無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜 作:羊毛ローブ
翌朝。
カーナの意見も取り入れ、ノエラの両脚には早くも《受容基部》を取り付けることになった。
もっとも、取り付けたその日に脚部MAPを装着できるわけではない。施術後には腫れや拒絶反応、神経の状態を確認し、身体へ安定するまで数日待つ必要がある。
ならば、その時間を無駄にする理由もなかった。
アンガードが身体側を進める。エルヴィスは、その結果に合わせて《結合芯》を最終調整する準備を進める。そしてカーナは、昨日新たに加えることになった皮膚系を担当する。
三人がそれぞれの仕事を並行して進めればいい。
昨日までとは違い、カーナから酒の匂いは完全に消えていた。
机に向かう彼女の手元には、アンガードがまとめたノエラの身体資料が広げられている。
「アン坊の資料は相変わらずだねぇ」
「ん?」
「細かいこと、細かいこと」
カーナが紙を一枚捲った。
身体寸法。脚の付け根の形状。皮膚の状態。神経反応。血流。魔力の流れ。触覚と温度感覚。
さらに幼少期からの病歴や、両親から聞き取った体質まで、必要になりそうな情報が項目ごとに細かく分けられている。
「悪いことじゃないさ。むしろ良いことさね」
「なら最初からそう言えよ」
「褒めてるじゃないか」
横から資料を覗き込んでいたエルヴィスも、一枚を手に取った。
「確かに、私の資料よりも更に細部が分かれている」
それを聞いたノエラが、ふと首を傾げる。
「のであるは言わないの?」
「別に言わない時もあるのである。……あ」
一瞬、部屋が静かになった。
ノエラが笑う。
「言った」
「……今のは忘れるのである」
「また言った!」
「エルヴィス、諦めな」
カーナが肩を揺らした。
「子供はそういうところだけ妙に覚えるからねぇ」
「不本意である」
「兄さん、自分から増やしてどうすんだよ」
アンガードまで笑い始め、エルヴィスは何事もなかったかのように資料へ視線を戻した。
ひとしきり笑ったあと、カーナも再びアンガードの記録を眺める。
神経だけではない。皮膚だけでもない。血流、骨格、魔力、体質。
ノエラという一人の身体へMAPを繋ぐために必要になりそうな情報が、専門の境目を気にすることなく拾われている。
「流石は《無差別》の名は伊達じゃないってことかね?」
「今は関係ねーよ」
アンガードが机へ肘をついた。
「それより、何か気になることあるのか?」
「身体側は昨日見た通りさね。アタイから《受容基部》を止める理由はないよ」
カーナは資料を机へ戻し、今度は並べられた二本の脚部MAPへ目を向ける。
「問題は、やっぱりこっちだねぇ」
「皮膚か?」
「ああ」
カーナが頷いた。
「本来、皮膚系ってのは本人の皮膚を少し貰って、それを培養して増やすのが基本とされてる」
ノエラが自分の腕を見た。
「私の皮膚を増やすの?」
「そうさ。本人の物なら、色も性質も最初から本人の身体に近い。身体との相性を考えても、一番素直なやり方だからねぇ」
「じゃあ、それにすればいいんじゃない?」
「時間さえあればな」
アンガードが答えた。
「今の俺たちの技術じゃ、お前の両脚を覆える量まで増やすのに二か月くらい掛かる」
「二か月!?」
ノエラの目が大きくなる。
「そんなに?」
「皮膚一枚って言っても、両脚全部だからな」
アンガードは机の上の脚部MAPを指した。
「普通の完成品を造る依頼なら、それだけ待つのも一つの選択肢だ。でも今回はまだ検証段階だ。動かせるかどうかも分かってない状態で、皮膚だけ二か月待つのは流石に長い」
「だねぇ」
カーナも頷く。
「となれば……」
「俺たちがよく使うのは」
「アレであるな」
三人の言葉が、そこで止まった。
ノエラが続きを待つ。
だが、誰も言わない。
「……アレって?」
「アレはアレさ」
「だから何?」
「アレである」
「エルヴィスお兄さんまで!」
「私は間違ったことは言っていない」
「何にも教えてくれてないよ!」
ノエラが頬を膨らませる。
アンガードは笑いを堪えながら顔を逸らした。
「まあ、気にすんな」
「気になる!」
「そいつは技師の手の内ってやつさね」
カーナが楽しそうに笑う。
「てのうち?」
「ああ。技師が何でもかんでも手の内を見せてたら、商売にならないだろ?」
「アンガードお兄さんも知ってるのに?」
「俺も技師だからな」
「エルヴィスお兄さんも?」
「当然である」
「ずるい!」
「大人ってのはずるいもんなのさ」
「姉貴、自分で言うなよ」
ノエラはまだ不満そうだったが、カーナは気にする様子もなく、脚部MAPの表面を見ながら話を続ける。
「もっとも、アレをそのまま貼り付けるわけじゃないよ」
「そのままじゃないの?」
「ああ。アレはあくまで主になる素材さね」
カーナが指を一本立てる。
「そこへ別の素材を混ぜる」
「混ぜる?」
「引っ張られても裂けにくくする物。柔らかさを保つ物。水分を逃がしにくくする物。それから、感覚を拾いやすくするための物も少し」
ノエラは机の脚とカーナを交互に見る。
「いっぱい入ってるんだ」
「人の皮膚だって、一つの役目しかしてないわけじゃないだろ?」
「そうなの?」
「外から身体を守って、触られたことを感じて、暑いだの寒いだの教えてくれる。曲げれば伸びるし、伸ばせば戻る。見た目だけ人肌にすればいいって話じゃないのさ」
「だから、一つの素材だけでは不足するのである」
エルヴィスが続けた。
「主材の性質を残しつつ、用途に合わせて複数の素材を加え、皮膚として必要な性質へ近付ける」
「足の裏と膝の裏じゃ、同じ配合にもできねぇしな」
アンガードが言う。
「足裏は擦れるし、体重も掛かる。膝の裏は何度も伸び縮みする。同じ厚さ、同じ硬さで全部作ったら使いにくい」
「へぇ……」
ノエラは感心したように、自分の腕の皮膚を摘まんだ。
「皮膚って大変なんだね」
「そうなんだよ」
カーナが嬉しそうに頷く。
「分かってきたじゃないか」
「じゃあ、何を混ぜるの?」
「そこから先はアタイの手の内さ」
「そこも!?」
「むしろ、そこからが大事なのさね」
カーナが笑う。
「主になる素材を知ったところで、同じ物が造れるわけじゃない。何をどれだけ混ぜるか。どこの皮膚にどんな割合で使うか。どう処理して、どう繋ぐか。そこまで含めて技師の腕さ」
「配合まで技術なのである」
「俺だって姉貴と同じ材料渡されても、姉貴と同じ皮膚は作れねぇよ」
「アンガードお兄さんでも?」
「ああ」
アンガードは素直に認めた。
「皮膚系じゃ姉貴の方が上だ」
「珍しく素直じゃないか」
「事実だからな」
「よろしい」
満足そうに笑ったカーナへ、エルヴィスが尋ねる。
「問題は材料の在庫であるな。私は今回、皮膚系を本格的に製作するつもりではなかったため、十分な量を持ち込んでいない」
「俺もだ。工房に帰ればあるけどな」
「まあ、アタイの手持ちにあるからいいよ」
カーナはあっさりと言った。
「持ってんのかよ」
「アレはストックしておくに越したことはないからねぇ。皮膚屋が持ってなくてどうするんだい」
「皮膚屋……」
ノエラが小さく呟く。
「なんか怖い」
「ありゃまぁ」
カーナが目を丸くしたあと、苦笑した。
「言い方が悪かったかねぇ」
「ちょっとだけ」
「じゃあ忘れな。アタイは《装飾》の技師さ」
「そっちの方がいい」
「そうかい」
カーナは楽しそうに笑った。
「で、そのアレを使ったら、私の皮膚になるの?」
「そのままじゃならないさ」
カーナの声音が、少しだけ変わる。
「色も、厚さも、柔らかさも、感覚の拾い方も、お嬢ちゃんの身体へ合わせて調整する。場所によって混ぜる物も割合も変える」
ノエラの腕へ目を向ける。
「お嬢ちゃんの皮膚をそのまま増やすことはできなくても、できる限りお嬢ちゃんの皮膚へ近付けることはできる」
「ガルディナお姉さんのも?」
「あれはまた少し特別さね」
カーナは隣に立つガルディナを一瞥した。
「でも、考え方は同じだよ。材料が何であろうと、最後にその人自身の皮膚として使えるようにする」
「じゃあ、アレが何か見たら分かる?」
「さあねぇ」
「教えてくれないの?」
「材料くらいなら、そのうち教えてやるよ」
「ほんと?」
「ああ。ただし」
カーナがにやりと笑う。
「仕立て方まで教える気はないよ。そこはアタイの手の内だからねぇ」
「またそれ!」
「覚えただろ?」
「覚えたけど!」
「なら結構」
「むぅ……」
ノエラは納得していない様子だったが、カーナは気にせずアンガードへ資料を返した。
「皮膚は問題ない。こっちはアタイに任せな」
「ああ」
「ならば、予定通り身体側を先に進めるのであるな」
エルヴィスの言葉に、アンガードが頷く。
「今日、《受容基部》を付ける。安定を待ってる間に兄さんは《結合芯》の準備。姉貴は皮膚系」
「それでいいさね」
三人の話がまとまったところで、ノエラが自分の脚の付け根へ目を落とした。
「……今日、付けるんだよね?」
「ああ」
アンガードが答える。
「怖いか?」
「ちょっと」
「まあ、そうだよな」
痛くないとは言わなかった。
怖がる必要はないとも言わない。
「昨日も話したけど、痛みはある。神経がどこまで反応してるか見ながらやるから、全部消すこともできない」
「うん」
「でも」
カーナが続けた。
「その痛みと、これからそこに脚があるって感覚は、できるだけ別々にしてやるよ」
ノエラがカーナを見る。
「昨日言ってたやつ?」
「ああ」
「痛いのを無くすんじゃないんだよね」
「そうさ。痛みも身体から来る大事な情報だからねぇ。ただ、それを最初に覚える脚の感覚にしないようにする」
ノエラは少しだけ黙った。
やがて、小さく息を吸う。
「分かった」
もう一度、自分の身体を見る。
「やる」
◯
施術は、その日のほとんどを使った。
両脚の付け根へ、身体とMAPを繋ぐための《受容基部》を形成する。
アンガードが身体側の処置を行い、エルヴィスが神経反応や位置、形状を記録し続ける。カーナはノエラの意識と身体認識を見ながら、施術による痛みと、これからそこへ新しい脚を迎えるという認識が強く結び付かないよう調整を続けた。
痛みそのものは消さない。
それは今、身体のどこで何が起きているのかを知るために必要な情報でもある。
けれど、その痛みを。
これから生まれる脚そのものにはしない。
長い時間を掛けて最後の確認を終え、アンガードがようやく身体を起こした頃には、窓から差し込む光はすでに夕方の色へ変わっていた。
「……終わったぞ」
疲れ切った声だった。
横になったままのノエラが、ゆっくりと目を開く。
「付いた?」
「ああ」
「脚?」
「まだ入口だけだ」
アンガードが苦笑した。
「ここから何日か身体の様子を見る。腫れたり、変な反応が出たりしないか確認して、問題なければ次だ」
「そっか」
ノエラは布の下にある、自分の脚の付け根へ目を向ける。
まだ脚はない。
見慣れた自分の身体に、今すぐ大きな変化があるわけでもない。
それでも昨日までとは違う。
そこには今、新しい脚を迎えるための場所が造られている。
「じゃあ、その間に」
ノエラがカーナを見る。
「アレ?」
「ああ」
カーナが笑った。
「アレさ」
「まだ教えてくれない?」
「材料は出来てからのお楽しみだよ」
「けち」
「何とでも言いな」
カーナは机に残された二本の脚部MAPへ目を向ける。
「お嬢ちゃんが休んでる間に、こっちはこっちで着飾っておくよ」
まだ内部の一部を剥き出しにした、二本の試作品。
その外側を何が覆うのか。
ノエラは結局、その日も教えてもらえなかった。
けれど数日後。
カーナが隠していた《アレ》は。
彼女が初めて目にする、自分の脚の姿になって現れることになる。