反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
講堂に残ったざわめきは、すぐには消えなかった。
二千万プライベートポイントと三百クラスポイント。
橘一人を残すために、三年Aクラスが差し出す代価。
数字は画面に表示されたまま、誰の目からも逃げなかった。
南雲は、学から視線を外さない。
「救うんですか、先輩」
学は答えなかった。
「橘先輩を残せば、三年Aクラスは三百ポイントを失う。残さなければ、あなたが守ろうとした相手は退学する」
南雲は、どちらかを勧めるような口調ではなかった。
ただ、二つの結果を並べる。
「どちらを選んでも、先輩が選んだ結果です」
「お前が作った条件の中でな」
「条件を作ることも能力ですよ」
南雲は平然と返した。
「人を集める。協力させる。役割を与える。結果を学校が認める形へ整える。それを使わず、正面から得点だけを競う必要があるんですか?」
「得点勝負を持ちかけたのはお前だ」
「ええ。そして、そこでは負けました」
南雲は簡単に認めた。
敗北を隠さない。
だからこそ、その先を同じ勝負として扱おうとする。
「でも、先輩は勝ったのに橘先輩を守れなかった。それが今回の結果でしょう」
橘が一歩前へ出る。
「堀北君。私のことは――」
「橘」
学が制した。
強い声ではない。
それでも、続きを言わせない意思があった。
「三年Aクラスへ、救済に必要な条件と影響を説明する。申請期限までに、必要な手続きへ進む」
「やめてください」
「お前の意見は聞く」
学は橘を見た。
「だが、お前一人の拒否だけで終わらせることもしない」
「私を残すために、クラス全員へ代価を払わせるんですか」
「その判断をする責任は、俺にある」
救うとは、まだ言わなかった。
だが、切り捨てる方向へ進んでいないことは明らかだった。
南雲の口元が僅かに上がる。
「結局、先輩も選ぶんですね。大勢の利益より、一人を優先する」
「選ばされた結果を、能力主義と呼ぶつもりか」
「選べないわけじゃないでしょう」
南雲は画面を示した。
「三年Aクラスには、支払えるだけのものがある。持っている者が、残したい者のために使う。それだけです」
「随分と都合のいい勝負だな」
声は、三年生の席からではなかった。
南雲が視線を動かす。
ルルーシュは立ち上がっていた。
学も橘も見ず、南雲だけを見ている。
「一年生が口を挟むことじゃないと思うけど」
南雲は怒らなかった。
注意するような調子で告げる。
「これは三年生の問題だ。君のクラスにも結果は出ただろう。今はそっちを喜んでいればいい」
「同じ試験で、同じ退学条件を課された責任者だ」
ルルーシュは答えた。
「俺の大グループが第六位となり、小グループが基準を下回れば、退学対象となるのは俺だった。道連れにする一人を選ぶ権利も、俺へ与えられていた」
責任者名簿へ、自分の名を置いた。
危険を知らなかったわけではない。
他の生徒へ押しつけたわけでもない。
「なら、部外者ではないと言いたいのかな」
「少なくとも、お前よりは同じ条件に立っていた」
講堂の空気が変わる。
南雲の笑みは消えなかった。
「俺も伊狩先輩を救うために、二千万ポイントを出すよ。三年Bクラスも三百クラスポイントを払う。何も負っていないわけじゃない」
「それは費用だ。お前の未来ではない」
ルルーシュは即座に切り分けた。
「二千万ポイントを失っても、お前は退学しない。三百クラスポイントを失うのは三年Bクラスだ。生徒会長の地位も、お前自身の在籍も危険には置かれない」
南雲は反論しなかった。
ルルーシュは続ける。
「得点勝負では堀北学が勝った」
「ああ」
「橘茜の退学は、その勝負でお前が得た結果ではない。別のグループへ役割を分配し、多数の評価を同じ方向へ揃え、伊狩桃々香の名を責任者欄へ置いて作った結果だ」
伊狩が顔を上げる。
「責任者として退学対象へ置かれたのは伊狩だ。だが、その後に助かるための代価は最初から用意されている。橘が指定されれば、未来を失うのは橘か三年Aクラス。どこへ危険が転んでも、お前自身は盤面の外にいる」
「人を動かせる者が上に立つ。それが俺のやり方だ」
「人を動かすことと、人だけを危険へ置くことは同じではない」
ルルーシュの声は大きくならなかった。
それでも、誰も間へ入らない。
「他人の未来を奪うというなら、お前自身の未来も賭けろ」
一度、言葉を切る。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」
静寂が落ちた。
言葉の意味を最初に受け取ったのは、南雲だけではなかった。
スザクは、ルルーシュを見た。
今回、ルルーシュは責任者として自分の名前を置いていた。
少なくとも、他人だけを危険へ送り込んではいない。
だが、その事実をそのまま肯定していいのかは、まだ分からなかった。
ルルーシュが自分自身の未来を、他人のものと同じ重さで扱っているとは思えなかったからだ。
少し離れた席で、綾小路は二人を見比べる。
南雲は制度と多数派を使い、自分が手を下さない形で結果を作る。
ルルーシュは、その結果ではなく、危険の配分そのものを問題にした。
勝敗の条件が噛み合っていない。
だから、この場で決着することもない。
「名前は?」
南雲が尋ねた。
知っていないわけではない。
責任者名簿で、すでに確認している。
それでも本人の口から言わせようとしていた。
「ルルーシュ・ランペルージ」
「一年Dクラスの、小グループ責任者」
「ああ」
南雲は、その名を確かめるように繰り返した。
「つまり君は、俺に挑戦するのか?」
「違う。お前が他人へ強いている条件を、お前自身にも適用しただけだ」
ルルーシュは、それ以上を言わなかった。
南雲を倒すと宣言したわけではない。
学の側へ立つと約束したわけでもない。
ただ、一方にしか危険のない勝負を、勝負と認めなかった。
◇
学は、ルルーシュの発言を利用して南雲を責めなかった。
感情を返す代わりに、確認すべき条件へ戻る。
「南雲。伊狩の救済は、事前に約束した処理で間違いないな」
「そうですよ」
「二千万プライベートポイントは、お前の管理するポイントから支払う」
「ああ」
「三百クラスポイントは、三年Bクラスが負担する」
「クラス内の同意も取ってあります」
学は教員を見る。
「確認を」
教員が端末を操作する。
複数の口座から、指定された救済用の口座へポイントが移される。
合計、二千万プライベートポイント。
続いて、三年Bクラス代表者から提出されていた申請が照合される。
三百クラスポイントの支払い。
二つの条件が揃った。
「伊狩桃々香に対する退学処分を取り消します」
伊狩は小さく息を吐いた。
喜びも、驚きも見せない。
最初から用意されていた結果を、予定どおり受け取っただけだった。
退学対象となる危険は、確かに伊狩の名へ置かれていた。
だが、その後に助かる道まで、伊狩には準備されていた。
橘にはない。
学は南雲へ視線を戻す。
「この履行を、橘が正当に敗北した証明として扱うな」
「学校が条件を満たしたと判断した。それは変わりませんよ」
「条件を満たしたことと、正当な勝敗であることは別だ」
南雲は肩をすくめる。
「俺は、橘先輩が弱いから負けたとは言っていません」
「得点勝負と、橘への工作を同じ勝敗として語ることも認めない」
「得点勝負では、先輩の勝ちです」
南雲は再び認めた。
「その上で、先輩が何を選ぶのかを見ているだけですよ」
学は答えなかった。
教員へ向き直る。
「橘茜の救済について、三年Aクラス内の意思確認を行う。期限までに申請の有無を回答する」
「分かりました」
「堀北君」
橘が呼ぶ。
「話は戻ってからだ」
拒否を退けたのではない。
だが、ここで南雲の前へ結論を差し出すこともしなかった。
学は、自分が引き受けるべき判断として持ち帰った。
◇
南雲は笑う。
怒ったからではない。
自分の作った盤面へ、盤面そのものを疑う一年生が現れたからだった。