無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜   作:羊毛ローブ

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18話『覚えのない懐かしさ』

 

 ノエラの家へ向かう道中、ミラは、クリスの傍を飛ぶルーフェを何度も見上げていた。

 

「そういえば、ルーフェってその青い小鳥のことだよね?」

 

 ばさり。ルーフェが露骨に羽を震わせる。

 

『小鳥は余計だ』

 

 その声が届いたのは、契約者であるクリスだけだった。

 

「……小鳥は余計だ、と言っています」

 

「でも小鳥じゃん」

 

『こいつ……』

 

「怒ってる?」

 

「ええ」

 

「やっぱり」

 

『面白がるな』

 

 クリスが小さく笑う。

 

「かなり不満そうですね」

 

『余計なことまで伝えるな』

 

「今度は何て?」

 

「秘密です」

 

「えー」

 

 ミラが頬を膨らませる。そのやり取りを聞きながら、アンガードが口を開いた。

 

「それで、クリスさん」

 

「はい?」

 

「昨日話してた子。本当に今日会うノエラで間違いなさそうなんですか?」

 

 クリスがルーフェを見る。

 

『ああ』

 

 返事に迷いはなかった。

 

『名前だけなら、まだ自信はなかった』

 

 ルーフェは前を向いたまま続ける。

 

『だが、ドゥーガとミラの話まで出てきた』

 

 クリスがアンガードへ視線を戻した。

 

「間違いないだろう、と」

 

「やっぱりか」

 

 アンガードの隣で、エルヴィスも頷く。

 

「そこまで一致しているなら、別人である可能性の方が低い」

 

『昔からよく喋る子だった』

 

 クリスにだけ、懐かしむような声が届く。

 

『森へ行けば、背中の上でずっと何か話していた』

 

「ルーフェ、何か言ってる?」

 

 ミラが尋ねる。

 

「昔のノエラさんは、とてもよく喋る方だったそうです」

 

「今も結構喋るよ」

 

『なら変わってないな』

 

 クリスが僅かに笑った。

 

「変わっていないのなら、ルーフェも安心するでしょう」

 

「でもさ」

 

 ミラがルーフェを見上げる。

 

「ノエラは分かるのかな?」

 

 クリスは答えず、ルーフェを見る。

 

『……さあな』

 

 少し間があった。

 

『あの頃とは、俺の姿が違い過ぎる』

 

「そうですね」

 

「何て?」

 

「自分は昔とは姿が違うから、ノエラさんが気づくかは分からない、と」

 

「そっか」

 

 四本の脚で森を駆けていたレッドライガーと、空を飛ぶブルーフェニックス。同じ存在だと言われなければ、結びつける方が難しい。

 

『……それでいい』

 

 クリスがルーフェを見る。

 

「何がです?」

 

『会えば分かる』

 

 それ以上、ルーフェは何も言わなかった。

 

 

「あ、ミラちゃん!」

 

 家の前へ着くと、一人の少女がこちらを見つけ、ぱっと笑顔になった。

 

「ノエラ!」

 

 ミラも手を振る。

 

 少女は黒い髪を左右で束ねており、鮮やかな緑の瞳をしていた。髪の間から覗く耳は、人間族のそれより明らかに長かった。そして、森人族にしては少しだけ色の濃い肌。

 

 その容姿にアンガードの視線が一瞬止まる。

 

「……山森人族(ウッドエルフ)か?」

 

 ぼそりと、少女には聞こえない程度の小さな声。

 

 エルヴィスも少女を見る。

 

「似てはいるが」

 

「違う?」

 

「分からん。外見だけで決めることではない」

 

「だな」

 

 二人はそれ以上触れなかった。今聞くことでもない。

 

 ノエラがミラと話し終え、こちらを見る。

 

「もしかして……アンガードさん?」

 

「ああ」

 

「やっぱり!」

 

「何で分かった?」

 

「ミラちゃんから聞いてたから」

 

 アンガードがゆっくりミラを見る。

 

「何て聞いた?」

 

「変な技師さん」

 

「……ミラ」

 

「間違ってないでしょ?」

 

「後で覚えてろ」

 

「やだ」

 

 ノエラがくすくす笑い、ふと視線がクリスの方向へ向いた。

 

「……あれ?」

 

 クリスの傍を飛ぶルーフェへ。

 

『…………』

 

 ルーフェもまた、ノエラを見ていた。

 

「どうしました?」

 

 クリスが尋ねる。

 

「その子」

 

 ノエラがルーフェを指差す。

 

「青い鳥さん」

 

『また鳥か』

 

 いつもなら、もう一言くらい続きそうなところだったが、ルーフェは黙った。そんなルーフェをノエラがじっと見ている。

 

「なんだろ……」

 

「何か?」

 

「うん」

 

 少し困ったように眉を寄せる。

 

「初めて会ったはずなのに」

 

 視線を外さないまま。

 

「前にも会ったことがある気がする」

 

『…………』

 

 長い沈黙。そして。

 

『……間違いない』

 

 クリスの目が僅かに動く。

 

『この子だ』

 

「ルーフェ?」

 

 クリスが小さく名前を呼んだ。それを聞いたノエラが首を傾げる。

 

「ルーフェ?」

 

「あ……はい。この子の名前です」

 

「ルーフェ……」

 

 ノエラがゆっくり繰り返す。何かを探すように、記憶を辿るように。

 

 だが。

 

「……分かんない」

 

『そうか』

 

 その声はノエラには届かず、クリスも伝えなかった。

 

「近くで見てもいい?」

 

 ノエラが尋ねる。

 

『構わん』

 

「ええ。大丈夫ですよ」

 

「ほんと?」

 

 ノエラが嬉しそうに笑い、ルーフェへ近づこうとした。

 

 一歩。腰を動かして、上半身を前へ送り、その動きに合わせるように右の義足が前へ出る。

 

 次に左。もう一歩。

 

「あっ」

 

 義足の先端が地面へ引っ掛かり、身体が傾く。

 

「ノエラ!」

 

 ルーフェが咄嗟に大きく翼を広げた。

 

 ミラが声を上げ、アンガードが一歩踏み込み、倒れかけた身体を支える。

 

「っと」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「謝るな。大丈夫か?」

 

「うん。ちょっと躓いただけ」

 

 ノエラは慣れた様子で笑った。

 

「たまに転ぶの」

 

「たまに、ね」

 

 アンガードはノエラを起こしながら、その足元を見る。エルヴィスも同じ場所を見ていた。

 

「……やはり」

 

「ああ」

 

 短いやり取りに、ノエラが二人を見る。

 

「何が?」

 

「いや」

 

 アンガードが義足へ視線を落とす。

 

「それで歩けるようになるまで、かなり練習しただろ」

 

「え?」

 

「脚を動かしてるんじゃない。腰と身体全体で義足を前へ運んでる」

 

 ノエラの目が丸くなった。

 

「分かるの?」

 

「そりゃな」

 

 エルヴィスも続ける。

 

「重心を左右へ移しながら、上半身と腰の動きで義足を運んでいる。相当な反復が必要だったはずである」

 

「兄さん」

 

「なんであるか」

 

「子供相手にもう少し分かりやすく言え」

 

「十分分かりやすい」

 

「どこがだよ」

 

「でも合ってるよ」

 

 ノエラが笑った。

 

「最初は立つのも難しかったの」

 

 自分の義足を見る。

 

「すぐ転ぶし、前にも進めないし」

 

「今も転んだな」

 

「もう!」

 

「悪い悪い」

 

 アンガードが笑う。それから。

 

「でも、すごいと思うぞ」

 

「え?」

 

「これだけ動けるようになるまで、自分で覚えたんだろ」

 

「……うん」

 

「十分すごい」

 

 ノエラが少し照れたように笑った。だが、アンガードとエルヴィスは別のことも考えていた。

 

 来る前から予想していたが、できれば、もう少し違っていてほしかったこと。

 

「ノエラ」

 

「なに?」

 

「一つ聞いていいか」

 

「うん」

 

「歩く時、最初に何を意識する?」

 

「最初?」

 

「ああ」

 

 ノエラが少し考える。

 

「転ばないようにする」

 

「その次は?」

 

「身体を前にして……腰を動かす」

 

「脚は?」

 

「脚?」

 

 ノエラが義足を見る。

 

「脚に力を入れるとか、前へ出そうとか。そういう感覚はあるか?」

 

「…………」

 

 考えている。だが、しばらくして。

 

「分かんない」

 

 アンガードは驚かなかった。小さく息を吐く。

 

「……やっぱりか」

 

「ああ」

 

 エルヴィスも頷いた。

 

「最も懸念していた部分であるな」

 

 ノエラの表情が少し曇る。

 

「何か悪いの?」

 

「悪くはない」

 

 アンガードはすぐに答えた。

 

「お前は生まれつき脚がないって聞いてた」

 

「うん」

 

「だから、その可能性は最初から考えてたんだ」

 

「可能性?」

 

 アンガードは少し言葉を選ぶ。

 

「普通、俺たちがMAPを作る相手は、昔はその身体があった奴が多い」

 

 自分の腕を動かす。

 

「腕を失った奴なら、腕を動かした経験がある」

 

 次に、自分の脚へ目を落とす。

 

「脚を失った奴なら、歩いた経験がある」

 

 ノエラが静かに聞いている。

 

「でも、お前は違う」

 

「…………」

 

「脚を失ったんじゃなくて、最初からなかった」

 

 エルヴィスが続ける。

 

「故に、脚という構造を造ることと、それを自分の身体として動かすことは、別の問題になる可能性が高い」

 

「……脚は作れるの?」

 

 ノエラが尋ねた。

 

 アンガードとエルヴィスが一度だけ視線を交わす。

 

「構造だけなら」

 

 アンガードが答える。

 

「多分な」

 

 ノエラの顔が明るくなる。

 

「本当?」

 

「ただし」

 

 エルヴィスが続ける。

 

「接続すれば、そのまま歩けるとは考えていない」

 

 笑顔が少し止まる。

 

「動かないかもしれない?」

 

「その可能性はある」

 

 アンガードは誤魔化さなかった。

 

「でも」

 

 すぐに続ける。

 

「まだ確認を始めたばっかりだ」

 

「…………」

 

「難しいのと、無理なのは違う」

 

 ノエラが顔を上げる。

 

「今日はまず、お前がどうやって今まで歩いてきたのか分かった」

 

「それだけ?」

 

「それが大事なんだよ」

 

 アンガードが笑う。

 

「分からないところが一個減った」

 

 ノエラはしばらく彼を見ていた。

 

「じゃあ」

 

「ん?」

 

「まだ諦めなくていい?」

 

 アンガードの返事は早かった。

 

「最初から諦めるつもりなら、ここまで来てない」

 

 ノエラが笑う。

 

「次は、親御さんにも話を聞かせてもらう。生まれた時のこととか、身体のこととか、もう少し詳しくな」

 

「分かった」

 

「今日はそれで十分だ」

 

 少し離れた場所では、ルーフェがじっとノエラを見つめていた。

 

『……変わらんな』

 

 クリスだけが、その言葉を聞く。

 

「何がです?」

 

『転んでも、すぐ笑うところだ』

 

 クリスがノエラを見る。

 

『昔からそうだった』

 

「……そうですか」

 

 ルーフェには、もう分かっていた。黒い髪も、緑の瞳も、昔より少し大きくなったその姿も、あの頃、自分の背中で笑っていた少女だった。

 

 けれど。

 

 ノエラはまだ、目の前の青い鳥と、あの日の友達を結びつけられずにいた。

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