無差別の技師 〜魔獣に奪われた身体を造り直す〜   作:羊毛ローブ

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11話『技師と技師』

 

 

 金属の爪と、アンガードの星鉄製の左腕が激突した。

 

 甲高い音が森を貫き、メタルライガーの前脚が大きく弾かれる。

 

 鉄さえ切り裂く一撃を受け止めたにもかかわらず、黒銀色の左腕には傷一つ付いていない。

 

 だが、メタルライガーは怯まなかった。

 

 着地と同時に地面を蹴り、アンガードの周囲を回り込む。

 

 その巨体からは想像もつかない速さで木々の間を駆け抜け、右側の茂みへ姿を消した。

 

「右から来るわ!」

 

 ルアンナの声が飛ぶ。

 

 直後、メタルライガーが茂みを突き破った。

 

 振り上げられた前脚が、アンガードの頭部を狙って振り下ろされる。

 

 アンガードは振り返りざまに左腕を掲げた。

 

 再び、金属同士が衝突する。

 

 足元の土が陥没し、周囲へ亀裂が走った。

 

 それでも、アンガードの姿勢は崩れない。

 

 メタルライガーが押し潰そうと前脚へ力を込める中、アンガードは獣の後脚へ視線を向けた。

 

 太く発達した筋肉。

 

 瞬間的な加速を生み出す、強靭な筋繊維。

 

 新しく作るルアンナのMAPに必要な素材だった。

 

「後脚は傷つけられねぇな」

 

 続いて、開かれた口から覗く二本の牙を見る。

 

 先ほど星鉄へ食らいついても、欠けることのなかった牙。

 

 こちらも、できる限り良好な状態で確保しなければならない。

 

 牙も、後脚も傷つけられない。

 

 攻撃できる場所は限られていた。

 

 アンガードは受け止めていた前脚を外側へ弾いた。

 

 体勢を崩したメタルライガーが、怒りに任せて大きく口を開く。

 

「また噛みつくつもりか」

 

 アンガードは避けなかった。

 

 むしろ、自ら星鉄製の左腕を獣の口へ差し出した。

 

 牙が黒銀色の腕へ食い込む。

 

 耳障りな音を立てながら表面を滑るが、星鉄を噛み砕くには至らない。

 

「アンガード様、何を――」

 

「捕まえた」

 

 アンガードは左腕をさらに押し込み、口が閉じきらないように固定した。

 

 左腕は、あくまで顎を封じるための楔だった。

 

 牙そのものへ余計な力は掛けない。

 

 メタルライガーが首を激しく振り、アンガードを引き倒そうと暴れる。

 

 刃状の体毛が周囲の木々へ触れ、枝や幹を次々と切断した。

 

 アンガードは、その力に逆らわなかった。

 

 引かれるまま一歩踏み込み、右腕を獣の首の付け根へ回す。

 

 メタルライガーが首を振る勢いに合わせ、腰を大きく回転させた。

 

 巨体が地面から浮き上がる。

 

 牙を左腕へ食い込ませたまま、メタルライガーの身体が横向きに投げ出された。

 

 地面へ叩きつけられ、森全体が揺れる。

 

 土煙が舞い上がる中、アンガードは倒れた獣の頭部を押さえ込んだ。

 

 メタルライガーが前脚を振るう。

 

 爪がアンガードの長袖を裂き、その下にある右腕の人工皮膚へ浅い傷を刻んだ。

 

 それでも、アンガードは手を離さない。

 

「牙も後脚も使うんだ」

 

 左腕で顎を封じたまま、右手を首の付け根へ押し当てる。

 

「悪いが、そこ以外で死んでくれ」

 

 アンガードは獣の頭部を固定し、胴体を逆方向へ捻り上げた。

 

 鈍い音が響く。

 

 首の骨が、本来曲がらない方向へ折れた。

 

 メタルライガーの前脚が、力なく地面を掻く。

 

 その爪がもう一度持ち上がることはなかった。

 

 巨体から力が抜け、金属の体毛を擦り合わせながら地面へ沈んでいく。

 

「終わったの?」

 

 クリスの背後から、ミラが恐る恐る顔を覗かせる。

 

「ああ」

 

 アンガードはメタルライガーの口から左腕を引き抜いた。

 

 唾液を払う。

 

 黒銀色の表面には、やはり傷一つ付いていなかった。

 

「すごい……」

 

 ミラが目を輝かせながら近づいてくる。

 

「鉄みたいな牙だったのに、アンガードの腕は何ともないの?」

 

「こいつは鉄より硬いからな」

 

 アンガードは短く答えると、倒れたメタルライガーの傍らへ膝をついた。

 

 最初に口を開き、二本の牙を確認する。

 

 目立った欠けも、亀裂もない。

 

 続いて後脚へ触れ、筋肉や腱の状態を調べていく。

 

「どう?」

 

 ルアンナが尋ねた。

 

「牙も後脚も問題ない。これなら使える」

 

「では、目的は達成ですね」

 

「ああ。だが――」

 

 アンガードはメタルライガーの爪を持ち上げた。

 

 爪の間にも、付け根にも、ほかの魔獣の毛や肉片は残っていない。

 

 口内にも血の痕跡はなく、刃状の体毛にも古い傷が見当たらなかった。

 

「やっぱり、こいつじゃない」

 

「何が?」

 

「先に見つけた五頭を殺した奴だ」

 

 先ほど発見した、五頭のブレイドライガーの死骸。

 

 もし、このメタルライガーが群れと戦ったのなら、爪や牙だけでなく、その全身に何らかの痕跡が残るはずだった。

 

 それがない。

 

 それだけではなかった。

 

「あの五頭の致命傷は、こいつの爪や牙で付いたものじゃない」

 

 アンガードはメタルライガーの太い爪を指でなぞった。

 

「あの傷はもっと細くて、深かった。硬い体毛を無理やり引き裂いた跡もない。武器で急所だけを狙ってる」

 

「つまり、人間が倒したのね」

 

「ああ」

 

 あの死骸に残されていた傷は、無秩序なものではなかった。

 

 牙。

 

 硬質な体毛。

 

 筋肉や腱。

 

 素材として利用できる部位を避けるように、致命傷だけが与えられていた。

 

 さらに、いくつかの部位には、死後に刃物で切り取られた痕跡があった。

 

 必要なものだけを選び、残りはその場へ捨てている。

 

「ですが、討伐証明の左耳は残されていました」

 

 クリスが言う。

 

「ええ」

 

 ルアンナも五頭の死骸があった方角へ目を向けた。

 

「依頼を受けた冒険者なら、素材より先に左耳を回収してもおかしくないわ」

 

「少なくとも、討伐報酬が目的じゃない」

 

 アンガードは立ち上がり、森の奥を見据えた。

 

「素材だけが欲しかったんだろうな」

 

「私たちより先に、この森へ入った人がいるということ?」

 

「その可能性が高い」

 

 五頭のブレイドライガーを相手に、素材となる部位を傷つけることなく仕留めた人物。

 

 討伐証明には手を付けず、必要な部分だけを正確に切り取っている。

 

 偶然通りかかった冒険者の仕事とは考えにくかった。

 

「何者でしょうか」

 

「分からない」

 

 アンガードは森の奥へ視線を向けたまま答えた。

 

「だが、目的は俺たちと似てるかもしれないな」

 

 その時だった。

 

「アンガード!」

 

 ルアンナの鋭い声が森に響く。

 

 木々の奥から、四つの影が飛び出してきた。

 

「ちっ、ブレイドライガーの群れか!」

 

 アンガードはミラの前へ出る。

 

 だが、ブレイドライガーたちは牙を剥くことも、アンガードたちへ狙いを定めることもなかった。

 

 何度も背後を振り返りながら、ただ一心に森の奥から逃げている。

 

「違います」

 

 クリスがミラを庇いながら言う。

 

「私たちを襲おうとしているのではありません」

 

 群れを作れば危険度B上位にまで達する魔獣が、何かに怯え、我先にと逃げている。

 

「何かに追われてる?」

 

 ルアンナが呟く。

 

 しかし、ブレイドライガーたちに周囲を見る余裕はない。

 

 逃走する群れは進路を変えず、そのままアンガードたちへ突っ込んでくる。

 

「ミラ、クリスの傍から離れるな!」

 

「うん!」

 

 アンガードが星鉄製左腕を構え、先頭の個体を迎え撃とうとした。

 

 その直前。

 

「待て待て」

 

 森の奥から、落ち着いた男の声が聞こえた。

 

「私が相手をしているだろうに、よそ様のところへ迷惑をかけるでない」

 

 木漏れ日の中で、何かが煌めいた。

 

 一本ではない。

 

 四本の投げナイフが、木々の隙間を縫うように飛来する。

 

 先頭を走る個体の眼窩へ一本。

 

 二頭目のこめかみへ一本。

 

 三頭目の顎下から喉へ一本。

 

 方向を変えようとした最後の一頭には、後頭部から一本。

 

 すべての刃が、寸分違わず急所を貫いた。

 

 ブレイドライガーたちは走っていた勢いのまま数歩進み、次々と地面へ崩れ落ちる。

 

 一頭として、アンガードたちへ届くことはなかった。

 

「四頭を、一度に……」

 

 クリスが驚きを隠さず、倒れた魔獣たちを見回す。

 

 森の奥から、ゆっくりと足音が近づいてきた。

 

「ふむ」

 

 声の主は倒れたブレイドライガーへ近づくと、その眼窩から投げナイフを引き抜いた。

 

「素材は鮮度を優先して確保したい。急所を外して長く暴れられるのも、よろしくないからな」

 

 刃に付着した血を布で拭い、腰の鞘へ戻す。

 

 長身の男だった。

 

 逃げるブレイドライガーの群れを追っていたとは思えないほど、その足取りにも呼吸にも乱れがない。

 

 アンガードは、その声を知っていた。

 

「この声、まさか……」

 

 男が顔を上げる。

 

「む?」

 

 アンガードを見つけると、僅かに目を見開いた。

 

「アンガードか。こんなところで奇遇であるな」

 

 アンガードは男の姿を確認すると、納得したように息を吐いた。

 

「やっぱり、エルヴィス兄さんか」

 

 エルヴィス・アルテリア。

 

 アンガードと同じ師によりその技術を学んだ技師であり、アンガードにとっては兄弟子にあたり、現存するMAP技師の一人でもある。

 

 その技師としての異名は、《千万無量(インヌメラビリス)

 

 アンガードは、エルヴィスが仕留めた四頭へ視線を移した。

 

 いずれも、牙や脚といった素材になり得る部位には傷が付いていない。

 

「先に見つけた五頭も、兄さんが?」

 

「うむ」

 

 エルヴィスは悪びれる様子もなく頷いた。

 

「必要な素材を少々、頂いただけである」

 

 アンガードたちより先に森へ入り、五頭のブレイドライガーを仕留めた人物。

 

 探していた先客は、アンガードの兄弟子であり、5番目の技師であった。

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