無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜 作:羊毛ローブ
ノエラの検証を終え、カーナは帰路についた。
本来の任務そのものは、それより前にすでに終えていた。
あとは帰還し、自分が見たものを師へ報告するだけ。
――そのはずだった。
だが、その帰路で予定外の出来事が一つ増えた。
それも含めて、持ち帰るべきものはすべて持ち帰った。
本来の任務で見たもの。
帰路で新たに見たもの。
そして。
任務とはまるで関係のないところで知った、一人の少女とMAPの話。
長い帰路を終えた今。
カーナは、一人の女の前にいた。
見た目だけなら、二十代の終わりから三十歳ほど。
細身の森人の女だった。
深い青緑色の長い髪を、作業の邪魔にならないよう後ろで無造作に束ねている。
瞳は、淡い金とも琥珀とも見える色。
生成りのシャツに、黒に近い濃灰色の細身の作業着。その上から、膝近くまである技師用の上衣を羽織っていた。
上衣には細かなポケットが幾つも並び、筆記具や測定具、小さな器具が収められている。袖は肘の近くまで捲られていた。
華美な装飾はない。
身につけているものは、どれも必要だからそこにある。
一見すれば、どこにでもいる研究者か技師にも見えた。
表情も静かだった。
力が抜けていて、少し眠そうにさえ見える。
「頼んでいた件は?」
女が尋ねた。
「ああ。人間族の《神の子》は、頼まれたとおり見てきたよ」
「そう」
「それと、帰りにもう一度鉢合わせた」
眠たげだった瞳が、僅かに動いた。
「もう一度?」
「ああ。本来の仕事はもう終わってたんだけどね。偶然さ」
「何かあった?」
「まあねぇ」
カーナは肩を竦めた。
「そっちは後で、ちゃんと最初から話すよ」
「後で?」
「ああ」
カーナは一度言葉を切った。
「その前に、師匠に聞いてもらいたい話がある」
「任務より先に?」
「そうさね」
迷いなく答える。
「こっちは仕事でもなけりゃ、《神の子》とも関係ない」
「なら、何?」
カーナの口元が僅かに上がった。
「MAPの話さ」
その一言で。
女の目が変わった。
眠たげだった淡い金色の瞳へ、明らかな光が宿る。
「ああ、やっぱりその顔すると思ったよ」
「どんな顔?」
「さっきまでとは全然違う顔さ」
「気のせいだ」
「その目で言われてもねぇ」
カーナは小さく笑った。
「だからこれは、依頼主への報告より先に――MAP技師として、師匠に聞いてほしい」
女の身体が、僅かに前へ傾く。
「聞かせて」
「アン坊たちが、面白いことをやってたよ」
「アンガードが?」
「ああ。エルヴィスも一緒さ」
「何をした?」
「生まれつき両脚のない女の子へ、MAPを造った」
「それだけなら珍しくはあるが、不可能ではない」
「そう。造るだけならね」
カーナの笑みが少し深くなる。
「問題は、その先だったのさ」
事故でも、病気でもない。
生まれた時から、その身体には両脚が存在しなかった少女。
だから当然。
膝を曲げた経験も。
足首を使った経験も。
脚そのものを、自分の意思で動かした経験もなかった。
「脚部MAPそのものは造れた。でも、繋いだからって動くわけじゃなかった」
「当然だね」
「やっぱりそう思うかい?」
「使ったことのない動きを、身体が最初から知っている理由がない」
「アン坊たちも、そこで止まったよ」
だから最初にしたのは、歩かせることではなかった。
新しい脚から返ってくる感覚を受け取ること。
その脚が、自分の身体のどこにあるのか。
膝がどこにあり。
足首がどこにあり。
今、それぞれがどのような状態なのか。
それをノエラ自身へ、一つずつ認識させた。
「アタイの幻想魔術で、身体認識の輪郭は支えた。でも、MAPを動かしたわけじゃない」
「本人に動作を与えたわけでもない?」
「ああ。ノエラが自分で受け取った感覚を、見失わないようにしただけさ。実際に信号を出したのは、最初から最後まであの子だよ」
一度、膝が動く。
すると、その動きによって生じた感覚が本人へ返る。
曲がった膝がどこにあるのか分かれば、今度はそこから伸ばすことを試せる。
一つ動かせば、一つ分かる。
一つ分かれば、次を試せる。
「最初はアタイの補助がなきゃ、膝一つまともに動かせなかったよ」
「結果は?」
カーナの口元が上がった。
「歩いたよ」
女が黙った。
「自分で立って、自分で歩いた。最後には森までね」
「生まれつき存在しなかった脚を、自分の身体として動かした?」
「ああ」
カーナはどこか誇らしげに笑う。
「アン坊とエルヴィスが脚を造った。アタイが身体認識を支えた。まあ、一番頑張ったのはノエラ本人だけどねぇ」
「どうやって歩行まで繋げた?」
「そこが一番面白かったところさ」
ノエラには、もともと歩き方があった。
簡素な義足を、腰と上半身、重心移動で運ぶ。
何度も転びながら、何年も掛けて自分で身につけてきた歩き方。
新しい脚を動かそうとしても、最初はその動きが先に出た。
「初めはね、新しい動きを覚える邪魔になってるようにも見えたんだよ」
「違った?」
「ああ。消す必要なんかなかった」
カーナは、自分の脚を指先で軽く叩いた。
「元から持ってた歩き方へ、新しく覚えた膝や足首の動きを足した。一個ずつだった動きを、最後には全部まとめて『歩く』にしたのさ」
女は何も言わなかった。
ただ、先ほどまでとは明らかに違う目でカーナを見ている。
知らないものを前にした子供のように、瞳だけが妙に生き生きとしていた。
「何だい?」
「面白い」
「だろ?」
「違う」
「何がさ」
「お前たちの答えが、私と逆だ」
カーナの眉が僅かに上がった。
「逆?」
「私は、動かせないならMAP側から動かす方法を考えていた」
「……何だって?」
女は立ち上がり、近くに積まれていた資料から一冊を抜き取った。
「本人が、その部位を動かすための信号を作れないなら、先にMAPを外から動かす。その動作によって生じた感覚を、アエゲルへ繰り返し返す」
カーナが資料へ目を落とす。
「《逆信号》かい」
「そう呼んでいる」
「これは……要するに、MAP側からってことかい?」
「ああ」
「なら、そんなに変わらないんじゃないか?」
女がカーナを見る。
「何が?」
「MAPを動かした時に、感覚が本人へ返るのはノエラでも確認してるよ」
カーナは、自分の膝を軽く曲げてみせた。
「膝が曲がれば、曲がった感覚が返る。足首を動かせば、その位置も分かる。アタイもそれを使って、身体認識を支えた」
「そこは同じだ」
「じゃあ、何が逆なんだい?」
「学ぶ順番だ」
女は資料を開いた。
そこには、何本もの線と数字が細かく書き込まれていた。
「お前たちは、ノエラ自身が信号を出した」
「ああ」
「その信号を受けてMAPが動き、動いた結果として感覚が本人へ返った」
「そうさね」
「私の試験では、そこを逆から始める」
女は資料の一箇所を指でなぞる。
「MAP側に、一定の動作をあらかじめ設定する」
「動作を固定する?」
「ああ。例えば膝なら、一定の角度まで曲げる動作を設定する。アエゲル自身が動かそうとしなくても、外部からMAPを駆動させ、その動作を行わせる」
カーナの表情が変わった。
「……それで、動いた時の感覚を本人へ返すのかい?」
「そうだ」
女は頷く。
「感覚がMAPから本人へ返ること自体は、お前たちの方法と同じだ」
「違うのは、その前か」
「ああ」
本人が動かす。
その結果を、身体が知る。
それがお前たちの方法。
「私の方法では、まずMAPを動かす」
女は言った。
「その動きによって生じた感覚を、先にアエゲルへ覚えさせる」
「本人からMAPへじゃなく」
「MAPの動きから、本人へ」
カーナは資料へもう一度目を落とした。
「……なるほど」
ようやく意味を理解したように目を細める。
「確かに、学び方は真逆だねぇ」
「そういうことだ」
膝が曲がる。
その時に、関節がどこへ移動するのか。
身体のどこへ力が掛かるのか。
その動作を行った時、どのような感覚が返ってくるのか。
それらを、本人が自分で動かした結果として得るのではない。
先に身体へ経験させる。
「同じ動作と感覚を繰り返し受け取らせる」
女は言った。
「そうして、アエゲル側はMAPから返される感覚を通して、その身体の使い方を覚える」
「MAPが先生ってわけかい」
「随分と雑な言い方だが、間違ってはいない」
「分かりやすいだろ?」
「私は嫌いだ」
「はいはい」
カーナは笑った。
「それで、もうできてるのか?」
「まだ実験段階だ。生まれつき部位を持たない動物でしか試していない」
「でも、それなら――」
カーナは少し眉を寄せた。
「そっちの方法を使った方が良かったんじゃないかい?」
「いや」
返事は早かった。
「そうではない」
「何でさ?」
「まず、時間が掛かる」
「どれくらい?」
「まだ断定できるほど試験数がない」
女は資料へ視線を落とした。
「だが、お前たちの方法のように、本人が自分の感覚を頼りに動きを探すわけではない。こちらが一つずつ経験を与え、それを身体側へ定着させなければならない」
「なるほどねぇ」
「しかも、今の対象は動物だ。人間へ適用した時に同じように成立する保証もない」
「負担も分からない?」
「ああ。痛み。神経への影響。長時間、同じ信号を繰り返し受け取らせた場合の安全性」
女は一度言葉を切った。
「それに、別の問題もある」
「まだあるのかい?」
「私の方法では、最初に動作を決めるのがこちら側だ」
カーナから笑みが消えた。
「……ああ」
「膝をどこまで曲げるか。どの速度で動かすか。どういう順序で複数の関節を連動させるか」
資料へ書かれた線を指先がなぞる。
「その基準を決めるのは、本人ではない」
「それが間違ってたら?」
「不自然な動きを、正しいものとして覚えさせる可能性がある」
カーナの目が細くなった。
「癖そのものを固定しちまうかもしれない」
「そうだ」
女はあっさりと認めた。
「対して、お前たちは本人自身に動きを探させた」
今まで使ってきた歩き方。
新しい脚から返ってきた感覚。
本人が、自分で探り当てた運動信号。
カーナの幻想魔術は、それを別のものへ置き換えたのではない。
ノエラ自身が掴んだものを、掴み続けられるよう支えただけだった。
「私は、存在しない動きをどう教えるかと考えた」
女は言った。
「お前たちは、本人がすでに持っているものをどう使うかと考えた」
「別に、そんな大層な話じゃないよ」
「大層かどうかを決めるのは、結果を見てからでいい」
「相変わらずだねぇ」
「お前たちの方法にも問題はある」
「ああ」
「カーナの技術が必要だった。身体認識の形成にどこまで個人差があるかも分からない。同じ方法が、誰にでも成立する保証もない」
「そうさね」
「だが、それでいい」
「いい?」
「一つの答えしかないより、ずっといい」
女は資料を閉じた。
自分が考えていた方法とは違う。
弟子たちが、自分の知らない場所で、自分の知らない問題へぶつかり、自分とは違う答えへ辿り着いた。
そして、その答えと比べたからこそ。
自分の研究に潜んでいた問題まで見えてきた。
しばらくして。
女は閉じた資料へ、もう一度視線を落とした。
「ただし、カーナ」
「何だい?」
「今回の方法と、その先にある可能性は、あえて広めるべきではない」
声の大きさは変わらなかった。
それでもカーナは、すぐには軽口を返さなかった。
「……分かってるよ」
「記録を残すなという意味ではない。必要な者へ使うなという意味でもない」
女はカーナを見る。
「その種族なら本来あるはずの腕や脚を、先天的に持たずに生まれた者へ腕や脚を与えることは構わない」
「許してくれるのかい?」
少しだけ茶化すように言ったカーナへ、女は真顔のまま答えた。
「そのためのMAPだからな」
失った身体を補う。
病や怪我で失ったものを取り戻す。
あるいはノエラのように、その種族なら本来持っているはずだった身体を、生まれつき持たなかった者へ与える。
それは、MAPが生まれた理由から外れてはいない。
「だが、今回お前たちが示したことは、それだけじゃない」
「……そうだねぇ」
カーナにも、その先が分かっていた。
「存在しなかった身体でも、自分の身体として認識できる可能性がある」
女が言う。
「そして、存在しなかった運動を、後から覚えられる可能性も示した」
「ああ」
「なら、与えるものが『人間にもともとある脚』に限られると断言する根拠もなくなった」
カーナの目が細くなる。
「理屈の上では、人間へ翼を付けても」
「自分の身体として認識できるかもしれない」
「腕を三本にすることも」
「四本でも構わない。脚を増やすことだって、可能性だけなら否定できない」
カーナが乾いた笑いを漏らした。
「随分なところまで来ちまったねぇ」
「ああ」
女は否定しなかった。
「技術としてはMAPの延長だ。だが、それはもう、私たちが造ってきた『失った身体を補うためのMAP』とは違う」
治すためではない。
補うためでもない。
生まれ持った身体へ、新しい機能そのものを付け加える。
「身体拡張、か」
「そうなる」
「便利そうだけどねぇ」
「だから危険なんだ」
即答だった。
「翼を得られると知れば、飛びたい者が現れる。腕を増やせると知れば、二本では足りないと言う者も出る。戦うため。働くため。他者より優れるため。理由はいくらでも作れる」
「そして技師が造れば、本当に身体として使えるかもしれない」
「今回、それを否定することが難しくなった」
カーナは腕を組んだ。
「アン坊とエルヴィスも、そこまでは気づいてたと思うよ」
「だろうな」
「でも二人とも、ノエラでその先を試そうなんて一度も言わなかった」
「それが答えだ」
女は淡々と言った。
「ノエラに必要だったのは、人間にない何かじゃない。彼女が生まれつき持てなかった脚だ」
「ああ」
「それを与えた時点で、あの検証は終わっている」
「その先まで試せば、ノエラを助けるためじゃなくなる」
「研究のために、あの子の身体を使うことになる」
カーナが小さく息を吐いた。
「アン坊もエルヴィスも、自分からそこへ踏み込まなかった理由は、それだろうねぇ」
「技師なら気づく。だが、気づいたものを全て造る必要はない」
「作れることと、作っていいことは違う、か」
「そうだ」
女はそこで、ほんの僅かに視線を逸らした。
「まぁ、それ以上のことをした馬鹿はいるが……」
「ん?」
カーナが眉を上げる。
「誰のことだい?」
一拍。
女は何かを思い出すように目を細めた。
先ほどまで未知へ向けられていたものとは、少し違う目だった。
呆れと。
僅かな懐かしさと。
そして、それだけでは片づけられない何か。
それが表へ出たのは、ほんの一瞬だった。
「いや、話が逸れる。やめておこう」
「何さ。気になるじゃないか」
「今は関係ない」
「師匠が自分から言ったんだろう?」
「忘れなさい」
「無茶言うねぇ」
カーナは呆れたように笑ったが、女はそれ以上何も言わなかった。
机の上の資料へ指先を置く。
「話を戻す」
「はいはい」
「だから記録は残す。研究も止めない」
「広めないのに?」
「知らないふりをする方が危険だ」
カーナが女を見る。
「誰かが同じところへ辿り着いた時、何も考えていなかったでは済まない」
何ができるのか。
どこから危険なのか。
何のためなら許されるのか。
どこから先は、踏み込むべきではないのか。
「それを考えるためにも、知識そのものは必要だ」
「なるほどねぇ」
「ただし、誰でも真似できる技法として広める必要はない」
「……分かったよ」
カーナは頷いた。
「アン坊とエルヴィスにも、アタイから話しておく」
「頼む」
そこでようやく、張っていた空気が少し緩んだ。
「師匠」
「何?」
「それにしても、嬉しそうだねぇ」
「そう見える?」
「見えるよ。危ない可能性まで出てきたってのに」
「だからだ」
女は当然のように答えた。
「危険だと分からなかったものが、危険だと分かった」
「…………」
「知らなかった問いが一つ増えた。それは前進だろう?」
カーナが呆れたように笑う。
「昔から、そういうところは変わらないねぇ。知らないことを見つけると、すぐその顔するんだから」
「それなら仕方ない」
「はいはい」
「カーナ」
「何だい?」
「ノエラの記録を、できる限り残しておいて」
「もうアン坊とエルヴィスが山ほど書いてるよ」
「なら全部読みたい」
「全部?」
「全部」
「アン坊の記録、細かいよ?」
「知っている」
「エルヴィスも細かいよ?」
「それも知っている」
「アタイの分まであるけど」
「当然読む」
「……本当に変わらないねぇ」
カーナは呆れたように笑った。
女は閉じていた資料を、もう一度開く。
まだそこには、カーナから聞いた話のほんの一部しか記されていない。
足りない。
知りたいことが、いくらでもある。
ノエラが最初に受け取った感覚。
初めて自分で出した信号。
一つの関節を、自分だけで動かせるようになるまでの過程。
それまでの義足歩行が、新しい脚の動きへどう繋がったのか。
そして。
自分の《逆信号》とは、どこが違ったのか。
「師匠」
「何?」
「今から書くつもりかい?」
「ああ」
「アタイ、帰ってきたばっかりなんだけどねぇ」
「なら、忘れる前に話せるな」
「少しくらい休ませる気はないのかい?」
「ない」
「……聞かせるんじゃなかったかねぇ」
そう言いながらも。
カーナは帰ろうとはしなかった。
椅子へ深く座り直す。
その向かいでは、先ほどまで眠そうにしていた女が、新しい紙へ筆を走らせている。
本来の任務について、まだ話すべきことは残っている。
帰路で起きた、予定になかった出来事についても。
だが。
少なくとも今、この瞬間だけは。
依頼を出した者と、それを終えた者として向き合っているのではなかった。
二人のMAP技師が、一つの新しい答えについて話していた。
一人の少女が、自分の脚で歩いた。
その事実だけで、語るべきことがいくらでもあった。
女の名は、ソフィア。
MAPという技術の始まりに立つ、《始まりの技師》。
だが。
彼女には、そう呼ばれるよりも前から知られていた、もう一つの二つ名がある。
――《愚者の叡智》。
それは、全てを知る賢者へ与えられた名ではない。
知らないことを、知らないと認める。
答えを得ても、そこで満足しない。
一つを知れば、その先にある未知を見つける。
一つの答えへ辿り着けば、そこからまた新しい問いを生み出す。
そして、自分が正しいと信じていた答えさえ。
より良いものが現れれば、躊躇なく組み直す。
だからこそ、彼女は《愚者》だった。
そして、その果てなく積み重ねられてきた知識こそが、《叡智》だった。
ソフィアはもう一度、カーナから聞いたノエラの話を思い返す。
生まれつき存在しなかった脚。
存在しなかった動き。
それを自分の身体として認識し、自らの信号で動かし、最後には自分の脚で歩いた少女。
一人の少女を歩かせるために生まれた答えは、その先にあった新しい可能性を示した。
同時に。
新しい危険も照らし出した。
自分とは違う答え。
自分では辿り着かなかった道。
そして、その答えがあったからこそ見えた、次の問い。
「やはり、面白い」
ソフィアが笑った。
完成した答えなど、まだない。
知らないことは、いくらでもある。
ならば、知ればいい。
答えを得たなら、そこからまた問えばいい。
それを繰り返してきたからこそ、彼女は《愚者》であり続けてきた。
弟子たちが、一人の少女へ存在しなかった脚を与えたその日。
《始まりの技師》ソフィアは、新たな答えを一つ得た。
そして――
《愚者の叡智》は、また一つ問いを増やした。
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