無差別の技師 〜魔獣に奪われた身体を造り直す〜 作:羊毛ローブ
金属の爪と、アンガードの星鉄製の左腕が激突した。
甲高い音が森を貫き、メタルライガーの前脚が大きく弾かれる。
鉄さえ切り裂く一撃を受け止めたにもかかわらず、黒銀色の左腕には傷一つ付いていない。
だが、メタルライガーは怯まなかった。
着地と同時に地面を蹴り、アンガードの周囲を回り込む。
その巨体からは想像もつかない速さで木々の間を駆け抜け、右側の茂みへ姿を消した。
「右から来るわ!」
ルアンナの声が飛ぶ。
直後、メタルライガーが茂みを突き破った。
振り上げられた前脚が、アンガードの頭部を狙って振り下ろされる。
アンガードは振り返りざまに左腕を掲げた。
再び、金属同士が衝突する。
足元の土が陥没し、周囲へ亀裂が走った。
それでも、アンガードの姿勢は崩れない。
メタルライガーが押し潰そうと前脚へ力を込める中、アンガードは獣の後脚へ視線を向けた。
太く発達した筋肉。
瞬間的な加速を生み出す、強靭な筋繊維。
新しく作るルアンナのMAPに必要な素材だった。
「後脚は傷つけられねぇな」
続いて、開かれた口から覗く二本の牙を見る。
先ほど星鉄へ食らいついても、欠けることのなかった牙。
こちらも、できる限り良好な状態で確保しなければならない。
牙も、後脚も傷つけられない。
攻撃できる場所は限られていた。
アンガードは受け止めていた前脚を外側へ弾いた。
体勢を崩したメタルライガーが、怒りに任せて大きく口を開く。
「また噛みつくつもりか」
アンガードは避けなかった。
むしろ、自ら星鉄製の左腕を獣の口へ差し出した。
牙が黒銀色の腕へ食い込む。
耳障りな音を立てながら表面を滑るが、星鉄を噛み砕くには至らない。
「アンガード様、何を――」
「捕まえた」
アンガードは左腕をさらに押し込み、口が閉じきらないように固定した。
左腕は、あくまで顎を封じるための楔だった。
牙そのものへ余計な力は掛けない。
メタルライガーが首を激しく振り、アンガードを引き倒そうと暴れる。
刃状の体毛が周囲の木々へ触れ、枝や幹を次々と切断した。
アンガードは、その力に逆らわなかった。
引かれるまま一歩踏み込み、右腕を獣の首の付け根へ回す。
メタルライガーが首を振る勢いに合わせ、腰を大きく回転させた。
巨体が地面から浮き上がる。
牙を左腕へ食い込ませたまま、メタルライガーの身体が横向きに投げ出された。
地面へ叩きつけられ、森全体が揺れる。
土煙が舞い上がる中、アンガードは倒れた獣の頭部を押さえ込んだ。
メタルライガーが前脚を振るう。
爪がアンガードの長袖を裂き、その下にある右腕の人工皮膚へ浅い傷を刻んだ。
それでも、アンガードは手を離さない。
「牙も後脚も使うんだ」
左腕で顎を封じたまま、右手を首の付け根へ押し当てる。
「悪いが、そこ以外で死んでくれ」
アンガードは獣の頭部を固定し、胴体を逆方向へ捻り上げた。
鈍い音が響く。
首の骨が、本来曲がらない方向へ折れた。
メタルライガーの前脚が、力なく地面を掻く。
その爪がもう一度持ち上がることはなかった。
巨体から力が抜け、金属の体毛を擦り合わせながら地面へ沈んでいく。
「終わったの?」
クリスの背後から、ミラが恐る恐る顔を覗かせる。
「ああ」
アンガードはメタルライガーの口から左腕を引き抜いた。
唾液を払う。
黒銀色の表面には、やはり傷一つ付いていなかった。
「すごい……」
ミラが目を輝かせながら近づいてくる。
「鉄みたいな牙だったのに、アンガードの腕は何ともないの?」
「こいつは鉄より硬いからな」
アンガードは短く答えると、倒れたメタルライガーの傍らへ膝をついた。
最初に口を開き、二本の牙を確認する。
目立った欠けも、亀裂もない。
続いて後脚へ触れ、筋肉や腱の状態を調べていく。
「どう?」
ルアンナが尋ねた。
「牙も後脚も問題ない。これなら使える」
「では、目的は達成ですね」
「ああ。だが――」
アンガードはメタルライガーの爪を持ち上げた。
爪の間にも、付け根にも、ほかの魔獣の毛や肉片は残っていない。
口内にも血の痕跡はなく、刃状の体毛にも古い傷が見当たらなかった。
「やっぱり、こいつじゃない」
「何が?」
「先に見つけた五頭を殺した奴だ」
先ほど発見した、五頭のブレイドライガーの死骸。
もし、このメタルライガーが群れと戦ったのなら、爪や牙だけでなく、その全身に何らかの痕跡が残るはずだった。
それがない。
それだけではなかった。
「あの五頭の致命傷は、こいつの爪や牙で付いたものじゃない」
アンガードはメタルライガーの太い爪を指でなぞった。
「あの傷はもっと細くて、深かった。硬い体毛を無理やり引き裂いた跡もない。武器で急所だけを狙ってる」
「つまり、人間が倒したのね」
「ああ」
あの死骸に残されていた傷は、無秩序なものではなかった。
牙。
硬質な体毛。
筋肉や腱。
素材として利用できる部位を避けるように、致命傷だけが与えられていた。
さらに、いくつかの部位には、死後に刃物で切り取られた痕跡があった。
必要なものだけを選び、残りはその場へ捨てている。
「ですが、討伐証明の左耳は残されていました」
クリスが言う。
「ええ」
ルアンナも五頭の死骸があった方角へ目を向けた。
「依頼を受けた冒険者なら、素材より先に左耳を回収してもおかしくないわ」
「少なくとも、討伐報酬が目的じゃない」
アンガードは立ち上がり、森の奥を見据えた。
「素材だけが欲しかったんだろうな」
「私たちより先に、この森へ入った人がいるということ?」
「その可能性が高い」
五頭のブレイドライガーを相手に、素材となる部位を傷つけることなく仕留めた人物。
討伐証明には手を付けず、必要な部分だけを正確に切り取っている。
偶然通りかかった冒険者の仕事とは考えにくかった。
「何者でしょうか」
「分からない」
アンガードは森の奥へ視線を向けたまま答えた。
「だが、目的は俺たちと似てるかもしれないな」
その時だった。
「アンガード!」
ルアンナの鋭い声が森に響く。
木々の奥から、四つの影が飛び出してきた。
「ちっ、ブレイドライガーの群れか!」
アンガードはミラの前へ出る。
だが、ブレイドライガーたちは牙を剥くことも、アンガードたちへ狙いを定めることもなかった。
何度も背後を振り返りながら、ただ一心に森の奥から逃げている。
「違います」
クリスがミラを庇いながら言う。
「私たちを襲おうとしているのではありません」
群れを作れば危険度B上位にまで達する魔獣が、何かに怯え、我先にと逃げている。
「何かに追われてる?」
ルアンナが呟く。
しかし、ブレイドライガーたちに周囲を見る余裕はない。
逃走する群れは進路を変えず、そのままアンガードたちへ突っ込んでくる。
「ミラ、クリスの傍から離れるな!」
「うん!」
アンガードが星鉄製左腕を構え、先頭の個体を迎え撃とうとした。
その直前。
「待て待て」
森の奥から、落ち着いた男の声が聞こえた。
「私が相手をしているだろうに、よそ様のところへ迷惑をかけるでない」
木漏れ日の中で、何かが煌めいた。
一本ではない。
四本の投げナイフが、木々の隙間を縫うように飛来する。
先頭を走る個体の眼窩へ一本。
二頭目のこめかみへ一本。
三頭目の顎下から喉へ一本。
方向を変えようとした最後の一頭には、後頭部から一本。
すべての刃が、寸分違わず急所を貫いた。
ブレイドライガーたちは走っていた勢いのまま数歩進み、次々と地面へ崩れ落ちる。
一頭として、アンガードたちへ届くことはなかった。
「四頭を、一度に……」
クリスが驚きを隠さず、倒れた魔獣たちを見回す。
森の奥から、ゆっくりと足音が近づいてきた。
「ふむ」
声の主は倒れたブレイドライガーへ近づくと、その眼窩から投げナイフを引き抜いた。
「素材は鮮度を優先して確保したい。急所を外して長く暴れられるのも、よろしくないからな」
刃に付着した血を布で拭い、腰の鞘へ戻す。
長身の男だった。
逃げるブレイドライガーの群れを追っていたとは思えないほど、その足取りにも呼吸にも乱れがない。
アンガードは、その声を知っていた。
「この声、まさか……」
男が顔を上げる。
「む?」
アンガードを見つけると、僅かに目を見開いた。
「アンガードか。こんなところで奇遇であるな」
アンガードは男の姿を確認すると、納得したように息を吐いた。
「やっぱり、エルヴィス兄さんか」
エルヴィス・アルテリア。
アンガードと同じ師によりその技術を学んだ技師であり、アンガードにとっては兄弟子にあたり、現存するMAP技師の一人でもある。
その技師としての異名は、《
アンガードは、エルヴィスが仕留めた四頭へ視線を移した。
いずれも、牙や脚といった素材になり得る部位には傷が付いていない。
「先に見つけた五頭も、兄さんが?」
「うむ」
エルヴィスは悪びれる様子もなく頷いた。
「必要な素材を少々、頂いただけである」
アンガードたちより先に森へ入り、五頭のブレイドライガーを仕留めた人物。
探していた先客は、アンガードの兄弟子であり、5番目の技師であった。