反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む   作:evejanjan

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退学者ゼロ

中間試験当日。

 

教室には、普段とは違う静けさがあった。

 

池は席に着いてからも、暗記カードを何度も確認している。

 

山内は落ち着かない様子で周囲を見回し、池より上の点を取ると繰り返していた。

 

須藤は何も言わない。

 

机の上に置いた鉛筆を握り、正面だけを見ている。

 

「須藤」

 

スザクが呼ぶと、須藤は視線だけを向けた。

 

「やった分は残っている」

 

「分かってる」

 

短い返事だった。

 

ルルーシュも三人を見る。

 

「満点を取る必要はない。取れる問題から解け」

 

「何回言うんだよ」

 

「忘れそうな顔をしているからだ」

 

須藤は舌打ちし、前を向いた。

 

教師が入室する。

 

問題用紙と答案用紙が配られた。

 

開始の合図と同時に、教室から物音が消える。

 

須藤は問題用紙をめくった。

 

見覚えのある形式がいくつも並んでいる。

 

最初の問題は解けた。

 

次も書ける。

 

だが、途中で見覚えのない問題にぶつかった。

 

鉛筆が止まる。

 

何度読んでも、答えが浮かばない。

 

時間だけが過ぎていく。

 

以前なら、その一問へ固執していただろう。

 

分からないことに腹を立て、他の問題まで投げ出していたかもしれない。

 

須藤は小さく舌打ちした。

 

――取れる問題から解け。

 

ルルーシュの声が頭に浮かぶ。

 

問題番号へ印をつけ、次のページへ進んだ。

 

そこには、勉強会で何度も解いた形式の問題があった。

 

須藤は、止まっていた鉛筆を動かす。

 

池は、覚えた語句を拾うように答案へ書き込んでいく。

 

山内も空欄を残さないよう、最後まで鉛筆を動かしていた。

 

ルルーシュとスザクは、余裕を持って問題を解き終えた。

 

それでも周囲へ視線は向けない。

 

今できることは、もう残されていなかった。

 

中間試験は、数日にわたって行われた。

 

試験が終わるたび、池たちは互いの出来を確かめ合った。

 

「数学はたぶんいけた」

 

池が言えば、

 

「英語がヤバいかもしれねえ」

 

と山内が返す。

 

須藤は何も言わなかった。

 

だが、自分が飛ばした問題だけは、教室へ戻ると問題集で確認していた。

 

堀北はその姿を見ても、特に声をかけなかった。

 

ただ、翌日の試験範囲について、以前より短く要点だけを伝えた。

 

「この三つだけは覚えておきなさい。残りは余裕があればでいいわ」

 

須藤も反発せずに聞いている。

 

最初の勉強会では考えられなかった光景だった。

 

数日後。

 

茶柱が試験結果を持って教室へ入った。

 

生徒たちの視線が、一斉に教壇へ集まる。

 

「中間試験の結果を返却する」

 

答案が順番に配られていく。

 

池が自分の点数を確認した。

 

「よし……!」

 

抑えたつもりの声が漏れる。

 

山内も答案と赤点の基準を何度も見比べた。

 

「通ってる。俺、全部通ってる!」

 

櫛田が安心したように笑う。

 

「よかったね、二人とも」

 

「櫛田ちゃんのおかげだって!」

 

「俺もちゃんと勉強したけどな!」

 

「張り合うところはそこなのか」

 

平田が苦笑しながらも、静かに息を吐いた。

 

やがて、須藤にも答案が返された。

 

須藤はすぐに点数を確認する。

 

動きが止まった。

 

英語。

 

赤点基準より、一点上。

 

しばらく答案を見つめた後、須藤は小さく呟いた。

 

「……危ねえ」

 

池と山内が横から覗き込む。

 

「通ってんじゃん!」

 

「マジでギリギリだな!」

 

「うるせえ!」

 

須藤は答案を引き寄せた。

 

だが、表情から安堵までは隠せていない。

 

茶柱が教壇から告げる。

 

「今回、Dクラスから退学者は出なかった」

 

一瞬の静寂。

 

直後、教室に歓声が広がった。

 

池と山内が騒ぎ、櫛田が笑う。

 

平田も周囲の生徒たちへ声をかけていた。

 

スザクは須藤の点数を確認し、静かに息を吐く。

 

「よかったな」

 

「ぎりぎりだけどな」

 

「通ったことに変わりはない」

 

須藤は答案へ視線を落とした。

 

少し離れた席では、堀北が自分の答案を片づけている。

 

須藤はしばらく迷った後、彼女を見る。

 

「おい」

 

「何?」

 

「その……教え方はムカついたけど」

 

堀北の眉がわずかに動く。

 

「助かった」

 

言い終えると、須藤はすぐに視線を逸らした。

 

堀北は少し間を置いて答える。

 

「次は、もう少し余裕を持って合格しなさい」

 

「次は一人でも通ってやるよ」

 

「そう」

 

それだけだった。

 

だが、最初の頃のような冷たさはなかった。

 

須藤は次に、ルルーシュへ顔を向ける。

 

「お前もだ」

 

「何がだ」

 

「やり方を変えたのは、お前だろ」

 

「お前が解かなければ意味はなかった」

 

「素直に礼くらい受け取れねえのかよ」

 

「必要ない」

 

須藤は苛立ったように頭を掻く。

 

「本当にムカつくな、お前」

 

「今さらだな」

 

スザクが小さく笑った。

 

須藤はそのまま彼を見る。

 

「スザクもだ」

 

「僕は隣にいただけだ」

 

「それが邪魔だったんだよ」

 

「なら、次は一人でやれるな」

 

「やってやるよ」

 

言葉は乱暴だった。

 

それでも、勉強会が始まる前とは違う。

 

須藤は誰かに助けられたことを否定せず、次は自分で立とうとしている。

 

ルルーシュは、騒がしくなった教室を少し離れた場所から眺めていた。

 

須藤たちを残すために、多くの人間が動いた。

 

堀北が教えた。

 

櫛田が人を集め、最後まで場に残った。

 

平田が衝突を抑えた。

 

綾小路が過去問を手に入れた。

 

スザクが、途中で投げ出さないよう隣にいた。

 

そして自分は、それぞれの力が無駄にならない形へ組み替えた。

 

最後に答案を書いたのは、須藤たち自身だ。

 

須藤は、自分の手で赤点の境界を越えた。

 

もっとも、そこへ至ったのは一人の力ではない。

 

切り捨てる方が早い。

 

能力の低い者へ時間と労力を使わない方が、合理的な場面もあるだろう。

 

だが、残す方法があり、本人にも立つ意思があるのなら、切り捨てることだけが正解とは限らない。

 

誰かが手を伸ばす。

 

助けられた者が、次は自分で立とうとする。

 

それを甘さと呼ぶのは簡単だ。

 

だが、その甘さを結果へ変えるだけの力があるなら、それは弱さではない。

 

ルルーシュは、教室の中央にいる須藤を見る。

 

「このクラスは、まだ見限るには早いな」

 

呟きは、周囲の声に紛れた。

 

少し離れた席で、綾小路がこちらを見ていた。

 

視線は一瞬重なり、どちらからともなく外れる。

 

中間試験は終わった。

 

Dクラスの退学者はゼロ。

 

優しい世界というものがあるのなら。

 

それはきっと、誰かを切り捨てずに済んだ、この小さな一歩の先にある。

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