無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜 作:羊毛ローブ
ノエラの家を出たアンガードたちは、一度工房へ戻ることにした。
カーナを探す必要はある。だが、そもそもノエラの身体へ受容基部を取り付けられなければ、その先の身体認識について相談する段階にも進めない。まずは詳しい検査を済ませ、身体側に問題がないことを確かめる方が先だった。
アンガードは工房で必要な測定器と施術前検査用の道具を鞄へ詰め直し、その日の午後には再びノエラの家を訪れていた。
「さて、とりあえず色々と見させてもらうか」
店の奥にある居間でアンガードが鞄を開くと、ノエラは椅子へ座ったまま、次々と取り出される道具を眺めた。
「色々って?」
「色々だよ」
「全然分かんない」
「今から調べるんだから、俺だって全部は分かってない」
「そういう意味じゃないよ」
ノエラが不満そうに頬を膨らませる。その隣では、ミラが興味津々といった様子でアンガードの手元を覗き込んでいた。
午前中に本人と両親の同意は得ている。次に必要なのは、ノエラへ受容基部を取り付けられるかを判断するための詳細な身体検査だった。
簡易義足を外してもらい、アンガードは腰回りから脚の付け根にかけての形を測っていく。皮膚の状態、神経や血管の位置、魔力の流れ、触覚や温度の感じ方まで一つずつ確認し、その横ではエルヴィスが別の測定器を使いながら数値を記録していた。
「これは?」
アンガードが細い器具を皮膚へ触れさせる。
「冷たい」
「じゃあ、こっちは?」
「さっきより温かい」
「痛みは?」
「ないよ。ちょっとくすぐったい」
「そこは我慢しなくていい」
「じゃあ、すごくくすぐったい」
「増えたな」
「正直に言っただけだもん」
アンガードは苦笑しながら記録を書き込む。
次に僅かな魔力を流して反応を見る器具へ持ち替えた。器具を当てると、今度はノエラも少し真剣な顔になる。
「何か変な感じする」
「どんな?」
「うーん……ぴりぴり?」
「痛い?」
「痛くはないよ」
「兄さん」
「こちらでも反応は確認している。強くする必要はない」
「ああ」
検査はそれからもしばらく続いた。
単純に脚の長さを測れば終わる話ではない。受容基部はノエラの身体とMAPを直接繋ぐ部分になるため、神経や血管、魔力経路だけでなく、皮膚の状態や使用する素材への反応まで把握しておかなければ、脚を動かす以前に身体そのものへ余計な負担を掛けることになる。
途中、アンガードはノエラの両親にもいくつか質問した。
これまで薬を使って身体に異常が出たことはないか。食べた後に肌が赤くなった物や、口の中が痒くなった物はないか。特定の素材へ触れて腫れたことはないか。そして、両親自身にも似たような体質がないか。
その流れで、普段から避けている物や嫌いな食べ物についても確認していく。
全てを終える頃には、机の上へ何枚もの記録が並んでいた。
「よし。とりあえず身体の特徴なんかは大体取れたな」
「終わり?」
「今日ここでやる検査はな」
「じゃあ聞いていい?」
「何だ?」
ノエラが首を傾げる。
「お父さんとお母さんに、嫌いな物まで何で聞いてたの?」
「ああ、それか」
アンガードが記録から顔を上げた。
「嫌いな物そのものが問題ってわけじゃない。食うと口が痒くなるとか、腹が痛くなるとか、本人はただ嫌いだと思って避けてる物の中に、身体が反応してる物が混ざってることもあるからな」
「身体が反応する?」
「ああ。アレルギー反応ってやつだ。それに、何へ反応しやすいかは親子で似ることもある。だから、お前だけじゃなくて両親の体質も一応聞いておく」
「アレルギー反応って?」
「そこからか」
アンガードは少し考える。
「身体には、悪い物が入ってきたら追い出そうとする働きがあるんだよ」
「うん」
「でも、たまに本当は大して悪くない物まで、これは敵だって勘違いすることがある。食い物だったり、薬だったり、触った物だったりな。それで痒くなったり、腫れたり、具合が悪くなったりする」
「敵じゃないのに?」
「ああ」
「身体って間違えるんだ」
「間違える時もある」
ノエラはしばらく考え、やがて納得したような、していないような顔で頷いた。
「なるほど?」
今度は隣へ顔を向ける。
「ミラちゃん分かった?」
「え、私?」
「うん」
急に話を振られ、ミラが腕を組んで考え込む。
「うーん……嫌いな物は、親子だと似るってことじゃない?」
アンガードとエルヴィスが同時にミラを見る。
「…………」
「違うの?」
「まあ、子供ならその認識でもいいか」
「よくはないであろう」
エルヴィスが即座に否定した。
「え?」
ノエラがミラを見る。
「違うんだって」
「じゃあノエラは分かったの?」
「嫌いな物が似るんじゃないの?」
「増えたぞ、アンガード」
「兄さん、説明頼む」
「なぜ私へ戻すのであるか」
「俺は今、片付けで忙しい」
「先ほどまで普通に会話していたであろう」
エルヴィスが呆れたように言い、ミラとノエラは顔を見合わせて笑った。
その間にアンガードは測定器を片付けながら、並んだ記録をもう一度確認する。
現時点では、大きな問題は見つかっていない。受容基部を設ける場所は確保でき、周辺の神経や血管、魔力経路にも、施術そのものを断念するほどの異常は確認されなかった。
もちろん、これで安全が保証されたわけではない。身体側へ受容基部を取り付けた後は、腫れや拒絶反応、神経の状態を数日かけて確認し、その結果に合わせてMAP側の《結合芯》を最終調整する必要がある。
それでも、少なくとも次へ進むことはできる。
「検査結果は出たから、俺は工房に戻って受容基部の大元を作ってくる」
「私の?」
「他に誰がいるんだよ」
「やった」
「まだ喜ぶ段階じゃないぞ」
アンガードが苦笑しながらエルヴィスを見る。
「兄さんはどうする?」
「私も一度戻ろう」
エルヴィスは自分の記録とノエラを見比べた。
「午前中に考えていた通り、手持ちの森人族用脚部MAPを基礎にできそうである。骨格長と結合部、内部系統の一部は調整する必要があるが、大半はそのまま転用できよう」
「山森人族用じゃなくていいの?」
ノエラが尋ねる。
「お前は山森人族そのものではない。それに、MAPは種族名だけを見て選ぶ物ではない」
エルヴィスが測定記録を軽く持ち上げる。
「今測った実際のお前の身体へ合わせるのである」
「じゃあ、脚はもうあるの?」
「基礎にできる物があるだけである」
「今日できる?」
「何をもって完成とするかによる」
「歩ける脚!」
「それは無理である」
「やっぱり?」
「だが、試験へ使う脚部MAPそのものなら、今日中に形にはできよう」
「今日!?」
ノエラの顔が一気に明るくなった。
「森人族用の物を基礎に、お前の体格へ合わせて骨格長を調整し、必要な部品を組み替える。完璧な完成品を一から造るのでなければ、それほど時間は掛からぬ」
「じゃあ今日つけられる?」
「それはできぬ」
「何で?」
「身体側の受容基部がまだ存在しないからである」
エルヴィスがノエラの脚の付け根へ視線を向ける。
「さらに、MAP側の《結合芯》は、受容基部を取り付けた後の状態を測定しなければ最終調整できぬ。脚を造ることと、お前の身体へ繋げることは別の工程である」
「じゃあ、脚だけ先にできる?」
「ああ。試験用で構わぬのであればな」
「すごい!」
「兄さんだからな」
アンガードが当然のように言う。
「そこはお前が得意げになるところではない」
「弟弟子として自慢してんだよ」
「ならば許そう」
「許すんだ」
ノエラが笑う。
まだ歩けると決まったわけではない。それどころか、今日エルヴィスが造る脚部MAPも、受容基部の施術と安定を待ち、結合芯を仕上げるまではノエラの身体へ接続することすらできない。
それでも、自分のための脚が今日から本当に形になる。
ノエラにとっては、それだけで十分だったらしい。
「できたら見せてね」
「ああ」
「絶対だよ」
「試験用の物を見て落胆せぬのであればな」
「何で?」
「皮膚まで完成させる必要はないからである」
「見た目、生の脚じゃないの?」
「動くかどうかすら分からぬ段階で、外見へ時間を掛ける意味は薄い」
「えー」
「そこは兄さんが正しい」
アンガードが鞄を肩へ掛ける。
「まず動かすところまで行けるかどうかだ。見た目を綺麗にするのは、その後でいい」
「分かった」
少し残念そうにしながらも、ノエラは素直に頷いた。
「それまでは無茶するなよ」
「しないよ」
返事は早かった。
アンガードは何となくノエラを見る。
「……その返事、妙に信用できないな」
「何で?」
「俺もよく言うから」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
「一番参考にしちゃ駄目な奴だぞ、それ」
その言葉に、クリスまで小さく笑った。
◯
アンガードたちが再び帰ってから、しばらくして。
ノエラは店先から外を眺めていた。
自分のための受容基部を造る。
そして今日中には、自分のための脚そのものも形になる。
先ほど聞いた言葉が、何度も頭の中で繰り返されていた。
「脚を作ってくれるなら、やっぱり歩く練習しないとね」
両脚には、いつもの簡易義足がある。
アンガードからは、今の歩き方とMAPの脚を動かすことは別だと言われている。今いくら義足で上手く歩けるようになったところで、そのまま新しい脚を動かせるわけではない。
それくらいはノエラにも分かっていた。
けれど、何もしないで待っているだけでは落ち着かなかった。
「お母さん、ちょっと歩いてくるね」
店の奥へ声を掛ける。
「遠くまで行ったら駄目よ」
「はーい!」
「転ばないようにね」
「分かってる!」
元気よく返事をして、ノエラは歩き出した。
腰を前へ送り、右の義足を運ぶ。次に重心を左へ移しながら反対側を前へ出し、僅かに傾いた身体を上半身で戻す。
いつもと同じ歩き方だった。
「今日は調子いいかも」
少し進んでも、身体はまだ軽い。
さらに歩く。
いつもなら引き返す場所へ着いたところで、ノエラは一度立ち止まった。
家を振り返る。
まだ近い。
「もうちょっとだけ」
もう一歩進む。
その先も、まったく知らない道ではなかった。父親が酒を届ける時について行ったことがあり、何度も通ったことがある。
だから、あと少しくらいなら大丈夫だと思った。
今日はいつもより身体が軽い。昨日より遠くまで、いつもより少し先まで。そんなことを考えながら進んでいるうちに、周囲の家は少しずつ減り、道の脇には木々が増えていった。
「ここまで一人で来たの、初めてかも」
ノエラが振り返る。
遠くには、まだ家々の屋根が見える。
自分一人でここまで来た。
そのことが嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。
その時だった。
道脇の茂みから、低い唸り声が響く。
「……え?」
葉が揺れ、太い枝が折れた。
木々の間から姿を現したものを見た瞬間、ノエラの笑みが消える。
ブレイドライガー。
群れから逸れたのか、周囲に仲間の姿はない。それでも、今のノエラにとっては一頭だけで十分過ぎる脅威だった。
魔獣もまた、ノエラを見た。
「…………」
逃げなければならない。
頭では分かっている。
けれど、ノエラは走れない。
一歩後ろへ下がろうとした瞬間、義足の先が地面へ引っ掛かった。
「あっ」
重心が崩れ、その場へ尻餅をつく。
その動きに反応するように、ブレイドライガーが地面を蹴った。
「っ!」
巨大な身体が迫る。
開いた口の奥に鋭い牙が見え、ノエラは咄嗟に両腕で顔を覆った。
だが、いつまで待っても痛みは来なかった。
代わりに聞こえたのは、肉を打つような鈍い音だった。
「一人で随分と危ないところまで来たもんだねぇ」
聞き覚えのない女の声。
ノエラが恐る恐る腕を下ろす。
先ほどまで目の前にいたブレイドライガーは、道の脇まで転がされていた。その手前には、一人の女が立っている。
「まだ来るかい?」
女が軽く右手を上げた。
立ち上がりかけたブレイドライガーの動きが止まる。低く唸りながら数歩下がり、女を警戒していたが、やがて勝てないと悟ったのか、そのまま身を翻して木々の奥へ消えていった。
「物分かりのいい子で助かったよ」
女が笑う。
白に近い淡い銀紫の長い髪。そこから覗く森人族の長い耳と、深紫の羽織。少し後ろには、巨大な大剣を携えた青い甲冑姿の女が立っていた。
「ちょっとお嬢ちゃん」
最初の女――カーナが腰へ手を当てる。
「そんなところで一人でいたら危ないよ?」
ノエラはしばらくカーナを見上げていた。
「…………」
「どうしたんだい?」
「うわ、なんかエッチなお姉さん」
「ははは!」
カーナが楽しそうに笑った。
「魅力があるって言ってくれるかい?」
「カーナ様」
少し後ろにいたガルディナが口を開く。
「多分、褒められていないです」
「え?」
ノエラが首を傾げる。
「褒めてるよ?」
カーナがガルディナを見る。
「褒めてるって言ってるよ?」
「……そうですか」
「納得してないだろう?」
「しておりません」
「でも本当に褒めたよ?」
「お嬢ちゃんまで気にしなくていいさね」
カーナは笑いながらノエラの前へ屈んだ。
「それより、怪我はないかい?」
「ないと思う」
「どこか痛いところは?」
「お尻」
「それは転んだからだねぇ」
カーナがノエラの身体へ視線を走らせる。大きな外傷はない。
だが、その目が簡易義足へ止まった。
「これで歩いてきたのかい?」
「うん。歩く練習してたの」
「ここまで?」
「今日は調子よかったから」
「そうかい」
カーナは何かを考えるように目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。
「立てるかい?」
「立てるよ」
ノエラは地面へ両手をつき、腰を持ち上げようとした。いつものように上半身で身体を支え、義足を地面へ立て、そこへ重心を移そうとする。
しかし。
「あれ?」
腕へ力を入れても、いつものように身体が上がらない。
ここまで歩いてきた疲労に加え、先ほどの恐怖で全身から力が抜けていた。
「よいしょ……」
もう一度試す。
やはり立てない。
「おかしいな」
その動きを見ていたカーナの目が、僅かに変わった。
腰の動き。上半身の使い方。義足を地面へ立て、そこへ身体を運ぼうとする順序。
カーナはそれらを一度確認するように眺めてから、ノエラへ背を向けて腰を落とした。
「今日はもう終わりにしときな」
「でも、歩く練習――」
「練習と無茶は別物さね」
「今日も同じようなこと言われた」
「なら、その人は良いことを言うじゃないか」
「変な技師さんだけどね」
「技師?」
カーナの目がほんの僅かに動く。
「うん」
「……まあ、それは後で聞こうかね」
カーナが自分の背中を示した。
「乗りな」
「え?」
「もう自分じゃ帰れないだろう?」
「歩けるよ」
「なら立ってみな」
「…………」
「乗りな」
「はい」
ノエラは素直に諦め、カーナの背中へ身体を預けた。
「重くない?」
「この程度で重いなんて言ってたら、アタイの剣は持てないよ」
「お姉さんがあの剣持つの?」
「ああ」
「嘘」
「ひどいねぇ」
「だって大きいよ?」
「今度持ってみるかい?」
「持てる?」
「持てないと思うよ」
「じゃあ何で聞いたの?」
「面白そうだから」
「変な人」
「光栄だねぇ」
カーナが軽々と立ち上がり、ガルディナがその後ろへ続く。
「さて」
歩き始めながら、カーナが尋ねた。
「家はどっちだい?」
「あっち」
ノエラが道を指差す。
「結構歩いたねぇ」
「今日は調子よかったから」
「そういう日に限って、帰る分の力まで使っちまうものさ」
「お姉さんも?」
「アタイは帰る場所より、酒場を探してることの方が多いねぇ」
「カーナ様」
「何だい?」
「自慢にはなりません」
「分かってるよ」
少し歩いたところで、カーナが思い出したように口を開く。
「そうだ、お嬢ちゃん」
「なに?」
「家まで送るついでに聞きたいんだけどねぇ。お姉さんたち、この辺で酒と宿を探してるんだ」
「酒が先なの?」
「どっちも大事さね」
「酒が先でした」
ガルディナが訂正する。
「言葉の順番まで気にするんじゃないよ」
ノエラは少し考えた。
「あ、なら家に泊まる?」
「ん?」
「うちのお店、酒屋だよ」
カーナの足が止まった。
「……酒屋?」
「うん」
「お酒がある?」
「いっぱいあるよ」
「泊まれる?」
「お父さんに聞かないと駄目だけど、遠くから来たお客さんが泊まる部屋もあるよ」
「…………」
カーナがゆっくりガルディナを見る。
「ガルディナ」
「はい」
「これは渡りに船だねぇ」
「随分と嬉しそうですね」
「困ってるところへ酒屋と寝床が一緒に現れたんだよ。喜ばない方がおかしいさ」
「ノエラ様を助けた見返りとして酒を要求してはいけませんよ」
「そんなことするわけないだろう」
「お酒いっぱい飲むの?」
ノエラが尋ねる。
「いっぱい飲むよ」
「お母さん、お酒ばっかり飲む人は駄目だって言ってた」
「おや」
カーナが笑った。
「会う前から嫌われそうだねぇ」
「でもお母さんも飲むよ」
「なら仲良くなれるさ」
「判断が早すぎます」
ガルディナの声を聞きながら、ノエラがカーナの背中で笑った。
三人の向かう先には、やがて見覚えのある酒屋の看板が見えてくる。
ノエラはまだ知らない。
自分を背負っているこの酒好きの女こそ、つい先ほどアンガードとエルヴィスが探そうとしていた技師だということを。