反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

85 / 85
残された者たち

 翌朝。

 

 山内の席だけが、空いていた。

 

 机も椅子も昨日と変わらない。教科書を置き忘れた生徒が、少し遅れて登校してくるだけにも見える。

 

 だが、始業の鐘が鳴っても、その席が埋まることはなかった。

 

 誰も意識して見ようとはしない。

 

 それでも、視界の端から消すこともできなかった。

 

「平田君、今日の連絡なんだけど」

 

 櫛田が声をかける。

 

 平田は端末から顔を上げた。

 

「堀北さんに聞いて」

 

「え?」

 

「僕じゃなくてもできることだから」

 

 冷たい言い方ではなかった。

 

 ただ、これまで平田が当然のように引き受けていた役割を、全て自分から切り離している。

 

 池が須藤へ何かを言いかけ、やめた。

 佐藤と篠原も、互いの顔を見ただけで口を閉じる。

 

 教室の中心にいたはずの平田が、誰よりも遠い場所にいるようだった。

 

 ルルーシュは、その様子を黙って見ていた。

 

 昨日、自分が退学していれば、この空気は生まれなかったのか。

 

 少なくとも、山内の席が空くことはなかった。

 

 代わりに自分の席が空き、平田は別の形で同じ場所を見続けただろう。

 

 綾小路が言ったとおりだった。

 

 切り捨てた側と、止められなかった側が残る。

 

 誰が退学しても、残された者の感情までは消えない。

 

「声をかけないのか」

 

 隣からスザクが小さく尋ねた。

 

「今の平田に、俺の言葉が届くと思うか」

 

「届かなくても、君なら何かしようとするだろう」

 

「必要があればな」

 

 そう答えたものの、ルルーシュは席を立たなかった。

 

 自分の言葉で正しい方向へ導く。

 相手が動けるよう、理由と道筋を用意する。

 

 それは、ルルーシュが最も得意とするやり方だった。

 

 だが今は、その行動さえ、自分が全ての結果を管理しようとすることに思えた。

 

 平田の痛みまで、自分の責任として処理するべきなのか。

 

 答えを出せないまま、朝のホームルームが始まった。

 

     ◇

 

 昼休み。

 

 平田は一人で教室を出た。

 

 すぐ後を追ったのは、綾小路だった。

 

 ルルーシュは廊下へ消える二人の背中を見る。

 

「行かないの?」

 

 軽井沢が、弁当の蓋を閉じながら言った。

 

「綾小路がいる」

 

「任せるってこと?」

 

「適任者が動いているなら、余計な手を加える必要はない」

 

「ふうん」

 

 軽井沢は納得したようには見えなかった。

 

「それ、ランペルージ君にしては珍しいね」

 

「何がだ」

 

「自分で最後までやらないところ」

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

 教室の前では、堀北が昨日の投票結果を踏まえた今後の方針をまとめている。須藤がその横で、珍しく真面目に話を聞いていた。

 

 クラスは止まっていない。

 

 山内が消えた翌日も、授業はあり、次の試験は近づいてくる。

 

 残された者は、望むかどうかにかかわらず先へ進まなければならない。

 

     ◇

 

 綾小路が平田を見つけたのは、特別棟へ続く渡り廊下だった。

 

 平田は窓の外を見ている。

 

「何の用かな」

 

 足音だけで相手を察し、振り返らずに言った。

 

「様子を見に来た」

 

「見たとおりだよ」

 

「そうか」

 

「それだけ?」

 

「お前が話したくないなら、それだけだ」

 

 綾小路は隣へ並ばなかった。

 数歩離れた場所で立ち止まる。

 

 平田はしばらく黙っていた。

 

「僕は、山内君を助けられなかった」

 

「そうだな」

 

 慰めも否定もない返答に、平田の肩が僅かに揺れる。

 

「もっと別の方法があったかもしれない。僕が全員をまとめられていたら、誰か一人へ票を集めるようなことにはならなかった」

 

「まとまったところで、退学者は一人出る」

 

「分かってるよ」

 

 平田の声が強くなった。

 

「そんなことは、最初から分かってた。でも、分かってることと、選べることは違う」

 

「だから選ばなかった」

 

「選べなかったんだ」

 

 平田は振り返った。

 

 笑顔はなかった。

 

「僕が誰かを選んだら、その人を切り捨てることになる。そんなことをしたら、昔と同じになる」

 

 中学生の頃。

 

 一人の生徒が標的になり、周囲は見て見ぬふりをした。

 止められなかった結果、取り返しのつかないところまで追い込まれた。

 

 その後、平田は力でクラスを支配した。

 

 誰も誰かを傷つけないように。

 誰も一人にならないように。

 

 表面上は、争いのない教室になった。

 

 だが、それは平田が全員の選択を奪うことで作った静けさだった。

 

「昨日、僕は何もできなかった。選ぶことも、止めることもできなかった」

 

「お前が何もしなかったから、山内が退学したわけじゃない」

 

「同じだよ。僕は助けると言いながら、助けられなかった」

 

「最初から不可能な約束だった」

 

 平田の顔が歪む。

 

「君には分からない」

 

「分かる必要はない」

 

 綾小路は平坦に返した。

 

「全員を救えなかった苦しさを共有しなくても、不可能だったことは判断できる」

 

「簡単に言わないでくれ!」

 

 声が渡り廊下へ響いた。

 

 平田が感情を露わにしたことで、綾小路の表情は僅かにも変わらない。

 

「なら、どうしてほしい」

 

「放っておいてくれ」

 

「放っておけば、お前はこのままクラスから離れる」

 

「僕がいなくても、もうみんなは選べる。堀北さんもいる。ランペルージ君も、君もいる」

 

「自分が傷つかないための理由としては弱いな」

 

「……何を言ってるんだ」

 

「お前は山内を助けられなかったから離れるんじゃない。次も誰かを助けられない自分を見るのが怖いから離れようとしている」

 

 平田の拳が握られる。

 

「違う」

 

「違わない」

 

「僕は、もう誰かを傷つけたくないだけだ」

 

「昨日、お前が山内へ票を入れなかったとしても、お前も三人へ批判票を入れた」

 

 平田は言葉を失う。

 

 この試験では、全員が三人を選ばなければならない。

 

 平田も例外ではなかった。

 

「誰に入れたかは知らない。だが、お前も三人を選び、その票は結果の一部になった。自分だけが選ぶ側にいなかったことにはできない」

 

「それの何が悪いんだ」

 

「悪いとは言っていない。ただ、それを無傷の選択だったことにはできない」

 

 平田の呼吸が乱れる。

 

 綾小路は続けた。

 

「山内を退学させたのは、お前一人じゃない。助けられなかったのも、お前一人じゃない。それなのに、失敗だけを全部自分のものにして、残った人間から離れるのか」

 

「僕に、何ができる」

 

「昨日までと同じでいい」

 

「同じことをして、また救えなかったら?」

 

「救えない人間はいる」

 

 平田が俯く。

 

「それでも、救えた人間まで見捨てる理由にはならない」

 

 厳しい言葉だった。

 

 優しく抱え、立ち上がれるまで待つ言葉ではない。

 

 だが、平田が求めていた全員を救える答えなど、最初から存在しなかった。

 

 存在しない答えを探し続ける限り、平田は一歩も動けない。

 

「誰か一人を選んだことを、正しいと思う必要はない。自分を許す必要もない。ただ、残った人間へ手を伸ばすかどうかは、今のお前が選べる」

 

「君は……どうしてそこまで言えるんだ」

 

「俺は、お前ほど全員に興味がないからだろうな」

 

 冗談にも慰めにもならない返答だった。

 

 平田は、ほんの僅かに息を漏らした。

 

 笑ったわけではない。

 

 だが、先ほどまで張りつめていた何かが、少しだけ緩んだ。

 

     ◇

 

 午後の授業が始まる前、平田は教室へ戻った。

 

 だが、誰とも言葉を交わさず、放課後になると一人で教室を出た。

 

 ルルーシュは綾小路へ、何を話したのか尋ねなかった。

 

 綾小路も何も報告しない。

 

 翌朝。

 

 空いた山内の席は、まだ教室に残っていた。

 

 平田は始業より早く登校していた。

 

 机の上には、昨日堀北がまとめた連絡事項と、次の試験に向けた資料が並んでいる。

 

 生徒が一人ずつ入ってくるたび、平田は顔を上げた。

 

「おはよう」

 

 最初の何人かは、戸惑いながら返事をした。

 

 池が教室へ入ったところで、平田が立ち上がる。

 

「池君」

 

「え、何?」

 

「昨日は、みんなを避けるような態度を取ってごめん。今日の放課後、次の試験についてみんなで確認したいんだけど、参加してくれるかな」

 

「あ、ああ。別にいいけど」

 

「ありがとう」

 

 いつもの笑顔ではなかった。

 

 無理に明るく振る舞ってもいない。

 

 それでも平田は、一人ずつへ声をかけていった。

 

 山内の席を見ないようにするのではなく、その空席が視界にあるまま。

 

 全員を救えると信じたからではない。

 

 次は必ず失敗しないと確信したからでもない。

 

 助けられないかもしれない恐怖を抱えたまま、もう一度手を伸ばしていた。

 

「ランペルージ君」

 

 最後に、平田がルルーシュの席へ来た。

 

「何だ」

 

「少し話してもいいかな」

 

「ああ」

 

 平田は一度、言葉を選んだ。

 

「僕は、君がしたことを全部正しかったとは思ってない。クラスのみんなに関係することを、一人で決めるやり方にも賛成できない」

 

「当然だ」

 

「でも、あの投票で、君が残ったことはよかったと思ってる」

 

 ルルーシュは目を細める。

 

「山内を選んだことと、矛盾しないのか」

 

「矛盾してると思う」

 

 平田は否定しなかった。

 

「山内君に残ってほしかった。でも、君にも残ってほしかった。本当は、どちらかを選ばなければならないこと自体を受け入れたくなかった」

 

「それでは答えにならない」

 

「うん。だから、これから答えを探す」

 

 平田はルルーシュを見る。

 

「次に、君がみんなのために何かを決めようとするときは、僕にも話してほしい」

 

「話せば止めるだろう」

 

「止めるかもしれない」

 

「なら、事前に話す利益はない」

 

「それを、君一人で決めないでほしいんだ」

 

 投票前、須藤が口にした言葉と同じだった。

 

 俺らのことなのに、お前一人で終わらせるな。

 

 そしてスザクは、選択をルルーシュ本人へ返した。

 

 平田もまた、答えを受け取るためではなく、自分で選ぶために手を伸ばしている。

 

「必要があると判断すれば話す」

 

「必要かどうかを決めるところから、僕たちにも参加させてほしい」

 

 ルルーシュは返答に詰まった。

 

 合理性だけで考えれば、情報を渡す相手と時期は自分が選ぶべきだった。

 

 全員へ相談すれば成立しない策もある。

 遅れれば失うものもある。

 

 その考えは変わっていない。

 

 だが、それを理由に最初から全ての手を拒むことは、これまでと同じだった。

 

「……約束はできない」

 

「それでもいい」

 

 平田は手を差し出した。

 

「僕は、また声をかけるから」

 

 優しい世界は、完成した形で与えられるものではない。

 

 誰か一人が全ての憎しみと責任を引き受ければ、残った者が迷わず進めるわけでもない。

 

 傷ついた者が残り、間違えた者が残り、それでも互いへ何度も手を伸ばす。

 

 その先に何が生まれるのかを、ルルーシュはまだ知らない。

 

 知らないからこそ、今回はここに残った。

 

 ルルーシュは差し出された手を見る。

 

 そして、拒まなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ようこそ慎重至上主義の教室へ(作者:GC)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

「レディ・パーフェクトリー(準備は完全に整った)――たとえ相手がただの高校生であってもな」▼【挿絵表示】▼希望する進路、就職先がほぼ100%叶うという全国屈指の名門校・高度育成高等学校。▼最新設備が使用でき、毎月10万円相当のポイントが支給される夢のような学園に、一人の新入生が入学する。▼彼の名は、竜宮院聖哉。▼容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。すべてにおい…


総合評価:650/評価:6.66/連載:32話/更新日時:2026年08月16日(日) 11:35 小説情報

非凡な少年はこの学校で何を考えるのか(旧:ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ)(作者:神威 )(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

変人(天才)達に育てられた凡才の少年が実力至上主義の教室で学校生活を送る話 。


総合評価:2796/評価:7.68/連載:42話/更新日時:2026年08月20日(木) 14:33 小説情報

ようこそ原作主人公抜きで頑張る教室へ(作者:灰色の)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

▼よう実の世界に転生した青年、しかし物語の鍵となる原作主人公がいなかった。▼自分の能力も分からない中、彼は必死に足掻いて行く。


総合評価:3859/評価:7.9/連載:43話/更新日時:2026年08月14日(金) 21:23 小説情報

櫛田の中学に転校した(作者:スクラップドラゴン)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

▼よう実の世界に転生したオリ主が櫛田の中学に転校する話


総合評価:3756/評価:7.27/連載:20話/更新日時:2026年06月14日(日) 15:33 小説情報

ようこそAクラスの教室へ(作者:yadooo)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

最も不良品であるはずの綾小路が、何故だか優秀な生徒達の集まるAクラスに配属されるIFストーリー。▼


総合評価:5096/評価:8.74/連載:53話/更新日時:2026年10月11日(日) 15:12 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>