無差別の技師 〜魔獣に奪われた身体を造り直す〜 作:羊毛ローブ
「私がここへ来た理由は、この群れである」
エルヴィスは、森に横たわるブレイドライガーたちへ視線を向けた。
「正確には、こいつらから採取できる素材だ。新作のMAPへ利用できるか、確かめに来たのである」
「新作?」
アンガードが尋ねる。
「ああ。ブレイドライガーの筋繊維は、瞬間的な収縮と復元に優れている。適切に加工できれば、駆動部の補助材として利用できる可能性がある」
エルヴィスは再生した左脚で、何事もなかったように死骸へ歩み寄った。
その傍らへ膝をつき、細身の刃を取り出す。
硬質な体毛を避け、筋肉と骨の間へ刃先を滑らせる手つきには、僅かな迷いもない。
「随分と数が必要なのね」
ルアンナが周囲を見回す。
先ほど倒した群れだけでも、十頭を超えていた。
「一体から採取できる量には限りがある。それに、素材の性質には個体差が存在する」
エルヴィスは、前脚の内側から太い腱束を引き出した。
「一体だけを調べて良い結果が出たとしても、それが種として安定した性質とは限らない。規格を揃え、同じ品質のMAPを造るのであれば、複数の個体を比較する必要がある」
「それで、群れごと追いかけてたのか」
「そういうことである」
「兄さんらしいな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
エルヴィスは腱束へ付着していた組織を取り除き、保存用の布へ包んだ。
アンガードもその傍へしゃがみ込み、切り開かれた前脚を覗き込む。
「腱だけじゃないな」
「気づいたか」
「硬質体毛も採ってある」
「筋繊維だけでは、伸縮を繰り返すうちに裂ける可能性がある。硬質体毛を細く裂いて編み込めば、過度な伸長を防ぐ補強材として使えるであろう」
アンガードは一本の硬質体毛を拾い、指先で軽く曲げた。
金属のような光沢を持ちながら、僅かな柔軟性も備えている。
「悪くない」
「君も欲しいか?」
「その話は、後でする」
アンガードは硬質体毛を元の場所へ戻した。
「その前に聞きたい。兄さん、メタルライガーには会わなかったのか?」
「会った」
エルヴィスは、何でもないことのように答えた。
「会ったのか?」
「聞こえなかったのか?」
「いや、聞こえたけど。それで?」
「それで、とは?」
「何か調べなかったのか?」
「調べてはいない」
アンガードが眉を寄せる。
「未知の魔獣だぞ」
「あれは今回、私が集めている素材ではなかった」
「だから放っておいたのか?」
「こちらへ襲い掛かっても来なかったため、戦う理由もない。目的と無関係な相手を追い、時間と労力を費やす必要はないであろう」
「興味も湧かなかったのかよ」
「興味がないとは言っていない」
エルヴィスは刃を止め、アンガードへ顔を向けた。
「追う必要がなかったと言っているのである」
「見ただけで、何か分かったか?」
「外見と動きから推測できることなど限られている。だが、あの巨体を後脚だけで瞬時に加速させていた」
「ああ。俺もそこが気になった」
アンガードは頷く。
「身体はブレイドライガーより重い。それなのに、最初の一歩が遅くない」
「後脚の筋力だけでは説明しにくい動きであるな」
「腱に力を溜めて、一気に解放しているんだと思う」
「私も同じ見立てだ」
エルヴィスは解体途中のブレイドライガーの腱を指した。
「こいつの腱も復元力には優れている。だが、メタルライガーの後脚には、より大きな荷重へ耐えながら力を蓄積する性質があるのかもしれない」
「ルアンナの加速に使える」
「実物を見なければ断定はできないが、君の狙いは理解した」
「牙はどう見た?」
「あれも必要なのか?」
「ああ」
アンガードは自分の左腕を軽く握る。
「金属質に見えるが、獲物へ食い込んだ時に欠けていなかった。硬いだけなら、あの勢いで噛みつけば根元か先端が割れる」
「内部に、力を逃がす構造があると見ているのか」
「そうだ。薄く加工できれば、結合芯の周囲へ使えるかもしれない」
「一点へ集中する力を、周囲へ分散させるために?」
「ああ。急停止した時の衝撃を、結合部だけで受けないようにする」
エルヴィスは僅かに目を細めた。
「悪くない見立てである。ただし、生体組織との相性や魔力伝導は実物を調べる必要がある」
「そのために来たんだよ」
「なるほど」
エルヴィスは再び素材の採取へ戻った。
「君たちが探しているのは、メタルライガーそのものではなく、牙と後脚の腱というわけか」
「ああ。一体分あれば足りる」
「一体で?」
「ルアンナの左脚一本へ使うだけだからな。後脚二本分の腱があれば、加工試験を含めても充分だ。牙も全部使うわけじゃない」
「薄く切り出し、負荷が集中する箇所だけへ使うのであるな」
「そういうことだ」
「必要以上に使えば、重量が増すだけか」
「ああ。優れた素材だからって、多く使えば良いわけじゃない」
「その点については同意しよう」
ルアンナが、呆れたように二人を見る。
「姿を見ただけで、よくそこまで素材の話ができるわね」
「技師なら、まず素材として見る」
アンガードが答えた。
「硬いか、軽いか、曲がるか、どれだけ力を溜められるか。他の素材と組み合わせられるか。それから、身体へ使えるかを考える」
「魔獣を見て、最初に考えることがそれなの?」
「少なくとも、俺と兄さんはな」
『随分と物騒な職業病だな』
ルーフェが呟いた。
「そういえば、兄さん。一人で来たのか?」
アンガードが尋ねる。
「そうである」
「相方は?」
「素材の採取にまで同行させる必要はない」
「同行したかじゃない。ここへ来ることを伝えたのかって聞いてんだ」
エルヴィスの手が止まった。
森の中に、短い沈黙が落ちる。
「あちゃー……」
アンガードが額へ手を当てた。
「どうしたの?」
ミラが尋ねる。
「兄さんの相方は、報告と連絡と相談を大事にするんだ」
「良いことじゃない」
「だから、兄さんが何も言わずに一人で出掛けると不貞腐れる」
「不貞腐れるわけではない」
エルヴィスが静かに訂正する。
「少し口数が減り、返事が短くなり、こちらと目を合わせなくなるだけである」
「それを不貞腐れるって言うんだよ」
「そうなのか?」
「兄さん、まさか今まで気づいてなかったのか?」
エルヴィスは少し考えた。
「……薄々は察していた」
「帰ったら謝った方がいいんじゃない?」
ルアンナが言う。
「私は素材を採取しに来ただけであるぞ」
「理由の問題ではないと思います」
クリスにまで言われ、エルヴィスは僅かに眉を寄せた。
反論できないというより、なぜ自分が責められているのかを本気で考えているらしい。
「それで」
エルヴィスは、話題を変えるようにアンガードへ向き直った。
「君たちがここへ来た理由は、先ほど話したメタルライガーの素材を回収するためか?」
「ああ。先に確保した一体が、ここからそう遠くない場所にある」
「既に仕留めていたのであるか」
「素材に使えるかどうかは、まだ確認してないけどな」
「ならば、実物を見た方が早い」
エルヴィスは採取した腱束を革鞄へ収め、立ち上がった。
「案内するといい」
◯
アンガードたちが確保していたメタルライガーは、木々の間へ倒れたまま動かずにいた。
ブレイドライガーよりも一回り大きな身体。
全身を覆う金属質の外見と、口元から伸びた鋭い牙。
後脚は前脚よりも太く、筋肉の隆起も大きい。
「まずは牙から見る」
アンガードが顎を持ち上げ、一本の牙へ手を掛けた。
エルヴィスはその隣へ膝をつき、牙の根元へ指を添える。
「表面に欠けはないな」
「こいつが噛み砕いた木には、牙の形が深く残ってた。それでも、先端すら潰れてない」
「硬度だけが高ければ、衝撃を受けた際に脆く割れるはずである」
エルヴィスは細身の刃を牙の根元へ差し込み、周囲の組織から慎重に切り離した。
取り外された牙は、見た目ほど重くない。
表面は金属のように硬いが、根元へ力を加えると、目に見えない程度に僅かなしなりがあった。
「曲がってるの?」
ミラが覗き込む。
「本当に僅かにな」
アンガードは牙を光へ透かすように持ち上げた。
「完全に硬い塊じゃない」
「切断面を見れば、よりはっきりするであろう」
エルヴィスは牙の根元から、薄い一片を切り出した。
断面には、一方向へ伸びる太い層と、その間を斜めに走る細かな層が見える。
「やはりな」
「力を一方向だけで受けてない」
アンガードが断面を見つめる。
「噛んだ時に掛かる力を、斜めの層が周囲へ逃がしてる」
「君の見立ては正しかったようである」
エルヴィスが頷く。
「薄く切り出しても、この層構造を残せれば、結合芯の周囲へ掛かる圧力を分散できる」
「急停止した時に、結合部だけが歪むのを防げる」
「ただし、主材として使うべきではない。薄板へ加工し、負荷の集中する箇所を囲う程度で充分だ」
「ああ。牙の本数を考えても、それで足りる」
「一体分あれば、加工試験を含めても問題はないであろう」
アンガードは取り外した牙を保存用の布へ包んだ。
「次は後脚だ」
二人はメタルライガーの後脚へ移動した。
アンガードが膝裏の組織を切り開き、内部へ指を入れる。
中から現れた腱は、ブレイドライガーのものよりも太い。
だが、単純に太いだけではない。
幾つもの細い腱束が、一本の太い束を作るように絡み合っている。
「予想より複雑だな」
アンガードが呟く。
「一本の腱で全ての力を受けているのではない」
エルヴィスは腱束の一部を指で分けた。
「動作に応じ、力を受ける束が切り替わる構造であるな」
「身体を沈めた時に外側へ力を溜めて、踏み込む時に内側まで連動させるのか」
「おそらくは」
エルヴィスは腱の一端を掴み、アンガードに反対側を持たせた。
「引くぞ」
「ああ」
二人が力を加える。
腱束はすぐには伸びなかった。
一定以上の力が加わった瞬間、外側の細い束が順番に伸び、全体が僅かに長くなる。
力を緩めると、腱は強く跳ねることなく、滑らかに元の長さへ戻った。
「一度に戻らない」
アンガードの表情が変わった。
「外側から順番に縮んでる」
「蓄えた力を一度に解放せず、段階的に伝えているのである」
「だから、あの重量で急加速しても後脚が壊れないのか」
「単純な復元力では、関節へ衝撃が集中する。この腱は、力を溜める機能と、解放する速度を調整する機能を併せ持っている」
「ルアンナの動きに合う」
アンガードは確信を込めて言った。
「通常動作にはブレイドライガーの筋繊維を使う。一定以上の出力が送られた時だけ、メタルライガーの腱を連動させる」
「二段階の駆動にするのであるな」
「ああ。普段から全部を動かす必要はない。加速や踏み込みの時だけ、こいつに力を溜めさせる」
「急停止時には、蓄えた力を一度に返さず、複数の束へ分けて逃がすこともできる」
「牙で結合芯を補強すれば、残った衝撃も分散できる」
アンガードは、牙と後脚の腱を交互に見た。
「やっぱり、見立ては間違ってなかった」
「少なくとも、素材の性質についてはな」
エルヴィスは腱の一部を切り取り、断面を確認する。
「もっとも、加工後にも同じ性質を維持できるかは別の問題である」
「保存と加工方法を試す必要がある」
「一体分で足りるか?」
「ああ。後脚二本分の腱があれば、試験で多少失敗しても充分だ。牙も結合芯の周囲にしか使わない」
「必要な量を超えて使えば、反応が鈍るだけであるな」
「そういうことだ」
アンガードは二本の後脚から、使用できる腱を慎重に取り出していく。
その手元を見ながら、エルヴィスが尋ねた。
「現行のMAPが傷む原因は、単純な出力不足ではないのであろう?」
「ああ。瞬間的な加速と急停止を繰り返すせいで、筋繊維系と結合部へ負荷が集中してる」
アンガードは採取した腱を保存布へ置いた。
「骨格を厚くすれば耐久性は上がる。けど、重量が増えればルアンナの動きを殺す」
「ならば、骨格系だけで耐えようとする考えを捨てるべきである」
エルヴィスは、持参していたブレイドライガーの腱束を取り出した。
「通常の駆動には、ブレイドライガーの筋繊維を使う。反応が早く、細かな動きへ向いている」
「一定以上の出力が入った時だけ、メタルライガーの後脚腱を連動させる」
「力を受け止めるのではなく、一度蓄え、段階的に返す」
「それなら、加速と急停止の両方に使える」
「ただし、二種類の筋繊維を一つの系統へ直接つなぐべきではない」
「反応速度が違うからか?」
「互いの動きを阻害する可能性がある。駆動部を分け、結合芯の直前で力だけを合流させるべきである」
「距離を取れば、信号に遅れが出る」
「神経系まで分ける必要はない。信号を受けた後、出力を振り分ければよい」
「制御部に負担が掛かるぞ」
「交換できる構造へすればよい」
「またそれか」
「当然である」
アンガードは地面へ膝をつき、指先で簡単な構造図を描いた。
エルヴィスはその一部を消し、別の線を書き加える。
「兄さんの設計は、壊れることを前提にしてるんだな」
「違う。修復できることを前提にしているのである」
「同じじゃないか?」
「全く違う」
エルヴィスは、地面に描かれた図を指した。
「壊れないMAPなど存在しない。アエゲルの生活や身体の使い方が変われば、MAPへ加わる負荷も変化する。ならば、MAPも変化へ対応できる構造にすべきである」
「アエゲル?」
聞き慣れない言葉に、ミラが首を傾げた。
「何、それ?」
「ああ。専門用語だから、分からなくて当然だ」
アンガードは手にしていた腱束を置き、ルアンナを見る。
「簡単に言えば、患者だ。MAPを装着している奴のことを、MAP技師はアエゲルと呼ぶ」
「じゃあ、ルアンナお姉ちゃんがアエゲルなの?」
「そういうことだ。俺の左腕もMAPだから、俺自身もアエゲルに含まれる」
ミラは、ルアンナの借り物の左脚と、アンガードの左腕を交互に見た。
「患者と同じなの?」
「近いけど、少し違う」
アンガードより先に、エルヴィスが答えた。
「患者とは、治療を受ける者を指す言葉である。だが、MAPを装着した後も、その者の生活は続く。治療が終わったからといって、MAPとの関係まで終わるわけではない」
エルヴィスは、ルアンナの左脚へ目を向ける。
「MAPを身体として使い続ける者。それがアエゲルである」
「なるほど……」
ミラが小さく頷いた。
「だから、ルアンナお姉ちゃんの動き方まで考えているんだね」
「MAPは、装着して動ければ終わりって物じゃないからな」
アンガードは再び腱束を持ち上げた。
「アエゲルがどう動いて、どう暮らすのか。そこまで考えなきゃ、身体として使い続けられるMAPにはならない」
「話を戻すぞ、アンガード」
エルヴィスが構造図へ新たな線を加えた。
「ルアンナ嬢の身体へ合わせるのは、受容基部へ接続する末端と、信号を制御する部分だけでよい。その手前まで全て専用品にする必要はない」
「基幹部を規格化するのか?」
「そうである」
「ルアンナの出力に耐えられる規格を、他のアエゲルが使うか?」
「全く同じ出力で使う必要はない。基幹部の構造を共通化し、内部の駆動材と出力上限を交換できるようにすればよい」
「一つの構造で、複数の出力へ対応させるのか」
「一人にしか使えないのであれば、数を造る意味がないからな」
それは、先ほどルアンナへ貸した脚部MAPにも表れていた。
誰か一人のためだけに造られた脚ではない。
部品を交換し、長さと信号を調整することで、多くのアエゲルへ対応できる構造。
アンガードは地面の図を見つめる。
ルアンナへ接続する部分と、出力を制御する部分だけを専用にする。
通常駆動と高出力駆動を分け、傷んだ箇所だけを交換できるよう規格を整える。
メタルライガーの牙は、結合芯を囲う薄板へ加工する。
その先は、損傷した部位ごとに交換できる構造にする。
「それなら、予備の部品を用意できる」
「ようやく気づいたか、アンガード」
「最初からそう言ってくれよ」
「答えだけを教えては、君のためにならないのである」
「兄さん、そうやって俺を構うの、昔から好きだよな」
「何のことか分からないな」
エルヴィスは何事もなかったように素材へ目を戻した。
だが、その口元は僅かに緩んでいた。
「ねえ」
ルアンナが、隣にいるミラへ小声で尋ねる。
「今、何の話をしてるか分かる?」
「最初の方は少しだけ」
「私は最初から分からないわ」
『安心しろ。俺にもさっぱりだ』
ルーフェの言葉に、クリスも困ったように笑った。
「ですが、アンガード様は楽しそうですね」
地面へ構造図を描きながら話すアンガードは、普段より明らかに言葉が多い。
エルヴィスもまた、弟弟子の考えを否定するのではなく、答えへ辿り着くまで付き合っている。
「そういえば」
ミラが、アンガードの左腕を見た。
長袖と黒い手袋に覆われているが、その下にあるのは星鉄製のMAPである。
「ルアンナお姉ちゃんの新しいMAPも、星鉄で作らないの?」
「作らない」
アンガードが即答した。
「普段使いには向かないからな」
エルヴィスも、地面の構造図を見たまま続ける。
「星鉄は極めて強固な素材であるが、あまりにも重い。通常のアエゲルが日常的に使用すれば、MAPより先に受容基部や生身の部分が傷むであろう」
「でも、ルアンナお姉ちゃんなら動かせるんじゃないの?」
「動かせることと、身体として使い続けられることは別だ」
アンガードは自身の左腕を軽く持ち上げた。
「俺が普通に使えてるのは、俺の体質が星鉄の重さと熱に耐えられるからだ」
「熱?」
「星鉄は、高い出力を流すほど熱を持つ」
アンガードが答えるより先に、エルヴィスが説明する。
「加えて、皮膚系素材との相性が致命的に悪い。星鉄へ直接触れ続けた皮膚系素材は、どれほど丁寧に処理しても十日ほどで溶け始める」
「十日で?」
「ああ。そのため、星鉄製MAPを生身に近い皮膚で覆い、長期間維持することは難しい」
「じゃあ、ルアンナお姉ちゃんには使えないの?」
「使えないことはない」
アンガードが言った。
「ただ、ルアンナの動きに合わせれば、重さより熱の方が問題になる」
エルヴィスの視線が、アンガードへ向けられた。
「随分と具体的な話をするのであるな」
「何がだよ」
「まるで、ルアンナ嬢が星鉄製のMAPを使用した場合を、実際に検証したことがあるかのようだ」
アンガードの動きが止まった。
ルアンナも僅かに視線を逸らす。
その反応を見たエルヴィスが、蒼い瞳を細めた。
「アンガード」
「……何だよ」
「私に話していないことがあるな?」
「別に、隠してたわけじゃない」
「では、話す必要がないと判断しただけか?」
「そういうことだ」
「それを一般には、隠していたと言うのではないか?」
エルヴィスの指摘に、アンガードが顔をしかめる。
「何の話?」
ミラが三人の顔を見回した。
アンガードは短く息を吐いた。
「実は、ルアンナ用の星鉄製MAPは、もうある」
「あるの?」
ミラだけでなく、エルヴィスも僅かに眉を動かした。
「私は聞いていないのであるが」
「言ってないからな」
「なぜだ?」
「普段使いできる物じゃない。使う前提で話す必要もないと思った」
「誰が設計した?」
「俺だよ」
「構造は?」
「兄さん、急に楽しそうになるな」
「気のせいである。それで、構造は?」
「気のせいには見えないわね」
ルアンナの言葉を無視し、エルヴィスはアンガードを見つめる。
「ルアンナの動きに合わせて、発生した熱を外へ排出するようにしてある」
「能動排熱か」
エルヴィスの表情が、技師のものへ変わった。
「筋繊維系から送られる出力信号を読み取り、発熱箇所ごとに排熱量を変化させているのか?」
「その方式だ」
「装甲表面から排出するだけでは、受容基部側へ伝わる熱を防げないであろう」
「内側にも断熱層は入れてある。接続部には冷却用の流路も通した」
「それでも追いつかないのか?」
「ルアンナが本気で動けばな」
「発熱量が、排熱能力を上回るのであるな」
エルヴィスの表情から、先ほどまでの僅かな柔らかさが消えた。
「最大出力時、受容基部への熱伝導は?」
「完全には遮断できない」
「連続使用可能な時間は?」
「状況による。けど、最大出力なら長くは保たない」
「MAPそのものは耐えられるとしても、アエゲルの身体が先に限界へ達する」
「ああ」
「下手をすれば、MAPを失うよりも深刻な損傷をルアンナ嬢へ与えるぞ」
「だから使わせたくないんだよ」
ルアンナが不満そうに眉を寄せる。
「使う時がある前提で話さないでくれる?」
「必要になったら使うつもりだろ」
「必要ならね」
「必要でも使うな」
「無茶を言わないで」
「アエゲルの身体を守るために造られたMAPが、アエゲルを傷つけるのであれば、本来の役割から外れている」
エルヴィスがルアンナへ向き直った。
「少なくとも、今聞いた構造では日常的に使用できるMAPではない。身体というより、短時間の使用を前提とした武器に近い」
「だから、新作には星鉄を使わない」
アンガードは地面に描かれた構造図を指した。
「星鉄製より強い物を造りたいわけじゃない。ルアンナが全力で動いても、ルアンナ自身を傷つけないMAPを造る」
「強力なMAPと、良いMAPは同じではない」
エルヴィスが言葉を引き継いだ。
「私たちが造るべきなのは、アエゲルが日常的に使い続けられる身体である」
ミラは、納得したように頷いた。
ルアンナもまた、エルヴィスから借りた左脚へ視線を落とす。
壊れないことだけが、良いMAPの条件ではない。
歩き、走り、暮らし、壊れた時には修復しながら、身体の一部として使い続けられること。
アンガードとエルヴィスが考えているのは、その先まで含めた設計なのだ。
エルヴィスは並べていたブレイドライガーの素材から、腱束と硬質体毛をいくつか選び、アンガードへ差し出した。
「持っていくといい」
「兄さんの新作に使うんじゃないのか?」
「私の分は既に確保してある。必要以上に抱え、素材を傷める方が無駄である」
「……そうか。なら、ありがたく使わせてもらう」
「ただし、完成したら見せに来い」
「分かったよ、エルヴィス兄さん」
アンガードは、メタルライガーから採取した牙と後脚の腱に、エルヴィスから受け取った素材を加えた。
「それと、星鉄製MAPの設計図も持ってくるように」
「それは別の話だろ」
「存在を知った以上、確認しない理由がない」
「兄さん、絶対に改良しようとするだろ」
「問題点が判明している物を放置する理由もない」
「改良したら、ルアンナが使いたがる」
「アンガード!」
「事実だろ」
「では、使用者が一人では起動できない構造へ変更すればよい」
「エルヴィスまでアンガード側につかないでよ!」
森の中に、ルアンナの声が響いた。
エルヴィスは騒ぐ二人を気にした様子もなく、道具と残りの素材を革鞄へ収めていく。
「私はしばらく、この森の近くに拠点を置いている」
「近くって、どの辺りだ?」
「ここから北東へ半日ほど進んだ場所である。森を抜けた先に、使われていない小屋があった」
「一人で?」
「今はな」
「相方には連絡しろよ」
「分かっている」
「本当に?」
「アンガード」
エルヴィスは僅かに目を細めた。
「私を誰だと思っている?」
「無断で一人で森まで来て、相方を不貞腐れさせる兄弟子」
「……君は随分と口が悪くなったな」
「兄さんに鍛えられたからな」
エルヴィスは小さく息を吐いた。
呆れているようでいて、どこか楽しげでもある。
「用があれば、拠点へ来るといい」
「ああ」
「ルアンナ嬢」
エルヴィスが、ルアンナへ視線を向ける。
「貸したMAPで、これ以上無茶をしないように」
「分かっているわ」
「返答が軽いな」
「今度は本当に気をつけるわよ」
「そうするといい。君の身体にも、私の試験用MAPにもな」
「結局、心配しているのはどっちなの?」
「両方である」
エルヴィスは、それ以上説明することなく森の奥へ身体を向けた。
「それでは、また会おう」
「ああ。またな、エルヴィス兄さん」
エルヴィスは再生した左脚で地面を踏み締め、森の奥へ歩き出した。
その姿が木々の間へ消えるまで見送った後、アンガードは手にした素材へ目を落とす。
ブレイドライガーの筋繊維と硬質体毛。
メタルライガーの牙。
そして、二本の後脚から採取した腱。
「これで造れるの?」
ルアンナが隣から尋ねる。
「加工試験は必要だ」
「でも、使えると思ってる顔ね」
「ああ」
アンガードは頷いた。
「見立ては間違ってなかった」
手にした牙の断面へ目を向ける。
「今度は、お前の動きへ置いていかれないMAPを造る」
◯
拠点へ戻ると、アンガードはすぐに作業台へ向かった。
ルアンナの壊れた左脚MAP。
現行の設計図。
損傷した部位の記録。
エルヴィスから受け取ったブレイドライガーの筋繊維と硬質体毛。
メタルライガーの牙と、後脚の腱。
アンガードは、それらを作業台の上へ並べた。
ブレイドライガーの筋繊維が、日常の細かな動きと通常の加速を支える。
硬質体毛が、筋繊維の過度な伸長を防ぐ。
メタルライガーの後脚腱が、高い出力を蓄え、段階的に解放する。
牙から切り出した薄板が、結合芯へ集中する衝撃を周囲へ分散させる。
異なる魔獣から採取した素材。
異なる性質を持つ部品。
それらを、ルアンナが使い続けられる一つの身体へ組み上げる。
「アンガード」
工房の入口から、ルアンナが顔を覗かせた。
「もう始めるの?」
「ああ。形が見えてるうちに設計しておきたい」
「少しくらい休んだら?」
「これが終わったら休む」
「それ、絶対に休まない人が言うやつよ」
アンガードは返事をせず、白紙の上へ最初の線を引いた。
ルアンナの動きへ追いつき、その力を受け止める身体。
普段の動きと、瞬間的な高出力を別々の素材へ受け持たせる。
壊れないことだけを目指すのではなく、壊れた後も修復しながら使い続けられる身体。
星鉄製のように、力と引き換えにアエゲル自身を傷つけることのない身体。
「今度は――」
アンガードは、メタルライガーの後脚腱へ手を伸ばした。
「七倍も早く壊させない」
設計図の上に、一本目の線が刻まれる。
ルアンナの新たなMAPの製作が、始まった。