反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
男女別に行動する混合合宿で、互いの姿を確認できる時間は限られていた。
夕食の一時間。
大食堂には男子側と女子側の生徒が同時に集まる。
座席まで自由になるわけではない。
小グループごとに指定された卓へ着き、食事が終われば再び別々の宿舎へ戻る。
それでも、離れた相手と言葉を交わせる数少ない時間だった。
ルルーシュの小グループでは、午後のスピーチ練習について確認が続いていた。
「山内の担当は短いままでいいのか?」
神崎が尋ねる。
「ああ。内容を増やして崩すより、聞き取れる速度で最後まで言い切らせる」
「俺、もう少しくらいできるって」
山内が不満を示す。
「明日の練習で現在の担当を安定させれば増やす。今日できなかった部分を残したまま、台詞だけ増やす理由はない」
「やっぱり増やす可能性はあるんだな?」
「結果を出せばな」
山内は少しだけ機嫌を直し、食事へ戻った。
その向こうで、三年生の男女が短く言葉を交わしている。
堀北学と、一人の女子生徒。
学が他の生徒より長く足を止めていることに気づき、ルルーシュは視線だけを向けた。
「橘」
学の呼びかけに、女子生徒が顔を上げる。
「堀北君。男子側はどうですか?」
「予定どおりだ。そちらは」
「こちらも大きな問題はありません」
答えは早かった。
だが、橘の箸はほとんど進んでいない。
肩に疲労が残り、周囲の女子生徒との間にも、僅かな距離があった。
「大きな問題は、か」
学は言葉をそのまま受け取らなかった。
橘は困ったように笑う。
「少し意見が合わないだけです。私が説明すると、どうしても生徒会の指示みたいに受け取られてしまって」
「それだけか」
「合宿中ですから、多少の摩擦はあります。私が合わせれば済むことです」
「全てをお前が合わせる必要はない」
「分かっています」
橘はそう答えたが、視線を逸らした。
学は女子側の卓を見る。
橘の小グループがどのような役割分担を行い、誰が何を記録しているのか。
男子側から確認できる情報は少ない。
自分が直接口を出せば、元生徒会長が女子グループへ介入した形になる。
橘が所属する小グループの責任者を飛ばして指示すれば、橘が受けている警戒を強める可能性もある。本人から正式な申告がない状態では、学が動ける範囲にも限界があった。
「無理をするな。問題が評価へ影響するなら、教員へ申告しろ」
「はい。でも、今はまだそこまでではありません」
今はまだ。
その言葉を残し、橘は自分の卓へ戻った。
ルルーシュは彼女の横顔を見て、記憶を辿る。
入学後、生徒会室で空き教室の使用申請を行った時。
学から書類を渡され、受領印を押し、控えを返した上級生だった。
それ以外の接点はない。
学と橘の関係も、女子側で起きている問題も知らない。
知っているのは、橘が問題を小さく報告したこと。
学がその説明だけでは納得していないこと。
そして、男子側から女子グループの配置を変えることはできないという事実だけだった。
女子側の途中得点も、個人評価も、生活記録も確認できない。目の前の疲労だけを理由に、誰かの工作だと決めることもできなかった。
ルルーシュは会話へ割り込まなかった。
◇
南雲は、少し離れた二年生の卓にいた。
周囲から話しかけられれば答え、練習結果を報告する生徒には短く指示を返す。
堀北学との得点勝負へ集中しているように見える。
だが、その視線は男子側だけへ向いていなかった。
学が橘と話している間。
南雲は一度、二人を見た。
次に、橘が戻った三年女子の卓へ視線を移す。
その後、何事もなかったように二年生との会話へ戻った。
長い注視ではない。
学へ対する嫌がらせだと断定できるほど露骨でもない。
それでも、男子側の得点勝負へ集中してきた振る舞いと重ねれば、一つのずれが残る。
表に出ている勝負は、男子側の大グループ得点だった。
その勝負へ勝つだけなら、三年女子の小グループを確認する必要は薄い。
南雲が動かしている対象と、勝負の対象が一致していない可能性がある。
ただし、何を目的としているのかまでは分からない。
橘個人を見ていたのか。
三年女子全体を見ていたのか。
学の反応を確認していたのか。
判断材料は足りなかった。
「ランペルージ君?」
平田に呼ばれ、ルルーシュは視線を戻す。
「どうかした?」
「いや。明日の予定を考えていただけだ」
南雲についての推測を、小グループへ共有する理由はない。
確証のない警戒で練習計画を崩せば、得点を落とすのはこちらだった。
◇
綾小路も、別の卓から同じ光景を見ていた。
堀北学と橘の短い会話。
問題がないと答えながら、疲労を隠し切れていない橘。
男子側の勝負を口にした南雲が、女子側へ向けた視線。
それだけで工作を断定することはできない。
慣れない共同生活による疲労や、元生徒会役員へ周囲が構えることでも、同じ光景は生まれる。
南雲が堀北学へ勝ちたいだけなら、大グループの得点を上回れば済む。
だが、南雲が求めているものが得点差ではなく、堀北学本人の反応だとすれば、勝負の場所を一つに限定する理由はなかった。
綾小路は結論を出さない。
隣の卓にいるルルーシュが何を見ていたかも確認しなかった。
同じ違和感へ到達していたとしても、推測を交換する関係ではない。
食事が終わり、男子生徒が食堂を出始める。
綾小路も幸村たちの後へ続こうとした。
「君が綾小路清隆か」
背後から声をかけられる。
振り返ると、南雲が立っていた。
「そうですが」
「堀北先輩が関心を持っている一年生だと聞いた」
「何かの誤解だと思います」
「先輩は、興味のない相手へ時間を使う人じゃない」
南雲は綾小路の表情を確かめるように見る。
「でも、今のところは普通だな」
「期待に応えられず、すみません」
「謝る必要はないよ。普通に見える人間が、本当に普通とは限らないからね」
南雲は笑い、追及せずに離れた。
自分の側へ引き入れようとしたわけではない。
試験の相談でもない。
堀北学が関心を持つ一年生が、どのような反応をするか確かめただけだった。
南雲がルルーシュへ関心を向けたのは、責任者として表へ出て、小グループ全員の選択だと答えたからだった。
綾小路へ声をかけた理由は、堀北学が関心を持つ一年生だと聞いたからだ。
同じ一年Dクラスの生徒でも、南雲は二人を別々の理由で認識し始めていた。
少し離れた場所で、橋本がそのやり取りを見ていた。
石崎とアルベルトが綾小路へ見せる不自然な慎重さ。
龍園が以前のように前へ出なくなった時期。
そこへ、南雲の言葉が加わった。
堀北学が関心を持つ一年生。
偶然として切り離すには、材料が増えすぎている。
綾小路は橋本の視線に気づいていたが、声をかけなかった。
◇
夕食後、宿舎へ戻る生徒の流れから外れ、龍園は一人で自動販売機の前に立っていた。
以前なら、石崎かアルベルトのどちらかが近くにいた。
今は誰もいない。
「ずいぶん静かになったな、龍園」
橋本が隣へ立つ。
龍園は飲み物を取り出し、橋本を見ずに答える。
「お前は俺の様子を見に来たのか?」
「気になってね。あれだけ派手に動いてた王様が、急に何もしなくなった」
「静かな方が都合のいい奴も多いだろ」
「俺には都合が悪い」
龍園がようやく橋本を見る。
「Aクラスの人間が、俺に何を期待してる」
「坂柳が勝ち続けるだけじゃ、面白くない。強い奴が複数いた方が、選べる場所も増える」
「相変わらず節操のない男だな」
「褒め言葉として受け取るよ」
橋本は壁へ背を預ける。
「このまま沈むつもりなら、それでもいい。けど、お前が止まれば、クラスまでそこで止まる。俺には、お前が自分の終わりを周囲に決められて、黙って受け入れる人間には見えない」
龍園は缶の蓋を開けた。
すぐには飲まない。
「俺が終わったかどうかを、お前が決めるのか?」
「だから確かめに来た」
「なら、勝手に見とけ」
「何があったのかは教えてくれないのか?」
龍園の口元が僅かに歪む。
「お前に教える義理はない」
相手の名も、屋上で起きたことも口にしない。
橋本はそれ以上聞かなかった。
答えを拒んだこと自体が、何もなかったという答えではない。
「じゃあ、せめて抗ってくれよ。止まったままの王様じゃ、賭ける価値がない」
橋本はそう言って、男子宿舎へ戻っていった。
龍園はその背中を見送る。
追いかけない。
怒鳴りもしない。
だが、手の中の缶は、開けた時より僅かにへこんでいた。
◇
表の勝負は男子側にあった。
南雲の本命が、同じ場所にあるとは限らなかった。