反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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王の前に立つ男

 翌日の放課後。

 

 Dクラスの教室では、帰宅する生徒と部活動へ向かう生徒が入り交じっていた。

 

 平田が朝に共有した安全手順は、教室後方の掲示板にも残されている。

 

 他クラスの生徒から個別に呼び出された場合は、平田か堀北へ連絡する。

 

 一人では行かない。

 

 脅しや暴力の可能性がある場合は、教員へ相談する。

 

 緊急時にはスザクにも連絡する。

 

 それを読んだ高円寺は、鞄を肩へ掛けながら愉快そうに笑った。

 

「実に親切な規則だね」

 

 近くにいた池が顔を上げる。

 

「高円寺も一応、呼び出されたら連絡しろよ。Cクラス、まだウロウロしてるらしいし」

 

「心配はありがたく受け取っておこう。だが、私が誰かの付き添いを必要とする場面を想像するのは難しいな」

 

「いや、そういう問題じゃなくてさ」

 

「では、どういう問題なのかな?」

 

「囲まれたりしたら面倒だろって話」

 

「何人に?」

 

 池は言葉に詰まった。

 

「四人でも五人でも」

 

「その程度なら、人数を数える意味がない」

 

 高円寺は鏡代わりに端末の画面を確かめ、前髪を指先で整える。

 

 冗談を言っているようには見えなかった。

 

 須藤が呆れたように鼻を鳴らす。

 

「相変わらずムカつく野郎だな」

 

「嫉妬は健康に良くないよ、須藤君」

 

「誰が嫉妬してんだよ」

 

 言い返す須藤を残し、高円寺は教室を出ていった。

 

 その背中を、綾小路は席から見送る。

 

 教室の外には、先ほどから石崎が一人いた。

 

 こちらを覗き込むでもなく、廊下の壁へ寄りかかり、端末を触っている。

 

 だが、高円寺が出た直後に歩き始めた。

 

 偶然とは考えにくい。

 

「綾小路君」

 

 堀北が小声で呼ぶ。

 

「石崎君、前にも教室の近くにいたわ」

 

「高円寺を追ってるように見えるな」

 

「止めた方がいいかしら」

 

「高円寺が連絡するとは思えない」

 

「そこは同意するわ」

 

 堀北は平田へ視線を向けた。

 

 平田も廊下の動きに気づいている。

 

 だが、すぐに誰かを追わせるのではなく、高円寺へ短いメッセージを送った。

 

 一人で対応せず、必要なら連絡してほしい。

 

 送信済みの表示だけが残り、返答はない。

 

「様子だけ見に行く」

 

 スザクが鞄を机へ戻した。

 

「私も行こう」

 

 ルルーシュが立ち上がる。

 

 須藤も続こうとしたが、堀北が止めた。

 

「人数を増やせば、こちらが争いを起こしに行ったように見えるわ」

 

「でもよ」

 

「枢木君とランペルージ君が状況を確認する。必要なら先生へ連絡する。それで十分よ」

 

 須藤は納得していなかったが、椅子へ座り直した。

 

 綾小路はすぐには立ち上がらない。

 

 高円寺の能力を考えれば、現時点で救援が必要になる可能性は低い。

 

 それ以上に、龍園が何を確かめようとしているのかを見る価値があった。

 

 ルルーシュとスザクが教室を出てから少し間を置き、綾小路も鞄を手に取った。

 

     ◇

 

 高円寺が足を止めたのは、特別棟へ続く渡り廊下だった。

 

 一般棟と比べて人通りは少ないが、完全に誰も来ない場所ではない。

 

 窓から差し込む夕方の光が、床へ長く伸びている。

 

「尾行するなら、もう少し姿勢を良くした方がいい」

 

 高円寺は振り返らずに言った。

 

「背中を丸めて歩くと、せっかくの若さが台無しになるよ」

 

 後ろを歩いていた石崎が足を止める。

 

 返事をする前に、廊下の奥から別の足音が近づいた。

 

 伊吹。

 

 アルベルト。

 

 最後に龍園が姿を見せる。

 

「気づいてたか」

 

「君たちが隠れているつもりだったことに驚いている」

 

 高円寺はようやく振り返った。

 

 進行方向には龍園。

 

 後方には石崎。

 

 伊吹が窓側、アルベルトが壁側へ立ち、横を抜ける道を塞いでいる。

 

 形だけを見れば、高円寺は囲まれている。

 

 それでも、表情には不快感すら浮かんでいなかった。

 

「随分と大勢だね。私の美しさを鑑賞する会なら、事前に予定を確認してほしい」

 

「お前がDクラスを助けたのか確かめに来た」

 

 龍園は前置きを省いた。

 

「質問の意味が分からないな」

 

「分からないふりはしなくていい。堀北への要求を録音で潰した奴。ペーパーシャッフルの問題へ口を出した奴。どっちかに心当たりはあるか?」

 

「ないね」

 

「お前自身じゃねえのか」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

 龍園は高円寺の顔を見る。

 

 ルルーシュと同じ否定。

 

 だが、返答の中身はまるで違っていた。

 

 ルルーシュは質問の目的を探り、確認できない情報を切り分けた。

 

 高円寺は、龍園が何を知っているかにも、何を誤解しているかにも興味を示さない。

 

 ただ自分ではないと言い、それ以上の価値を認めていなかった。

 

「お前なら、体育祭の参加表が漏れたことにも気づけたんじゃねえか?」

 

「気づけたかどうかを答える必要があるかな」

 

「できなかったのか?」

 

 石崎が口を挟む。

 

 高円寺はゆっくりと石崎へ顔を向けた。

 

「安い挑発だ」

 

「あ?」

 

「私ができると証明して、君たちに何の利益を与える?」

 

「逃げてるだけだろ」

 

「私が?」

 

 高円寺は笑った。

 

 その笑みには怒りも焦りもない。

 

 石崎は一歩前へ出たが、龍園が片手で止めた。

 

「能力を隠してる。クラスへ協力しない。命令にも従わねえ。裏で動くには都合がいい立場だ」

 

「君は、私を随分と勤勉な人間だと思っているらしい」

 

「違うのか?」

 

「私は私のために時間を使う。Dクラスの失敗を片づけるために、匿名で証拠を集め、相手へ送り、結果を待つ?」

 

 高円寺はわずかに首を傾けた。

 

「美しくないね」

 

「クラスが落ちても構わねえと?」

 

「学校生活が私の快適さを損なうなら、必要な範囲で対処する。だが、他人の失敗まで背負う趣味はない」

 

「退学者が出てもか」

 

「私でなければね」

 

 伊吹が眉を寄せる。

 

「本当に最低」

 

「評価は自由だよ」

 

「じゃあ、あんたはDクラスがどうなっても興味ないってこと?」

 

「正確ではない。私の環境に影響するかどうかには興味がある。だが、誰かを守るために姿を隠し、面倒な手間を重ねる理由はない」

 

 龍園は笑わなかった。

 

 高円寺の言葉を、そのまま信じる必要はない。

 

 匿名で動いた人間なら、関与を否定するのは当然だった。

 

 だが、否定の仕方には、その人間が何へ価値を置くかが出る。

 

 高円寺は、自分の能力の底を見せようとしていない。

 

 自分が何を見抜けるかも、どこまで戦えるかも、龍園へ渡そうとしない。

 

 それでも、Dクラスを守りたいという感情が、奥に隠されているようには見えなかった。

 

 少なくとも、龍園の目にはそう映った。

 

「話は終わりかな」

 

 高円寺が一歩進む。

 

 石崎と伊吹は動かなかった。

 

 龍園も道を空けない。

 

 二人の距離が縮まる。

 

「終わってねえ」

 

「なら、続ければいい。私は帰るがね」

 

「通れると思ってんのか?」

 

 石崎が高円寺の進路へ入った。

 

 高円寺は足を止める。

 

「確認しよう。君たちは、私を力ずくで止めるつもりなのかな」

 

「だったらどうする」

 

「先ほどから、答えは同じだよ」

 

 高円寺の視線が、石崎、伊吹、アルベルト、龍園の順に動く。

 

「人数を数える意味がない」

 

 石崎の顔が強張った。

 

 伊吹も半歩だけ重心を落とす。

 

 アルベルトは無言のまま高円寺を見ていた。

 

 恐怖がない。

 

 強がりにも見えない。

 

 少なくとも龍園には、全員を相手にしても、自分が負ける可能性など考えていないように見えた。

 

 龍園は、その態度を面白いとは思った。

 

 同時に、Xを見つけるための材料にはならないとも感じ始めていた。

 

     ◇

 

「そこまでにした方がいい」

 

 渡り廊下の反対側から、スザクの声が届いた。

 

 龍園たちの視線が動く。

 

 スザクの隣にはルルーシュがいる。

 

 すぐ後ろには、距離を空けて綾小路も立っていた。

 

 高円寺を助けるために集まったように見える位置だった。

 

「ずいぶん早いな」

 

 龍園が言う。

 

「クラスメイトが複数人に囲まれていれば、状況くらいは確認する」

 

 スザクは龍園ではなく、高円寺へ尋ねた。

 

「高円寺。助けは必要か?」

 

「必要ない」

 

「ここを通りたい?」

 

「当然だ。だが、私は彼らへ道を空けてほしいと頼むつもりもない」

 

「分かった」

 

 スザクは高円寺の返答を受け、それ以上前へ出なかった。

 

 龍園が口元を上げる。

 

「助けに来たんじゃねえのか?」

 

「本人が必要ないと言っている。今はね」

 

「俺たちが手を出したら?」

 

「止める」

 

 迷いのない返答だった。

 

 高円寺の意思を尊重することと、暴力を見過ごすことは別だった。

 

「お前はどうする、ランペルージ」

 

「同じだ」

 

「高円寺を信じてるのか?」

 

「能力を評価していることと、状況を放置することも別だ。現時点では会話が続いている。本人も立ち去る選択を捨てていない」

 

「俺がそれを許さなかったら?」

 

「その時点で判断は変わる」

 

 ルルーシュは龍園の人数にも、高円寺の自信にも結論を預けていなかった。

 

 高円寺が助けを求めていない。

 

 龍園たちもまだ直接危害を加えていない。

 

 確認できる事実はそこまでだった。

 

 龍園は視線を綾小路へ移す。

 

「お前も助けに来たのか?」

 

「帰り道が同じだっただけだ」

 

「相変わらず存在感がねえな」

 

「よく言われる」

 

 綾小路は、囲まれた高円寺よりも、龍園の判断を見ていた。

 

 龍園は能力の高い人間を順に確かめている。

 

 ルルーシュ。

 

 高円寺。

 

 次に、自分やスザクへ来る可能性もある。

 

 だが、高円寺への質問を聞く限り、龍園の基準はすでに揺れ始めていた。

 

 できるかどうか。

 

 強いかどうか。

 

 隠しているかどうか。

 

 それだけでは、二件それぞれで、介入した相手がなぜ動いたのかを説明できない。

 

「賑やかですね」

 

 硬い杖先が床を打つ音とともに、柔らかな声が加わった。

 

 坂柳有栖が、渡り廊下の入口に立っている。

 

 隣に護衛役の生徒はいない。

 

 龍園は露骨に面倒そうな顔をした。

 

「今度はAクラスか。見世物じゃねえぞ」

 

「ええ。見世物なら、もう少し観客へ分かりやすくしていただきたいところです」

 

 坂柳は高円寺と龍園を順に見る。

 

「ただ、興味深い問いが聞こえましたので」

 

「答えを知ってるのか?」

 

「何の答えでしょう」

 

「俺が探してる奴だ」

 

「残念ながら、私は解答用紙ではありません」

 

「なら何しに来た」

 

 坂柳は薄く笑った。

 

「あなたが高円寺君から何を読み取るのか、見に来ただけです」

 

「答えを知ってるような口ぶりだな」

 

「知っていたとしても、あなたへ教える理由はありません」

 

 坂柳は龍園と高円寺、その場に集まったDクラスの生徒たちを順に見た。

 

 綾小路も、他の生徒と同じようにその視線を受け流した。

 

「坂柳」

 

 ルルーシュが呼ぶ。

 

「君は龍園が答えへ近づくことを望んでいるのか?」

 

「望むかどうかで結果が変わるなら、私も参加する価値があるのでしょうけれど」

 

「観察しているだけだと?」

 

「今は」

 

 坂柳は曖昧に答えた。

 

 協力者でも、妨害者でもない。

 

 誰がどの順序で答えへ届くのかを見ている。

 

 ルルーシュは、それ以上の質問をしなかった。

 

 坂柳も答えるつもりがない。

 

     ◇

 

「退いてくれるかな」

 

 高円寺が龍園へ告げる。

 

 頼みではない。

 

 次に進むための確認だった。

 

 龍園は数秒、高円寺を見た。

 

 能力はある。

 

 自信もある。

 

 Cクラスの四人に囲まれても、恐怖を見せない。

 

 Xである条件のいくつかは満たしている。

 

 だが、最も重要なものがない。

 

 匿名の相手は、龍園へ録音を送った。

 

 見返りを求めず、正体を隠したまま、堀北への要求を止めた。

 

 もう一件、ペーパーシャッフルでも、Dクラスの誰かが切られる前に匿名の介入があった。

 

 二件が同じ人物かは確定していない。

 

 それでも、どちらも自分以外の誰かが不利益を受ける前に動いている。

 

 少なくとも、龍園が見た高円寺は違う。

 

 自分の利益が損なわれない限り、他人のために危険や手間を引き受ける人間には見えなかった。

 

 能力不足ではない。

 

 介入する理由がない。

 

「行け」

 

 龍園が横へ退いた。

 

 石崎が驚く。

 

「龍園さん?」

 

「もういい」

 

 伊吹も道を空ける。

 

 高円寺は当然のように、その間を通り抜けた。

 

 アルベルトの横を通る時だけ、僅かに視線を上げる。

 

「君は、もう少し良い姿勢で立てる。大きな身体を無駄にしないことだ」

 

 アルベルトは返事をしなかった。

 

 高円寺は振り返ることなく去っていく。

 

 スザクはその背中を見た後、龍園へ向き直った。

 

「確認は終わったのか」

 

「ああ」

 

「だったら、これ以上Dクラスの生徒を囲むのはやめろ」

 

「命令か?」

 

「警告だ。次も会話だけで終わるとは限らない」

 

「お前が殴るって意味か?」

 

「先生へ報告する。必要なら、その場から離れるために止める」

 

「つまらねえ答えだな」

 

「面白さで決めることじゃない」

 

 龍園は笑い、石崎たちへ顎を動かした。

 

 Cクラスの四人が渡り廊下を離れていく。

 

 坂柳は追わない。

 

 その場に残ったルルーシュ、スザク、綾小路を見ていた。

 

「龍園君は、何かを決めたようですね」

 

「君にはそう見えたのか」

 

 ルルーシュが返す。

 

「ええ。ですが、何を決めたかまで私が代わりに説明するつもりはありません」

 

「答えは教えない、か」

 

「先ほど申し上げた通りです」

 

「便利な言葉だな」

 

「ランペルージ君も、よくお使いになるでしょう?」

 

 ルルーシュは否定しなかった。

 

 坂柳は綾小路へ目を向ける。

 

「綾小路君は、どう思いますか?」

 

「高円寺が協力的じゃないことは、今に始まったことじゃない」

 

「それだけですか?」

 

「それ以上は、龍園に聞いた方がいい」

 

「そうですね。答えを出すのは彼ですから」

 

 坂柳は追及しなかった。

 

 綾小路の答えを掘り下げることも、龍園の探している相手と結びつけることもしなかった。

 

「では、私はこれで」

 

 杖先の音が遠ざかる。

 

 坂柳が角を曲がるまで、ルルーシュはその背中を見ていた。

 

「彼女は何か知ってると思う?」

 

 スザクが尋ねる。

 

「分からない。知っているように見せること自体を楽しんでいる可能性もある」

 

「答えを教える気はなさそうだったね」

 

「ああ」

 

 ルルーシュは、龍園たちが去った方向へ視線を戻す。

 

「だが、龍園が次に見る場所は変わる」

 

「能力じゃない?」

 

「能力だけでは足りない。介入が起きた前後を辿る」

 

「その結果、誰が助かったかを見る?」

 

「その可能性が高い」

 

 断定はしない。

 

 録音送信者と問題変更要求者が同じ人物とは限らない。

 

 それでも、二件ともDクラスの誰かが不利益を受ける前に起きている。

 

「そうなれば、質問される側は増える」

 

 スザクの声が低くなる。

 

「平田と堀北へ伝える。今日の接触も記録へ加えるべきだ」

 

「高円寺のことは?」

 

「本人が何を答えたかまで共有する必要はない。Cクラスが候補へ直接接触し始めた事実だけでいい」

 

 本人の価値観を、許可なくクラス全体へ広げる理由はない。

 

 必要なのは、安全手順を更新するための事実だった。

 

「綾小路」

 

 ルルーシュが呼ぶ。

 

「お前も、龍園の質問を聞いていたな」

 

「ああ」

 

「どう見る」

 

「高円寺を追うのはやめるだろうな」

 

「その後は?」

 

「俺にも分からない」

 

 嘘ではない。

 

 龍園がどの事件から、どの人間関係へ辿るかまでは決まっていない。

 

 ただし、向かう方向は見えていた。

 

 綾小路にとって、高円寺が候補から外れたこと自体は問題ではない。

 

 問題は、龍園が強さと正体を直接結びつける段階を終えたことだった。

 

 能力は隠せる。

 

 だが、介入した理由は、守られた側の行動へ痕跡を残す。

 

「教室へ戻ろう」

 

 スザクが言う。

 

 三人は来た道を引き返した。

 

 綾小路は最後に一度だけ、龍園が去った方向を見る。

 

 捜索は、一段深い場所へ移った。

 

     ◇

 

 Cクラスの教室では、名簿が再び机へ置かれていた。

 

 龍園は高円寺の名前へ引かれていた印を消す。

 

「外すの?」

 

 伊吹が尋ねた。

 

「ああ」

 

「強がってただけかもしれないだろ」

 

 石崎は高円寺の態度が気に入らないらしい。

 

「全員でやれば勝てたかもしれねえし」

 

「勝てるかどうかは関係ねえ」

 

「でも、強い奴を探してるんじゃ」

 

「違う」

 

 龍園は石崎の言葉を切った。

 

 これまで候補へ残した人間には、能力の底を見せていないという共通点があった。

 

 ルルーシュ。

 

 高円寺。

 

 スザク。

 

 綾小路。

 

 だが、録音の送信者と、問題へ介入した相手を特定するには、それだけでは足りない。

 

「俺が探してるのは、強いだけの奴じゃねえ」

 

 龍園は別の紙を引き寄せた。

 

 Dクラスで起きた問題。

 

 誰が不利益を受けるはずだったか。

 

 介入によって誰が助かったか。

 

 その後、誰の行動が変わったか。

 

 能力のある人間を並べるのではなく、介入された側から線を辿る。

 

「高円寺には、他人のために動く理由がねえ」

 

「本人がそう言っただけじゃん」

 

「言葉だけで決めたんじゃねえ。あいつは囲まれても、自分のことしか見てなかった」

 

 恐怖がない。

 

 能力の底も見せていない。

 

 命令へ従わない。

 

 それでも、少なくとも龍園には、自分以外の誰かが傷つく前に匿名で手を回す人間には見えなかった。

 

「じゃあ、次は誰を調べるんだ?」

 

 石崎が聞く。

 

 龍園は名簿ではなく、過去の出来事を記した紙を見る。

 

「本人を探すのは後だ」

 

「どういう意味?」

 

「姿を隠してる奴を、顔だけで見つける必要はねえ」

 

 誰のために動いたか。

 

 何を失わせたくなかったか。

 

 どこへ圧力をかければ、もう一度介入するか。

 

 龍園は笑った。

 

「本人が出てこねえなら、出てくる相手を作ればいい」

 

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