反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
三月六日。
投票当日の朝、三つ目の文書が共有フォルダへ追加された。
題名は、今後の判断方針。
過去の行動記録ではない。
同じ状況が再び起きた場合、ルルーシュがどう行動するかを記したものだった。
全員の同意を待つことで、回避可能な損失が確定する場合。
情報を共有することで、対策そのものが成立しなくなる場合。
責任者を決めなければ、より多くの生徒が危険へ晒される場合。
そのような状況では、必要な判断を先に行う。
事後に説明と責任を引き受けるが、事前承認を絶対条件とはしない。
文章は短かった。
謝罪も、弁明もない。
過去の独断を反省して今後は改める、という内容でもなかった。
同じ条件なら、同じ判断をする。
そう読める文書だった。
◇
「つまり、これからも勝手に決めるってことか?」
朝の教室で、池が最初に口にした。
「条件が同じならな」
ルルーシュは否定しなかった。
「それ、ヤバくないか?」
「何がだ」
「クラスのみんなに関係あることを、お前一人で決めるんだろ」
「全員へ確認する時間があり、情報を共有しても損失が増えないなら確認する」
「じゃあ、時間がないってお前が決めたら?」
「必要な判断をする」
池は言葉に詰まった。
返答を聞けば聞くほど、ルルーシュは自分の行動を改めるつもりがないように見える。
「でも、今までそれで助かったこともあるよね」
佐藤が言った。
「だからって、次も任せていいかは別じゃない?」
篠原が返す。
「任せるっていうか、勝手にやるって言ってるし」
「結果を出せるならいいだろ」
「失敗したらどうするの?」
「責任を取るって書いてある」
「退学になってから責任取られても遅くない?」
意見は一つへまとまらない。
ルルーシュを危険だと考える者。
必要な判断だと考える者。
能力は認めるが、手段は認められない者。
過去に助けられたため、批判票を入れたくない者。
同じ文書を読んでも、結論は分かれた。
「ほらな」
山内が声を上げる。
「自分で認めてんじゃん。これからも俺たちを勝手に使うって」
「言葉を変えないで」
堀北が遮った。
「本人の文書に『使う』とは書かれていないわ」
「でも意味は同じだろ」
「同じかどうかを決めるために、今確認しているのよ」
山内は舌打ちし、今度は綾小路を見る。
「何もしてない奴より、やること全部隠してる奴の方が危ないってだけだ」
「あなたは綾小路君へ入れるよう話していたはずよ」
「どっちが危ないか話してるだけだろ。票を入れろなんて言ってねえよ」
「言い換えても同じよ」
堀北は山内から視線を外し、ルルーシュへ向ける。
「一つ確認するわ。今後、クラスの誰かが反対していても、必要だと判断すれば実行するの?」
「ああ」
「その判断が間違っている可能性は?」
「当然ある」
「それでも?」
「判断しないことで失うものが大きいなら、実行する」
教室の空気が一段重くなる。
「失敗したら、どう責任を取るの」
「可能な限り損失を補う」
「補えなければ?」
ルルーシュは僅かに間を置いた。
「相応の処分を受ける」
「退学でも?」
「ああ」
誰かが息を呑んだ。
ルルーシュ自身は、声の調子を変えていない。
「やめろよ」
須藤が低く言った。
「何をだ」
「そうやって、最後だけ自分で払えばいいみたいに言うのをだよ」
「責任者が損失を負うのは当然だ」
「俺らのことなのに、お前一人で終わらせるなって言ってんだ」
昨日と同じ主張だった。
須藤は、自分の選択をルルーシュへ渡さない。
「僕も反対だ」
平田が続いた。
「ランペルージ君のやり方に問題がなかったとは言わない。でも、この文書だけで一人へ票を集めることには賛成できない」
「問題があると認めるなら、候補にする理由にはなるだろ」
山内が言う。
「候補として考えることと、みんなで同じ名前へ乗ることは別だよ」
平田は山内から目を逸らさなかった。
「誰か一人を選ばなければならないからって、先に出た名前を選べばいいわけじゃない」
ルルーシュは答えなかった。
堀北は一度、教室全体を見渡す。
「ここで結論は出さない。提出された内容だけで投票先を決めることも認めないわ」
「でも、もう投票は今日だぞ」
池が言う。
「だからこそ、自分で考えなさい」
堀北の声は冷静だった。
「誰かが先に用意した名前へ乗るのではなく、自分が残すべきだと思う生徒と、残せないと思う生徒を選ぶ。票を入れるのはあなたたちよ」
ルルーシュは、その言葉を聞いていた。
堀北は最後まで、クラスへ一つの感情を強制しない。
だからこそ、別の形で理由を揃える必要があった。
◇
昼休み。
「かなり増えてる」
人気のない階段で、軽井沢が綾小路へ報告した。
「ランペルージ君へ入れるって話?」
「入れるって断言してる奴は少ない。でも、候補にするって人は昨日より増えた。男子にも女子にもいる」
「山内は?」
「綾小路君の名前もまだ回してる。ランペルージ君の方が危険だって言いながら、綾小路君は役に立たないって話も残してる」
「自分以外なら、どちらでもいいんだろう」
「そう見える」
軽井沢は腕を組んだ。
「ランペルージ君、何がしたいの? あれじゃ、自分から嫌われようとしてるみたいじゃん」
「嫌われることが目的とは限らない」
「じゃあ何?」
「票が一か所へ集まる理由を作っている」
「自分に?」
綾小路はすぐには答えなかった。
一つ目の記録は、クラス全体への独断。
二つ目は、スザクの信用利用。
三つ目は、同じ行動を今後も繰り返すという意思表示。
過去の問題を並べるだけなら、三つ目は必要ない。
未来の危険として評価させるための文書だ。
投票当日の朝に公開したことも偶然ではない。
訂正や反論が十分に広がる前に、生徒は票を選ぶ。
その一方で、ルルーシュは虚偽を使っていない。
後から事実関係を確認されても、工作そのものは崩れにくい。
「軽井沢」
「何?」
「ランペルージへ入れると言っている人間を止める必要はない」
「は?」
「誰が、どの理由で候補にしているかだけ確認してくれ」
「放っておいたら、本当に集まるかもしれないよ」
「集めようとしている本人へ、外から止めたと知らせる方がまずい」
軽井沢は眉を寄せた。
「やっぱり、自分へ入れさせようとしてるってこと?」
「可能性は高い」
「何のために?」
「まだ断定はしない」
山内への票を減らしたいだけなら、別の候補を一人作ればいい。
だが、ルルーシュは自分を単なる代替候補にはしていない。
能力の低さではなく、残すこと自体が将来の危険になるよう、評価の形を整えている。
そこまで行う理由は限られていた。
「止めるの?」
「そのためにも、まず実際の票の流れを確認する」
「放っておいて大丈夫なの?」
「本人に計画を見抜いたと知らせる方がまずい」
綾小路は端末を閉じた。
「誰が、どの理由でランペルージを候補にしているか。引き続き確認してくれ」
「分かった」
◇
昼休みが終わる前。
ルルーシュは特別棟の空き教室へ入った。
人のいない場所を選んだはずだった。
「待っていた」
窓際に、綾小路が立っている。
「何の用だ」
「お前が並べた資料についてだ」
「教室で確認は終わった」
「確認したのは内容だけだ」
綾小路はルルーシュを見る。
「お前は、自分への評価を下げたいわけじゃない」
「なら、何だと思う」
「退学させても問題がない人間だと思わせたい」
ルルーシュの表情は変わらない。
「根拠は?」
「評価を下げるだけなら、過去の失敗を出せばいい。だが、お前が出したのは、結果を出した行動ばかりだ」
「手段に問題がある」
「そうだ。だから評価が割れる」
綾小路は淡々と続ける。
「全員から嫌われる必要はない。残す価値があると考える人間と、危険だと考える人間を分ける。最後に、危険だと考える側へ共通の理由を渡せばいい」
「推測にすぎない」
「三つ目の文書で推測ではなくなった」
過去の行動を公正に評価させたいだけなら、今後も同じことをすると宣言する必要はない。
自分を一時的な失敗者ではなく、継続的な危険として残すための一文だった。
「全員を残す案が成立しなかった。山内へ票が集まれば、平田を含めてクラスは割れる。だから、お前が代わりに一人分の損失になる」
ルルーシュは否定しなかった。
沈黙が、答えになった。
「合理的だろう」
やがてルルーシュが言う。
「俺一人が退学すれば、山内を含む他の全員が残る。クラスは、能力不足の生徒を切り捨てたのではなく、将来の危険を排除したという理由を共有できる」
「長続きしない」
「何がだ」
「お前を危険だと判断した人間と、守ろうとした人間は残る。投票結果が出ても、評価の違いは消えない」
「俺がいなければ、対立の中心も消える」
「切り捨てた側と、止められなかった側が残る」
綾小路の声は平坦だった。
「自分が消えれば、その後の感情まで整理されると思っているなら計算が甘い」
「感情は時間とともに薄れる」
「戦力の損失は薄れない」
ルルーシュは目を細める。
「お前を失えば、他クラスや上級生への対応に穴が空く。山内を残す利益と釣り合わない」
「人間を能力だけで選ぶのか」
「この試験で、本人が退学を望んでいることを残す理由に変える必要はないと言っている」
「望んでいるわけではない」
「なら、なおさら成立しない」
綾小路は一歩だけ扉へ近づく。
「お前が自分を候補へ置くことと、クラスがお前を選ぶべきことは別だ」
「俺を止めるつもりか」
「必要なら」
「山内を退学させるために?」
「山内を残す理由がないからだ」
情ではない。
善意でもない。
綾小路は、ルルーシュの計画を一つの選択肢として比較し、不合理だと切り捨てている。
「お前の資料には、崩せる部分がある」
「虚偽はない」
「虚偽がなくても、結論が正しいとは限らない」
綾小路は教室を出た。
ルルーシュは追わない。
綾小路は計画を見抜いた。
それでも、まだ計画を止めたわけではない。
◇
放課後。
投票開始まで、残された時間は長くない。
ルルーシュは端末の画面を見ていた。
共有フォルダへ追加する予定の、最後の文書。
他クラスとの交渉記録。
クラスへ報告しなかった条件。
個人の判断で利用した情報。
公開すれば、これまでの三つが偶発的な独断ではなく、継続して行われてきた手法だと見える。
自分への批判票を、さらに一段増やせる。
「やっぱり、まだ残していたんだな」
背後から声がした。
スザクだった。
ルルーシュは画面を閉じない。
「見るなとは言わない」
「綾小路に聞いたわけじゃない」
「何の話だ」
「君が何をしようとしてるかだよ」
スザクは机の前まで歩く。
「昨日は、まだ分からなかった。君が自分への票を減らそうとしていないことしか」
「今は分かったと?」
「君は、自分を選ばせようとしてる」
ルルーシュは否定しない。
「全員を残すには、一人が必要だ」
「だから君なのか」
「俺なら、残る者へ継続的な負担を与えない」
「与えるよ」
スザクの返答は速かった。
「君へ票を入れるのは、君じゃない。僕たちだ」
「最終的に選ぶのは各自だ」
「その選択を君が作ってる」
「判断材料を出しているだけだ」
「自分が悪く見える順番で」
ルルーシュは黙る。
スザクは、その沈黙の意味を知っていた。
過去にも同じように、ルルーシュは世界へ自分を憎む理由を与えた。
悪逆皇帝。
全ての憎悪を集め、最後に一人が消えることで世界を先へ進める計画。
規模も、失うものも違う。
それでも、選んでいる形は同じだった。
「また君一人が死ねばいいと思っているのか」
「死ぬわけじゃない。退学するだけだ」
「君にとっては同じだ」
スザクは目を逸らさない。
「前の時も、君は結果を見る前にいなくなった」
「お前も同じだろう」
「そうだ。僕も知らない」
スザクは否定しなかった。
「世界が本当に優しくなったのか。ナナリーが望んだ優しい世界は、本当に生まれたのか。ゼロが、その後も必要とされたのか」
「その先を、僕たちは何一つ確かめていない」
「それでも、計画は完遂された」
「完遂したことと、成功したことは同じじゃない」
スザクは一歩も退かなかった。
「僕たちは結果を知らない。それなのに君は、正しかったかも分からない同じ答えを、もう一度選ぼうとしてる」
「ここで得られるはずだった未来を捨てて、また自分だけがいなくなれば終わると思ってる」
「終わる。退学者は一人で済む」
「終わらない」
「何が残る」
「君を選んだ責任が残る」
スザクは画面の文書を指す。
「君は、自分一人で責任を負うつもりなんだろう。でも実際には、僕たちに君を切らせようとしてる」
「俺を危険だと判断したなら、それは正当な票だ」
「正当に見えるように君が並べた」
「事実だ」
「事実なら、何をしてもいいのか」
ルルーシュの眉が僅かに動く。
「君は南雲に、自分の未来も賭けろと言った」
第七章で、ルルーシュが南雲へ突きつけた条件。
他人だけを危険へ置き、自分は安全な場所から選別することを認めなかった。
「でも君は、いつも自分の未来だけを捨てようとする」
「俺も危険を負っている。それの何が矛盾する」
「危険を負うことと、自分だけを消すことは違う」
スザクの声が震える。
怒りだけではない。
同じ背中を、もう一度見せられたことへの痛みが混じっている。
「それは覚悟じゃない」
「なら何だ」
「君が自分を罰したいだけだ」
違う、と切り捨てるための理屈はあった。
あれは世界を進めるために必要な選択だった。
少なくとも、自分が死ぬ瞬間までは、計画は予定どおりに進んでいた。
スザクもまた、ゼロを引き継ぐ役割を受け入れた。
だが、その先を二人は知らない。
憎しみが本当に一つへ収束したのか。
ナナリーが望んだ優しい世界は、本当に生まれたのか。
ゼロが世界に何を残したのか。
成功だったと証明する結果を、二人は一つも見ていない。
それでも、あれが正しかったと信じなければならなかった。
そうでなければ、自分が選んだ死も、スザクへ渡した役割も、ただ残る者へ責任を押しつけただけになる。
今回も同じだと認めることはできなかった。
だが、違うと言い切ることもできなかった。
教室が静まる。
ルルーシュは視線を落とさない。
「俺の動機が何であれ、結果は変わらない」
「変わる」
「山内が残り、他の全員も残る」
「君が残らない」
「一人は必要だ」
「その一人に、どうして君だけを数える」
「最も損失が小さいからだ」
「嘘だ」
スザクは言い切った。
「君は自分を、守るべき一人として数えてない」
ルルーシュの指が、端末の縁で止まる。
「僕は君の計画を、みんなへ暴露しない」
「なぜだ」
「善意だったと分かれば、君に票を入れない。それも君が作った選択になるからだ」
スザクは自分の票を、最後まで自分で選ぶ。
ルルーシュの悪役像にも、善意の告発にも乗らない。
「でも、その文書は送らせない」
「力ずくで止めるか」
「そうしたら、君は別の方法を使う」
「よく分かっているじゃないか」
「だから、君が止めるんだ」
スザクは手を伸ばさない。
送信を止めるために端末を奪わない。
ルルーシュ本人へ、選択を返す。
「撃たれる覚悟と、自分が死ねばいいと考えることは違う」
ルルーシュは答えなかった。
画面には、最後の文書が残っている。
送信欄の上で、指は動かない。
投票までの時間は減り続けていた。