無差別の技師 〜魔獣に奪われた身体を造り直す〜   作:羊毛ローブ

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12話『千万無量』

 

 MAP技師

 

 

 

 正式には、Membrum(メンブルム) Artificiale(アルティフィキアーレ) Perfectum(ペルフェクトゥム)技術保有者。

 

 失われた身体を、生身とほとんど変わらない姿と機能で造り直す技術者。

 

 その技術は、およそ三百年前、一人の森人の女性によって生み出されたと伝えられている。

 

 以来、数え切れないほどの技術者たちが研究を重ね、七つの系統へと分かれた技術を発展させてきた。

 

 しかし、その全てを修め、MAP技師の名を許された者が現れたのは、長い歴史の中でもここ数十年に限られる。

 

 現在、その名を持つ者は、わずか七名。

 

 彼らには、技術と思想の在り方を示す、固有の技師名が与えられている。

 

 アンガード・インディスクレータは、《無差別(パリタス)

 

 エルヴィス・アルテリアは、《千万無量(インヌメラビリス)

 

 カーナ・クティスは、《装飾(エクソルナ)

 

 その七名の中でも、世間に最も広く名を知られているMAP技師が、エルヴィスだった。

 

 彼が掲げる思想は、単純である。

 

 誰にでも扱えるものを、誰にでも届く形で造る。

 

 一人の装着者に合わせて全てを造り込むのではなく、部品の規格を揃え、必要に応じて組み替えられる構造を採用する。

 

 同じ部品を複数のMAPへ流用できるため、製造に必要な時間と費用も抑えられる。

 

 完全な専用品には及ばない。

 

 それでも、生身と同じように歩き、物を掴み、日常を送るには充分な性能を備えている。

 

 エルヴィスのMAPによって身体を取り戻した者は、他の技師が手掛けた数とは比較にならないほど多い。

 

 腰近くまで伸びた黒髪。

 

 その毛先には、隠れるように金色が混じっている。

 

 細身ではあるが、身体は無駄なく鍛えられていた。

 

 そして、相手の内側まで見透かすかのような蒼い瞳。

 

 エルヴィス・アルテリア。

 

 アンガードと同じ師の下で技術を学んだ、五番目の弟子だった。

 

 

「やっぱり、兄さんだったか」

 

 アンガードが、投げナイフを手にした男を見上げる。

 

「久しいな、アンガード。以前会ったのは――」

 

 言葉の途中で、エルヴィスが森の奥へ顔を向けた。

 

「どうやら、再会を喜んでいる暇はなさそうであるな」

 

 遅れて、アンガードたちの耳にも音が届く。

 

 枝が折れる音。

 

 硬いものが木の幹を擦る音。

 

 そして、地面を蹴る無数の足音。

 

 先ほど逃げてきた群れよりも多い。

 

「まだいるのか?」

 

「先ほどの個体で最後ではない。数が多かったため、いくつかの群れに分かれたようである」

 

 エルヴィスは投げナイフに付着していた血を払い、指の間で回した。

 

「もっとも、こちらへ逃げてくるとは思っていなかったが」

 

「私たちがいると分かって、進路を変えたんじゃない?」

 

 ルアンナが腰を落とす。

 

 直後、木々の隙間から一頭のブレイドライガーが飛び出した。

 

 続けて、二頭、三頭。

 

 硬質な体毛が枝を切り落とし、刃物同士を擦り合わせるような音を鳴らす。

 

 現れたのは、十頭を超える群れだった。

 

「ミラ、下がってろ」

 

「うん」

 

 ミラがクリスの背後へ入る。

 

「ルーフェ」

 

『分かってる』

 

 クリスの周囲に青い炎が灯り、翼の形となって左右へ広がった。

 

 エルヴィスも両手に投げナイフを構える。

 

「私が追っていた群れだ。こちらで処理しよう」

 

「一人で全部やるつもりか?」

 

「問題はない」

 

 エルヴィスの手から、三本の投げナイフが放たれた。

 

 木々の隙間を縫い、互いに異なる軌道を描いて飛ぶ。

 

 一頭目の眼窩。

 

 二頭目の喉。

 

 三頭目の口内。

 

 三本の刃が、ほぼ同時に急所へ突き刺さった。

 

 三頭のブレイドライガーが勢いを失い、地面を滑りながら倒れる。

 

 後続の群れが、その死骸を避けるように左右へ分かれた。

 

「回り込みます!」

 

 クリスが声を上げる。

 

 アンガードは右側へ走り、ルアンナは左から回り込もうとする群れの前へ出た。

 

「ルアンナ、無理に力を出すなよ!」

 

「分かっているわ!」

 

 返事をしながら、ルアンナは迫る前脚を半歩横へ動いてかわす。

 

 擦れ違いざまに、ブレイドライガーの胴体へ左の掌を触れさせた。

 

「《直撃(ダイレクト)》」

 

 力を込めたようには見えなかった。

 

 次の瞬間、ブレイドライガーの体内で衝撃が弾ける。

 

 巨体が横向きに吹き飛び、後ろから迫っていた二頭を巻き込んで地面へ転がった。

 

 さらに一頭が、倒れた仲間を飛び越えてルアンナへ襲いかかる。

 

 ルアンナは左足を軸に身体を回転させ、右脚を振り上げた。

 

 顎を蹴り抜かれたブレイドライガーが宙で一回転し、背中から地面へ叩きつけられる。

 

「やはり、随分と動きが鈍いな」

 

 投げナイフを放ちながら、エルヴィスが呟いた。

 

「以前、一度だけ本気に近い動きを見たことがあるが、今とはまるで別人であった」

 

「本人の問題じゃない」

 

 アンガードはブレイドライガーの爪を左腕で受け止め、その前脚を押し返した。

 

「見れば分かる。MAPが本来の出力を抑えているのであろう」

 

 エルヴィスは、一目見ただけでルアンナの状態を見抜いていた。

 

 その間にも新たな投げナイフが放たれ、アンガードへ飛びかかろうとしていた一頭の喉を射抜く。

 

 アンガードは別の一頭の前脚を掴むと、身体を捻り、その巨体を地面へ叩きつけた。

 

 残る個体は四頭。

 

 そのうち二頭が、正面で戦う三人から大きく離れた。

 

 一頭はクリスへ。

 

 もう一頭は、その背後にいるミラへ。

 

「そっちは――」

 

 アンガードが声を上げる。

 

 クリスも狙いに気づき、青い炎を展開した。

 

 だが、その瞬間、横から飛びかかった一頭が、炎を突き破るように前脚を振り下ろした。

 

「くっ……!」

 

 クリスが炎を集中させ、その一撃を受け止める。

 

 もう一頭がミラへ向かっていることには気づいていた。

 

 それでも、目の前の個体を止めなければ、自分だけでなく、その背後にいるミラまで同時に襲われる。

 

『こっちは俺が止める!』

 

 ルーフェの翼がクリスとブレイドライガーの間へ割り込み、青い炎が獣の全身を包んだ。

 

 しかし、ミラへ向かった個体は止まらない。

 

 アンガードとエルヴィスも、それぞれ別の個体に進路を阻まれていた。

 

 間に合わない。

 

「ミラ!」

 

 ルアンナが左足を踏み込んだ。

 

 左脚のMAP内部で、筋繊維が軋む。

 

 アンガードから無理をするなと言われたばかりだった。

 

 現在のMAPは、ルアンナの身体能力に耐えられない。

 

 安全制御が、送られた信号を抑えようとする。

 

 それでは届かない。

 

 ルアンナは制御を押し切り、さらに強い信号を送り込んだ。

 

 左足の下で地面が陥没する。

 

 ルアンナの姿が、その場から消えた。

 

 次の瞬間には、ミラとブレイドライガーの間へ立っている。

 

「触らせないわ」

 

 振り下ろされた前脚を右腕で外側へ受け流す。

 

 同時に左足を深く踏み込み、腰を落とした。

 

 加速に耐え切れなかった左脚の内部で、筋繊維の一部が断裂する。

 

 それでも、ルアンナは止まらない。

 

 左の掌を、ブレイドライガーの胸部へ押し当てた。

 

 《直撃》でも傷は負わせられる。

 

 だが、勢いを殺し切れなければ、その爪がミラへ届く。

 

 確実に、ここで止める。

 

 ルアンナは衝撃を一点へ集め、相手の内側へ送り込んだ。

 

 反動を受け止めるため、踏み込んだ左脚へさらに負荷が集中する。

 

「《撃滅(バースト)》!」

 

 腹の底へ響くような破裂音が鳴った。

 

 凝縮された衝撃が硬質な体毛を通り抜け、ブレイドライガーの体内で炸裂する。

 

 巨体が地面から浮き上がり、背後の木へ叩きつけられた。

 

 太い幹に亀裂が走る。

 

 ブレイドライガーはその場へ崩れ落ち、二度と動かなかった。

 

「ルアンナ!」

 

 ミラは守られた。

 

 だが、ルアンナはその場から動かなかった。

 

 左足を地面へ着けたまま、僅かに身体を揺らしている。

 

「ルアンナ様?」

 

 クリスが近づこうとした直後、左脚の内部から小さな破裂音が鳴った。

 

 膝から下が、力を失ったように折れる。

 

「っ……」

 

 ルアンナの身体が傾く。

 

 アンガードが駆け寄り、倒れる前に肩を支えた。

 

「左脚か?」

 

「ええ。急に、動かなくなったわ」

 

「信号を送るな」

 

 アンガードはルアンナを地面へ座らせると、すぐに左脚MAPの状態を確認した。

 

 外皮に目立った損傷はない。

 

 だが、膝下へ触れながら動作信号を確かめても、内部から返ってくるはずの反応が途中で途切れている。

 

「内部の筋繊維が断裂してる。骨格も少し歪んでるな」

 

「直せる?」

 

「工房へ戻ればな。だが、ここじゃ無理だ」

 

 アンガードは受容基部へ触れ、異常が及んでいないことを確かめた。

 

「安全機構が動作を止めてくれた。これ以上信号を送らなければ、受容基部までは傷めずに済む」

 

「ごめんなさい」

 

「謝るな」

 

 アンガードが周囲へ視線を向ける。

 

 残っていたブレイドライガーは、既にエルヴィスとクリスによって仕留められていた。

 

「ミラを守るには、あれしかなかった」

 

「でも、言われたばかりだったのに」

 

「だからって、見捨てられるわけないだろ」

 

 ミラがルアンナの傍へ駆け寄る。

 

「ルアンナお姉ちゃん、ごめんなさい。ミラのせいで……」

 

「ミラのせいじゃないわ」

 

 ルアンナは少女の頭を撫でた。

 

「守りたいと思って、私が勝手に動いただけよ」

 

「いいえ」

 

 僅かに震える声が、その言葉を遮った。

 

 クリスがルアンナの前で膝をつく。

 

 その顔は俯き、両手は強く握り締められていた。

 

「私の責任です」

 

「クリス?」

 

「ミラさんを守る役目は、私が引き受けていました」

 

 クリスは顔を上げられないまま、言葉を続ける。

 

「それなのに、一頭を止めることしかできなかった。もう一頭がミラさんへ向かっていることにも気づいていながら、私は動けませんでした」

 

『クリス……』

 

 ルーフェの声にも、いつもの強さはなかった。

 

『俺が、あいつをもっと早く止めていれば』

 

「ルーフェのせいではありません。判断したのは私です」

 

 クリスは首を横へ振った。

 

「私が守り切れなかったから、ルアンナ様が無理をすることになった。そのせいで、MAPまで壊れてしまった」

 

 握り締めた指先が、白くなる。

 

「申し訳ありません」

 

 クリスは深く頭を下げた。

 

 ルアンナは困ったように眉を下げ、その頭へ手を伸ばす。

 

「顔を上げて、クリス」

 

「ですが――」

 

「あなたは一頭を止めていたでしょう」

 

「それは、当然のことです」

 

「その当然をしてくれたから、私はミラのところへ行けたのよ」

 

 クリスが、僅かに顔を上げる。

 

「あの一頭まで残っていたら、私はミラに追いつく前に足止めされていたかもしれない。そうなれば、今度こそ間に合わなかったわ」

 

「しかし、ルアンナ様のMAPは……」

 

「壊したのは私よ」

 

 ルアンナは、自分の左脚へ目を落とした。

 

「使える出力を超えていると分かった上で、私が信号を送り込んだ。あなたが壊したわけじゃないわ」

 

「でも、私が守れていれば、使う必要はありませんでした」

 

「それを言い始めたら、きりがない」

 

 アンガードが、左脚MAPを調べながら口を挟んだ。

 

「クリスがあの一頭を止めてなければ、ルアンナは二頭を相手にしながらミラを守ることになってた。俺も兄さんも、すぐには動けなかった」

 

 アンガードは一度だけクリスへ目を向ける。

 

「お前が失敗したから壊れたんじゃない。全員が自分の前にいた敵を止めた。その上で、最後にルアンナが届いたんだ」

 

「……ですが」

 

「クリス」

 

 ルアンナが、クリスの頬へ手を添えた。

 

 俯いていた顔を、静かに持ち上げさせる。

 

「守り切れなかったんじゃないわ」

 

 ルアンナは、不安そうに見つめているミラへ視線を移した。

 

「私たちで、この子を守ったのよ」

 

 ミラがクリスの服の袖を掴む。

 

「クリスお姉ちゃんも、ミラを守ってくれたよ」

 

「ミラさん……」

 

「青い炎で、怖いのを止めてくれたもん」

 

 クリスは何かを言おうとして、唇を僅かに動かした。

 

 だが、言葉は出てこなかった。

 

 代わりに、ミラの小さな手を両手で包み込む。

 

「……無事で、本当によかったです」

 

「うん」

 

 ミラが頷く。

 

 クリスは安堵したように目を伏せた。

 

 それでも、ルアンナの壊れた左脚へ向けられる視線から、申し訳なさが完全に消えたわけではなかった。

 

 ルアンナはそれ以上何も言わず、クリスの頭を一度だけ撫でる。

 

「しかし、これでは移動が難しいな」

 

 エルヴィスが、倒れたブレイドライガーから投げナイフを回収しながら近づいてきた。

 

 ルアンナの左脚を一目見ると、その場へ膝をつく。

 

「少し見せてもらっても?」

 

「ええ」

 

 エルヴィスは外皮の上から骨格の歪みを確かめ、膝下の数か所へ順番に触れた。

 

「筋繊維の断裂に、内部骨格の変形。安全機構が動作を停止させ、損傷が受容基部へ及ぶのを防いだか」

 

「見ただけで分かるのか?」

 

「触れてもいる」

 

「そういう意味じゃねぇよ」

 

「お前の診断と同じだ。少なくとも、この場で応急処置を施し、再び動かせる状態ではない」

 

 エルヴィスは立ち上がると、自分の左脚へ目を落とした。

 

「ルアンナ嬢の欠損は、左膝下からであるな」

 

「ああ」

 

「ならば、私のものを使うといい」

 

 ルアンナが瞬きをする。

 

「あなたのもの?」

 

「脚部MAPだ」

 

 エルヴィスは、当然のことを口にするように答えた。

 

「待ってちょうだい」

 

 ルアンナの視線が、エルヴィスの左脚へ向けられる。

 

「それを私に貸したら、あなたの脚がなくなるでしょう?」

 

「心配は無用である」

 

 エルヴィスは近くの岩へ腰を下ろした。

 

 服を股関節近くまで捲り、左脚の付け根へ手を掛ける。

 

 そこにあったのは、生身の皮膚ではない。

 

 金属製の受容基部と、脚部MAPを固定する接続機構だった。

 

 エルヴィスが固定具を一つずつ解除していく。

 

 小さな金属音が続き、最後の留め具が外れた。

 

「アンガード。少し持っていてくれ」

 

「兄さん、それを外すなら先に言え」

 

「言ったであろう。私のものを使えと」

 

「そういう意味だとは思わないだろ」

 

 エルヴィスが、自身の左脚部MAPを股関節から丸ごと外した。

 

 股関節から爪先までを備えた、完全な左脚がアンガードへ渡される。

 

 外見は簡素だった。

 

 目立った装飾はなく、複雑な曲線も使われていない。

 

 だが、部品の一つ一つが規則的に配置され、分解と交換を前提とした無駄のない構造をしていた。

 

「エルヴィス様……」

 

 クリスが、左脚を失ったエルヴィスを見つめる。

 

 ルアンナも言葉を失っていた。

 

 エルヴィスは右脚だけで岩へ腰を下ろしたまま、一度深く息を吸った。

 

 そして、ゆっくりと吐き出す。

 

「さて」

 

 露出した左の股関節周辺が、僅かに脈打った。

 

 次の瞬間、受容基部の内側から白い骨が伸び始める。

 

「え……?」

 

 ミラが目を見開いた。

 

 伸びていく骨へ、赤い筋繊維が糸を編むように絡みつく。

 

 その隙間を血管と神経が走り、再生した肉の表面を新しい皮膚が覆っていった。

 

 太腿。

 

 膝。

 

 脛。

 

 足首。

 

 そして、五本の指。

 

 再生した組織が受容基部を内側から押し出し、固定されていた金属部品が次々と外れていく。

 

 エルヴィスがもう一度息を吐いた時には、失われていたはずの左脚が完全に再生していた。

 

 生まれたばかりの脚を地面へ下ろし、足首を軽く回す。

 

「これで問題ない」

 

 それだけ言うと、エルヴィスは再生した脚への興味を失ったように、ルアンナの壊れたMAPへ視線を戻した。

 

「問題しかないように見えるのだけれど……」

 

 ルアンナが呟く。

 

「エルヴィス兄さんは、吸血鬼族(ヴァンピール)だ」

 

 アンガードが説明する。

 

「吸血鬼族なら、脚がなくなっても生やせるの?」

 

 ミラが尋ねた。

 

「再生自体は珍しくない。ただ、誰でも兄さんと同じ速さで再生できるわけじゃない。兄さんの再生能力が異常に高いんだ」

 

「異常とは失礼であるな」

 

「褒めてる」

 

「ならばよい」

 

 ミラは再生した脚と、アンガードが抱えている脚部MAPを交互に見る。

 

「でも、生やせるなら、どうしてMAPを付けてたの?」

 

「試験のためだ」

 

 エルヴィスは事もなげに答えた。

 

「自分で使ったこともないものを、誰にでも使えると称するほど、私は厚顔ではない」

 

「自分の脚を外して試すの?」

 

「装着時の違和感も、信号の遅れも、歩行中の僅かなずれも、実際に使うのが最も早く分かる」

 

 エルヴィスがアンガードへ手を差し出した。

 

「先に、壊れた方を見せてくれ」

 

 アンガードはルアンナの左脚MAPを受容基部から慎重に外し、エルヴィスへ渡した。

 

 エルヴィスは外皮の一部を開き、露出した内部構造を観察する。

 

 骨格の長さ。

 

 接続規格。

 

 信号の受信強度。

 

 足首の可動域。

 

 安全機構の設定値。

 

 短い時間で一つずつ確認すると、今度は自分が装着していた脚部MAPを手に取った。

 

 側面の固定具を外し、内部構造を露出させる。

 

 まず、股関節用の接続部を取り外す。

 

 続いて、大腿部の骨格ユニットを分離する。

 

 さらに膝関節用のジョイントを外し、脛から爪先までの膝下部分だけを残した。

 

「その脚、そこまで分解できるのね」

 

「量産を前提とするならば、交換と調整が容易でなくてはならない」

 

 エルヴィスは二本のMAPを並べる。

 

 ルアンナの壊れた左脚を基準に、膝下部分の長さを数段階縮めた。

 

 膝下側の接続部品を取り替え、ルアンナの受容基部に合う規格へ切り替える。

 

 足首の角度。

 

 接地時の重心。

 

 信号の受信強度。

 

 出力上限。

 

 側面に設けられた調整機構を動かし、一つずつ設定を変更していく。

 

「専用品ではないのでしょう?」

 

 クリスが尋ねる。

 

「そうだ」

 

「それでも、ルアンナ様が使えるのですか?」

 

「歩く程度であれば、何の問題もない」

 

 エルヴィスの手は止まらない。

 

「装着者に合わせ、接続位置、長さ、信号強度、出力上限を一定範囲で変更できる。完全な専用品ほど身体能力を引き出すことはできないが、歩行や日常生活には充分である」

 

「戦闘では?」

 

「一般的な戦闘であれば支障はない」

 

 エルヴィスがルアンナへ目を向ける。

 

「もっとも、ルアンナ嬢の戦い方を一般的と呼ぶつもりはない。先ほどのような出力を使えば、これも長くは保たないであろうな」

 

「気をつけるわ」

 

「そうするといい。これは私の試験用だ。壊されては困る」

 

「貸してくれるのに、随分な言い方ね」

 

「貸すからこそ言っている」

 

 調整を終えたエルヴィスが、膝下だけになったMAPをアンガードへ差し出した。

 

「接続規格と信号強度は合わせた。最終的な装着は、お前が行え」

 

「兄さんが付けないのか?」

 

「彼女の身体と信号を、最も理解しているのはお前であろう」

 

 アンガードは、差し出されたMAPを受け取った。

 

 軽い。

 

 自分が造ったものよりも、部品の数は少ない。

 

 それでいて、必要な機能は失われていない。

 

 設計思想そのものが違う。

 

 アンガードが造るのは、装着者一人の身体へ限界まで合わせ込むMAPだ。

 

 骨格の長さ。

 

 筋繊維の収縮。

 

 信号の癖。

 

 日常の何気ない動作まで読み取り、その人物が失う前に持っていた身体そのものを再現する。

 

 対して、エルヴィスのMAPは違う。

 

 一人だけの身体を完全に再現するものではない。

 

 部品を交換し、長さと信号を調整することで、規格の合う多くの装着者へ対応する。

 

 誰か一人だけのために造られた脚ではない。

 

 誰にでも使えるよう、最初から考え抜かれた脚だった。

 

「少し借ります」

 

「最初から、そのつもりで渡している」

 

 アンガードはルアンナの受容基部に損傷がないことを改めて確認し、エルヴィスから受け取った膝下用MAPを接続する。

 

「最初は動かすなよ」

 

「分かったわ」

 

 結合芯を固定する。

 

 接続部を安定させ、信号の伝達状態を確認する。

 

 僅かな遅れはある。

 

 信号を送ってから反応するまでの間に、ルアンナのMAPにはなかった小さな空白が生じている。

 

 それでも、接続そのものに問題はない。

 

「足の指を動かすつもりで、足先へ信号を送れ」

 

 ルアンナが意識を集中させる。

 

 借り物の足先が、僅かに動いた。

 

 続いて、足首がゆっくりと曲がる。

 

「動いた……」

 

「今度は膝を伸ばせ。ただし、まだ立つな」

 

 ルアンナがゆっくりと膝を伸ばす。

 

 エルヴィスのMAPは、僅かな戸惑いこそあったものの、ルアンナの信号へ素直に反応した。

 

「専用品ではないのに」

 

「それが兄さんの技術だ」

 

 アンガードが答える。

 

 エルヴィスは、誰か一人のために完璧な一本を造るのではない。

 

 同じ構造を、多くの者が使えるように整える。

 

 欠損の位置が違えば、部品を外す。

 

 身体の大きさが違えば、長さを変える。

 

 信号が強ければ抑え、弱ければ拾い上げる。

 

 一つのMAPが、装着者に合わせて無数の形へ変わる。

 

 千人に。

 

 万人に。

 

 数え切れないほど多くの者へ届くように。

 

 それが、《千万無量》と呼ばれる技師の技術だった。

 

「立ってみろ」

 

 アンガードが手を差し出す。

 

 ルアンナはその手を取り、ゆっくりと身体を起こした。

 

 借り物の左足が地面へ着く。

 

 最初の一歩には、僅かなぎこちなさがあった。

 

 足裏から返ってくる感覚も、いつものMAPとは異なっている。

 

 それでも、二歩、三歩と進むうちに、動きは徐々に滑らかになっていった。

 

「本当に歩けるわ」

 

「当然である」

 

 エルヴィスは再生した左脚で立ち上がり、何事もなかったように答えた。

 

「一人にしか使えないのであれば、数を造る意味がないからな」

 

 ルアンナは、借りた左脚へ視線を落とす。

 

 自分の身体として造られたものではない。

 

 いつものように動けるわけでもない。

 

 それでも、歩ける。

 

 必要であれば、戦うことさえできる。

 

 アンガードは、その構造を静かに見つめていた。

 

「相変わらず、兄さんらしいな」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

 アンガードは、再生したエルヴィスの左脚へ目を向けた。

 

「でも兄さん、生身の脚を再生させたなら、股関節の受容基部も使い物にならなくなっただろ」

 

「ああ」

 

「次に脚部MAPを試す時は、受容基部から造り直すことになるぞ」

 

 エルヴィスは、何を今さらというように首を傾げた。

 

「なに。受容基部を一から造り直すのも、試験の一部である」

 

「そう言うと思ったよ」

 

 エルヴィスは、森に横たわるブレイドライガーの群れへ振り返った。

 

「さて、再会の挨拶も、脚の交換も済んだ」

 

 死骸の向こうに続く森の奥を見つめ、言葉を続ける。

 

「互いに、ここへ来た理由を話すとしようか」




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