反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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選ばない権利

 茶柱は、教室に生まれた沈黙が十分に広がるのを待ってから、説明を続けた。

 

「投票日は三月六日。お前たちに与えられるのは、同じクラスの生徒へ投じる賞賛票三票と、批判票三票だ」

 

 前方の画面に、六つの空欄が表示される。

 

 賞賛に値する生徒。

 

 批判に値する生徒。

 

 それぞれ三名。

 

「自分自身への投票は認められない。同じ生徒へ複数の票を投じることもできない。全て別の生徒を選べ」

 

「ちょっと待ってくれよ」

 

 池が声を上げた。

 

「批判したい奴が三人もいなかったら、どうすんだ?」

 

「それでも三人を選べ」

 

「空欄は?」

 

「認めない」

 

「じゃあ、投票しないっていうのは――」

 

「棄権も認められない。体調不良で欠席した場合も、学校の指示に従って必ず投票してもらう」

 

 池の口が開いたまま止まった。

 

 教室の何人かも、同じような表情を浮かべている。

 

 嫌いな人間がいなければ、投じなくてもいい。

 

 誰かを退学させたくなければ、参加しなくてもいい。

 

 その逃げ道は最初から塞がれていた。

 

「つまり」

 

 幸村が資料へ視線を落としたまま言う。

 

「賞賛票と批判票を均等に分散させて、全員を同点にしても意味はないということですか」

 

「首位と最下位が決まらなければ、再投票を行う。決定するまでだ」

 

「何度でも?」

 

「そうだ」

 

 教室の空気が、さらに重くなった。

 

 一度だけなら、偶然に期待できる。

 

 全員で票を散らし、誰も選ばなかったことにできるかもしれない。

 

 しかし学校は、最後の一人が決まるまで終わらせない。

 

「他にも票がある」

 

 茶柱が画面を切り替えた。

 

「各生徒には、他クラスの生徒へ投じる賞賛票が一票与えられる。三つの他クラスから一人だけ、賞賛に値すると判断した生徒を選べ。この票も、最終的な集計へ加算される」

 

 いくつもの視線が、無意識に教室内を動いた。

 

 混合合宿で他学年や他クラスと接した者。

 

 体育祭や特別試験で名前を知られた者。

 

 学校内で目立つ生徒。

 

 教室内でどれほど好かれていても、外部から評価されるとは限らない。

 

 逆に、クラス内で孤立していても、他クラスからの賞賛によって救われる可能性がある。

 

「それって、他のクラスと話し合って票を回してもいいってことか?」

 

 須藤が尋ねる。

 

「学校は投票理由を審査しない。交渉、依頼、個人的な関係、これまでの実績。どのような経緯で票を得たとしても、規則に反していなければ有効だ」

 

 須藤は納得したというより、余計に分からなくなった顔をした。

 

 ルルーシュは、画面に表示された一票の意味を考える。

 

 これは純粋なクラス内投票ではない。

 

 外部票を一票混ぜることで、学校は教室の外で築いた評価や関係まで数字へ変えている。

 

 能力。

 

 人気。

 

 貸し借り。

 

 交渉力。

 

 情報。

 

 他人に名前を覚えられているという事実さえ、退学を避ける資源になる。

 

 堀北は、配布資料の「プロテクトポイント」という項目へ視線を止めた。

 

「先生」

 

 堀北が手を上げた。

 

「プロテクトポイントについて、確認させてください。退学処分を一度だけ無効にできるという理解でいいですか」

 

「基本的にはそう考えていい。将来、退学処分を受けた際に、その処分を取り消すことができる。試験の失敗による退学にも使用可能だ。ただし、他人への譲渡はできない」

 

「今回の最下位になった生徒が、すでにプロテクトポイントを持っていた場合は?」

 

「そのポイントが消費され、退学は取り消される」

 

「現時点では誰も持っていない」

 

「そのとおりだ」

 

 堀北は小さく頷き、さらに尋ねた。

 

「それ以外に、退学を取り消す方法はありますか」

 

 教室の視線が茶柱へ集まる。

 

 平田も顔を上げた。

 

「二千万プライベートポイント」

 

 茶柱は簡潔に答えた。

 

「退学対象となった生徒のために二千万ポイントを用意できれば、学校は処分を取り消す」

 

 今度は、すぐに声が上がらなかった。

 

 二千万。

 

 金額の大きさを理解するまでに、わずかな間があった。

 

「そんなの、用意できるわけないだろ……」

 

 池の声には、先ほどまでの軽さがなかった。

 

「クラス全員のポイントを集めても無理なのか?」

 

 平田が茶柱へ問いかける。

 

「自分たちで計算しろ。学校は、個人間のポイント移動を禁止していない。外部から集めることも、交渉で得ることも可能だ」

 

「可能って言っても……」

 

 幸村が端末を取り出し、数字を入力し始める。

 

 現在のクラス全員が保有するポイントを正確に知ることはできない。

 

 各自の支出額も違う。

 

 仮に全員が残額を差し出したとしても、二千万へ届く可能性は低かった。

 

 ルルーシュの脳裏に、混合合宿で見た三年Aクラスの選択が浮かぶ。

 

 一人を残すため、複数の個人口座から二千万ポイントを集め、さらに三百クラスポイントを差し出した。

 

 あれは、卒業を目前にしたAクラスが長期間蓄積した資源と、失うものを理解した上での合意があったから成立した。

 

 今回、退学を取り消すために必要なのは二千万ポイントだけだ。

 

 それでも、今の新Cクラスには、長期間蓄積した資源も、クラスとして損失を引き受ける合意もない。

 

 期限は四日。

 

 外部から二千万ポイントを引き出すなら、それに見合う代価を求められる。

 

 助けることができるという事実と、助けられる条件を用意できることは同じではなかった。

 

「なぜ、こんな試験をする必要があるんですか」

 

 平田が言った。

 

 責めるような声ではない。

 

 それでも、抑えきれない感情が混じっていた。

 

「僕たちは全員、ここまで残ってきました。退学になるような規則違反をしたわけでも、試験に不合格になったわけでもない。それなのに、どうしてクラスの誰かを選ばないといけないんですか」

 

「今年度、一年生から退学者が一人も出ていないからだ」

 

 茶柱の答えは冷たかった。

 

「学校は、それを予定どおりの結果とは見なさなかった。今回の追加試験は、各クラスから一名を退学させることを前提としている」

 

「予定……?」

 

 平田の表情から、理解より先に拒絶が現れた。

 

「人が退学することを、最初から予定していたんですか」

 

「この学校へ入学した時点で、退学を伴う競争があることは説明されている」

 

「だからって、誰も失敗していないのに――」

 

「平田」

 

 茶柱が遮る。

 

「納得できないことと、結果を変えられることを混同するな。試験は実施される。全員が投票する。最下位となった一人が退学する。二千万ポイントを用意できない限り、それは変わらない」

 

 平田は何も返さなかった。

 

 机の上で、両手が強く握られている。

 

「説明は以上だ。資料の詳細を確認しておけ」

 

 茶柱は教卓の端末を閉じた。

 

「残された時間をどう使うかは、お前たち次第だ」

 

 教室の扉が閉じても、誰もすぐには立ち上がらなかった。

 

     ◇

 

「まず、誰かを退学させる話をするのはやめよう」

 

 最初に口を開いたのは平田だった。

 

 立ち上がり、教室全体へ向き直る。

 

「まだ四日ある。二千万ポイントを集める方法も、他にルールを利用する方法も、探し切ったわけじゃない。だから今は、誰が必要で誰が必要じゃないなんて話をするべきじゃないと思う」

 

 何人かが頷いた。

 

 池は強く頷き、山内もそれに続く。

 

 自分が候補に含まれる可能性を考える者ほど、その言葉に救いを求めた。

 

「全員を残せる方法があるなら、探すことに異論はないわ」

 

 堀北が席を立たずに答える。

 

「でも、見つかると決めつけることもできない」

 

「決めつけてるわけじゃないよ」

 

「なら、見つからなかった場合も考える必要がある」

 

 平田の表情が固くなる。

 

「今、その話をする必要はない」

 

「投票日まで四日しかないのよ。最終日に突然考え始めても遅いわ」

 

「誰かを退学させる準備を始めた時点で、全員を助ける方法を本気で探せなくなる」

 

「逆でしょう。現実から目を逸らしたままでは、見つからなかった時に何も選べない」

 

 二人の声は荒くない。

 

 それでも、教室は明確に二つの考えへ引かれ始めていた。

 

「堀北さん」

 

 櫛田が静かに割って入る。

 

「まずは、みんながどう考えているか聞いてみない? まだ混乱している人も多いと思うから」

 

「そうね」

 

 堀北は櫛田を見る。

 

「ただし、安全だと約束するような聞き方はしないで。今の段階で、誰にも保証はできない」

 

「分かった。決めつけずに話を聞くよ」

 

 笑顔はいつもと変わらない。

 

 だが、櫛田もまた、資料に記された六つの空欄を見ていた。

 

 賞賛票を得やすい自分。

 

 批判票を集める可能性のある者。

 

 堀北と交わした取り決め。

 

 匿名であることによって生まれる自由。

 

 表には出さず、それぞれを切り分けている。

 

「ねえ、恵。女子はどうする?」

 

 前の席の女子が、小声で軽井沢へ尋ねた。

 

「今決めるわけないでしょ」

 

 軽井沢はすぐに答えた。

 

「こういう時に名前を出したら、それだけで噂になるから。誰が嫌いとか、誰が危ないとか、今は言わない方がいい」

 

「でも、誰かに入れなきゃいけないんだよ?」

 

「だからって、最初に言い出した人が責任を押しつけられるのは嫌じゃん」

 

 軽い口調だった。

 

 だが女子たちは、それ以上名前を出さなかった。

 

 軽井沢は会話を止めながら、誰が安堵し、誰が不満そうに黙ったのかを記憶していく。

 

 綾小路は、自分からその輪へ視線を向けなかった。

 

 手元の資料を折り目どおりに畳み、鞄へ入れる。

 

「ランペルージ君は、どう思う?」

 

 平田がルルーシュへ尋ねた。

 

 教室の視線が集まる。

 

 ここで候補者の名前を挙げれば、それが最初の標的になる。

 

 全員を救えると答えれば、根拠のない期待を与える。

 

「二千万ポイントを集める経路は検討する」

 

 ルルーシュは答えた。

 

「ただし、それだけに賭けるつもりはない」

 

「他の方法も探すってこと?」

 

「救済方法と、投票が避けられなかった場合の判断。その両方だ」

 

「今から誰かを選ぶのか?」

 

「まだ選ばない。情報が足りない」

 

 平田は、わずかに息を吐いた。

 

 安心ではない。

 

 ルルーシュが即座に誰かを切ると言わなかったことへの、一時的な猶予だった。

 

「でも、選ぶ可能性は残すんだね」

 

「可能性を消したと言っても、投票用紙の空欄は消えない」

 

 教室の奥で、誰かが息を呑んだ。

 

 平田は何かを言おうとしたが、スザクが先に口を開いた。

 

「全員を助ける方法は探すべきだ」

 

 平田がスザクを見る。

 

「枢木君も、そう思うよね」

 

「ああ」

 

 スザクは頷く。

 

「でも、見つからなかった時に投票しない、では済まないことも分かった」

 

 平田の目が揺れた。

 

「枢木君……」

 

「誰かに決めてもらって、その人に従っただけだと言うつもりはない。僕が投じる票なら、僕が理由を持たないといけない」

 

「それは、誰かを選ぶってことだよ」

 

「選ばなくて済む方法を、最後まで探す。その上で、選ぶしかなくなった時の責任を、他の誰かへ押しつけない」

 

 平田は答えなかった。

 

 同意できないのではない。

 

 その言葉を認めれば、自分も投票する未来を受け入れることになる。

 

 今の平田には、それができなかった。

 

     ◇

 

 放課後。

 

 教室を出たスザクの隣を、ルルーシュが歩いていた。

 

 廊下には、他の一年生たちの声が響いている。

 

 どのクラスでも、同じ説明が行われた。

 

 どの教室でも、誰かの名前が候補として浮かび始めている。

 

「六票全部に、理由を持つつもりか」

 

 ルルーシュが尋ねる。

 

「そのつもりだ」

 

「他クラスへの賞賛票もある。七票だ」

 

 スザクは一瞬だけ黙り、それから前を向いた。

 

「なら、七票全部だ」

 

「賞賛票なら、誰も傷つけないと思うか?」

 

「思わない」

 

 返答は早かった。

 

「誰かを守るために票を入れれば、その票を入れなかった誰かが危険になるかもしれない。だから、賞賛票も同じだ」

 

 ルルーシュは横目でスザクを見る。

 

 かつてなら、まず制度に従うことを答えにしただろう。

 

 今は、制度だけではなく、票を投じる自分の手まで見ようとしている。

 

「ルルーシュは?」

 

「まだ誰にも決めていない」

 

「そうじゃない」

 

 スザクが足を止めた。

 

「自分の票に、自分で責任を持つつもりはあるのか」

 

 ルルーシュも立ち止まる。

 

 問いの意味を、聞き返す必要はなかった。

 

 他人を残すためなら、自分を勘定から外す。

 

 自分が傷を負うことで全体がまとまるなら、それを合理的な代価として扱う。

 

 混合合宿でスザクが見たものは、まだ消えていない。

 

「俺が誰を選ぶかと、俺自身をどう扱うかは別の問題だ」

 

「別にするな」

 

 スザクは低く言った。

 

「全員を残すためなら、自分を勘定から外してもいいとは考えるな」

 

「まだ、誰を残すか決める段階ですらない」

 

「だから、今言っている」

 

 廊下を通る生徒たちが、二人を避けて歩いていく。

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

 否定もしなかった。

 

 スザクも、それ以上は求めなかった。

 

 投票日は四日後。

 

 七つの票には、まだ一人の名前も書かれていない。

 

 だが、この試験には最初から、選ばない権利だけが用意されていなかった。

 

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