反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
合宿初日の朝。
各小グループへ、最終試験までの予定表と評価項目が配られた。
筆記。
スピーチ。
体力。
生活態度と集団行動。
どれか一つで高得点を取れば済む試験ではない。
小グループ全体の結果として記録される以上、一人の突出より、複数の失点が重なる方が危険だった。
ルルーシュは十二名分の簡易記録表を卓上へ並べた。
「最初に確認する。これは順位を付けるための表ではない」
「でも点数は書くんだろ?」
池が用紙を覗き込む。
「現時点の得意分野と、短期間で改善できる幅を書く」
「苦手な奴を見つけるのと何が違うんだよ」
「苦手な項目を全て改善しようとすれば、時間が足りない。改善できない部分を先に把握しなければ、役割の決め方を誤る」
山内が警戒したまま尋ねる。
「俺たちが一番下だったら?」
「一番下という言葉では処理しない」
ルルーシュは四つの評価欄を指した。
「筆記が低くても、発声や対人課題で補える者はいる。体力が低くても、生活課題で失点を出さない者もいる。全項目を一つの数字へまとめれば、改善できる部分まで消える」
葛城が用紙を取る。
「評価方法の確認は必要だ。曖昧な解釈で練習を進めれば、得点にならない項目へ時間を使うことになる」
「ああ。規則と採点条件の確認は葛城へ任せる」
ルルーシュは続けた。
「変更や追加説明があれば、全員へ共有してほしい。規則の見落としによる失点は、能力不足ではなく準備不足だ」
「引き受けよう」
「神崎には、他クラスとの調整を頼む」
「練習場所と時間の重複か?」
「それだけではない。他の小グループと協力できる課題、交換できる情報、上級生側へ確認すべき事項を整理してほしい。こちらだけで全てを準備するより効率がいい」
神崎は少し考えた後、頷いた。
「Bクラスだけへ有利な情報を流すつもりはない。ただし、こちらから渡す情報も同じ条件にする」
「それでいい。一方的に与え続ければ、協力ではなく依存になる」
平田へ向けて、別の用紙を渡す。
「平田には、体調と不満の確認を頼む」
「得点には直接関係しないように見えるけど」
山内が言った。
「不満を言えないまま従った人間は、必要な場面で動かなくなる」
ルルーシュは答えた。
「体調不良を隠した者へ予定どおりの負荷をかければ、その日の得点だけでなく以後の練習時間も失う。平田には、私や葛城へ直接言いにくい内容を拾ってほしい」
「分かった。無理をしている人がいれば、先に共有するよ」
「鬼頭と柴田には体力項目の基準確認。金田と米津には筆記結果の分類。小宮には発声と姿勢の確認を頼む。残るBクラスの生徒には、生活課題の記録補助を任せたい」
役割を告げるたび、理由も添えた。
命令だから従えとは言わない。
引き受けた場合に何が改善され、誰がその利益を得るのか。
引き受けなかった場合、どの失点が残るのか。
それを一つずつ説明した。
「ルルーシュ君は何をするの?」
柴田が尋ねた。
「全体記録と、スピーチの構成を担当する。各担当から上がった結果を一つへまとめ、練習時間を組み替える」
「全部の決定を君がするということか」
葛城が確認する。
「最終判断は責任者として行う。ただし、規則について葛城の確認を無視し、他クラスとの調整を神崎へ任せたまま勝手に変更し、平田が拾った不満を記録しないなら、役割を分けた意味がない」
葛城は僅かに頷いた。
権限を分けたのではない。
判断に必要な情報を、一人で独占しない仕組みを作っている。
「じゃあ俺たちは?」
池が自分と山内を指した。
「まず筆記の基礎問題、短い文章の音読、生活課題の三項目を確認する」
「体力は?」
「今日の確認結果を見てからだ。全項目を同時に上げようとはしない」
「簡単なところだけやらせて、点が低かったら結局切るんじゃないのか?」
「短期間で改善できる項目を先に取る」
ルルーシュは池の記録表を伏せなかった。
「難問を一問解けるようにするより、基礎問題の失点を五問減らす方が早い。長いスピーチを任せるより、決められた部分を聞き取りやすく読む方が安定する。改善幅がある者を、現在の点数だけで外す理由はない」
山内が表を見た。
「俺にもできる役があるってこと?」
「結果を出せる範囲はある。その範囲を決めた後は、自分で責任を持ってやり切れ」
優しい言葉ではなかった。
だが、最初から不要だと決める言葉でもなかった。
◇
幸村の小グループでは、予定表が配られてから十分も経たずに声が上がった。
「筆記確認を先に行う。全員、午後までに指定範囲を解いて提出してくれ」
「いきなり全部かよ」
石崎が問題冊子をめくる。
「体力の確認もあるんだろ。こんなのやってたら時間なくなるぞ」
「筆記は全員が受ける。不得意だから後回しにする理由にはならない」
「誰もやらねえって言ってねえだろ。順番の話だ」
「なら、代案を出せ」
幸村の語気も強くなる。
「責任者へ文句を言うだけなら、時間を使う意味がない」
「押しつけられたからって、急に偉くなったつもりか?」
椅子が床を擦った。
アルベルトが石崎の肩へ手を置く。
止めるための動きだったが、幸村には威圧にも見えた。
「生活課題の時間は僕が管理する」
竹本が予定表を引き寄せた。
「筆記確認を行うこと自体には賛成だ。ただし、全員を同じ時間で区切るより、提出順を分けた方がいい」
「分ければ遅い者がそのままになる」
「だから締切は変えない。開始時間だけを分ける」
竹本は幸村の判断を否定せず、実行方法だけを整えた。
「他クラスとの確認は俺がやるよ」
橋本が軽い口調で加わる。
「練習場所まで同じ時間に取ったら、筆記が終わっても動けない。森重、空いてる教室と走路の時間を見てきてくれる?」
「分かった」
森重は幸村と石崎の間へ入らず、橋本から渡された用紙だけを受け取った。
吉田は体力項目の予定を確認し、高円寺を見る。
「駅伝の準備もある。少なくとも基礎測定には参加してもらうぞ」
「僕の能力を確認する必要はないよ」
高円寺は椅子へ深く腰をかけたまま答えた。
「君たちが知るべきなのは、自分自身の限界だ」
「小グループの試験なんだ。個人だけの話じゃない」
「集団の都合で、僕の時間を浪費する理由にはならないね」
吉田が言い返そうとしたところで、橋本が手を上げた。
「今は測定の順番を決めよう。高円寺の話はその後だ」
「後にしても参加しないと思うが」
幸村が苛立ちを隠さず言う。
高円寺は否定しなかった。
その少し離れた場所で、石崎が綾小路を見た。
「お前はどう思う」
「筆記と体力を同時に全員へ進めれば、待ち時間が増える。半分に分けて入れ替えればいいんじゃないか」
「……それでいい」
石崎はすぐに引いた。
アルベルトも頷く。
幸村の眉が動いた。
先ほどまで責任者の指示へ反発していた石崎が、綾小路の短い意見には理由を重ねず従った。
「なぜ彼の意見なら受け入れる?」
「そっちの方が早いからだ」
「僕も時間を無駄にしないために言っている」
「言い方が気に入らねえんだよ」
答えになっていない。
幸村は石崎と綾小路を交互に見た。
綾小路は普段どおり、目立たない位置に立っている。
命令しているようには見えない。
それでも、石崎とアルベルトは綾小路へ強く逆らおうとしなかった。
橋本も同じ変化を見ていた。
龍園が表へ出なくなった後。
石崎とアルベルトが見せる、不自然な慎重さ。
その中心に綾小路がいる可能性は、以前より高くなっていた。
「半分に分ける」
幸村が決定した。
「ただし、提出期限は変えない。竹本は時間管理を頼む。橋本は教室の確保。吉田は体力測定の準備をしてくれ」
口論へ加わらなかったAクラスの男子生徒一名も、配られた筆記課題と生活記録表を黙って埋め始めた。
役割は決まった。
対立は消えていない。
石崎は責任者を認めたわけではなく、幸村も石崎を信用していなかった。
作業だけが、二人の納得を待たずに始まった。
◇
男子側で役割確認が始まる少し前、女子会場では、責任者欄を前にした沈黙が続いていた。
Bクラス八名。
Dクラス三名。
Bクラスの生徒たちは互いに顔を見合わせたが、自分から責任者へ名乗り出る者はいなかった。
一之瀬とは別の小グループになっている。
協力する意思はあっても、失敗時の退学リスクまで誰かへ求めることはできなかった。
「このままでは時間切れになるわ」
堀北が用紙を取った。
「私が責任者を引き受ける」
「でも、堀北さんが決めたことに、私たちが全部従うってこと?」
網倉が不安を口にした。
「従わせるつもりはない。規則確認と最終判断は私が行う。ただし、Bクラス内の連絡、体力課題、生活課題は分ける」
「失敗したら?」
「責任者として退学条件を負うのは私よ」
堀北は曖昧にしなかった。
「その代わり、上位報酬を得た場合は、私と同じDクラスの三名分に責任者倍率が適用される。利益と危険を分けて説明した上で、同意を取りたい」
Bクラスの生徒たちは、小さく相談した。
堀北を十分に知っているわけでも、最初から全面的に信頼しているわけでもない。
だが、誰も引き受けなかった危険を隠さず示し、役割まで先に分けた。
網倉が最初に頷く。
「分かった。ちゃんと話し合えるなら、私は賛成する」
他の七名も続いた。
櫛田は明るい笑顔で手を合わせる。
「じゃあ、私がみんなの意見をまとめるね。鈴音ちゃんに直接言いにくいこともあると思うし」
Bクラスの空気が僅かに緩んだ。
堀北は櫛田を見る。
「任せるわ。ただし、聞いた内容を選別して伝えないこと」
「もちろん。グループで上位を取りたいのは私も同じだよ」
その笑顔が本心からの好意ではないことを、堀北は知っている。
櫛田も、堀北へ忠誠を誓ったつもりはない。
ここで妨害して自分の評価を落とす理由もなかった。上位へ入れば報酬を得られる以上、少なくとも合宿中はグループへ協力する方が櫛田自身の利益になる。
互いに信用していない。
それでも、この場では相手の能力が必要だった。
堀北は規則と役割を整理する。
櫛田は、堀北の言葉が強く届きすぎる前に言い換える。
小野寺は体力項目を確認し、Bクラスの生徒たちは筆記と生活課題を分担する。
「時間を守れない場合は、その理由まで記録する」
堀北が言う。
「遅れた事実だけで責めても、次の失点は減らないわ」
「鈴音ちゃん、もう少し柔らかく言おうよ」
櫛田が笑う。
「遅れそうなら早めに教えてね。代わりにできる人を探せるから」
内容はほとんど同じだった。
受け取る側の表情だけが違う。
突出した一人へ得点を集める組ではない。
規則の見落としを減らし、摩擦による遅れを減らし、全員の平均を落とさない。
堀北と櫛田の協働は、和解ではなかった。
同じ利益へ向かう間だけ成立する、役割の一致だった。
◇
濱口の小グループでは、最初の体力測定から差が現れた。
須藤とスザクは、短距離と基礎筋力で上位へ入る。
一方で、走り終える前に呼吸を崩す生徒もいた。
外村は膝へ手をつき、肩で息をしている。
「駅伝はスザクと俺に長く走らせればいい」
須藤が記録表を見て言った。
「速い奴が多く走れば、その分取り返せるだろ」
「区間配置では有効かもしれない」
スザクは否定から入らなかった。
「でも、僕たち二人の得点を上げても、他の項目で全体の平均が落ちれば弱点は残る」
「走れない奴を急に速くする方が無理だろ」
「急に速くする必要はない。今より早く呼吸を崩さない走り方へ変えればいい」
スザクは濱口を見る。
「基礎測定の後、フォームと呼吸を確認する時間を取ってもいいかな」
決定する前に、責任者へ意見を求めた。
濱口は記録表を確認する。
「賛成だよ。ただし、枢木君一人に全員を任せない。須藤君と三宅君にも補助を頼みたい」
「俺もか?」
三宅が聞く。
「長く走れる人が、どこで力を抜いているかを説明してほしい。速さだけなら枢木君と須藤君で足りるけど、教え方は一つより複数あった方がいい」
須藤は少し不満そうだったが、拒まなかった。
スザクは外村の立ち位置を直す。
「最初から歩幅を広げすぎている。足を前へ出すより、身体の下へ置く意識で走ってみて」
「こうか?」
「もう少し小さくていい。呼吸は苦しくなってから整えるんじゃなく、最初から吐く時間を決める」
別の生徒には、走り続ける距離を短く区切った。
休憩時間も全員同じにはしない。
止まる必要がある者と、ゆっくり動き続けた方が回復する者を分ける。
スザクが一人で方針を決めているわけではなかった。
測定結果を濱口へ戻し、濱口が全体予定へ組み込む。
須藤は速い者の負荷を担当し、三宅は中間の生徒を見る。
強い者へ得点を集中させるのではなく、弱点となる人数を減らす。
その方針だけが、最初の測定から共有された。
◇
同じ規則で作られた小グループだった。
ルルーシュは、利益と損失を示して役割を置いた。
幸村は、責任者として正しい順序を求め、反発を受けた。
堀北と櫛田は、互いを信用しないまま必要な機能だけを分けた。
濱口は決定を引き受け、スザクはその決定権を奪わずに弱点を埋めた。
形だけを見れば、全て同じ混合グループだった。
だが、その中に含まれるものは同じではない。
命令。
調整。
放置。
恐怖。
信頼。
その比率は、全く違っていた。