反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
放課後。
教室には、いつもより多くの生徒が残っていた。
平田が一人ずつへ声をかけた結果だった。
全員ではない。
部活動や外せない予定のある者は先に帰っている。
ただし、堀北は参加できない生徒にも案を事前に共有し、意見を預かっていた。
それでも、昨日まで互いの顔を避けていた者たちが、同じ場所へ集まっていた。
「始めるわ」
教卓の前に立った堀北が言う。
「今後のクラス運営について話す前に、今回の件を整理する必要がある」
空気が僅かに固くなる。
山内の席は、まだ教室に残っていた。
誰も座っていないその場所を、議題から切り離すことはできない。
「結果を覆すための話ではないわ。誰がどの票を入れたかを追及するつもりもない」
堀北は教室全体を見渡す。
「問題にするのは、投票までの過程よ」
視線が、自然とルルーシュへ集まった。
ルルーシュは腕を組んだまま、黙っている。
「ルルーシュ君が公開した三つの文書には、虚偽はなかった。だからといって、公開の順番や時期まで中立だったとは言えない」
「そのとおりだ」
ルルーシュは否定しなかった。
池が僅かに身を引く。
篠原は眉を寄せた。
「認めるんだ……」
「事実を選び、順序を決めた。評価を特定の方向へ動かす意図もあった」
教室が静まる。
計画の全てを明かしたわけではない。
自分を退学させるためだったとは言わない。
最後の文書についても触れない。
だが、ただ判断材料を出しただけだという言い逃れもしなかった。
「なら、やっぱり俺たちを誘導してたってことか?」
池が尋ねる。
「判断を作ろうとしたことは認める」
「なんでそんなことしたんだよ」
答えれば、自己犠牲の目的まで話すことになる。
それは今度は、善意という別の理由で自分への評価を誘導し、行為の責任を軽く見せることになり得る。
「必要だと判断したからだ」
「またそれかよ」
須藤が低く言った。
以前なら、それで会話を終えていた。
説明しても理解されない。
共有すれば策が崩れる。
自分が結果を出せばいい。
その結論は今も、完全には消えていない。
「ただし」
ルルーシュが続ける。
「今回の判断が、最善だったとは証明できない」
須藤が目を見開いた。
堀北も僅かに眉を動かす。
「結果だけを見れば、退学者は山内になった。だが、俺が途中で判断を変えなければ、別の結果になった可能性もある」
「判断を変えた理由は?」
堀北が尋ねる。
「それまでの方法を続けるべきだと断定できなくなった」
「誰かに止められたから?」
「最終的に選ばなかったのは俺だ」
スザクは何も言わない。
自分が説得したと主張することも、ルルーシュの決断を自分の成果へ変えることもしなかった。
「だったら、次はどうするの?」
佐藤が尋ねた。
「また必要だと思ったら、同じように一人で決める?」
ルルーシュはすぐには答えなかった。
第三の文書には、同じ条件なら同じ判断をすると書いた。
それは今も嘘ではない。
全員へ説明する時間がなく、共有すれば対策が成立せず、判断しなければ損失が確定する。
その条件が揃えば、ルルーシュは再び先に動くだろう。
「ああ」
教室の空気が重くなる。
「ただし、同じ終わらせ方を選ぶとは限らない」
「どう違うのよ」
篠原が問う。
「俺が決め、俺が消えれば責任が完結するという前提は置かない」
その言葉を、平田が黙って聞いていた。
「それだけ?」
須藤は納得していない。
「お前が消えないなら、勝手に決めていいって話じゃねえだろ」
「そのとおりよ」
堀北が引き取る。
「だから、今後のための手順を決める」
端末の画面が、教室前方へ共有された。
表示されたのは、堀北が作成した簡潔な案だった。
一つ。
緊急性がない場合、クラス全体に関係する交渉や契約は事前に共有する。
二つ。
時間や情報秘匿の問題で全体共有ができない場合、最低一人には状況と目的を伝える。
三つ。
事前共有さえ不可能な場合、行動後に使用した情報、判断理由、想定した損失を説明する。
四つ。
行動した者は、結果だけで自らの判断を正当化しない。
堀北は、集まった生徒へ異論があるかを確認した。
条件や対象についていくつか意見は出たが、情報共有の手順を設けること自体に反対する者はいなかった。
「最低一人?」
池が首を傾げる。
「誰でもいいの?」
「内容によるわ。戦略なら私か平田君。対外的な交渉なら、関係する生徒。緊急時にその場にいる者でも構わない」
「全員の許可を取れとは言わないんだな」
ルルーシュが言う。
「現実的ではないもの」
堀北は即答した。
「あなたの判断速度や情報の扱い方が必要になる場面はある。それを否定して、全て多数決にすればいいとは思っていない」
「意外だな」
「無条件に信用するとも言っていないわ」
堀北はルルーシュを見た。
「あなたが一人で決めることと、あなた一人しか決められないことは違う。そこを混同させないための手順よ」
綾小路が、後方の席から静かに聞いている。
彼が口を挟む必要はなかった。
この答えは、堀北とクラス自身が出すべきものだった。
「俺が拒否したら?」
ルルーシュが尋ねる。
「次に何かを隠していると分かった時点で、クラスはあなたの提案を結果にかかわらず疑うことになる」
「脅しか」
「予告よ」
堀北は平然としている。
「今回、あなたは事実だけで人を特定の結論へ導けると示した。なら私たちも、あなたの言葉をそのまま受け取らない方法を持つ必要がある」
合理的だった。
信頼を要求するのではなく、不信を前提に仕組みを作る。
それはルルーシュにとって、感情的な約束より受け入れやすい答えだった。
「分かった」
教室の何人かが驚いた顔をする。
「従うの?」
篠原が聞く。
「常に可能な範囲で、だ」
「なんか逃げ道残してない?」
「不可能な状況まで約束するつもりはない」
「そこは変わらないんだ……」
「急に別人になる方が信用できないだろう」
須藤が鼻を鳴らした。
「まあ、それはそうか」
小さな笑いが起きた。
明るい笑いではない。
空いた席の存在を忘れたわけでもない。
それでも、張りつめたままだった教室の空気が、僅かに動いた。
◇
話し合いが終わったあと。
生徒たちは、今後の情報共有と役割分担についての確認へ移った。
平田は全てを一人で仕切ろうとはしなかった。
堀北が方針をまとめ、須藤が意見を出し、櫛田が発言の少ない生徒へ話を振る。
平田は、その間をつないでいる。
以前と同じ役割に見えて、少し違った。
全員を自分の手で守ろうとするのではない。
意見がぶつかれば、すぐに消そうとせず、互いに言葉を続けさせる。
山内の退学を境に、クラスが一つになったわけではなかった。
ルルーシュへの不信も残っている。
山内へ票を入れた者も、入れなかった者も、それぞれ口にできないものを抱えている。
それでも、違いを消さずに同じ場所へ残ろうとしていた。
「ランペルージ君」
平田が資料を差し出す。
「この部分、意見を聞いてもいいかな」
今朝差し出された手を、ルルーシュは拒まなかった。
今は、言葉を求められている。
「前提となる情報が足りない」
「どの情報?」
「各自が持つ情報と、他クラスとの接点だ。そこを確認せずに役割を決めても、必要な時に動けない」
「分かった。確認するよ」
「俺も調べる」
平田は僅かに目を見開いた。
「共有するの?」
「必要な情報だ」
「そうだね」
平田は、それ以上何も言わなかった。
変化を大げさに喜べば、ルルーシュは否定する。
だから、渡された言葉をそのまま受け取った。
◇
寮へ戻る道。
スザクがルルーシュの隣を歩いていた。
夕方の風はまだ冷たい。
「ずいぶん素直に受け入れたな」
「合理的な手順だっただけだ」
「それだけ?」
「それ以外に何がある」
スザクは少し笑った。
ルルーシュは不満そうに目を細める。
「君が、もう一度同じことをしないとは思ってない」
「当然だ。必要なら判断する」
「自分が消える方法も?」
足音が一つだけ遅れる。
「可能性としては捨てない」
スザクの表情から笑みが消えた。
「でも?」
「同じ状況だと、最初から決めつけることもしない」
それは約束ではない。
二度と自己犠牲を選ばないという宣言でもなかった。
ルルーシュは、自分の命や未来を他者より重く数えられるようになったわけではない。
ただ、過去に選んだ答えを、正しかったはずだという理由だけで繰り返す必要はないと知った。
「今回、残ったことを後悔してる?」
スザクが尋ねる。
ルルーシュは、すぐには答えなかった。
山内は退学した。
平田は傷ついた。
クラスには不信と責任が残った。
自分が退学していれば、起きなかったこともある。
一方で、自分が消えていれば見えなかったものもあった。
平田が再び手を伸ばしたこと。
堀北が、独断を否定するだけではなく、利用するための仕組みを作ったこと。
クラスが一つの感情へ揃わないまま、同じ教室へ残ろうとしていること。
「分からない」
ルルーシュは答えた。
スザクが足を止めかける。
「君が、分からないって言うとは思わなかった」
「結果が出ていない以上、断定できないだけだ」
「そういうことにしておくよ」
二人は再び歩き出す。
ゼロレクイエムのあと、世界がどうなったのかを二人は知らない。
ナナリーが望んだ優しい世界が生まれたのか。
ゼロが何を守り、何を壊したのか。
答えを見る前に、二人はこの世界へ移された。
だからルルーシュは、あの選択が正しかったという前提を崩せなかった。
崩せば、残した者たちへ渡した痛みの意味まで失われる気がした。
だが今は、別の可能性が残っている。
答えが分からないなら、消える前に決めつける必要はない。
間違えるかもしれない。
失うかもしれない。
それでも、その先を自分の目で見ることはできる。
「スザク」
「何だ」
「次に俺が同じ答えを選ぼうとしたら、どうする」
「止める」
「今回と同じようにか」
「何度でも」
迷いのない返答だった。
ルルーシュは小さく息を吐く。
「勝手な男だ」
「君にだけは言われたくない」
夕暮れの先に、寮の建物が見える。
優しい世界がどこにあるのか、まだ分からない。
一人の犠牲の先にあるのか。
傷ついた者たちが、それでも手を伸ばし続けた先にあるのか。
答えは、まだどこにも書かれていない。
だから今度は、残って確かめる。