クソ田舎の因習村に転生した錬金術師ですが、ここから入れる保険はありますか? 作:ぽこあにんげん
「っ、ぷはぁ……おいしかったよ、ありがとう」
銀髪の女の子は、私が持っていた
多めに摘んでいたのに、それをほとんど平らげてしまう辺り、よっぽどお腹が空いていたのだろう。
よくわからないけど、なんか事情があるみたいだし。
「えっと……どうも。私はリリアです」
「ああ、申し遅れたね。ぼくはレミエラ。レミエラ・ダルトンだよ」
「名字がある……!?」
「……? 普通のことじゃあないのかい?」
思わず口に出してしまっていた。
名字なんてものは私たちが暮らしている村にはほぼないといっても差し支えない。
精々、村長の一族に継承されている「ペーシェ」という姓があるぐらいだ。それだって、村長たちは積極的に名乗らないし。
「いや、私たちの村には名字とかなくて。そもそも村にも名前があるのか怪しいレベルの田舎なので……」
「……そうなのかい? その割に人族共通語は通じているし、新大陸の文明レベルがわからなくなってきたね」
「その」
「なんだい?」
「新大陸ってなんですか? それにあの大きな船みたいなものが、なんで遺跡に突き刺さってるんですか?」
知りたいことが多すぎるけど、まず私が気になっていたのはその二つだ。
私たちの村の外に「世界」がある。
それだけでも十分衝撃的だったけど、レミエラさんが言っていることが本当なら、そして、状況証拠を鑑みるなら、この人は。
「そこから説明しないと伝わらないレベルで文化の断絶が起きているなんて……そうだ、リリア。ぼくたちの前にも似たような集団が来なかったのかい?」
「いえ……知っての通り、この辺りは一年中海が荒れてますから、外からなにかが流れ着くなんてことは滅多にないです」
「……そうなると、第一次調査団と第二次調査団とは違うルートでぼくたちは新大陸に突入してしまったわけだ。よし、理解したよ。まず、
レミエラさんは大きな胸を張って、語り出す。
曰く、私たちが暮らしている村があるこの大地は、レミエラさんたちの出身地から見て「新天地」だと思われているということ。
そして、「新大陸」に到達するためには、荒れた海を越える必要があったから、「空を飛ぶ船」を作って、計三回に渡る調査が行われている、ということを。
「それで、悪天候と、空を飛ぶ船……『飛空船』のコアが不調をきたしたことが重なって、ぼくはこの遺跡に墜落したというわけさ」
「他の方々は? 調査団っていうからには、仲間もいると思うんですけど」
「察しがいいね、リリアは。皆墜落直前に、
魔法。
聞いたこともなかったけど、この世界にもやっぱり存在はしているらしい。
だったらどうして、私たちの村は魔法の恩恵にあずかることもなく、自給自足の暮らしを続けているのか、だとか、疑問は絶えないけど。
「ええと、もう一つ質問いいですか?」
「構わないよ?」
「ありがとうございます。この本について、レミエラさんは心当たりがあったりしますか?」
私は鞄の中から「錬金術大全」を取り出して、レミエラさんに問いかけた。
「これは……どこでこんなものを手に入れたんだい?」
「家の書庫にあったんです」
「なるほど……申し訳ないけど、ぼくも詳しくはわからない。ただ、もしかしたら」
レミエラさんは、遺跡に立ち並ぶ朽ち果てた遺構を見渡して、小さく頷く。
それがなにを意味しているかはわからなかったけど、多分、この遺跡と錬金術にはなんらかの関係があるかもしれない、ということなのだろう。
歩き出したレミエラさんの後ろをついていきながら、私も年月と共に朽ち果てた、かつては都市だったのであろう残骸を踏み締める。
「……もしかしたら、の話なんだけどね。きみの持っている本は、ぼくたちがこの新大陸を調査するのに対して、非常に役立つかもしれない」
「はあ……新大陸っていっても、なにもない田舎ですよ?」
「本当にそうなのかは、確かめてみないとわからないものだろう? ところできみのご両親はその本についてなにか言っていたかい、リリア?」
「……災いをもたらすから絶対に触るな、とかなんとか」
「あはは、きみはそんな、災いをもたらすものを持ち出してきたわけだ」
「他に娯楽なんてないですから」
一応、「錬金術大全」の中身はこっそり読み漁ってなんとなく記憶している。
中には表紙同様に擦り切れているページもあって、全部の内容は解読できていないけど。
でも、読める範囲なら全部、読んだ。
「どうやらビンゴ、かな?」
「大当たりってことですか」
「まだわからないけれどね。でも、この遺構は恐らく錬金術と関係がある」
レミエラさんが指した、朽ち果てた木戸の上に掲げられている石の看板には、確かに歳月で風化しかけているけれど、「錬金術」の文字が刻まれていた。
錬金術、アトリエ。
読める範囲で解読すると、遺構は確かに錬金術と関係がある──というか、ない方がおかしいものだった。
「ぼくはこの文字が読めないけれど、きみが持っている本の表紙に書いてあったものと形が一致している。つまり、ここに手がかりがあると見て間違いないだろう」
「そうですね、錬金術、アトリエって書いてありますから」
「ふむ……アトリエ、か」
アトリエ。
遺構の中には確かに、街が生きていた頃ここがそうであったことを示すように、実験器具の残骸や、風雨に晒されて朽ち果ててこそいるけれど、本棚の残骸とかが佇んでいる。
過去の屍の中で、私が一際目を惹かれたのは、巨大な釜、というか
「あれは……随分大きな水瓶だね。蓋はどこかに行ってしまったのかな?」
レミエラさんは小首を傾げていたけど、もしかしたら。
私は「錬金術大全」の表紙を開いて、目次からすぐに辿り着けるページを捲った。
すると、そこに書いてあったのは。
「レミエラさん、小麦粉と水って持ってたりしますか!?」
「……? 急にどうしたんだい? 飛空船の残骸の中にはあると思うけれど」
「お願いします、持ってきてください! もしかしたら、これ、レミエラさんの調査? に役立つかもしれません!」
大きな水瓶のような存在を指して、私はレミエラさんに訴えかけた。
──錬金釜の中に素材を投入し、エーテル溶液の中で混ぜ合わせ、魔力を注ぎ込むことで、錬金術は完成を見る。
本の導入に書いてあったことが事実なら、あれは水瓶なんかじゃない──エーテル溶液に満たされた、錬金釜だ。
「わ、わかった……ちょっとだけ待っていてほしい」
レミエラさんは、神殿に突き刺さっている飛空船の残骸へと駆け出していく。
待つのがじれったくて仕方なかったけど、それでも、未知への可能性にうずうずしながら待つことおよそ体感で三十分。
レミエラさんは小さな袋と小瓶を手に、戻ってきた。
「こ、これでいいのかい?」
「はい。あとはお祈りですけど……やってみます!」
「なにを……?」
錬金釜に近づくと、風雨に晒されながらも決して濁ることなく、七色の波紋を描く液体がそこには満たされていた。
私は本に書いてあった通り、レミエラさんから受け取った水と小麦粉、そして残っていた
魔力が私の中にあるのかどうかもわからない、ただ本に書いてあるだけのことを、渾身の力を込めて。
すると、反応が進んだかのように七色の波紋が溶け合い、一つになって──
「わわっ、な、なんの光!?」
錬金釜から光の柱が立ち上ると同時に、私の手には一個のパイが収まっていた。
──すごい。
これが、錬金術。
この力を使えば、もしかして……私は、世界を変えられたり、するんじゃないだろうか。
世界を変える、力があった。