クソ田舎の因習村に転生した錬金術師ですが、ここから入れる保険はありますか? 作:ぽこあにんげん
ここがどうやら異世界で、私が転生したのだと気付いたのは、六歳の頃に本棚から落ちてきた分厚い辞典かなにかが頭にぶつかったときだった。
錬金術大全とかなんとか書かれていたような気がするそれはひどく表紙の字が掠れていて、長年埃を被っていたらしい。
そして、この本について聞いてみたら、お父さんにかつてない剣幕で怒られたのを覚えている。
曰く、その本は災いをもたらすから、決して触っちゃいけないと。
前世の記憶を取り戻す前も、今住んでいるのがクソ田舎の限界集落なのは薄々勘付いていたけど、どうやら因習村でもあったらしい。
私がわかっていることは、十五歳になった今もそれだけだ。
「ちょっと、リリア! 部屋で寝ている暇があったらお父さんの畑仕事を手伝ってあげなさい!」
ベッドに寝転んで、他愛もないことを思い返していると、一階からお母さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
……建物はそこそこ上等。
でも、文明レベルは多分中世とかそこら辺。
「はーい」
生返事をして、私こと、リリアはしぶしぶ部屋を出た。名字なんてものはない。
そして、この、名前もない村以外の世界を私は知らない。
完全に自給自足の生活で生産されている農作物が、領主だとか村長だとかに税として徴収されることもなく、数少ない村人たちを完璧に養っているせいで、皆外に出ようともしないからだ。
──退屈すぎる!
異世界転生っていったら、もっとこう、なんか、あるでしょうが!
剣と魔法とかチートスキルとか! ここが異世界だとかろうじてわかった理由が、擦り切れた錬金術大全の存在と、本にまつわる因習だけってどういう了見だ!
もっとも、神様に転生させてもらった記憶はないし、前世の記憶を取り戻したのも生まれて大分経ってからのことだから、泣き寝入りするしかないんだけど。
なにかないかと、村を探検したことはある。
海岸があって、ひどく海は荒れていて、近くには肥沃な水源をたたえ、ラズベリーに似た果実が豊かに実った森があった。
──それだけ。
たったそれだけが、私を取り巻く世界の全てだった。
このまま農作業を手伝って、村の若い男の子とお見合いかなんかで結婚して、この退屈極まる生活の再生産を行う。
ふざけるな、そんなことのために私は生まれてきたんじゃあない。
畑仕事を手伝うフリをして、私は家の書庫から「錬金術大全」を鞄に詰め込み、こっそりと、バレないように近くの森に足を伸ばす。
大人たちからは決して果実がある場所より先に行っちゃいけないと言われているけど、知ったことか。
「羽帽子よし、髪型よし……! それじゃ、冒険してみよっと!」
家の倉庫に立てかけてあった檜の棒を杖の代わりにして、私は森の奥へと分け入っていく。
三日ぐらい前だったかな。
森の奥に雷が落ちた。
……らしい。
私もなんだか凄まじい物音がしたのを聞いたし、その日はものすごい勢いで雨が降っていたから、そうなんだと納得していた。
けど、本当にそうなんだろうか。
大人たちは取り合うこともせず、日々の畑仕事に今日も精を出している。
だけど、私は見たのだ。
その日の夜に、大人たちが松明を持って森の奥に分け入っていくのを。
それについてお父さんに尋ねてみると、「雷が落ちただけだったよ」の一点張りだった。
……因習村で、大人が何度聞いても同じ答えを返すということは、タブーに触れるとみていいだろう。
大人たちは、明らかになにかを隠している。私は今日、それを暴き立てるのだ!
これで本当に雷が落ちただけなら、泣き寝入りするしかないんだけども。
ついでにお父さんとお母さんにも雷を落とされる。
いや、なにかあったとしても、畑仕事をサボった時点で怒られることは確定コースなんだけど、せめてなにがあったのかを見極めてから怒られたい。
「ラズベリー、うまー」
水分補給も兼ねて、近くに生えていたラズベリーらしきものの木から果実をもぎ取って食べると、新鮮な甘味と果汁が弾ける感触が口の中に伝わってくる。
もっとも、これがラズベリーなのかどうかすら、私にはわからない。
誰かに名前を聞いても「それは木の実だよ」と一律に返ってくるし、二言目には「食べられるからいいのさ」なのはいくらなんでも田舎すぎて終わってるよね。
「さて……ラズベリーの生息域はそろそろ抜けると思うけど……」
地図なんて上等なものもないから、通ってきた道を忘れないように、ナイフで木に目印を刻むことぐらいしかしていない。
ただ、年に数度のラズベリー摘みに参加させられたときの記憶を頼りに、進んでいるだけだ。
昔、生息限界地点を越えようとしたら、大人たちにこっぴどく怒られたっけ。
まあ、そんな話はともかくとして、そろそろラズベリーの生息限界域を抜けようとしている。
緑の葉をたたえた広葉樹が、ほとんど整備もされないまま生い茂っている獣道を、私は手探りで歩いていた。
なんとなく真っ直ぐ進めばどこかには辿り着くだろうという思いと、本当に自分は真っ直ぐ進めているのだろうかという不安を抱きながらも、ひたすら、前へ。
──すると。
「わ、ぁ……!」
光が見えた先には、開けた広場みたいなものがあった。
石造りの建物らしきものや、苔むしてはいるけれど、かつて街灯や、噴水がそこにあったのだという文明の残滓が見て取れる。
遺跡、なのだろうか。
──でも、なによりも私の目を引いたのは。
「これ……船、だよね?」
神殿と思しき遺構に突き刺さるような形で座礁している巨大な船らしきものだった。
明らかにこれだけ、苔むしてもいなければ使われている材木が新しいことを鑑みるに、遺跡の一部ではないだろう。
もしかして、天から落ちてきたのって。
恐る恐る、ナイフを構えて船らしきものに近づいていくと。
「お、おぉい……そこに誰かいるのかい……?」
「えっ……!? い、いますけど……!?」
「よ、よかった……喉が渇いてるのとお腹が減ったので大変なんだ……よければ、食糧をわけてはくれないかい……?」
「は、はぁ……」
明らかに弱っているであろう女の子の声が、聞こえてきた。
どうやらお腹も減って、喉も乾いているらしい。
予備の食糧としてポーチにしまっていたラズベリーを手に、声の下へと近づくと。
「た、助かるよ……はぁ、新大陸にも人間がいるのは知っていたけど、まさか飛空船が墜落しても助けてくれないとは、思わなかったね……」
村では見たこともない銀髪に、赤い瞳。
目が覚めるほどの美少女だ──じゃなくて。
墜落がどうこうとか新大陸がどうこうとか訳がわからないことを言ってはいるけど、コミュニケーションが取れそうなのは確かだった。
「あの、これ……」
「ん、
私が差し伸ばした手に、女の子の指が触れて。
その日、私は世界を知ることになった。
このラズベリーみたいな果実が、「
その日、世界と触れた。