無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜   作:羊毛ローブ

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16話『新たな課題』

 プロス・テージス

 

 天狼の寝床所属の冒険者である彼は幼い少年の様な見た目をしているが、実は本当の年齢はその通りではない。

 

 10年程前は年相応の以上の大男の姿であったが、能力を使用している間にどんどんと見た目が縮んでいてしまった。

 

 昔の彼を知っている者からしたら、その姿は受け入られず、しかし一度戦闘に入れば彼である事が分かってしまう。彼の戦闘は独特であるからだ。

 

 そんな彼はこの大陸においてホワイトランクに一番近いと言われる冒険者でもある。

 

 

 プロスの肩口へ集まった魔素は、その身体の中へ吸い込まれなかった。

 

 皮膚へ触れる寸前で留まり、幾重にも重なっていく。

 

 最初に生まれたのは、曖昧な輪郭だった。

 

 肩から伸びる太い線。

 

 肘に当たる曲がり。

 

 その先に広がる、五本の指。

 

 空気の中へ描かれた腕の形が、周囲の魔素を取り込みながら密度を増していく。

 

 やがて、その輪郭が地面へ影を落とした。

 

 少年のように小柄なプロスの身体とは釣り合わない。

 

 異常なほど大きく、重い腕だった。

 

「相変わらず、随分と大袈裟な腕じゃのう」

 

 ルピナスが呆れたように言う。

 

「これくらいじゃないと、ばっちゃんには届かねぇだろ」

 

 プロスは楽しそうに答えた。

 

 魔素によって造られた腕を持ち上げる。

 

 ただ動かしただけで、訓練場の地面が軋んだ。

 

 見た目だけではない。

 

 実際に、相応の質量を持っている。

 

 《義肢(マヌス・ノヴァ)

 

 魔素を媒介として、自らの身体には存在しない質量の腕を生み出す。

 

 誰が最初に言い出したかは分からないがその二つ名はプロス・テージスの能力を表していた。

 

「それじゃ、行くぜ!」

 

 プロスが地面を蹴ると石畳の地面が足形に割れ、小柄な身体が、一瞬でルピナスとの間合いを詰めた。

 

 その速度に合わせ、魔素の腕が振るわれた。

 

 巨大な拳が、ルピナスの頭上から叩きつけられる。

 

 ルピナスはその場から動かなかった。

 

 片手を上げる。

 

 小さな掌が、巨大な拳と衝突した。

 

 訓練場へ重い音が響く。

 

 衝撃が地面を走り、ルピナスの足元から放射状に亀裂が広がった。

 

 それでも、ルピナスの身体は僅かにも沈まない。

 

「前より更に重くなったのう」

 

「だろ?」

 

「じゃが、まだ素直すぎる」

 

 ルピナスが腕を払う。

 

 巨大な拳の軌道が横へ逸らされた。

 

 プロスは流された腕を強引に引き戻す。

 

 その動きに遅れることなく、周囲の魔素が肩口へ流れ込んでいく。

 

 腕の輪郭が揺らぐ。

 

 だが、崩れない。

 

 動作によって薄くなった箇所へ、新たな魔素が重なっている。

 

 ルアンナは、その様子をじっと見つめていた。

 

「よく見たのは始めてだけど……」

 

 小さく呟く。

 

「どうした?」

 

 隣に立っていたアンガードが尋ねた。

 

「プロスさんの魔素の腕よ」

 

 ルアンナは戦いから目を離さない。

 

「周りの魔素を集めている。でも、自分の身体には取り込んでない」

 

 かつてのルアンナは、大気中の魔素を全身から取り込んでいた。

 

 皮膚を通り。

 

 掌を通り。

 

 身体の内側へ吸い上げる。

 

 取り込んだ魔素を体内へ巡らせ、自らの魔力へ変換し、必要な瞬間に放出する。

 

 だが、プロスの使い方は違う。

 

 集めた魔素を、自分の中へ取り込んではいない。

 

 身体の外側へ留めたまま、腕という形へ変えている。

 

「自分の魔力で、外の魔素を支えてるのか」

 

 アンガードが呟く。

 

 プロスの身体から伸びているのは、ほんの僅かな魔力だった。

 

 肩口から、魔素の腕の中心へ。

 

 細い筋のように流れている。

 

 腕全体を構成している魔素と比べれば、量は決して多くない。

 

 だが、その細い魔力の筋へ沿うように、周囲の魔素が並んでいた。

 

 形を与えているのは、プロス自身の魔力。

 

 その形を満たしているのは、大気中から集めた魔素。

 

 身体の内側へ取り込まず、外側にもう一つの身体を造っている。

 

「なるほど……」

 

 アンガードは、ルアンナの新しい掌へ視線を落とした。

 

 その間にも、手合わせは続いており、プロスが巨大な腕を横薙ぎに振るうとルピナスは地面を蹴り、その上へ飛び乗った。

 

「なっ!」

 

「大きいだけでは、足場にされるぞ」

 

 ルピナスが腕の上を走る。

 

 プロスは腕を大きく振り上げ、ルピナスを振り落とそうとした。

 

 だが、その動きを読んでいたルピナスは、腕が上がるより先に跳んでいる。

 

 プロスの頭上へ移動し、その額へ指先を触れた。

 

「そこまでじゃ」

 

「またかよ!」

 

 プロスが不満そうな声を上げる。

 

「届かせると言うた割には、一度もワッチへ触れておらんのう」

 

「最初の拳は受けただろ!」

 

「あれはワッチが受けてやったのじゃ」

 

「同じだろ!」

 

「全く違う」

 

 ルピナスはプロスの頭から指を離し、軽やかに地面へ降りた。

 

 プロスは納得していない様子だったが、追撃はしなかった。

 

 巨大な腕を下ろす。

 

 戦いが終わった後も、腕は消えていない。

 

 形を保ったまま、プロスの肩口から伸びている。

 

「プロスさん」

 

 アンガードが呼びかけた。

 

「何だよ」

 

「その腕、少し見せてくれないか?」

 

「今見てただろ?」

 

「近くで」

 

 プロスが怪訝そうな顔をする。

 

 その視線が、アンガードの隣に立つルアンナへ向いた。

 

「もしかして、新しい腕に使うのか?まぁ俺のも義肢って言われてるからなぁあ」

 

「いやアナタのは俺が造るのとは別物なんで」

 

「ん?じゃあ何を見るんだよ」

 

「魔素の形成までの間ですね」

 

 アンガードは巨大な腕へ近づいた。

 

 表面へ手を触れる。

 

 押し返してくる感触がある。

 

 魔力だけで造られた幻ではない。

 

 だが、生物の筋肉や骨格とも違う。

 

 無数の魔素が一定の方向へ並び、互いを支え合うことで、一つの質量を形作っている。

 

 アンガードは鞄から小型の測定器を取り出した。

 

 細い針を、腕の表面へ近づける。

 

 針の先端が触れた瞬間、測定器の表示が大きく揺れた。

 

「へぇ……」

 

「どうした?何か良いアイディアができたのか?」

 

 プロスが横から口を挟む。

 

「そうですね」

 

 アンガードは測定器から目を離さなかった。

 

 魔素の腕の中心には、プロス自身の魔力が通っている。

 

 だが、その周囲を満たしている物のほとんどは、外から集められた魔素だった。

 

「プロスさん。集めた魔素を、一度身体の中へ入れてるんですか?」

 

「入れてねぇよ」

 

 返事は早かった。

 

「身体へ入れたら、腕にするまで遅くなるだろ」

 

「では、どうやって形を保って?」

 

「どうって……」

 

 プロスは自分の肩口を見る。

 

「腕を出すと決めたら、ここから魔力を伸ばす。あとは、周りの魔素がそこへ集まってくる」

 

「集めようと意識しているわけではない?」

 

「してるけど、細かく考えてるわけじゃねぇよ。腕を動かそうと思えば動くし、力を入れれば重くなる」

 

「感覚で使っているのね」

 

 ルアンナが言った。

 

「そりゃ、自分の腕だからな」

 

 プロスは当然のことのように答えた。

 

 その言葉に、アンガードの手が止まる。

 

 自分の腕。

 

 魔素によって、身体の外へ造られた物。

 

 それでもプロスにとっては、紛れもなく自分の身体だった。

 

 神経はない。

 

 血液も流れていない。

 

 だが、自分の魔力によって形を作り、意思に合わせて動かしている。

 

「ルアンナ」

 

 アンガードが振り返る。

 

「何?」

 

「お前が魔素を吸収していた時、最初に何をしていた?」

 

「何を、と言われても」

 

 ルアンナは困ったように自分の掌を見る。

 

「吸おうと思えば、入ってきたわ」

 

「掌へ触れた魔素を、そのまま体内へ?」

 

「ええ。昔は意識する必要もなかったもの」

 

「入る前の魔素を、掌の外へ留めたことは?」

 

「ないわ」

 

 ルアンナが首を横へ振る。

 

「取り込む必要がない時は、流れていくだけだった。集めたまま、外へ置いておこうとは考えたこともないわね」

 

 アンガードは新作MAPの掌へ触れた。

 

 新しい四肢には、既に流体系がある。

 

 ルアンナ自身の魔力を四肢へ巡らせることができる。

 

 巡らせた魔力を蓄え、必要な力へ変換することもできる。

 

 熱を抱え、四肢全体へ分散し、外部へ逃がすことも可能だった。

 

 体内へ入った後の仕組みは、少しずつ元の身体へ近づいている。

 

 足りないのは、入口だ。

 

 大気中の魔素を、どうやってMAPの内側へ取り込むのか。

 

 そればかりを考えていた。

 

 生身の皮膚に近い外皮を造る。

 

 掌へ吸収用の流路を増やす。

 

 魔素へ反応する素材を埋め込む。

 

 外部から内部へ通す方法を探していた。

 

 だが、プロスは違う。

 

 外から集めた物を、すぐには中へ入れない。

 

 自分の魔力を身体の外へ伸ばし、そこへ大気中の魔素を留めている。

 

「外側に、受け止める場所を造る」

 

 アンガードが呟いた。

 

「どういうこと?」

 

「今のMAPは、外から来た魔素が外皮へ触れても、そのまま流れていく」

 

 アンガードはルアンナの掌を上へ向けた。

 

「魔素を取り込む構造が完成していないからだ。けど、いきなり内側へ吸い込む必要はない」

 

 掌の表面を指でなぞる。

 

「先に、お前の魔力を外皮の外へ留める。その魔力を足場にして、周囲の魔素を集める」

 

「プロスさんの腕と同じように?」

 

「同じ仕組みを、そのまま使えるわけじゃない」

 

 プロスは生まれつき、自分の魔力を身体の外へ伸ばし、腕として扱うことができる。

 

 ルアンナの身体へ同じ能力を与えることはできない。

 

 だが、外側へ魔力を留め、そこへ周囲の魔素を集めるという考え方は使える。

 

「一度、掌の外へ集める。性質を揃えてから、流体系へ入れる」

 

「性質を揃える?」

 

「大気中の魔素は、全部同じじゃない。周囲の環境や、近くにいる生物によって僅かに性質が違う」

 

 生身だった頃のルアンナは、それらを無意識に選別していた。

 

 自分の身体へ馴染む物だけを取り込み、余計な物を外へ逃がしていた。

 

 現在のMAPには、その選別機能がない。

 

 外から流れ込む魔素を無条件で取り込めば、流体系の循環を乱す可能性がある。

 

「なら、取り込む前に選べる場所を造る」

 

 アンガードは続けた。

 

「お前の魔力に馴染んだ物だけを残して、そこから内側へ通す」

 

「できるの?」

 

「分からない」

 

 アンガードは即答した。

 

「だから試す」

 

「今から?」

 

「ああ」

 

 アンガードは測定器の針をルアンナの左手首へ取り付けた。

 

 もう一方の針を掌へ当てる。

 

「掌へ、少しだけ魔力を流してくれ」

 

「さっき工房でやったでしょう?」

 

「今度は、内側を巡らせるんじゃない」

 

 アンガードは掌の表面を示した。

 

「外へ出す。ただし、放つな。皮膚のすぐ外側へ留める」

 

「簡単に言うわね」

 

「できそうか?」

 

「やってみるわ」

 

 ルアンナは右手を開いた。

 

 新しい掌へ魔力を流す。

 

 血管系と流体系を通り、指先まで魔力が巡る。

 

 そこから外へ。

 

 かつて、技を放つ時のように押し出そうとした瞬間。

 

「強すぎる」

 

 アンガードが止める。

 

「まだ何もしていないわよ」

 

「測定器が振り切れた」

 

「これくらい普通でしょう?」

 

「普通じゃない。魔力を飛ばすんじゃない。表面へ残すんだ」

 

「分かっているけど、外へ出した魔力を残すなんて、やったことがないもの」

 

「魔力を出し続ける感覚じゃねーよ」

 

 プロスが言った。

 

 ルアンナとアンガードが同時に振り返る。

 

「俺の腕も、魔力を遠くへ飛ばそうとし過ぎたら散るからな」

 

 プロスは巨大な腕を軽く持ち上げた。

 

「そこに腕があると思って、魔力を置くんだ」

 

「置く?」

 

「そう。出すんじゃなくて、置く」

 

「随分と感覚的ね」

 

「普段から感覚的なモノを言語化するのは相当難しいぞ、コレでも考えて言ってんだ小娘め」

 

 ルアンナは再び掌へ視線を落とした。

 

 魔力を放つのではない。

 

 掌の外側に、もう一枚の薄い皮膚があると考える。

 

 その場所へ、魔力を置く。

 

 ゆっくりと息を吐く。

 

 今度は力を押し出さず、指先まで巡らせた魔力を、その場へ留めた。

 

 測定器の数値が僅かに動く。

 

「そのまま」

 

 アンガードが言う。

 

「動かすな」

 

「難しい注文ばかりするわね」

 

「今は喋らなくていい」

 

「喋らせたのはアナタでしょう?」

 

 言い返しながらも、ルアンナは集中を切らさなかった。

 

 掌の外側。

 

 目には見えない。

 

 感触もない。

 

 それでも、確かに自分の魔力が留まっている場所がある。

 

 薄く。

 

 掌の形に沿うように。

 

 その瞬間。

 

 周囲を漂っていた魔素の一部が、僅かに揺れた。

 

 アンガードが測定器を見る。

 

 魔素は、ルアンナの掌へ吸い込まれてはいない。

 

 流体系の内部にも入っていない。

 

 だが、流れ去るはずだった魔素が、指先の周囲へ留まっていた。

 

 ほんの僅か。

 

 呼吸一つにも満たない時間。

 

 それでも、確かに掌の外側へ集まった。

 

「あっ」

 

 ルアンナも気づいた。

 

 しかし、意識を向けた瞬間、魔力の薄膜が崩れる。

 

 集まっていた魔素は再び空気の中へ散っていった。

 

「消えたわ」

 

「いや」

 

 アンガードは測定器に残された記録を見る。

 

「集まった」

 

「一瞬だけでしょう?」

 

「一瞬でも同じだ」

 

 魔素は体内へ入らなかった。

 

 吸収することもできていない。

 

 だが、新しい掌は初めて、外から来た魔素をその場へ留めた。

 

 これまでは、触れることさえできなかった力だ。

 

「入口の手前までは造れる」

 

 アンガードが言う。

 

「外へ留める時間を伸ばす。集まった魔素から、お前に馴染む物を選ぶ。その後、流体系へ通す道を造る」

 

「また設計を変えるのね」

 

「全部は変えない。流体系へ入口を追加する」

 

「簡単そうに言っておるが、相当に面倒な構造になりそうじゃのう」

 

 ルピナスが横から口を挟む。

 

「面倒かどうかは関係ない」

 

 アンガードはルアンナの掌を見つめた。

 

「元の身体にあった機能だ。なら、戻す」

 

 ルアンナも、自分の手を見る。

 

 見た目は生身と変わらない。

 

 触れれば温かい。

 

 物を掴み、拳を振るい、《撃滅》も《破砕》も放つことができる。

 

 それでも、かつての手とは違う。

 

 大気中に満ちている力へ、触れることさえできなかった。

 

 先ほどまでは。

 

「吸収できるようになるかしら」

 

「今すぐは無理だ」

 

「夢のない答えね」

 

「できないとは言ってない」

 

 アンガードは測定器を外した。

 

「今のまま吸えないなら、まず外側で掴ませる」

 

「魔素を?」

 

「ああ」

 

 ルアンナは掌を開いた。

 

 先ほど魔素が留まっていた場所には、何も残っていない。

 

 けれど、自分の魔力をどこへ置けばよいのか。

 

 その感覚だけは、僅かに残っていた。

 

 もう一度、薄く魔力を伸ばす。

 

 今度は魔素が集まる前に崩れてしまった。

 

 それでも、ルアンナは掌を閉じなかった。

 

 触れられなかったものへ。

 

 まだ掴めない力へ。

 

 新しい手を、もう一度伸ばした。




天狼の寝床編は以上で終わります。
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