反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
翌朝になっても、Cクラスの探りは止まらなかった。
露骨に教室を覗き込む生徒はいなくなったが、質問の形だけが変わっている。
試験前に誰と勉強したか。
体育祭で配置を決めたのは誰か。
困った時、最初に相談する相手は誰か。
いずれも、答えたところですぐに不利益が生じる内容ではない。そのため、聞かれた側も最初は深く考えず、雑談の延長として返していた。
だが、同じ種類の質問が複数の生徒へ向けられていると分かれば、偶然では済まない。
平田は昨日集めた内容へ新しい報告を加え、堀北は質問者と場所を分けて記録していた。
「昨日より範囲が広がっているわね」
「その代わり、教室の周りには来なくなった」
平田が端末を見ながら答える。
「目立ったと分かったから、やり方を変えたのかもしれない」
「石崎君の動きは、さすがに分かりやすすぎたからね」
スザクが苦笑した。
須藤は近くの席で腕を組み、不満そうに廊下を見ている。
「何がしたいか知らねえけど、呼び止められた奴が嫌がってるなら、追い返せばいいだろ」
「全員が同じように嫌がっているわけではないわ。雑談だと思って答えた人もいる」
「だから面倒なんだろ」
「そうね」
堀北は否定しなかった。
相手が明確な脅迫や暴力を使えば、学校へ報告できる。
だが、今行われているのは、日常会話へ紛れ込ませた確認だった。質問を受けた生徒が不安になっても、その一つ一つだけを取り出せば、強く拒絶する理由を説明しにくい。
「今日も続くなら、相談先だけは決めた方がいいと思う」
平田が言った。
「一人で対応しなくていいと伝えるだけでも違うから」
「昼までの報告を見て決めましょう」
堀北はそう答え、教室後方へ目を向けた。
ルルーシュは会話へ加わっていなかった。
端末には、昨日から集まった質問が並んでいる。質問者は違っても、内容を分類すれば意図は見えた。
交友関係。
相談相手。
試験中の役割。
助けを求める順番。
誰が指示を出したかではなく、誰のために動くかを調べている。
龍園が探しているものを考えれば、自然な流れだった。
見えない相手本人を直接探しても、能力を隠している候補は多い。ならば、本人が反応した場所から逆に辿ればいい。
もっとも、龍園がそこまで方針を固めたと断定するには早い。
現時点で確認できるのは、CクラスがDクラスの人間関係を集めているという事実だけだった。
「今日はずいぶん静かだな」
低い声が、教室の入口から届いた。
それまで続いていた会話が止まる。
開いた扉の前に、龍園が立っていた。
付き添いはいない。
教室を見回した視線が、須藤でも堀北でもなく、窓際の席へ止まる。
「ランペルージ。少し付き合え」
須藤が椅子を引いた。
「何の用だよ」
「お前は呼んでねえ」
「だったら、ここで話せばいいだろ」
龍園は須藤を見たが、挑発するような言葉は返さなかった。
「別に構わねえぞ。こいつが、クラス全員の前で話されても困らないならな」
視線が再びルルーシュへ戻る。
何を聞くつもりか、龍園は説明しない。
ルルーシュは端末を閉じた。
「場所は」
「近くでいい」
立ち上がると、スザクも席から腰を浮かせた。
「僕も行く」
「必要ない」
ルルーシュが先に止める。
「相手は一人だ。話を聞くだけなら、お前が来る理由はない」
「話だけで終わる保証は?」
「その程度の損得も判断できない相手なら、昨日からこんな回りくどいことはしていない」
スザクはすぐには座らなかった。
龍園が暴力を使わないと信じたわけではない。ただ、Dクラスの教室まで一人で来て、周囲へ存在を見せたうえでルルーシュを連れ出そうとしている。ここで襲えば、自分が最初から疑われるだけだった。
「戻らなかったら探しに行く」
「好きにしろ」
ルルーシュはそれだけ答え、龍園の横を通り過ぎた。
◇
龍園が選んだのは、特別な場所ではなかった。
授業前には人通りのある階段の踊り場も、朝のホームルームが近づけば静かになる。完全な密室ではなく、声を張れば上下の階へ届く距離だった。
ルルーシュは踊り場の中央で足を止める。
「それで、何を確認したい」
「俺が確認しに来たと思ってるのか?」
「質問を続けているのはお前たちだ。昨日までは周囲から、今日は本人が来た。それ以外の目的があるなら聞こう」
龍園の口元が僅かに上がる。
「最初から自分が調べられる側だと思ってたらしいな」
「体育祭で目立つ動きをした。候補へ入らないと考える理由がない」
「配置を変えたのはお前か」
「堀北が決定し、平田が全体を調整した。私は損失が大きい場所を示しただけだ」
「ずいぶん控えめな言い方だ」
「事実を分けている」
龍園は手すりへ背を預けた。
体育祭でDクラスの配置が修正された時、表へ出ていたのはルルーシュだった。
選手の疲労を見て、勝てない競技から人を外し、得点を拾える場所へ配置し直す。
一人で全てを決めたわけではない。それでも、誰に何をさせるべきかを最も早く示したのは、目の前の男だった。
「木下の件も、お前が止めたのか?」
「何を指している」
「俺が堀北へ出した要求だ」
「要求が撤回されたことは知っている。経緯は知らない」
返答は短い。
龍園は表情を追った。
知らないと答えること自体に価値はない。嘘をつく人間も、何も知らない人間も、同じ言葉を使える。
「録音を送った奴は、ずいぶん親切だった。俺の要求だけじゃなく、真鍋の名前までわざわざ添えてきた」
事実ではない。
送られてきた記録に、送信者が真鍋の名前を書き加えた形跡はなかった。
ルルーシュは否定も訂正もしなかった。
「それを私へ話す理由は」
「興味があるだけだ。お前なら、そんな証拠を手に入れられそうだからな」
「可能性と事実を混ぜるな」
「同じ端末から、ペーパーシャッフルの要求も届いた」
これも虚偽だった。
二つの介入を同一人物と見る材料は、方法と目的の近さであって、送信経路が一致したわけではない。
ルルーシュの視線は変わらない。
「なら、お前の中ではすでに同一人物なのだろう。私へ確認する必要はない」
「本当に同じ端末だと思うか?」
「判断材料がない。お前の発言しか確認できない以上、事実として扱う理由もない」
龍園は笑った。
「疑り深いな」
「こちらを試している人間の言葉を、そのまま受け取る方が不自然だ」
ルルーシュは龍園の嘘を見抜いたと断定していない。
ただ、龍園が検証できない情報を意図的に与えていると理解し、その内容へ踏み込まなかった。
録音の中身。
送信経路。
問題変更要求の文面。
知っている者なら、どこかで事実との差へ反応する。訂正しなくても、質問の向きや言葉の選び方に変化が出る可能性はある。
だが、ルルーシュが注意を向けているのは、情報そのものではなかった。
なぜ龍園がそれを話すのか。
何を確かめようとしているのか。
常に相手の目的へ視線を戻している。
「お前が送ったんじゃねえのか」
「違う」
否定に迷いはなかった。
「問題を変えさせたのも?」
「私ではない」
「じゃあ、誰だ」
「分かっているなら、お前より先に確認している」
「候補くらいはあるだろ」
「答える理由がない」
ここで初めて、ルルーシュは情報を拒んだ。
龍園はその変化を見逃さなかった。
録音や匿名の送信経路には反応しなかったが、Dクラス内部の候補を問われれば口を閉ざした。
それは送信者を守った反応とも取れる。
同時に、自分のクラスに関する未確認情報を、他クラスへ渡さないだけとも取れた。
この一つで結論は出せない。
「お前は、Dクラスを守りたいのか?」
「質問が曖昧だ」
「勝たせたいのか。壊されたくないのか。それとも、自分の好きな形へ作り替えたいのか」
「どれか一つを選ぶ必要はない」
「欲張りだな」
「目的が違えば、使う手段も変わる」
「体育祭では配置を変えた。ペーパーシャッフルでは、クラス全体の点を揃えようとした。櫛田を切らずに残したのも、お前の判断か?」
龍園の質問は、匿名の介入から外れ始めていた。
表に出ているルルーシュの行動。
誰へ何をさせ、何を止め、どこまで責任を負うか。
ルルーシュは、その変化を理解した。
「堀北が残すと決めた。私は、残した後の被害を止める条件を示しただけだ」
「何でも自分で決めるわけじゃねえ」
「私が決めるべきでないことまで奪えば、次に同じ状況が起きた時、誰も選べなくなる」
「それでも、失敗すればお前が動く」
「必要ならな」
短い返答だった。
龍園はしばらく黙ってルルーシュを見た。
録音送信者は、姿を見せなかった。
問題変更を要求した者も、自分の名前を出さず、条件だけを突きつけた。
目の前の男も秘密を持っている。
全てを話す人間ではない。
だが、隠れ方が違った。
ルルーシュは結果だけを置いて消えるのではなく、必要な時には自分の判断を他人の前へ出す。
堀北へ決定を残し、平田へ調整を任せ、スザクへ現場を託す。それぞれへ役割を渡しながら、失敗した時だけ自分を無関係な場所へ置くタイプにも見えない。
「お前は隠れるより、人を前へ出す方だ」
「必要な人間を、必要な場所へ置くだけだ」
固定された答えのように、ルルーシュは言った。
龍園の笑みが深くなる。
録音送信者ではないと確定したわけではない。
見えない介入者とつながっていない証拠もない。
それでも、同じ存在として一つにまとめる必要は薄くなった。
匿名で結果だけを残す者とは別に、Dクラスの中には、姿を見せたまま人を動かす者がいる。
見えているから安全なのではない。
むしろ、誰をどこへ置いたのかが見えても、その先にある目的と責任の範囲までは読めない。
「面白えな」
「何がだ」
「お前を探してた方が、話は早かったかもしれねえ」
「私は最初から隠れていない」
「ああ。だから後回しにできる」
龍園は手すりから背を離した。
「見えない奴を先に引きずり出す。その後で、お前が何を率いてるのか確かめてやる」
「好きにしろ。ただし、Dクラスの生徒へ無制限に手を出せると思うな」
「止めるのか?」
「必要なら」
同じ答えだった。
龍園はそれ以上問い返さず、階段を下りていった。
足音が遠ざかっても、ルルーシュはすぐには動かなかった。
龍園は録音や問題変更の詳細を教えるために来たのではない。
誰が知っているかを確かめるために、真偽の混ざった情報を置いた。
そして最後には、匿名の介入者ではなく、ルルーシュ本人の行動原理へ質問を変えた。
あちらもまた、候補を一つずつ分けている。
◇
「遅かったね」
教室へ戻る途中、廊下の角にスザクが立っていた。
「探しに来るには早すぎる」
「話が終わったなら問題ないだろ」
「ホームルームは」
「まだ始まってない。始まるまでに戻らなければ、先生へ事情を話すつもりだった」
「何と説明する」
「龍園に呼び出された生徒が戻らない、とそのまま」
ルルーシュは呆れたように目を細めた。
スザクは冗談めかしていたが、龍園との会話が長引けば、本当に探しに来たのだろう。
「暴力はなかった?」
「ない」
「何を聞かれたの」
「体育祭の配置。録音。ペーパーシャッフルの問題変更」
スザクの表情から軽さが消える。
「答えたの?」
「確認できる範囲だけだ。知らないものは知らないと答えた」
「龍園は納得した?」
「納得するために来たわけではない。反応を見るためだ」
歩きながら、ルルーシュは龍園が混ぜた情報を説明した。
録音へ真鍋の名前が添えられていたという話。
二件が同じ端末から届いたという話。
どちらも、事実として信用できる根拠はない。
「嘘だったと思う?」
「少なくとも、私へその情報を渡す合理的な理由がない。正しいかどうかより、私が訂正するかを見ていた可能性が高い」
「それで、君じゃないと思わせた?」
「可能性を下げた程度だ。龍園は、私と見えない介入者を完全には切り離していない」
「じゃあ、また来るかもしれない」
「すぐには来ない」
「どうして」
「私が隠れて結果だけを残す人間ではないと判断した。あいつが今探しているのは、表へ出ない相手だ」
階段を上がる生徒の声が近づき、二人は会話を止めた。
すれ違った後、スザクが声を落とす。
「その相手を、どうやって見つけるつもりなんだろう」
「本人だけを見ても難しい。候補が多すぎる」
「だから、周りを調べてる?」
「ああ」
昨日から続く質問。
誰と帰るか。
誰へ相談するか。
誰が困った時に助けるか。
それらを集めれば、能力ではなく関係を辿れる。
「X本人ではなく、Xが守ろうとする人間を探すつもりかもしれない」
スザクは足を止めた。
「その人を危険に置けば、出てくると思ってるのか」
「龍園なら試す」
「止めないと」
「誰を狙うか分かっていない」
「分かるまで待つの?」
責める声ではなかった。
だが、スザクが確認しているのは、予測の精度ではない。
被害が起きるまで観察を優先するのか。
ルルーシュは少しだけ間を置いた。
「個人を特定できないなら、全員へ同じ手順を用意する」
「手順?」
「Cクラスから個別に呼び出された場合、平田か堀北へ連絡させる。一人で行かせない。暴力の可能性がある場合は、お前へ連絡を回す」
「僕が間に入る」
「追い返すことだけを目的にするな。人の多い場所へ移し、必要なら教員へつなげ」
「分かってる」
「本当に分かっているなら、相手を挑発するな」
「それは君にも言えるよ」
ルルーシュは返答しなかった。
「それと」
スザクが続ける。
「連絡が間に合わなくても、目の前で被害が起きるなら止める。君の指示を待つつもりはない」
「最初から待たせるつもりもない」
「ならいい」
同意は短かった。
二人の判断が完全に一致したわけではない。
ルルーシュは被害が起きる前に、連絡経路と停止条件を作ろうとする。
スザクは手順がなくても、目の前の危険へ介入する。
その違いを残したまま、今回は同じ方向へ動けた。
「綾小路にも伝える?」
「全員へ伝える一般手順だけでいい」
「君が疑ってることは?」
「共有しない」
「理由は」
「確認できていないからだ。名前を出せば、周囲の反応そのものが龍園へ情報になる」
スザクは綾小路の関与を否定しなかった。
能力を隠していることも、ルルーシュが何らかの可能性を見ていることも知っている。
だが、何を根拠に、どの程度まで疑っているかは聞かされていない。
「分かった。ただ、本人が危険に巻き込まれた時まで黙っているかは、その時に決める」
「それでいい」
ルルーシュは先へ歩き出した。
許可を与えたのではない。
スザクが自分で判断することを、最初から前提に含めただけだった。
◇
昼休みには、堀北と平田を交えた短い確認が行われた。
龍園が何を探しているかは断定しない。
綾小路の名前も出さない。
Cクラスからの接触が続いているため、一般的な安全手順を作る。それだけを共有した。
「個別に呼び出された場合は、僕か堀北さんへ連絡してもらう」
平田が内容を端末へまとめる。
「断りにくい時は、一人で行かず、誰かに付き添ってもらう。暴力や脅しが予想される場合は、枢木君にも知らせる」
「知らせる相手を枢木君だけに限定しない方がいいわ」
堀北が補足した。
「先生へ相談できる内容なら、最初から先生へ回す。私たちだけで処理する必要はないもの」
「そうだね」
「一人で追い返そうとしないことも入れて」
スザクが言った。
須藤が不満そうに眉を寄せる。
「囲まれてんのに、黙って逃げろってことかよ」
「違う。助けを呼ぶことを、逃げたことにしないって意味だよ」
「相手が先に手を出してきたら?」
「止める。でも、殴り返すことを最初の選択にしない」
「面倒くせえな」
「停学になる方が面倒でしょ」
池が横から口を挟むと、須藤は舌打ちしながらも反論しなかった。
ルルーシュは、そのやり取りへ口を出さない。
手順をクラスへ伝えるのは平田。
表向きの決定は堀北。
現場で危険を止めるのはスザク。
自分が全員へ直接命令する必要はなかった。
それでも龍園が手順の存在を知れば、ルルーシュが関わったと考えるだろう。
隠すつもりもない。
見えない介入者とは違い、自分は必要な場所へ人を置く。
龍園は、その違いを理解した。
◇
放課後、Cクラスの教室では、昨日と同じ名簿が机へ広げられていた。
「で、どうだったの?」
伊吹が尋ねる。
龍園はルルーシュの名前へ指を置く。
「録音を送った奴じゃねえ可能性が高い」
「本人が違うって言っただけだろ」
石崎が首を傾げる。
「お前は聞かれたら正直に答えるのか?」
「内容による」
「なら、否定に意味がないことくらい分かるだろ」
「じゃあ、何でそう思ったんだよ」
「やり方が違う」
龍園は名簿から視線を上げた。
「ランペルージは自分だけ隠れて、結果を待つタイプじゃねえ。人を動かす時は、動かした事実ごと見せる」
「目立ちたがりってこと?」
「逆だ。目立つ必要がある時に、隠れることへ価値を置いてねえ」
体育祭では配置へ口を出した。
ペーパーシャッフルでは、Dクラス全体の得点調整に関わった。
櫛田を残した後は、再び被害を出さない条件を組んだ。
自分一人で全てを処理するのではなく、必要な人間へ役割を渡す。
「じゃあ、Xとは無関係?」
「そこまでは言ってねえ」
二件の匿名介入に直接関わっていなくても、相手の正体を推測している可能性はある。
同じクラスにいれば、意図せず利害が一致することもある。
互いを知らないまま、別々の理由でDクラスを守っている可能性も残る。
「危険じゃないなら、候補から消せばいいじゃん」
石崎の言葉に、龍園は笑った。
「誰が危険じゃないと言った」
見えない相手は、正体が分からないから厄介だった。
ルルーシュは見えている。
教室にいて、堀北や平田と話し、スザクへ役割を渡す。
それでも、どこまで先を見て人を動かしているかは分からない。
Xの共犯者か。
あるいは、Xとは別に人を率いる魔王か。
どちらにせよ、見えない相手と一つにまとめるべき存在ではない。
そして今、先に引きずり出すべきなのはルルーシュではなかった。
龍園はルルーシュの名前へ印を残し、名簿の別の位置へ指を移した。
高円寺六助。
枢木スザク。
綾小路清隆。
まだ、力の底を見せていない人間は残っている。
「ランペルージは後だ。あいつとは別の線を洗う」