の取引を潰してどうする」
「ああ、そっか」
「少しは考えてから聞け」
候補はまだ多い。
能力を隠している人間も、一人ではなかった。
「面倒ね」
伊吹が言った。
「だから面白えんだろ」
龍園は笑った。
「負けたのに?」
「試験の点数で一度負けた程度だ」
龍園は椅子の背へ体を預けた。
「問題を変えさせた奴は、俺が正体を探すと分かってたはずだ。それでも動いた」
「探しても見つからないと思ってるんじゃない?」
「なら、見つけてやればいい」
声には怒りよりも興味があった。
自分のクラスへ手を入れ、計画を変えさせ、こちらの判断まで利用した。
それだけの相手が、普段はDクラスの中で何もしていない顔をしている。
確かめずにはいられなかった。
「強そうな奴から調べるのか?」
石崎の問いに、龍園は名簿を見る。
スザク。
高円寺。
綾小路。
能力を隠している人間はいる。
だが、強さだけでは答えにならない。
「理由だ」
「理由?」
「二件とも、Dクラスの誰かが潰れる前に動いてる。同じ奴なら、次も同じだ」
守ろうとする相手。
失いたくないもの。
介入せざるを得ない場所。
それを見つければいい。
「アルベルト」
名を呼ばれ、教室の後方に立っていた大柄な男が顔を上げた。
「帰宅経路を見ろ。毎回同じ奴と動く人間、急に一人になる人間、途中で別れる人間を分けろ」
アルベルトが静かに頷く。
「石崎。聞ける奴には直接聞け。誰が試験前に指示を出したか、誰が誰と勉強してたか、誰が困った時に助けへ来るか。ただし同じ場所を何度も往復するな」
「分かったよ」
「本当に分かったの?」
「うるせえ」
「伊吹は、候補を見ろ。特に、力を隠してる奴だ」
「私一人で?」
「一人の方が動きやすいだろ」
「面倒なところだけ押しつけてるでしょ」
「嫌なら石崎と代われ」
「それはもっと嫌」
石崎が文句を言おうとしたが、龍園はすでに次の名前へ視線を移していた。
Dクラスの生徒を一人ずつ調べる。
能力。
関係。
行動。
介入する理由。
反応しない者を外し、理由のない者を外し、正体を隠す必要のない者を外す。
◇
同じ日の放課後。
Dクラスの教室では、平田が何人かの生徒から相談を受けていた。
「Cクラスの人から、昨日誰と帰ったか聞かれたんだけど」
「私は、試験前に誰と勉強してたか聞かれた」
「なんでそんなこと聞くんだろ」
脅されたわけではない。
秘密を求められたわけでもない。
ただ、普段なら必要のない質問をされた。
平田は一つずつ内容を確認し、名前と場所だけを端末へ残している。
スザクも教室に残っていた。
昼休みに石崎が教室周辺を見ていたことを伝える。
「嫌がらせが始まったのかしら」
堀北が尋ねた。
「まだ、そうとは言えないと思う」
スザクは答えた。
「直接何かされた人はいない。ただ、聞かれている内容が似ている」
「誰が誰と動くか」
窓際からルルーシュが言った。
平田が顔を上げる。
「気づいていたの?」
「教室を見るだけなら、同じ生徒が何度も来る必要はない。確認しているのは成績でも試験結果でもない。人間関係だ」
「目的は分かる?」
「まだ断定できない」
ルルーシュは即答を避けた。
「内部情報の流出経路を探している可能性。次の試験で利用できる関係を調べている可能性。あるいは、誰か一人の行動を追うため、周囲から絞っている可能性もある」
「龍園君の指示だと思う?」
平田が尋ねる。
「Cクラスの複数人が同じ種類の情報を集めている。個人的な興味ではないだろう」
「止める?」
スザクの問いに、ルルーシュはすぐには答えなかった。
「現時点では、質問されただけだ」
「でも、続けば不安になる人もいる」
「だから、内容を記録する。誰が、誰に、何を聞いたか。質問が変化するなら、相手が何を絞っているかも分かる」
「わざと答えさせるの?」
スザクの声が僅かに硬くなる。
「そうは言っていない」
ルルーシュはスザクを見る。
「答える必要のない質問には答えなくていいと伝える。単独で対応させない。だが、今すぐこちらから衝突を起こせば、相手の目的を隠させるだけだ」
「分かった」
スザクは短く頷いた。
同意したのは、ルルーシュの判断だからではない。
今の段階で、生徒を危険へ置く意図がないと確認できたからだった。
「今日は、相談があった内容だけを残そう」
平田がまとめる。
「明日も続くなら、全員へ簡単に伝える。困った時は一人で対応せず、僕か堀北さんへ相談してもらう形で」
「それでいいわ」
堀北が答えた。
まだ龍園が何を探しているのかは分からない。
ルルーシュも、綾小路へ疑いを向ける根拠をここで共有しなかった。
最有力候補は変わっていない。
だが、候補であることと、確認できた事実は別だった。
推測だけで綾小路の名前を出せば、こちらから人間関係へ意味を与えることになる。
ルルーシュは教室後方へ視線を向けた。
綾小路の席は、すでに空いている。
◇
綾小路は寮へ戻る途中、後方を歩く足音を聞いていた。
一定の距離を保っている。
近づきすぎず、離れすぎない。
尾行としては不慣れだった。
気づいていないふりをすることは難しくない。
売店の前で一度足を止め、飲み物を見る。
後ろの生徒も、少し遅れて掲示板の前へ立った。
知らない一年生だった。
制服からCクラスだと分かる。
龍園本人が来るとは思っていない。
最初は、目立たない生徒を使って行動を見る。
反応すれば候補へ残る。
気づかなければ、別の方法を試す。
この程度で自分の正体へ到達することはない。
問題は、調査が人間関係へ向いていることだった。
誰が誰を守るか。
誰のためなら、普段と違う動きをするか。
それを辿れば、いずれ軽井沢へ近づく可能性がある。
まだ、その段階ではない。
今こちらから動けば、正解へ近づく情報を渡すだけになる。
綾小路は飲み物を一本選び、会計を済ませた。
後方の生徒へ振り返らない。
助けを求めることも、ルルーシュたちへ説明することもしない。
自分が疑われる可能性を理解したまま、普段と同じ速度で寮へ向かった。
◇
夜。
龍園の端末には、石崎たちから集めた情報が並んでいた。
誰が誰と話したか。
誰が質問を警戒したか。
誰が気づかず答えたか。
誰が他人の間へ入ったか。
まだ答えと呼べるものはない。
ルルーシュは、こちらの動きへ気づいた可能性が高い。
スザクも、石崎の行動を見ている。
綾小路は目立った反応を見せなかった。
それ自体は、候補から外す理由にならない。
龍園は名簿を開いた。
最初から、簡単に正体へ届くとは思っていない。
二件が同じ相手でも別人でも、どちらも姿を見せていない。
ならば、隠れたままではいられない状況を創ればいい。
守ろうとする相手。
失いたくないもの。
介入せざるを得ない場所。
それを見つけるために、まずは余計な候補を消していく。
龍園は名簿の一番上へ指を置いた。
「一人ずつ消していけばいい。最後に残った奴が答えだ」