無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜 作:羊毛ローブ
ノエラの家へ向かう道中、ミラは、クリスの傍を飛ぶルーフェを何度も見上げていた。
「そういえば、ルーフェってその青い小鳥のことだよね?」
ばさり。ルーフェが露骨に羽を震わせる。
『小鳥は余計だ』
その声が届いたのは、契約者であるクリスだけだった。
「……小鳥は余計だ、と言っています」
「でも小鳥じゃん」
『こいつ……』
「怒ってる?」
「ええ」
「やっぱり」
『面白がるな』
クリスが小さく笑う。
「かなり不満そうですね」
『余計なことまで伝えるな』
「今度は何て?」
「秘密です」
「えー」
ミラが頬を膨らませる。そのやり取りを聞きながら、アンガードが口を開いた。
「それで、クリスさん」
「はい?」
「昨日話してた子。本当に今日会うノエラで間違いなさそうなんですか?」
クリスがルーフェを見る。
『ああ』
返事に迷いはなかった。
『名前だけなら、まだ自信はなかった』
ルーフェは前を向いたまま続ける。
『だが、ドゥーガとミラの話まで出てきた』
クリスがアンガードへ視線を戻した。
「間違いないだろう、と」
「やっぱりか」
アンガードの隣で、エルヴィスも頷く。
「そこまで一致しているなら、別人である可能性の方が低い」
『昔からよく喋る子だった』
クリスにだけ、懐かしむような声が届く。
『森へ行けば、背中の上でずっと何か話していた』
「ルーフェ、何か言ってる?」
ミラが尋ねる。
「昔のノエラさんは、とてもよく喋る方だったそうです」
「今も結構喋るよ」
『なら変わってないな』
クリスが僅かに笑った。
「変わっていないのなら、ルーフェも安心するでしょう」
「でもさ」
ミラがルーフェを見上げる。
「ノエラは分かるのかな?」
クリスは答えず、ルーフェを見る。
『……さあな』
少し間があった。
『あの頃とは、俺の姿が違い過ぎる』
「そうですね」
「何て?」
「自分は昔とは姿が違うから、ノエラさんが気づくかは分からない、と」
「そっか」
四本の脚で森を駆けていたレッドライガーと、空を飛ぶブルーフェニックス。同じ存在だと言われなければ、結びつける方が難しい。
『……それでいい』
クリスがルーフェを見る。
「何がです?」
『会えば分かる』
それ以上、ルーフェは何も言わなかった。
◯
「あ、ミラちゃん!」
家の前へ着くと、一人の少女がこちらを見つけ、ぱっと笑顔になった。
「ノエラ!」
ミラも手を振る。
少女は黒い髪を左右で束ねており、鮮やかな緑の瞳をしていた。髪の間から覗く耳は、人間族のそれより明らかに長かった。そして、森人族にしては少しだけ色の濃い肌。
その容姿にアンガードの視線が一瞬止まる。
「……
ぼそりと、少女には聞こえない程度の小さな声。
エルヴィスも少女を見る。
「似てはいるが」
「違う?」
「分からん。外見だけで決めることではない」
「だな」
二人はそれ以上触れなかった。今聞くことでもない。
ノエラがミラと話し終え、こちらを見る。
「もしかして……アンガードさん?」
「ああ」
「やっぱり!」
「何で分かった?」
「ミラちゃんから聞いてたから」
アンガードがゆっくりミラを見る。
「何て聞いた?」
「変な技師さん」
「……ミラ」
「間違ってないでしょ?」
「後で覚えてろ」
「やだ」
ノエラがくすくす笑い、ふと視線がクリスの方向へ向いた。
「……あれ?」
クリスの傍を飛ぶルーフェへ。
『…………』
ルーフェもまた、ノエラを見ていた。
「どうしました?」
クリスが尋ねる。
「その子」
ノエラがルーフェを指差す。
「青い鳥さん」
『また鳥か』
いつもなら、もう一言くらい続きそうなところだったが、ルーフェは黙った。そんなルーフェをノエラがじっと見ている。
「なんだろ……」
「何か?」
「うん」
少し困ったように眉を寄せる。
「初めて会ったはずなのに」
視線を外さないまま。
「前にも会ったことがある気がする」
『…………』
長い沈黙。そして。
『……間違いない』
クリスの目が僅かに動く。
『この子だ』
「ルーフェ?」
クリスが小さく名前を呼んだ。それを聞いたノエラが首を傾げる。
「ルーフェ?」
「あ……はい。この子の名前です」
「ルーフェ……」
ノエラがゆっくり繰り返す。何かを探すように、記憶を辿るように。
だが。
「……分かんない」
『そうか』
その声はノエラには届かず、クリスも伝えなかった。
「近くで見てもいい?」
ノエラが尋ねる。
『構わん』
「ええ。大丈夫ですよ」
「ほんと?」
ノエラが嬉しそうに笑い、ルーフェへ近づこうとした。
一歩。腰を動かして、上半身を前へ送り、その動きに合わせるように右の義足が前へ出る。
次に左。もう一歩。
「あっ」
義足の先端が地面へ引っ掛かり、身体が傾く。
「ノエラ!」
ルーフェが咄嗟に大きく翼を広げた。
ミラが声を上げ、アンガードが一歩踏み込み、倒れかけた身体を支える。
「っと」
「ご、ごめんなさい」
「謝るな。大丈夫か?」
「うん。ちょっと躓いただけ」
ノエラは慣れた様子で笑った。
「たまに転ぶの」
「たまに、ね」
アンガードはノエラを起こしながら、その足元を見る。エルヴィスも同じ場所を見ていた。
「……やはり」
「ああ」
短いやり取りに、ノエラが二人を見る。
「何が?」
「いや」
アンガードが義足へ視線を落とす。
「それで歩けるようになるまで、かなり練習しただろ」
「え?」
「脚を動かしてるんじゃない。腰と身体全体で義足を前へ運んでる」
ノエラの目が丸くなった。
「分かるの?」
「そりゃな」
エルヴィスも続ける。
「重心を左右へ移しながら、上半身と腰の動きで義足を運んでいる。相当な反復が必要だったはずである」
「兄さん」
「なんであるか」
「子供相手にもう少し分かりやすく言え」
「十分分かりやすい」
「どこがだよ」
「でも合ってるよ」
ノエラが笑った。
「最初は立つのも難しかったの」
自分の義足を見る。
「すぐ転ぶし、前にも進めないし」
「今も転んだな」
「もう!」
「悪い悪い」
アンガードが笑う。それから。
「でも、すごいと思うぞ」
「え?」
「これだけ動けるようになるまで、自分で覚えたんだろ」
「……うん」
「十分すごい」
ノエラが少し照れたように笑った。だが、アンガードとエルヴィスは別のことも考えていた。
来る前から予想していたが、できれば、もう少し違っていてほしかったこと。
「ノエラ」
「なに?」
「一つ聞いていいか」
「うん」
「歩く時、最初に何を意識する?」
「最初?」
「ああ」
ノエラが少し考える。
「転ばないようにする」
「その次は?」
「身体を前にして……腰を動かす」
「脚は?」
「脚?」
ノエラが義足を見る。
「脚に力を入れるとか、前へ出そうとか。そういう感覚はあるか?」
「…………」
考えている。だが、しばらくして。
「分かんない」
アンガードは驚かなかった。小さく息を吐く。
「……やっぱりか」
「ああ」
エルヴィスも頷いた。
「最も懸念していた部分であるな」
ノエラの表情が少し曇る。
「何か悪いの?」
「悪くはない」
アンガードはすぐに答えた。
「お前は生まれつき脚がないって聞いてた」
「うん」
「だから、その可能性は最初から考えてたんだ」
「可能性?」
アンガードは少し言葉を選ぶ。
「普通、俺たちがMAPを作る相手は、昔はその身体があった奴が多い」
自分の腕を動かす。
「腕を失った奴なら、腕を動かした経験がある」
次に、自分の脚へ目を落とす。
「脚を失った奴なら、歩いた経験がある」
ノエラが静かに聞いている。
「でも、お前は違う」
「…………」
「脚を失ったんじゃなくて、最初からなかった」
エルヴィスが続ける。
「故に、脚という構造を造ることと、それを自分の身体として動かすことは、別の問題になる可能性が高い」
「……脚は作れるの?」
ノエラが尋ねた。
アンガードとエルヴィスが一度だけ視線を交わす。
「構造だけなら」
アンガードが答える。
「多分な」
ノエラの顔が明るくなる。
「本当?」
「ただし」
エルヴィスが続ける。
「接続すれば、そのまま歩けるとは考えていない」
笑顔が少し止まる。
「動かないかもしれない?」
「その可能性はある」
アンガードは誤魔化さなかった。
「でも」
すぐに続ける。
「まだ確認を始めたばっかりだ」
「…………」
「難しいのと、無理なのは違う」
ノエラが顔を上げる。
「今日はまず、お前がどうやって今まで歩いてきたのか分かった」
「それだけ?」
「それが大事なんだよ」
アンガードが笑う。
「分からないところが一個減った」
ノエラはしばらく彼を見ていた。
「じゃあ」
「ん?」
「まだ諦めなくていい?」
アンガードの返事は早かった。
「最初から諦めるつもりなら、ここまで来てない」
ノエラが笑う。
「次は、親御さんにも話を聞かせてもらう。生まれた時のこととか、身体のこととか、もう少し詳しくな」
「分かった」
「今日はそれで十分だ」
少し離れた場所では、ルーフェがじっとノエラを見つめていた。
『……変わらんな』
クリスだけが、その言葉を聞く。
「何がです?」
『転んでも、すぐ笑うところだ』
クリスがノエラを見る。
『昔からそうだった』
「……そうですか」
ルーフェには、もう分かっていた。黒い髪も、緑の瞳も、昔より少し大きくなったその姿も、あの頃、自分の背中で笑っていた少女だった。
けれど。
ノエラはまだ、目の前の青い鳥と、あの日の友達を結びつけられずにいた。