反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
最終試験は、一つの能力だけで決まるものではなかった。
禅。
筆記。
スピーチ。
そして駅伝。
四つの結果が大グループごとに集計される。
体力だけが高くても、筆記とスピーチで失点すれば届かない。
知識があっても、集団競技で役割を果たせなければ順位は落ちる。
これまでの訓練で誰を伸ばし、どこへ配置し、どの失点を抑えたか。
試されるのは、当日の一度だけではなかった。
◇
禅の試験会場には、暖房の音さえ聞こえなかった。
決められた姿勢を取り、合図があるまで動かない。
ルルーシュは開始から間もなく、足に集まる痛みを自覚した。
消すことはできない。
慣れてもいない。
痛みを無視しようとすれば、かえって意識がそこへ集中する。
吸う。
止める。
吐く。
呼吸の回数を数え、一定数ごとに最初へ戻す。
経過時間を直接考えず、同じ長さの区切りを重ねた。
姿勢が僅かに崩れかけた時だけ、重心を戻す。
苦痛が消えたのではない。
終わるまで、崩れなかっただけだった。
少し離れた場所では、綾小路が開始時とほとんど変わらない姿勢を保っている。
呼吸にも、視線にも、目立つ乱れはない。
高い点数を取るために誇示することもなく、減点される理由だけを作らなかった。
そのさらに先で、高円寺は他の生徒と同じ姿勢を取りながら、なぜか窮屈そうには見えなかった。
終了の合図が鳴る。
周囲が足の痺れに顔を歪める中、高円寺はゆっくりと立ち上がり、自分の肩を払った。
「静止している時でさえ、美しさは隠せないようだね」
誰に求められたわけでもない感想を残し、その場を離れる。
幸村は何も言わず、採点係へ提出する確認票を揃えた。
別会場のスザクは、背筋と呼吸を最後まで乱さなかった。
日頃の鍛錬が姿勢の維持に生きた。
ただし、立ち上がった直後には足を軽く曲げ、痺れが抜けるのを待っている。
疲労しないわけではない。
姿勢と集中によって、余計な減点を受けなかった結果だった。
◇
筆記試験では、訓練中に扱った範囲から応用問題までが並んだ。
ルルーシュは問題冊子を開き、全体の配点を確認する。
先に確実な問題を終わらせる。
計算に時間のかかる設問は後へ回し、記述問題に必要な時間を残す。
葛城は規則や資料の読み取りで迷わない。
神崎も、複数の条件を整理する問題へ安定して答えていく。
平田は極端な高得点を狙うより、確認を重ねて失点を減らしていた。
重要なのは、上位の生徒だけではなかった。
池は一問目から順番に解こうとせず、事前に印を付けた種類の問題を探した。
山内も、難しい問題へ長く固執しない。
分からない問題を捨てる代わりに、練習で正答できた範囲を落とさない。
二人が高得点者になることはない。
それでも、何も決めずに受けた時より失点は少なかった。
南雲側の会場では、幸村が筆記で確実に得点を重ねていた。
橋本は終了時間まで全体を見渡す余裕を残している。
石崎は問題冊子を睨みつけながらも、訓練で決めた順番を崩さなかった。
難問へ腹を立てて時間を使うより、取れる問題を先に取る。
幸村との衝突が消えたわけではない。
だが、幸村が整理した範囲を利用することまで拒まなかった。
綾小路は、自分の小グループが必要とする範囲を越えない点数へ答案を収める。
空欄を不自然に増やさず、かといって幸村と並ぶ位置にも出ない。
採点者から見れば、安定した一年生の答案だった。
スザクも基礎と標準問題を崩さず、平均を上回る答案を作った。
最後の応用問題には時間を使いすぎず、見直しへ戻る。
筆記で小グループを率いるのは濱口や他の上位生徒であり、スザクではなかった。
◇
スピーチ試験では、小グループごとに与えられた課題へ、複数人で一つの発表を組み立てる。
ルルーシュたちへ与えられた課題は、共同生活で意見が衝突した場合の調整方法だった。
最初に前へ出たのは平田だった。
「全員が同じ意見になることを、最初の目標にはしません」
穏やかな声で、聞き手が課題を理解できる入口を作る。
次に神崎が、意見を分ける条件を示した。
「目的が同じでも、使える時間や得意分野が違えば、選ぶ方法は変わります。まず、何について意見が違うのかを分ける必要があります」
山内は短い具体例を担当した。
途中で一度だけ言葉に詰まったが、黙り込まず、練習どおり次の一文へ進む。
最後に、ルルーシュが前へ出た。
すぐには話さない。
平田が示した「全員を同じ意見にしない」という前提と、神崎が整理した「条件の違い」を、聞き手が理解するだけの間を置く。
それから、静かに口を開いた。
「理想を語るだけで、集団が動くことはありません」
否定から始まった言葉に、採点者が顔を上げる。
「全員が納得するまで話し合う。誰も不満を持たない答えを探す。それができれば、確かに理想的でしょう。ですが、期限があり、結果を求められる場では、何も決めないことも一つの失敗になります」
ルルーシュは聞き手を順に見た。
「だからといって、能力の高い一人が全てを決めればいいわけでもない」
一度、言葉を切る。
「世の中には、一人ではできないことがある。どれほど正しい判断ができても、実行する者がいなければ、それはただの考えにすぎません」
声を張り上げてはいない。
それでも、室内から小さな物音が消えていた。
「必要なのは、全員を同じ意見にすることではない。何を守るのか。誰が決めるのか。誰が実行するのか。そして、結果が間違っていた時、誰が修正するのか。それぞれの責任を明らかにすることです」
ルルーシュは、平田と神崎が説明した内容へ視線を向けた。
「決定に従うことは、自分の意思を捨てることではありません。他人に役割を与えられたとしても、それをどう果たすかを選ぶのは本人です」
最後の言葉だけを、さらに静かに告げる。
「集団を動かす力は、命令の強さにはない。一人ひとりが、自分の役割を引き受ける意思にある」
そして、結論を置いた。
「合意とは、考えを揃えることではありません。異なる考えを持つ者たちが、自分の意思で同じ一歩を選ぶことです」
終了を告げなくても、発表が終わったことは伝わった。
採点者は僅かに遅れて視線を落とし、評価票へペンを走らせた。
南雲の能力主義も、学との勝負も口にしていない。
与えられた課題へ必要な答えを返しただけだった。
それでも、その場にいた者の記憶には、他の発表とは違う形で残った。
発表を終えると、葛城が時間を確認する。
制限内だった。
南雲側では、幸村が論点を正確にまとめる一方、石崎は用意された部分を短く言い切った。
橋本が二人の言葉の間をつなぎ、発表全体を途切れさせない。
綾小路は補足説明を担当し、内容を増やしすぎずに席へ戻った。
スザクの小グループでは、濱口が全体をまとめた。
スザクに与えられたのは、体力差のある集団で役割を分ける時の考え方だった。
「速い人だけで進めば、先には着けます。でも、全員で結果を残す課題なら、それだけでは足りません」
言葉は飾られていない。
「遅れている人に全部を合わせるのでもなく、速い人に全部を背負わせるのでもなく、それぞれが続けられる役割を決めるべきだと思います」
ルルーシュのような構成の精密さはない。
それでも、訓練中に実際に行ったことと一致していた。
採点者は最後まで聞き、評価票へ記入した。
◇
四種目の最後に行われた駅伝は、最も結果が見えやすい競技だった。
だが、最も速い一人がいるだけでは勝てない。
大グループごとに複数の区間へ走者を配置し、各小グループの記録を合わせる。
誰を長い区間へ置き、誰の失速を短い区間で抑え、どこへ余力を残すか。
学は訓練中の記録を基に、三学年全体の配置を決めていた。
速い者を前から並べたのではない。
坂道で落ちにくい者。
追い越しに慣れた者。
一定の速度を維持できる者。
緊張しても受け渡しを崩さない者。
区間ごとに必要な能力を分けている。
ルルーシュへ割り当てられたのは、最短の区間だった。
身体能力を高く評価された結果ではない。
他競技で得点を担う代わりに、駅伝で生じる損失を最小限へ抑える配置だった。
「予定より速く入るな」
走る前、葛城が確認する。
「分かっている」
「後半に余力を残す必要もない。決めた速度を最後まで維持しろ」
ルルーシュは頷いた。
合図とともに走り出す。
前の走者を追おうとはしない。
最初の直線で呼吸を合わせ、折り返しまで同じ歩幅を保つ。
身体は軽くない。
足も、訓練前より速くなったわけではなかった。
それでも、序盤で力を使い切り、後半に歩くことはない。
想定された時間の範囲で次の走者へつないだ。
順位を上げてはいない。
自分の区間を、計算以上の弱点にしなかった。
学側の強さは、その後に表れた。
三年生の走者が長区間で差を作る。
二年生の中立派と反南雲派が、無理な追走をせず順位を維持する。
一年生の各小グループも、訓練時より大きく記録を崩さなかった。
誰か一人の走りではなく、三学年の配置全体が少しずつ差を広げる。
南雲側も遅れてはいない。
幸村の小グループでは、竹本が時間確認を行い、橋本が走者の呼び出しを調整していた。
石崎とアルベルトは、走り終えた生徒を退路から外し、次の走者が混乱しないよう声を出す。
幸村は全てを自分で確認し直さず、渡された記録を受け取った。
以前なら止まっていた箇所で、時間を失わない。
綾小路は中盤の区間を走る。
前との差を大きく縮めず、後ろへ追いつかれるほど遅くもない。
必要な記録だけを残し、苦しそうに呼吸を整えて次の走者へ場所を譲った。
高円寺が走路へ入ると、空気が変わった。
長い脚で前の走者との差を削り、直線では明らかに高い速度を見せる。
「この程度なら、散歩にもならないね」
走り終えた後も、本人は余裕を崩さなかった。
高円寺が奪った時間は大きい。
だが、一つの区間だけで、四種目を通した全体差までは覆らない。
幸村の小グループが崩れず、南雲側の二年生が多くの練習枠を利用してきたことで、二位争いでは優位を保っていた。
別の走路では、須藤が先頭集団へ食らいついていた。
速さだけなら、一年生の中でも上位にいる。
以前のように後ろを振り返って怒鳴ることはない。
自分の区間へ集中し、受け渡し位置まで速度を落とさなかった。
スザクは後半の長い区間を任されていた。
前との差を確認し、最初から全力では入らない。
坂道を越えてから速度を上げる。
一人を抜き、さらに前を追う。
だが、前方には学側と南雲側が作った差が残っていた。
スザク一人が走れる距離で、全てを消すことはできない。
それでも、濱口が決めた配置は崩れなかった。
三宅が中間区間を安定してつなぎ、須藤とスザクが長区間を担う。
体力に不安のあった生徒も、練習で決めた速度を守り、大きく失速しない。
筆記とスピーチで他の生徒が残した得点もある。
総合三位へ届いたのは、スザクの走力だけが理由ではなかった。
◇
全競技が終了した後、男子側の大グループ順位だけが先に掲示された。
第一位。
堀北学の大グループ。
第二位。
南雲雅の大グループ。
第三位。
スザクが所属する大グループ。
その下に、残る三つの大グループが続く。
学は掲示された順位を確認した。
喜びを見せることも、南雲へ勝利を誇ることもない。
自分が率いた大グループの各学年代表へ、記録の確認を指示する。
ルルーシュも、自分たちの小グループが第一位の結果へ含まれたことだけを受け取った。
学の作戦を作ったのは自分ではない。
駅伝で順位を上げたわけでもない。
池と山内の失点を抑え、筆記とスピーチで得点し、自分の身体的な不足を想定内へ収めた。
小グループを、学側の弱点にしなかった。
南雲は掲示板の前に立ち、第一位と第二位の文字を見比べる。
「先輩の勝ちですね」
声には悔しさがなかった。
学は南雲を見る。
「得点勝負は終わった」
「そうですね」
南雲は笑った。
その視線が一度だけ、まだ集計の終わっていない女子側の提出場所へ向く。
南雲は負けた。
それでも、敗者の顔をしていなかった。