無差別の技師 〜魔獣に奪われた身体を造り直す〜 作:羊毛ローブ
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そこは、わずか八名しか在籍していない少数ギルドである。
少し前、《天狼の寝床》を評価するため、一人の調査員が訪れた。
在籍者が八名しかいないと聞いた調査員は、初めこそ呆れた様子を見せたという。
ギルドと名乗りながら、その人数は一般的な冒険者の一団と大差がない。
規模だけを見れば、わざわざ調査するまでもない小さなギルドに思えたのだろう。
だが、その場にいた所属する者たちの名と異名を耳にした途端、その態度は一変した。
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冒険者を生業とする者ならば、一度は耳にしたことがある異名ばかりだった。
この五名だけでも十分に異常だというのに、《天狼の寝床》には、さらに三名が在籍している。
その事実を知った調査員は顔色を変え、最後には初めの無礼を詫びるため、その場で土下座した――そんな噂まで残っていた。
後に調査員は、《天狼の寝床》についてこう報告したという。
『少数精鋭という言葉では足りない。極めて強大な戦力を有するギルドである』
その評価は瞬く間に広がった。
今では、わずか八名でありながら、一つの大勢力にも匹敵するギルドだと囁く者すらいる。
その噂が、どこまで事実なのかは分からない。
だが、実際に《天狼の寝床》を訪れた者ならば、誰もが最初に知ることが一つある。
大陸に名を轟かせる冒険者たちが集う場所だからといって、入口を屈強な戦士が守っているわけではない。
重厚な鎧を纏った門番が、訪れる者へ睨みを利かせているわけでもない。
客を迎えるため、受付に座っているのはただ一人。
どう見ても、まだ成人していないと思われるほど小柄な少女だった。
「ようこそ、《天狼の寝床》へ」
建物へ足を踏み入れた一行を、受付から澄んだ声が迎えた。
長く柔らかな銀白色の髪。
その頭頂部からは、髪と同じ色をした狼の耳が伸びている。側頭部は髪に覆われ、人間の耳らしきものは見当たらない。
金色から琥珀色へ移ろう瞳。
受付台の脇からは、小柄な身体に似合わぬほど大きな銀白色の尾が覗いていた。
少女は開いていた黒い本から顔を上げ、アンガードたちを見回す。
「何じゃ、アンガードか」
先ほどまでの丁寧な挨拶は、相手の顔を確認した途端に消え失せた。
「久しぶりだな、婆様。何か仕事、残ってないか?」
「再会して早々、婆様とは失礼な奴じゃのう」
そう言いながらも、少女のような姿をした《天狼の寝床》のギルドマスター、ルピナス・マーナガルムは、特に腹を立てた様子もなく黒い本を閉じた。
「仕事はあるかもしれんし、ないかもしれん」
「どっちだよ」
「お前たちに回せるような仕事は、今のところ特にないということじゃ。Bランク以上の依頼なんぞ、そう頻繁に舞い込んではこん」
ルピナスはそう答えたあと、アンガードの後ろへ視線を移した。
「クリス、戻ったか」
「ただいま戻りました、ルピー様」
クリスが静かに頭を下げる。
その傍らでは、ルーフェも挨拶をするように小さく翼を広げた。
「うむ。予定より早かったようじゃな」
「用事が早く済みましたので」
「休暇中に仕事をしておったそうじゃな?」
「あら、ご存じでしたか」
「依頼完了の報告まで上げておいて、知らぬわけがなかろう」
クリスは何も答えなかった。
ルピナスは呆れたように息を吐き、今度はルアンナへ目を向ける。
「それで、ルアンナ。具合はどうじゃ?」
「問題ないわ」
ルアンナは右手を開閉し、指を一本ずつ滑らかに動かしてみせた。
「アンガードに再調整してもらったから、前よりも調子が良いくらいよ」
「ならばよいが……」
ルピナスの金色の瞳が、アンガードへ向く。
「アンガード」
「何だ?」
「アンさ……ルアンナの調子が悪くなるということが、どういうことか分かっておるか?」
先ほどまでの軽い口調とは異なる、低い声だった。
アンガードも表情を改める。
「分かってる。左腕に誓ってもいい」
「お前の左腕は取り外せるじゃろうが」
「だからこそ、俺にとっては重い誓いなんだよ」
ルピナスはしばらくアンガードを見つめていたが、やがて諦めたように肩をすくめた。
「まあ……お前に何を言っても仕方ないかの」
「信用してるのか、諦めてるのか、どっちだ?」
「両方じゃ」
即答だった。
ルアンナが小さく笑い、アンガードは不満そうに眉を寄せる。
「あれ? 今日は随分と人が少ないのね。ルナさんもプロスさんもいないなんて珍しいわ」
ルアンナが建物の奥を見回す。
「うむ。二人には別々の依頼が入っての。ルナは護衛、プロスは討伐へ向かったはずじゃ」
「……あの二人に依頼ですか。依頼主は大丈夫なのでしょうか」
クリスが不安そうな声を漏らした。
「いや、ワッチもそう言ったんじゃが、二人とも妙に乗り気での。断り切れんかった」
「まあ、護衛依頼と討伐依頼なら、そこまで問題は――」
ルアンナは一度言葉を止めた。
「……ない、と言い切っていいのかしら?」
「ルナさんは人見知りだけど、外面はいいからな」
アンガードが腕を組む。
「プロス様は……まさか、護衛依頼を受けてはいませんよね?」
クリスの問いに、ルピナスが鼻で笑った。
「馬鹿者。プロスに護衛依頼なんぞ務まるわけがなかろう。この控えを見よ。ちゃんと討伐依頼の方を――」
ルピナスは受付台の下から二枚の依頼書を取り出した。
一枚目へ目を落とす。
続いて、二枚目と見比べる。
「……うぬ?」
狼の耳がぴくりと動いた。
「うぬぬぬ?」
大きな尾の動きまで止まる。
「どうした、婆様」
「……うげぇ」
ルピナスの顔が、目に見えて引きつった。
「取り違えとるわ、これ」
「何を?」
「二人へ渡した依頼書じゃ。プロスが護衛で、ルナが討伐へ向かっておる」
受付の前が静まり返った。
「やっちまったのう」
「他人事みたいに言うなよ。どうするんだ?」
「奥の手を使うしかあるまいて」
ルピナスは重々しく頷いた。
「冒険者協会に詫びを入れる」
「奥の手でも何でもないわね」
「それだけで済めばよいのですが」
クリスが冷静に付け加える。
「仕方あるまい。さすがに、これはワッチのミスじゃ」
「さすがも何もありませんよ、ルピー様」
「《空鳴》に連絡を入れて、二人を正しい依頼先へ向かわせれば何とかなるじゃろ」
「あの人を酷使しすぎじゃないか?」
「仕事中毒じゃから、むしろ喜ぶじゃろ」
その言葉に、アンガードたちは何も返せなかった。
ルピナスは先ほどの失敗をなかったことにするように依頼書を重ね、受付台の隅へ押しやる。
そして、改めて一行を見回した。
「ごほん、それで、三人と一匹で何の用じゃ? まあ、大方の予想はついておるが」
ルピナスは仕切り直したいらしく、普段はとても世話になってるからこれ以上は踏み込む事は辞めておいた方が良いと三人は感じ、そのまま流す事にした。
「まずは、素材の買取査定をお願いできますか?」
クリスが一歩前へ出た。
「うむ。構わんぞ」
ルピナスが受付台の上を片づける。
クリスは片手を空中へ伸ばした。
僅かに空間が歪み、その中から大きな木箱が姿を現す。
重い音を立てて床へ置かれた箱を、ルピナスが覗き込んだ。
中に詰められていたのは、魔獣の骨片や皮膜、砕けた角、変色した腺などだった。
どれも並の魔獣から取れる物ではない。
しかし、素材として見れば形が悪く、欠損も多い。
ルピナスは一つを摘まみ上げ、光へ透かした。
「よくもまあ、これだけ高ランクの魔獣から、微妙な素材ばかり残したもんじゃな」
「え、微妙ですか?」
「元になった魔獣は上等じゃ。しかし、買取品としては傷みすぎておる」
ルピナスは別の素材を持ち上げる。
「MAPに使うため、必要な部分だけ削り取ったのじゃろう?」
「……はい?」
「仕方ないとはいえ、商品として見れば残飯みたいなものじゃぞ」
クリスは箱の中身を見つめ、僅かに首を傾げた。
「……申し訳ありません。間違えました」
「何をじゃ?」
「こちらではなく、一つ隣でした」
再び空間が歪む。
先ほどとは別の木箱が、受付台の前へ現れた。
クリスは最初の箱を空間の中へ戻し、新しく取り出した箱の蓋を開ける。
中には傷の少ない角や牙、丁寧に処理された毛皮、魔石をはじめとした状態のよい素材が整然と詰められていた。
ルピナスは黙ってクリスを見る。
「いや、お恥ずかしい。収納先の指定が一つ隣でして……」
「隣を間違えて、あれが出てくるのも大概じゃな……」
ルピナスは呆れながらも、査定のための仕分けを始めた。
その様子を見ていたアンガードは、先ほどの箱へ視線を向ける。
「クリスさん、あれ、何で残してるんです?」
「ルーフェの餌になるかと思いまして」
『意外とウメェんだよな、あれが』
ルーフェが満足そうに翼を揺らす。
「……まあ、そんなことは些細なことじゃ。査定を始めるぞ」
ルピナスは深く考えることをやめたらしい。
素材を一つずつ確認し、黒い本へ種類と状態を書き込んでいく。
時折、棚から別の帳面を取り出し、現在の相場と見比べていた。
アンガードたちは受付の前で待つ。
やがて、最後の魔石を確認したルピナスが筆を置いた。
「これくらいじゃな」
黒い本を反転させ、査定額を三人へ見せる。
クリスが記された金額を確認した。
「なかなかの値段ですね」
「これでも冒険者協会に顔が利くから出せる額じゃ。ほかの買取所へ持っていけば、もう少し安くなるぞ」
「素材の買取額としては文句ないけどさ」
アンガードは査定の内訳を指で追う。
その途中で、不自然な項目を見つけた。
「討伐依頼対象の加算が、全部ゼロになってるのはどういうことだ?」
素材自体の価値とは別に、冒険者協会から討伐を依頼されている魔獣であれば、追加の報酬が支払われる。
しかし、今回持ち込んだ素材には、その加算が一つもなかった。
「それもそうじゃろ。クリス、これはどこで狩った魔獣じゃ?」
「え?《
「……あんなところで休暇を過ごしてたんですか!?」
アンガードが思わず声を上げた。
クリスは不思議そうに瞬きをする。
「何か問題がありましたか?」
「問題しかない……」
「休暇の過ごし方としては最悪じゃが、討伐加算がつかぬのは当然じゃ」
ルピナスが呆れながら言った。
「何でだよ。これだけ高ランクの魔獣だぞ?」
「《魔獣の子宮》の内部に棲んでおる魔獣へ、協会が一体ずつ討伐依頼を出すと思うか?」
「常設依頼にもないとか、あり得るか?」
「常設されておるのは、周辺の街道や集落へ出てきた個体に対するものじゃ。《魔獣の子宮》の中にいる個体まで対象にしておったら、依頼書だけで倉が埋まるわい」
「でも、放置するには危険すぎるだろ」
「じゃから、外へ出てきた個体は討伐対象になる。大規模な討伐作戦でも発令されておらん限り、内部へ勝手に入って狩った分は素材の買取だけじゃ」
「そんなもんなのか……」
「そんなもんじゃ」
アンガードは納得しきれない様子だったが、素材の買取だけでも、工房の当面の不足を補える額ではある。
クリスも同じ計算をしたらしく、小さく頷いた。
「これで、しばらくの工房資金は確保できるな」
「しばらくだけです」
ルアンナの言葉に、クリスが即座に付け加える。
「アンガード様とルアンナ様の支出次第ですね」
「俺まで一緒にします?」
「MAP用の素材を無計画に使用したのは、アンガード様です」
「計画なんてその時によるからなぁ」
「水を通常の二十倍の値段で購入されたのは、ルアンナ様です」
「少し柔らかかったのよ?」
ルピナスの耳がぴくりと動いた。
「何じゃ、その話は」
「婆様には関係ない」
「面白そうじゃから、あとで詳しく聞かせてもらおうかの」
ルアンナが困ったようにアンガードを見る。
アンガードは小さく首を横へ振った。
そのとき、ルピナスの大きな尾が、何かを思い出したように一度だけ揺れた。
「……ん?」
黒い本へ手を伸ばしかけ、その下から僅かに覗いている封書へ視線を落とす。
「そういえば、ルアンナへの指定依頼を受け取っておったな」
「私に?」
「いつ届いたんだ?」
アンガードが尋ねる。
「三日前じゃ」
「三日前……」
「忘れておった」
あまりにも堂々とした返答だった。
クリスが無言でルピナスを見る。
「そんな目で見るでない。急ぎではないと思って脇へ置いておいたんじゃ」
「そのまま忘れたんだな」
「結果としては、そうなるのう」
ルピナスは黒い本の下から封書を引き抜いた。
厚手の紙には赤い封蝋が施され、中央には炎を纏う龍の紋章が刻まれている。
それを見たルアンナの表情が、僅かに引きつった。
「焔龍騎士団から?」
「うむ。副団長から直々に届いた指定依頼じゃ」
「副団長からの依頼ってことは……」
アンガードも封書の紋章を見て、嫌そうに顔をしかめた。
「アイツも懲りないな」
「まだ中身も見ておらんのに、随分な言い草じゃの」
「送り主を見れば、大体分かる」
ルアンナも否定しなかった。
むしろ、できれば封書そのものを見なかったことにしたいような顔をしている。
ルピナスは、そんな二人へ封書を差し出した。
「まあ、報酬だけを見れば破格じゃぞ」
「どれくらい?」
アンガードが依頼書を受け取り、封を切る。
ルアンナとクリスも、その両側から書面を覗き込んだ。
報酬額を確認した瞬間、三人の反応が止まる。
最初に口を開いたのは、クリスだった。
「現在の不足分を補い、必要な素材と薬品を購入しても、十分に残りますね」
「随分と露骨に逃げ道を塞いでくるな……」
アンガードが呟く。
「今のお前たちに、受けない理由はなかろう?」
ルピナスが楽しそうに笑った。
ルアンナはしばらく依頼書を見つめたあと、深く息を吐く。
「……分かったわ。受けましょう」
「本当にいいのか?」
「断ったら、アナタがまた素材を買えないと騒ぐでしょう?」
「騒ぎはしない」
「炉の前で一日中、不機嫌になるじゃない」
アンガードは反論しようとしたが、クリスの視線を受けて口を閉じた。
「依頼の受諾を確認しました」
クリスが先に告げる。
「話が早くて助かるのう」
ルピナスは満足そうに頷き、受付台の奥から依頼受諾用の書類を取り出した。
赤い封蝋に刻まれた焔龍の紋章。
それを見つめながら、アンガードは小さく息を吐く。
資金不足を解消するために受ける、破格の指定依頼。
それが金額に見合うだけの面倒事を運んでくることを、アンガードもルアンナも既に察していた。