反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
三日目の朝、共有掲示板の予定が書き換えられていた。
体育館。
スピーチ練習室。
筆記用の自習教室。
外周路と運動場。
使用できる場所そのものは、前日と変わっていない。
変わったのは、どの大グループが、どの時間帯を使うかだった。
「また南雲会長のところか」
小宮が、体育館の欄を見る。
午前の使いやすい時間帯には、南雲を含む大グループの番号が書かれていた。
スピーチ練習室も同じだった。
筆記課題の質問を受け付ける上級生の予定には、南雲側の小グループが先に並んでいる。
「昨日までは空いていたはずだ」
葛城が掲示板の変更時刻を確認する。
「二年生の小グループ同士で、使用枠を交換したらしい」
神崎が答えた。
「交換?」
「南雲会長と同じ大グループにいる小グループが、外周路の優先時間を別の二年生グループへ渡した。その代わり、体育館と練習室の時間を受け取っている」
「それだけなら、普通の調整じゃないのか?」
池が言った。
「単独ならな」
ルルーシュは、掲示板の複数の変更箇所を見る。
体育館の枠を譲った二年生。
スピーチ練習室の順番を入れ替えた二年生。
筆記課題の分析結果を南雲側へ回した二年生。
上級生へ質問できる時間を、自分たちより南雲側の一年小グループへ先に渡した二年生。
同じ人物が全てを動かしているわけではない。
掲示板の訂正筆跡も違う。
教員へ申請した責任者も、それぞれ別だった。
「南雲から命令されたってことか?」
池が声を落とす。
「命令された証拠はない」
ルルーシュは答えた。
「むしろ、直接の指示は出ていない可能性が高い」
「だったら、なんで全部あっちに集まるんだよ」
「集めた本人たちにとって、その方が利益になるからだ」
神崎が変更された予定を見直す。
「南雲会長の大グループが上位へ入れば、協力した二年生にも返せるものが増える。情報、練習枠、今後の試験での優先、プライベートポイント……何を約束しているかは分からないが、協力する理由は作れる」
「約束すら必要ないかもしれない」
ルルーシュが言う。
「南雲へ協力した者が利益を得る。協力しなかった者は、その利益を得られない。それが二年生の中で共有されていれば、毎回指示を受ける必要はない」
南雲の近くにいること。
南雲が評価する結果を出すこと。
南雲の側が必要とするものを、先に差し出すこと。
それが将来の利益へつながると全員が理解していれば、人は自分で動く。
「こちらの練習時間は?」
葛城が尋ねる。
「午後の体育館と、夕方のスピーチ練習室は確保できる」
神崎が答えた。
「条件としては悪くない。ただ、南雲側は午前中に練習した結果を、その日の午後に修正できる」
「一日ごとの差が積み重なる」
葛城は変更箇所を記録した。
「こちらも使用枠を奪い返すのか?」
鬼頭が聞く。
ルルーシュは首を横に振る。
「必要な場所は確保できている。相手が有利だからという理由だけで予定を崩せば、こちらが準備した役割分担まで壊れる」
「放っておくのかよ」
「記録する」
池が不満そうな顔をする。
「それで点が増えるのか?」
「南雲の仕組みを調べることと、今日の得点を取ることは別だ。神崎は予定どおり他グループとの調整。葛城は午後枠で必要な確認を先に整理してくれ。午前は筆記とスピーチ原稿へ回す」
命令系統が見えないからといって、結果まで見えないわけではない。
南雲側へ、時間と情報と助言が集まっている。
それぞれが自分の利益を選んだ結果として。
◇
昼前、男子側の大グループ責任者と各学年の代表者が、体育館前へ集められた。
教員からの追加説明が終わっても、南雲はその場を離れなかった。
「堀北先輩」
呼ばれた学が足を止める。
「せっかく同じ試験を受けるんです。俺の大グループと先輩の大グループ、どちらが上へ行くか勝負しませんか?」
周囲にいた生徒の視線が二人へ集まった。
南雲の声は大きくない。
それでも、聞かせる必要のある範囲には届いている。
「試験結果は、勝負を宣言しなくても順位として出る」
学が答える。
「それでは面白くないでしょう」
「お前が面白いかどうかは、採点条件に含まれていない」
南雲は笑った。
「相変わらずですね。じゃあ、言い方を変えます。先輩が守ってきた三年生と、俺が変えてきた二年生。どちらの方が、この学校で結果を出せるか比べたい」
学は南雲を見る。
「学年全体を自分の所有物のように言うな」
「所有しているつもりはありませんよ。二年生が自分で俺を選んだだけです」
南雲は、体育館の掲示板へ目を向けた。
「能力を示せば、学年やクラスに関係なく機会を与える。結果を出した者へ、次の機会と利益を返す。俺は誰にでも同じ入口を用意している」
「入口へ立つために必要な情報まで、全員が同じように持っているわけではない」
「情報を得るのも能力でしょう」
「それを否定するつもりはない」
学は短く答えた。
「だが、お前の思想を議論する場でもない。大グループの得点で比べたいというなら、受ける」
南雲の笑みが深くなる。
「ありがとうございます。先輩なら、そう言ってくれると思っていました」
南雲はそこで、学の少し後方にいる一年生へ視線を移した。
責任者名簿で覚えた名と、以前、自分の動きを見ていた顔が一致した。
「ルルーシュ・ランペルージ君だったね」
確認するように、南雲が名を口にした。
「そうですが」
「一年生で責任者を引き受けて、堀北先輩の大グループを選んだ。面白い選択だと思ってるよ」
「選んだのは小グループ全員です」
「責任者は、そういう言い方をするんだ」
南雲はそれ以上、会話を続けなかった。
学もルルーシュへ意見を求めない。
南雲の能力主義をどう見るか。
この勝負を受けるべきだったか。
そのどちらも尋ねず、三年生の小グループ責任者へ次の集合時刻を告げた。
ルルーシュも口を挟まない。
勝負を受けたのは学であり、大グループを率いるのも学だった。
自分の役割は、十二名の小グループを機能させ、その結果を大グループへ渡すことにある。
◇
午後、大グループ内の調整会議が開かれた。
三年生、二年生、一年生。
各小グループの責任者と補助役が、同じ教室へ集まる。
学は前へ立ったが、長い演説はしなかった。
「大グループ全体で、全項目の一位を狙う必要はない」
配布された一覧へ、複数の印が付けられている。
「筆記で失点を抑える小グループ。スピーチで得点を取る小グループ。駅伝で上位を狙う小グループ。生活評価の乱れを防ぐ小グループ。各自の強みを重ねる」
一つの小グループへ、全てを任せない。
上位者だけを一か所へ集めることもしない。
「変更が必要な場合は、学年ごとの代表を通せ。緊急時を除き、他学年の小グループへ直接命令するな。責任者の判断を飛ばせば、現場の情報が失われる」
三年生の生徒たちは、その指示を聞きながら、自分たちの担当欄を確認していく。
質問は短い。
確認が終われば、すぐに別の生徒へ情報が渡る。
学が同じ説明を繰り返す必要はなかった。
生徒会長の肩書きは、すでに南雲へ移っている。
それでも、三年生は学の言葉を聞いた。
元生徒会長だから、ではない。
少なくとも、それだけではなかった。
学の指示には、誰が何をするかだけでなく、失敗した場合にどこを修正するかが含まれている。
自分だけは別の規則で動くという例外も置かない。
得点の低い小グループへ責任を押しつける前に、上級生側の配置を変える。
約束した支援を、結果が悪かったという理由で途中から取り消さない。
三年生は、学の判断が必ず正しいから従っているわけではなかった。
判断の根拠と、失敗した後の責任の位置が変わらないことを知っている。
「一年の第一小グループ」
学は手元の資料に記された所属欄へ目を落とした。
「一年Dクラスか」
鈴音と同じクラス。南雲が先ほど名を呼び、責任者として自ら退学条件を背負った一年生でもある。
短く確認し、学はルルーシュへ視線を戻した。
「現状を報告しろ」
「十二名。体調不良による離脱はありません。筆記は平均以上を維持できます。スピーチは構成と発表者を分け、失点の大きい者へ短い担当を置きます」
「体力は」
「長距離で三名が平均を下げます。池と山内は改善していますが、駅伝の主力には置きません。私も長区間には不適です」
教室の一部が僅かに動いた。
責任者自身が弱点に含まれている。
学は表情を変えない。
「改善幅は」
「池は前半の速度を抑えれば、歩かずに走れる距離が伸びます。山内は姿勢を修正すれば、呼吸が乱れた後の低下を遅らせられる。私は持久力の大幅な改善を狙わず、呼吸が崩れる地点を遅らせます」
「駅伝の配置案は」
「鬼頭と柴田を主力候補。神崎、平田、小宮を中間。残りは測定結果を見て短区間へ分けます。最終決定は、他の一年小グループと大グループ全体の配置を確認してから行います」
「必要な支援は」
「上級生の人員は不要です。規則変更と大グループ内の練習時間だけ共有してください。スピーチ練習室は夕方の枠で足ります」
学は数秒、記録表を見る。
「分かった。規則変更は三年側からも確認する。駅伝の区間配置は、全小グループの記録が揃ってから再提出しろ」
「承知しました」
会話はそれだけだった。
南雲への意見は聞かれない。
学の勝ち方について、助言を求められることもない。
制度の穴を探せとも、南雲の動きを調べろとも言われなかった。
小グループの弱点。
改善幅。
必要な支援。
大グループ運営に必要な範囲だけを確認した。
ルルーシュも、学の作戦へ自分の計算を差し込まなかった。
学が情報を求めた範囲へ、測定した事実を返しただけだった。
◇
会議が終わる頃、廊下の向こうを二年生の生徒たちが通った。
一人は筆記課題のまとめを抱えている。
一人は練習場所の変更表を持っている。
別の一人は、南雲側の一年小グループへ上級生の助言時間を伝えていた。
南雲の姿はない。
それでも、全員の動きは同じ方向へ向かっていた。
命令を待っているようには見えない。
自分で決め、自分で申請し、自分で他者へ説明している。
南雲は、能力で競う機会を誰にでも与えると言った。
競争そのものは否定する理由がない。
高い能力を示した者へ、次の機会を与えることも間違いではない。
だが、その機会を得るために何を能力と呼ぶか。
誰へ情報を渡し、誰へ練習場所を与え、誰を次の候補に残すか。
その評価を行う側と、評価によって利益を得る側が同じ場所にいる。
学校の採点基準を南雲が作ったわけではない。
しかし、二年生の中で誰が機会を得るかを決める基準は、南雲の周囲に集まっていた。
従うよう命じる必要はない。
従った者が利益を得る仕組みを作ればいい。
利益を得た者たちは、自分の選択が正しかったと考える。
次も同じ選択をする。
その人数が増えるほど、南雲の判断は多数派の意思へ変わっていく。
◇
龍園は、恐怖で王になった。
南雲は、多数派が自分を王に選んだ形を作っていた。