反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

70 / 71
勝負の外側

 男女別に行動する混合合宿で、互いの姿を確認できる時間は限られていた。

 

 夕食の一時間。

 

 大食堂には男子側と女子側の生徒が同時に集まる。

 

 座席まで自由になるわけではない。

 

 小グループごとに指定された卓へ着き、食事が終われば再び別々の宿舎へ戻る。

 

 それでも、離れた相手と言葉を交わせる数少ない時間だった。

 

 ルルーシュの小グループでは、午後のスピーチ練習について確認が続いていた。

 

「山内の担当は短いままでいいのか?」

 

 神崎が尋ねる。

 

「ああ。内容を増やして崩すより、聞き取れる速度で最後まで言い切らせる」

 

「俺、もう少しくらいできるって」

 

 山内が不満を示す。

 

「明日の練習で現在の担当を安定させれば増やす。今日できなかった部分を残したまま、台詞だけ増やす理由はない」

 

「やっぱり増やす可能性はあるんだな?」

 

「結果を出せばな」

 

 山内は少しだけ機嫌を直し、食事へ戻った。

 

 その向こうで、三年生の男女が短く言葉を交わしている。

 

 堀北学と、一人の女子生徒。

 

 学が他の生徒より長く足を止めていることに気づき、ルルーシュは視線だけを向けた。

 

「橘」

 

 学の呼びかけに、女子生徒が顔を上げる。

 

「堀北君。男子側はどうですか?」

 

「予定どおりだ。そちらは」

 

「こちらも大きな問題はありません」

 

 答えは早かった。

 

 だが、橘の箸はほとんど進んでいない。

 

 肩に疲労が残り、周囲の女子生徒との間にも、僅かな距離があった。

 

「大きな問題は、か」

 

 学は言葉をそのまま受け取らなかった。

 

 橘は困ったように笑う。

 

「少し意見が合わないだけです。私が説明すると、どうしても生徒会の指示みたいに受け取られてしまって」

 

「それだけか」

 

「合宿中ですから、多少の摩擦はあります。私が合わせれば済むことです」

 

「全てをお前が合わせる必要はない」

 

「分かっています」

 

 橘はそう答えたが、視線を逸らした。

 

 学は女子側の卓を見る。

 

 橘の小グループがどのような役割分担を行い、誰が何を記録しているのか。

 

 男子側から確認できる情報は少ない。

 

 自分が直接口を出せば、元生徒会長が女子グループへ介入した形になる。

 

 橘が所属する小グループの責任者を飛ばして指示すれば、橘が受けている警戒を強める可能性もある。本人から正式な申告がない状態では、学が動ける範囲にも限界があった。

 

「無理をするな。問題が評価へ影響するなら、教員へ申告しろ」

 

「はい。でも、今はまだそこまでではありません」

 

 今はまだ。

 

 その言葉を残し、橘は自分の卓へ戻った。

 

 ルルーシュは彼女の横顔を見て、記憶を辿る。

 

 入学後、生徒会室で空き教室の使用申請を行った時。

 

 学から書類を渡され、受領印を押し、控えを返した上級生だった。

 

 それ以外の接点はない。

 

 学と橘の関係も、女子側で起きている問題も知らない。

 

 知っているのは、橘が問題を小さく報告したこと。

 

 学がその説明だけでは納得していないこと。

 

 そして、男子側から女子グループの配置を変えることはできないという事実だけだった。

 

 女子側の途中得点も、個人評価も、生活記録も確認できない。目の前の疲労だけを理由に、誰かの工作だと決めることもできなかった。

 

 ルルーシュは会話へ割り込まなかった。

 

     ◇

 

 南雲は、少し離れた二年生の卓にいた。

 

 周囲から話しかけられれば答え、練習結果を報告する生徒には短く指示を返す。

 

 堀北学との得点勝負へ集中しているように見える。

 

 だが、その視線は男子側だけへ向いていなかった。

 

 学が橘と話している間。

 

 南雲は一度、二人を見た。

 

 次に、橘が戻った三年女子の卓へ視線を移す。

 

 その後、何事もなかったように二年生との会話へ戻った。

 

 長い注視ではない。

 

 学へ対する嫌がらせだと断定できるほど露骨でもない。

 

 それでも、男子側の得点勝負へ集中してきた振る舞いと重ねれば、一つのずれが残る。

 

 表に出ている勝負は、男子側の大グループ得点だった。

 

 その勝負へ勝つだけなら、三年女子の小グループを確認する必要は薄い。

 

 南雲が動かしている対象と、勝負の対象が一致していない可能性がある。

 

 ただし、何を目的としているのかまでは分からない。

 

 橘個人を見ていたのか。

 

 三年女子全体を見ていたのか。

 

 学の反応を確認していたのか。

 

 判断材料は足りなかった。

 

「ランペルージ君?」

 

 平田に呼ばれ、ルルーシュは視線を戻す。

 

「どうかした?」

 

「いや。明日の予定を考えていただけだ」

 

 南雲についての推測を、小グループへ共有する理由はない。

 

 確証のない警戒で練習計画を崩せば、得点を落とすのはこちらだった。

 

     ◇

 

 綾小路も、別の卓から同じ光景を見ていた。

 

 堀北学と橘の短い会話。

 

 問題がないと答えながら、疲労を隠し切れていない橘。

 

 男子側の勝負を口にした南雲が、女子側へ向けた視線。

 

 それだけで工作を断定することはできない。

 

 慣れない共同生活による疲労や、元生徒会役員へ周囲が構えることでも、同じ光景は生まれる。

 

 南雲が堀北学へ勝ちたいだけなら、大グループの得点を上回れば済む。

 

 だが、南雲が求めているものが得点差ではなく、堀北学本人の反応だとすれば、勝負の場所を一つに限定する理由はなかった。

 

 綾小路は結論を出さない。

 

 隣の卓にいるルルーシュが何を見ていたかも確認しなかった。

 

 同じ違和感へ到達していたとしても、推測を交換する関係ではない。

 

 食事が終わり、男子生徒が食堂を出始める。

 

 綾小路も幸村たちの後へ続こうとした。

 

「君が綾小路清隆か」

 

 背後から声をかけられる。

 

 振り返ると、南雲が立っていた。

 

「そうですが」

 

「堀北先輩が関心を持っている一年生だと聞いた」

 

「何かの誤解だと思います」

 

「先輩は、興味のない相手へ時間を使う人じゃない」

 

 南雲は綾小路の表情を確かめるように見る。

 

「でも、今のところは普通だな」

 

「期待に応えられず、すみません」

 

「謝る必要はないよ。普通に見える人間が、本当に普通とは限らないからね」

 

 南雲は笑い、追及せずに離れた。

 

 自分の側へ引き入れようとしたわけではない。

 

 試験の相談でもない。

 

 堀北学が関心を持つ一年生が、どのような反応をするか確かめただけだった。

 

 南雲がルルーシュへ関心を向けたのは、責任者として表へ出て、小グループ全員の選択だと答えたからだった。

 

 綾小路へ声をかけた理由は、堀北学が関心を持つ一年生だと聞いたからだ。

 

 同じ一年Dクラスの生徒でも、南雲は二人を別々の理由で認識し始めていた。

 

 少し離れた場所で、橋本がそのやり取りを見ていた。

 

 石崎とアルベルトが綾小路へ見せる不自然な慎重さ。

 

 龍園が以前のように前へ出なくなった時期。

 

 そこへ、南雲の言葉が加わった。

 

 堀北学が関心を持つ一年生。

 

 偶然として切り離すには、材料が増えすぎている。

 

 綾小路は橋本の視線に気づいていたが、声をかけなかった。

 

     ◇

 

 夕食後、宿舎へ戻る生徒の流れから外れ、龍園は一人で自動販売機の前に立っていた。

 

 以前なら、石崎かアルベルトのどちらかが近くにいた。

 

 今は誰もいない。

 

「ずいぶん静かになったな、龍園」

 

 橋本が隣へ立つ。

 

 龍園は飲み物を取り出し、橋本を見ずに答える。

 

「お前は俺の様子を見に来たのか?」

 

「気になってね。あれだけ派手に動いてた王様が、急に何もしなくなった」

 

「静かな方が都合のいい奴も多いだろ」

 

「俺には都合が悪い」

 

 龍園がようやく橋本を見る。

 

「Aクラスの人間が、俺に何を期待してる」

 

「坂柳が勝ち続けるだけじゃ、面白くない。強い奴が複数いた方が、選べる場所も増える」

 

「相変わらず節操のない男だな」

 

「褒め言葉として受け取るよ」

 

 橋本は壁へ背を預ける。

 

「このまま沈むつもりなら、それでもいい。けど、お前が止まれば、クラスまでそこで止まる。俺には、お前が自分の終わりを周囲に決められて、黙って受け入れる人間には見えない」

 

 龍園は缶の蓋を開けた。

 

 すぐには飲まない。

 

「俺が終わったかどうかを、お前が決めるのか?」

 

「だから確かめに来た」

 

「なら、勝手に見とけ」

 

「何があったのかは教えてくれないのか?」

 

 龍園の口元が僅かに歪む。

 

「お前に教える義理はない」

 

 相手の名も、屋上で起きたことも口にしない。

 

 橋本はそれ以上聞かなかった。

 

 答えを拒んだこと自体が、何もなかったという答えではない。

 

「じゃあ、せめて抗ってくれよ。止まったままの王様じゃ、賭ける価値がない」

 

 橋本はそう言って、男子宿舎へ戻っていった。

 

 龍園はその背中を見送る。

 

 追いかけない。

 

 怒鳴りもしない。

 

 だが、手の中の缶は、開けた時より僅かにへこんでいた。

 

     ◇

 

 表の勝負は男子側にあった。

 

 南雲の本命が、同じ場所にあるとは限らなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。