反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
三学年合同
冬の朝は、音まで硬くなる。
三学期二日目の朝だった。
寮を出たルルーシュは、白く曇った息を吐きながら校舎へ向かった。
鞄の中には、七泊八日分の最低限の荷物が入っている。
昨夜まで開いていた調査記録は、端末ごと机へ残してきた。
名前の分からない教育施設。
外部へつながる可能性のある、短時間だけ開く保守回線。
検証できる材料は増えていない。
合宿へ端末を持ち込めたとしても、学校の監視下で無理に調査を続ける理由はなかった。
今は、学校が用意した次の試験を確認する方が先だった。
◇
教室へ入ると、すでに半数以上の生徒が集まっていた。
「七泊八日って長すぎねえか?」
池が机へ突っ伏しながら言う。
「でも泊まりだろ? 女子と何かあるかもしれねえじゃん」
山内が声を潜める。
潜めているつもりなのだろうが、前方の席まで届いていた。
「遊びに行くんじゃねえぞ」
須藤が呆れたように言う。
「分かってるって。少しくらい期待してもいいだろ」
「何の期待だよ」
「そこを言わせるなよ、須藤」
「朝からくだらない話をしないでもらえる?」
堀北が本から顔を上げずに言った。
池と山内の声が一段だけ小さくなる。
完全には止まらない。
平田は教室の前方で、集合時間と持ち物を確認していた。
「忘れ物がある人はいない? 現地では簡単に取りに戻れないと思うから、今のうちに確認しておいて」
「平田君、佐倉さんはもう来てるよ。あと、前園さんもさっき見かけたから大丈夫だと思う」
櫛田が手元の一覧を見ながら答える。
「ありがとう、櫛田さん」
普段と変わらない朝だった。
少なくとも、教室の大半にはそう見えている。
軽井沢は佐藤たちと話していた。
表情も声も、冬休み前のあの日より整っている。
だが、笑うまでに僅かな間があった。
「恵、本当に大丈夫なの?」
佐藤が心配そうに尋ねる。
「大丈夫だって。ちょっと体調崩してただけだから」
「連絡もつきにくかったし」
「個人的なことも重なってたの。もう終わったから」
軽井沢はそれ以上の質問を許さない調子で答えた。
佐藤はまだ何か言いたそうだったが、最後には頷いた。
平田も少し離れた位置から軽井沢を見ていた。
「無理はしないでね、軽井沢さん」
「分かってる」
軽井沢は短く返す。
屋上で何が起きたのかを、平田は知らない。
堀北も、須藤も、櫛田も知らない。
知っている者だけが、同じ教室の中で別のものを見ていた。
スザクが教室へ入ってくる。
「おはよう、ルルーシュ」
「ああ」
それだけだった。
あの屋上について話すことはない。
謝罪も、確認も、今ここでは必要なかった。
スザクは自分の席へ向かう途中で軽井沢を見た。
軽井沢も一瞬だけ視線を返す。
互いに声はかけない。
次に入ってきた綾小路は、いつもと同じように目立たない速度で席へ向かった。
教室の視線は集まらない。
龍園たちを一人で倒した人間には見えなかった。
軽井沢の前を通っても、二人の間に会話はない。
ルルーシュも綾小路へ声をかけなかった。
必要な情報は共有していない。
敵か味方かという判断も終わっていない。
ただ、綾小路がXであることを知った。
それだけで、以前と同じ関係へ戻ったわけではなかった。
「全員、席につけ」
茶柱が教室へ入ってくる。
時計を確認し、名簿へ目を落とした。
「これから指定されたバスへ移動する。荷物は各自で管理しろ。到着まで、勝手な行動は認めない」
「先生、合宿って何やるんですか?」
池が尋ねる。
「バス内で資料を配る。質問は読んでからにしろ」
「先にちょっとくらい教えてくれても」
「移動に遅れた者へ説明する予定はない」
池はすぐに鞄を持ち上げた。
教室の空気が動く。
平田が列を整え、櫛田が忘れ物の確認を手伝う。
堀北は本を鞄へしまい、綾小路は最後まで席へ残ってから立ち上がった。
◇
校舎を出る直前、ルルーシュは二階の渡り廊下へ視線を向けた。
杖をついた坂柳が、窓際に立っていた。
合宿へ向かう荷物は持っていない。
周囲にはAクラスの生徒もいなかった。
坂柳の視線は、最初に綾小路へ向いていた。
次に、少し距離を空けて歩くルルーシュへ移る。
柔らかな笑みが浮かぶ。
声をかける様子はない。
ルルーシュへ新しい情報を渡す様子もなかった。
ルルーシュは足を止めない。
綾小路も坂柳を見上げなかった。
二人の距離は、外から見れば以前と変わらない。
坂柳がそれをどう評価したのかは分からない。
ただ、観察していることだけは隠していなかった。
「ランペルージ、遅れるぞ」
須藤の声が飛んでくる。
「今行く」
ルルーシュは坂柳から視線を外した。
彼女は味方ではない。
今は、それ以上を決める必要もなかった。
◇
バスが校門を出てから、およそ十分後。
茶柱が通路を歩き、一人ずつ資料を配り始めた。
「配られた資料は、目的地へ到着する前に回収する。書き込みは認めるが、持ち帰ることはできない。内容は今のうちに把握しろ」
数枚の紙が、ルルーシュの手元へ届く。
表題には、混合合宿実施要項と記されていた。
期間は七泊八日。
参加者は全学年。
男女は完全に分けられ、各学年の生徒は複数クラスを混合した六つの小グループへ所属する。
その後、各学年から一つずつ選ばれた小グループを統合し、三学年合同の大グループを作る。
日々の生活態度。
禅。
筆記。
スピーチ。
体力課題。
最終日に行われる総合試験。
評価は個人だけではなく、小グループと大グループの双方へ積み上げられる。
「全学年って、二年と三年も一緒なのかよ」
山内が顔を上げる。
「そう書いてあるだろ」
須藤はすでに次のページを読んでいた。
「大グループの上位には、プライベートポイントとクラスポイントが与えられる……」
池の声が少し明るくなる。
「上位に入れば、かなり得じゃん」
「最後まで読んでから喜びなさい」
堀北が言った。
池は眉を寄せながら続きを追う。
第三位までが報酬対象。
第四位は増減なし。
第五位と第六位は、所属する小グループの各クラスへ減点が発生する。
そして、最下位となった大グループ。
その中で学校の定めた個人成績のボーダーラインを下回った小グループについては、学校が責任者一名を退学処分とする。
「……は?」
池の声が止まった。
山内も紙へ顔を近づける。
「責任者って、グループのリーダーだよな?」
「そういうことになる」
平田の声から、普段の柔らかさが少し消えていた。
さらに下には、責任者が道連れを一名指定できると記されている。
指定できるのは、同じ小グループ内で個人成績がボーダーラインを下回った生徒だけ。
「なんだよ、それ」
須藤が資料を握る指へ力を入れた。
「責任者だけ退学させるうえに、もう一人選ばせるのかよ」
「責任者へ全てを押しつける制度ではない、という説明はできる」
堀北が紙から目を離さずに言う。
「道連れの可能性があるなら、他の生徒も最低評価を避ける必要がある」
「だからって、自分で誰かを選べっていうのか?」
スザクが言った。
声は大きくなかった。
それでも、近くの席にいた生徒が振り返る。
「失敗した責任者を退学させるだけでも重い。最後に同じグループの誰かを選ばせる必要があるのか」
「選ばなければどうなるかは書かれていないわね」
堀北が答える。
「制度の意図を考えるなら、責任者へ最後まで判断させるためでしょう」
「判断じゃない」
スザクは資料へ目を落とした。
「追い詰められた一人に、別の一人の未来まで決めさせている」
ルルーシュは該当箇所を読み直した。
責任者は、成績の高い者である必要がない。
グループ内の投票と合意によって決められる。
責任者と同じクラスの生徒には、上位に入った際の報酬倍率が加算される。
利益はある。
危険も明示されている。
形式だけを見れば、選ぶ側は条件を知った上で責任者を決められる。
だが、同じ情報を読んでも理解できる範囲は違う。
責任者倍率へ先に目が行く者。
退学条件だけを恐れる者。
自分が責任者にならなければ安全だと考える者。
他クラスの生徒と組むことで、誰へ利益と危険が偏るのかまで計算する者。
この数分だけで、すでに差が生まれていた。
「ランペルージ君はどう見る?」
平田が尋ねた。
周囲の何人かもルルーシュを見る。
「今の段階で結論を出す必要はない」
「でも、責任者は決めないといけないんだろ?」
池が不安そうに言う。
「だからこそだ。責任者の危険だけを見て押しつければ、その時点でグループは壊れる」
「じゃあ、一番頭のいい奴がやればいいのか?」
「能力が高い者と、失敗した時に責任を引き受けられる者が同じとは限らない」
ルルーシュは資料の次の項目へ指を移した。
「それ以前に、誰と組めるのか、上級生が何を求めるのか、評価の配分がどうなるのかも分かっていない。今決められるのは、自分だけは責任者になりたくないと考える者が多いということだけだ」
「それは、まあ……」
池は否定しなかった。
山内も黙っている。
綾小路は窓側の席で資料を読んでいた。
茶柱が前方へ戻ったあと、堀北が小声で尋ねる。
「綾小路君。あなたはどう考える?」
「能力の高い生徒を集めることより、責任者を誰にするかが先に争点になる」
「理由は?」
「利益はグループ全体へ分配されるが、最下位になった時に退学するのは責任者だ。全員が公平に危険を負う制度じゃない」
「道連れの対象にはなり得るわ」
「ボーダーラインを超えれば避けられる。だが責任者は、小グループが条件を満たせなければ逃げられない」
綾小路は淡々と答えた。
「責任者を引き受けないことが、最初にできる一番簡単な自己防衛になる」
堀北は資料へ視線を戻す。
反論はしなかった。
ルルーシュは二人の会話を聞きながら、別の項目を確認した。
小グループの編成は、生徒側の話し合いを基本とする。
学校は必要人数と構成条件を満たしているかだけを確認する。
少なくとも、一年生の小グループは自分たちで選べる。
その一文を見つけた池が、目に見えて息を吐いた。
「なんだ。勝手に変な奴らと小グループを組まされるわけじゃないのか」
「仲のいい奴で固まればいいってことだな」
山内も表情を戻す。
「人数とクラス混合の条件がある。Dクラスだけで固まることはできないわよ」
堀北が釘を刺す。
「でも、自分で選べるならまだ何とかなるだろ」
池はそう言って、資料を畳みかけた。
「折るな。回収する」
茶柱の声が飛ぶ。
池は慌てて紙を伸ばした。
◇
別のバスでは、資料へ目を通し終えた三年Aクラスの生徒たちへ、堀北学が告げていた。
「小グループの責任者は引き受けるな」
短い指示だった。
橘が隣から学を見る。
「全員ですか?」
「ああ」
「上位報酬の倍率を考えれば、Aクラスから責任者を出す選択もあります」
「得点だけを見ればな」
学は退学条件の記された欄へ指を置いた。
「この試験は、得点だけで終わるとは限らない。責任者を置けば、そこがクラスにとって最も分かりやすい弱点になる」
「では、責任者以外の役割で上位を狙うと」
「そうだ。得点は捨てない。だが、退学リスクを背負う責任者を自分たちから出す必要もない」
橘は一度だけ資料を見直した。
「分かりました。クラスへ共有します」
学は頷いた。
まず、制度が生む弱点を減らす。
それが学の選択だった。
◇
二年生のバスで、南雲雅は同じ退学条件を読んでいた。
周囲の生徒たちは、すでに誰と組むかを相談し始めている。
「三年Aは責任者を出さないだろうね」
南雲が独り言のように言う。
近くにいた二年生が振り返る。
「分かるんですか?」
「クラスを守るなら、自然な判断だよ。責任者を出せば、それだけで分かりやすい弱点になる」
南雲は資料を閉じた。
「でも、責任者を出さなければ安全だと思っているなら、それは少し違う」
「どういう意味ですか?」
「どう使うかは、これから考えるよ」
南雲は笑って答えた。
◇
山道へ入る前に、資料は全て回収された。
茶柱が枚数を確認し、封筒へ戻していく。
紙が手元から消えると、車内には少しだけ安堵した空気が戻った。
池と山内は、誰と小グループを組むかを早く決めようと話している。
須藤は体力試験なら問題ないと言い、平田は他クラスの知り合いを思い浮かべていた。
櫛田の周囲には、すでに相談しようとする生徒が集まり始めている。
小グループは自分たちで選べる。
その言葉に、車内の空気は僅かに緩んでいた。
だが、誰がどの程度の成績を持つのか。
誰が責任者を引き受けられるのか。
上級生側でどのような小グループが形成され、何を望むのか。
他クラスが誰を危険と見て、誰を利益と見るのか。
選択に必要な材料まで、全員へ等しく与えられているわけではない。
ルルーシュは窓の外へ視線を向けた。
遠くの山には雪が残っている。
選べることと、選ぶための情報があることは違う。