反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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並べられた事実

 三月五日、夜。

 

 ルルーシュが共有フォルダへ追加した記録は、読まれただけでは終わらなかった。

 

 クラスの連絡用グループには、短い文章が断続的に流れている。

 

『合宿の責任者って、みんなで決めたんじゃなかったの?』

 

『最後は同意したけど、最初に話を作ったのはランペルージだろ』

 

『でも、あれでCクラスに上がれたんじゃん』

 

『結果が良かったから全部ありなの?』

 

 誰かが問いを投げる。

 

 別の誰かが答える。

 

 名前を出して批判する者は少ない。

 

 それでも、同じ記録を読んだはずの生徒たちが、違う意味を受け取っていることは分かった。

 

『前から何考えてるか分かんねえとは思ってた』

 

 山内の書き込みだった。

 

『合宿だけじゃないだろ。他クラスとか生徒会とも、勝手に話してたって自分で認めてるじゃん』

 

『勝手にって言っても、クラスに不利益が出たの?』

 

 佐藤が返す。

 

『出てからじゃ遅いって話だよ』

 

 山内の返信は早かった。

 

『綾小路みたいに何もしてない奴もどうかと思うけど、危ないことしてる奴を残す方がヤバくね?』

 

 昨日まで綾小路の名を広げていた山内は、その流れを残したまま、ルルーシュも候補へ加えようとしていた。

 

 理由が変わったのではない。

 

 自分以外の名前を増やし、自分を安全圏へ置こうとしているだけだった。

 

『一人に集める話はやめよう』

 

 平田が書き込む。

 

『記録について話すことと、ランペルージ君へ票を集めることは別だよ』

 

『でも誰かには入れないといけないだろ』

 

『だからって、今出た名前へみんなで乗る必要はない』

 

『俺はランペルージには入れねえ』

 

 須藤の文章が割り込んだ。

 

『あいつに助けられたことあるし、合宿でも役に立った。勝手にやったことがあるから全部駄目ってのは違うだろ』

 

『助けられたら何されてもいいの?』

 

『そうは言ってねえよ』

 

 文章だけでも、須藤が苛立っていることは伝わる。

 

 櫛田は、すぐにはどちらにも同意しなかった。

 

『未共有だったことは、ちゃんと確認した方がいいと思う。でも、今夜のうちに投票先まで決めるのは早いよ』

 

 軽井沢も続く。

 

『少なくとも、自分が怖いからって誰かの名前に乗るのはやめた方がいい。明日入れるのは自分の票なんだから』

 

 数分後、堀北が会話を止めた。

 

『記録の内容は、明日の朝に事実関係を確認する。ここで特定の生徒への投票を呼びかけることは禁止するわ』

 

 反論は出なかった。

 

 だが、会話が止まったからといって、判断まで止まったわけではない。

 

 それぞれの端末の中に、ルルーシュの名は残っていた。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 寮の共用スペースで、堀北はルルーシュの向かいへ座っていた。

 

「あなたの資料は、評価資料として不完全よ」

 

 開口一番、そう告げる。

 

「虚偽は書いていない」

 

「正しいかどうかだけを聞いているのではないわ」

 

 堀北は端末を机へ置いた。

 

「あなたが事前確認を取らなかったことも、情報を限定して共有したことも事実。でも、その判断で何を避け、何を得たかをほとんど書いていない」

 

「結果は全員が知っている」

 

「それを決めるのは、資料を作るあなたではない」

 

「だからこそ、俺は判断していない」

 

「いいえ」

 

 堀北は即座に否定する。

 

「何を載せ、何を省くかを決めた時点で、読み手が受け取る形を選んでいる」

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

「山内君が、あなたへ話を移そうとしている」

 

「見た」

 

「自分が助かるためなら、相手は誰でもいいのでしょうね」

 

「そうだろうな」

 

「それでも資料を引っ込めるつもりはないの?」

 

「ない」

 

「補足は?」

 

「質問された事実には答える」

 

「自分からは説明しない」

 

「ああ」

 

 堀北は、しばらくルルーシュを見た。

 

「あなたが危険な判断をしたかどうかは、私が評価する」

 

「好きにしろ」

 

「あなたが自分をどう扱いたいかも、私の判断材料にはしない」

 

 ルルーシュの目が僅かに動く。

 

「どういう意味だ」

 

「自分へ不利な資料を出せば、公平に評価されると思っているのなら間違いだと言っているのよ」

 

「公平さを求めた覚えはない」

 

「なら、なおさらね」

 

 堀北は立ち上がった。

 

「あなたの意図が何であっても、私は提出された順番に従って人を選ばない」

 

 そのまま共用スペースを出ていく。

 

 ルルーシュは呼び止めなかった。

 

 堀北は、資料に書かれた危険を否定していない。

 

 同時に、資料が作ろうとする評価へも従わない。

 

 完全には動かせない。

 

 それは最初から分かっていた。

 

     ◇

 

 自動販売機の前で、須藤が待っていた。

 

「お前、何であんなもん出したんだよ」

 

 ルルーシュが近づくと、壁から背を離す。

 

「堀北にも同じことを聞かれた」

 

「俺は堀北じゃねえ」

 

「見れば分かる」

 

「ふざけてんのか」

 

「質問には答えた。評価材料だからだ」

 

 須藤は納得しなかった。

 

「俺らが赤点取りそうだった時、お前は勉強のやり方を変えた。体育祭でも、俺が勝手に暴れねえように条件を出した。合宿でも、役割を決めた」

 

「ああ」

 

「それも、全部お前が俺らを使ったって話にする気か?」

 

「本人の同意より先に、必要な役割を考えたことはある」

 

「で?」

 

「それを危険だと考える人間もいる」

 

「俺が聞いてんのは、お前がどう考えてるかだ」

 

 須藤は言葉を切る。

 

「お前が何考えて配置したって、最後にやったのは俺だ。嫌なら断れた。失敗したら俺の責任だった」

 

「全員がそう考えるとは限らない」

 

「全員の話なんかしてねえよ」

 

 須藤は苛立ったまま、ルルーシュを見る。

 

「少なくとも俺は、お前が勝手に全部決めたとは思ってねえ。助けられたから何でも許すんじゃない。俺が自分でやったことまで、お前一人のものにすんなって言ってんだ」

 

 ルルーシュは、すぐに返さなかった。

 

 須藤は自分の選択を手放していない。

 

 利用された側として怒るのでもなく、救われた側として従うのでもない。

 

 ルルーシュが作った条件の中で、自分が選んだと主張している。

 

「言いたいことはそれだけだ」

 

 須藤は飲み物を一つ買い、立ち去る。

 

 その背中へ、ルルーシュは何も言わなかった。

 

     ◇

 

 日付が変わる前。

 

 クラスの共有フォルダに、二つ目の記録が追加された。

 

 題名は、船上特別試験における情報利用。

 

 豪華客船で行われた優待者試験。

 

 スザクが途中解答を行わないと明言したこと。

 

 その信用が、本人の発言した範囲を越え、Dクラス全体が途中解答を行わないという保証として受け取られ始めたこと。

 

 ルルーシュが、その誤解を認識していたこと。

 

 訂正すれば途中解答が増え、Dクラスの損失につながる可能性があったため、訂正しなかったこと。

 

 スザク本人へ、事前に利用方法を説明していなかったこと。

 

 書かれている内容は短い。

 

 だが、一つ目の記録よりも意味は分かりやすかった。

 

 ルルーシュは、クラスを守るために、スザクへの信用を利用した。

 

 明確な嘘はついていない。

 

 命令もしていない。

 

 それでも、誤解を知りながら残した。

 

 通知から一分も経たず、ルルーシュの端末が鳴る。

 

 スザクからだった。

 

『今、話せるか』

 

『ああ』

 

 寮の廊下へ出る。

 

 スザクはすでに、自室の前に立っていた。

 

「これを出すことは、聞いてない」

 

「事前に許可を取る内容ではない」

 

「僕の信用を使ったことだ」

 

「事実だ」

 

「それは知ってる」

 

 スザクは否定しなかった。

 

 船上試験の後、二人の間では一度話している。

 

 説明が不足していたことも、ルルーシュは認めた。

 

「どうして、今さらクラス全員へ知らせる必要がある」

 

「俺の判断を評価するためだ」

 

「昨日の記録だけじゃ足りなかったのか」

 

「扱っている問題が違う」

 

「本当に、それだけか」

 

 ルルーシュは答えない。

 

「最初は、みんなの同意を取らずに危険を引き受けたこと。次は、僕へ説明せずに信用を使ったこと」

 

 スザクは、二つの記録を口にする。

 

「君は、結果が悪かったことを並べてるんじゃない。君を信じている人が、簡単には庇えなくなる事実を選んでる」

 

「どちらも、候補者の評価に必要な事実だ」

 

「だから、どうしてその順番なんだ」

 

 ルルーシュの表情は変わらない。

 

「明日になれば、全員が票を選ぶ」

 

「分かってる」

 

「なら、判断材料は今日中に出すべきだ」

 

「君は、自分がどう見られるかを正しくしたいんじゃない」

 

 スザクの声は大きくなかった。

 

「どう見せれば、みんなが迷うかを考えてる」

 

「評価する以上、迷うのは当然だ」

 

「また、そうやって答えるのか」

 

 スザクは一歩だけ近づいた。

 

 だが、それ以上は追及しなかった。

 

 まだ理由が足りない。

 

 ルルーシュが自分への票を減らそうとしていないことは分かる。

 

 信頼している者の手まで止めようとしていることも。

 

 それが山内を守るためなのか。

 

 クラスを一つへまとめるためなのか。

 

 あるいは、別の理由なのか。

 

 今は断定できなかった。

 

「次に何を出すつもりだ」

 

「必要なものを出す」

 

「答えになってない」

 

「今、答えられるのはそれだけだ」

 

 スザクは拳を握った。

 

 それでも、ルルーシュの胸倉を掴むことも、端末を奪うこともしない。

 

「僕は、自分の票を君に決めさせない」

 

「当然だ」

 

「君が何を並べても、僕が選ぶ」

 

 スザクはそう告げ、自室へ戻った。

 

 残されたルルーシュは、閉じた扉をしばらく見ていた。

 

     ◇

 

 同じ夜。

 

 綾小路は二つ目の記録を読み終えた。

 

 一つ目だけなら、自分も評価対象へ含めるための情報開示と解釈できる。

 

 だが、二つ目は違う。

 

 スザクへの信用を利用した事実は、ルルーシュの能力を低く見せない。

 

 むしろ、明確な嘘を使わずに他者の認識を誘導し、損失を抑えた実績でもある。

 

 問題は、その手段をどう評価するかだ。

 

 結果を重視する者なら、残す理由になる。

 

 本人の同意を重視する者なら、切る理由になる。

 

 そして、スザクや須藤のようにルルーシュを信頼する者ほど、簡単には答えを出せなくなる。

 

 内容だけではない。

 

 最初に、クラス全体へ無断で危険を引き受けた事実を出した。

 

 次に、最も近い相手の信用を無断で利用した事実を出した。

 

 抽象的な警戒を、個人の感情へ近づけている。

 

 偶然にしては、順序が整いすぎていた。

 

 ルルーシュは、自分へ向かう批判票を放置しているのではない。

 

 同じ場所へ集まりやすい形に、理由を並べている。

 

 まだ、目的までは断定できない。

 

 山内から票を逸らすためか。

 

 クラスの反応を測るためか。

 

 自分への評価を、意図的に下げるためか。

 

 最後の可能性を、綾小路は否定しなかった。

 

 問うべきなのは、ルルーシュがなぜ事実を明かしたかではない。

 

 その事実を並べた先に、どの名前を残そうとしているのかだった。

 

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